●リプレイ本文
●鮮やかに染まる街
立秋も過ぎ、街がいよいよ秋の匂いを帯び始める――。
それは、その間際のある日のこと。
アーサー・L・ミスリル(
gb4072)は、会場である商店街から少し離れた道を歩いていた。
「都色さん、どんな格好で来るかな‥‥」
今日という日は彼にとって、恋人である志烏 都色(
gb2027)との初めてのデートでもあった。思わず口をついて出た服装のこと含め諸々、胸が高鳴らないわけがない。
いつもより少しだけ落ち着かない素振りで歩を進め、商店街に近づいて行くと――
「アーサーさん、こっちこっち!」
いた。
紺色の浴衣に身を包み、髪を華の髪飾りでまとめた都色が商店街の手前で手を挙げていた。反対の手に持った黄色の巾着が、彼女の動きに合わせて揺れる。
「‥‥似合うね」
はにかみながら漏らした本心に都色もまた照れ笑いを見せ、「ありがとうございます」と礼の言葉を告げる。
そして二人は手を繋いで商店街へと歩んでいった。
花火を中心に据えた街の祭りはすでに始まっており、商店街には早くも人の流れが生まれ始めていた。
それを待ち構える屋台行列は、というと。
「はわ、いっぱい屋台がある‥‥」
まだ一部準備中の店もあったけれど、大体が既に年に一度の催しに訪れる観光客を迎える態勢を整え終えていた。その無数に立ち並ぶ様を見て、都色は思わず溜息を漏らす。脳裏に、故郷である小さな村での祭りが頭をよぎる。流石に能力者をはじめ、観光客を迎え入れるだけあって規模が違うと思った。
思う間にも、人の流れは着実に二人を包み込む。
即ち、はぐれやすくもなってしまうわけで――人が間に入り遮ってしまうその前に、都色はアーサーの服の袖をきゅっと摘まんだ。
それに気づいたアーサーは手を返すと、一瞬前まで袖を摘まんでいた彼女の手を握る。
「っ! ‥‥えへへ」
都色は一瞬顔を赤らめたけれど、手を包んだ温もりが嬉しくて照れ笑いを浮かべた。
これで大丈夫。
アーサーもまた笑みを見せ、二人はまた歩き出す――。
屋台を巡り、たこ焼きやら焼きそばやらを買ったり、型抜きや金魚すくいをやったり――。
満喫する二人が足を止めた店の中には、自分たちと同じ能力者が営んでいる屋台もいくつかあった。
佐倉・拓人(
ga9970)が開いたワタアメの店もそんな内の一つ。
「くるくるくる〜っと」
薄いピンクやライトグリーンの着色料で彩られたワタアメが、手際良い動作でいくつも生まれていく。香料までは用意出来なかったものの、その愛敬は屋台の明るさで何とかカバー出来るものだろう。
また、完成品を包むパッケージにも拓人は工夫を凝らしていた。
百円ショップなどで売っているアニメキャラのパッケージだけでは芸がない。そう考えた彼は、パッケージの柄を自作していたのだ。
そのうちの一つ、伯爵の美顔。
自分で作っておいて売れるものなのか、と不安になった拓人だったけれど、流石に一メガコーポの長として世界に名だたる存在。一部には猛烈に受けが良かったりした。
「‥‥おりょ? 信人さん」
ふと見知った姿が屋台の前を通り過ぎたので、拓人は声をかける。
声をかけられた相手――夜十字・信人(
ga8235)も拓人に気づいた。その腕に『スタッフ』と書かれた腕章が巻かれているのが何故かと拓人が問うと、
「アスナの実家絡みだから」
という答えが返ってきた。クリスマスの時もそうだったけれど、どうやら恋人の家が絡んだ行事ではボランティアモードになるのが信人の信条らしい。
「ワタアメ、如何ですか?」
「いや‥‥今は見ての通り、警備中だからな」
後で花火を見に行くつもりだから、その前には絶対に二人分買いに来る。そう言って信人は警備に戻っていった。
二人分。誰の分かというのは問う方が野暮だろうし、そもそもわかりきっていて訊く気もない。
だから拓人は、その背中が遠ざからないうちに――明るく声を張り上げる。
「そのまま食べれば口の端に、ちぎって食べれば指に、必ず砂糖がべたつく魔性のお菓子。
夏祭りの恋人には、半必須のアイテムと言えましょう。
ワタアメ――ぜひカップルにどうぞ!」
拓人の屋台を離れてから少しして、信人は新たに別の知己の姿を見つけていた。
胴体だけでなく足先までも包んでいる緑地の浴衣に身を包んでいる――顔には狐の面を被っていたけれど、その身に纏う気配で分かった。
「オイッス、番長。腹減ってねぇっスか? 何か買ってきますよ?」
呼ばれた番 朝(
