タイトル:【染】紅ノ蔦ノ這ウ館マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/01/25 03:23

●オープニング本文


 カプロイア社・日本支社の支社長はとある洋館に住んでいた。
 ある日、彼は自らが住む洋館に眠る宝玉の噂を耳にする。
 会社に尽くすつもりもあるが、少なからず私欲もあった彼は帰ったら探そうと思った。

 白い自転車に乗った少女が彼の前に現れたのは、その帰り道のことだ。
 背丈は中学生程度に見える少女自身の姿は、と言えば逆に黒が強かった。背中まで伸びた黒髪に、黒いワンピース。
 少女は愉しげに言う。
「おじさん、探し物はやめた方がいいよ」
 何で自分が探し物をしようとしているのを知っているのか。誰にも言っていないのに。
 その愉快げな笑みに不気味なものを感じながらも彼は帰宅し――少女のことが少しばかり気にかかりながらも、宝玉を探し始める。
 そして――探し始めてから三日後。
 独り暮らしの身では使わないからと放っておいた部屋の一室で、彼は遂に宝玉を見つけた。
 これで自分も、或いは伯爵に劣らぬほどの富豪になれる――。
 そう夢見ることができたのは、一瞬のことだった。
「あーあ、見つけちゃったんだね」
 声が聞こえた。家に上げたつもりもない、あの少女の声が。
「ありがと。これでまた、変わったモノに興味を抱いたヒトたちを殺せるよ」
「な‥‥な‥‥ッ!?」
 振り返れば、すぐそこに少女の姿があった。その手には、白い鎌が握られている。
 鎌におびえたように見えたのだろうか。少女はくい、と鎌を持ちあげて笑んだ。
「あ、大丈夫。おじさんをこれで殺したりなんかはしないよ」
 ずっと夢心地のままでいてもらうけど。
 その言葉を最後に聞いて、支社長の意識は途切れた。

「さて、と」
 少女は支社長の手からこぼれ落ちた拳大の宝玉をつまみあげた。
「こんなただのガラス玉の為に頑張るんだもん。人間ってホント退屈してるんだね」
 かくも昔から伝わっているものかのように噂を流した本人は、そう言って笑う。
「じゃ、折角だしこれに『核』になってもらおうかな」
 そう呟いて、部屋を移動する。
 二階の最も広い部屋に着いた彼女が、テーブルの上に宝玉を置き、懐から小ビンを取り出す。
 その中に入っていた透明な液体を、宝玉にかけると――。
「よし」
 周囲の気配が変貌を遂げ、刹那、背後で何かが床を突き破った。
「いい感じ」
 ――背後にてうねる紅の蔦を見て、彼女は気分よさそうにそう言った。

「あとは‥‥と、あのおじさんだね」
 最初いた部屋に戻る。――支社長は、まだ眠ったままだ。
「カプロイアの人なんだっけ、この人。‥‥なら、使わない手はないよね」
 そう呟いて、少女は支社長を引きずってその場を後にした。

 ■

「‥‥何なのよ、これは」
 朝澄・アスナはその資料を見て首を捻る。
 その資料のうち一枚はとある洋館の写真なのだが、誰がどう見ても不自然なものだった。
 建築されてから年月が流れているその洋館の外観にはいい感じに蔦が張っている。それはまぁいい。
 問題は、その蔦が紅いということだ。
 枯れて茶色くなったのならまだしも、紅い蔦なんて少なくともアスナは聞いたことがない。
 もう一枚は文書。
 これにはキメラ討伐の依頼と、そのキメラの概要、そして備考が書かれているのだが――そのいずれにも、アスナは眉をひそめた。
 まずキメラだが、この洋館全体に這っている蔦そのものだという。普通の蔦は外観に張り巡らされるだけだが、この蔦キメラは中の床を突き破ってうねうねと伸びているという。館は二階建てだが、一階を突きぬけて二階の床に生えてしまっているものも結構な数あるようだ。
 キメラの攻撃方法は勿論その蔦――否、もはや身体と呼ぶべきであろうそれを自分の周囲全周に振り回すこと。威力は馬鹿にならないらしく、一般人の胴体を一発で切り離せるほどらしい。
 ――数も多く、攻撃力も高い。それだけで十分厄介な依頼ではあるのだが、どうにもアスナはこれだけで終わる気がしなかった。
 というのも、だ。
 アスナは再度備考欄に目をおとす。
 三つのことがどうしても引っ掛かった。
 一つは、この館にはほんの数か月前まで、とあるメガコーポレーションの支社長が住んでいたこと。実はそのメガコーポレーションのトップとは面識があったりもするのも原因かもしれない。
 二つ目、この館には古くから地元に伝わるという噂があること。
 百年以上前に住んでいた人間が家宝としていた宝玉がその家には未だ眠っており、それを見つけ触れると願いが叶うという。
 三つめ。
 支社長を見なくなってから、長すぎる不在を不審に思った地元の人々が館に行き――こうして依頼に繋がるまでの間に、『白い自転車に乗った少女』が何度も、館の前にいたということ。

