タイトル:【AH】終焉は遠き空へマスター:津山 佑弥

シナリオ形態: ショート
難易度: 難しい
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/09/09 01:32

●オープニング本文


 孤児院に来た三度目の手紙。
 そして多分これが最後の、手紙。

 ■

 フランス、ナルボンヌ――その近郊に、わたしが住んでいた村はあった。
 戦火によって崩壊し、今は廃墟になっている土地。
 その中でも、わたしの本当の家があった場所の前で――『コレット』は、待っていた。
 これまではずっと一人で行動していたコレットだったけれど、今日だけは様子が違っていた。二足で立たせたら大人の男の人よりも背丈がありそうな程の狼キメラを三匹、連れている。
 それらは彼女を護るようにぐるぐると彼女の周りを囲み歩きながら様子を窺っていたけれど、わたしたちが来たのを見てコレットが腕を上げると、揃って彼女の背後に回った。
「やっぱり他の能力者も一緒なんだねー。まぁ、いいけど」
 わたしの周りにいる数人の能力者を見回して、コレットはもう諦めたとばかりに溜息をついてから、わたしをもう一度見た。
「もう姉さんだからって手を抜くつもりはないからねー。その為に、ここに呼び出したんだから。
 ――パパとママに見届けて貰う為に」
「‥‥やっぱりそういうことなんだね」
 この間から少し覚悟はしていたけれど、コレットももうわたしを殺すくらいのつもりで来ているらしい。その後、どうするつもりか知らないけれど。
 ――でも。
「見届けて貰う為に、っていうなら、こっちも同じかな」
 わたしが口にしたその言葉に対し、コレットは怪訝な表情を浮かべた。
「ここでなら――『あなた』を倒した後、抜け殻になったコレットの身体も‥‥ちゃんと、パパとママが見ていてくれるから」
 神様に祈る、とかそういうものじゃない。
 ただ――わたしを護ってここで死んだパパやママは、今もこの土地に眠っている。
 そこにコレットを一緒に眠らせてあげたい。ただ、それだけ。
「――言ってくれるじゃない。
 でも、姉さんにそんな覚悟があればの話だけどねー?」
 言われるまでもない。そんなことは分かっている。
 ――ここに来るまでに、決意は固まっていた。

 その言葉を最後に、少しの間が開き――やがて、どちらからともなく戦いは始まった。

●参加者一覧

国谷 真彼(ga2331
34歳・♂・ST
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
風代 律子(ga7966
24歳・♀・PN
リオン=ヴァルツァー(ga8388
12歳・♂・EP
ヒューイ・焔(ga8434
28歳・♂・AA
セレスタ・レネンティア(gb1731
23歳・♀・AA
愛梨(gb5765
16歳・♀・HD
リスト・エルヴァスティ(gb6667
23歳・♂・DF
黒瀬 レオ(gb9668
20歳・♂・AA
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN

●リプレイ本文

●衝突を見せた二つの道は
 時間は、コレットと対峙する少し前に遡る。

「その歳で業を背負うのですか‥‥並大抵のことではないですよ、アメリーさん」
「‥‥うん」
 セレスタ・レネンティア(gb1731)の言葉に対するアメリーの返事は重々しい。
 それはそうだろう、というのは、この場にいる誰もが思っていた。
 だから、黒瀬 レオ(gb9668)は告げるのだ。
「沢山の支援の手があるのだから、無茶だけはしちゃダメだよ。
 これは『頼る』のとは違うよ。あくまで「協力」なんだ――だから、安心して僕らを使って」
「辛い戦いとなるが‥‥俺も少しは手を貸そう」
 ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)がそう横で言ったのに対し、アメリーは俯き加減になりながら「‥‥ありがとう」と小さく、応えた。
「覚悟や決意を固めたとしても‥‥その後に背負うモノの重さはどれだけ未来に影響するのでしょう?」
 その様子を少し離れた場所で見つめていた御鑑 藍(gc1485)が呟いた言葉に、国谷 真彼(ga2331)が小さく頭を振る。
「妹殺しなんて、12歳の少女が負うべきことじゃない。大人が負えばいいんです」
「‥‥そうですね」
 アメリーに声をかけてから二人のいる方向へ向かってきていたレオは肯きながら、
(手をかけたくないのに手をかけてしまった、あの時の‥‥僕の、ように)
 考える。そんな思いは、他の誰にもさせたくはなかった。
 一方、そんな会話を聞きながらも
「コレットのことはアメリーの気持ちの問題で、他人がどうこう口出しする筋合いはないわ」
 愛梨(gb5765)はそう言い放つ。
 傭兵として依頼を受けた以上、年齢など関係ない。アメリーにだって、覚悟は出来ているのだと。
「あたしだったら、自分の家族がヨリシロにされたら‥‥自分で決着をつけたい。
 他人に手出しなんか、されたくない」
 ただ――。
(迷いが捨てきれないのも、分かる)
 これは口には出さず、胸中で呟く。
 覚悟が出来ていることと、迷いを完全に捨て去っていることは同じようで微妙に違う。
 そしてその僅かな差異にアメリーが今も苛まれているに違いないことは、先日の依頼の後に見せた彼女の表情が物語っていた。
 だから――。
 愛梨が至った結論に、行き着いた者がもう一人。 
「アメリーの気持ちを‥‥僕は、尊重したい。だから‥‥やりたいように、やればいい。僕も、全力で手助けする、から。
 だけど、もし‥‥」
 此方はアメリーに声をかけていた、リオン=ヴァルツァー(ga8388)はそこで一旦言葉を切り、俯く。
 ――すぐに顔を上げた彼の表情には、ある種の決意が込められていた。
「もしも、アメリーが、コレットを倒せなかったら――その時は、僕が、必ず‥‥」
「‥‥」
 アメリーは無言のまま、肯きを返す。
 それを見つつ、リオンは胸中で呟いた。
(――アメリーの、父さんと母さん。
 コレットと戦う姿を見るのは、辛いかもしれないけど‥‥どうか‥‥この戦い、最後まで見届けて下さい‥‥)

●交わることなく一つが潰え
「パパとママ、か」
 自身を睨みつけるアメリーの視線にある種の意思を感じたらしく、コレットは大仰に肩を竦めた。
「あの頃は幸せだったよねー。あたしが姉さんのことを嫌いだったとか、そういうのを抜きにしても。
 恵まれてたわけじゃなかったけど、全部があった」
「‥‥そうだね」
 アメリーも、そこは否定しなかった。
 一度喪って、救われて、能力者になって――そこで手にしたモノもあるけれど、もう二度と戻らないモノも勿論ある。
「姉さんは殆ど毎日夕食の直前まで友達と遊んでて、ママが呼びに行ってようやく帰ってきて――」
「――惑わされないで。あれはコレットじゃない」
 在りし日のことを語るコレットを見、真彼はアメリーの肩に手を置いて囁いた。
「大丈夫‥‥」真彼の言葉に対し、アメリーは応える。
 それを気にも留めず、コレットは次の話題を切りだした。
「覚えてるー? この村が襲われた日のこと。
 何の前触れもなく爆発が起きて、それからキメラの大群が来て、人もモノも全部壊して。
 ――パパはママを庇って、ママは何とか姉さんだけは生かそうと必死になって」
「‥‥‥‥忘れるわけないよ」
 やや長い沈黙を置いた後口を開いたアメリーの声が、低くなっていた。その理由を他の能力者たちはすぐに知る。
「普通だったらコレットが覚えている方がおかしいんだよ。
 ‥‥家族の中で一番最初に被害に遭ったのは、コレットの筈なんだから」
「――まさか」
 彼女が言わんとしていることに、何人かの能力者が気づく。
 次いでコレットも「気付いた?」と嫌味の強い笑みを見せた。
「あたしに憑いてるバグアは、その時ここにいたんだよー。自分は戦わないで、高みの見物だったけどね」
「‥‥確信したのは今だけど、ずっと不思議だったの」
「へえ?」アメリーの言葉に関心を持ったか、コレットの片眉が上がった。
 アメリーは俯き加減になり、それでも全体に響く声で言葉を続ける。
「その時わたしはパパがママを庇ってるところまでしか覚えてなくて、気がついた時には別の街の病院にいた。
 だからはっきりと知らなかったんだよ。わたしはどうしてその時、生きていられたのか」
 そこまで言ってから顔を上げ、問いを――答えを返されるまでもないような問いを――投げる。
「――わたしは、『あなた』に生かされたんだね?」
 それも、戯れの為に。
 それ以外に理由が思いつかないし、そうでなければ、今バグアはコレットをヨリシロとしていたりはしなかったろう。
「最初から、あなたは全部仕組んでたんだ。
 コレットに憑いて、わたしを生かして、あの孤児院に入れるようにしたのも――」
「せいかーい。まぁ、孤児院はエミタの適性があったのが好都合だっていうのもあったけどー。
 何なら感謝してくれてもいいんだよ? お礼に今から大人しく殺されてくれる、とか。パパもママも同じ場所で眠ってくれるからきっと喜ぶと思うけどー」
「――それはコレットの方だよ、って言ったら?」
 背後の僅かな物音で、『その時』が近いことをアメリーは察したらしい。これまでになく強気な口調と言葉が、彼女の口から飛び出した。
「パパもママもわたしも、『コレットが村のどこでどうやって殺されたのか』まで知らない。帰ってこなかったんだもの。
 そんなコレットが『ここで』『また』『眠る』って知ったら、パパもママも――皆、安心するの!」
 その言葉を契機としたかのように、

