タイトル:【DS】五つの約束マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/07/09 22:17

●オープニング本文


 部屋のどこを見渡しても、すっかり広がりきった炎に抜け道はなかった。
(あたし、ここで死ぬのかな)
 自分の部屋だったそこに座り込んだまま、あたし――天鶴・岬は思う。
 抱え込んだ腕の中にはギターケース。物心ついた時から父さんが趣味で弾くギターを聴いて育ち、小学校を卒業する前にはそのギターを借りて自分でも弾くようになっていたあたしにとって、去年の誕生日に父さんが買ってくれたこのプレゼントは、これからもずっと大切にしていきたいと考えるほどに思い入れの深いモノになっていた。
 たとえ家が戦争で火の海に呑まれて、逃げ出さなくちゃいけなくなっても、それを持ち出して逃げ出そうとするくらい。
 客観的に見れば明らかに間違っているその行動の結果、逃げ道を塞がれたあたしはこうして佇んでいる。
 空気が燃えて、酸素が薄くなってきた。だんだん息をするのが苦しくなっているのが分かる。
 今にも意識が途切れそうになったその時――、
「馬鹿、何やってる!」
 炎が燃え盛る音の中、そんな叫び声が届いた。
 逃げる人々の声はもう随分前に聞こえなくなっていた筈なのに――。
「父さん‥‥」
 だからこそ、その声は間違いなくあたしを追ってきたのだ。
 意識がもうろうとしていて視界ははっきりしなかったけど、燃え盛る木材を払いのけた大きな人影があたしの前に現れたのは見えた。
 そしてあたしは、背負われる。片手で支えている、ということはもう片方の手にはギターケースがある筈だ。父さんはそういう人だった。
 でも――酸素の一際薄かった空間を抜け、意識が覚醒し始めるとともに、父さんの足取りがなんだかおかしいのが分かり始めた。
「父さん‥‥それ‥‥!?」
 ――父さんの履いていたジーンズの鳩尾の部分には大きく引き裂かれた跡があり、その跡の内側からは今もとめどなく血が流れていた。
「外にキメラが居てな‥‥それはもう軍が討伐したから大丈夫だ」
「大丈夫じゃないよっ!?」
 寧ろ今や一番大事なのは父さんの身体だ。あたしはあまり力の入っていない父さんの腕を無理やり外して背から降り――。
 その瞬間、すぐ横にあった燃え盛る木材があたしたちに向かって倒れてきた。
 あたしが本来そうしたかったように父さんの肩を担ごうとしたら、きっとあたしに直撃していただろう。
 でもそうはならなかった。――父さんが、あたしが降りたことで空いた手でそれを受け止めたからだ。
 それだけじゃない。
 父さんはギターケースを前方――もうすぐそこまで迫っていた外へと投げ出した。
「行け!」
「父さんも!」
「‥‥いや、無理だ」
 こんな状況だというのに、父さんは笑っていた。
 それを見上げていたあたしは気づいていなかった。
 木材が次々と倒れ始めていることに――。

「約束、忘れるなよ」
 背中を押し出された瞬間に聞こえたその言葉は、それからずっと脳裏に焼きついたまま――。

 ■

 目が覚めたら熱さはなくなっていた。呼吸も、普通に出来る。
 ただ満足に動けるかというと全くそんなことはなくて、座っている椅子に足を縛りつけられ、両手は背もたれの後ろで固定されている。ついでに言うと空間全体が薄暗く、おまけに鉄格子の内側にいるらしかった。
 足元はいつも小刻みに揺れ、時折その揺れは大きくなる。今は車か何かの中にいるらしい。空間の広さからして、トラック、だと思う。椅子は脚の部分が床と一体化している為揺れなかった。
 拘束。輸送。
 一瞬でそんな単語が脳裏を過る。
 どうしてそんな状況に陥っているのか思い出すのに必要だった時間も、一瞬。
「気がついたようですね」
 ここ数日の間に聞き慣れていた女性の声が、コンテナの中で響く。
 鉄格子を開けてこっちに向かってきたその人影に、今のあたしは疑いの眼差しを向けることしかできない。
「どういうことですか、これ」
「言ったでしょう? 貴女がまた曲を作るには環境の変化が必要だと。その変化を用意してあげたにすぎませんよ」
 人影――ベアトリクスはそう言って薄闇の中くすりと笑んだ。
「こんな形での用意なら要りません。ホテルへ帰してください――って言っても、無駄だと思いますけど」
「流石に世界中を旅していればそれが分かる程度には賢いようですね」
「‥‥あたしをどこに連れていくつもりですか?」
 見慣れてしまっているせいか、いつもと同じように笑む彼女にどういう態度で接したらいいか分からない。多分傍目から見たら中途半端な表情のまま、あたしはそう尋ねた。
「最終的な目的地は、サラゴサです。今はまだフランスとスペインとの国境線辺りですが」
「サラゴサ‥‥」
 息を呑んだ。言ったそばから、トラックは勾配に入ったらしく視界が斜めに傾く。ピレネー山脈に突入したということなんだろう。
 人類勢力がかなり押すようになった欧州で、今もバグアが強い勢力を持つ数少ない都市のひとつ――。
「連れて行って、どうするつもりですか」
「まずは貴女を洗脳します」
「‥‥!? どうして、あたしを」
「音楽って素敵ですよね」
「‥‥は?」
 さっきから彼女の発言についていけない。思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「何も知らない相手に対して話しかける、というのは誰しもが出来ることではないですし、その上で意見を合わせるとなるともっと至難の業です。
 それは、相手に対して何かしらの警戒心を抱いているから。
 ‥‥でも音楽というのは不思議なもので、その警戒心を和らげることが出来ます。意図していたかは兎も角、貴女はこれまでそうしてきた筈です」
 ――彼女の言いたいことは、何となく理解出来た。
 そして、彼女たちがあたしを洗脳して、何をしようとしているのかも。

