タイトル:幻想包む白き家マスター:津山 佑弥
シナリオ形態: イベント |
難易度: 易しい |
参加人数: 30 人 |
サポート人数: 0 人 |
リプレイ完成日時: 2011/01/11 05:16 |
●オープニング本文
『クリスマスパーティ向け施設無料貸出のお知らせ』
そう書かれたチラシがUPC本部に張り出されているのを、アフリカから戻ったばかりの朝澄・アスナは見つけた。欧州軍に一時転属されたとはいえ、此方に仕事も残している。ついでにいえば次の出番は年明けであるらしく、今は落ちついていると言えば落ちついている。とは言っても丁度大規模作戦が展開されていることもあり、どうにも今年は実家に戻る予定は立てられそうにもないのだが。
で、まぁ、張り紙。
企画の主催は日本、岩手にあるホテル。ただ今回の対象である施設はそれ自体ではなく、やはり岩手は八幡平のふもとにある別館だという。別館なんてあったのね、と、幼い頃に家族でホテルそのものに行ったことがあるアスナは小声で呟いた。
恐らくこんな広告が張り出されているのは、世界中探してもここだけだろう。
傭兵向け――そういう手合いの業者の広告は、決して少なくない。
「‥‥まぁ、まだ張り出されてるってことは、空いてるってことよね」
実家には戻れそうにないけれど――それだとクリスマスというものが凄く勿体無く思えてしまう。そういう性分なのである。
気付いたときにはアスナの足は、施設の問い合わせをすべく本部の職員の下へ向かっていた。
■
「というわけで、施設丸ごと貸しきっちゃったわ」
ちゃった、も何も、最初からあちらとしては傭兵に使ってもらうための企画だろうから問題はないのだけれど。
それはさておき、
「予定では到着するのは、クリスマス・イヴの昼過ぎ。
パーティとかをやるなら、準備はその後になるわ」
そんなことを言いながら、アスナは問い合わせの末入手した別館のパンフレットを集まった能力者たちに配っていく。
三階建の別館の外観は白い壁だが、内装――廊下やパーティルームの壁などは煉瓦で造られたそのままの雰囲気が保たれている。各階のパーティルームにはやはり煉瓦造りの暖炉があるなど、古きよき洋館の体裁が整えられていた。
それなりの大人数が押しかけても困らない程度に数がある寝室一つ一つは流石に普通のホテルにある洋室だが、まぁそこは維持費の問題などがあるのだろうからしょうがない。
パンフレットにはその他存在する施設についても明記されていた。
中庭のモミの木は行く頃には電飾が飾られていることだろうし、歩いて数分のところにあるチャペルも一応施設の一部であるらしい。八幡平にあるスキー場では季節柄のライトアップがされているらしく、屋上のテラスからはそれを眺めることも出来そうだ。
ついでに。
「あ、今回のコレ、宿泊つきだからね?」
さらりとアスナは言う。まぁ、どの道夜になってしまえば公共の交通手段もないのだ。
それにクリスマスという時節柄、真夜中のイベントだってある。
というわけで――。
「部屋に余裕はあると思うから、一緒にクリスマスを過ごしたい、と思う人をお誘い合わせの上どうぞ、ってね」
そう言って、アスナは説明を締めた。
●リプレイ本文
「‥‥よく来たな。ここが旅館だ。
カップル達が仲睦まじくイブを過ごす場所らしい。
サンタの格好をした寂しいガスマスクが見つかるかもしれないぜ」
サンタコスの焔はいち早く別館の扉の前に立つと唐突に振り返り、どこかの誰かさんの兵舎前での台詞を真似する。
「‥‥俺みたいにな」
「‥‥」
その誰かさん――雄人は深い深い溜息を吐きつつその横を素通りする。
溜息の原因は一つだけではない。
「楽しい旅行にしようね♪ えへ☆」
とか言いながら自分の腕を取ってべったりしている美鈴の存在がもう一つの原因である。
勿論今回ここに誘ってきたのも彼女なのだけれども、拒否すると何だか酷い目に遭う気がしてならなかったのだ。
とはいっても、流石に雄人の表情に気付かない美鈴でもない。
「どうしたの? なんでそんなに浮かない顔してるの? まさか別の女のこと考えて‥‥」
覚醒しながら首を傾げ、問う。
「ないよね?☆」
背筋に冷たいものが走るのを自覚しながら、雄人は「んなことない」と懸命に首を横に振った。
二人が通り過ぎた後、
「この袋はね? カップル達の幸せな雰囲気を入れるの。そして邪悪な憎しみに変えてみんなに振りまくの‥‥‥‥うふ‥‥うふふ」
尚も入口の前に立ったままの焔が、何も入っていない袋をかざしながら何やら病んだ発言をしていると――そこに、信人とアスナが現れる。
「よう焔。メリークリスマスか。
去年は如何していたんだっけか‥‥」
ふと視線を遠くに投げる信人。
――脳裏に蘇ったのは、パーティの片付けをしている自分と焔。
気付いた時には反射的に焔を殴っていた程、彼的には微妙な思い出らしい。
「で、今年もお前がいる聖夜とはな。ガスマスク、だが、俺には既にアドバンテージがあるもんね」
信人は傍らに立つアスナを抱き寄せた。それから「そうだ」不意に思い立って焔に問う。
「サンタならプレゼントの一つや二つあるだろう。遠慮せずに寄越せ」
「あ? 何? プレゼント? ねぇし」しかし焔から返ってきた返事はそんなものだった。
「サンタが全員プレゼントくれると思うなヨ!