ga7743)は「よく分かったな」と言いつつ面を上げる。面の下には、言葉通りの驚きの表情があった。
「俺は、君に命を救われたことを、一生忘れはしない。‥‥だから、少しは礼をさせて欲しいね」
「そんなの‥‥」
言いかけた言葉は、喉の奥で詰まった。
――それから暫し言葉を探して沈黙した後、朝は諦めたように息を吐いてから、口を開いた。
「むこうのガラス細工屋さんで信人君がいいなって思う置物、選んで買ってきてくれるか?」
「置物?」
朝が指差した先には、確かにガラス細工の出店があった。ガラス細工といっても出店は出店なので、取り扱っているのは小物や置物程度だったけれど。
「できれば一番小さいのがいい」
「‥‥分かった」
信人は肯き、細工屋へ。
――戻ってきた彼が手にしていた小鳥の置物を、朝は受け取る。
「‥‥ありがとな」
ただ、信人が自分のことを考えてくれているのが響いて――朝は心底嬉しそうに笑った。
信人は警備に戻り、朝は再び一人になる。
特に目的もなく屋台行列を歩くその足は、気付けば時折細工屋の前で止まっていた。
――それが数度繰り返された時、彼女が足を止めた細工屋のすぐ隣では――百地・悠季(
ga8270)が、人々に安く飲料を提供していた。
(「皆の相手をしながら花火見物も、叉オツというものよね」)
そんなことを考えながら提供するのは、珈琲、紅茶、緑茶、麦茶などなどなど。
悠季自身が未成年なので酒は取り扱っていなかったけれど――。
それでもにこやかな接客と、安くかつ美味しく提供された飲み物の売れ行きは非常に順調で。
そしてそんな彼女から飲み物を受け取る人々の中には、二つの能力者の姿もあった。
鷹代 朋(
ga1602)と田中 アヤ(
gb3437)である。もっとも朋に関しては、別の場所でビールを確保していたのだけど。
アヤのサイダーをゲットした二人は次いで、焼きそばの屋台へ。
買ってくるからここで待ってろ、と休憩できる場所でアヤに言い置いて、朋は一人で屋台へ向かった。
というのも、ある理由があるからなのだけど。
「あ、その焼きそば一つください。海岸での花火がよく見えるスポットでどの辺ですかね?」
朋はそれから店主に幾分顔をよせ、他人には聞こえない程度の声量で言葉を続ける。
「――出来れば、地元の人だけが知ってるような場所がいいんですけど」
そうしてアヤにはまだ分からない情報を掴んだ後、アヤの提案で二人は金魚すくいに明け暮れ始めた。
そこから少し離れたところには――柚井 ソラ(
ga0187)と国谷 真彼(
ga2331)の姿があった。ソラが身を包んでいる浴衣は、去年やはりこの花火大会に来る時にも着た――真彼に選んでもらった、金箔のちりばめられたものである。
心から慕っている真彼とともに今年も楽しむ気満々なソラだけれど、浮かべる笑顔の裏側に一つ、不安があって。
「エレン君は、グラナダの後始末で動いているみたいだ。来れなくて残念だったね」
その不安の一端に、真彼もまた気づいていた。
真彼の前では笑顔でいようと決めた心とは裏腹に、時折ソラの表情が僅かに曇っていたから。
ただ、彼が気づいたのはあくまで一端に過ぎない。
或いはもっと深いところまで気づいているのか――それは分からない。
気づいていてほしいのか、そうでないのか。それすらも、ソラには分かりかねた。
(「二人の恋、応援するって決めたけど‥‥」)
大好きな二人ともが自分から遠ざかってしまうのでは――そう考えると、心のどこかに僅かに澱が生まれてしまう。
――けど、だからといって真彼の言うとおり彼女がこの場に来られないのもまた事実。
なら、今回くらいは――心の底から楽しんでも、いいはずだと思う。
だからソラは、曇りかけた表情を消して、また笑顔を見せた。
ワタアメと林檎飴を買って、人ごみの中を歩くことしばし。
少し先に『ベビーカステラ』と屋根に書かれた屋台を見つけ、「行きましょうっ」とソラが目を輝かせたこともあって二人はその屋台へと向かった。
――すると、
「はわ、ソラくーん」
元気の良い店員を見て、ソラはきょとんとした表情を浮かべた。
「‥‥クラウ、さん?」
それもそのはず。二人を迎えた店員は、友人でもあるクラウディア・マリウス(
ga6559)だったからである。
「お疲れだね。この後の花火、来るだろう?」
差し入れとばかりに真彼が差し出した林檎飴を受け取ると、「はいっ」とクラウディアは笑顔で肯いた。
それにしても何でベビーカステラ屋でバイトを――とソラが訊ねると、「あのね‥‥」クラウディアは少し照れくさそうに事情を説明し始めた。
