タイトル:【DS】四葉の憂鬱マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/13 23:41

●オープニング本文


「はい――えぇ、ですからそのようにお願いいたします」
 どこかに電話をかけている女は、愉しそうに目を細める。
 窓の外に向けられたその視線の先には、堤防に腰かけてギターを爪弾く少女の後ろ姿があった。
「少し面白い素材が手に入りそうですから」
 
 ■

 イギリスから再びフランスに戻った天鶴・岬は、トゥーロンに滞在していた。
「――はぁ‥‥」
 海沿いの通りにあるホテルから出て数歩、視界に飛び込む景色に岬は思わず溜息をつく。
 港に停泊している数隻の軍艦。
 その手の知識に全く明るくない岬ですら、それらはUPCのものだと分かった。
 アフリカで戦争を繰り広げるにあたり、人類にとって最も安全な補給拠点がこのフランス沿岸であることは間違いないのだから。
 ただ岬にとっては、『それが戦争の為にある』こと自体憂鬱の種であった。
 名古屋の時と違い自分に関わりは薄いとは言え、戦争のある光景を目にするのはやはり痛い。
 勿論人類の勝利は願っている。願ってはいるけれど、歌にはしない。それは自分の歌ではないと岬は思っていた。
 ところで、憂鬱の原因はもう一つ。
 堤防に腰かけ、ギターケースから大事にしているアコースティックギターを取り出す。
 それから取り留めもなく爪弾くこと、しばし――もう一度溜息をついた。
「やっぱり何も降りてこないや‥‥」
 ここ暫く、全く曲が作れなくなっていた。ここでの作業さえも既に数日繰り返している。
 コードを適当に繋ぎ合せることくらいは勿論出来る。
 が、元々作曲というのはイマジネーションを要求される作業である。適当に繋ぎ合せたところでそれが次に繋がるコード進行、メロディーを想像できなければ作るのにも時間はかかるし、少なくとも岬に関して言えばそれで納得できるモノが作れたためしはなかった。
「――はぁ‥‥」
 ここ数日分の憂鬱をもう一つの溜息に変えた時、
「今日はどうですか?」
 自分に声をかけてきた人物の顔を見上げ、岬は「あ」と声を上げた。
 金髪の女性がそこには立っていた。優雅なウェーブのかかったその髪は腰辺りまで伸びている。瞳は切れ長だが、縁の広い楕円形フレームの眼鏡をかけていることもあってか、知性と同時に穏やかさも感じられた。
 パンツルックの上に白衣を羽織っているという大人びた容姿をしているものの、これで岬とは二つしか年齢が違わないということを最初聞いた時岬は驚いたものだった。
 ベアトリクス、と名乗ったその女性は、岬がここでの作業を始めた翌日から岬に接してきていた。服装通り研究者であり、仕事場はすぐ近くにある為昼時は毎日この道を通るのだという。
「うーん」
 呻りながら首を横に振った岬を見、ベアトリクスはくすりと微笑んだ。
「では、また少し休憩しましょうか」

