タイトル:清き未来の園でマスター:津山 佑弥
シナリオ形態: イベント |
難易度: 普通 |
参加人数: 46 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2010/06/28 00:47 |
●オープニング本文
「――まぁほら、今ってそういうシーズンじゃない?」
そう言う朝澄・アスナの視線もどこか呆けているのはきっと見間違いではない。
実家のある街に結婚式場が出来た、という話をアスナが聞いたのは先月のことだった。
毎週疑似結婚式等のブライダルフェアを展開してはいるものの、オープン直後でまだまだ知名度は高くない。
「そこで、プロモーションの一環として能力者の皆に使ってもらおうという企画が考えられたのよ」
実家経由でそんな依頼が届いたアスナはそう告げる。
「本当に結婚式を挙げるもよし、疑似だって構わないわ。
まぁ施設を使ってもらうことが何より大事だから、何も結婚式に拘らなくてもいいのよね。
ほら、そういう場所に必要な要素ってものがあるじゃない? 風景とか料理とか、後はサービスね。
そういう部分をプロモートしたいわけだから」
口ではそう説明を続けながら、アスナは執務机の引き出しを開き――平積みにされていた紙の束を机の上に置いた。式場のパンフレットである。
円形の式場は大きく分けて三つの施設から成る。
円の中央部分にはチャペル、そこから少し南に下ったところには噴水があり、チャペルから東側はガーデンテラス、西側はレストラン兼パーティスペースとなっている。
チャペルの用途は触れるべくもないだろう。玄関前には数段の階段があり、ブーケトス等も可能になっている。
ガーデンテラスは披露宴の他、人前式での挙式も可能だ。テラス中央の円形広場以外は庭園の間を往く遊歩道が広がっており、喧騒から離れて視覚的に楽しむことも出来る。またテラスにはオープンキッチンもあり、料理を作り、また楽しみながら祝福を行える。
パーティスペースはバイキング式のレストランも兼ねた二階建。二階は半球形の天蓋を用いており、夜の間はプラネタリウムとしても利用できる。
「出来れば楽しんでいる風景の写真も撮らせて欲しい、って言ってたから、協力してもいいって人は言ってね」
新しいパンフレットに使うかもしれないそうだ。
ともあれ、いくつか注意事項こそあるものの、基本的にどうやって楽しむかはお任せ、ということらしい。
「当日は天気も良さそうだし、夜まで使えるっていうから‥‥その、楽しんでいって」
またちょっと呆けた視線を窓の外に送りながら、アスナはそう言って説明を締めた。
●リプレイ本文
●幸福包む花園で
梅雨入りを直前に控えた六月の空は青く、湿る間際の乾いた空気に吹く風が人々の頬を優しく撫でる――。
「幾ら両親の跡を継ぐ為っつってもなぁ‥‥」
式場内にあるガーデンテラスにて湊 獅子鷹は呻りながら頭を掻いた。
今はバグアに破壊されてしまっている実家が正にこういった関係の場である彼にとって、今回の機会は復旧に向けての資料集めにはもってこいだった。
そんな彼の資料集めを補佐する者もいたりする。
「あんたも人がいいな、せっかくだからお友達とイチャつけばいいのにって、俺を理由に進展狙ってるのか」
「や、まぁ、そういうわけではないのですが」
獅子鷹にそう言われて苦笑するアクセル・ランバードである。
正直なところ気になっている相手はいるし獅子鷹が言う『お友達』もその人物を指しているのだけれど、本人はこの場には来ていない‥‥筈だった。
そんな会話を交わしながらテラスで尚も研究を続けていると、見知った顔――柳凪 蓮夢と布野 あすみに出くわした。
邪魔するぜお二人、と現在進行形でデート中だった二人に馬刺しに牛刺し、ちらし寿司といった持参の料理を振る舞う。「炙りだからわさびもつけてな」と付け足すのも忘れない。
ところで、と獅子鷹は話題を変えた。式場についてどう思う、と。
「式場には‥‥ねぇ。華やか、よりも、落ち着いた雰囲気の方がいいかな、とあたしは思うけど。無理に豪華にする必要はないと思うんだ」
それをメモして、「それじゃごゆっくり」と獅子鷹たちは歩き去っていく。
その姿を見送ってから、「いこっか」とあすみは蓮夢の顔を見上げて言う。蓮夢は微笑を浮かべたまま肯き、二人は庭園の中をゆったりとした歩調で歩き出した。
「ん? ねぇ蓮夢、この花なんていうの?」
ふと庭園に視線を向けたあすみは立ち止り、その場に屈む。歩いていた道の脇に咲き誇る紫の花弁を見て尋ねた。
「これは‥‥ライラックだね。花言葉は『美しい契り』だったかな」
「あー、なんか、名前は聞いたことあるかも。さすが、詳しいんだね」
こういう場所に似合う花だよ、と付け足した蓮夢に対し、あすみはそう感嘆の息を漏らした。
散策を再開して暫くすると、流石に少し歩き疲れた。二人は手ごろなベンチを見かけて、休憩をとることにする。
「こういうの、一回やってみたかったんだよね」
気恥かしそうにはにかみながら、あすみは自身の膝に頭を載せた蓮夢の耳をかく。
それが終わった後――
「ああ、そうだ。プレゼントがあるんだった。