 ■

「理論上は、音楽による洗脳も不可能じゃない。音波を生じさせているわけだからね」
 ULTオペレーター、ユネは執務室でそう口を開く。
「それを市民の親バグア化に利用しようとしている連中もいるし、今回はどさくさに紛れてそういう輩に利用されるべく浚われてしまった少女の救出が任務になる。
 どさくさなんて普通ならスルーされそうなものだけれど、彼女は傭兵にも幾らか縁があって、その関係で報告が届いたんだ。連中のことはそれから調べたけど」
 ユネはディスプレイを操作し説明を続けた。
「奪還場所になるのはフランスとスペインの国境を結ぶ道路。彼女を乗せたトラックが走っている筈だ」
 ――それから幾らかの概要の説明を終えた後、ユネは預かっていたという二つの荷物を取り出す。
 ギターケースと、キャスケット帽。
「浚われた時に彼女が残していったものだ。無事救出したら彼女に返してやって欲しい」

●参加者一覧

須佐 武流(ga1461
20歳・♂・PN
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
シン・ブラウ・シュッツ(gb2155
23歳・♂・ER
ナンナ・オンスロート(gb5838
21歳・♀・HD
リスト・エルヴァスティ(gb6667
23歳・♂・DF
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
佐治 容(gc1456
25歳・♂・FC
八葉 白夜(gc3296
26歳・♂・GD

●リプレイ本文

 ベアトリクスがあたしを攫った目的は、何となく理解出来た。
 ただ、分からないことはまだある。
「でも‥‥こういう言い方も何だけど、それはあたしじゃなくてもよかったんじゃ」
 あたしである必然性は、ない筈だ。
「それは私が純粋に貴女のセンスを買ったからですよ」
 普通なら言われて嬉しい筈の言葉も、流石に今は前向きには受け取れなかった。
 彼女は腰をかがめ、あたしと視線の高さを合わせた。
「それに‥‥貴女は言いましたね。『平和』や『希望』といった大それたモノなんて歌えない、と。
 ――歌えないのは大それているからというだけではなく、それらの裏には絶望があることを知っているからなのでは?」
「――‥‥!」
 絶句。
 否定は、出来なかった。
 寧ろその思いは、言われてみると確かに歌えない原因にもなっている。
 人類の反撃だ何だと世間が沸いても、その中で喪われた命は戻ってこない。
 たとえ世間がその死を悲しんでも、肉親を失った者の思いとは温度差がある。
 それを自身の経験を以て知っているから、簡単な言葉だけで片付けられる『綺麗事』にするのは腹が立つ――。
「おい」
 運転席とコンテナを繋ぐ小さな窓越しに、運転手らしき男が此方に声をかけてきた。それでようやく、あたしは自分が唇を噛んでいたことに気づく。
 運転手は面倒くさそうにベアトリクスに告げた。
「追手が来たみたいだぞ」

