●リプレイ本文
●空は遠いようで近く、近いようで果てなく遠く
そろそろ太陽が本格的に傾きかけ始めようか、という頃合。
アルプスの山に続く登山道の入口に、アスナを含む三十余人の姿があった。
山の天候は変わりやすい、というのはごく一般論だけれど、この日のアルプスの上に広がる空はいたって穏やかだった。
主宰であるアスナの準備物は勿論竹以外にもある。が、実はその竹だけは既に目的地に設置済み。
故に誘導すべく先導する彼女の足取りは比較的軽い――のだけれど。
「というか――態々七夕やるにしたって。
星が綺麗に見えるアルプスまで出張るのを告知するなんて、物好きなのも程があるわよね」
「うっ」
言われてみれば確かにそうかもしれない。百地・悠季(
ga8270)の指摘に、それまで軽やかだったアスナの歩みが一瞬重くなった。
いつも自分では全くそんなつもりはないのだけれど、どうにも偶に悠季の称するところの『物好き』な部分に能力者たちを巻き込んでいることが多いような気がしないでもない。
アスナのそんな様子を見つつ、悠季は肩を竦めた。
「まあ、それに付き合うあたしもあたしだけど」
「あはは‥‥」
率先してアスナの準備物の一部の運搬を手伝っていた柚井 ソラ(
ga0187)が苦笑した。
その後方には一組のカップルの姿。
「ねぇ、刹那は何か食べたいものある?」
神咲 刹那(
gb5472)とアンナ・グリム(
gb6136)である。
食材含め、二人分の殆どの荷物を刹那が持っていた。
最初は携帯コンロだけはアンナが持っていたけれど、それも
「そうだなぁ――あ、それも持つよ」
刹那は問いへの答えを考えつつも、ゆっくりとコンロの持ち手に手を伸ばして力を籠めた。
「あ‥‥ありがとう」
「これくらいなら大丈夫。それに、彼女に荷物背負わせちゃ、形無しだからね」
そう言って刹那は笑顔を見せる。
「手料理‥‥楽しみだね。今回も期待してるからね」
「‥‥えぇ」
アンナもまた微笑を見せ、二人は先へ歩を進めた。
葵 宙華(
ga4067)はそんな二人の様子を写真に収めるべく、背後でシャッターを切る。
(「‥‥と」)
宙華の視線が新たな被写体に向け動く。途中、何かに気づいたような視線を彼方に向けるヴィンフリート(
gb7398)がカメラの範囲に入ったけれど、彼が気づかなかった振りをした為に宙華もカメラを動かした。
「よっと‥‥足元気いつけるんやで〜」
次の標的は鮫島 流(
gb1867)と、彼に手を引っ張られながら歩く恋人の遠見 一夏(
gb1872)だった。
一夏を気遣うように歩く流とは対照的に、一夏の方は歩きながらも時折前を往く流の後ろ姿に見惚れてぼーっとしたりしている。登山道だけに割と危なっかしいのだけれど、流はエマージェンシーキットも持ってきているので何かあっても問題ないだろう。
二人の――主に完全に恋する乙女モードになっている一夏の姿を収めた後、宙華は更に被写体を探し始める。
勿論、参加者だけではない。
少しずつ色を染める空や雲、山の風景。被写体の種類を選ばず、けれど映えるものだけを選んで、次々とフィルムに記録を刻んでいく。
カメラマンと言えばもう一人いる。ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)だ。
「暑いのが嫌だから」というのも動機に含みつつ参加した彼は人以外に高山植物なども被写体に選んでいた。夜になったら星座も写真に収めたい、という彼のささやかな希望は、この天気なら恐らく叶えられるだろう。
彼のカメラの映写領域に次に入ったのは、ラウル・カミーユ(
ga7242)、リュイン・カミーユ(
ga3871)兄妹。スタスタ歩くリュインの後を、二人分の荷物を抱えたラウルがついていく形になっている。
(「きっと誕生日プレゼントだよネ」)
ラウルは思う。七月七日――この日は奇しくもこの双子の誕生日でもあった。
何が、というと、リュインがこの催しへの同行に承諾したことだ。ラウルとしてはその嬉しさは感涙モノである。
まぁ、普段とてもつれない妹が同行したからといって調子に乗ると怒られそうなのも理解している。その辺はある程度抑えるつもり、ではある。