誕生日の日に、渡し損ねたから、さ」
起き上がった蓮夢はそう言って、小箱をあすみに渡した。
「ん、ありがとう。‥‥見てもいい?」
いいよ、と蓮夢が肯くのを待って、あすみは小箱を開ける。
そこに入っていたのは、あすみの誕生石でもあるパールがあしらわれた指輪だった。
『純粋な愛』という宝石言葉を持つ石にはもう一つ――『何より大切にしたい』という蓮夢の思いが込められている。
大事そうに小箱を抱えたあすみの隙をついて――軽く背を伸ばした蓮夢は、彼女の頬に口づけをする。
「ふふっ――Happy Birthday、あすみ」
「‥‥ありがとう」
微笑を浮かべた蓮夢に対し、あすみはもう一度、先ほど以上の喜びを以てその言葉を告げた。
その時、少し遠くでチャペルの鐘の音が響いた。予定に聞いている『本番』にはもう少し時間がある筈なので、模擬結婚式のものなのだろう。
「花揺れて 風もささやく 花園に 鐘の音響く 誓いの夫婦――まざにこの風景の事ですか」
蓮夢たちのいるベンチからやや離れたベンチに座り短歌集を読んでいた四十万 碧は、その鐘の音につられて顔を上げ、そう詠う。
その鐘の音につられて顔を上げた有村隼人の視界に、ヴァレス・デュノフガリオと皇 流叶が入る。
それを機に
「ここもいいけど、少し場所を変えようかな」
それまで読み続けていた本を閉じた隼人は立ち上がり、チャペルのある方へと歩き出した。
――何故隼人が行動を起こすのがヴァレスたちが切っ掛けになったかと言えば、彼らがある意味本日の主役のうちのひと組でもあるからだ。
ずっと一緒に居る――今一度誓いを立てるべく、純白のその場所へ、ヴァレスと流叶もまた向かっていた。
●純白の契り
ヴァレスたちがチャペルに到着する少し前――。
神棟星嵐と雨宮 静香は一足先にチャペルで着替えを終えていた。
といっても、実際に挙式を挙げるわけではない。式場でやっているブライダルフェアの一環である疑似結婚式の為だ。
「静香、前にドレス着てみたいって言ってたよね?」
それを星嵐が覚えていたことが静香は嬉しくて、楽しみにしていた。
実物を目にした時も期待した甲斐があったと思っていたけれど――身に纏ったところで、予想だにしなかった感覚に襲われた。
「なんでしょう‥‥?」
胸の前で手を合わせ、一人ごちる。
得体の知れない胸の痛みと、嬉しさ。
そんな感情を抱えながら、静香はタキシードを着た星嵐と対面し――仮初の式を挙げる。
ただ静香は式の間ずっと、「ちょっと彼を慌てさせてみたい」という思いがあった。
それを実行したのは疑似結婚式が終わった後の、記念撮影の時。
二人並んで椅子に座り、ともに幸せそうな笑顔を浮かべて撮影の時を待っていた時――不意に、静香は星嵐に顔を寄せ、頬をくっつけた。
「‥‥っ?」
慌てるあまり星嵐の頬が一瞬で紅潮――正にその瞬間に、シャッターは切られたのだった。
■
ヴァレスと流叶――初めは、流叶がヴァレスに惹かれた。彼の事を考えると惚けて時間が経つのも忘れてしまう程だった。
けれども「欲しい」――婚約を意味するその言葉を発したのはヴァレスだった。その時のことを思い出すと、今でも胸が詰まるほどの歓びが流叶の中で溢れかえる。
今日はその約束が、正式なものとなる日。
嬉しくてどうにかなってしまいそうだった。
そこへ、
「ルカちゃん! おめでとー♪ 私も嬉しいよー♪」
エイミ・シーンとウェイケル・クスペリアが飛び込んできた。
二人とも、流叶にとっては大事な親友である。
「改めて、おめでとう、だぜ」
ウェイケルはそう言いながら、流叶に祝いの品――胡蝶蘭を渡す。
二人が用意したその花が持つ花言葉は『幸福が飛んでくる』――流叶のイメージの花であると同時に、今の流叶に最も相応しい贈り物だった。
すっかり舞い上がってしまっていた流叶にいつも通りに振る舞うことは難しかったけれども、親友二人はまるで自分のことのように幸福な気持ちで着付けを手伝うのであった。
ちなみに今日の『主役』はヴァレスと流叶以外にもいる。
というわけで、別室。
「んっふっふ、妹に遅れること約一年。ようやく兄貴も腹括ったみたいねぇ」
鷹代 由稀は既にタキシードに着替え終えた実兄――鷹代 朋を見つつにやける。
ただ当の朋――『主役』の一人である――はと言えば緊張でそんな言葉も満足に耳に入ってないらしく、控室の中を右往左往していた。
「やれやれ‥‥ほら、落ち着け朋ー。アンタが緊張して落ち着き無くなったらアヤちゃんが困るじゃん」
「――普段落ち着き無いお前に言われるとはなぁ‥‥」
もう一人の主役の名を出され、朋の脚が止まる。
「でもま、確かにそうだな‥‥サンキュ、由稀」
朋はようやく落ち着きを取り戻し、由稀に礼を告げる。
「えっと、朋さ‥‥いえ、義兄さんと呼ばないとでしょうか? なんにせよ、ご結婚おめでとうございます。如何かお幸せに」
由稀に連れ添ってきたイリアス・ニーベルングがそう祝辞を述べる。
「しっかし、兄貴とアヤちゃん付き合い始めてから‥‥1年半ちょい経つのかぁ。早いモンねぇ‥‥」
由稀はそう言って、今は閉ざされている扉の外へ目を向ける。
視線の遥か先には、もう一人の主役――鷹代 アヤが着付けを行っている新婦側の控室がある筈だ。