●山間の追撃者
 岬が乗せられているトラックの後ろ姿を、それぞれバイクにまたがった三人の能力者は視認した。
 ただし――トラックのすぐ後ろに、もう二台バイクが走っている。おそらくは、護衛か。
「目標発見、排除開始します」
 ナンナ・オンスロート(gb5838)と風代 律子(ga7966)がバイクの上で手を動かしたのは、ほぼ同時。
 それから更に一瞬遅れて迎撃態勢を整えようとしていた前方のバイクの搭乗者の動きを遮ったのは、ナンナが引き金を絞ったドロームSMGが生み出した足元への弾幕だ。それが炸裂を続けている間に律子が小銃の狙いを定め、放つ。弾幕のすぐ上を通過した弾丸は前方の一台の後輪タイヤを貫いた。
 相手は強化人間なのだろう。バイクが正常な駆動を行うことが出来なくなっても冷静だった。スリップしてゆくバイクを踏み台にする形で跳躍し、能力者たちの前に降り立つ。一方で乗り手を失ったバイクはふらふらとした軌道のまま道路脇へ突っ込んでいく。バイクが突っ込んだ先は丁度ちょっとした段差になっており、バイクは段差を転落した後木に衝突した。
 能力者のバイクもスピードに乗っている。強化人間に構わず通過することも可能な筈だったが――強化人間は的確なタイミングで足を振り上げる。
 そしてすぐ目の前を往こうとしていたナンナのAU−KVのボディを――。
 蹴ることは出来なかった。
 背後側から通過しようとしていた須佐 武流(ga1461)から、腰にミドルキックを入れられたのだ。バランスを失った強化人間はナンナのバイクが通過した一瞬後に前方へ吹っ飛ばされ、道路脇の木々の中に突っ込んでいった。
 一方もう一台のバイクは蛇行運転等でしばし弾幕から逃れていたが、SMGのマガジンが空になりかけた頃になって遂に後輪をいくつもの銃弾に撃ち抜かれた。ついでに弾幕は相手の足も撃ち抜いた為に此方は先程の強化人間のようにバランスを整えることは出来ず、スリップしたまま道路脇へ突入、木に激突する。
 護衛を失ったトラックはその速度をやや速めたようだ。それから離されぬように同様に速度を上げ、障害の排除を完了した能力者たちは追尾を開始した。

●その全てを止める為
 それとほぼ同刻――。

 ピレネーの山を往く街道は、山間だけありカーブが続いている。緩やかな下りもあるが、基本的には上り坂ばかりだ。
 しかしながら長い直線というのが全くないわけでもなく――フランス側から見た最初の上り坂直線の終着点に、五人の能力者はいた。トラックやそれを追い立てる三人とは別の道路から先回りしてきていたのである。

「岬さんの、か」
 シン・ブラウ・シュッツ(gb2155)が運転していた車から降りた後、佐治 容(gc1456)は今は車の中に置いてある荷物――ギターケースとキャスケット帽を窓越しに見つめ、
(なんでこんな、岬さんをズタズタにするような事思いつくんだ)
 胸中でバグアに――否、親バグアである人間に対し、毒づく。
 許せなかった。
 彼女はそんなことをされる為に音を奏でている筈がないのだ。
 だから――これらは、岬の許という名のあるべき場所に返さなければならない。
(あの時これを見つけた事は偶然‥‥それとも必然だったのかな)
 黒瀬 レオ(gb9668)は思う。
 荷物を車の中に残したのは、おそらくこの後起こるであろう戦闘で壊れることを回避する為だ。
 思えば先日関わったホテルでの騒ぎからして、違和感がありすぎた。
 今にして思えばあれは間違いなく岬を標的とした強襲だったわけで――ならばキメラに指示を出したのは人よりも強化人間である可能性が高いし、そちらの方が腑に落ちる。
 それと戦闘に入る為にも、準備は万全にしておかなければならない。

「心を澄ませば自ずと全てがわかるものです。人の殺意も己の思いも‥‥」
 自身のインデースを駆ってきた八葉 白夜(gc3296)は待ち伏せの為に道路は残り、他の四人は道路脇の森へ入る。
 一先ずこの周辺のキメラを殲滅する為だったのだが――鬱蒼と茂る草木は思っていた以上に能力者たちの視界を悪くさせていた。太陽の光が驚くほどに届かず、一寸先は闇、という表現が物理的に当てはまるような状況だ。
 幸い草むらを鳴らす音や小枝を踏む音等でキメラのいる方角に見当はつきやすかったのだが――分かるのは方角だけで、敵の大きさや姿までは木を一、二本挟む距離まで接近してようやく分かる。
「――っ」
 それから行動を起こすのでは、後手に回ってしまっても致し方ない。リスト・エルヴァスティ(gb6667)は不意に自身の腕に突き刺さった細長い針状の物体を無理やり引き抜き、投げ捨てる。
 出血はそれほどでもないようだ。もっとも、多少なり酷くともここで足を止めるつもりは毛頭ない。
(天鶴が居るのを知らなかったとか、キメラを倒さなければいけなかったとか――)
 次撃への備えも兼ねて大剣を構えながら、リストは後悔の念を引き千切るように唇を噛んだ。彼もまた、先日のホテルでの騒ぎに居合わせた一人である。
 岬が攫われてしまったことへの言い訳などいくらでも出来る。
 だからこそ――今はしない。
 今すべきなのは、彼女を助け出す為に前を向くことだけだ。
 ――闇の向こうから現れた大型の蛇に対し、リストはコンユンクシオを振り被った。