どうにも、この屋台の店主であるおばさんに一つ貰ったのでお礼に――ということらしいけれど、その前に甘く良い匂いに思わずぼーっとしていたり、働き始めたら働き始めたで楽しくなってきたという辺りが何とも彼女らしいとソラと真彼は思った。
その後はクラウディアがいくつか存在するベビーカステラの種類を一つずつ丁寧に説明し、ソラはそれを聞く度に肯き、真彼はそんな二人の様子をお似合いだと思って眺めていたりして――屋台を離れる時には、ソラの手には十個入りの袋があった。
まだ時間はやや早いとはいえ、やはりメインの花火会場である海の方に近づいて行くにつれ人ごみの激しさは増していく。
「わわっ」
だからはぐれてしまうのも、無理はなくて。
手が届かず、真彼の姿が人の流れの中に消えてしまうと――ソラの表情は自然、泣きそうなものになった。
見えない姿――脳裏によぎったその現実を示す言葉を引き金に、抱いていた不安が噴出したのだ。
「‥‥国谷さんっ!」
駆け出して、人の流れをかき分けるように真彼を追う。
呼ばれた真彼はといえば少しだけ先でソラを待っていたから、すぐに追いついた。
「大丈夫かい? しっかりついておいでよ?」
真彼の手が自分の手を取ると、ソラは安堵の表情を浮かべる。
それでも少し、いつもよりもその手を握る力は籠っていた。
――その籠る力を感じ、真彼は思う。
かつて『逃げて』しまった自分を許せなかった。
許せない方が正しいのかも、という考えは、今も確かに胸の奥にあるけれど――そうすることで目の前の笑顔を歪ませることになるのなら、それを誰が望むというのだろう?
過去に追いつかれないように、縋りついてしまうことにならないように歩いて行くとは決めたけれど、それはこんな自分を尊敬してくれる子を振り切ってまですることではない。
だから、振り返る。その手を取るのだ。
『追いつかれる』でも『縋りつく』でもない。
「向かい合うために‥‥ね」
「え? 何か言いました?」
「いや、何でもないよ」
聞き返したソラに、笑みを返した。
■
一方、クラウディアはといえば
「いらっしゃいませっ」
「えっと、プレーン、チョコ、イチゴの3つの味があるのですけど、どうします?」
再び接客に精を出していた。
そこへ、再度見知った姿が通りがかった。
「よう」
「アスお兄ちゃんっ」
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)である。少し後ろには、彼の親友である空閑 ハバキ(
ga5172)の姿もあった。
「屋台壊すなよー」
冗談半分に言うアンドレアスに対し、そんなこと、とクラウディアは少し頬を膨らませる。
そんなほぼいつも通りのやり取りの中で、ハバキの様子がいつもと違うことくらいは流石にクラウディアも気づいていたけれど――多分、言わない方がいいのだろうとも思った。
楽しんで。
屋台を去る前にそう言って頭を撫でたハバキの手は、何かを謝っているようにも感じられた。
クラウディアのいる屋台を離れ、アンドレアスとハバキは――少なくとも核心に触れることは避け――歩き続ける。
そんな二人の目に、
「美味しいチョコバナナですわよ〜お嬢さんにお兄さん、如何でして〜」
ピコハンとハリセンの音を鳴らしながらチョコバナナ屋で接客に勤しむロジー・ビィ(
ga1031)の姿が飛び込んできた。何というか、物凄く楽しそうである。
「‥‥あら?」
と、ロジーもまた二人に気づいた。
――ハバキが纏う空気に、彼女もやはり何か感ずるものがあったのだろう。
接客も店主に任せ、「こちらへ」屋台の裏側へと、二人を促した。
「無理、なさらないで下さいませ?」
ハバキに寄り添ったロジーは、背後から腕を回す形でハバキをそっと抱き締める。
「あたしで良ければいつでもお話位は聞けますわ‥‥ね?」
「‥‥ありがと」
ハバキは笑顔を作ることには失敗していたけれども。
その言葉の奥から、自分の心配は彼にきちんと伝わっている――そうロジーは感じ取ることが出来た。
アンドレアスとハバキを見送りつつロジーが店に戻ると、視線の先では今しがた見送ったばかりの二人が、別の友人とすれ違いざまに軽く話しているのが見えた。
不知火真琴(
ga7201)と叢雲(
ga2494)。この二人も、ロジーとしても友人である。