「――穿ち抜け、魔創」

 アメリーの背後で弓を番えていたレオが、指を離す。
 ――上空に僅かに弧を描いた矢は、コレットの右側にいた狼の頭部に命中し――爆発が起こる。
「あ」コレットが一瞬そちらを見て小さく声を上げた時には、能力者たちは次の行動を開始していた。
「コンタクト!」レオが放った矢が命中する前に距離を置いていたニーリング態勢でライフルを構えていたセレスタが声を上げ、引き金を絞る。
 頭部を中心に爆煙を上げたままの狼の頭に命中し――、
「――なるほどね」すぐにアメリーに向き直ったコレットは獰猛な笑みを浮かべる。
 けれど彼女はもう一つの動きにまでは気づいていなかった。向き直った時には既に、栓の抜かれた閃光手榴弾がリオンの手から放たれていたのだ。
「――っ」存在に気付き、咄嗟に腕を眼前に被せようとするコレット。
 刹那、光が広がった。
 無論能力者たちはこのことを織り込み済みだったが、キメラたちはそうではない。視界を奪われた三匹の狼はその場で意味も無く暴れまわる。
 攻撃対象を定めようがない相手に接近するのは苦ではなかった。間髪をおかず、矢と銃撃を連続して受けたキメラが――後方から能力者たちの側に向かって、吹っ飛ぶ。
「邪魔はさせないわ‥‥!」竜の咆哮により吹っ飛ばした愛梨は更にもう一発同じキメラを吹っ飛ばした後、横へステップする。
 すると一瞬前まで彼女がいた地点に、コレットが踵を蹴り落としていた。鉄球でも落としたかのように、蹴り落とされた大地にはひび割れと凹みが生じていた。
「ちっ‥‥」舌打ちするコレットの両脇を、視界が回復したらしい二匹のキメラが駆け抜けていく。
 それを一瞥しつつコレットはすぐにステップしその場から離れた。直後、風代 律子(ga7966)が放った銃弾がその地面を穿つ。
「――いつもいつも‥‥!」
 律子、それにリオンといったあたりはアメリーと関わるようになって長く、それに伴いコレットと対する機会も多い。即ち顔も覚えられているらしく、銃撃を放ったのが律子だと見止めると、そう恨めしげに舌打ちをした。
「これが任務でもあるんだから‥‥」コレットを追いやるようにもう一度銃撃を放ちながら律子は言う。
 口を開く一方で、思考もしていた。
(アメリーちゃんを覆う闇は――)
 これで晴れるのだろうか?
 ――自問自答の回答は、出すまでもなかった。
 たとえアメリーにとってどんな結末を与えるにしろ、これが彼女にとって前に進む為に必要であることに変わりはないのだから。

