タイトル:アンプラグドマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや易
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/05/07 13:26

●オープニング本文


「‥‥あー‥‥」
 ラスト・ホープ内の公園のベンチに腰掛け、天を仰ぎながらユネは気の抜けた声を上げた。
「することがない‥‥」

 過労で倒れてから二週間が経っていた。
 本来だったら自分が斡旋するはずだった案件も一件、倒れている間に代理を立ててしまう形になってしまった。
 療養で体調も回復し、また仕事を――と思っていた矢先、
「ついでだからちょっと外の空気吸ってこい」
 とばかりに更に休暇を言い渡されたのである。
 ロシアでの戦線も終盤に差し掛かり、ここから出来ることは今はない、という事情もあるにはあるのだけれど。

 言い渡された休暇期間は三日。今日はその最終日。
 けれど暇すぎる現実というのも逆にこたえる。

 深く溜息を吐き出しかけた彼の耳に、アコースティックギターの乾いた弦の弾かれる音が届いた。
 ――その後に、
「わっ」
 女性の悲鳴が続く。

「ん?」
 ちょうど彼の背後には噴水があったので水の流れる音に紛れてはいたけれど、それでも聞こえるということはよほど近いらしい。
 周囲を見回すと――噴水の向こう側に、大きな荷物を二つ脇に置いた、キャスケットをかぶった後ろ姿が目に入った。
 荷物のうちの一つは、ギターケース。もう一つは旅行鞄。
 何やら焦っている様子の後ろ姿を見、ユネは立ち上がる。

 ■

 それから十数分後、ユネはかの女性と話していた。
 女性――というよりも、少女といってもいいかもしれない。一人で大荷物を持って歩けるほどには成長しているようだけれど、見かけも話しぶりも、まだどこか幼さが残る。
 天鶴・岬と名乗ったその少女が荷物を抱えてここにいる目的、それは――
「放浪の旅、ねえ」
「放浪っていうと、少し違う気もするけどね」
 ユネの言葉に岬は苦笑して返す。
 この少女、ギターケース片手に世界各地――と言っても、今のこの時世においてある程度安全に行ける範囲でだけれど――を飛び回っては、そこで路上ライブをやっているというのだ。
 ちなみに先ほど悲鳴を上げたのは、ギターの弦が切れてしまったから。焦っていたのは運悪く張り替え用のものがなかったからなのだけど、執務室にこもりがちなユネもそういったものを取り扱ってそうなデパートくらいは知っている。というわけで、今は少し落ち着いたところだった。
「‥‥ご両親は心配とかしてないのかい?」
「んー、母さんにはちゃんと手紙を送ってるし、大丈夫だとは思うけど」
「お父さんは?」
 その問いには岬は少しだけ黙ってから、やはり苦笑いで。
「‥‥名古屋の時、にね」
 少しだけ寂しげな色を瞳に浮かべながら、そう言葉を濁す。
「――ごめん、訊くんじゃなかった」
「いいのいいの。‥‥それにあの出来事が、きっかけでもあったしね」
 岬はからからと笑った。
「平和を謳う、なんて大それたことはあたしには言えないけど。
 ‥‥今ある日常を大切に思うことなら歌えるしね」
 今度ははにかむ。
 ころころと表情を変えるその様にますます幼さを感じつつも、
「‥‥ま、そういうことを感じているのは多分君一人じゃないとは思うかな」
 ユネは言った。
 そうだといいな、と小さく呟いた岬をよそに、ユネはベンチから立ち上がる。
「行っちゃうの?」
「行くっていうか‥‥まあ、ある意味仕事しに行くことになるのかな」
 ユネは苦笑いを浮かべる。
 自分がオペレーターであることは話の最中に告げていた。
「どうせ歌うなら、もっと多くの人に聴いてもらいたいだろ?
 ‥‥場所とかは借りれないと思うけど、少しくらいアピールの手伝いは出来るかなって」
 依頼として出せるのは明日になるけどね、という言葉など既に聞こえていないようだ。
 岬は顔を輝かせ、叫んだ。
「――ありがとう!」

