●リプレイ本文
●解放の道標
チェッロレを出立して間もなく、前方に早速敵影の反応があった。
ゴーレム。話に聞いていた通り複数だ。
といっても、たかだか三機。十機――上空にいる御影・朔夜(
ga0240)のワイバーンとレイヴァー(
gb0805)の岩龍を差し引いたとしても八機――のKVで対応出来ない数ではない。
「んじゃま、取られた陣地を取り返しに行きますか!」
その為のまずは最初の足がかり、とばかりに、魔宗・琢磨(
ga8475)が叫び、
「さぁゼロ、僕達は先日まで休んでいたんだ――存分に、暴れよう」
「行こうか、火光(カギロイ)。俺の新たな剣よ」
ノエル・アレノア(
ga0237)と神撫(
gb0167)がそれぞれに、自らの機体へ語りかける。ノエルにとっては、重傷を負って満足に戦えなかった悔しさを晴らすのに相応しい機会だという思いもあった。
地上を往く傭兵たちは、互いにフォローし合える範囲で二つの班に分かれていた。A班はノエルとアリエイル(
ga8923)が前衛に立ち、後衛には玖堂 暁恒(
ga6985)と御崎緋音(
ga8646)。一方のB班は神撫と終夜・無月(
ga3084)が前衛を担い、琢磨とナンナ・オンスロート(
gb5838)が後方からサポートする構えだ。
三機のゴーレムも相対する反応を捉えたらしい。二機はB班へ、一機はA班へ向かってくるようだった。
互いが牽制と援護の射撃を繰り返しつつ接近し、やがて近距離戦闘の射程距離に入る。といっても、傭兵たち側は後衛が、ゴーレムはB班に接近していたうちの一機だけは未だ距離を保っていたが。
接近したゴーレムは斧のような兵装を振り回す。
「それが当たると思っていますか‥‥?」
呟いた無月が駆る白皇は難なくその連撃をかわし、ロンゴミニアトでゴーレムの胴部分へとカウンター気味の一突きを入れる。よろめいたゴーレムに追い打ちをかけるように、セトナクトを構えた神撫の火光の一閃が煌めいた。一度に胴体と頭部に損傷を受けたゴーレムは、後方の援護を受けるべく一度下がろうとする。
だが、それはさせない。
上空から朔夜の牽制射撃が入り、後方にいたゴーレムの援護の手が緩む。その間に後方の琢磨の高分子レーザー砲、ナンナのショルダーキャノンによる援護射撃が飛び、ゴーレムの脚を止めた。踏鞴を踏まざるを得なかった敵機が一転、苦し紛れの反撃を繰り出すものの――白皇と火光は難なくそれをかわす。互いの攻撃の間隙を縫う形で攻撃を繰り出し続け、殆ど傷を負うことなく敵を破壊することに成功した。
一方のA班、此方は敵後方の援護がない分若干戦いやすくはある。
が、それがつまり全力で戦えるかというと、そういうわけでもない。
「長期戦となるのであまり練力は無駄使い出来ませんね」
アリエイルが口にしたその言葉は全員の意識に根付かせなければならないことでもあった。ここで戦いが終わるのならば全力も出せようものだが、道程はまだ始まったばかりである。
練力消費を抑えるべく、特殊能力や練力を消費する兵装の使用は極力抑える。一部の者以外はその意識が徹底されていた。
「手が長いのがお前等だけだと思うなよ? 存分に殴り会わさせて貰うぞ!!」
そう叫んだ暁恒はツングースカの引き金を引いた。
大地に平行して機関砲から吐き出された弾丸の雨がゴーレムの脚を止め、更にそこへ緋音が放った高分子レーザーが直撃する。その隙にノエルとアリエイルが接近し、臥龍鳳雛とドミネイターの連撃――間断おかず繰り返される攻撃に、ゴーレムは機関砲で対抗するなどしたが――結局のところ、大した被害を与えることすらできなかった。
そうして、あまり時間をかけずに戦闘はひと段落を見せる。――が、
「休んでいる暇はくれないみたいですね」
そう情報を伝達してきたのはレイヴァーだ。苦戦を強いられない状況だったこともあり、彼は戦闘の間もずっと周囲の敵の情報を探っていたのである。またIRSTを起動させていた朔夜も、少し遅れてレイヴァーが辿ったその敵映に気付いた。
周囲の見晴らしはよく、また少なくとも近くに森などはない。左手に山、右手に海岸線が見えるものの、この一帯はひたすらに平原が続いている。その状況で口にされる「休む暇がない」。それはつまり――
「――数は二十、南西の方角に六百m。気を抜くなよ」
――数が多いということだ。
「情報が正しいならゴーレムが殆どの筈ですが‥‥」
彼はそこで言葉を切った。その先は言わずとも全員に通じている。