 ■

 キメラが吹っ飛ばされた仲間を追い始め、それとともに真彼を除いた全員がそれぞれ対峙すべき相手に向かう為の距離を作っていた。
 キメラとコレットを分かつ為でもあったが、流石に何もせずに敵の横を通過するほどキメラも甘くないらしい。一匹の狼が走る軌道を変え、横からリオンとアメリーに襲いかかろうとする。
 が、結果としてキメラが彼らに牙を剥くことはなかった。
「こっちです‥‥相手を間違えられては困ります」
 セレスタが放った銃撃が、キメラの前足を貫いたからである。
 キメラは己が痛みに驚きつつも、銃撃が来た方向に目を向ける。そして今度こそ、キメラ班を獲物と捉え――若干最初よりも鈍い動きながらも、駆け出した。

 愛梨の竜の咆哮で吹っ飛ばされたキメラは頭部に残った醜い火傷痕と引き換えにようやく冷静さを取り戻しかけているらしく、先程までのように無暗に暴れまわるのではなく――レオを目がけて真直ぐに突進してきた。機動力は失われていない為、その動きは顔面の傷とは裏腹に非常に素早い。
 もっとも、それをそのまま突っ込ませるつもりは能力者の側にはない。
(俺みたいな奴が此処に来ても、戦うことしか出来ない)
 ならば、自分がするべきことは戦い続けること。
 そうすることで、皆の盾となり、槍となり、騎馬となること――。
「お互い、それだけで十分だよね?」
 リスト・エルヴァスティ(gb6667)は返ってくるはずのない問いをキメラに投げながら、ソニックブームを放つ。キメラの加速がついていたこと、リストがレオからあまり離れたところにいなかったこともあり、真空波は狼の身体を横一文字に打った。
 キメラは再びのけ反った後、元の四足態勢に戻ろうとするが――無理やりバランスを整える為の反動で、前足をつけた時に身体がより低く沈んだ。
 矢を放ち続けるレオにこれ以上キメラを近づけまいと狼に接近していた藍が迅雷を以てこれに肉薄し、その勢いのままにキメラの眼前でラジエルで円の軌跡を描いた。
 火傷を負ったばかりの箇所に今度は裂傷をつけられ、狼が悲鳴じみた咆哮を上げる――。
 その間にも戦場では動きが生じている。
 後を一目散に追ってきた狼が、咆哮を轟かせた同胞の背後にきていた。死角からリストや藍に迫ろうとしていたが、その姿にいち早く気付いていたヒューイ・焔(ga8434)がこれの懐に入り込み、腹部を一閃する。
 けれどもキメラはそれだけでは足を止めなかった。
 更に言うなら、同胞同士の連携がここで思わぬ形で発動する。
 ヒューイは背後にある――藍たちが相手取っているキメラの背中が低く沈んでいることに気付けなかった。
 一方で、ヒューイに傷をつけられながらも狼はそれに気づいていた。だから力づくでヒューイを弾き飛ばした後、同胞の背を蹴って跳躍する。
「!?」跳躍といっても滞空時間は短く、流石にレオもその間だけで標的をそれに変えることは出来なかった。
 藍とリストの後方、レオの前方――ただでさえ距離のないその中間地点にキメラはすぐさま降り立つ。
 レオが紅炎に持ち替えようとするその間に、キメラはいよいよレオに肉薄しようとしていた。が、
「――仲間をも利用するとは強かですね」
 横からセレスタがコンバットナイフを携えて迫っていた。
 そううまくいかせるつもりはない――そんな意思さえ籠ったように見える一閃が狼の足を薙ぎ、そこでレオに向かっての突進が止まる。
 その頃には藍も態勢を立て直し、レオに向かっていた狼の眼前まで戻ってきていた。再度ラジエルを円状に閃かせた後、オセで更に胴体に一撃を叩きこむ。
 コレット班に手出しをしようとした為遅れをとっていた最後の一匹がその時になって追いつき、まずは同胞にナイフを向けていたセレスタに横から爪を浴びせ、ついでやはり近くにいた藍に攻撃しようとする。
 が、今度は藍同様戻ってきていたリストがこれを遮った。側面から胴を薙いで動きを止めると、相手の反撃がないと見て両断剣まで使用して一気に剣戟を叩きこむ。
 更に――紅炎に持ち換えるのに十分余裕が生まれたレオが、リストの攻撃を受けて踏鞴を踏んでいたキメラに最接近していた。
 紅蓮の炎を纏った一撃が放たれ、もんどり打って倒れるキメラ。
 その身体はびくついている――まだ息がある。
「一匹目ェッ!」そう叫びながらヒューイが跳躍、カミツレを身体の正面で真下に突出し――そのままキメラの身体の上で着地する。
 夥しい量の鮮血が舞い、それきりようやく狼は動かなくなった。
 仲間が葬られても、狼たちは戦うことを止めなかった。最初に藍とリストに動きを止められていた狼がここで少々足を引きずりながらもレオに牙を剥こうとする。
 が、またしても藍がこれを庇うように剣で受けてこれを遮った。庇われたレオが入れ替わるように彼女の前に出て、キメラの爪を払い足を切り裂く。
 一方でセレスタとリストは、火傷痕を残す狼がヒューイの背後に接近していることに気づき援護に向かおうとしていた。