 闇の中での戦いは、『後のことを考えると練力を温存しておくべき』と考えていた者も多かったこともあり、比較的骨が折れるものとなった。
 それでも何とか一通りキメラの気配を絶つと容も警戒の為に道路に戻り、森に残った三人は道路すぐ脇の木を切り倒し始めた。道路にバリケードを作成し、敵の足を完全に止める為だ。
 数本は倒す時間はあったのだが――。
「‥‥来たようです」
 キメラを倒すのに思ったより手間がかかったのが災いしたか、バリケードとしては多少心許ない本数しか倒せていない状況下で、白夜がそう呼びかけた。

●挟撃
(――上手くいかないな)
 トラックが自身の目の前に発生した竜巻を華麗とも呼べるハンドルさばきでかわしたのを見て、超機械「扇嵐」を懐にしまいながら武流は数度目の舌打ちをする。
 その武流を含め、バイクを駆っている三人には多少の生傷が生じていた。
 最初にいた二人の護衛を退けた後は人間の護衛は出てきていない。
 しかし時折、脇の森からキメラが姿を見せるようなことがあった。そしてそれが群れをなしていればいるほど、出没タイミングが狙い澄ましたかのようなものに見えやすかった。勢力圏の境界であるが故に、人類への牽制としてキメラ程度を配置することは考えられなくもない。
 それでも知性を持っている人間と違い、スピードを緩めることさえしなければキメラを撒くことはそれほど難しいことではなかったのは救いだった。だからまだ三人は一度もトラックの姿を見失わないでいる。
 ただし、だからといって状況はやはり楽観出来るものでもない。
 強化人間か一般人かという点とは別問題で、運転手が相当のドライビングテクニックを持っていることはこれまでで証明されていた。後輪タイヤを狙ったナンナの牽制射撃や、機械巻物「雷遁」や先程の扇嵐を用いての武流の行動阻害――今のところそれらを殆ど被害なく切り抜けている。また武流が速度を上げれば、相手も対抗して速度を上げたりカーブで強引にハンドルを切り、トラックの巨体で対向車線をも塞ぐなどして前に行くことを許しはしなかった。
 それでもなお行動阻害を試みる能力者たちの前に――それまでで一際数の多いキメラの群れが現れる。

 ■

 サイドミラー越しに、運転手は後方の状況を確認する。
 道を完全に塞ごうと思えば塞げる程の数。流石の能力者たちも若干たじろぎを見せたようだった。
 更に幸いなことに、トラックは一足先に長い直線道路に入った。これまではカーブばかりで速度を出せなかった分、ここは差を広げるチャンスだ。
(一気に突き放すぞ)
 作戦を固め、運転手はアクセルをべた踏みにする。

 ■

「――こんなことに構うものですか」
 たじろぎは演技。そもそも、ナンナ自身はキメラを轢き潰すことに躊躇いはない。
 予想外の戦力に焦りを見せるように武流や律子にも周知したことがここで功を奏した。
 敵は一気に加速している――そう、チャンスにかまけて、待ち伏せの存在を考慮の外に置いているが故に。
 それを見て演技を止めたナンナはまずSMGで弾幕を敷いた後、一気に地を這う蜥蜴キメラの群れの上を踏み越える。武流や律子もそれに続いた。
 そしてナンナはあるモノを見てから、閃光手榴弾のピンを抜いた。
 それは、道路脇の岩壁に彩られた、ペイント弾の痕跡。