十数キロに及ぶ道程は、思っていたよりもさらに長くなりそうだった。
それでも。
「あの女が何を企んでいるか判らん、だが人々に害を成す事は間違い無いだろう‥‥。
ならば確実に、一つずつ外堀を埋めながら潰してやろう、必ずな‥‥」
「反撃の時はまだ少し先――今は牙を研いでおきましょう」
暁恒と緋音の言葉に、迷いはなかった。
●道の半ば
レイヴァーが予測した通り、海岸線に控えていた敵勢はほとんどがゴーレムだったが、若干タートルワームやレックス−キャノンも含まれていた。
タートルワームには以前仕掛けられた、緋音が警戒していたようなレンズトラップは今回はなく。
最初からいた敵機のほかに、周囲から戦闘を察して援軍として突入してくるレックス−キャノンもいたが、これらは情報通り全て単体でやってきた。加えてその存在も上空の二機が早い段階で発見していた為、戦況が必要以上に混乱することもなかった。
レックス−キャノンは、エース機とはいかないまでも今でも十分に脅威となりうる存在ではある。
――が。
「こっち見てていいのか? 本命は向こうだぞ」
機体の火力の面で、自分の火光が無月の白皇に比べると見劣りする――そのことを分かっているから、神撫はあえて挑発に出る。
ソードウィングで一撃離脱。傷をつけられたレックス−キャノンはその姿を追ったが、一瞬後火光がいたはずの場所には白皇の姿があり――ロンゴミニアトの、一閃。
そのように連携で相手に隙を作らないB班と、
「一撃必倒‥‥メアリオン――せぇぇぇぇっ!!」
強敵だからこそ早めの決着を――アリエイルがSESエンハンサーを発動させつつメアリオンを振るい、緋音がセオリー通りに敵の色で弱点を見分けて攻撃を加える。そうして、効果的にダメージを与えていくA班。
結果、多少の被害こそ負ったものの、二十機+αの敵機を全て倒すことに成功した。
■
長い道程と言えど、常時敵の姿・気配が捉えられるわけでもない。
何も起こっていない間には、傭兵たちの胸に去来するものもあった。
先の暁恒や緋音のように、反撃の機を窺うことを考える者もいれば。
(「南イタリアか――解放出来たら一回観光したいな」)
解放後のことに思いを馳せる神撫のような者もいた。
(「――詰まらない」)
朔夜はそう胸中で呟く。
退屈。飽き。このような状況にあっても、その思いは変わらない。
変わらないモノは、もう一つ――『彼女』との邂逅を願う、その心。
ただその中でも、少しだけ変化があった。
変化というよりは、自問していたものの答えがその分だけ見えてきた、と言うべきなのかもしれない。
前に戦った時は、機体のことはよく覚えられていた。ただしそれはあくまで機体の話で、おそらく朔夜自身のことにまでは至っていない。
だから――名前を覚えてもらいたい。その、存在の名を。
「――彼女に逢えたら、私はどうするのだろう――?」
戦いたい、というわけではないのだ。ただ邂逅を望む自分がいる。
だがその自問には、まだ答えは見つかっていなかった。
●油断大敵
やがて傭兵たちの前に、街の影が見え始めた。目的地のひとつであるモンドラゴーネだ。
ただし、まだまだ終わりではない。
それまでとは比べ物にならない数のワームがその前に立ちふさがっているからだ。
尤も、陣取っているワームにはゴーレムの姿が多く目立つ。
強行突破も不可能ではない――接近しながらも傭兵たちはそう考え、戦闘態勢に入った。
その、矢先の出来事だった。
「‥‥これは」
その気配に最初に気付いたのは、後方に最も強く警戒を向けていたナンナ。一瞬遅れて、此方へ急速に接近する敵の情報に注意を向けていたレイヴァーもそれを察知する。
「後方から大群が来ます!」
ナンナは叫び、自らはすかさず手近な高台に移動する。続いてレイヴァーから「敵のほとんどがレックス−キャノンみたいです」、背後の敵の情報が入る。
しかしナンナの行動は、彼女が後衛だった上、最初に気付いたが故にとることが出来た挙動ともいえた。完全に不意を打たれる形になった残りの地上班機体は正面――此方同様既に戦闘態勢に入っている敵の攻撃に阻まれ、挟み撃ちを逃れることが出来ず、更には間もなく背後からの砲撃に曝されることになった。
「――『手薄』って、こういうことですか‥‥っ」
ゴーレムの砲撃、衝撃を受けながらもノエルは唇を噛む。
先日のナポリでの救出作戦にも携わった者にとっては、その言葉にもう一つ思い当たる節があった。
ユネが言っていた、『見覚えのあるパターン』だ。――この状況は、イタリア軍がナポリ内部で孤立した際の話とよく似ている。