手前ぇはアッスナすわぁんとイチャイチャしてりゃ良いじゃん?
もう! よっちーなんて知らないモン!」
言うだけ言って、女の子走りで駆け去っていく焔。
「‥‥いつものことだけど、二人が絡むと慌ただしいわね」
茫然と焔の背を見送るアスナに対し、「そう言うな」信人は苦笑する。
それから、
「――慌ただしいと言えば」
「え?」アスナが気付いた時には、既に信人は彼女の頭を両の拳で抑え込んでいた。
「全く、先日の任務では肝が冷えたぞ。心配かけるのはお互いさまもしれんがな」
「いた、いたたたっ、ごめんなさいっ」拳でこめかみをぐりぐりやられ、悲鳴を上げるとともに謝るアスナ。
「――ま、それももういい。今日はゆっくりしようか」
気づけば他の能力者たちは既に殆どが別館の中へ入ってしまっている。
拳を離した信人の言葉に、そうね、とアスナも小さく肯いて返した。
合流を済ませ、次々と中に入っていく能力者たち。
「山奥のホテルでクリスマスなんて、楽しそうだよねー。楽しみだよ♪」
クリスマスは実家で――などということはメトロポリタンXが陥落して以来ない。
そんな思いはさておき、心から楽しみにしているのは確か。だからクリアの足取りは軽やかだ。
加えて久しぶりのデートなのもあって、おめかしも。帽子やジャケット、ウッドバレッタ――全部、恋人である有希からのプレゼントである。その有希もまた、クリアが贈った手袋を手に嵌めていた。
「‥‥あの、今日は部屋もご一緒しませんか!?」
楽しそうな彼女に対して、意を決したように有希は尋ねる。
前も同じ部屋に泊まることになったことがあるのはあるのだけれど、あの時は不意打ち過ぎた。
今日こそはそういうのは抜きでありたい――有希のそんな意図を汲み取ってか、最初は驚いていたクリアも肯いた。
「し・ら・ふ・じ・さーん!! 会いたかったーっ」
Letiaはそう嬉しそうに叫んで、Cerberusの隣にいた白藤に思い切り抱きついた。
「妹と恋人と両手に華で旅行する日が来るとは思わなかったな」
Cerberusはその様子を見て笑みを浮かべる。少々意外ではあったけれど、寧ろそんな心の余裕が生まれたことが嬉しかった。
抱きつかれた白藤はというと、解放されるとLetiaの服の裾を少しだけつまみ、彼女の顔を見上げた。
「レティって‥‥白藤も呼んで‥‥えぇ、やろか?」
「もちろんっ」おずおずと尋ねた白藤に対し、Letiaの答えは即答だった。
それを聞いて安心した白藤はほう、と息を吐き出すと、笑みを浮かべた。
「いつもけーちゃんから話し聞いてて、喋ってみたかってん‥‥」
「私もだよーっ」
どうやらLetiaのこのテンションの高さは、初めて白藤に会うことが出来た嬉しさも起因しているようだった。
テンションは兎も角、Cerberusから話を聞いてLetiaに好感を持っていた白藤が彼女に対して抱く嬉しさも同じである。
そうして三人横に並んで、館に入っていく――更にその後方に、新たな能力者の姿が、二つ。
「この間頂いたものですけど‥‥どう、でしょうか? 変じゃないですよね?」
「やっぱり似合ってる。可愛いよ」
服装に関する千早の問いに、アリステアは笑顔で答える。
カーディガンにファーブーツ、ファーベレーと黒髪を留めるバレッタ――今の千早を彩るそれらのアイテムは、全てアリステアから贈られたものだった。
別館の中に足を踏み入れた後、アリステアは館の内装に視線を投げる。
「パンフレットから想像してたのよりいい感じだね」
そう言いながら、実家のあるウェールズの建物を彷彿とさせる内装に懐かしさを覚えて目を細めた。
●音が彩る一時を
「ユイリ、見てみろよ!」
中庭に出たヤナギは、そこに聳える影の正体に気付き、ユイリに上を見上げるように促した。言われたとおりに視線を上げたユイリも「わぁ‥‥」感嘆の声を上げる。
「大きいですね」
「正に天然のクリスマスツリーってやつだな」
そうヤナギが評したモミの巨木は、ツリー用の飾りもつけられて更に季節感を高めていた。
まだ陽が落ちる――灯りがともるまでには少し時間があったけれど、その光が輝いた時こそ最もツリーとしての姿を魅せるのだろう。
「ヤナギさん写真撮りましょ!」
