●リプレイ本文
「岬に出来ることっていうより、岬がしたいことは何?」
どうしてフェリシテさんの応援をしたいか――そう問われて、あたしは自分の気持ちを整理する。
――そうだ。
答えを導き出すまでに、時間はかからなかった。
何故ならそれは、あたしが旅を続ける理由の一つでもあるから。
●その刃を
「へぇ、結構いい雰囲気の場所だね〜。ぱっと見、キメラとは無縁の、平穏な感じがするのにな」
件のコテージを目の前にしつつ、新条 拓那(
ga1294)はそんなことを言う。森の中にあるとは言え、ぽっかりと開いたスペースにある為日当たりも良かった。
でも実際はそうでもないわけだ、と小さく呟きながら視線を周囲の森に巡らせた。
「依頼等で世界を周るがどこの地域でも、疎開やら難民やら、住みたいところに住めなくなった話は聞くのう。どげんかせんといかん」
霧雨仙人(
ga8696)がそう呻った後、能力者たちは行動を開始した。
「視界、悪いですね‥‥」
橘川 海(
gb4179)がAU−KVの赤いマントを翻らせつつ言う。
キメラに見つけてくれ、と言わんばかりの行為をとっているのには勿論理由があり、また同じ理由で霧雨仙人は小枝を踏み鳴らすなどわざと足音を立てて歩いていた――同時に、探査の眼を用いながら。
「お」
スキルこそ用いないもののやはり探索を行っていた拓那が、通りかかった道の脇の木についた傷跡に気づく。
引っかき傷。大きさとしては、大したものではない。
それから先の木々にはいくつも、同じように痕跡が残っていた。おそらくこれを辿れば、キメラの住処に辿りつける。
――その前に此方が襲われるのは自明の理。
実際そうなったのだが、全然問題はなかった。
何故なら。
(「誰かを護りたいのは男も女も関係ない」)
木陰に身を隠しつつも拓那たちの姿を追いながら、リスト・エルヴァスティ(
gb6667)は思う。
護る為なら、がなりすててでも護りたいのが本音だ。
でも、それだけじゃ駄目な時がある。
命を懸けて他の「何か」を護って伝えないといけない状況がある。それが今だと、思う。
依頼人――より正確にいえば、それに関わった夫婦のことを思いだし、そんなことを考える。
「‥‥あ」
隠密潜行で気配を消して行動していた澄野・絣(
gb3855)が、道を歩いていた霧雨仙人が出した合図に気付いた。視線を動かせば、確かに道に迫る影がある。
「――!」
それに応じて久遠 蛍(
gc0384)がガトリング砲を構える。
影が道端に躍り出たと刹那に火を噴いたガトリング。ただし、敵の殲滅を狙ったものではなく――
「ったく、一体ドッから湧いて来た! ここはてめぇらみたいなのが居ていい場所じゃないんだよ!」
覚醒し荒々しい口調になった拓那が、ガトリングの援護射撃で踏鞴を踏んだ狼の脳天にかかと落としを入れる。
不意打ち班の存在に気付いたもう一方のキメラがそちらに足を向けた。
そこから一番近くにいるのは、絣。ただ、
「もう一匹‥‥っ!」
間に海が割って入る。
そしてAU−KV全体にスパークを発生させると、キメラを勢いよく吹っ飛ばした。
拓那が叩いたキメラを霧雨仙人と蛍が、海が吹っ飛ばしたキメラをリスト、絣が追い打ちをかける。
些細な抵抗程度はあったが、結果として体力的には殆ど消耗せずにキメラを倒すことに成功した。
<蛍>
戦闘が終わった後、僕はなおも森の中でキメラが他にいないかどうか調査していた。
キメラそのものだけではない。巣穴に出来そうな洞窟、洞。それに痕跡――。
洞はないこともなかったけど小さなものだったし、洞窟はない。痕跡は戦闘前に拓那が見つけた以外にもいくつかあったけれど――どれも、さっき倒したキメラのものだろう。
そういう根拠があって、僕が導きだした結論は――。
(「少なくとも今のところはこれで安全、か」)
たぶんあのキメラは『はぐれ』だったんだろう、と思う。
そろそろ、街に戻ろう。
夫婦の問題にはあまり関心は湧かないけれど、依頼として受けた以上役割は果たすつもりだし。
キメラを倒しただけじゃ、それは終わりじゃないから。
●その心は
一般人であるあたしが、こと戦いについて能力者の皆の手助けになれることなど殆どない。
出来ることはせいぜい、ジェラールさんの生家の前で二人と一緒に皆が無事にキメラを倒すことを祈るくらい。
だからといって不安はなかったけれど、実際皆がさして深い傷もなく戻ってきた時は正直、少しだけ安心した。
「終わったんですね」
ジェラールさんの言葉に、皆は肯いて。
「少し、お二人にもお話があるんですけど‥‥いいですかっ?」
海さんの言葉に、ジェラールさんとフェリシテさんは驚いた様子で顔を見合わせた。
