タイトル:【染】黒ハ全テ包ミ込ミマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/06/21 00:01

●オープニング本文


 ――人の人生を物語に例えるならば。
 自分の願いが届いたその時、また別の誰かの願いは届かない。それらは常に表裏一体であり、同時に双方ともが『結末』である。

 凪島・夢芽の辿ったその物語は、『裏』ばかりを進んだものだった。

 ■

「そろそろかなぁー」
 ある日の夕方。
 夢芽は道路脇の外壁に背を預けて佇んでいた。
 外壁の向こう側には三階建の広い建築物がある。

 小学校。
 夢芽がまだ凪島という姓をもった人間であった頃に通っていた場所。
 ――通う度に、苦痛を味わった場所。
 
 見せつけてやるんだ。あたしの世界は誰にも壊せないってこと。
 かつて凪島・夢芽を散々に壊してくれたこの場所は、その為の舞台として相応しいことこの上ない――。
 思考にふけっている夢芽の背後で、六限の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 同時に、悪夢が発芽する。

 ■

「向かって欲しい場所があるの」
 朝澄・アスナは険しい表情で話を切り出す。
 彼女が指し示した『場所』は、福島のとある街にある小学校。
「ここに――『あの子』が姿を見せるらしいわ」
 アスナの言う『あの子』とは、先日カプロイア日本支社を丸ごと巻き添えにした事件の張本人――夢芽と名乗るバグアのことである。
「どうしてそんなことが分かるんだ?」
「犯行予告じみた手紙が届いたのよ」
 指摘に対し、アスナは苦虫を噛み潰したような表情で答えた。
 無論表立ってバグアからの手紙と分かるものなら色々な警戒をされ、オペレーティングを行うアスナの手元に届くまで時間を要したろう。
 そこを読んでいたのか、夢芽は違う方法でアプローチを敢行してきた。
 即ち、彼女がまだ人間であった頃の姓名――『凪島・夢芽』を用いての、一般人を装っての手紙が届いたのだ。しかもどこで名前を調べたのか、アスナを名指しした上である。
 仮に差出人が実際には失踪している人間だとしても、いちいち一般人の身元の詳細を調べている程ULTも暇ではない。故にすんなりとアスナの手元に回ってくることになった。
「彼女の目的は、一言で言ってしまえば『復讐』ね。まぁ彼女がヨリシロなら、その感情を利用したバグアの遊びとも言えるけど‥‥」
 日本支社での一件以後、業務の傍ら夢芽について更に調べていたアスナはそう告げる。
 失踪、担任からの印象。そこまでは前に調べた時点で分かっていた。
 だが彼女に纏わる重要なキーワードはもう一つあった。
 日本支社を危機に陥れた張本人に絡む事項。アスナはそれを建前とし、隠蔽されていたその事実を暴露させた。
 同級生及び上級生による過度のいじめ。上級生には、近所の中学生等も含む。
 机への落書きや集団暴力といったものは生易しいレベルだった。汚物を詰め込んだロッカーへ軟禁したり、生前は泳げなかった夢芽を水温の低い夜のプールへ沈めたりしていたらしい。
 いじめの現場へは毎度呼び出されていた。一度だけ拒絶したが、その日の夜に自宅の全ての部屋の窓ガラスが割られる事件が発生した為、臆病でいじめを親にも打ち明けられなかった夢芽はそれ以上断ることが出来なかったようだ。
 夢芽が片目に眼帯をしているのもこのいじめの名残と考えられる。何があったかは教育委員会も把握していないが、失踪前の数日彼女は眼帯をつけて登校していたそうだ。
「『同じ目に遭わせるんじゃ物語として面白くない。それよりももっと苦しめる』――彼女はそう手紙に書いていたわ」
「それを阻止するのが今回の目的か」
 能力者の言葉にアスナは肯く。
「此方に対しての挑戦でもあるみたいね。ご丁寧に日時まで教えてきたわ。
 決行は夕方。学校で、彼女はあの鎌の能力を発動させるそうよ」
「待て、まさか学校全体の生徒を巻き込む気か?」
「でしょうね。けれど、夕方ってことは低学年はもう帰ってる時間帯だし、元から生徒の多い学校じゃないから対処も不可能じゃないと思う。
 それに――」
「それに?」
 聞き返す能力者に対し、アスナは少しの間虚空に視線を漂わせた後、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。
「『今度はあたし自身が世界を作るから』とも彼女は書いていたの。
 この間の事件が『支社長が作った世界』だとしたら、彼女の言うことに色々と辻褄は合うわ」
「阻止するってことは本人を斃すのか?」
「まぁ斃すことが出来れば一番いいけど、何せ彼女の戦闘に関しては情報がないのよね。
 それを踏まえた上で今回の手段は二つあるわ。
 一つは怪異を力技で除去すること。支社長の時みたいに心の一部をキメラや障害物とするなら、と考えると予想は出来ると思う」
「もう一つは?」
「彼女が持っている鎌を破壊すること」
 アスナはそう答えた。
「ちょっと別の筋から情報が入ったのよ。アレは確かにバグアの技術で造られたものだけど、材料は地球上に存在するものみたいなの。
 人類から奪った武器やKVから採取したメトロニウムも鎌の部分に使われているから、粉々にするのは無理だと思うけど‥‥それ以外は、ね」
 鎌の部分が肝要だとしても、少なくとも夢芽の手元からなくせば勝機は見える。
「対処すべきことは多いと思うし、鎌を壊すとなるともっと難しくなると思う。
 でもバグアの所業は止めるべきだし、それ以前に復讐なんて虚しいだけだから――彼女を止めて」