 ■

 ユネが去って行った後、岬はデパートに買い物に行っていた。もちろん、目的は弦だ。
「やっぱりそうなのかな‥‥」
 歩きながら呟く。
 何が、といえばユネのことである。
 あえて訊くことはしなかったけれど、風貌を見れば彼がアフリカ系の人間であることは一目瞭然だ。
 彼にも何かがあって、今ああしてULTのオペレーターになっているのだろう。
 その『何か』が決して喜ばしくないことであることくらい想像はつく。
 そして、『何か』が起こる前の日常を愛していたからこそ、彼はここにいるのだと。
 彼にも自分の歌が伝わればいい。そんなことを考えながら、岬は歩を進めた。

●参加者一覧

聖・真琴(ga1622
19歳・♀・GP
小鳥遊神楽(ga3319
22歳・♀・JG
常夜ケイ(ga4803
20歳・♀・BM
シーヴ・王(ga5638
19歳・♀・AA
乾 幸香(ga8460
22歳・♀・AA
天戸 るみ(gb2004
21歳・♀・ER
森居 夏葉(gb3755
25歳・♀・EP
崔 美鈴(gb3983
17歳・♀・PN

●リプレイ本文

 ある日――ラスト・ホープの幾つかの場所では、広報活動に勤しむ能力者の姿が見かけられた。

 崔 美鈴(gb3983)はULTの施設内にあるパソコンを操作し、画像を作成していた。
 ふう、と一息つき、印刷ボタンを押下する。
 ――プリンタから出力されたのは、ポスターの原紙。
 パソコンで作っていたといっても、そのデザインに凝り過ぎている感じは見受けられない。手書き絵を取り込んでいたり、文字も随所にへた字を用いていたりと、手作り感の強いものに仕上がっている。
「うんっ。絵がちょっと‥‥謎生物みたいだけど。か、かわいいよねっ?」
 謎生物なのはご愛敬、ということで十分宣伝には使えそうだった。
 ともあれ、これにてポスター完成。
 美鈴や天戸 るみ(gb2004)は兵舎や本部、あるいはULTショップなどにそのポスターを張りに向かう。
「あの、これ、よろしくお願いしますっ」
 るみはポスターだけでなく、自作のチラシやプラカードも用意していた。本部からまっとうに依頼として出ているだけあってチラシを配ることに寛容だった。
 このライブは絶対に成功させてあげたい――。
 IMPのメンバーになり、人前で歌うことが多くなったからこそるみは思う。
 自分の歌が少しでも届いたらいいと考えるようになったからこそ、岬が歌を届けたいと考えているのにはとても共感できるし、届いて欲しいから。

 シーヴ・フェルセン(ga5638)もまた自作のチラシをショップや店舗系の兵舎に置いてもらうなどの方法で広報活動を行っていた。勿論、置いてくれた店に礼をするのを忘れてはいない。
 彼女にとって『音』とは傭兵になる以前から大切なものであり、また音を含めての日常は愛おしいものだ。
 だからこそ、彼女は岬の手伝いをしたいと考えていた。
 聴いた者の日常に残るように。
 何かあっても、思い出して元気を出せる音を紡ぐことが出来るように。
 そのために、彼女は他の宣伝方法も考えていた――即ち、自身の恋人が放送しているラジオ番組での告知である。
「演奏しながら旅をしている彼女の歌、聴きに来て下さい」
 
「女の子だけのストリート・ライブ☆
 華やかさアリ可愛さアリで、目の保養になるよぉ〜♪
 ちょぉ〜っとだけ『夢見心地』にならない?」
 聖・真琴(ga1622)は笑みを投げかけながら、街角を往く人々にビラを配る。
 ビラを受け取り、眺めながら通り過ぎて行く人の後ろ姿を見つめながら真琴は思う。
(「私もこの戦争で‥‥目の前で‥‥両親を亡くしてるけど‥‥」)
 最初に思い浮かんだのはそんな暗い昔のことで。
 次に考えたのは、そのライブの主役ともいえる少女――天鶴・岬のことだった。
(「平和を‥‥日常を唄って人々を勇気付けたい――か」)
 それが旅を続け、歌い続ける理由。
 そんな岬のことを、真琴はただカッコいいと思う。
 だからこそミュージシャンの端くれとしても協力しようと決めたのだった。