 その時、コレット班のいる方角で激しい爆発が起こった。

 ■

 コレット班それぞれの行動方針は実に噛みあっていた。
 律子がコレットを牽制し、その隙を突いて愛梨やホアキンがコレットの足を削り、それでもなおアメリーにコレットが迫った際にはリオンが庇うように防ぐ。当然リオンにかかる負担は大きいが、少し距離を置いたところにいる真彼がまめに治癒の練力を投じていたおかげで、攻撃を受けた回数の割には傷は深くはなかった。
 ただしそれにはもう一つ理由がある。
(そろそろ危ういか‥‥?)
 アメリーたちの生家や近くの岩陰等に隠れながら弓での射撃を続けていたホアキンは考える。
 接近戦で削りに出ている愛梨と違い、ホアキンはそこからの射撃を続けていた。というのは、コレットが未だ此方の位置を把握しきれていないのか、接近する様子が見えないからである。
 ただ、それがいつまでも続かないのも当然分かっている。
(これが最後――)
 武器を持ち換えることを念頭に入れつつ、最後の一射。
 それはコレットの背後から狙ったものであるにも関わらず、彼女は気配を察知したのか横に動いてかわしきる。
 そして――振り向いた彼女と、目が合った。
 距離はそれなりにあるのだが、ホアキンがそう理解したのは――刹那の間に全身を駆け巡った、悪寒から。
 次の瞬間――彼の目の前にあったレオナール家の中から爆発音が轟き。
 それにホアキンが身構える間もなく壁が崩落し、土煙が上がった。