それどころか――或いはリュインの方が力があるかもしれないけれど、兄としてのプライドが、彼に二人分の重さを抱えさせていた。
だから当然リュインの方は身軽であるわけで――。
(「‥‥当然だが、ラスト・ホープよりも近いな」)
歩きながらそんなことを考える余裕もある。
故郷であるマルセイユへの距離が近いからか、より一層同じ空の下にいることを実感出来る――。
――と考えていた彼女が兄を置き去りにしていることに気づくのは、自分の視界に目的地が入り始めた直後、兄に叫ばれた時だった。
●中腹を染める
広場に到着した一行は、各々に七夕を楽しむ準備を始める――。
藤田あやこ(
ga0204)は夫であるクラリス・ミルズ(
ga7278)とともに、鰻丼やタン塩などに舌鼓を打っていた。
「久しぶりです、藤田さん」
そこに、ハミル・ジャウザール(
gb4773)が現れる。続くようにして、
「藤田殿、お久しぶりだな。少々料理を分けてもらってもよろしいかな‥‥?」
もう一人。犬神 狛(
gb6790)である。
「はい、お久しぶりね。あの依頼の後お元気で何より」
あやこもクラリスも笑顔で出迎える。鰻などのお返しです、と言ってハミルが持ってきたチーズはホットワインによく合った。
「あやこ、これ」
そう言ってユーリが持ってきたのはオレンジフレーバーのチーズケーキ。少しピンクがかっているのは、ブラッドオレンジの果汁を使用したからだという。
彼なりの結婚祝いを手渡した後、ユーリは自分の食事を用意してあった場所に戻り、サンドイッチを頬張り始めた。
竹と夜空を交互に見て、彼は今更ながらに疑問を呟く。
「何で雨だとデートが流れるのか解らないな‥‥。雲の上の、星の話だろ?」
ついつい科学的に考え出すと疑問は止まない。別に雨雲の上の話なんだから問題ないではないか。
そんな夢のない――勿論無自覚である――ことを考えていたユーリの横を通り過ぎる影が一つ。
「おや」
影――獅子河馬(
gb5095)は身を屈める。
そこに咲いていたのは四葉のクローバー。これは吉兆の証かと考え、微笑を浮かべた。
そこから少し離れた場所ではダウンジャケットと防寒マフラーに身を包んだふぁん(
gb5174)が、寝ころんだ状態で双眼鏡越しに空を見上げている。
星空に感激したかと思えば、今度は起き上がって麓の街や村の方を見てみたり――。
天体観測といえばもう一人。結城悠璃(
gb6689)である。
(「あの人たちはこの空の下で一体何を考えていのかな‥‥」)
周囲にも配った手製の『七夕ゼリー』を手に空を見ながら、何となく織姫や彦星のことに想いを馳せた。
その七夕ゼリーを美味しそうに食べていたうちの一人、要(
ga8365)は今度は素麺をすすっている。
夏とはいえ、気温十度。涼しいを通り越して寒い。
けれども、そんな中で食べる素麺というのも割と新鮮なせいか美味しく感じられた。
五十峯 紅蓮(
gb1649)は日本酒を呑みながら星空を見上げていたけれど、不意に見知った人――藤村 瑠亥(
ga3862)の影に気づいた。
紅蓮にとって瑠亥は以前所属していた小隊の隊長だった。その時に世話になった礼などを述べつつ、現在所属している小隊では最近「おっさん」と呼ばれ続けていることに心を傷ませていることも話してみたり――。
一通り会話を終えて一人になった彼は、その傷ついた心を癒そうと再度一杯しつつ空を見上げる。
何をするでもなく同じように空を見上げているのは、アレイ・シュナイダー(
gb0936)。他の参加者から貰って来た料理をつまんだ後は寝転がり、沈黙を保ったまま。
アレイがいるのは広場の割と隅の方だったけれど、更に端に近づいたところにアスナは立っていた。何事もないとは思うけれど一応の監督、と、やっぱり星を見たかったから。
そこへ、ラウルとリュインがやってきた。
アスナにとってラウルはよく知っている顔だったけれど、リュインとはほとんど面識はない。
そんなわけで、ラウルを通じて紹介し合う。
「ラウルの一応妹のリュイン・カミーユだ。愚兄がいつも世話になっているようで、すまんな」
そんなことはないのに、と苦笑するアスナ。
そして、兄妹の顔をまじまじと交互に見る。
「何でかしら‥‥リュインさんの顔を何度も見ているような気がするのは‥‥」