軽いやり取りの後、二人は当然のようにロジーの店にもやってきた。その手には既にじゃがバターと綿飴、そしてベビーカステラの入った袋がある。ちなみにこのベビーカステラはここに来る前、クラウディアがバイトをしている屋台で買ったものだったりする。
賑やかな空気にあてられたこともあり、交わす話題も楽しい方向へ。
三人ともハバキのことだけが少し心配だったけれど、頼れることなら何でも頼ってほしいという思いは一緒であり――それは伝えてあったから、あとはハバキ本人次第の話で、自分たちが無暗に口をはさむことでもないだろうと考え、あまり深くは話そうとはあえてしなかった。
ロジーの店でチョコバナナも購入し、真琴と叢雲は再び屋台行列を練り歩き始める。
先導するのは真琴。これでもかと言わんばかりの勢いで叢雲の手をぐいぐいと引っ張り、屋台を制覇すべく目を輝かせていた。
屋台を制覇するということは、それだけ食品も溜まるということ。
叢雲自身はあまり空腹感を感じていなかったのでたこ焼きなど軽くつまめるものを食べる程度だったけれど、隣で食に勤しむ真琴を見ているだけでもお腹一杯になることが出来た。食べている量が凄かったのだ。
食べまくった後は、射的。
「去年は子猫のぬいぐるみだったから‥‥今年は子犬かな?」
と景品をねだる真琴に、わかりました、と叢雲は返す。
去年もそうだったように、今年もスナイパーの面目躍如。
かなりあっさりと、子犬のぬいぐるみを抱いて射的の屋台を去る二人の姿があったという。
去年と同じその姿の中で、決定的に違うものが、ひとつだけ。
それは――互いへの、叢雲に関して言えば周囲全ても含めた、『相手に触れる』ことへの意識。
無意識でもなく、だからといって避けるでもなく。
――それまで内で収まっていた世界が、少しずつ拡がろうとしていた。
今はまだその最中、だけれど。
■
そんな二人から遅れること十分ほどして、やはり射的にやってきた能力者の姿があった。
レンヤ・ジュイティエフ(
gb5437)とキド・レンカ(
ga8863)である。姓こそ違うもののこの二人、れっきとした双子の兄妹だったりする。
まず射的に挑戦したのはレンカ、だったけれど――
「レンカ‥‥お前下手だな‥‥」
兄・レンヤが全力で溜息を吐きだす。
十回やってお菓子もゲットできないとなればある意味当たり前かもしれない。兄妹なのでその辺の遠慮がないともいう。
「だ、だって‥‥射的は‥‥難しくて‥‥」
振り返ったレンカは涙目。
しょうがない、とばかりにレンヤはもう一度溜息を吐き、今度は自分がチャレンジ。
「射的は――バグアを‥‥仕留めるのと同じ要領ですよ」
少なくともコルク弾が曲がるとかそういった類のイカサマは仕掛けられていなかったことを、彼は自分の実力を以って証明してみせた。
今度は金魚すくいへ向かう兄妹。
ここでもレンカは結果を全く出せなかった。破れたポイばかりが次々と、屈んだ彼女の傍の地面に積み重なるように増えていく。
やっぱり下手だ、とからかうレンヤに対し、
「ひ、ひどいです‥‥そ、そんなに意地悪言わないでください‥‥」
レンカはもうホントに泣きそうだった。
それでも――こうして兄と一緒にいられることに、どことなく安心感を覚えたりもするのだった。
ところで、兄妹が立ち寄った金魚すくいの店では、崔 美鈴(
gb3983)が店番をやっていたりした。
金魚の大きさは平均して大きめ、かつ一匹も掬えなくてもあげるなど、そのサービスはかなり良心的だった。だからレンカは結果として一匹はゲットしたことになる。ちなみに良心的なのは『一般人向け』の話であって、能力者に対してはスキル使用禁止などのルールを当然のように敷いていた。
兄妹の姿を見送って、客足もちょうどひと段落。適当に休んでてもいいよ、という店主の言葉に甘えて、美鈴は一度屋台の裏側に回る。
屋台を挟んで熱気から隔離された晩夏の空気にあてられて想うのは、今日はどうやらこの街に来ているらしい『彼』のこと。
(「彼氏の友達も大事にするのがイイ女だよねっ! けど今頃誰と‥‥あぁ! 気になるっ!!」)
気になる気になる気になる――その言葉を脳裏で連呼する度に手にした包丁が地面に突き立てられた。ぶっちゃけ店先では見せられない光景である。
ちなみにこの時、未だ花火を準備している海岸では。
「‥‥っ。なんか、一瞬寒気がしたな」
美鈴のいうところの――ちなみに今現在は全くの事実無根である――『彼氏』早川雄人が、くしゃみをした後身を震わせていた。
少しの休憩を経て店先に戻ってからすぐ、美鈴は少し久しぶりに見る顔と出くわした。