ユイリが嬉しそうにそう提案し――ヤナギが買っておいたカメラを使い、互いの写真を撮り合い始める。
最後はヤナギがカメラを持ち、ツリーを背に二人横に並んだ。
「ほら、ユイリ。とびっきりの笑顔で撮るゼ? いいか?」
そしてヤナギは、自分撮りの要領でシャッターを切る――。
ちなみに、ツリーを見に来ているのは彼らだけではない。
「ツリーが見たいなんて、割とロマンチストなんですか?」
ジョシュアは傍らでモミの木を見上げる小鳥に尋ねた。返る言葉はなく、小鳥はただただツリーに見入っている。
彼にしてみればそもそもクリスマス自体に大した興味も持っておらず、騒がしいのも苦手なのであまり乗り気ではないのだけれど――小鳥に誘われたのなら仕方ない。
ついでにいえば、インドア派の彼にとっては今、イベントがどうこうよりも寒さの方が問題だったりする。
「さぶ」自らの腕を抱き、小刻みに震えていると――。
「大丈夫ですか?」
小鳥がそう尋ねながら、自身が携帯してきたマフラーを差し出してきた。
彼女が満足いくまで暫くツリーを眺めた後――二人はどちらからともなく、手荷物から包みを取り出した。
互いの為に用意したプレゼントである。
まず小鳥からジョシュアに贈ったのは、ネックベルトチョーカー。要するに、首輪。
以前「首輪でもつけたら」という話があったから、ということで、色々悩んだ末に出した答えらしい。
その話にジョシュア自身覚えがないわけではない。けれども。
「‥‥まさか本当に首輪を贈ってくるとは」
恐ろしい子――ちょっとした戦慄さえ覚えた。
「ま、精々僕がふらりと居なくならないよう、手綱を握って居た方がいいですよ」
そんな言葉で瞬時に感情を隠しつつジョシュアが小鳥に送ったのは、象の置物。
小鳥は微笑み、贈物を大事そうに抱いた。
出会ってからの思い出、だけではない。その像にはジョシュアに関わった人との記憶、そもそも小鳥に出会う前の思い出が無数に込められている筈だ。
それを自分に渡してくれたのが、小鳥にとっては何より嬉しいのである。
ジョシュアにとってみても、小鳥は渡すに相応しい人だった。
ずっと自分を思い続けついてきてくれたことへの感謝もあるし、自分も自分で彼女のことは大事に思っている。
言葉にすることがないのは、いちゃつくのが苦手な性分であることと、ドライな関係を望むから、というだけで。
――それに、嘘吐きな自分はどんなに綺麗な言葉を並べるよりも、気持ちで示した方がきっといい。
だから精々嘘吐きらしく、ポーカーフェイスを貫くのが自分というものでもあるのだろう。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
寒さも手を繋げれば少しは和らぐだろうか――そんなことを考えながら、ジョシュアは手を差し出す。
「はい」
小鳥もすぐに、その手を取った。
互いの体温が、手を通して伝わる。
その温度を感じながら――小鳥は思う。
付き合い始めてから日も浅く、喧嘩も絶えないけれど。
(――こうして傍にいることが、やっぱり一番幸せですね)
いつまで一緒にいられるかは分からない。だからこそ――。
「これからも、よろしくおねがいしますね♪」
小鳥は、そんな言葉をジョシュアに投げたのだった。
リックとロシャーデもまた、同じように中庭でツリーを見ていた。
二人で見るツリーも良いものだし、イルミネーションが点いたらもっと壮観なのだろう――。
そんな感想を吐き出した後、パーティルームへ向かうことにした。
今はそこで、能力者たちがパーティを行っているのだ。
――近づくにつれ、どうやら目的の場所から鳴っているらしい音楽が大きくなる。
部屋へ入ると、そこにはパーティを楽しむ数組の能力者と、それを前に音を奏でる者たちがいた。
望がギター。アンジェリナがフルート。
一夏がバイオリンで、菫がピアノ。
そして彼女たちの中央でシフォンがボーカルをとっている。
セッション形式で演奏しているらしく、今はしっとりとした雰囲気が漂う曲を演奏していた。
緩やかなテンポが心地良く響く部屋の中、ロシャーデとリックもまた設けられたテーブルの一つに落ち着く。
「料理、取ってこよう。飲み物はノンアルコールだったな?」
