タイトル:青い雨の神様マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2009/08/13 01:48

●オープニング本文


 その日は、まだ梅雨真っただ中だということを証明するかのような激しい雨が降っていた。
 それでも台風が来たわけでもないのだから学校の授業は普通にあって。
「ねえ、青い雨の噂って知ってる?」
 その帰り道、ビニール傘越しに空を見上げた友達がそんなことを言い出した。
「青い雨?」
 新種の都市伝説の類だろうか。とりあえず、わたしは聞いたことはない。
「うん。あたしも聞いただけの話なんだけど。
 大切な人がいなくなった時、自分にしか見えない雨が降るんだって」
「その色が青、ってこと?」
 友達は肯いた。
「で、ただ降るだけじゃなくて――その人にいいことも、悪いことも運んでくるらしいの」
「いいことと、悪いこと?」
 もう少し詳しく訊くと――たとえば『いいこと』は恋人が出来たとか、家族が宝くじに当たったとか。
『悪いこと』は家族、あるいは自分自身に不幸が舞い降りる――不幸が何なのかは、問いただすまでもなく分かった。
「どっちかっていうと悪い方の意味合いが強くない? それ」
「そうなんだけど、日頃の行いが良ければ問題ないらしいよ」
「どういうこと?」
「いいことと悪いこと、どっちが起こるかっていうのには条件があるらしいの。
 大切な人がいなくなって、自分の気持ちがどう転がるか。
 もっと具体的に言えば、その人が居なくなったことで自分が孤独を感じるかどうかっていう、ね」
「感じたらいいことが起こるのかな?」
「最初話を聞いた時はあたしもそう思ったんだけど、逆みたい。
 孤独を感じない――つまり居なくなっても、周りに支えられて生きていけると考える人の方に運が向くらしいよ」
「へぇ‥‥」

 思えば、その会話は彼女なりのシグナルだったのかもしれない。

 翌日から姿を消した彼女は、三日後、隣の県の河川敷で遺体となって発見された。
 わたしは現場を見ていないけれど、無残に四肢が食い破られていたそうだ。
 キメラの仕業じゃないか、と警察の人は言っているらしい。

 あの時の彼女にはきっと、青く視えていたんだろう。
 わたしには透明なものにしか見えなかった、あの雨が。
 そう考えるとちょっと、悲しい気分になった。
 ――わたしは彼女にとって、どんな存在だったのだろう――。

 ■

「キメラ討伐の依頼が入ったわ」
 朝澄・アスナは能力者たちを前にして口を開く。
 場所は福島県のある住宅街。東京から近からず遠からず、といった、はぐれキメラ程度なら現れても不思議ではないところだ。
「依頼が入るからには人的被害を出しているんだけど、ちょっと癖があってね」
 県内を転々としているものの、一ヶ所にはそれなりの期間とどまっているらしいことが一つ。今回の出没場所にはまだ来たばかりのようだから、これはあまり影響しないだろうとアスナは説明する。
 二つ目は、必ず雨が降った時に被害が出ていること。
 最後の一つは――自分から人を襲ってはいるが、決して無差別ではないということ。
 キメラは人型と狼型四匹の、計五体。人型は統制を担っているのか、人を襲わせよううと合図を出す。
 が、襲う直前で何かを悟ったように再度合図を出し、攻撃をやめさせる――という不可解な行動が、たまたま家の中から外を見ていた一般人によって報告されている。
「何それ、と私も思ったから、少し調べてみたんだけど。
 ‥‥嘘か真かはともかく、地元では妙にキメラの特徴に合った噂話が立っていてね」
 そして彼女は、『青い雨』の話を語った。

「キメラが誰かを襲って、その人を大切に思っている人が傷ついて、その傷が塞がらなければまたキメラの餌食になる――。
 絶対にそうなるとは限らないといっても、連鎖反応ともいえるかもしれないわね‥‥」

 ■

 彼女の葬式が終わって数日後。
 わたしにも、視えた。
 青い雨。

 ひた、ひた。
 御世辞にも広いとは言えない道、何かが背後に迫っているような気がした。

●参加者一覧

高村・綺羅(ga2052
18歳・♀・GP
アルヴァイム(ga5051
28歳・♂・ER
番 朝(ga7743
14歳・♀・AA
八神零(ga7992
22歳・♂・FT
夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
アレイ・シュナイダー(gb0936
22歳・♂・DF
シャーリィ・アッシュ(gb1884
21歳・♀・HD
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
黒羽 葵(gb7284
14歳・♀・FT