(さって、どうする?)
 生家を目の前で破壊されたアメリーはどんな反応を見せるだろうか。
 予め仕掛けておいた爆弾をこのタイミングで発動させたのは煩わしかった射撃の元を断つ為だが、そもそもアメリーの反応を楽しもうとしてそれを仕掛けたのだ。
 徹底した足狙いのせいで幾らか疲弊してはいたが、まだその反応を見る余裕くらいはある。
 幾度目かの愛梨の追撃を振り切って、アメリーに接近、その表情を覗き込んだコレットは――ぎょっとした。
(動じてない‥‥?)
 生家を形から失った、という出来事があったにも関わらず、アメリーの強い視線は自分へと向けられていた。無論瞳の色同様、構えるその身体に躊躇いのようなものは見えない。
 何の警戒もなかったならば、恐らくこうはならなかったろう。
 事前に真彼が、生家に何かが仕掛けられていること、それでアメリーの精神を揺さぶろうとすることの可能性を示唆していたことを、コレットは知らなかった。
 思わぬ状況に逆にコレットの方が判断を遅らせることになった。
 思考する間にも接近し続けた末に、もうアメリーの前に立ちはだかるリオンの至近距離にまできている。繰り出したエルボーはリオンが盾でガードしたものの、疾走してきた勢いは相殺しきれずに吹っ飛ばされていく。
 ただそれでコレットの勢いも殺されることになり、アメリーを眼前にして一瞬動きが止まった。更にその瞬間に、コレットは自らの身体が重くなるのを感じ取った。真彼が練成弱体をかけていたのである。
 そして同じように、練成強化をかけられたアメリーに――迷う様子は、なかった。
 すかさず二本のヴァジュラを交互に振るい始める。自棄になったり、自分の身を護る為に必死になっているのではない。
 否、正確にいえば後者はあるにはあるのだろう。ただそれも――『決着をつける為』という目に見える意思の前には霞んでしまう。
 本来の実力差で言えば一対一なら警戒すべくもない相手であるにも関わらず、アメリーの瞳からそういった強気の姿勢を感じ取り戸惑ったコレットはバックステップを繰り返してそれを避けるのに専念せざるを得なかった。
 ――だが、それで一気に形勢をもっていかれるほどコレットの精神も弱くはなかった。
「――調子に乗んないでよッ!」
 剣戟が止んだ一瞬、前のめりになったアメリーに掌底を叩きこむ。
 アメリーは咄嗟にヴァジュラでガードしたようだったが、リオンに比べると大分もろいガードでは成す術もなく体勢を崩して吹っ飛んでいく。
 追撃を図ったコレットの足元を、再度律子の銃弾が穿ち。
 牽制に怯んだその一瞬で、死角から愛梨が迫っている。
「いかせないわ!」これで何度めだろう。また右足を削られた。正直なところを言えば――能力者たちは気づいているか分からないが――既に全速力は出せない状況にまでなっている。
「邪魔だよッ!」だからコレットは、視線はアメリーに向けたまま身体を後ろに捻らせ、左足で愛梨にハイキックを叩きこむ。
 打撃音とAU−KVが地面にぶつかる衝撃音を無視し、コレットはすぐに態勢を立て直した。

(あ‥‥)
 吹っ飛んだ後で受け身を取り、戦場へ戻ろうとしたリオンは自分に続いて空を舞う存在に気がついて唖然とした。
「アメリー‥‥!」
 どうやらダメージは自分よりも大きいらしく、もはや受け身を取ろうとしても間に合わないところまできてしまっている。
 だからリオンは自らの身体をアメリーと地面の間に滑り込ませて、彼女の衝撃を和らげた。
「う、く‥‥」受け止めた瞬間、小さく悲鳴を上げたのはリオンの方だった。
 リオン自身のダメージも決して小さくはない。逐一真彼が練成治療をかけてくれていたとはいえ蓄積したものはあるし、先程の一撃は――コレットに躊躇いのようなものがあったとはいえ――その上積みとしては十分な威力を持っていた。むしろそれぞれ最後に受けた一発ではアメリーの方が被害が大きいだけで、蓄積したものはリオンの方が遥かに溜まっている。
「大丈夫っ?」慌てて身体を起こしたアメリーに、「‥‥大丈夫」それでもリオンは強気に応えた。
 揃って視線を戦場に向ける。コレットは此方に来るつもりなのだろう。愛梨を吹っ飛ばして、睨みつけるように此方を見ている。
 だが――未だ立ち上る土煙の中に動く姿を、リオンが一瞬だけ捉えた。
 そしてそれは次の瞬間、土煙を飛び出してコレットに肉薄していた。
「この‥‥ッ!?」弓から紅炎と雷光鞭に持ち替えたホアキンが、まずは鞭でコレットの右腕を絡め取り、次いで紅炎で右脚を切りつけた。
 鞭で動きを封じたままヒット&アウェイの要領で一方的に攻撃を続けたが、四度目でタイミングを合わされた。痛むであろう右脚を軸に身体を反転させ、ホアキンが至近距離に接近したタイミングで左足を蹴り上げる。体躯の差がある為ハイキックも鳩尾が精一杯の高さではあったが、威力は大きい。身体をぐらつかせたものの鞭は緩めなかったホアキンに対し更にエルボーを叩きこんで、ようやくコレットは縛めから逃れた。
 稼がれた時間の間にアメリーには練成治療が施されている。リオンは自身で蘇生術をかけてはいたが、消耗の色は未だ隠し切れていない。
 それに気づいたのか、コレットは無理やり突破してアメリーに接近することはしなかった。気こそアメリーに向いているのだろうが、視線の先はリオンにあることを彼自身が気づいていた。
 次の一撃が決まれば、いくら盾越しとは言えど大きい――。
 ――筈だった。