 ■

 そして、ライブ当日――。

「よかったら来てみない?」
 森居 夏葉(gb3755)は街角で、口コミでの宣伝活動に励んでいた。
 といっても、無理に誘うわけではない。
 趣旨を告げた上で、興味を示した人のみを会場である公園に誘う。
 別段興味がない人間に来られて、空気の読めない行動を取られたりするのは――彼女にとっても腹が立つことだから。

 更に数刻後――。
 数日前から行われていた広報活動の甲斐あって、公園には大勢の観客が集っていた。
 その中には、夏葉や美鈴の姿もある。勿論そこに紛れ込む前に、ライブに出演する者たちと一緒にいた岬にも「楽しみにしてる」と声をかけてあった。
 今はステージで機材セッティングが行われている。今回設置するのはキーボードとマイクぐらいなものだけれど。
「‥‥路上ライブ。
 懐かしいわね。あたし達もそれで鍛え上げられてきたし」
 トップバッターである小鳥遊神楽(ga3319)は、物陰から準備の様子を見て呟く。
「お客さんの生の息を身近に感じられるというのは、歌い手として自分を成長させるものだからね」
「それにしても、【TWILIGHT】として久しぶりの路上ライブだね」
 隣でそう言うのは乾 幸香(ga8460)。いい具合に色落ちしたジージャンと紺のジーンズといった服装は神楽とほぼ同じようなものだけれど、ジージャンの中に着ている長袖シャツは神楽が淡紫色であるのに対し幸香はクリーム色だった。
 この二人は、元々そのTWILIGHTという名のインディーズバンドで活動していたのだ。今回は中心人物である二人での再結成、である。
「あたし達も初心に戻って、目一杯お客さんを楽しませて、あたし達も楽しまないといけないよね」
「そうね」
「オッケイ、準備万端♪」
 神楽が肯いたところで、彼女の肩を真琴が軽く叩いた。
 真琴をはじめとする、セッティングを行っていた者たちが物陰に戻ってきたのだ。
 ――ライブの始まりである。

●僕等の詩
「今日は集まってくれてありがとう!」
 神楽はそんな言葉から切り出した。
 楽しんでいってよ――短いMCから間髪置かず。
 競うような速いテンポで、神楽のギターと幸香のキーボードの音色が絡みあい始める。

  もう、もどかしい!
  もうはっきりしてよ!
  愛しているなら、きちんと口にして!
  それですべてが変わるんだから。
  ねえ、好きと言って
  それがハッピーエンドの始まりだから

 お互い大切な相手であるはずなのに、なかなか言い出せない――そんなもどかしさを熱いボーカルで神楽が歌い上げた後。
 今度は幸香がやや前に出、二曲目が始まる。
 ――今度はやや落ち付いた音色と、ボーカルで。

  下を向いてばかりじゃ、きっと何も見つからない。
  だから思い切って、あたしは前に踏み出すわ!
  立ち止まっていたら、何かを失ってしまうから。
  その一歩は今は小さくとも、その勇気がきっと何かを変えてくれる。
  わたしは一人じゃない。
  きっと笑い会える人が居ると信じて!

  空元気だっていいじゃない!
  今は笑顔を思い出して。
  いつかきっと自然に笑える日が来るから

 ■

 一方その頃。
 主役の最終リハーサルは、物陰から更に少し離れた場所で行われていた。
 その場にいるのはるみ、真琴、シーヴ――そして、岬。
「路上ライブなンて、久々だなぁ〜。一緒に頑張ろうね☆」
「うん!」
 一緒にギターのチューニングを行っている真琴の言葉に、岬は笑顔で肯く。
「弾くの久々でありやがるんで、ちょっと鈍ってやがるかも」
 と言いながらも、淀みない手つきでピアノを弾くシーヴ。本番で使う彼女の電子キーボードは、今はステージの裏にある。
 岬が歌う曲――その彼女自作の楽譜のコピーは、事前に渡してもらっていた。
「音調、こんな感じで良いでやがるです?」
「バッチリ!」
 岬は親指を立てた。
 ここまでしてくれるとは正直思ってもみなかったらしく、その表情には感激の色が濃い。
 その時丁度ステージでは音が止み、そしてすぐに拍手が起こった。
「お、出番かな〜」
 真琴はステージを仰ぎ見た。
 出番、といってもまだ岬のではない。
 戻ってきたTWILIGHTの二人とハイタッチをかわし、真琴は単身、ステージへと上がっていった。

