●リプレイ本文
●いつもより多く舞っております(花びらが)
今回の現場である公園の歩道。その両脇の側道には、いたるところに薄桃色の笠が広がっていた。
その笠からは、少量ながら途切れることなく花びらの雨が舞い落ちている。時折少し強い風が吹くと、その雨量は比例するように増した。
一見して壮観である光景は、しかし全てが本来の公園のものというわけではない。
「楽しい花見に乗じて人を襲うなど、許せる事では無いのです」
現場から少し離れた歩道で仲間と共に待機し、桜舞う光景を見つめていたナオ・タカナシ(
ga6440)がぽつりと呟く。
オペレーターが言っていた通りパッと見ではまるで区別がつけられそうになかったが、この中には確実に何体かのキメラが紛れ込んでいる。
「桜に擬態でじーっとしてるって‥‥我慢強いネ」
僕なら無理、とラウル・カミーユ(
ga7242)は肩を竦めた。
「せっかくの桜の季節なのに、こんなキメラが徘徊してたらおちおちお花見もできません」
九条院つばめ(
ga6530)が呟いたところへ、
「コピーとってきましたー!」
それまで一人その場にいなかったメアリー・エッセンバル(
ga0194)が仲間たちの元へと駆けてきた。
彼女が抱えている書類――縦覧設計図のコピーには、この側道にある桜の木の植樹本数や植樹間隔などのデータが書かれている。UPCから依頼を受けたという事情をメアリーから聞いた公園の管理団体は、快くコピーを取らせてくれた。
縦覧設計図によると、植樹されている木の本数は四十二本。側道にそれぞれ二列――つまり合計四列になっており、列内ではほぼ十メートル間隔に植樹されているようだ。列と列の幅もそれと大差ない。
列ごとの間隔基準となる各列末端の木は整然と並んでいるわけではないが、これだけ分かれば間隔を測るのには十分だろう。そしてその間隔の情報からキメラだと思しき擬態木を見つけ出すことも、大分容易いものになる。
全員でそのコピーを眺め、情報を頭に叩き込む。加えて、
「今日は北西の風だそうだよ」
阿木 慧斗(
ga7542)が事前にチェックしておいた風向や強さの情報も取り込んだ。
やがて記憶を終えた能力者たちは、顔を上げて並木道を見る。
「花が咲き誇る、一番素敵な時期にその植物に擬態するとは‥‥良い度胸ねぇ? その根性、叩き直してあげるわっ!」
メアリーは握り拳を作って叫び、
「パッと片付けて花見と洒落込むか!」
「おう!」
寿 源次(
ga3427)と蓮沼千影(
ga4090)は今すぐにでも肩をがっちりと組み合いそうな意気をもって肯き合う。
彼らだけではない。そこにいる能力者たち全員の目に、いつもとは違う輝きがあった。
花見がしたいっ! ドンチャン騒ぎたいっ!
そんなご褒美のためにも、キメラには退去してもらわなければならない。
●索敵
各自、まずは一人ずつバラバラになって動き出す。
ラウルは超がつくほどのスローペースで側道を歩きながら、花弁の散り方などからキメラ候補を見定めようとする。
視覚を注意深く働かせる一方その手は煙草を取り出そうとして、しかし止めるといった作業を何度か繰り返した。公園内は携帯灰皿を持っていない場合指定区域以外は禁煙らしい。
「あ、目白‥‥鶯? ───じゃ無く、偽桜じゃ偽桜」
双眼鏡を使って木の上部を観察していた鬼界 燿燎(
ga4899)は、危うくバードウォッチングになりかけた自分に気付き頭を振って気を取り直す。見つめる木の外観はやはりどれもが同じに見える――が、双眼鏡越しの視界に入っていた一本の木の枝が、強い風が吹いたわけでもないのに僅かに動いた気がする。それを記憶の隅にとどめ、燿燎はまた歩き出した。
殆どの者が枝振りや不自然な動きなどによって目星をつけ、またメアリーのように剪定跡の有無によって疑った者もいた。
もとの場所で合流後、再度縦覧設計図のコピーを広げ情報を照らし合わせる。
――キメラだと疑われた木の数は、両の側道それぞれ六本ずつ、計十二本。
能力者たちは覚醒を済ませると、討伐行動を開始した。
●桃色舞う中で
「鋭き一撃、頼りにしてるよ」
源次が前を歩くつばめに話しかけると、彼女は自らの肩越しに源次の方を振り返り肯く。二人ともに花粉症用の防護マスクをつけているために彼女の表情は窺い知れなかったが、目を細めている辺り微笑んだようにも見える。
ナオと慧斗以外の他の能力者もマスクをつけており、それに加えてメアリーはゴーグルを、ラウルや千影は酸素缶を使って酸素を詰めたビニール袋を携帯している。
「あ、あれですね」
メアリーが一本の木を指差す。
縦覧設計図の間隔に違うように立つ桜――のような巨木。その根元に転がっている石ころは、千影がつけた目印だ。
そして彼らは直後、その予測が間違いでなかったことを確信する。
八人一隊となって接近すると、突如件の木の根元だった部分がニョキ、と地を這う多足動物のように起き上がり、鈍い動きながら能力者たちに接近してきたのだ。
しかも接近の際に花粉があたりに舞い散る。
対策を施していなかった二人だけでなく、他の能力者も花粉の攻撃を受ける。中にはむせただけで済んだ者もいたが、殆どが身体を硬直させた。
一方無事だった三人――つばめとの連携を取るため予め距離を置いていたメアリーと、とっさにビニール袋を被った千影とラウルはキメラに向かって攻撃を開始する。
作戦上の相方ともいえるつばめを一時的に欠くことになったメアリーだったが、それでも作戦通り彼女の対角線上に移動し、
「こっちよ!」
解けた髪をうねらせながら、素早く一撃を叩き込む!