(アイドルだったころのあたしはこの間で終わり)
その日々にある種の決別を告げる為の衣装は、マーメイドラインのウェディングドレスだ。色は無論、純潔を意味するオフホワイト。
それをスタッフに着付けをしてもらいながら、アヤは考える。
(今日からは、ひとりの良き妻として。
――良き妻になれるように)
今日という日は決別の日であると同時に、新しい志を抱いてのスタートラインの日でもある。
「お綺麗ですよ」
着付けを終えたスタッフにそう言われ、「ありがとうございます」と返し――アヤは自身でももう一度を鏡を見る。
いつも気にしている低い身長は、ヒールを履くことで多少はカバー出来ている。
余計な装飾を排したドレスに唯一ある飾りは、胸元に浮かぶ花の飾りのみ。それ以外はヴェール、ロンググローブも含め、全て生地の純白が露わになっていた。というのも、友人から貰った二つのネックレスと、朋からの贈り物である指輪――それらのアクセサリーが映えるようにする為でもある。
――アヤはその姿を確認し、一度肯く。
準備は、整った。
■
チャペルで行われる二つの挙式は、先に朋とアヤ、少しだけ間をおいてヴァレスと流叶のものが催されることになっていた。
外観も内装も純白に染め上げられたチャペルには、シャングリラのように天井から吊り下げられた天使の羽根のモニュメントが存在しており、チャペル全体の荘厳かつ潔白な雰囲気を引き立てていた。
そのチャペルのバージンロードをゆっくりと歩き、祭壇の前と辿りついた朋とアヤの挙式が、始まる。
神前での誓約。神父の文句がしばし続いた後――その瞬間は、訪れた。
「汝、朋は、この女アヤを妻とし、良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も、共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで、愛を誓い、妻を想い、妻のみに添うことを、神聖なる婚姻の契約のもとに、誓いますか?」
「誓います」
まず朋が誓約を口にし、同様の問いの後にアヤがそれに倣う。挙式の前は緊張を見せていた朋も、落ち着いて振る舞っていた。
そんな二人の後ろ姿を眺めながら――。
「ボクもいつかあんな風に幸せになれたらいいなぁ‥‥」
アヤの親友であるシェリー・クロフィードは小声で呟いた。
自分の結婚式――想像してみる。
ウェディングドレスに身を包む自分。
そして祭壇の前、隣に立つは――金髪の青年。
その顔を思い浮かべた瞬間、一気に頭が沸騰した。
後方に卒倒しそうになったところを、「おっと」――その方向に居た人に支えられた。
卒倒せずには済んだけれど――自分を助けたその人物の正体を知り、シェリーは落ち着きかけた頭がまたすぐに沸騰しそうになった。
「あ、アクセルさん!?」
「シェリーさん!!?」
小声で互いの名を叫び合う。
驚いたのはアクセルも同様だった。ここに来るとは聞いていない筈の『お友達』がこんなところで卒倒しかけてるんだから無理もない。
それから式が終わるまで互いを意識した挙句注意力散漫に辺り、周囲の人間にその関係をにやにやされながら見守られるのも――それもまた、無理もない話だった。
「そういや二人とも知ってる人の祝いで来てんスか?」
厳かに行われていた挙式が終わり。
一足先に外に出ていた参列者のうち、赤槻 空也は隼人や神棟星嵐に話しかけていた。星嵐の隣には、彼自身の大切な人である雨宮 静香の姿がある。また空也の背後には、同伴者である獅堂 梓もいた。
「いえ、僕はそういうわけじゃないんですが‥‥」という隼人に対し、星嵐はと言えば「今まさに祝ってる」と言葉を返す。星嵐はアヤが隊長を務める小隊の隊員だった。
そんな会話を交わしていると、晴れて夫婦となった二人が、ひと足先に出た参列者たちが待つ外へ出てくる。
「わっ」
アヤは思わず声を上げた。
無数の米の粒がチャペルの前で放られて、そして降り注ぐ。隼人が予め用意していたライスシャワーである。
(結婚式――ねぇ)
アレクセイ・クヴァエフもこれを手伝っていた。といっても参加目的自体は戦闘用タキシードを着てみたかったことくらいで、こうして手伝っているのは流れに身を任せたこと以外の理由はない。
けれど、結婚式と聞いて胸に去来するものはある。
幼い頃に見た、亡き両親の結婚写真。戦場として消えた故郷――。
幸せな場面になど、覚えはない。
(世界中がこんな風景ばっかりだったらいいのに‥‥)
だからか今こんなふうに祝われている二人が純粋に眩しく見え――故に目的はどうあれ、その祝福の気持ちは本物で。
そしてそんな幸福の輪の中にいることで、アレクセイ自身も幸せを分けてもらった気分を味わっていた。
「アヤちゃん、おめでとーっ!」
「ドレス姿とってもとっても綺麗です♪」
アヤの友人であるクラウディア・マリウスやセシル シルメリアもライスシャワーに協力していた。
「鷹代隊長。結婚おめでとうございます。幸せな人生の第一歩を踏み出した、といった感じですね。お幸せに!」