 ■

  いつでも一緒に居られると思ってた
  いつでも傍に居てくれると思ってた

  あの時全てを失った

 『温もり』がなくても人は生きていける
  だけど『生きる』だけじゃ物足りなくて

  いつでも君を見守ってる

  人は『温もり』を求める

  君の笑顔 僕は忘れない

 ■

 夏葉と美鈴はごく近い位置で観客として見守っていたけれど――
「あ、ユネさんがいる」
 そのうち夏葉が、少し離れたところでやはりライブを見守っているユネの存在に気がついた。
 二人は観衆の波をかき分けて、ユネの許へ向かう。ユネも二人の存在に気づいたらしく、小さく肯いた。
 今度は三人肩を並べて、ステージを見守る。
「みんな音感があっていいなぁ〜。私、楽器とか繊細なもの扱うの苦手なんだもん」
 美鈴がそんなことを呟いた時、ステージ上に常夜ケイ(ga4803)が姿を現した。

 ■

  巻き戻す時計の針、君の面影宿る
  だけど吹き抜ける風停まらない
  今は街の外に出て あの頃の私を振り返るに
 「自分がつまらなく」思えたのは 思考が停止し 周りに依存し
  組織に依存し、何も考えず流されるばかりだった
  風が繰る頁が教えてくれた
  過去の想い明日を思う
  それは自分の成長と癒し
  君の面影巡るアルバムの中
  私を今も見つめる優しい瞳
  君の思い出駆けるワイングラスの艶
  私に元気をくれる新鮮な光
  今を大事に生きよう

 静かなるバラードを歌い上げた後、ケイは自らの境遇を明らかにした。
 名古屋出身であること、自らがIMPの一員としてデビューする際に願ったこと。
 加えて――次に登場する『彼女』が、やはり名古屋の出身であることを。

 ■

「うー‥‥」
 ケイの曲が終わった。
 最後に繋ぐMCを聞きながら、岬は軽く身震いしている。
 緊張しているのかもしれない。
 こんなにも大勢の前で演奏する機会には、少なくとも慣れてはいないだろうから。
 落ち付かない様子の岬の肩を、るみが指でつついた。
「うん?」
「よく『観客は南瓜って思えば良い』って言いますよね」
 肩越しに振り返った岬に、るみは笑顔で言う。
「でも私は絶対にそんなこと思っちゃダメだと思うんです。
 だって、お客さんは私たちの歌を聴きに来てくれてるんですから。
 だから伝えましょう。精一杯、自分の思いを。
 きっとお客さんは聞いてくれますよ。南瓜じゃ無い、ちゃんとした人間なんですから」
「――そうだね」
 少しだけ強張りつつあった岬の表情が、るみのその言葉で和らぐ。
 そして――出番が、やってきた。

 ■

「えっと‥‥最初にも言ってたけど、今日は本当にありがとう」
 歌い始める前、岬はそう切り出した。
「さっきも言われてたけど、あたしは名古屋で育ちました。
 あそこでの戦争も見てきました。
 ――でも、だからこそ大事にしたいことってあるんだよね。
 ‥‥今から演る曲は、そんな気持ちをこめてみました」

 僅かにマイクから離れ、バックそれぞれとアイコンタクト。
 ワン、ツー、スリー。
 小さくリズムを刻んだ後、息を揃えて音を紡ぎ出し始める――。

  綺麗に架かる虹が見えたら
  水溜りを蹴飛ばして
  思いきり空気吸いこんで
  自転車漕ぎ出す

  そっちの天気はどうかなぁ
  今でも降り続いている?
  それでも止まない雨はないから
  あとちょっとだけ我慢して

  僕の中 春の匂いが
  消えゆく前に
  君に会いに行くよ

  僕等はいつでも夢を見ているんだ
  忘れないって 叶えるんだって
  だからどこかで躓きそうになったって
  きっと明日に進めるんだよ

 周りの全ての楽器の音色が、るみと真琴のコーラスが――主役である岬の声を、音色を引き立てるように調和する。
 コーラスの時には真琴は岬の横に並び、アイコンタクトで息を合わせ。
 るみは勿論のこと、普段は無表情でいることが多いシーヴも微かに楽しげな表情を浮かべていた。