「あっ、岬さん!」
「あーっ!」
ちょうど店の目の前を、天鶴・岬が通りがかったのだ。思わず互い、指差しあって確認する。
岬がギターケースを背負っているのは、前に依頼で出会った時と同じだ。
まぁ、それはそれとして。
「今日はひとり? 変なのにナンパされたら言ってね!? 殺ってあげるから☆」
「怖いよー‥‥」
岬は苦笑いを浮かべる。冗談だと思ったのだろう。
けれど当の美鈴は結構マジだったりしたのはここだけの話である。
「飼えないだろうけど」と理解した上で美鈴は岬に金魚を一匹奢り――。
美鈴に別れを告げ、その金魚の入った袋を提げ歩いていた岬は
「岬じゃねぇですか」
再度、再会の喜びを分かち合うことになる。
一人で物珍しげに屋台行列を歩いていたシーヴ・フェルセン(
ga5638)が、岬の姿を見かけて声をかけたのだ。
「久しぶりでありやがるです。――シーヴの事、覚えてやがるですか?」
「もっちろん♪」
首を傾げるシーヴに、岬は笑顔で返す。ラスト・ホープで繰り広げたライブで一緒に演奏してくれた者の存在を、忘れるわけがない。
「シーヴ、一人でありやがるんで、一緒しやがっても良し?」
これにも岬は笑顔で応え、二人は並んで屋台行列を歩き始めた。
たこ焼きやベビーカステラなどのつまめるものを買ってから、二人は屋台行列沿いのベンチに腰かける。
道往く人の流れに目を向けながら、シーヴは口を開いた。
「花火大会、国だとニューイヤーの時期でありやがるんですよね」
「へぇー」
「日本とは時期も違いやがるですし、雰囲気も違ってて面白ぇです」
「じゃあ今度はスウェーデンの花火を観に行こうかなぁ‥‥」
何だか脳内で計画を練り始めた岬に、ラスト・ホープでのライヴから今日まで一体どこに行ったりしていたのか、とシーヴは問うた。
岬は思い出すように斜め上を見上げた。
「えーと、ラスト・ホープの後は東南アジアの方行って、それから東欧にちょっと行ったかな。
ここ来る前には母さんに顔見せに行ったから、日本には結構早めに戻ってきたけどね」
どうやら、年に一回は親に顔を見せに行くのが岬の旅のルールらしい。
「そういうシーヴは?」
岬が問い返す。シーヴはやや顔を赤らめ、もじもじしながら口を開いた。
「あれから一つ変わりやがったコトが、ありやがるです。
シーヴ、婚約したですよ‥‥」
彼女の左薬指でエンゲージリングのダイヤモンドが輝いていることに、岬はそこで気づく。
「わ、おめでとー!」
思わず声を張り上げてしまった岬を慌てて制するように、シーヴは礼を返しつつも話題を変えることにした。
「そういえば前会った時、イロイロなモン見て、見た分だけ曲が出来るって言ってやがったですが、今日も出来そう?」
訊ねると、岬は楽しそうな表情を浮かべて肯いた。
「きちんと楽譜に起こすのはこれからだけど、イメージは結構掴めてきてるよー」
流石にここじゃ弾けないけどね、と岬は僅かに舌を出して悪戯っぽく笑った。
そんな二人の目の前を、とても日本の田舎町ではお目にかかれないような面子の集団が通り過ぎて行く――。
「能力者かな」
「多分そうでありやがるですね」
顔を見合わせてそう言ってから。
二人はこの街で掴んだイメージを、ハミングにして紡ぎ始める――。
そのハミングを背にするように、道を往く噂の集団は――二人の予想通り、全員が能力者だったりした。
「人混みに逸れぬよう、手を繋いでおこうぞ」
秘色(
ga8202)はそう言って、まずはリオン=ヴァルツァー(
ga8388)とアメリーの手を繋がせ、次いで自分の手とアメリーの空いている方の手を繋ぐ。
これなら未だ幼い二人でも、そう簡単にはぐれることはないだろう――その二人の姿を見て、秘色は思う。
(「あの子も生きておれば、斯様に手を繋いで出かけたりしたのじゃろうの‥‥」)
数年前に夫と子供を亡くしてからは、秘色自身こうやって花火大会に行くことはなくなっていた。
そんなことをつい考えてしまうのは、繋いだ未だ小さな手の温もりを感じたからかもしれない。
手こそ繋いではいなかったけれど、三人とともにクラーク・エアハルト(
ga4961)も一緒にいた。
三人が安全に歩くことが出来るように少しだけ前を歩いていた彼の視線が、とある屋台にとまる。
「射的――ですか。面白そうですね」
スナイパーとしての本能が疼いたのだろうか。何だか一瞬瞳が輝いた――直後、驚くべき光景を彼は目にする。
「――って、大泰司さん? 射的屋さんですか?」