「ええ、お酒は飲めないもの」
確認を取って、ルーム端のバイキングへ向かうリック。一方でロシャーデは少し離れたところにある冷蔵庫に気付いた。リックの好きそうなウィスキーをその中で見つけ、彼の為にと一本頂戴する。
二人分の料理とロシャーデのジュースを持って戻ってきたリックのグラスに、先に戻ってきていたロシャーデはウィスキーを注いだ。
そして、静かにグラスを合わせる。
丁度望たちのセッションは曲調が少し明るく、テンポもやや上がったところだった。
「え、ちょっと、聞いてないんだけど‥‥!?」
ボーカルを取っていたシフォンがやや困惑した声を最初に上げたものの、その後はすぐにペースに追いついて澄んだ声を響かせ始める。
「人が多いのは苦手だが、楽しい雰囲気は好きだ」そんなセッションの様子を横目に、リックは言う。
言葉の裏には、ちょっとした照れに似た感情もあった。
何せこういう間柄には、まだ慣れていない。いつも通りに振るまえているか疑問な部分も正直あった。
それを知ってか知らずか、ロシャーデは肯きつつ僅かに笑みを浮かべた。
そしてリックの手元にある皿に視線を下ろし、「どんな料理が好きなの?」問う。
今度は自分で作れるように――そんな思惑を見せられて、リックは表情に出さぬまままた少し混乱したのだった。
ちなみに演奏がしっとりとした曲から始まったのは菫のデバガメ精神も含め、諸々理由がある。
先程のように急に曲が変わったりすることもあるにはあるものの、演奏する曲は予め決めていた。
「随分久しぶりに引っ張り出して来たが‥‥腕は保障しないぞ」
アンジェリナは演奏前にそんなことを言っていたけれど、実は事前に譜面を入手してこっそり練習を重ねていたお陰でそつなく演奏出来ている。
とは言え――周囲の桃色な雰囲気を気に食わなく思っていた菫がそんな感情から暴走を始めると同時、曲のテンポも右肩上がりになり。
一夏や望などはその急激なテンポの変化にあたふたしながら何とかついていくのだった。
それでも一通り演奏し終え、最後の残響音も消えるとその場にいた能力者たちから拍手が起こった。
「上手でしたよ‥‥」
演奏を終えた菫の許に無月と由梨がやってきて、無月は微笑みながら菫の頭を撫でる。
二人もやはり音楽を耳にしながら同じ時を過ごしていた。
由梨にしてみれば妹が演奏に加わっているのも、ここにいる理由に含まれているけれども。
それまで演奏を続けていた面々も、ここにきてパーティを一層満喫し始める。
「ふはいはー、ほへ(うまいなー、これ)」
ハムスターよろしく口にものを詰め込んで言う菫。
「‥‥このレバニラおいしいわよ‥‥。菫も食べる‥‥?」
シフォンはそう言いながら菫の前にレバニラの載った皿を置く。
そんな彼女自身の目の前には、さまざまな料理の載った無数の皿。
「そんなに食べて大丈夫ですか?」
「‥‥大丈夫。私食べても太らない方だから‥‥」
一夏の問いにシフォンは何気なくそんな言葉を返す。女子としては大変羨ましいその体質故、食後のスイーツも大量だった。
その横では紅茶を淹れようとした望に
「カップは予め温めておけ、それから茶葉はカップ+一杯分入れるんだ」
アンジェリナはそんな指導を入れていた。LHの紅茶姫の通称は伊達じゃない。
そうして料理や飲み物に舌鼓を打っていると、それまで壁の花になっていた砕斗が不意に歩み寄り、座っている望の肩をぽん、と叩いた。
反応した望も立ち上がり、二人でパーティルームを出て行く。
菫も立ち上がりかけたけれど、一夏が笑顔のまま彼女を席に座らせる。行動の意味が何となくお見合いの『後は若い二人で』に近かった。
一方でシフォンは少し羨ましそうな目で、同じく二人の背を見送っていた。
「今度は、あの人と一緒に来れたら良いですね」
そんなシフォンに微笑みかけたのも、やはり一夏だ。意中の相手に一生懸命にアプローチをかけたりしているのを彼女も勿論知っている。
図星を指されて恥ずかしかったのか、少し頬を染めたシフォンを、一夏はとても可愛いと思った。
一方で、部屋を抜け出した砕斗と望は屋上のテラスへと来ていた。
砕斗は寒くないようにと自分のコートを望に着せ、望はそれでも甘えるべく砕斗の腕にぎゅ、としがみつく。