星嵐もそう声を上げる。隣の静香が、アヤのウェディングドレス姿を羨ましそうに見つめているのが分かった。
実際の式の為、となるとまた少し違っているように見えたのかもしれない。
「それっ!」
アヤの手から放たれたブーケが、高々と空を舞う。
綺麗な放物線を描いた先にはいくつか手が伸ばされていたが――
「ほっ」はぐれないようにアクセルと手を繋いだシェリーが参列者の群から半身を乗り出し、ブーケはそんな彼女の手の中にすんなりと収まる。
ブーケを投げたアヤからしてみれば、親友への幸せのお裾分けという形になったのだった。
■
そして、ヴァレスと流叶の挙式が行われる。
ウェディングドレスを身に纏った流叶の隣に立つヴァレスの白タキシード姿は、少なくとも本人が思っているよりは様になっていた。
先程の朋たちと同様に誓約が交わされ――
「では、誓いのキスを」
そして神父に促され、ヴァレスが流叶の顔を隠していたヴェールを優しい手つきで払い――口づけを、かわす。
(今の私には縁遠い場所かもだけど――きっといつか、私たちも)
そんな口づけの様子を見守りながら、御崎 緋音は思う。
隣にちらりと視線を投げると、ここまで連れ添ってきたブロンズの姿が視界に飛び込んできた。
緋音にとって彼は、もはや友人以上の存在になっている。
この式場に来たのは無論、友人の門出を祝福する為でもあるが――。
彼の本心が知りたい――『ブロンズと一緒に』ここに来たのは、その一心からだった。
そんな彼女のやや後方の席では、
(いつもお世話になっているのだから、今回は私が彼女を応援するのだから!!)
美沙・レインがそんな気合のこもった眼差しで緋音の後ろ姿を見守っていた。
そしてそんな美沙の隣には9Aの姿もあるのだけれど、彼女の目的は美沙と同じではなく、距離を縮める、という意味では寧ろ緋音の目的に近かった。尤も、
(まァでも、こういう活動を通して美沙君と仲良くする事も不可能じゃないだろうサ‥‥ね?)
距離を縮めたい対象はあくまでも美沙だったけれど。そういう性癖なのである。
やがてヴァレスたちの式も滞りなく終わり、新郎新婦が外に出ると――先程と同様、チャペル前の階段を数段下った先に参列者の人垣が出来上がっていた。
「これがゴールじゃなく、新しいスタートだ。ずっと、大切にするからね‥‥♪」
最初のキスは流叶からだったから、今度は自分から。そう決めていたヴァレスが、改めて流叶に口づける。
その刹那、チャペル前の空に光の花弁が舞った。
次いでそこに、白が混ざった。本来ならあり得ない夏の粉雪がスノーシャワーとなって降り注ぎ、光の花弁との相乗効果でチャペル前を幻想的に彩る――。
大好きで大好きな親友の幸せを、ただ『祝う』だけでは終わりたくはない。
その光景を生み出していた一人、ウェイケルは思う。もう一人は言うまでもなく、同じく親友・エイミである。その変化を起こしている最中、エイミはウェイケルをハグしていた。
二人は人垣から若干離れたところでそれを行っていたけれど、それにも理由はあった。
流叶が感じている幸せを、共に感じ、確かめ、胸に刻むためには――
流叶と、彼女の最愛の人と。
そして、その二人を祝う全ての人達を見る事の出来る場所で、もう一人の親友とともに、そうしたかったのだ。
だからウェイケルは、エイミは、まるで自分の事のように――むしろ、それ以上、とさえ言える、心からの幸せな笑顔を浮かべる。
親友の幸せが、そのまま自分の幸せであると。そう感じる自分の幸せが、親友にとっても幸せであって欲しいと願い、信じて。
●彩添える祝福を
ところで、この日に挙式はチャペルで実施した二組だけではない。
「何かやっぱり緊張するね‥‥」
「ぅ、‥‥ん――そう、だよね。やっぱり‥‥」
ガーデンテラスの円形広場にて、言葉通り緊張の面持ちで今まさに迫るその時を待っていた瑞姫とイスルである。二人は既に籍を入れている為、イェーガーという姓は共通していた。
神父の身も二つではない。故にチャペルでの二つの式を終えた後にテラスに来て、それから二人の為のガーデンウェディングが執り行われることになっていた。その為、二人もいましがた着付けを済ませていた。瑞姫のウェディングドレスは、Aラインのシンプルなデザインのものだ。
神父が来る少し前、緊張でどぎまぎしていた二人の許へ、最初の参列者がやってきた。
「瑞姫さん、おめでと☆末永くお幸せにね♪」
「招待ありがとうな。2人とも結婚おめでとう」
瑞姫が招待した聖・真琴と月影・透夜である。真琴は髪型こそいつも通りだったけれど、衣装は首廻りが開いたミニ丈の真紅なパーティドレスと同色のアンクレットヒールと派手目なものだった。一方の透夜は礼服を久しぶりに着るらしく、ネクタイや襟元をしきりに気にしていた。
真琴は瑞姫に花束を贈った後、そのままにやにやと笑顔を浮かべながら耳打ちする。
「今までみたいに無茶しちゃダメだからね? 一人の身体じゃなくなるンだから☆」
「う‥‥これからはもっと自分を大切にするよ‥‥」
悲しませたくないし、と付け足した瑞姫に、
「でも♪ ウチでは頑張って貰っちゃうけどねぇ〜」
と言いながらも真琴はうんうんと肯いた。