 岬が宿をとっているホテルの二階には喫茶店があり、ベアトリクスは毎日そこで昼食をとっているのだという。彼女と接し始めてからは岬も彼女とともに食事をするようになっていた。
「岬さんは何の為、誰の為に歌を作っているのか。そこをもう一度見直せばいいかもしれませんね」
 軽い昼食を終えた後、紅茶を啜りながらベアトリクスはそんなことを言った。
「そうですか?」
「あちこち旅をしてきたのでしょう?
 その間に見てきたことが無駄とは言いませんが、学んだことが多すぎて岬さんの中で少し混乱してしまっているのかも‥‥と。私の想像ですけどね」
「つまり、そこを整理すれば――‥‥でも、そんな簡単に整理できるかな」
 ちょっとすぐには出来る自信ないですね、と首を捻る岬に、ベアトリクスはまた微笑む。
「考えるだけで上手くいかないなら、いっそ環境を変えてみるとか」
「環境を?」
 それなら度々変えてるような気がするけど、とは言わなかった。言わずとも目の前のこの賢い女性は理解している筈だ。
 それなのに何で――?
 疑問を口にする前に、場が騒然となった。
「一階にキメラが突入したぞ!」
「――!?」
 ホテルマンの叫びが聞こえ、岬は思わず席を立つ。背中を向けそうになってから、ベアトリクスに向かって叫ぶ。
「早く逃げないと!」
 ベアトリクスも一般人だと聞いた。キメラに対抗する手段は持っていない筈だ。
 にも関わらず、ベアトリクスはいたって冷静に見えた。
「その必要はありませんよ。今は南にたくさん能力者がいるんですから直に駆けつけるでしょうし――」
 ゆったりと席を立ったベアトリクスは、その刹那の後にはポケットから取り出した布で背中越しに岬の口を塞いだ。
「!?」
「これも一つの、環境の変化じゃないですか」
 どういうこと、とは言えなかった。
 それを考える前に、意識が薄らいできたのだ。故に抵抗することも出来なくなっていた。
 クロロホルムを嗅がせながら、ベアトリクスは岬の耳元で囁く。
「それに、これからもっといい環境に連れていってあげますよ」
(「何‥‥で‥‥?」)
 薄れ往く意識の中に抱いたその疑問は、布で塞がれた口からは出せなかった。

 ■

「――おい、アレ‥‥キメラじゃないか!?」
「何!?」
 臨時の軍港となっている港にて。
 軍艦の上から補給物資の積み込みを監視していた兵士に、双眼鏡を覗いていた同僚の兵士が声をかけた。
 自身も双眼鏡を取り出して、同僚の指差す方向を見る。
 海岸の堤防を乗り越えて、十匹ほどのヒトデが道路に飛び出していた。そのまま港は無視して、正面にあるこの軍港近辺唯一のホテルに向かっている。
 それがキメラだと分かったのは大きさの為だ。幾ら双眼鏡を使ったといっても、五十メートル以上離れたところにいる普通のヒトデを判別できるわけがない。アレは明らかに人間サイズの大きさはあった。
「どうしてこんなところに‥‥」
「分からん。多分はぐれキメラだとは思うが――」
 困ったことに、補給部隊として停泊しているこの艦隊に能力者も、SES兵装も存在しない。
 兵士は双眼鏡越しの視界から目を離して同僚に言う。
「仕方がない。前線に連絡して傭兵を若干名回してもらおう」
「そうだな――あっ」
「どうした!?」
「――普通ヒトデって炎吐かないよな?」
 同じく双眼鏡を外しておそるおそる自分に問いかける同僚を見、兵士は顔面蒼白になった。
 早く呼ばないと――。
 そう慌てる兵士たちは、ホテルの中で何が起こっているか知る由もなかった。

●参加者一覧

刻環 久遠(gb4307
14歳・♀・FC
リスト・エルヴァスティ(gb6667
23歳・♂・DF
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
久遠 蛍(gc0384
17歳・♂・HG
如月 芹佳(gc0928
17歳・♀・FC
シクル・ハーツ(gc1986
19歳・♀・PN
ラスティーナ・シャノン(gc2775
24歳・♀・FC
ヨダカ(gc2990
12歳・♀・ER