「‥‥」
 アスナは執務机の引き出しの中を探り、一枚の報告書を取り出した。
 数ヶ月前、福島で行われたキメラ討伐の依頼の話だ。
 この時もやはり都市伝説じみた噂にのっかったようなキメラが出ていた。
 そしてアスナが『白い自転車に乗った少女』の存在を初めて知ったのも、この依頼に赴いた能力者たちの報告だ。
 ――謎といい少女といい、関係ないとは思えない。
 宝玉と蔦にも、何か関係がありそうだ。というよりも蔦と結ぶつけられそうなポイントがそこしかない。
 何にせよ――。
「‥‥何か妙に面倒くさいことになりそうね」
 頭痛を覚えながらも、アスナは依頼を本部へ送信する準備に入った。

●参加者一覧

夜十字・信人(ga8235
25歳・♂・GD
鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
柊 理(ga8731
17歳・♂・GD
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
望月 美汐(gb6693
23歳・♀・HD
ハシェル・セラフィス(gb9486
13歳・♀・SF
片倉 繁蔵(gb9665
63歳・♂・HG
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD

●リプレイ本文

「蔦の絡まる素敵な洋館――って雰囲気では無いです」
 能力者たちが館の前に到着した時、柊 理(ga8731)が最初に漏らした感想がそれだった。
 他の者たちも同様だろう。紅の蔦は、実際毒々しい色合いとなっている。おそらく突出している内部は更に酷いだろう。
「宝玉かぁ‥‥どんなのか気になるけど、まずはキメラからだね」
 ハシェル・セラフィス(gb9486)の呟きに対して、
「それにしても何やら色々ときな臭い依頼だな」
 片倉 繁蔵(gb9665)がそんなことを言う。
「厄介そうなキメラが絡んでいる時点でただの失踪事件、と言う事でも無さそうですしね」
 理は肯いた。説明をしていた時のアスナの腑に落ちないと言いたげな表情が脳裏を過る。
 そしてその説明に出てきた、あるキーワード――。
「自転車の少女ね」
 夜十字・信人(ga8235)は呟く。以前受けた依頼でも聞いたことのある単語だった。
「‥‥何か関係が有るのでしょうか?」
「バグアだ、って考えてもおかしくはないだろ?」
 望月 美汐(gb6693)、鈍名 レイジ(ga8428)が続けて言う。二人も信人同様、少女の存在は以前から知っていた。
「にしても、今回は随分大っぴらにやってくれるじゃねーか」
 レイジは険しい表情で首を捻った。
「これだけキメラを放置してたら噂どころじゃ済まないぜ。
 ‥‥誘ってやがるのか?」
「何にせよ、気を配っておくことに越したことは無ェな」
 レイジの呟きに、ヤナギ・エリューナク(gb5107)がそう応える。
 言いながら外壁に這う蔦に向けイアリスを振るったが、どうやら外の蔦は色こそ違えど中のキメラのように意思は持っていないらしく、何も返ってはこなかった。
「‥‥毎度毎度、バグアの連中の手は、こちらの予想の斜め上を行くものだ」
 扉を挟んで反対側の蔦にカトラスを滑らせた信人はそう言ってから、
「御苦労さんだな、全く」
 そしておそらくこれだけでは終わらない――そんな予感を抱きながら、玄関の扉を蹴破る。
「いろいろと気になることはあるけれど‥‥蔦退治を最優先に任務にあたろう」
 沖田 護(gc0208)の言葉に全員が肯き、能力者たちは洋館へ足を踏み入れた。