その時になって神父や、緋音とブロンズの他、三組共通の参列者も姿を見せ――ガーデンウェディングの始まりの時刻となった。
指輪交換の段に至り、
「‥‥し、幸せにするから‥‥ね」
なおも緊張を隠せない面持ちながらもそう言いきったイスルが瑞姫の指にダイヤモンドのついた指輪をはめ。
「――うん、幸せにしてね」
瑞姫もまた肯いて、此方は自作の指輪をイスルの指にはめた。
ちなみに彼女が投げたブーケは、かなり激しい争奪戦になった。倍率が凄まじかったのである。
そんな争奪戦を繰り広げたうちの一人――崔 美鈴は、もうなんか半ばぐったりしている早川雄人を引きずりながらその後は散歩に興じていたという。
「これは、ボク達からのお返しです」
挙式が終わった後、瑞姫はそう言って、庭園の一部分をずっと隠していた大きな布を剥がす。
そこには二人が式場のシェフと相談して作った料理があった。
「どうぞ‥‥せっかくキッチンあるから、それでみんなにって二人で決めたんだ‥‥」
というイスルの言葉通り、オープンキッチンもその場にある。
振る舞われる料理は、二人それぞれの故郷の国のものだった。
参列者たちが料理に舌鼓を打つ中――
「透夜さんと真琴さんも結婚すれば‥‥しない理由分かるけどさ」
「ん、あ――まぁ‥‥ね」
瑞姫が放った言葉に、真琴は思わず苦笑するのだった。
一方、参列者の一人である巳沢 涼はといえば。
「さ、沙羅さんもウェディングドレス着てみたいとか思わねぇか?似合うと思うんだが‥‥」
同行者である勅使河原 沙羅をエスコートする形でパーティスペースまでの道のりを歩きながら、内心とてもどぎまぎしていた。
いつもはラフな格好の沙羅が、今日はフォーマルなドレスに身を包んでいる。涼には聊か刺激が強かったようである。
尤も、涼のそんな問いに対しての沙羅の答えは
「‥‥そんなことはないと思うが。それより、喫煙所はどこだ」
実にそっけないものであったけれど。
同じく参列者であったジン・レイカーは瑞姫たちの挙式の後、同行者であるフィーに連れられてガーデンテラスに来ていた。お弁当があるので食べよう、という。
それにしても、挙式は想像以上だった――それぞれの挙式の花婿・花嫁の姿を思い出しつつ、ジンはそう思った。
それから思考の対象を、目の前の少女に切り替える。
「そういや、何か大事な話があるって言ってたけど何なんだ?」
その言葉を聞いた瞬間、フィーの肩が大きく跳ねた。それを見たジンも若干吃驚する。
(確か、結果がどうあれ真面目に答えてほしいってことなんだけど‥‥一体、何だろう?)
とりあえずフィーの言葉を待っていると――彼女はやがて、先ほどよりもジンをずっと驚かせることを口にした。
「――えっと‥‥ね‥‥。ボク‥‥他の皆みたいに‥‥いっぱい‥‥喋ったりとか‥‥苦手‥‥だけど‥‥‥‥。
背とか胸とかちっちゃいし‥‥そんな‥‥ボクだけど――つ、付き合ってください‥‥!」
ジンの口は思わず「え」という形のまま数秒開いたままになってしまった。
それでもやがて平静を取り戻すと、
「ありがとうな、フィー」
そう言って微笑を浮かべ、フィーの頭を優しく撫でた。
そして彼は、照れながらも返事を口にする。
「そうだね――こんな、俺で良ければ喜んで」
答えを聞いたフィーの表情がぱっと輝くのを見て、ジンもなんだか嬉しくなるのであった。
●その思いの行く先は
『本物の』挙式も一通り終わり、チャペルには再びそれ以外の目的の能力者が集いつつあった。
「はわ、セシルちゃん、綺麗‥‥。可愛いっ」
「クラウさんもとっても綺麗なのです♪ まるでお姫様です♪」
プリンセスライン、似たようなデザインのウェディングドレスに身を包みながら、クラウディアとセシルはそう言って笑い合う。
式場ではブライダルフェアを行っている関係上、衣装の試着等も行っている。ドレスの展示に目を奪われたクラウディアが、「ねね、セシルちゃん、着て見ようよ!」と誘いをかけたのである。
笑い合っていたら、新しいパンフレットを作成する為に式場を回っていたカメラマンに出くわした。
写真を撮ってもらえませんか、とが声をかけたところカメラマンは快諾したので――クラウディアとセシルは、一つのブーケを二人で持って寄り添う。
「せーの! にっこりー♪」
そしてセシルの合図とともに、一枚の記録が増えた。
カメラマンに別れを告げたところで、クラウディアは見知った顔を見かけた。
「こんにちはー」
「あ、クラウさん」
此方は最初からパンフレットの写真撮影協力の為にやってきた不知火真琴である。相手役の叢雲も勿論一緒だった。
挨拶もそこそこに、きゃっきゃと仲良く外へ出ていくクラウディアたちを見送った二人はそれぞれ控室に入っていく。
――暫くして準備が整った後、控室から出てきた真琴を見て叢雲は思わず感嘆の息を吐いた。
純白のマーメイドラインのドレスの裾は長く、一方でノースリーブである袖の代わりにロンググローブが肌を隠していた。首元のハイネックはレース地である。
手元にはラウンドブーケを持っていて――アップにした髪を覆うマリアヴェールは、銀白の髪によく映えていた。
――と、思わず見入ってしまったが為に
(や、やっぱり柄じゃないのかな‥‥?)