一人花粉の範囲外にいた彼女からの攻撃を受け、キメラの注意が彼女へと逸れる。そこへ、
「よそ見してると危ないぜっ!」
髪が紫色に染まった千影が蛍火による斬撃を叩き込み、更にそこを狙ってラウル――こちらは髪と瞳がダークグレーになっている――がアサルトライフルの引き金を引く。
続けざまに攻撃を受け大きく身体を揺らがせたキメラは、一度逸れた注意を再び大勢の能力者たちがいる方に向けようとする。
しかし――防ぎきることが出来なかったとはいえ、花粉対策を取った効果はあった。殆どの者がその頃には立ち直っており、キメラに枝による攻撃をさせる隙を与えずに次々と攻撃を叩き込む。
結果キメラはそれ以後何も出来ずに間もなく切り刻まれ、力尽きた。
横倒しになったキメラの死骸を見つめながら、燿燎が息をつく。
「まず一匹、じゃな」
「まだまだいるよ。気を引き締めていこう」
ダークレッドに光る翼を生やした慧斗の言葉に誰もが肯き――そして今度は、二班に分かれた。
■
「来るぜっ、伏せろ!」
千影が声を張り上げ、それに応じた班の面々――ナオ、燿燎、慧斗は指示に従い身を伏せる。
大木に擬態していただけあって枝はそれなりに長く、キメラと距離を置いていたナオや慧斗までは届かなかったものの燿燎の頭上を通過していく。
その攻撃モーションが終わる前に、
「近寄る枝は全部切るっ!!」
千影が言葉通りに襲い掛かった枝を幹の近くで分断する!
直後に反撃の花粉が撒かれる――が、他の三人から見てキメラの向こう側にいた慧斗にだけは効果が及ばない。
「花粉の間隔が分かった‥‥今ならいける」
慧斗は動けなくなった燿燎を退避させた千影、そして被害をあまり受けずに済んだナオに自らが気付いた花粉の特徴を伝える。
ナオは更に距離を取る――花粉の射程外に出ると、洋弓『アルファル』を構えた。
「花見の邪魔をさせるわけにはいかないのです」
キメラが千影や燿燎の動きに気をとられたその一瞬に、彼の放った弓はキメラの幹――胴体に深々と突き刺さった。
■
一匹ずつしか現れなかった千影たちB班とは逆に――。
「次から次へと!」
「それでも叩くだけです!」
源次の言葉に応じるようにメアリーが叫ぶ。
A班は相手をしていたキメラを倒しきるまでに次のキメラが増援として現れ、落ち着く暇すらなかった。B班にもいえることだが、手数が減ったせいで最初の一匹ほど手際よく倒すことが出来なかったのである。
「これでっ!」
キメラの注意が対角線上にいるメアリーに向いているのを見計らい、つばめは死角となった角度からイグニートを突き刺す。突き刺した傷口から火の粉が舞い、キメラの身体を焼いていく。近くの本物の桜に被害が及ぶリスクもあったが、火の力を帯びた武器による彼女の攻撃はキメラに対して極めて効果的だった。
「我慢強いのは認めるケド、人を襲うのはダメ」
気配を消してほかのメンバーから離れた位置にいたラウルはそう呟くと、構えていたライフルの引き金を引く。
狙い済ました一射はキメラの胴体の中心を貫通し、キメラの巨体がその場に横に倒れる。
大地に生じたちょっとした震動にもひるむことなく、一匹ずつに確実に能力者たちは攻撃を叩き込んでいく。複数になり効果範囲が更に増した花粉、死角を突かれ易くなった枝による攻撃を防ぐことは難しくなったが、メアリーやつばめが深い傷を負うと即座に源次が癒しの練力を飛ばして付け入る隙を与えない。
そして――
「ラスト一匹っ!」
メアリーは叫びながらファングを装備した拳を打ち放つ。
胴体を真っ二つに叩き折られたキメラの巨体は、既に死に逝った同胞の身体に折り重なるように倒れていった。
●宴じゃ宴じゃー