●参加者一覧

鈍名 レイジ(ga8428
24歳・♂・AA
メビウス イグゼクス(gb3858
20歳・♂・GD
ブロッサム(gb4710
18歳・♀・DG
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
桂木穣治(gb5595
37歳・♂・ER
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
沖田 護(gc0208
18歳・♂・HD
緑(gc0562
22歳・♂・AA

●リプレイ本文

●柩の中、悪夢舞う
 能力者たちの予想通り、彼らが学校に着いた頃には――敷地全体を不可解な漆黒が埋め尽くしていた。
「学校全体を包みこんでるのか‥‥まるで光を遮断するかのように‥‥」
 緑(gc0562)の呟きに、他の能力者たちは息を呑んだ。
 それでも粘りの強い気持ち悪い感触を経て、漆黒の中に突入する。
 ――中は中で、闇は続いていた。ただ裸眼でも全く先が見えないというわけではなく、向かう先に校舎の影はうっすらと見えている。
「昇降口はあっちか」
 ただ一人暗視スコープを持ってきていた為視界に困ることはなかったヤナギ・エリューナク(gb5107)がそう指で示す。
 昇降口に至る三百メートルに何もないわけがない。校庭にだって、夢芽の『世界』が存在していてもおかしくはなかった。
 だが、
「いじめに端を発して、か。子供は加減を知らないからな‥‥」
 桂木穣治(gb5595)の呟きに、ブロッサム(gb4710)が吐き捨てるように続けた。
「その復讐とはいえ、無関係の者まで巻き込むのがバグアの流儀か」
 胸糞悪ィ。そう付け足して。
「どんな子供たちだったとしても、キメラに苦しめられていいわけはありません」
 沖田 護(gc0208)がそう口にした横、闇の中から迫ろうとしていた手を寸前で黒瀬 レオ(gb9668)が切り裂いた。
 だからこそ。穣治は思考する。
(子を叱るのも、後始末をつけるのも親の役目だからな)
『加減を知らない』子供を含んだ全ての児童が危険に曝されている今、ここでの邪魔に長い時間構っている暇はない。
 まして、とメビウス イグゼクス(gb3858)は胸中で呟いてから、
「友の為、私もしくじる訳には‥‥いきませんからねッ!」
 側面に迫っていた黒い刃をウラノスで打ち砕きながら叫んだ。
 一方で、レオの中ではそれとは少しだけ異なる思いが去来している。それは――。
(彼女を助けるには、どうしたら‥‥)
 その思いを抱えるのは、レオだけではない。
(光を奪い、見えない恐怖と未知の化け物に襲われる――成程、子供心には堪えるし物語映えもしそうだ)
 鈍名 レイジ(ga8428)はそう思考した後、ただ、と更に脳裏で言葉を続ける。
(過去の出来事、負った傷。解った様な事は言いたくない。
 ただ、これらの全てが本当のあんたの意志なのか?)
 今起きているこの物語が、本当に『彼女』にとって楽しいものなのか?
 レイジの疑問と結論は、どうしてもそこに行きつく。
 だから――もし『彼女』が助けを望んでいるのなら、解き放つべきだと。