「それは双子で、ビフォーアフターでの僕の女装とそっくりだからでしょ?」
「‥‥あ、あー!」
思わず何度も肯く。確かにそうだ。
でもって美人でしょ、と真顔で妹自慢をするラウル。美人という単語には、リュインもまんざらではなさそうである。
そんなやり取りが交わされている中――旧知の仲であるアレイが自分の邪魔をしてくるのではないか警戒心を見せていた夜十字・信人(
ga8235)が、身の安全を確信した上でやってきた。それに気づいたラウルが邪魔しちゃ悪いネ、と呟いて、兄妹はその場を離れる。離れ際、
「‥‥中学生のようで、恋人と並ぶと軽く犯罪に思える人物だな」
リュインが漏らしたその言葉をアスナは聞かなかったことにした。
「アスナ、今回は大丈夫だ。存分にイチャつこうじゃないか。人目も憚らずに」
信人は恋人であるアスナにそんなことを言った。言うことの割に二人がいる場所が場所だったので、アスナは思わず苦笑する。
そんなわけで目立たぬようにほんわかムードを醸し出す二人のところへ、蒼河 拓人(
gb2873)がやってきた。
実はこの少年、信人の妹に当たる少女と結婚を前提としたおつきあいをしていたりする。信人はそのことを既に知っていたから軽く苛める一方で、アスナは目を丸くした。
彼女は自分のことを「アスナ姉ちゃん」と呼ぶ拓人の、
「カッコいいお兄ちゃんと、優しいお姉ちゃん‥‥えへへっ、夢が一気に叶っちゃったな」
この言葉には吃驚した後、意味に気づいて顔を赤くするのだった。
■
夜闇はますます深くなり、反比例して星の輝きは強さを増していく――。
「ささ、こちらにどうぞ、お嬢様。っていっても、タダのシートの上だけどね」
そんな空の下で刹那はシートを広げ、手料理を作り終えたアンナを招き寄せる。そしてアンナがシートに座った後で自分も彼女に寄りそうように腰掛けた。
「はい、どうぞ。口に合うかわからないけど‥‥」
アンナは作ったシチューを刹那の口に運び。
「うん、おいしい。毎日でも食べたいくらいだよ」
刹那がそう言うと、表情を綻ばせた。
料理を楽しみ終わると、二人で空を見上げた。
「空気が澄んでるだけあって綺麗ね‥‥」
アンナのその言葉に刹那はうん、と肯く。
それから彼はアンナに自分がかけていたマフラーをかけ、また手袋をはずしてアンナに差し出した。
「流石にちょっと寒いでしょ? ほんとはもっといいものがあればよかったかもだけど‥‥」
アンナは手袋も付けた上で、刹那との距離を更に詰める。
互いの体温を感じるほどに。
「ん、温かい‥‥。刹那は大丈夫?」
「あぁ、ボク? 寒かったら――こうするだけだから」
そう言って刹那は少し姿勢をずらすと、アンナを後ろから包み込むように抱きしめる。
そしてそのまま、アンナの首にセント・クロスを下げた。
「――似合うかな、と思って買って来たんだ。
気に入ってくれると良いけど‥‥」
「あ、ありがとう‥‥」
アンナは照れた表情で、首に下がった十字架を見下ろす。
十字の真中に飾り付けられたダイヤモンドが、星の煌きを受けて輝いたような気がした。
■
クラウディア・マリウス(
ga6559)は、満天の星空の下、視界の先に探していた人影を見つける。
「ソラ君っ」
広場の端、ちょっとした展望台になっている辺りにふらふらと足を向けようとしていたソラは、その声に反応してクラウディアの方を振り向くと――、
「この間は‥‥ごめん、なさいっ」
思いきり、頭を下げる。自分も謝ろうと考えていただけに、クラウディアは先にソラの方から謝られて驚いた。
ソラもクラウディアも、不安だったのだ。
ソラは自分のせいでクラウディアを怒らせたと思っていて、けれどもクラウディアはそんな自分が何で怒ってしまったのかも分からなくて。
謝ろうにも、それきり今まで会う機会すらなくて。
――互いに、「嫌われたのではないか」――そんな不安と恐怖が頭を過っていた。
だから一刻も早く、謝りたかった。
勿論それも二人とも同じだから、
「はわっ、私の方こそ、ごめんなさいっ」
クラウディアもソラと同じくらい頭を下げ。
――上げた後に彼女は柔らかに微笑んで、言う。
「ソラ君のせいじゃないから。あは、私も良くわかんないんだ」
だから仲直りしよ?