●リプレイ本文

●予兆
 空はのしかかってくるような厚い雲に覆われ。
 能力者たちが行動を開始して程なく、ガラスを雨粒が叩き始める――。

「この噂通りなら、キメラが人の心を読んでるみたいじゃねーか。
 凹んでるヤツに追い討ちをかけるなんざ下衆にも程があるぜ」
 ジーザリオを運転しながら、鈍名 レイジ(ga8428)は吐き捨てた。
 助手席に座るシャーリィ・アッシュ(gb1884)はその言葉に肯きつつ、地図を見下ろしていた。
 地図上には一つ赤い丸が描かれていた――最初の被害者となった少女の家である。
 それを見、シャーリィは告げる。
「次の交差点を右に曲がればすぐです」

 まだ事件が起きてから日が浅いこともあり、当然ながら玄関に出てきた母親の表情は暗いものだった。
「お辛いとは思います――ですが、娘さんのような被害者をこれ以上出さないため‥‥仇を討つために、ご協力願えないでしょうか」
 シャーリィがそう前置きし訊ねたのは、少女の交友関係。
 学校などでのことも家族によく話す子だったらしく、母親が少し考えただけで数人の名前が出てきた。ついでに『青い雨』やキメラそのものへの注意喚起を促すべく、連絡網で電話を回してもらうことにする。
 それと――
「もう少し詳しく噂について聞きたい」
 ――レイジが訊ねた後返ってきた言葉に、二人は疑問を覚えた。

 夜十字・信人(ga8235)とアレイ・シュナイダー(gb0936)は、到着時点で雨が降っていることを確認した後、当初の行動を変更することにした。
 幸い、本来向かうつもりでいた遺族の家にはレイジとシャーリィが向かっている。
 訊ねようと思っていた情報、遺族にしてほしいことも大体似通っていたため、行動変更を告げるのに支障はなかった。
 シャーリィを経由して得た連絡網の情報では、被害者の友人では青い雨を見た人はいないという。
 だが――仮に見た者がいたとしても、その人はその事実を告げるだろうか?
 忘れてはいけないのは、都市伝説として広がっている『青い雨』の話には、キメラに殺される以外の末路があるということである。
 ――人間の心理は時に、実に都合良く出来ている。
「自分は大丈夫」
「傷ついてない」
「傷は癒えている」
 ――そう思いこむことで幸せを手に入れられるなら。
 見ず知らずの傭兵に情報を伝える必要もないと考えてもおかしくはない。
 つまり、本人が口にしたそのままの情報は当てにならない。
 そう判断した信人とアレイは、連絡網を頼りに被害者の友人を捜し始めた――。
 
 ■

「青い雨か‥‥よくある怪談話かと思ったが、どうやらまんざらでもないらしい」
 八神零(ga7992)は言う。
「それにしても、大切な人を失った悲しみに付け込むキメラ、ね――悪趣味だわ」
 言い切るのは黒羽 葵(gb7284)。
 二人を乗せたランドクラウンは、地図を元に細い道へ――最初の犠牲者が出たような道へと向かい、走った。
 ある程度近づき、車で移動する方が面倒だと踏んだ辺りで下車、細道に歩いて進入する。
 住宅街といっても、道の狭い地域は比較的初期に開発された辺りだという。
 それ故空家も割と多く、反比例して人の数は少ない。
 それでも何とか、一人の女子高生の姿を見つける。
「‥‥あぁ、その話なら知ってるよ。私は見たことないけど」
 『青い雨』を見たことがあるか、という問いに対し、女子高生はそう答えた。少女は、最初の犠牲者の友人だという。
「じゃあ、大切な人がいなくなった、とかっていうことはある?」
 葵が投げかけた質問には、
「うーん、大切、っていうのはないよ。
 あの子は皆と仲良かったけど、逆に少し他人に心を許さないとこ、あったしね。
 ‥‥その辺分かってて割り切れちゃうと、どーにもね。我ながら薄情だとは思うけどー」
 そう、答える。
 これなら心配ないか、と思った二人だったが、すぐに思考を改めた。
「いや‥‥それは逆に、割り切れないと危ない、ということか?」
「そういえばそうなるね――あ、そう考えるとちょっとまずいかも」
 零の指摘で気づいたのか、女子高生は言葉通り苦い顔をした。
「そういう子、心当たりある」