●柩の中、声がする
 闇の中の終わりのない脅威を切り抜け、能力者たちは南校舎一階にある全学年共通の昇降口に辿りついた。
 南校舎はまだ静かだったが、遠くで騒乱の気配がする。
 急ぎ連絡通路を往く途中、
「こっからは二手だな」
 北校舎より更に向こう側――体育館やプール、そして夢芽がいるであろう通用口のある方向を見据え、ヤナギが言う。
 そのヤナギと緑、メビウス、護がそちらへと向かい、他の能力者たちは北校舎一階の各教室へと向かった。
 案の定、どの教室も混乱状態に陥っていた。窓ガラスを突き破った漆黒は不定形で、レイジやレオからすれば前に見た金の海にも似ている。
 それは教室内の備品を拾っては投げつける行為を繰り返し、既に一部の児童は怪我を負っているようだったが、
「早く南校舎の二階へ!」
 穣治は声を張り上げた。怪我をしている児童も他の児童や教諭に背負われるなどして置いていかれる心配もなさそうだったからだ。
 非常時の思わぬ声に一瞬教室内の喧騒が止んだが、覚醒済みの能力者たちの姿を見た子供たちは四人の正体を察して言われたとおりに南校舎へ駆け始める。
 追撃を図った漆黒――例によってキメラと思しきそれに対しては、
「お熱くいこうぜ‥‥この黒すら焦がす程にな!」
 レイジがソニックブームを放つことで動きを止める。穣治が事前に練成強化を乗せていた為更に威力は高まっている。
 不定形の漆黒に手や頭らしきものはなかったが、動く際に懸命に脈動している部分をメビウスが突くと今度こそ完全に闇に沈んでいった。
 教員に誘導を任せて二階へ上がり、能力者たちが真っ先に目指したのは五年一組――夢芽が最後にいたクラスだった。
 ここは他のどのクラスよりも酷い有様だった。開け放たれたロッカーからは異臭のする液体が教室中に流れ出し、破かれた冊子類が刃となって教室中を舞っている。
 唯一、窓ガラスを突き破る漆黒がいなかったが為に外傷を負った児童の数はそう変わりないことだけが救いか――。
(――いや)
 レオはある事実を思い出してその油断を捨てる。
 ここはどこだ。
 ――北校舎の二階の端、プールが最もよく見える場所だ。
 レイジと穣治に誘導されるまま子供たちが半分ほど逃げた後、入れ違いに教室へ飛び込んだレオは、ゴーグルを装着しつつ窓の下を見る。
 嫌な予感的中。一瞬で飛びのいた更にその直後、プールから伸びた水流の掌が窓ガラスを突き破った。
 それは一階の漆黒よりも射程を持ち合わせているらしく、子供たちを鷲掴みにする為か窓とは反対側の壁に向かって手を伸ばしてきた。
「行かせるかよ!」
 その掌を受け止めるようにブロッサムが立ちはだかった。
「ここはあたしに任せて、ガキんちょ達を!」
 自身の身長よりも大きな掌の進撃を堪えながら、ブロッサムは再度教室の外へ出ようとしていたレオに告げる。
「さっさと行って、さっさと戻ってきてくれ。一人じゃそう長くは保たねぇ!」
「ごめん、お願い!」
 叫び返して、レオは残りの教室へ向かう。
 教室に一人残される形となったブロッサムは掌の進む方向を強引にずらすように放り投げた。
 すると水流は若干形を変え、ヒトの上半身のようになる。ただしその両手は、バットのような鈍器の形状だったが。
 これも夢芽が受けた仕打ちの一部なのだろうか――思考したのは一瞬、
「さぁて、ケルベロス全頭出撃(アル・シュトゥルム)、狩りの時間(ヤクト・ツァイト)だ!!」
 銃声を轟かせた。
 ――半ば予想は出来ていたが、元が水であるが故に物理的な攻撃は効果が極めて薄い。
 それでも何とか凌ぎきったブロッサムは、約束通りレオたちが戻ってくると同時にその場を撤退した。