その言葉に、ソラは心からの安堵の息を吐き出した。
「そう言えば、悩み事は大丈夫?」
「はい。もう大丈夫ですっ」
首を傾げたクラウディアの問いに、ソラは笑顔で応える。
不安が全くもってないわけではないけれど――仲直りできたから、今は。
それから二人で、満天の星空を見上げる。
「あれが、こと座のベガ。その左下のがはくちょう座のデネブ。こっちが、わし座のアルタイル。
この三つを結んだのが、夏の大三角っていうんだよ」
感嘆しきりのソラの横で、クラウディアはそう指差し解説する。
「クラウさん、星のこと詳しいんですね」
更に感嘆するソラ。
――そんな二人の姿を遠目に見ていた青年が一人。
(「‥‥ま、あれは大丈夫そうだな」)
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は軽く苦笑いを浮かべた。
ソラが抱えている不安を、アンドレアスは何となく理解出来ていた。
大切な人の幸せが、自分にとっての幸せだと思えるようになること――。
そうなるには長い道程が必要だし、その過程ではジレンマに苛まれることもあるだろう。
そう思いたいと願う心に対して、同じ心のどこかではそれでいいのかと自問自答してしまう。道に惑う。
けれど。
――星を見上げ過ぎて近くの灯を見落とす事のないように、とアンドレアスは思った。
「あとはあっちか」
視線の向きを変える。
そちらにはケイ・リヒャルト(
ga0598)と不知火真琴(
ga7201)、そして叢雲(
ga2494)の姿があった――。
「凄い星空ね‥‥日本の七夕なら確り願いが届きそう!
真琴は何を願うの?」
その問いに、当の真琴はといえば考えてもいなかったらしく一瞬きょとんとした表情になる。
七夕も楽しみの一つとして来たはずなのに――そこに思い至らなかったのは、やはり他に思うところがあったせいか。
その事情も理解しているケイは深く追及することはせず、ただ二人――真琴と叢雲の様子を見守ることにした。
「無理、しちゃダメよ。特に『心の無理』をしてはダメ」
真琴に、そんな言葉をかけて。
二人は言葉を発することなく、ただ横に並び立って空を仰ぎ見る――。
少し前、ある依頼の折にそれは起こった。
二人は同じ依頼に出向き――そして、叢雲が少しばかり『過ぎる』無茶をして。
何で彼がそんなことをしたのか――自分を大事にしないのか。
その理由は真琴にも分かっていたはずだったのに、結果的にそれが原因で、揉めた。
結局のところ、真琴にしてみれば
『叢雲が居なくなること』
『彼が独りのままでいること』
それらが嫌なだけなのだ。
身勝手だということは分かっている。
それでも、と言い切れない自分が、許しきれなくて――それが少し、辛くて。
だから真琴は何も、言えずにいた。
ただ自然に、視線だけは――。
◇
揉めた原因はといえば、認識が食い違っていたのだ。
叢雲にとっては、例の件は自分を大事にしていることの範囲。
けれど彼も彼で、『本当にそうなのか』と疑念を抱き始めた。
周りから――たとえば真琴から見たら、そんなことはないのではないか、と。
叢雲には今の自分を変えるつもりはない。
ただそれは真実、変える方法がわからないだけという自覚はあった。
大事な物を失くして、自分を殺して、何も与えられない。
それ故に大事なものを持つのも、想いを与えられるのも慣れていない。
けれど――。
この先、自分を変えることが出来るか、どう変えられるかは分からないけれど。
大事な人の身勝手<おもい>は受止めていきたい、とは思う。
たとえば、今隣にいる真琴のそれとか――。
そう考え真琴を見た時。
二人の視線が、互いの目に向かう形で重なった。
それからごく自然に自分の頭を撫でようと伸びた叢雲の手に、真琴は身を竦め。