●リプレイ本文

 緊急の任務を伝えられた八人の能力者たちは一路、トゥーロンの港に降り立つ。
 軍からの情報通り、襲撃されたというホテルは港から目と鼻の先にあった。まだ火は周囲の建物に燃え移る程ではなかったが、キメラが出没していることが知らされていることもあり、周辺の建物の人々は既に避難を開始しているようだった。
 しかしながら、キメラはその『ホテル周辺』に興味を示しているような様子はない。建物が破壊されているようなこともなければ、逃げ往く人が怪我を負っているということもない。
(――何故?)
 避難する人の流れと逆に駆けながら黒瀬 レオ(gb9668)は疑念を抱く。
 考えられる理由は一つ。そのホテルが最初から狙われているということだけ。けれど、それが何故かということは今はまだ分からなかった。
 考えている内にホテルの玄関の前に辿りついた。
「―――Atziluth」
 刻環 久遠(gb4307)はそう静かに呟いて覚醒を済ませる。漆黒の髪は一瞬にして銀に染まり、それに伴い纏う雰囲気も一変した。
「火を吐くヒトデとは何とも珍妙な。
 とにかく、急がねばホテルが全焼してしまいますね」
「ずばばっとやっつけちゃうですよ!」
 ラスティーナ・シャノン(gc2775)やヨダカ(gc2990)がそう言う横で、若干青ざめた表情を浮かべている者がいる。
(大丈夫‥‥大丈夫だ‥‥)
 シクル(gc1986)は自分に言い聞かせた。
 ヒトデには幼い頃に植え付けられたトラウマがある。
 緊急の依頼とは言え討伐対象を聞かなかったのは失敗だったかもしれない――が、ここまで来てしまった以上はやるしかない。
「行くよ!」
 裸足になってから覚醒した如月 芹佳(gc0928)の合図を機に、能力者たちはホテルの中へと駆け出す。
 無論シクルも、一つ唾を呑みこんでその一団の中へ飛び込んだ。
 
●逆襲
 室内に侵入した能力者たちの目に飛び込んだのは内装のあちこちを燃やしている炎と、十匹のヒトデ。
 そしてそのうちの数匹に今にも襲われそうになっている、逃げ遅れた従業員とみられる数人の人影だった。
 うち一人は怪我を負っているらしい。他の従業員はそれを庇うように立ってはいるが、当然それに惑うキメラではない。
 一瞬の判断の後、能力者たちは己が行動の為に散る。
「思ったよりも火の回りが‥‥」
「任せて!」
 消火器の類が作動していないことを確かめたラスティーナの呟きに対し応え、芹佳は真っ先に動いた。迅雷を用いながら壁を駆け上がり蛍火を振るい、スプリンクラーに衝撃を与える。
 水分が降り注ぎ始めたことでキメラの注意が従業員から離れた一瞬の間に、
「私が足止めをするから早く避難を!」
 シクルとレオが人々の前に割って入る。
「キメラがまだ居るから来るのはこっちが合図を出してからにして」
 人々が固まる位置の横にあった電話から久遠 蛍(gc0384)が消防隊にそう伝える頃には既に戦闘は始まっていた。
「――さて、私がお相手いたします」
 両手に二本のショーテルを構えたラスティーナが斬り込んでいく。
 吐き出された炎をかわし、一匹のキメラに肉薄しかけたところで側面から気配を感じた。
 回転しながら体当たりしようとするキメラ――だが、
「させるか」
 その攻撃がラスティーナにダメージを与えることはなかった。続いて斬り込んでいたリスト・エルヴァスティ(gb6667)がキメラの身体にコンユンクシオの刃を叩きこんだのだ。スキルも乗っていた一撃でキメラは大きく吹っ飛ばされ、丁度シクルの目の前を横切って壁に激突した。
 その拍子に、キメラの身体の一部がシクルに触れる。
「私に近づくな!」
 そう毅然と叫んで忍刀を振るったが――その反撃をしようと二本脚で立ちあがったキメラを見、
「く、来るなと言っている!」
 シクルの瞳に少し動揺の色が浮かんだ。一般人が浮かべる恐怖のそれと似たものを感じたのか、キメラは今一度攻勢をかけようと体当たりの構えに入る。
「こ、来ないでくれ‥‥」
「――大丈夫!?」
 それまで人々を上の階へ避難させていたレオが、戻ってくるなりシクルの様子を察して声をかける。
 だが平静を取り戻させる為にはタイミングが一歩遅かったようだった。
「来るなぁあああ!」
 一種のトランス状態に入ったシクルは――自身に体当たりしてきたキメラの身体を、相手の勢いを殺さぬまま真っ二つに両断する。
「うわぁ‥‥」
 キメラの残骸の片方が側面の壁に激突し、レオは思わず唖然とする。それから今度こそ声をかけ、それでようやくシクルは一旦平静を取り戻した。