  いつでも夢を見ているんだ
  忘れないって 叶えるんだって
  それでも心 折れそうな時には
  支えてあげたい 支えて欲しいよ
  そうして僕等 明日に進んでいく

  君と同じ青い空を見ていたい――
  ただそれだけでいいけれど
  だからこそ僕は走り出す
  往き慣れた この道でも
  新しい何かを見つけに行こう

「今日という日も、忘れねぇですよ。明日に繋がって行きやがる、です」
 今日最後にして最も大きな拍手が鳴り響く中、シーヴはぽつりと呟いた。

●旅の続きを
「お疲れさん☆
 ほぃ♪ 頑張った喉を潤してあげてね☆」
 真琴はそう言って、全員に飲み物を配り始める。
 ライブ終了から約二時間後。
 能力者+αは、美鈴が予約していたアフリカ料理店に打ち上げをしに来ていた。
 ちなみに+αというのは、岬だけでなくユネも含まれている。
 美鈴がアフリカ料理の店を選んだのは彼の存在が大きい。今回世話になったのもあるのだけれど、何となく元気がないように見えたのだ。

「岬さん、今までどんな国に行ってきたの?」
 そう問いかけたのは美鈴。シーヴや他のメンバーも興味津々といった様子なので、岬は思い出すように視線を上に向けた。
「えっと、西欧はスペイン以外は大体行ったかなあ。スペインは行こうとしてた頃、軍が大きく動いてて行かせてもらえなかったんだよね」
 グラナダのことか――能力者たちとユネは瞬時に察した。
 東欧はまだ一部で、次に向かうとしたらそちら方面だという。
 ヨーロッパを巡るのが終わったらどうするか、という問いには――行ける範囲ならどこにだって行きたい、と岬は言う。
「どんな音楽が好きなの? あ、ジャンルって意味でね」
 夏葉が問うと、岬は
「ジャンルには特にこだわりはないんだよねー。割と何でも聴くかも。
 ただ、明るい方がやっぱり好きだけど。その方が自分でコピーするときも楽しくなれるしね」
 そう、笑って答えた。

「お袋の味には敵わないと思うけど‥‥はいっ、ユネさん☆」
 美鈴はワニの丸焼きをユネの目の前のテーブルに置く。
 串焼きならともかく、丸焼きとくれば流石にアフリカ出身のユネも一瞬頬がひきつった。
 それはすぐに戻ったけれど、また別の理由でひきつる。
「‥‥それ、どうするつもり?」
「え?」
 にこやかな笑みを浮かべる美鈴の手には、彼女のマイコチュジャンの袋が握られていて――既に中から、真紅の調味料が姿を見せていた。

「岬さんの活動は立派ですねぇ〜」
 幸香はそう言ってから、あることを提案する。
「でも、勿体ないですよね。もっと多くの人に岬さんの歌を聴いて貰える機会を作るべきと思いますよ。
 このLHにはいろんな人が居ますから、きっと岬さんに共鳴してくれる人が居ると思うんです。
 LHを拠点にしてみたらどうですか?」
「うーん」
 岬は腕を組んで少し考えてから、
「‥‥確かに共鳴してくれる人はいるかもしれないけど。
 今はそれより、もっと世界のいろんな所を見て、そこで歌っていきたいんだよね。
 ――見れば見るだけ、歌えば歌うだけ、もっと多くの人に伝えられるものが書けると思うしね」
 照れくさそうにはにかむ。
「うんうん、平和や日常を唄い歩くなンて、すっごいカッコ良いと思う☆」
 真琴は同意するように肯く。横では神楽も同じように肯いていた。
「私も傭兵やってなかったら、したかったなぁ☆
 応援してるよ、頑張ってね♪」
 真琴の――否、その場にいる全員のエールに、岬は今日一番の笑顔をもって答えた。

「――ありがと!」