 南校舎二階の東端突きあたりに扉のある音楽室と、そこから少しだけ手前に扉のある視聴覚室。
 実質三学年分の児童を一部屋に押し込むのは流石に無理があったが、その二部屋で何とか出来た。子供たちの恐慌状態も、能力者たちと教員たちが明るく努めてみせたことで徐々に和らいでいった。
「凪島・夢芽ちゃん‥‥っていう女の子の事、知ってるよね?」
 大分子供たちが落ち着いた頃、丁度二部屋ともから見える位置に立ったレオが投げかけたその問いに、一部の児童が躊躇いがちに肯きを返した。
 それを見たレオは、アスナから預かってきた予告状を懐から取り出す。
「今起こっていることは、半分は彼女が原因なんだ」
 告げられた事実に対し、全ての児童と職員を巻き込んでどよめきが生じた。
「静かに」穣治は穏やかに告げ、静まり返った後にレオを見る。「まだ話は続くんだろう?」
 レオはその問いに肯きを返し、再度口を開く。
「彼女の狙いは、自分をめちゃくちゃにした子達に対する復讐。
 つまりね、いじめ加害者を重点的に狙う可能性が高く、逆を返せば、『加害者を重点的に護る必要』があるんだ」
 その場が、今度はひそやかな会話の積み重なりで再度騒ぎかける。
 レオはその前に、言葉で制した。
「皆はお利口だよね――さ、夢芽ちゃんのいじめに加担した子は素直に手を挙げてくれるかな?」
 ――反応は、少しの間を置いてからあった。
 十は下らない数の手が、逡巡しがちに児童たちの集まりの中で挙げられる。
 手を挙げた子供たちは視聴覚室に集中していた為、レオは視聴覚室に足を踏み入れた。

 ■

 一方音楽室では、
「ちょっといいかな」
 穣治とレイジはある教諭に話しかけていた。
 去年度の夢芽のクラスの担任である女性教諭は、この怪異の発生原因が夢芽であることに動揺したのか表情をやや強張らせていたが――それでも、何とか肯く。
「どうして彼女はいじめられるように?」
「元々内気な子だったのもありますが‥‥恐らく直接のきっかけは、彼女が初めて一冊分の物語を書いたことだと思います」
「一冊分を?」
 穣治たちは顔を見合わせる。
「えぇ。勿論、彼女が自分で本の形にしただけのものですが――元から彼女が気に入らなかったクラスの男子が、それを滅茶苦茶に破いてしまったんです。
 彼女としてもどうしようもなくなって泣き始め、それが彼女を弱者として認識させてしまったことがいじめの原因だと」
「その本、今どこにありますか」
「職員室の私の机か、或いは自宅に――彼女がコピーしたもう一冊分を、私にくれたので」
「あとで――最悪ULTに郵送してでもいい。その本、見せてもらえますか」
「‥‥分かりました」
 レイジの言葉に教諭が肯きを返した時、レオが視聴覚室から出てきて、音楽室に顔を覗かせた。
 そして二人に向かって、告げる。
「多分『核』は――」

 ■

 視聴覚室にて、レオは子供たちに尋ねるように声を上げた。
「失踪前彼女が眼帯をしていた原因を‥‥教えてくれたら、僕が自分を犠牲にしてでも護るよ。
 一人の少女の心を粉々に砕いた君達であっても、だ」
 心を砕いた。その表現で、手を挙げた児童たちがいずれも肩をびくつかせるのが見えた。
 ――やがて。
「‥‥理科準備室で」
 一人の男子児童が、おずおずと口を開く。
「鍵が開いてたから、先生に『触っちゃいけない』って言われてた瓶の中のものを、目の辺りにかけたんだ」
「準備室に行ったのは何で?」
「――私の管理不届きによるものです」
 続いた問いに後悔の念を交えて答えたのは、一人の教諭だった。
「でも」再び男子児童が口を開く。
「そうでなくても、何かはしたと思う。マッチとか持ってる人もいて、バーナーも使えたから‥‥」
 ――いずれにせよ、夢芽が悲劇を背負うことには変わりはなかったらしい。それで喪ったのが、目ではないにしても。
「もう彼女の心は戻らないし、ヨリシロだけど、でも――」
 レオはそこで息をひとつついて、子供たちに問う。
「夢芽ちゃんに、謝る気は無い?」