「皆と楽しくて砕斗くんと幸せでホワイトクリスマス、完璧だね」
そう笑顔で言う望に苦笑しながら、砕斗は空いている腕でポケットを探る。
そして箱を取り出して、望に差し出した。
受け取った望が視線を下に向けたので、すかさず小さく彼女の名を呼ぶ。
再び望が顔を上げた瞬間を見計らって。
砕斗は彼女の唇にそっと口付けた。
――少しして顔を離し、視線を虚空に彷徨わせながら砕斗は照れくさそうに口を開いた。
「あー、すまん。今年もこれで勘弁してくれると助かる‥‥来年も宜しく、な」
そんな砕斗に対して、望は嬉しそうな笑顔で「うん」肯くのだった。
それからも二人、雪が降り始めるまでテラスに残り――。
少しずつ窓の外に、夜が近づきつつある中。
パーティを楽しみ続ける者、思い思いの場所へ移動する者――能力者たちはそれぞれの時間を、刻み続ける。
●白光
有希とクリアは中庭を白く染める残雪を使い、雪だるまを作っていた。
「ロシアとか、雪のある地方にも行った事はあるけど、依頼で戦いに行くばっかりで、雪で遊んだ事なんてなかったもの」
クリアは言う。
それは有希も同様だ。依頼以外で雪に触れ合う機会はあまりない。
ただ、クリアは出身が出身なだけに雪そのものが珍しくて仕方がない。大はしゃぎなのが有希の目から見ても分かった。
二人で一つずつ――クリアは有希が作っているのを見よう見まねで――雪玉を作り、やや大きめに出来た有希の雪玉の上にクリアのそれを載せる。ついでに有希が、中庭に来る前に行っていたパーティ用調理で出た蜜柑の皮を埋め込んでだるまに目をつけた。
「雪だるまはいずれ溶けちゃうけど、ボクたちはずっと手をつないでいられると良いよね」
そうですね、と返す有希の顔を見て、クリアは思う。
――うん、来年もこうして雪だるまを作ろう。
■
食事中に先日一緒だった依頼の話などをした後、リオンとアメリーはやはり中庭に来ていた。
「これ、使う‥‥?」
「あ、ありがと」
空気が思ったより冷えていたのでリオンがマフラーを差し出すと、アメリーは笑顔で礼を述べてそれを首に巻く。
その間にリオンは次なる行動に移っていた。
荷物の中から、紙包みを取り出して――メリークリスマス、告げながら、それをアメリーに手渡す。
「わ」紙越しの感触で、中身が何であるかを察したらしいアメリーは「‥‥ありがとう」今度ははにかんで、再び礼を言う。
その顔を見ながら――というか正直、今日は最初からだけれど――リオンはある種の緊張を味わっていた。
コレットの件が片付いたら、伝えたいことがある。
そう約束をしてから少し時間が経ってしまったし、先日はタイミングを逸した為に切り出せなかったけれど――。
最初にここに来る誘いをかけた時に、
「‥‥聞けるのかな」
と彼女が呟いたのが確かに聞こえたのだ。彼女は間違いなく、約束のことを覚えている。
だから――リオンは。
「約束、だったからね‥‥」
意を決し――内に秘めた思いを、紐解く。
「‥‥最初は、君の悲しい顔しか見れなくて‥‥僕も、なんだか、悲しくて」
同じ境遇――最初に彼女と自分を結んだ接点が、そこにあったからなのだろう。
親近感と同情が入り混じったからこその気持ちだったのが、今なら分かる。
「でも――だんだん、君のいろいろな顔、見れるようになって‥‥それが、うれしかった。
なにより‥‥アメリーは、笑ってる顔が一番、似合うと思うから‥‥」
出会ってから見てきたアメリーの様々な表情が脳裏に過ぎる。
印象が強いのは、妹と戦うことを決心した時の緊張の張り詰めた表情と――笑顔。
その笑顔を、ずっと見ていたい。
だからこそ、彼女が戦うと決めた時、盾になりたいと真っ先に思ったのだ。
その思いは、彼女にとっての戦いが一つ終わった今でも変わらない。
否、寧ろ――自分の気持ちに気付いた分だけ、強くなっていた。
「アメリー‥‥僕は、君のことが、好き。一番近くで、君のことを守る、盾になりたい。
君の泣き顔は、もう見たくないから‥‥。
――‥‥ダメ、かな?」
「――そんなこと、あるわけないよ」
リオンの言葉を聞いたアメリーは驚きの表情を見せた後、そう答えた。
そして彼女の眦に、水滴が浮かぶ。