「武器をパワーアップさせるですよ!」
 一方ヨダカは戦闘を続ける仲間への援護に徹していた。今もまたそう声を上げながら、久遠に強化の練力を投げる。
 その練力を太刀に受けた久遠は――艶やかに微笑む。
「いらっしゃいな、遊んであげる。微塵になるまで刻んで<愛して>あげるから」
 まともに見た者は寒気を覚えるであろう微笑を湛えたまま刃を振るう。
 切り刻まれたキメラが吹っ飛んだ先には芹佳がいる。芹佳も敵の存在を見止め、
「下が滑るなら、壁と天井を走ればいいだけ‥‥」
 近くの壁を駆けた。スプリンクラーがまき散らした水がそろそろタイル張りの床を滑りやすくし始めており、その影響が一番出ているのは芹佳のいる近辺であった。
 水分を含んだ音を立てて床に墜落したキメラの頭上に、蛍火を構えながら着地を図る芹佳の姿がある。
 だが芹佳は突きたてようとしたその刃を咄嗟に受けの態勢に変えざるを得なかった。キメラが口から炎を吐いたのである。幸い他に燃え広がりはしなかったが、芹佳自身は多少被害を受けた。
 芹佳がヨダカから治癒の練力を受けつつ態勢を立て直している間にキメラは起き上がろうとしていたが、それは叶わなかった。
「言ったでしょう?」
 ――愛してあげるから。
 久遠が何度も何度も刃を振るい、刻み、突き立てる。既にキメラがその命を絶った後でもその行為は続いた。
 この時点でキメラは既に半分以下の数になっていた。視界の端でシクルが消火に取り掛かるのを尻目に、久遠は尚も過剰殺傷を続ける。
 それを止めたのは別方向から迫っていたキメラの体当たり。無心になりつつあった久遠の意識は多少の傷とともに戻され、ぶつかった反動の中キメラは二本脚で器用に着地する。
 だが直後、二発続けて放たれた銃弾がその両足を叩いた。
(キメラを倒さないことには生活も何もないからね)
 銃弾を放った蛍はこのような状況下にあってもそんなドライな思考の許に冷静に周囲の状況を見極め、
「お1人ずつ対応させて頂きますので慌てずにお待ちくださいませ」
 戦闘を継続しながらそう口を開くラスティーナが相手をしていたキメラに向かって銃弾を放った。射撃対象をスプリンクラーの影響から遠ざけようとラスティーナが動いていた為に狙いやすかったのも大きい。
 体当たりの態勢に入りかけていた別のキメラはそれで足を止められ、その背後へリストが回る。
「――ナポレオンが攻めた街か」
 両手剣の重い一撃を浴びせながら静かに呟く。自分たちの相手はヒトデだが、もとより敵の姿が何であろうと切り刻む心積もりは出来ていた。
 残るキメラは二匹。そうカウントする間にも、そのうち一匹は完全に背後を取ったラスティーナが、
「失礼致します。――お覚悟を」
 勢いをつけたまま円閃を浴びせる。この戦闘だけで数度敵に深い傷を刻みつけたその一撃は、今度はとどめの一撃になったようだった。
 最後の一匹はいよいよ劣勢を察したか、キメラは辺りに炎をまき散らそうとする。しかしスプリンクラーのおかげで炎は最初ほど広がり難くなっていたし、シクルが既に消火活動に入っていたこともありキメラが吐いたほどに炎は広がらない。
 更にその後に体当たりで抵抗を試みたが、それはささやかなもので。
「これで終わり、かな」
 その体当たりを受けきったレオが、カウンター気味に最後の一撃を叩きこんだ。

「――はぁ‥‥はぁ‥‥。終わった‥‥か‥‥」
 半ば恐慌に近い状態で戦っていたシクルも、ようやくそこで緊張の糸を解いた。
 その視線が、まだ覚醒を続けていた久遠とぶつかる。
「貴女にだけは見られたくなかったのだけど――これも『業』と言うものなのかしら」
 普段とは雰囲気の異なる彼女が浮かべた笑みに、自嘲に似た色が浮かんでいるように見えた。
「もし良ければ、今迄と変わらず『久遠』に接して貰えると嬉しいわ。‥‥じゃあ、ね」
 まるで自分が『久遠』でありながらも『久遠』ではないことを告げているかのように。
 それを知られた上で、普段の『久遠』に変わらぬ友情を与えて欲しいと願うかのように――。
『久遠』は呟いて、シクルに背を向け――同時に、覚醒を解く。
 普段の姿に戻った久遠は頭だけを一度シクルへ向けた。
「――しーちゃん‥‥」
「――あ」
 久遠は静かに呟くと、シクルの反応を待たずに――何かに怯えるようにその場を走り去っていく。
 呼び止めようと上げかけたその腕は、ただ空を切るばかりだった。