今度は真琴の方が落ち付かなくなってきた。普段はしない化粧をしているせいもあるかもしれないけれど。
それでも撮影自体はキスの振りまで含めつつがなく終了し、軽く安堵しながら二人は控室への通路を往く。
「綺麗だけど、やっぱ着慣れないし、借り物だから汚さない様に緊張するよね」
「そうですね」
真琴の言葉に叢雲が肯きを返した傍から――ドレスの裾を踏んだ真琴の態勢が前のめりになる。
けれど転ぶことはなかった。すぐさま叢雲が真琴の肩に手を伸ばして支えたのだ。
「大丈夫ですか?」
「‥‥うん」
躓いたことへの羞恥か、真琴は若干顔を赤らめて苦笑した。
その姿を見た瞬間――叢雲は無意識に、彼女の華奢な肩に回した手に力を込めていた。
「あ、れ?」
驚いたのは真琴の方だ。身長の差もあり、気がついた時には真琴は叢雲の腕の中にすっぽり収まってしまっていた。
思わず叢雲の顔を見上げる。
――その双眸と向かい合った瞬間、ようやく叢雲の思考もクリアになった。何をやっているのか。
真琴よりも一層不思議そうな表情を浮かべていたことを自覚する前に、叢雲は自ら身体を離して苦笑した。
「それじゃ、早く着替えてパーティスペースでご飯食べましょうか」
新婦控室。
部屋に入るなり、真琴はちらりと新郎控室のある方向を見遣った後、首を傾げた。
「力加減でも、間違えたの、かなぁ‥‥?」
新郎控室。
叢雲は叢雲で、やはり部屋に入るなり首を捻った。
何であんなことをしたのか、と。
思考は更に深いところへ入り込んでいく。
何故――何故、ドレス姿の彼女を見て、怖くなってしまったのか。
何が怖くなった?
自分を見てくれる人が離れていくのを考えてしまって?
手放したくないから、無意識にあんなことを?
――思考した末に、叢雲は頭を振る。
「ふむ‥‥。私にもこんな面があったとは」
自分についての発見に、若干の驚きを隠せぬまま。
■
叢雲たちと入れ違いに、麻宮 光と星月 歩がチャペルの中に足を踏み入れた。
此方は撮影が目的ではなく、疑似結婚式の為である。歩がしたい、と言うので光も付き合った格好だ。
タキシードとウェディングドレスに着替え、本物と同様の形式を辿って式は行われる。
その最中、歩は思う。
(せめてこの時間、一時でもあなたに愛されたいと願う事は罪なのでしょうか‥‥)
光には相手がいることは知っている。
それでも、何も知らなかった自分に色々教え、支えてくれたのは『お兄ちゃん』と慕う光だった。今では自分が一番近くにいるのではないかとさえ思う。
だからこその願い。叶わないのは、分かっている。
だからこそ、歩は今一度強く思うのだ――この人に一生ついていこうと。
一方で光も、ちらりと歩を見遣って思考にふけっていた。
出会った頃に比べるとこの義理の妹は随分成長したものだと思う。助けられたこともあったし、頼りにもしているんだとも実感する。
この式から間もなく、彼女の誕生日がやってくる。もっとも歩は記憶がない為、その日が本当に誕生日なのかは分からないけれど。
形式だけの結婚式。指輪もない。
だから――指輪交換の折、光は歩の首に、自身が後生大事にしていたペンダントを提げた。
彼女の気持ちは何となく分かっている。それを受け止めることは出来ないけれど――。
「――とりあえずは‥‥今後も一緒に戦ってく上では頼りにしとく」
「‥‥はい」
ペンダントを見下ろして、歩は嬉しそうに肯く。それを見て光は、今日は自身にとってもいい日なのかもしれないと思った。
それからも形式上だけの式は続き――
「誓いのキスを」
その言葉で、歩は光の頬に口づけをした。
「出会えた事に――とても感謝しています‥‥光さん‥‥」
その口づけはペンダントのお礼であると同時に、言葉通りの感謝の意でもあった。
またいい思い出が出来たし、これからも支え合えればいい。
――そしていつの日か、一人の女性として見てもらえたら尚のこと、と心の奥底で歩は思った
■
更に入れ替わり、今度はタルト・ローズレッドとジャック・ジェリアがチャペル内に姿を見せる。
タルトの写真撮影の為だったけれど――
「私でモデルになるのか疑問だが‥‥というかサイズ合うのあるのか?」