でもそれは見てもいいものなのだ、というのは、彼女が口元に浮かべた笑みが証明していた。
「わたしも、好きだよ。
――他の皆が違うってわけじゃないけど‥‥わたしが一人じゃないってことを一番ちゃんと教えてくれた君のこと‥‥うん、大好き。
‥‥ありがとう、と‥‥これからも、宜しくね」
三度目の感謝の言葉は、先ほどまでとは似て非なるニュアンスを持っていた。
■
「ねぇ、ミハイル‥‥あっちにチャペルが在るみたい」
ケイはミハイルの顔を見上げた。
じゃれる猫のような目――その意は『行ってみたい』。折角こんな日なのだから、というのもあるのだろう。
無論、その願いを無碍にするミハイルでもない。
二人は雪の残る道を往き、やがて静けさの漂うチャペルの前に到着した。
――銀世界の中にあるせいか、純白の壁のチャペルはそこだけ別世界にあるかのような佇まいさえ持っていた。玄関上に飾られたステンドグラスが、より幻想的な雰囲気を強めさせている。
外から見るだけでも素敵、と、その光景を瞳に映しながらケイは呟く。そうだね、と、それに応じるミハイルの言葉も、短く。
「折角だし讃美歌でも歌ってみようかな‥‥」
言いながら、ケイは少しだけ前に進み――息を吸う。
そして――透明感のある、彼女自身の自慢でもある歌声が響き始めた。
歌いながら、ケイは思っていた。
(この声は何処まで届くのかしら?)
――何処までだろう。答えは、本当は誰にも分からない。
けれども――せめて、ミハイルの心にだけは届いて欲しい。
そんな願いを込めた歌が終わり――ミハイルが後ろから、彼女の肩を抱き寄せた。
「いい歌声だよ。久しぶりに聞いたが耳に心地いい」
届いた。
その言葉が嬉しくて、ケイはまた目を細めるのだった。
■
ところでその時、チャペルの中では――美鈴と雄人が、スタッフから結婚式プランの内容を聞いていた。
スタッフの説明を耳にしながら、美鈴は嬉々とした表情で何度も肯き、一方の雄人は微妙な表情をずっと浮かべている。
ただ、それでも。
一通りの説明を聞き終わり、
「素敵! やっぱり私、韓国式よりキリスト教式がいいなぁ♪」
うっとりとした表情を浮かべた美鈴の顔を見て――普段恐怖に近い感情を抱いている相手だということを一瞬忘れたのも事実だった。
(こういう時は普通に女の子なんだけどな‥‥)
そう考えると、普通なら可愛いとすら一瞬思ってしまうのも無理はない。
――そう、普通なら。
雄人はすぐに現実に引き戻されることになった。
「雄人さんは神式とだったらどっち?」
不意打ちの質問。
相手がどうこう以前に、素でそんなこと考えたこともなかったのだけれど――反射的に視線をそらしたものだから、
「‥‥ねえ、聞いてる‥‥?」
ほら来た。すぐに切り替わるスイッチはまたONになっている。
「‥‥考えたことないから分からない」
「じゃあ今考えて」
――結局答えは合わせないと解放されなさそうだった。
■
その玄関横に広がる――特に庭というわけではないけれども、ツリーがない分中庭より広い敷地に、Cerberusと白藤、Letiaはいた。
何をしているかというと、雪合戦である。
最初は白藤が小さな犬や猫、熊といった動物のミニ雪だるまを作っていたのだけれど、
「ふふ、けーちゃん‥‥隙あり、やで♪」
ちょっとした悪戯心が沸いて笑み、Cerberusに雪玉を投げつけたのだ。それからLetiaに助けを求め、今は女子二人vs男一人の様相になっている。
Cerberusとしては手を抜いていたわけではないのだけれど――楽しそうな二人に見惚れているうちに、油断を生んでしまっていた。
「白藤さん、今だーっ」Letiaが連投した雪玉を何とか全部かわしきり、反撃に転じようとした矢先、Letiaが叫んだ。
気付いた時にはもう遅く――次の瞬間には軽い衝撃とともに視界が白く染まっていた。
それから十数分後――。
棒立ちになったCerberusの身体中、雪が張りつけられていた。
「ケロだるま完成っ!」Letiaが言う。
要するに、雪合戦に負けた罰ゲームだ。
まぁ――ケロだるまを作るまでの二人の楽しそうな姿を見ていたら、こういうのも悪くないと感じる。
俺も丸くなったものだ、とCerberusは苦笑交じりに胸中で呟く。