そう、その射的屋を開いていたのは大泰司 慈海(
ga0173)だったのである。ちなみに彼が営んでいる射的屋は『商品を薄い紙で吊るし、水鉄砲を使いその紙紐を濡らして商品を落とす』という、最近増えつつあるタイプの店だった。
しかも微妙に顔が赤い。どうにもちょっとばかり酔っているようだ。動きはしっかりしているので問題はなさそうだけれど。
――それはそれとして。
「‥‥似合いすぎですよ」
「そう?」
クラークの言葉にまんざらでもない様子の慈海。まぁ、自分で風貌がそれっぽいからという理由で射的を選んだだけはある。
そんなわけで、一行は慈海の店で射的にチャレンジすることになったのだけれど――
「アメリーさん、何か欲しい景品はありますか? 取ってみせますよ」
言う間にも、次々と紙紐を水で打ち濡らすクラーク。
「‥‥スナイパーに射的は、ある意味反則じゃろ」
その様を見てそんな言葉を漏らした秘色も秘色で、浴衣の腕を捲って割と本気モードだった。
その隣ではリオンが、景品をアメリーにプレゼントするために頑張っていたり――日本のお祭り自体初めて来るアメリーにいたっては、クラークのを見よう見まねでやってみたりしていた。
慈海に別れを告げ、結果として大量の成果を上げた店を離れる。
「たんと食うて大きゅうなるのじゃぞ?」
それまでだってリオンやアメリーはほとんど味わったことのない屋台の味に舌鼓を打っていたけれど、射的で駄菓子もゲットしたのでそちらも味わうことになった。
初めて来る日本の祭りはどうか、と秘色が訊ねると、アメリーは言うまでもないとでも言いたげな満面の笑みで応えた。
「――楽しいよっ」
「可愛い女の子には1回サービスしちゃう♪」
こちら、まだ――というか心なしかさっきより酔いがまわっている慈海。動きはまだまだしっかりしているので以下同文なのだけれど。
サービスを謳いながら営業を繰り広げていた彼の前に、
「お、慈海さんじゃねーか」
アンドレアスが通りがかる。勿論、ハバキも一緒である。
ちょうど良かった、というアンドレアス。
――今彼らが探していた人々は、少し前にこの場所を訪れたばかりだったのだから。
■
「浴衣、か。‥‥似合ってるぞ」
ブレイズ・S・イーグル(
ga7498)は目の前に佇む雪村・さつき(
ga5400)の姿を見て呟くような口調でそんなことを言う。
白地に桜の柄が入った浴衣を身に纏うさつきの反応と言えば
「そ、ありがと」
などというそっけないものだったけれど、そういった態度も気安く話せる友人故だった。
会わないでいた一年もの時間の間に、その友人の思考が微妙に後ろ向きな方向になってしまっていたことをさつきは感じている――。
少し気分転換をさせよう。
そう思い立って誘ったからには、楽しんでもらう必要がある。というか、自分も楽しむつもりだし。
そんなわけで、二人は――勿論、おもにさつき先導で――屋台行列に繰り出す。
といっても、元々さつきとて祭り目的ではなかったため射的などより食品系の屋台に足を止めることが多かったけれど――。
「‥‥ありがとう、さつき」
屋台を練り歩く最中、喧噪の最中でそんなつぶやきが確かにさつきの耳に聞こえた。
その上着のポケットからちらりと、見覚えのある金属の輝きが見える――自分がブレイズに送った懐中時計だ。
以前と比べると明らかに冷淡になってしまったように見える。
それでも彼は自分の存在を決して忘れることなどなかったのだと、さつきはその時計を見て気づいた。
――ブレイズが内心、喜びと戸惑いの双方を感じていたことまでは、流石にすぐには分からなかったけれど。
■
十八時二十分。
いよいよ祭りのムードも花火に向け高まりつつあった時間帯に、橘 利亜(
gb6764)は商店街へやってきた。
青海波模様の浴衣に身を包んで草履を履き、頭にはコサージュをつける。自分でも珍しいと思うほどにおめかしをした彼女から遅れること五分ほどして、待っていた人間――周太郎(
gb5584)が姿を見せた。二人とも、本来の待ち合わせ時間よりは早く着いていた。
「さて‥‥では行こうか」
「‥‥久々だな、花火なんてのは」
二人は並んで、商店街へ歩きだす。
まずは屋台でたこ焼きなぞを買って――それから、いよいよ花火の時間である。
●濃紺の空に煌いて
「あら、これもおいしそう♪ おじさん、イカ焼き5本頂戴♪」
花火が始まる直前、おつまみ購入に励む冴城 アスカ(
gb4188)。
大量のおつまみを持って海へ行くと、既に桂木穣治(