それを見て苦笑した彼に少し申し訳なくなって、下ろしたその手を握った。
「‥‥寒い、から」
言い訳のように言う彼女に、また叢雲は苦笑する。
そういえば、前にもこんなことがあった――去年の聖夜のときのことだ。
あれから変わった物もあるけれど、変わらない物もある――。
そのことを確かめ合うように、叢雲もその手を握り返した。
●星に願いを
持ってきた竹には、無数の短冊がかけられている――。
「おし、短冊出来た! 剣のほうはどうだ?」
虎牙 こうき(
ga8763)はそう言って、隣で短冊を作っている大河・剣(
ga5065)の手元を覗く。
「ちょ、まだ書いてねえっての」
剣は慌てて短冊を隠した後、ささっと書きあげる。
そして二人、作った短冊を見せあった。
『いつまでも剣と一緒にいれますように』
『こうきと二人一緒にいれますように』
‥‥。
「な、なんつうか今更ながら恥ずかしくなってきたな」
こうきが顔を真っ赤にすれば、
「我ながら単純な願い‥‥ちょーっちはずいかな?」
剣も言葉通り恥ずかしそうに頬を掻いた。
二つの短冊を竹にかけた後、二人は寝転がった。
星空を見て、綺麗だ、と呟いた後、
「‥‥食うか?」
そう言って剣は、おにぎりや卵焼き、ウィンナーといったシンプルながら腹に溜まるメニューの詰まった弁当を取り出す。
「お、また作ってくれたのか、ありがとうな」
夜空もいいけど剣の弁当の方が嬉しい――そんなことを言いつつ、こうきは弁当を美味しそうに平らげた。
ちょうど食事が終わったころ、
「っくしゅっ‥‥!」
普段と変わらない薄着で来ていたが為に、剣はくしゃみをしてしまった。
「ちょっと寒いな――ちっ、厚着してくりゃ良かった」
「まったく、大丈夫かよ‥‥風邪引くなよ?」
苦笑しつつ、こうきは自分が着ていたジャンパーを剣に着せる。自分は元より厚着してきたので問題はなかった。
それから、ぽつぽつと話をする。
依頼のことを思い出して、物思いにふけりつつ少しずつ語るこうき。
そしてそれを聞く役に徹し、辛かったな、などと自分なりに励ます剣。
――その行為が示す意味は、流石にこうきも分かっていた。
だから一通り話が終わった後、彼は問うた。
「あのさ、今回は気を使ってくれたんだろ?」
沈黙こそが肯定。
そう受け取ったこうきは苦笑した。
「ごめんな‥‥俺大丈夫だからよ、だからそんなに気を使わないでくれ。自然に俺といつまでも一緒に居てくれよな?」
■
『『あなた』の願いは私の願い。なのでそれが共に叶うように』
悠季はそんな願いを書いた短冊をかけた後、星空を見上げた。
想うのは、先日挙式を行った夫のこと。
彼の願いが叶うように、ともに歩み、支えたい――。
自分にとっての原点は、その想いにあるのだから。
■
「ふむふむ‥‥このタンザクってのに願い事書けばヨイんだネ?」
去年も七夕をやったというリュインに短冊のことを教えてもらいつつ、
『リュンちゃんが幸せでありますように』
『思花サンが‥‥「と」幸せになれますように』
ラウルはそんな願いを短冊に記し、かける。
一方リュインは竹に飾る折り紙飾りを作っていた。
他人に見られるのが嫌だから、短冊は書かない。
けれど――他人に見られないようになら。
『もっと恋人と会えますように』
『馬鹿兄が元気でありますように』
――見られないように、というか、見せられないと思った。
短冊と折り紙飾りを竹にかけた後、
「誕生日おめでとう」
「アルプスでの星見酒というのも、なかなかオツなものかもな」
二人はラウルが持ってきたシャンパンを、誕生日祝いの星見酒として楽しんでいた。辛党の妹のことを考えてラウルが持ってきたおつまみは生ハムと、シャンパンと同じシャンパーニュ産のチーズであるシャウルス。
こうして兄妹で過ごすことは滅多にない。
けれど、