●刃の如き命を刈る
 洋館の床や壁は石造りになっていた。
 その為地下から突き破られた、或いは二階から降り注いだ石の残骸が散乱してはいるが――戦闘に影響が出るほどではない。美汐が駆るAU−KVの重量負荷にも床は十分耐えうるだろう。
 能力者たちは予定通り、二つの班を組み――レイジの提案をもとに、まずは鍵のかかった広間を挟んだ左右に分かれて探索を開始する。

 といっても、双方の班ともに早々とキメラの歓迎を受けたのだが。

 入口から右側へ進んだA班――信人はカトラスを逆手に持ち、低い体勢でうねるキメラの根元へ肉薄。
 が、先手を取ったのはキメラの方だった。一階で伸びきった先端をくねらせ、信人の上から突き刺すように襲いかかる。
 しかしそれに対し、
「ここは、ぼくが防ぎます!」
 護が対処しに身体を割り込ませる。その隙に信人は更に接近し、カトラスを振るった。接近から刃を振るうまでの刹那の間にハシェルから強化の練力が飛ばされていた為、その一撃は非常に重い。
 また、
「力に逆らわずに受け流す‥‥せい!」
 護同様防御に重きを置いていた美汐も、そう言ってはうまく攻撃を受け流し極力消耗を避けて攻撃を仕掛けていく。

 一方、左へ進んだB班も同様にキメラに攻撃を仕掛けていた。
 A班は信人が前衛、護と美汐が盾、ハシェルが援護とある意味バランスが取れた態勢だったが、B班も立ち位置的には似ている。
「効いてくれよ‥‥ッ!」
 レイジとヤナギがひたすら攻撃を仕掛ける役で、
「ここはいかせません‥‥!」
 理も同様に攻撃を仕掛けてはいたが、自身障壁を用いるなど二人に比べると受けることに重点を置いていた。
 というのも、彼は後方の繁蔵を護る格好で戦っていたから、だが。

 能力者たちの攻撃の狙いは一点に絞られていた。キメラの根元、だ。
 そしてその判断は間違っていない。実際キメラは、それで確実に数を減らしていた。

 前後衛のバランスがよかったこともあり、一階での戦闘はさほど苦労しなかった。二階へ突出している蔦を切り倒す際に反撃があることも踏まえたが、幸いそれもなく。
 ただ問題も、一つだけ残った。
 左右の探索を終え、入口目の前、一階広間の入口で合流した能力者たち。
 信人が鍵のついた扉を蹴破った先には、それまでより大分太い――蔦と言うよりは『幹』と呼ぶべき太さのキメラがいたのだ、が。
「かってェな‥‥!」
 反撃が来ないのをいいことに剣戟を仕掛けたヤナギの手からイアリスが床に落ちる。信人やレイジが仕掛けても結果はまるで変わらなかった。
 傷一つ受けることなく、寧ろ相手の手を痺れさせるほどに幹は堅かったのである。
 まるで、二階へ来ないとやらせない――そう言わんばかりに。

●姿を変えた力
「‥‥残るはここだけですね」
 美汐が言う。
 二階探索を終え、同階の広間の前に能力者たちは再度集っていた。一階において二階へと先端を伸ばしていた蔦を全て切り倒していたおかげで、二階に上がってからは警戒の為覚醒こそ解いていないもののそれ以外の消耗はない。
 結局、館のどこにも支社長の姿は見当たらなかった。地下室を探したがなかった為、支社長はここにいない、ということになる。
 そうなるとやるべきことはキメラの殲滅のみになるわけだが――正直、一階の時のことを踏まえると今まで以上に面倒になるだろうと誰もが考えていた。
「――それでもやるしかないんだがな」
 嘆息交じりの繁蔵の言葉に肯きつつ、理は二階で探索中に見つけたものを取り出す。
 ホルダーで纏められた三つの鍵――。
 一つは玄関の、もう一つは一階広間のものであることは発見後に一階に下りて確かめた。となるともうひとつがこの扉を開ける鍵に違いない。
 そんな予想に違わず、鍵穴にはめられた鍵は滑らかに角度を変えた。