●爪跡
「消火器噴射〜なのです」
 ヨダカが声を上げてレバーを引く度、白い粉が周囲を舞う。
 戦闘が終結した後、最初に能力者たちが取り掛かったのは残りの消火作業だった。
 蛍が消火隊に再度連絡し、いよいよ外にも広がりつつあった炎はそちらに任せた。能力者や従業員は他の階からも調達してきた消火器も利用して一階、そして二階の階段付近に登っていた炎を処理する。
 ――消火隊が到着してから間もなく、火は完全に消し止められた。

 幸いにして燃え移らなかったロビーのピアノ。
 シクルは椅子に腰かけ、ゆっくりと指を動かし始める。
 ゆったりとしたテンポの穏やかな音色が響き、それが終わりに近づいて大分シクル自身の気分も落ち着いてきた頃――。
「‥‥変わらぬ友情、か」
 指を止めたシクルが呟いた言葉は、先ほど聞いた『久遠』からの願いだった。

 他の能力者たちはホテルの他の階層の調査をしていた。
「――どうやらもう大丈夫のようですね」
 他にキメラはいないらしい。ラスティーナはそう安堵の息を吐く。
 一方、レオは戦闘前に抱いていた疑念を消し去ることが出来ずにいた。
 その思いのまま喫茶店に足を踏み入れた彼は、床に落ちていたモノを見つける。
「帽子‥‥? 宿泊客のかな」
 深緑色のキャスケット帽を拾い上げ、周囲を見渡す。流石に営業できる状態ではない為、自身の他に人影はなかったが――もう一つ気づいた。
 窓際の席、テーブルに立てかけられたギターケース。
 帽子は兎も角、これほど大きなモノなら宿泊客の中に居る筈の持ち主も分かるのではないか――そう考えたレオは二つの落とし物を拾い上げ、一階のホテルのフロントまで届けた。
 しかし、落とし主はフロントが調べるよりも早く分かった。
「――岬?」
 消防隊への連絡を終え、自分も今から二階へ向かおうとしていた蛍が落とし物を見かけ、そう呟いた。一階へ下ってきていたリストもフロントの様子に目を留めて歩み寄る。
 丁度怪我人のことを調べようと芹佳が宿泊客の名簿を借り出していた。彼女とヨダカが怪我人の治療の為にそこから離れた後で、残った面々は名簿を覗く。
 そこには確かに『Misaki Amazuru』の名があった。
 だがフロントが部屋に内線電話をかけても、何の反応もない。
 他の部屋にいるのだろうか。従業員が捜索を始めて間もなく、「非常口の付近で見た」という喫茶店担当のスタッフの証言があった。
「女性に介抱されていました。
 あの時は煙も二階まで来ていましたし、吸って気を失ってしまったものと思いましたが」
「その女性に見覚えはあるか?」
「見覚えもなにも、ここの常連のお客様の一人です。
 非常口も把握してるくらいですし、おそらく病院へ連れていったのではないかと‥‥」
 リストの問いに対し、スタッフはそう答える。
 本当に病院ならそれでいい。いいのだが、その結論だけではレオの疑念は晴れなかった。
 実際、周辺のどの病院に連絡してもそんな患者はいないという返事が返ってきた。いよいよもって露わになってきた事態の怪しさに、能力者たちと従業員は揃って眉を顰める。
 何故岬が。何の為に――?
 思考の闇に陥りそうになって、蛍はそこで考えることを止める。
 とりあえず今回の任務は果たした。岬のことは報告に添えよう――そう結論付けて。