(この無意味な戦いが終わった後、この世界を切り開くのはあの子達の様な若い力)
 牽制射撃を続けていた律子だったが、二人が吹っ飛ばされてから戻ってくるのが遅いことにいち早く危機を感じ取っていた。
 限界突破をも駆使し、全力で二人の許へ向かい――、
「なッ!?」自らと二人の間に強引に身体を割り込ませた律子の存在に、流石のコレットも唖然とした表情を浮かべた。
(例えこの身が朽ち果てようと、未来ある若者達の為に道を切り開くのが私達老兵の務め‥‥!)
 拳を突き出したコレットに対し、律子は目にも留らぬ速さでアーミーナイフを振るった。
(この子達の為に命を投げ出せるのなら、それが私の本望よ!)
 ナイフと拳が交錯する。
 ナイフはコレットの左肩に刺さり、コレットの拳は律子の胴体に突き刺さった。律子は血を吐きながらも吹っ飛ばされることなく留まる。唐突に現れたことで、コレットの拳に躊躇を生んだのだろう。
 律子はコレットの肩に刺したナイフを抜き、それを持っていた腕も含めた両手で自身の胴体から戻そうとしているコレットの腕を掴んだ。
「く‥‥」痛みに声を上げながらも、一本背負いの要領で横の地面にたたきつけた後――腕を離さず、そのまま元の戦場へと投げ飛ばす。
 そこで片膝をつきかけた律子に、真彼から練成治療がかかる。
 投げ飛ばしたといってもさほど距離はない。すぐに詰めてくるだろう――律子は自身の感触からそう判断し、前を行ったリオンとアメリーを追うようにすぐさま駆け出す。
 一瞬心配そうに自分に視線を送った二人に対して少し申し訳なく思いつつも、同時に嬉しくも感じた。

 律子の予想通り投げ飛ばされた距離はさほどではないが、何せコレットにとっては投げられること自体が想定外だった。一度目のダメージが大きく、受け身を取ることに失敗して片膝をつく。
 だからそこに愛梨とホアキンが迫っていることに気づくのが遅れた。
「大分疲れてきたみたいね!」立ちあがったコレットは、その愛梨の声に弾かれるように振り向いた。
 だが、遅い。
 愛梨の薙刀は右足を。
 ホアキンの剣は左足を――同時に切りつける。
 ――これまで地道に攻撃してきたものが、遂に実を結んだ瞬間だった。コレットの身体が前のめりになり、「‥‥っ」痛みに顔を歪ませるコレットの姿がそこにはある。
 更にそこに、別の気配が二つ増えた。
 ヒューイと藍だった。――見れば、キメラの討伐は済んだらしく他の面々も此方に向かってきている。
「オラァッ!」ヒューイがカミツレを振るい、藍がラジエルで一閃する。
 既に満足に足が動かなくなっているらしいコレットはそれらを受け、反撃のタイミングを窺う。だが四人――否、それ以上に増えようとしている攻撃の手に対し、いよいよ手段はなくなろうとしていた。
 後退気味になっていたコレットだったが、不意に足元の石によってバランスを崩す。
 その一瞬が命取りとなった。
「‥‥っ」愛梨は薙刀から伝わる気持ちのよくない感触に顔をしかめながらも、振り抜いた。
 コレットの両足、脛から先が、身体と分かたれる。
 ――そして、最後の最後で攻勢に転じたリオンが、ヴァジュラを構え――。
 支えを失って倒れ往くコレットの身体を、深々と袈裟掛けに切り裂いた。