(「偶にはつきあってやるのも悪くない‥‥な」)
口には出さずリュインは思う――そう考えるのは、恐らく星空の影響だろう。
戦争中とはいえ、安らぎの時間の中見上げる空はどこまでも綺麗だった。
■
信人とアスナは、人目につかないように離れた場所で寄り添っていた。
しばらく二人とも黙っていたけれど、やがて
「アスナ」
信人が静かに口を開き、アスナは視線を星空から彼へと移し。
――真顔で、信人は告げる。
「結婚して欲しい――この戦争が、終わったら」
その言葉を聞いたアスナの表情が、一瞬固まった。
「待たせることに、なると思う。しかし――今の俺では君を「幸せに出来る」と、断言出来んでな」
そう断言できる日が来るまで。
自分なりの将来設計も組み立てる、その日まで。
待っていてほしい。
「指輪は、正式な告白の時に」
その言葉に対し、アスナは感極まった表情で何度も肯いた。
●星空に贈る
「今夜、この場所から、世界中に愛の音を贈るぜ!」
アンドレアスはそう叫ぶと、構えたギターの十二の弦を爪弾き始める。
Icarian Wings――イカロスの翼と名付けられたその曲は
This feeling like madness
I can fly.only if I have the desire.To where you shine.
Consolidation in the wax,the wings
ケイのボーカルにより、彩られる。
音は静かな始まりから、声が乗るとともに切なさを帯びたものに変わり。
ややダークな――狂おしいほどの情念に満ちた歌詞の世界が、ケイの伸びやかな声により描き出されていく。
Not reach the brilliance of hand and reach out
Like a Stardust in the heavens
Reach shine even reached
Like a light sky high
But.Even if I have Icarian wings.I reach the glow.
This is like a fairy tale... Really!If this night.
This feeling like a drug
I can fly,only if I have this feeling.To where you shine.
Consolidation in the wax,the wings
この場に相応しい雄大さをもったサビから、間奏へ。
アンドレアスの演奏には彼が持ち得る限りの技量と情感が注ぎ込まれ――。
You know.If insoluble night,in the Icarian wings.
囁きのような最後のメロディーとともに、静かに曲は終わりを迎える。
ふぅ、と小さく息をつき、腕を下ろしたアンドレアスは空を見る。
「星よ力を――ってのは、どこぞの天然娘の台詞だっけか」
苦笑交じりに呟いた。
この場にいる全ての人々に、世界中の人に。
空に近いこの場所から、祝福を贈りたいという気持ちが届けばいいと思う。
前に進むと決めた自分にとっても、それはきっと幸せなことなのだから。
■
気がつけば大分夜も更け、翌朝の下山を待ちつつも集い自体は終わりを迎えることになった。
終了後、それまでよりも静かになった広場でハンナ・ルーベンス(
ga5138)は天を仰いだ。
故国の空を近いものと感じながら、願う。
「星達よ、忘れないで。
時が流れ人々の心からこの戦いの記憶が消え去っても‥‥私達が貴方達を見上げたこの時を、どうか忘れないで――」
その願いを叶えるかのように。
全ての者を祝福するかのように。
――その夜の星空は、朝の太陽に隠れるその時までずっと鮮やかに煌めいていた。