索敵段階で発見していた全てのキメラの討伐は完了し、またそれからも暫く集団となって歩いてみたがキメラが現れることはなかった。八人の能力者の観察により、擬態は全て見破られていたのである。
合流し戦闘が終わったことを確認すると、能力者たちはメアリーの指示のもと、戦闘の最中に傷つけてしまった本物の桜のケアを始めた。
木工用ボンドで、桜についた傷を塞ぐ。こうすることで傷から余計な水分が入って木が腐ることを防げるのだという。
「こんな感じかい?」
「こっちも出来た。‥‥これで大丈夫かな?」
「うん、いい感じですね」
源次や慧斗が問いかけると、それぞれがケアした桜をチェックしたメアリーはOKサインを出す。
二人と同じように燿燎もメアリーのサインを確認すると、燿燎はゆっくりと手当てを施した桜の幹を撫でた。
「これからも綺麗な花を咲かせて下されよ」
■
一通り作業を終え、待ちに待ったお楽しみの時間がやってきた。
千影と慧斗によって設置されたテントの中から、着物に着替えたメアリーが出てくる。彼女の着付けを手伝ったつばめも、それからすぐに着物姿で外へと姿を現した。
「に、似合いますか?」
桜をモチーフにした簪で金髪をまとめ、少しばかり緊張した様子でメアリーは仲間たちに問いかける。
彼女の姿を見た源次は一度目を瞬かせてから、
「うん、とてもよく似合っているよ」
気を取り直し笑って肯く。最初驚いた素振りを見せたのは、桜の妖精が現れたと思ったからだとは口にはしないでおいた。
それからは各々持ち寄った食物、飲み物を消費しての大宴会となった。
「おぅ、源次〜。楽しぃなぁ〜」
浴びるように酒を飲んですっかり酔っ払いと化した千影は、上機嫌に源次の肩をばしばしと叩く。ちなみに千影の頭には既にネクタイが装備されている。さすが企業戦士。
演技のつもりか、最初はそんな絡みに対して少し鬱陶しげな態度を取って見せた源次だったが、
「一献だけ、一献だけ!」
そう言いながら燿燎やラウルが次々と自分の杯に日本酒を注いできたとなると、ノらざるを得なくなる。千影に倣い頭にネクタイを巻くと、特に頭ネクタイという日本文化(?)を見たいと思っていたラウルは大喜びした。
「やは〜、良い飲みっ振りじゃ! 惚れ惚れしますのぅ! ささ、もう一献!!」
燿燎は更に源次の杯に日本酒を注ぐ。
しかしその杯には既に、舞い落ちた桜の花びらが溜まっている。実は源次がそうなるよう計算していただけなのだが、
「こ、これぞ大吟醸・華嵐!」
そう驚きに目を見張ったのが演技なのか、それとも酔っ払って出た言葉なのか――それは誰にも分からなかった。
酔っ払いと酔っ払わせ軍団はさておき、残りのメンバーもそれぞれに花見を楽しんでいた。
「のんびり花を愛でて仲間と一緒にお茶を飲む、まさに至福のひと時ですね」
「うん、やっぱり桜は‥‥いいな」
ナオは持参した緑茶を味わいながら、言葉通り薄桃色の笠を見上げる。慧斗もそれに続いた。
宴会場には、燻製の香りが広がっている。メアリーが着物に着替える前にキメラの一部をチップにし、それを利用して生魚やチーズを燻製にしていたのだ。それ以外にもつばめの弁当、燿燎のおでん、ラウルのブイヤベースなど――支給された品ではない、個人の手によって調理された味も多く、誰もが飽きることなく料理に舌鼓を打つ。
宴も半ばを過ぎた頃、慧斗はおもむろに立ち上がり――まだ声変わりを迎えていない、少年の高く澄んだ声を響かせて謳い始めた。
(「今年の春も、沢山の人がこの風景を見て元気を貰うんだろうね」)
そんなことを考えながら。
宴の喧騒と歌声が混在する桜並木道に吹く風は、それまで並木道に在った脅威など嘘だったかのように穏やかなものだった。