――そう、なのだ。あたしが書いた手紙について二人が知っているのは、キメラのことだけ。
予め話があると分かっていると、ジェラールさんだけでなくフェリシテさんも態度が硬くなっちゃうんじゃないか、と思ってあえて言わずにおいたのだ。
二人は少しの間驚いたままだったけれど――皆の表情を見回した後、
「‥‥こちらへどうぞ」
ジェラールさんが家の中へ招き入れるべく、扉を開けた。
■
<拓那>
ジェラールさんは俺たちをリビングに招き入れた。家主であるジェラールさんの父は今は妻と旅行中で不在なもんで、家を広く使うことが出来るからだろう。
考えてみればコテージを持っている時点で想像するのは難しくないんだけど、ジェラールさんの家はそれなりに裕福らしい。広いリビングにある調度品はどれも質がいいのが素人目でも分かる。
‥‥そしてよく考えてみると、その裕福さが今回のもめごとの原因になったんじゃないか、という気がしなくもなかった。
だってそうでしょ。
森は危険だ、と主張するジェラールさんが暗に街が安全だ、と言っているのは、その安全な街で安穏と暮らせていた家そのものが根拠なんだから。
そう思うことは決して悪いことじゃないし、ましてあながち間違っていることでもない。
でも――。
「それで、話というのは‥‥」
テーブルを挟んで向かい合うソファー。片方にはジェラールさんとフェリシテさんが座り、もう片方には岬ちゃんが座っている。
ジェラールさんは俺含め傭兵の皆の分の椅子も用意しようとしたんだけど、彼にとっても予定になかったことのようだし丁重にお断りして、今俺たちは思い思いの場所に立っていたり壁に寄り掛かったりしている。そんなせいか、依頼人たる岬ちゃんは少し居心地悪そうにしていたけど。
「多分、想像はついてるんじゃないですか?」
絣ちゃんが言うと、ジェラールさんはやっぱりか、と言いたげな顔をした。まだ俺たちの真意がわかっていないフェリシテさんも同じだ。
とりあえず、俺たちがここに来た真意は早い段階ではっきりさせておくべきかな、と思う。
だから俺は早々と口を開いた。
「大切なものを納得できずに手放すのは、身体が安全になっても、心が傷つくんじゃないでしょうか?
フェリシテさんもそうですが、貴方自身も」
<霧雨仙人>
「あんたの危惧は尤もだけど、キメラは一度現れたからってそう何度も現れるわけじゃない」
拓那の言葉の後に続いたのは蛍じゃった。
それから蛍は、戦闘が終わってからの調査の結果をジェラールに告げおった。
今は他にキメラはいないし、現れそうな痕跡もない――そのことにジェラールもフェリシテも安心したようじゃったが、ジェラールはすぐに表情を曇らせた。
今は大丈夫でも、後々――ということを考えたのじゃろう。
「ジェラールよ」
ワシはここで口を挟むことにした。
「ワシはこれまでキメラと前線で戦ってきた。
対抗する能力を持たんお前がキメラを恐れコテージに戻りたくないのはよくわかる。
しかし、今、お前が住んでいる街も安全とは言えん。
人は多いし、守ってくれる力も多いかもしれんが、それゆえ敵のより大規模な攻撃対象になることもある」
今は大丈夫でも、というのは、何もコテージに限った話じゃないんじゃ。
というのは、流石に言わなくても伝わったじゃろう。
<リスト>
霧雨仙人は更に言葉を続けた。
「ま、決してコテージの方が安全とは言わんがの。
ましてやお前には奥さんを守る責任もあるしな」
守る責任。
それは、俺が告げたいことを告げる切っ掛けとなる言葉。
「旦那さんの気持ちは理解できる。俺も何度か同じ状況に出くわした事があるから」
だから俺は言う。
「只、命が助かっても失う物がある。何処まで約束できるか分からない。
けど、俺はそういった人達を護る為の力がある。代わりに命をかけよう、それで皆を守ってやる」
白い鬼<Valkoinen demonin>の力で守り、そして守った人々をより安心させる為に背中の天使は在る――そう、俺は信じている。
<海>
三人の言葉を聞いて、ジェラールさんは「街は安全」という自分の考えを見つめなおす為か、ちょっと俯き加減になりました。
でも、私たちが言葉を告げるべき相手はジェラールさんだけじゃない。
「ジェラールさんは、怖いんだと思いますよ?」
そう思うから、私はフェリシテさんに声をかけました。
もう自分を盾にして護ることが出来ないからこそ、大切な人を失うことが何よりも――。
フェリシテさんは少し考えてから、ジェラールさんの顔を横目に見て小さく肯きました。考える、というよりも、再確認だったのかも。
「それを知っていてなお、フェリシテさんはあの家に拘る理由があるんですね」
「‥‥」