死角に注意する者は多かったが、『既に通ってきた』背後を気にする者は少なかった。
敵の数的に避けようがない事態ではあったかもしれないが、気を向けていれば、即座に高台に移動したナンナのように対処のしようがまだあったろう。
ともあれ――ナンナの援護射撃、上空からの朔夜の牽制射撃も多少の効果を成したが、やがて戦いは乱戦へもつれ込む。
青と緑、赤のワームの群が傭兵たちの視界の中でめまぐるしく動き回り始める。
こうなると前衛も後衛もない。ただひたすらに、自らに砲撃を向ける敵――或いは接近して牙を振るうレックス−キャノンに対し、刃や銃撃で対抗せざるを得なくなった。
苦戦を強いられることが必然的となるや否や、レイヴァーの岩龍も着陸態勢へ入り、今は何とか仲間の許へ合流し戦いを繰り広げている。
だが終始上空にいることを選んだ朔夜が安全か、というと、そういうわけでもなかった。
不意に疾る衝撃と、計器のブレ。
「――当ててくるか」
朔夜は舌打ちする。
レックスも基本は地上のKVを相手にする為か頻度は低いが、時折上空へ背中の対空砲の砲口を向けてきていた。地上への牽制射撃を行いながらも乱戦のどこから飛んでくるや知れないその砲撃を避けきるということは、高機動を誇る朔夜のワイバーンにしても困難だった。
状況は最悪だが、その中に置かれた傭兵たちの戦いぶりは決して拙いものではなかった。
一人高台に位置したナンナの援護射撃が最大の効果を生んだのだ。それ自体は決して火力を誇るものではなく、敵を仕留めるには至らないことも多かった。
だが、サイドアタック及びバックアタックの可能性をも踏まえていた彼女の射撃の狙いはそこではない。混乱に陥りかけていた仲間の本来の編成・動きを取り戻させることにある。
一人では流石に手が足りず、その間に被害は拡大しつつあったが――最終的には、彼女はその任を成し遂げた。
多勢に無勢感も多少あったが、モンドラゴーネがもう目の前であることも事実である。
「だぁぁ、ディーちゃんの柔肌にやっこさんのパワーはご無礼すぎるっての!」
つまり、これ以上練力を出し惜しむ必要もない。混戦から抜け出すことに成功した琢磨がそう叫んで、パニッシュメント・フォースを使用しつつスラスターライフルの引き金を引いた。ほぼゼロ距離射撃に等しい格好となったが、それだけに避けようがない。赤色の状態だったレックス−キャノンの頭部に直撃し、レックスはもんどり打って倒れた。
一体に向け一斉攻撃を仕掛ける暇こそ流石になかったが、連携や庇う行為などのフォローも行うことが出来た。これも編成をぎりぎりながら保つことが出来た故でのことだ。
本来の状態を取り戻してしまえば、戦い方は決まっている――。
そうでなければ、先の海岸線で敗れているのだから。
●突破
長い闘いにも、終わりはある。
「何とかなりましたね‥‥」
緋音がそう呟く。
辿りついたモンドラゴーネの市街は人気が薄かった。といっても、ナポリのように占領されているわけではない為、市民はただ隠れているだけなのだろうが。
今はその方が好都合、かもしれない。
戦闘不能に陥る機体が一機も出なかったのが奇跡、と呼んでもいいほどに、十機のKVの損耗は激しかった。朔夜のワイバーンやレイヴァーの岩龍などは比較的被害が軽微だったものの、全体を見ればとてもではないがカステル・ヴォルトゥルノまで解放出来たものではない。
それでも、今回の任務としては十分な成果を得ている。この先はひとまず軍に任せることになった。
■
「‥‥そうですか」
傭兵の働きによるイタリア南部情勢の微々たる変化――勿論、ブリンディシ側も含めて、だ――をユズからの通信で把握したイネースは、小さくため息をつく。
無数のディスプレイと、マイク付のコンソール――所謂通信室的な場所に、今彼女はいる。本来ならこういったポジションはユズの方が向いているし似合っているのだが、当の本人はブリンディシへ『悪戯』しに行っているのだから仕方がない。もとより欧州にいるバグア側の人間がそれほど多くなく、またその少ない人材も今はそれぞれの事情で動いている、という理由もある。
戦況は、まだ形勢逆転には程遠いものの少しずつ傭兵たちの側へ傾いていた。
といっても、まだ彼女に焦りはない。
(「――まぁ、これを撃退出来るようなら少しは考えなければなりませんが」)
そう胸中で呟いて、目の前のディスプレイのひとつを注視する。
――次なる手を送り出す準備は、とうに整っていた。