gb5595)が飲み明かすのにもってこいのスペースを確保して待っていた。
「花火見るならやっぱ酒だろ!」
と高らかにのたまったとおり、ビニールシートの上にはかなりの量のビール缶があった。
そして、花火の一発目にあわせ、乾杯。
「綺麗ねぇ――花火見るの久しぶりだわ‥‥」
「まったくだ」
など――酒の席らしく賑やかな話題をも肴にし、ざっくばらんに語り合う二人だったけれど――
「そういえば穣治さんは再婚する予定は無いの?」
にやにやしながらアスカがそう問うと、穣治はぶほ、と口にしていたビールを吐きだしかけた。言葉に詰まるどころか喉に詰まりかけたらしい。
「‥‥はぁ。まぁ今のところ、その予定はないな」
やっと落ち着いてから答えた彼の様子に苦笑いを浮かべ、アスカは肩を竦めた。
■
「こうやって集まって見るのは初めてかもしれませんね」
クラークが呟く。
「日本の花火はどうじゃ?」
秘色は隣にいるリオンとアメリーに訊ねた。が、答えはない。
それは二人とも完全に打ち上がる華に見とれている証拠でもあって、秘色は穏やかな笑みを浮かべながら肩を竦めた。
ただ、ここは如何せん人が多い。見えるのは空に上がってからの話で、それも元々あまり高くまで上がらないタイプの花火にいたっては見え難いこともままあった。
だから――
「っしゃ、特等席で見せたる!」
アンドレアスはそう声を張り上げて、アメリーを肩車の上に載せた。
二メートル近い身長を誇るアンドレアス。その頭の上をも遮る障害物など、海岸にはそうそうない。
そうこうしているうちに、また一つ、大輪が花開く。
「たまやー!」
秘色が声を上げ、ついでにリオンやアメリーにこれがお約束の掛声だ、ということを教え。
同じように二人も声を上げたりしつつ――ふとリオンは、アメリーに向かって口を開いた。
「――オペレーターの人に、教えてもらったんだけど。
花火って‥‥日本では、慰霊のために、打ち上げることもあったみたい‥‥」
慰霊。その言葉の意味を察し、アメリーは花火よりもさらに高い場所にある空を見上げた。
「‥‥アメリーの、友達が――空の上で、僕たちと同じように、この花火を見ていますように‥‥って、ちょっと、お祈り、してみた‥‥」
「リオン‥‥」
「こんなに、きれいな花火だもん――きっと、みんな、見てると思うよ‥‥」
「‥‥ありがと」
アメリーは少しだけ寂しそうな笑顔を浮かべて、それでも素直な気持ちを口にする。
(「‥‥コレットも、ね」)
リオンはそれだけは、口にはしなかったけれど。
「そういえば早川さん、小隊に誘ったこと覚えてますか?」
クラークにそう言われ、雄人は「あ」と一瞬口をあけた。
「‥‥悪いな、ずっと返事ほっぽったままで」
実のところ、決断は結構前にしてあったのだ。最近会う機会がなかったこともあって言い出せなかっただけで。
「んーと‥‥」
――運命の神様というのは、時折酷く間が悪い。
「雄人さんっ!」
背後から聞こえたその呼び声に、雄人は漫画的な程に身体を固まらせた。
直後、美鈴が背後から彼の両肩越しに腕を回して襲――抱きつく。何故か覚醒までしていたせいで非覚醒だった雄人は一瞬呻いたけれど、
「久しぶりだね♪ ‥‥浮気とかしてないよね? ねー?」
それを気にする美鈴ではない。雄人も今の状況をどうにかするのに必死なので何度も肯く。
「早く会いたかったけど、雄人さんにも付き合いがあるもんね?」
と言いながら、その場に居合わせた能力者たちの顔を見渡す。
秘色やアンドレアスはどこか訳知り顔で、雄人に視線で「行った行った」と促した。
「ねえ、褒めてくれるよね? 一緒に い て く れ る よ ね ?」
――トドメは、美鈴の一種の念が込められた言葉で。
「お前ら‥‥覚えてろよ‥‥っ」
そんな言葉を残して、雄人は美鈴に引っ張られていった。
――余談になるけれども、この後は一応平和だったらしい。
海岸を見下ろせる見晴らしのいい場所から、クラウディアは一人空を見た。
大きな音から一瞬遅れ、光鮮やかな華が咲く。
「はわ――‥‥綺麗」
ただ一心に、その光に見惚れ――何気なく視線を下げると、海岸には見知った人影がちらほら見受けられた。
一緒に行動していなくとも、同じ感動を分かち合えることが無性に嬉しく感じられて――ふと脳裏に、父の笑顔がよぎった。
自然、その父の形見であるペンダントに触れていた。すると隣に懐かしい暖かさを感じた気がして――
「パパにも見えてるかなぁ‥‥」