 それから僅か十数秒後、上り直線も半分を過ぎていたトラックは――甲高い音を立てて急ブレーキを開始した。直線の終わり、カーブに仕掛けられたバリケードに気付いたのだろう。
 もっとも、バリケードが低いと踏んだらしいトラックは再び加速し始めたが、そこで時間を稼げたことは大きい。
 そのタイミングを見計らってナンナが閃光手榴弾を運転手席の横に届くように投げた為、運転手が視界を奪われたトラックはふらふらと蛇行し、やがてトラックは岩壁にボディを擦らせ始める。
 再度の減速――だが、運転手はまだ止まらない。擦らせたことで軌道修正の方法を把握したのか、未だ視界を奪われているであろうにも関わらずトラックは岩壁を離れた。
 だが、止まらないのは能力者の追撃も同じである。
「そろそろ終わりにしましょう」
 二度目の減速の間に、律子はトラックを追い抜いていた。斜め前方から射撃で前輪のタイヤをパンクさせる。
 そこで生じた更なる減速に乗じて、武流が今度こそ運転席の横に接近、窓ガラスを破壊した。

 急激に速度を落とすトラックの姿を、待ち伏せ班もしっかりと捉えていた。
「――なるほど。あれに歌姫が囚われているのですね。早々に助け出すとしましょう」
 律子が前輪をパンクさせたタイミングで白夜はそう言い放ち、小太刀を四本放る。それによってフロントガラスを破壊した後閃光手榴弾を投げ入れることも考えていたが、その刹那に武流が行動を起こしたのを見て止めた。今投げ入れれば武流は光も、それに乗じた運転手の反撃も防ぎようがない。
 運転手は窓ガラスを破壊した武流を振り払うように一撃を入れた後、吹っ飛んだ彼を尻目に自身も運転席から飛び出した。減速を続けるトラックを踏み台にして、道路に着地する。
 一方、丁度坂を登りきったところでトラックは力尽き、岩壁の代わりに現れた森にフロント部分を突っ込ませていた。武流は受け身に成功しており、真っ先にトラックの後方――コンテナを開けに向かっていた。
 その合間にも、戦いは動き出している。
「強化人間だと思うから気をつけて!」
 運動能力から見てもほぼ間違いないだろう。レオが呼びかける間にも、容が迅雷を駆使して運転手に接近している。白夜やリストもそれから少し遅れて続いた。
 真っ先に自分に近づいてくる容に対し警戒を向けていた運転手の足元を、律子が放った銃弾が穿った。
 刹那、コンテナがこじ開けられる鈍い音が響く。その残響音が続いている間に、レオは全てのスキルをフルに活用した遠距離斬撃を放ち、シンもエネルギーガンの引き金を引いた。
 律子の牽制射撃で足元が狂っていた強化人間はこれを両方とも防ぐことが出来ず、よろめく。
 そこへ、肉薄することに成功した容がブルーエルフィンを振るう。強化人間はこれも受けることが出来ず、避けられることを覚悟してかカウンターを入れようとしたところで――その顔面に蹴りが入った。
 次いで、少し離れた地面にベアトリクスの身体が投げ出される。動きがない辺り既に失神しているようだった。失神させた――そして強化人間に蹴りを入れたのは、勿論武流だ。
 吹っ飛びかけた強化人間に白夜が刹那を使いながら追撃をかける。これもまた綺麗に入ったものの――皮肉にも、強化人間の足を地面に安定させるきっかけにもなった。
 回し蹴りの要領で白夜と武流に反撃を入れる。
「‥‥遅すぎますね。止まって見えます」
 白夜は即座に抜刀・瞬で受けたが、着地したばかりの武流はそれをまともに喰らった。
 それを見た強化人間は武流に更に追撃を入れようとしたが――またしても射撃に止められた。今度は、ナンナだ。
 足が止まったところでリストが大剣を薙ぎ払い、レオがソニックブームで追撃を入れる。
「音楽と人の心を好きに操ろうなんて、傲慢すぎだろーが!!」
 満身創痍になっていた運転手に、容は怒りを吠えながら最後の一撃を入れた。

 ■

「‥‥終わったの?」
 周囲が静かになって何かを察したか、ようやく解放された岬は問う。コンテナに立ち入った能力者たちは誰ともなしに肯いた。
 能力者たちが思っていたよりは岬は元気そうだったが、首肯を見て流石に安心したのかぐったりとうなだれた。
「あー‥‥よかった。‥‥嫌にならなくて」
 他の能力者が最後の呟きの意味を測りかねていたところへ、一人いったん車へ戻っていたレオが入ってきた。
「初めまして、宅急便です。
 ――きみの大事な忘れ物、届けに来たよ」
 そう言って、まだ座っていた岬にキャスケット帽を被せ――ギターケースを預ける。
 それを見下ろすように一瞬俯いた岬は、次いで服の袖で目の辺りを拭い――すぐに顔を上げて、笑顔で告げた。

「――ありがと。本当に‥‥ありがとう」