「レティの手‥‥霜焼けとか大丈夫やろか?」
そのCerberusの前では白藤が、自分の両手でLetiaの手をそっと心配そうに包み込んだ。
そして「つめたっ‥‥」いつの間にか随分と身体が冷えていたことに気づく。
「中でなんか温いもんでも食べよ?」
まさかこんなところで風邪を引くわけにもいかない。そういった白藤の提案に、LetiaもCerberusも即座に賛成したのだった。
■
写真撮影から少し時間が経って、ヤナギとユイリはヤナギの宿泊部屋に移動していた。
窓の外の黄昏具合も丁度いい感じになっていて、ヤナギはベースを取り出す。
「さァて。ここはひとつ、クリスマスソングでも演るか」
「私の歌あまり期待しないで下さいよ?」
照れからか、そう言いながらもユイリも肯き――スローテンポのヤナギのベースに合わせ、ユイリの歌声が部屋の中に響き始める。
バラードを一生懸命に歌う――その歌声が、ヤナギにはとても心地よく聞こえた。
「私ヤナギさんのベース凄く好きです」
ユイリの方も同じように感じていたらしく、歌い終わった後に、はにかみながら伝えてくる。
と――窓の外に、白いモノがちらつき始めた。
「ヤナギさん見て見て! 雪ですよ!」
外を見てはしゃぐユイリに、ヤナギは笑みを浮かべて告げる。
「ユイリ、嬉しそうだな。外に出てみるか?」
「‥‥はい!」
ヤナギの顔を見て一瞬頬を赤くしたユイリだったけれど、すぐに肯いた。
再度中庭に出ると、いよいよ灯ったイルミネーションの光と空から舞い降りる白が混ざり、鮮やかな輝きを放つまでになっていた。
「綺麗‥‥」
その光景に見入るユイリの瞳と笑顔に、ヤナギもまた見惚れていた。
――その視線に気づいたのか、
「どうかしましたか?」自分を見たユイリが笑顔のまま小首を傾げたものだから、思わずドキッとした。
「な、なんでもない」ヤナギは反射的にそう答え、視線をきらきらと舞う雪に向ける。
――何だ、この気持ち。
自分の中に生まれた感情に、驚きながら。
■
同じように雪を楽しんでいる者が、屋上のテラスにもいた。
ケイとミハイルである。
コーヒーを飲みながら談笑していたところに、すっかり暗くなった空から白が舞い降りてきたのを目にし――。
「Shall we Dance?」
ミハイルがそう言いながら差し伸べた手に向け、ケイは右手を差し出す。
そして雪の舞うテラスの上で、二人は軽やかにステップを踏み――。
「‥‥いつかもこうして雪の中、踊ったわね」暫しその時間を楽しんだ後、ケイが微笑む。
短く肯いたミハイルの身体にケイは腕を回し、きゅ、と抱き締める。
「また――来年もこうして踊れたら良いのに‥‥」
不意に漏れた言葉は、過ぎる時間を惜しむ切なさを帯びていた。
●そして聖夜は更けてゆく
夜も更け、パーティはお開きに。
それからもまだ活動を続ける者と、部屋で睡眠をとる者――夜が明けるまで、彼らは自由な時間を過ごす。
セッション組は夜でも一緒だった。
ツインベッドをくっつけて、五人揃って雑魚寝、である。
パジャマトークもそこそこに、それぞれ寝に入る。
真っ先に穏やかな寝息を立て始めたのはアンジェリナで、彼女を抱き枕にして望もぐっすり眠っている。
一方でシフォンは寝ぼけ、菫にヘッドロックをかけたり噛みついたりしている。菫も眠っているのだけど、これだけされて起きる気配が全くないのも逆に恐ろしい。
そんな四人の様子を穏やかな目で見つつ、最後まで起きていた一夏は乱れていた望や菫の布団を直す。
「――おやすみなさい、いい夢を」
こんな夜くらい、皆幸せな夢を見れればいい――そう思いながら、一夏もまたベッドに入った。
■
パーティを抜けた後、ロシャーデとリックは屋上のテラスに来ていた。
それぞれジンジャエールとウィスキーを片手に、語り合う。視界の遠くには、スキー場のライトアップが見えた。
「まだ、慣れないものだな――こういう関係に」
会話が途切れた後、リックは不意にそんなことを言った。
「お互い、異性と付き合うって経験は無かったようだしな」
だが、悪くない。そう付け加える。
「――これからを共に歩むには、お互いに健在でなければね」
ロシャーデから、そんな言葉が返った。