●それでも彼女は――。
 仰向けに倒れたまま動かないコレットの前で、アメリーは立ち止まる。ホアキンと愛梨、リオンがそれぞれ彼女の両脇に立った。アメリーの後ろには律子がおり、少し離れたところには、真彼の姿もあった。
 アメリーの右手には、鞘から抜いたままのヴァジュラがある。
「‥‥‥‥」
 その表情には何の色も浮かんでいない。
 ただ、それは何も感じていないわけではなく――様々な感情が入り混じり過ぎて『在るべき表情』が分からなくなっているだけであることは、誰の目から見ても明らかだった。
(それでも――やりたいようにやらせてやるのが、あの子なりのけじめになるんだろうな)
 離れたところで様子を見守りながら、ヒューイはそんなことを思った。
「‥‥やらないの‥‥?」
 声を上げたのは、倒れたまま力なく――されども不敵な笑みを浮かべたコレットだった。
 このまま放っておいても、失血でコレットの身体は動かなくなるだろう。けれど――。
「‥‥姉さんは甘いね。甘過ぎる‥‥それじゃ、あたしがやらなくてもいつか誰かが‥‥」
 コレットはそこで言葉を切った。
 アメリーの横から、ホアキンと愛梨が彼女の手に自らの手を乗せて。
 それを契機にしたかのようにアメリーもまた、ヴァジュラを高く掲げたからだ。

 銀の刀身が、振り下ろされる。
 真直ぐに、コレットの心臓を目がけて。

 けれど――刀身の先がコレットの身体に触れる、刹那の前。
 アメリーは、重力に逆らった。
 刀身が、剣を振り下ろした彼女の身体が、不自然な位置で静止する。

 その刹那、アメリーは見た。
 コレットの表情に、獣じみた獰猛さが浮かんだのを。
「‥‥やらなくても、今ここで――」
 言葉とともに拳が突きあげられる。
 瀕死状態での最期の一撃と言えども、アメリーの胴体を貫くには十分だったろう。
 ――だが、そうはならなかった。

 言葉を遮ったのは、鋭い衝撃と銃声。
 リオンがヴァジュラで、真彼が懐から出した拳銃で――それぞれコレットの腹と頭を貫いていた。

 最期の言葉を発することなく絶命したコレットを見。
 ――アメリーの眦に、涙が浮かんだ。力なく、その場に座り込む。
 その背中を律子がさすり、アメリーは振り向いて彼女に身体を預けると――嗚咽し始めた。
 こうするしかなかった――。
 それは誰もが分かっている。
 けれど――理屈では片付けられない気持ちが、そこにはある。
 だから。
「悲しむことはないわ、あんたはコレットを解放してあげたんだから。
 ‥‥って言っても、無理でしょうけど」
 愛梨はそう、アメリーに声をかける。
「まだまだ戦争は終わらないし、村の復興もいつになるかはわからないけど――。
 あんたがこの戦乱を生き抜いて‥‥家族を、幸せだった村での生活を忘れずにいれば、いつか必ず‥‥ね」
 泣いてはいるものの、声は聞こえているらしい。律子の胸の中で、アメリーは何度も肯いた。
「泣くのは今日だけにして、また明日から戦うわよ。
 ――こんなことが二度と起こらない世の中になるように」
「‥‥うん」
 ようやくアメリーは、そうはっきりと応えた。

 辛うじて残っていた二階部分も消し飛び、ただの残骸と化したレオナール家。
 暫くして泣きやんだアメリーはその家の前にコレットの遺体を埋め、瞑目した。

――ばいばい、コレット。