自分でその疑問を口にしてしまう辺りが悲しい外見年齢十二歳。実際はれっきとした大人である。
サイズ的にぎりぎり着れるものはあったが、今度はジャックとの身長差が問題だった。
「とりあえず、写真写りを考えて‥‥よっと」
言って、ジャックはタルトをお姫様だっこした。
「おとなしくしててくれると抱えやすくて楽なんだけどなー」
「ちょ、かなり恥ずかしいぞこれ‥‥」
タルトは文句こそ言ったものの、抵抗はしなかった。
■
一方ガーデンテラスの庭園では、
「あー、イル、ゴメンねー。誘ってもらったのにこっちの用優先させちゃって。まぁほら、イルから見ても義理の兄夫婦になるし?」
後の時間はゆっくり過ごしましょ、という由稀の提案もあり、由稀とイリアスはゆったりと歩いていた。
「――ウエディングドレス姿、綺麗でしたね。尤も、去年の由稀さんのドレス姿も負けていませんけどね」
イリアスはそう口にして苦笑する。
「でも――男女と言うのも羨ましいですね。後に子供を産んで育てて養って‥‥そう言う人生がありますから。‥‥ふふっ、私か由稀さんが男性だったら良かったんですけどね?」
言葉を続けるのも、表情は変えぬまま。
性別に関係なく、由稀さんを愛している事には変わりないのだから。
「ふう‥‥」
朝澄・アスナはパーティスペースでぐったりとしていた。
その姿を見かけた芹架・セロリは、彼女の隣の椅子にちょこんと腰かける。
今日は縁を繋いでいる人間がいない。アスナが少し寂しそうなのもそのせいだとセロリは思った。
「えと。花嫁さん、きれい‥‥でしたね?」
とりあえずそんなふうに会話を切りだす。顔を上げたアスナの「そうね」は、やっぱりちょっと羨ましそうに聞こえた。
「‥‥あの、お兄ちゃん。今日は、ちょっと。忙しい‥‥んだって」
「‥‥そう」ここ一番の落胆声だった。
「アスナさん。一つ聞いても良いかな?」
その落胆声を聞いたセロリは、
「‥‥アレの、何処が良いの?」
ストレートな質問をぶつける。
アスナは少し考えてから――答えた。
「そりゃあ、見た目も格好いいとは思うけど‥‥けど何より、普段はとぼけてても、ここぞっていう時には凄く頼りになるところかな、なんて」
若干照れ笑いを浮かべながらアスナがセロリの顔を見ると――セロリは泣きだしていた。
「そっか‥‥よかった。同情とかじゃないんだね。良いところ、見ててくれたんだね。ありがとう‥‥あり、が。うう」
「な、何も泣かなくても‥‥」
「‥‥‥その、これからも。よろしく‥‥。お、お姉ちゃんっ」
恥ずかしかったらしく駆け出したセロリを、アスナは半ば茫然と見つめることしかできなかった。
少し離れた場所では、朝が料理にがっつきながらそんなアスナの姿を見ていた。
アスナがパーティスペースの二階に上がったのを機に朝が首を動かすと、空也と梓が目にとまった。
梓にしてみれば式に憧れはないわけではないけれど、今はまだ花より団子。食う方が大事。というわけで、今もたらふく食べている。
「ンお‥‥これ‥‥うめェ‥‥! ぐッ、喉‥‥詰まった‥‥」
食べまくっていたのは空也もだった。しかも喉にモノを詰まらせたので梓は慌てて水の入ったコップを差し出した。
食も大分落ち着いた頃――
「ちょっと外出てくる」
空也はそう言って席を立った。
その声音が先程までより明らかに沈んでいれば、気にならないわけがない。梓はこっそりと、彼の後を追った。
空也が立ち止ったのはパーティスペースから少しガーデンテラスに踏み入ったところだった。
そこで空也は後方の気配に気づき、「ついてきちまったか」と諦めたような表情で梓を見る。
空也の手には、何故かブーケがあった。
「それは‥‥?」
「‥‥昔の親友にさ、彼女が居てよ。
高校出たら結婚する! とか二人とも言ってよ‥‥気が早ェよなァ?
――でも、二人ともバグアに殺されてよ」
空也は空いていた手を握り締める。
「ダチはよ‥‥彼女が殺されるとこ目の前で見てさ‥‥『仇取ってくれ』って言って死んでよ‥‥。
――コレは弔いと‥‥祝い‥‥なんだよ」
そう言って空也は、ブーケを振りかぶる。
「俺も気がはえーけど!オメーら先にそっちで式挙げとけよ!