また肯きはしたけれど――それからフェリシテさんは口を小さく開閉させるばかりでした。
言葉が出てこないわけじゃない、と思うんです。
ただ、背中を押すものが今はないだけ。
「さっきリストさんも言ってましたけど、私たち能力者は、キメラと戦う力を持っています」
私はまた口を開きました。
「だから戦えるのは当たり前です。すごいことじゃありません。
でも、ジェラールさんは戦う力を持っていないのに、キメラに向かっていったんです。
――それはきっと、すごいことですよね」
すごいこと――勇気のあること。
それをよく考えて欲しかったんです。それで、フェリシテさんにも勇気が出てきてくれれば――。
「‥‥まだ、言うのはもう少し先にしようと思ってたんですけど」
――意を決したように、フェリシテさんは口を開きました。
そして、一見細い身体の――臍のあたりをさすって言ったんです。
「――ここに、子供がいるんです」
皆驚きました。岬さんも。そして誰よりも、ジェラールさんが。
「今までは二人の思い出の場所だったけど、今度は三人にしたいんです。
それで――生まれてくるこの子にとっても私たちと同じように、あの家が大切な場所だと考えて欲しい」
子供にとっては住まないと、それは叶わないこと。
フェリシテさんが言いたいのは、そういうことだったんです。
自分がそこで生活を続けないと、いつまで経ってもそこは『両親の思い出の場所』で、自分にとっては客観視しか出来ないものだから――。
「それなら尚更、慣れた場所で生活するのがいいかな、と思います」
絣さんが言いました。
「何かあった時に周辺の地理に明るいのは強味にもなりますし」
精神的なことは皆に任せるよ、と言っていた蛍さんも含めて、能力者は全員言いたいことは言いました。
もっとも、
「色々言っちゃったけど、最終的な判断は二人に任せます」
拓那さんがそう言ったように、結局のところ今後どうするかを決めるのはジェラールさんとフェリシテさんなんですが。
「歩ける様になってからでもええから一度戻ってみてはどうじゃ」
付け足すように、霧雨仙人さんが言います。
「それくらいの時間があればワシらがすっごい頑張ってヨーロッパ圏内からバグアを追い出しておるころじゃろうて」
笑う霧雨仙人さんに、私たちも同調したように笑いました。
そう――ジェラールさんもフェリシテさんも。
何かが吹っ切れたように。
<絣>
「岬も何か言いたいことがあるんじゃないの?」
笑いが収まった後――蛍さんに問われ、岬さんは「んー‥‥」少しだけ思案した後に肯きました。
「そうだ、ね。
言いたいことは大体皆に言われちゃったし、ジェラールさんも考え直してくれそうだけど、一応、言っておきたいな」
言いながら、ギターケースからアコースティックギターを取り出しました。まずは歌うつもりみたいです。
「この曲弾くの久しぶりかなぁ‥‥」
「久しぶり?」
「うん――旅し始めたばかりの頃に作った曲だから」
拓那さんの問いにそう応えて、彼女は弦を爪弾き始めました――。
アルペジオ。前聴いた――というよりは、あの時は私も演奏してましたが――時もそうでしたから、岬さんとしては好きな演奏法なんだと思います。
演奏法に合わせた、ミディアムテンポのバラード。
好きな人や物事――日常の中のそれらへの愛しさを謳う曲でしたが。
過ぎていく時間の中で 切れていく縁もあるし
全てを守れるわけじゃないけど
大事なモノを繋ぎ合せたら そこが居場所になるのかな
岬さんがこの曲を選んだ理由は、そのフレーズにある気がしてなりませんでした。
「‥‥皆が言うとおり、街なら安全っていうわけでもないけど」
最後の一音を奏でた後の姿勢――弦に視線を向けたまま、岬さんは口を開きました。
「――でもそれより前に、大事な場所がそこにあるっていうことを、簡単に捨てないで欲しいんです。
住まないっていうだけでジェラールさんも捨てるつもりはなかったのかもしれませんけど、切り離した後でもう元に戻らなくなる可能性も、ないわけじゃないし」
そう言って皆に向けた笑みがひどく寂しそうなものに見えたのは、私の気のせいでしょうか。
本人に尋ねたところで「そんなことないよ」と返ってきそうだったので、あえて訊きませんでしたが。
■
「岬さんのことも、私はすごいって思ってるよっ?」
ジェラールさんやフェリシテさんとは別れて、私たち――に岬さんを加えた七人で家を出ました。
海さんがそんなことを言ったのは、その矢先のことです。当の岬さんはきょとんとした表情を浮かべました。
「歌や音楽って、他人には触れられない、そんなところを揺らせるよね」
また聞かせて欲しいな――そう言って笑った海さんに、岬さんも「また何かあったらね」と笑って返しました。