●柩、揺らぐ
 北校舎に向かう面々と別れて間もなく、連絡通路が体育館方面とプール方面とに分かれるところで――能力者たちは、彼女の姿を捉えた。
「――‥‥」
 珍しく、夢芽は此方の存在に気づいても余裕の言葉を発することはなかった。
「夢芽‥‥これがお前のやりたかった事、なのか?」
 ヤナギが問うと、夢芽は表情を変えぬまま「そうだよ」と小さく首肯する。
「あたしが作った物語を、世界を、皆に認めさせること。
 ――そうする為に、『実際に体験すること』以上の方法なんてないもん。
 それが出来る力があるのに、使わないわけがないじゃない」
「それは違うよ」
 ――即座に否定を入れたのは護だ。盾を構えた状態で能力者より一歩前に歩み出て、言葉を続けた。
「ぼくや君の力は、人を傷つけるためにあるんじゃない。
 泣いている子を、助けてあげるためのものなんだよ」
 たとえば彼女が生来持ち合わせていた『物語を創る』能力でさえも、それを活かすことは出来た筈なのだ。
「もうこんなことは止めてほしい。
 でも、止まれないのなら、君を討つ。迷わず」
 護はそこで言葉を切る。
「‥‥言いたいことは、それで終わりかな?」
 夢芽は小首を傾げる――どうやら、退く気はなさそうだ。
 護の背中から、覚醒により生じていた燐光が消える。
 そのまま腰の鞘に手を当て、ヨハネスを――抜かず、盾を構えたまま疾走を開始した。
「‥‥!?」
 僅かに目を見開いた夢芽が鎌を振り払うと、護が最初いた場所から彼女に至るまでの道筋に次々と底の見えない深い穴が現出した。普通に突進したのであれば護は簡単にそれに追いつかれ嵌ったろうが、竜の翼で推進力を増大させていた為に穴に捕まることなく夢芽に肉薄する。
「ごめんね」
 FFにより突進が彼女に届かないことは端から理解している。だから護はFFの赤い光の向こう側にいる夢芽にそう告げ、注意を自分に向かせた。
「技名決定っ――エメラルドブラスト!!」
 その一瞬の隙を突いて緑が貫通弾に紅蓮衝撃をも乗せた一射を銃剣から放つ。死角から放たれたそれに対し夢芽がFFを発動させることはなかったが、緑が狙いと定めた金属部分――柄は、その役割故にそれほど太くはなく、渾身の銃撃は僅かに掠めた程度だった。
 ただし、それは牽制の意味をもなしていた。夢芽の素手の力で無理やり護が引き剥がされた時には既に、メビウスとヤナギが挟撃の態勢に入っている。
 夢芽の視界に入っていたのはヤナギ。彼女が鎌を小さく揺り動かした刹那、学校を包み込む闇の一部がヤナギの目の前に滝のように降り注いだ。
 直撃しなかったのが幸いであるのは、掠めた腕に生じた無数の裂傷が示している。こんな状況でもなければ鼻をつまみたくなるような異臭がする辺り、
(――下水でもぶちまけられた、ってトコか)
 そう夢芽の経験について思考する。
 濁流を刃で払った刹那、金属同士が衝突する鋭い音が耳朶に響いた。
「ヨハネスごと叩いて!」
 弾き飛ばされた体勢から立ち直った護が、緑の援護を受けて再び夢芽に肉薄、今度は鎌とヨハネスの鍔迫り合いに持ち込んでいた。
 そこにまずメビウスが、
「いきますよ――奥義、無毀なる湖光ッ!」
 複数のスキルを複合させた奥義をぶつけ――鎌の柄、刃との境の部分にヒビを入れる。
「え!?」
 流石に慌てたらしい夢芽は一歩引こうとしたが、
「遅いぜ」
 迅雷で夢芽の背後まで接近していたヤナギが、二連撃を放つ――。

『ごめんなさい』
 甲高い金属音が鳴り響く中、敷地のどこからかそんな複数の子供の大声が響いた。

「‥‥」
 数秒の後、距離を大きく取った夢芽は能力者たちの目の前に散らばる鎌の残骸を見遣った。
「なんで――?」
 空は、既に夕刻の色に戻っている。
 鎌を破壊するより、一瞬前だった。理科室に核があると踏んだ護衛班が、準備室で蠢いていたそれを破壊したのだ。
「――今はまだ決着の時ではありません。今回は退いて頂けませんか?」
 メビウスの言葉が聞こえたのか――夢芽は踵を返して外へ飛び出していった。

 ■

「あった‥‥」
 その日の夜、夢芽の元担任は自室の机の引き出しからある冊子を取り出した。
 冊子と言っても表紙を一枚めくれば原稿用紙がそのまま纏められているだけの代物だったが――それでも『彼女』はとても大事そうに、自分に見せてくれたのだ。
「あの子ならきっと‥‥」
 考えたくもない――けれど現実問題としては一番あり得るその可能性を、教諭は口にしかけて呑みこんだ。

『白い夢の向こう側』
 冊子の表紙には、そう書かれていた。