 ――二つの点が、一つに重なる。

 ■

 番 朝(ga7743)にとって、雨というものは特別な意味合いを持っていた。
 祖母との出会いも別れも、雨。
 だから、だろうか。
 じっとしていられない日には雨の中で散歩したくなるのは。
 その空が晴れると気分も穏やかになっているのは。
 ――ただ、流石に今は散歩している余裕はないけれど。
 朝は息を吐き、ファミラーゼを運転する。
「バクアの人間心理調査でしょうか?
 それにしても‥‥なにが青い雨でしょうか」
 車両の横で、望月 美汐(gb6693)は言う。小さく「‥‥血の雨しか降らさない癖に」と付け加えた。
 美汐はAU−KVで移動していた。朝が運転している――本来は美汐の持ち物であるファミラーゼも含め、小回りの利く移動手段を生かす寸法である。
 とはいえAU−KVだと、濡れる。
「レインコート、持ってきて正解でしたね」
 そう一人ごちて、車両の入れない脇道へ入った。朝はそのまま、細道を直進。
 無線機で互い、或いは仲間と現在位置を教え合いながら、慎重に探索を続けた。

 美汐と別れてまもなく、朝の向かう道の先、片側一車線の道。
 遠くに人影が見えた瞬間、通信が入る。
 そして視界の先で、僅かに赤いモノが舞い上がったのが見えた。

●本降り
 零からの通信を受け取った後、最も早く的確な行動を開始したのは高村・綺羅(ga2052)とアルヴァイム(ga5051)だった。
 零が女子高生から得たおおよその住居情報と人相を元に、張り込み。
 ――学校からの帰宅時間帯、対象となる少女はまもなく二人の前に姿を現した。確信を得たアルヴァイムが、すぐさま情報を全員に伝達する。
 道は片道一車線。二人は少女の進行方向の少し先、脇道の陰に隠れて待つ。

 案の定、少女が横切った別の脇道から、複数の――おおよそ住宅街に相応しくない影が姿を現した。

「――逃げて!」
 綺羅は叫び、それでぼんやりと歩いていた少女も異変に気がつく。
 だが、瞬天速ほどの速度を誇るキメラのスピードに一般人の反応速度が追いつくわけもない。
 だから綺羅は――同じように瞬天速を使って、迫る狼キメラと少女の間に割って入る!
「‥‥ッ」
 スピードを生かした体当たり。
 一匹ではたいしたことはないのだろうが、一気に四匹来ては流石に少しきつい。ガードするのが精一杯だった。
 が、それでも十分時間は出来た。その生じた隙の間に、アルヴァイムが少女を避難ルートに誘導する。
 キメラを食い止め、少女を避難させている間に、残りのメンバーの姿も見え始めた。情報伝達の早さが幸いした格好だ。
 情報伝達の寸前に少女の姿を見つけていた朝は、勿論到着が一番早かった。ファミラーゼを軽やかに降りると、道幅がないために大剣の使用の断念を瞬時に判断、イアリスを構えて狼キメラの一匹に一撃を叩き込む――!
 そこにきて、敵の出現と増援を察知したキメラたちが態勢を立て直しにかかる。人型が鞭のようにしなる腕を一振りすると、狼型は一度綺羅や朝から距離を取るべく人型の方へと退いた。
 と思ったのも一瞬のこと。鞭が再度しなり――今度は四匹一斉にではなく、二匹が左右に散開して迫る。綺羅が右の、朝が左のキメラの突進をそれぞれ防ぐ。
 その脇を通り抜けるように残っていた二匹が動いたが、
「焼けるぜ――この一撃はな!」
 アルヴァイムや少女とすれ違う形で綺羅たちの背後に現れたレイジが、コンユンクシオを振り回していた。
 紅蓮衝撃による強化も載ったソニックブームが走り抜けようとするキメラの一匹の身体を刻みつけ。
「行かせるものか‥‥ッ!」
 レイジと同時に到着したシャーリィが、もう一匹を引きつけ、あえて突進をその身に受けた上でカウンターの一撃を加える。もんどり打って倒れたキメラだったが、人型の鞭の一振りで起き上がった。
 狼はなかなかタフなようだったが、それでも人型は敵の数が更に増えたことで芳しくない状況だと察知したか、再度鞭がしなる。
「‥‥ッ!?」
 四匹、四方向からの狙いが一斉に朝に定められた。一人ずつ確実につぶしていく算段らしい。
 もとより速度を誇るキメラである。自由になった三人の庇う動きも追いつかず、朝自身は相手にしていたキメラによって足止めという名の枷を受けて動けない。
 ――が、結果として朝が四匹同時の攻撃を浴びることはなかった。
 数人が同時に、キメラの動線に割って入ったからである。
「――間一髪ってところッスね、番長」
 一人は信人。何故か舎弟口調なのは気にしてはならないらしい。防御態勢で構えたクルシフィクスをそのまま薙ぎ払いカウンターを加え、それで態勢を崩したキメラを背後から銃弾が穿った。放ったのはアレイ、構えたのは事前に信人が貸していたフォルトゥナ・マヨールー。
「ねぇ、私にも見せてくれない? 青い雨‥‥」
 もう一人は葵。小太刀を構えた右腕で突進を受けてから静かな表情でそう呟き、次の瞬間には義手についた鋭利な爪を振りかざしていた。豪破斬撃による強化の載った鐵の爪は、レイジのソニックブームによってつけられていたキメラの傷を更に深く抉る。
「速度が早くても、雨を蹴散らしながらでは軌道が丸見えです!」
 最後の一人は、美汐。AU−KVの強固な装甲は一撃で打ち破られることはなく、怯んだその隙にセリアティスを一閃。ダメージを与えることよりも味方の攻撃しやすい位置に移動させることに重点が置かれたその一撃は、狙い通り的確に、最後に合流した零の射程距離に。
 防ぎきった――その成果として得たキメラたちの隙は、大きい。
 まず零が目の前に現れた狼に二段撃と紅蓮衝撃を組み合わせた一撃を叩き込む。それを見た人型が当然のように態勢を立て直すべく鞭を振りかざそうとしたが、
「――させない」
 防戦の必要性から解き放たれた綺羅が瞬天速で肉薄、機械剣αを振りかざしての連続攻撃でキメラを刻みつけた。
 吹っ飛んだ人型――それにより統制を失った狼たちはただがむしゃらに目の前の傭兵に突っ込んで来るも、既に戦闘開始時とは数の比率が入れ替わっている。
 誰かに一匹が突っ込めば、他の誰かが背後から一撃を加え。
 そこに生じた隙を用いて、突進を防いだ者もカウンターを加える――。
 人型自身はすぐに態勢を立て直したが、その状態を覆すことはもはや不可能に等しかった。
 それでも振りかざした鞭の腕を、今度は銃弾が襲った。少女を安全地域に避難させた上で戻ってきたアルヴァイムの真デヴァステイターだ。しなるということは、細い。それ自体が腕にクリーンヒットすることはなかったが、威嚇射撃には十分だった。
 ――と。
 人型キメラの水色の身体が、不意に一瞬にして溶解した。
「――!?」
 予測出来ていたとはいえ、一瞬キメラの動きを見失う綺羅。
 だが、少し離れた地面を穿った銃弾で再度居場所を察知した。溶解したとはいえ、キメラの色は透明でも、まして青でもない。粘体となって逃避を図ったキメラの身体を、アルヴァイム、そしてアレイが連続して撃ったのだ。
 アレイが自由になっている、ということは――狼キメラの掃討が、まもなく終わるということ。
 もはや盾など必要ない。
 綺羅、そして同様に自由になったレイジ、シャーリィが人型を囲う。
 ――キメラが跡形もなく消え失せるまで、そう時間はかからなかった。