「――これ、もう蔦じゃないだろう」
 扉を開けた理に代わり先陣切って飛び込んだ信人は、そんな感想を漏らさざるを得なかった。
 根元かどうかは兎も角、本体と思しき部分。一階で見た時点で蔦というには余りに厳しい太さであることは分かっていたが、その先端は八本に分裂していた。
 しかもそれらひとつひとつが自由に動いているようだから性質が悪い。いい加減蔦は飽きた、とは思ってはいたが、まさか本当に触手らしきものになっているとは予想外だ。
「おい、アレを見ろ」
 その時、横に並んだレイジがあるものに気づいた。
 八本の先端のうち一本だけ、ただ天井をめがけて伸びているだけのものがある。その切っ先より少しだけ根に近づいた部分に、不自然に輝く球体が埋め込まれていた。
「宝玉‥‥って、あれ?」
 ハシェルが誰にともなくただ尋ねる。
 誰も答えない。もはや言うまでもなかったから、というのもあるが――
「‥‥なぁ、もしかしてアレが『核』なんじゃ無ェ?」
 ヤナギと同じ推測を、立てていたから。

 弱点と思しき部分のあてがついたとは言え、それを攻略するのは思っていたよりも更に難しかった。
「くそっ、数が多い!」
「近づけませんね‥‥!」
 護と理が立て続けに苦渋の声を上げる。
 根元に近い部分を攻めると先端の攻勢が弱る。それを一階で学習した能力者たちは、まず二階に出ている部分の根元に攻撃を仕掛けることにしたのだが――先端のうちのいくつかがその行く手を悉く阻んだ。勿論阻むだけでなく鋭い切っ先で斬撃を繰り出してくる為、消耗も徐々に大きくなっていた。各人の回復のほか、ハシェルの拡散練成治療まで繰り出さなければいけない状況になっている。それらを以てしても、盾役を駆って出ていた護や美汐の消耗は特に大きい。
 だが、敵の先端の数は決して数えきれないほどではない。それはつまり、追うことが出来る能力者の数にも限界がある、ということだ。
 接近して根元への攻撃を図る能力者に迫っていた切っ先の鋭さが、数発目の銃声とともに不意に無くなった。
 彼らからはキメラが邪魔をして見えなかったが、根元にかかりきりになったキメラの隙を利用し、宝玉が埋め込まれた一本へ繁蔵が射撃を叩きこんだのだ。
「――それだ!」
 いち早くその異変に気付いたのは、同じく銃を扱えるヤナギ。バックステップを踏んで繁蔵と同程度の射程まで下がると、小銃を抜いて即座に引き金を引く。
 慌てて上の防御に戻った蔦の一本に、今度は攻撃を遮られる。
 ただこれで、ヤナギが取った行動の意味を全員が悟った。

 ヤナギと繁蔵が上を攻め、その防御で緩んだところを下から前衛の能力者たちが攻め入る。
 銃弾が『核』――宝玉に近いところに命中すればするほどキメラの動きはより鈍くなることに気づくまでそう時間はかからなかったが、キメラも上を防御するようになった為簡単にはやらせてはくれない。一度宝玉そのものにぎりぎり命中し、命中させたヤナギは達成感と冷や汗を同時に感じることになったが、宝玉が壊れることはなくただ大きな隙を生ませただけだった。
 それでもハシェルが援護の練力を飛ばし、それで得た力を以て、能力者たちはキメラの先端を少しずつ短くしていく。
 徐々に余裕が出てきたところで、
「やぁっ!」
 とうとう護が本体の根元へ到達する。ヨハネスで薙ぎ払った本体は相変わらずの堅さを誇っていたが、先ほど、一階の時にはなかった感触があった。
 削れる。
「このまま押し切るぜ!」
 次いでレイジ、美汐、理、信人――前衛で粘っていた者たちが次々と本体へ到達、攻撃を浴びせ。後衛ではなおも射撃が続き――。
 やがて、キメラの『幹』と呼ぶべき本体は遂に切り倒される瞬間を迎えた。
 ――と。
 巨体が横に倒れると同時に、宝玉が蔦から離れて床に勢いよく転がった。