バグアは絶対ぇ、俺が潰すからよ‥‥!」
叫びながら、オーバースローで放り投げた。
高々とあがったその放物線の向こう側に――リオン=ヴァルツァーとアメリー・レオナールの姿があった。
腹ごなしの散歩に飽きたところで、手ごろなベンチに二人で座る。
リオンは先程まで眺めていた挙式のことを思い出して、呟く。
「――父さんと母さんが結婚した時も、あんな風に皆に祝って貰えたのかな‥‥?」
「わからないよ――けど、そうだったからわたしたちは生まれたんじゃないかなぁ‥‥」
二人とも、既に両親はこの世にいない。だから本当のところはアメリーにだって分からないけれど、そうであって欲しい、とはリオンも思った。
「‥‥もし、嫌じゃなければ」
少しの沈黙の後、リオンはそう前置きして口を開いた。
「アメリーの両親のこと、教えて欲しいな‥‥」
その言葉にアメリーは最初吃驚したような表情を浮かべていたけれど、やがてそれを微笑に変えて肯いた。
それから思い出しながら語りだすアメリーと、何度か肯きながら聞くリオンの前をラナ・ヴェクサーが通りがかる。
ラナが更に歩いて行くと、獅子鷹とジャック、タルトが会話しているのが目にとまった。
撮影を終えた後、「ちょっと話がある」とガーデンテラスに行くことを提案したのはタルトの方だった。
獅子鷹が離れ、声が聞こえそうな範囲に誰もいないことを確認して――
「――私はお前が好きだ。だから‥‥えと‥‥わ、私のものになれ!」
タルトはその言葉を、口にする。
ジャックは頭を掻いて――答えを、絞り出す。
「あー、えーと‥‥俺もタルトが好きだと思ってるから、うん。
今後ともヨロシク」
赤くなっているタルトの表情が安堵と歓喜に満ちたのを見逃さず、ジャックは一言付け足した。
「それからタルトのものになるのはいいけど、扱いは程々にで」
む、と今度はタルトは若干口をとがらせたけれど、顔はまだ赤かった。
それでもまっすぐジャックの目を見て――問う。
「いつか、戦わなくてもよくなったら‥‥さっきのドレスをもう一度着せてくれるか?」
「約束する」ジャックは言いきった。「いつかあれよりも綺麗で似合うドレスを着せて見せるよ」
「ん、ありがと」
タルトの口から洩れたのは――とても素直な、感謝の言葉だった。
●星空の下の夢
日も落ち、流石に多くの能力者が帰路につき始めていた。
無人のチャペルは照明こそ灯っているものの、静寂に包まれていた。
緋音の隣に並び立ち何となくその全景を見つめながら、ブロンズは思う。
ブロンズにとって緋音は雲の上の存在である筈だった。
大規模小隊の小隊長でもあるし、人望もある。
そんな女性が何故自分などと一緒にいるのだろう――?
「みんな、幸せそうでしたね」
不意に、緋音が口を開いた。
「幸せ、なんだろうな。実際」
だからブロンズも、思ったままにそう返す。
「――ねぇ、ブロンズさん‥‥。私たちも‥‥あんなふうになれるのかな?」
「俺たちか‥‥どうなんだろうな」
あえて答えをはぐらかすと――緋音は、此方を見上げた。
「‥‥もう曖昧な関係じゃイヤなの」
――そうきたか。どうやら、はぐらかしていい場面でもないようだ。
「御崎‥‥俺は――」
「御崎、じゃなくて。緋音‥‥って、名前で呼んで」
緋音の目に、真剣の色が増した。
「私のこと、どう思ってますか?」
ストレートにそう尋ねられ、今度こそブロンズは意を決した。
「俺は――御崎‥‥じゃないな、緋音のことを‥‥愛してる」
隠してきた気持ちを、曝け出す。
それを聞いた緋音は、一つ息をついて――此方も、意を決して言葉を告げる。
「好きです。私と‥‥恋人になってください」
「俺でいいなら――こんな俺なんかで本当にいいなら、ずっとお前の傍に居てやる。
今までみたいな曖昧な関係じゃなく恋人として‥‥」
言って、ブロンズは緋音を強く抱き締めた。
――本当に自分が緋音に相応しいかは分からない。
けれど、緋音を悲しませない為にも俺は今出来る精一杯をしよう、と考える。
戦場で共に戦う傭兵として、苦楽を共にする恋人として。
■
パーティスペースの二階、プラネタリウムにも、若干名の能力者が今もなお佇んでいた。
(‥‥なんだろう‥‥)
リオンは思う。何が、と言えば、自分が抱えるある気持ちの正体のことである。
隣で星空を見上げるアメリーを一瞥する。
――最初彼女に抱いた感情は、ただ似た境遇から来る親近感だった。そしてそれは守りたい、という思いに変化し――ここにきてまた、それまでとは違う気持ちが芽生えつつある。
今はまだその正体が分かっていない。
けれど――もう少しで、何かが掴めそうな気もしていた。
だから、
「‥‥アメリー」
「うん?」
此方に顔を向けたアメリーに、リオンは告げる。
「‥‥コレットのこと‥‥決着付いたら――聞いてもらいたいこと、あるんだ」
そこから少し離れた場所には、昼の庭園で晴れて結ばれたばかりの二人の姿があっ。
「これからは‥‥、夫婦だね。イスルく――じゃないイスル」
瑞姫は慌てて言い直した後、零した。
「なんか変な感じだね。言い慣れないとさ」
「ふふ‥‥そうだね。僕もずっと姉さんって呼んでたから‥‥。でもそのうちきっと馴れるよ、ミズキ」
イスルは微笑を浮かべ、そう言葉を返した。
それから二人で空を見上げ、僅かな間沈黙が流れる。
「折角の天気なのに、あの朱い月が邪魔してるよ」
先に口を開いたのは瑞姫だった。本来ならば濃紺と白金しかない筈の夜空には、今は朱い月がある。
その口調には、決意の色が混ざっている。
「取り戻そう、本物の夜空を。
そして――ボク達のいや、これからの子供達のために」
「うん。いつか二人で、武器をもたないで飛べる空を‥‥」
だからイスルも、同じものを込めてそう応えた。
「そしていつか――」
戦うその手を、何かを生み出す手に。
新しい決意を込めた言葉は、ゆっくりと空へ溶けていった。