●雨上がり
 戦闘が終わる頃には、雨は大分小降りになっていた。どうやら通り雨だったらしい。

 アルヴァイムの誘導で、避難していた少女と合流する。
 彼女は気が動転していたらしく、強張った表情で傭兵たちを迎えたが、
「悲しいなら泣いちゃいなさい、雨が上がる前にね」
 美汐がそう告げると――。
 ――恐怖と混乱によって保たれていた緊張の糸が切れたのだろう。少女はその場で、静かに泣き出した。

「あ、もしもし、ちょっと宝くじ買っておいて欲しいの。当たるかもしれないわよ?」
 近くにあった公衆電話から、葵が従妹に向かってそんな電話をかけている。
 彼女は結局、青い雨を見ることは出来たのだろうか。
 それは彼女にしか分からないけれど――とにかく言えるのは。
 レイジは溜息混じりに呟く。
「オカルトまでバグアの所為で済んじまうんじゃ、夢もロマンもあったもんじゃないぜ」
「ですが‥‥さっきのことは気になりますね」
 シャーリィが言い、レイジが肯く。なんだなんだ、と、信人や美汐が話題に食いついた。
 さっきのこと、とは、レイジとシャーリィが遺族に聞いた話だ。
 噂について、詳しく。
 そう訊ねた後に返ってきたのは、噂の出所について。

『白い自転車に乗った、隻眼の少女から聞いた』

 被害者からそう聞いたと遺族は言っていたし、被害者から伝え聞いた話だとこの街で噂を知っている人間は、皆その少女から聞いたのだという。
 ――とりあえず任務は終わっているため、帰路につく。
 けれども、漂う薄気味の悪さは拭えなかった。