「うーん、そんなに有り難い物なの?」
 戦闘の余韻もひと段落し、床から宝玉を拾い上げたハシェルが首を傾げていると――。
「‥‥え?」
 彼女の掌の上で、宝玉が何の前触れもなく砕けた。
 或いは先ほどの攻撃が地味に効いていたのかもしれないが、持ちあげた時はヒビひとつ入っていなかったのに、だ。
「――ど、ど、ど、どうしよう‥‥!?」
 欠片のいくつかが床にこぼれ落ちる。流石に予想していなかった事態にハシェルは慌て出した。
「一応報告はした方がいいだろうが――大丈夫な気もするな」
「というと?」
 冷静な信人の言葉に、今度は理が首を捻る。
「噂自体作りものだった、ということですか?」
 美汐の問いに信人は無言で肯く。
「あぁ‥‥だとしたら、この『宝玉』も、本当は何の値打もなかったっていうのもありえるね」
「だといいなぁ‥‥」
 護が示した可能性に、まだ少しだけ焦りながらもハシェルはそう呟いた。

●夢の芽は謎の種
 廊下へ戻る。
 先ほどまでの毒々しい色合いは消えたものの、代わりに静寂が不気味さを演出していた。
 と――再度窓の外を見たヤナギが、「あ」っと気づく。
「いるぜ、例の少女」
 その言葉に他の面子も顔を見合わせた後、それぞれ窓から身を乗り出す。

 館の玄関より、少し門寄り。
 停めた白い自転車に腰かけた黒ずくめの隻眼の少女は、ゆっくりと、歌うようなリズムで足を動かしている――。

「おい!」
 玄関から戻った時にはいなくなっている、という可能性がないこともない。
 ヤナギがその場で声を張り上げると、少女は足を動かすのを止めた。その視線が、二階の能力者たちへと向く。
「キミ‥‥は、こんなところで、どうしたの?」
「遊んでいるだけだよ」
 最初に投げかけられた理の問いには、朗らかな笑みを浮かべて返し、
「この洋館の前でよく見かけるという情報を耳にしたのでな。
 異変について何か知っていることはないかね?」
「‥‥さぁねー」
 続く繁蔵の質問には、一瞬何か言いたげな沈黙を残しながらもそう答える。
「毎度甘い餌をチラつかせやがって、随分巧く人の心を逆手にとってくれるじゃねーか」
 険しい口調で言葉を投げかけたのは、レイジ。
「――お前、一体何者だ?」
「‥‥何者も何も、あたしはあたしでしかないよ」
 少女はそう言いながらサドルから降り、スタンドを蹴る。
 帰るつもりか――と能力者たちが思ったところに、少女は彼らに背を向けたまま意外な一言を放った。

「でも、名前くらいはいいかなあ。
 ――あたしの名前は、夢芽<ユメ>。ただ、それだけ」

 それだけ言い残し、夢芽は再度――今度は帰る態勢で――サドルに腰かける。
「待って。この館に住んでいた人は、どこへ行ったの?」
 呼びとめた護の問いに、夢芽は一度振り返った。
 能力者たちはその表情に、ある種の悪寒を覚える。
 笑顔なのは、最初と同じ。
 ――だが口端を不自然に釣り上げて嗤う今のそれには、朗らかさなどどこにもない。
 そして、彼女は問いに答えた。

「居るべき場所に、居るんじゃないかなぁ?」

 ■

「アスナ、単純なキメラ討伐の依頼には思えんよな」
 事後報告ついでに、信人はアスナに向かってそんなことを言う。
「次は、黒幕の介入を警戒するべき‥‥かも、しれん。根拠は無いが」
 今回、少女は此方に何かを仕掛けてくる様子はなかった。だが、次会った時にもそうとは限らない。
「そうね‥‥。って、何するの」
 肯きかけたアスナの頭にネコミミカチューシャを被せようとする信人。一旦は抵抗しかけたアスナだったが、結局諦める。暫く忙しくて会えていなかったから、というのもある。
「それにしても、『居るべき場所』って‥‥まさか」
「まさか、というかそれしか考えられないでしょう」
 美汐の言葉に、アスナを含めた全員が肯く。
 脳裏に思い描いたキーワードは皆同じだった。

 カプロイア日本支社――。

「くそ、どういうつもりだ?」
 レイジが呻くように言う。夢芽の事件に関係がある以上、支社長が何事もなく日々を過ごしているとは思えない。
「――日本支社に何かが起こってないか、調べてみるわ。
 ‥‥もしかしたら、また事件になるかもしれないけど」
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたアスナの言葉を否定出来る者は、その場にはいなかった。