思わずそんなことを呟いて、一度だけ、天空を見上げた。
アメリーたちと一緒にいたアンドレアスだったけれど――ハバキがふらっと姿を消そうとした瞬間を見逃しはしなかった。
その時には既にアメリーを地面におろしていたので、集団に小さく詫びを告げてからハバキの姿を追い掛けた。
――ハバキが足を止めたのは、海でもかなり人の姿が少ないエリア。
それでも見渡しは良いので、空の華はよく見えた。
「あいつ――消えたって?」
追いついてから開口一番、アンドレアスはそう訊ねる。
あいつ――ハバキにとっては唯一無二の存在である恋人。
すれ違い。繰り返し。
その度に感じる苛立ちと無力感の上に、アンドレアスが口にした通りのことが起きた。
彼の気遣いが嬉しくてこの場所に来たのはいいけれど、正直あまり人に会いたくなかったのも事実だった。笑顔を作るのにも失敗するほどに、自分を追い込んでしまっている。
「お前らの間に何があったのか、踏み込む気は無い。けどな」
アンドレアスは、一度大きく溜息を吐きだして告げる。
「お前の居場所くらい、俺んトコにも用意してあるぜ」
その言葉に、サンキュ、とハバキは小さく礼を返してから――改めて口を開く。
「――傷付くことなんて、怖くはないんだ」
煙草に火をつける。
夏の空気に融ける煙が、まるで彼女のようにも感じられた。
――そう。
怖いのは、消えたら二度と戻らない煙のよう、彼女に手が届かなくなること。
でも、アンドレアスの言葉がただ嬉しかった。
だから、そろそろどうにかしなければいけないのも分かっている。
花火を見上げる。
深く響く音を上げて華開き、一瞬にして、一瞬だからこそ力強く残る光を目にして。
それからハバキは、手元の携帯に視線を落とす。
未送信のメールが一件。
心を示すかのように、震え迷う指先。
――けれど、花火の音に後押しされるように、ボタンを押下した。
『欲しい』
■
「うわぁ――綺麗‥‥すっごい‥‥」
「‥‥毎年この時期の花火を見ると、夏が終わるって実感湧くな‥‥」
屋台で聞いたお勧めスポットから花火を眺めているアヤと朋。アヤは呆然とその空に見惚れ、朋も感慨深げにそんなことを呟いた。
それから、あえて思い出したように――実際はずっとタイミングを探っていたのだけど――朋は口を開く。
「そういえば、由稀の奴が『もしかしたら、家出て彼女と一緒に住むかも』とか言ってたんだが‥‥」
告げる言葉は、ひとつの提案。
自ずと照れを感じたその視線が、アヤを見ることは出来なかったけれど、それでも。
「――アヤがよければ‥‥うちに来ないか?
い、いやほら――そうすれば、料理教えるのも楽だし‥‥」
思わぬ提案に、アヤはぽかんと口を開けて朋の顔を見上げる。
その視線を感じながらも、まだ見つめ返すことが出来ずに――朋は言葉を続けた。
「ま、まぁ、由稀の方が本当にそうなるかまだわからんし、うちと違ってご両親一緒だからすぐに返事くれとは言わないけど‥‥考えておいてくれると嬉しい‥‥」
その言葉に、未だ少しの混乱を残しながらも――アヤは小さく肯いてみせた。
■
力強く、かつ儚げに咲く空の華の移りゆく景色は、今年も終わりにさしかかっていた――。
年末年始よりも、こうやって花火を見る方が余程一年を感じられる、と真琴は言う。
だからこそ来年も同じように花火を見られるといいと思うし、見られるように頑張りたいと思うのだ、と。
「――また来年も、こうして見に来れるといいですね」
言ってから、叢雲は思う。
(「――その時には、また少し私達の立ち位置は変わってるのでしょうか」)
そうして、この日最後の大輪が空に輝いた――。
●そして余韻の夜は更ける
「花火などあまり興味はなかったが‥‥たまにはいいのかもな」
「あぁ‥‥こういうのも悪くない」
帰り道、一人で帰らせるのも何だし、と見送りを申し出た周太郎とともに、利亜は街道を歩く。
――実のところ、とても緊張していた。
と、いうのも。
「そういえば――何か、俺に言うことがあるって言ってなかったか?」
きた。
言われた途端、これから自分の取ろうとしている行動が如何に勇気のいることか再認識し、利亜の顔が自然と赤くなる。
――でも、今言わなければならないと思う。
だから利亜は――その言葉を、口にした。
■
今年も空に華は咲き――。
人々のあらゆる想いを空へと募らせて消え往った。
その想いだけは、心に何かを残し――人々は、それを抱えて歩きだす。
――また来年、想いを募らせるために。