「‥‥私は、あなたを悲しませるようなことはしないわ。だから、あなたも‥‥」
そう口にしながら――プレゼントの懐中時計をリックに差し出す。
「一緒に歩んでいく以上、後悔だけはさせないさね」
リックはそう応え、懐中時計を受け取った。
それからまた少し間を置いて――「ロシャーデ」リックは改まって、彼女の名を呼んだ。
否、呼んだのは、彼女を繕う偽の名前でしかない。
だから、訊きたいことがあった。
「本当の名前は‥‥?」
――それはそう易々と答えられるものではないことは、勿論リックも分かっている。
ロシャーデ自身、過去のある出来事以来、名乗る気を失っていた。
けれどその出来事以前の記憶が詰まっている名前だし、何より信頼する彼になら。
――そう考えたロシャーデは、暫くして口を開いた。
「‥‥私の本当の名は、コゼット。コゼット・ラ・トゥールよ」
■
その頃、レインウォーカーとリリナはチャペルに向かっていた。
「こうすれば少しは暖かくなるだろぉ?」レインウォーカーはそう言いながら、リリナの手を取る。
「暖かいね、おチビさん。ボクの手は冷たいかなぁ?」
「あったかいです‥‥っ」
リリナの方からもぎゅ、と握り返されると同時にそう返事が返ってきた。
長いマフラーも二人で巻いて――チャペルへと辿りつく。流石にこの時間になると他に人気はなかったけれど、雪降る中に浮かぶチャペルが魅せる雰囲気は変わらなかった。
そこに広がる幻想的な光景に目を奪われているリリナを穏やかに見守りながら――レインウォーカーはある覚悟を固めた。
「先に言っておく。これからボクがする事、嫌だったらすぐに言ってくれ」
そう言って――リリナを優しく抱きしめた。
顔は見えなかったけれど、一瞬驚き――そして拒否されなかったことが、おずおずと自分を抱き返す手で分かる。
「ごめん。少し勇気が足りなくてね。今のボクにはこれが精一杯だ。けど、この気持ちは本物だよ。大切なんだ、リリナが」
抱き締めたまま、レインウォーカーは告げる。
誰かと一緒に過ごすクリスマスは久しぶり――『大切な人』と過ごすそれは、初めてのことだから、中々素直になれずにいた。
けれど、一度気持ちを表に出したら――もう少しだけ、素直になれた。
これを最初で最後には、したくない。
「ボクはずっと独りだった。ただ生きる為に戦い、敵を殺す事だけしか出来なかった。
けど、今は違う。少しだけ、ボクは変われた。リリナと逢えたからだよ。
――本当に、ありがとうリリナ」
「あたしも‥‥貴方の事が好きです‥‥」
漸くリリナからも、返事が返ってきて。
不意に、彼女はレインウォーカーのネクタイを握った。
そしてそれを支点に背伸びをした彼女は、背伸びをしつつ――レインウォーカーの唇を自らの唇で塞ぐ。
「これからも一緒にいてくださいねっ」
――顔を離した彼女はそう笑った後、よほど恥ずかしかったのか逃げようとする。
けれどもまだ抱き締められたままだったのもあって、体勢を崩し、
「ふにゃっ」
盛大に転ぶ。雪の上だった為、怪我などはない。
締まりがなくなったけれど、こういうのは悪くない――笑ってリリナに手を差し伸べながら、レインウォーカーは思った。
■
パーティが終わる頃には、由梨はすっかり酔いが回っていた。
お開きになった後も飲み続けようとする由梨を無月は穏やかに制し――お姫様抱っこの要領で抱き上げる。
もっと飲みたい、などと呂律の回らない舌で言う由梨に対し「聞こえませ〜ん‥‥」無月は苦笑交じりにそう告げて、パーティルームを離れた。
廊下に出た頃には由梨の酒への未練も抜けたようだったけれど、代わりに無月の首に手を回し、自ら身体を寄せる。
普段抑えているものが解放されて、甘えたくなっているようだ。後でね、と小さく告げて、無月は歩き出す。
冷えた空気で酔いを醒まさせるべく、中庭に出てベンチに座る。
由梨は上着を着ていないのでコートを貸すと、由梨は全体重をかけるようにもたれかかってきた。
ものすごく大胆な甘え方だ。ここに来て尚これということは、よっぽど酔いが回っているらしい。
――そんなことを考えた後、無月は不意に自身の唇で由梨のそれを塞いだ。
「‥‥!?」すっかり目が据わっていた由梨もこれには驚いたようで、目を白黒させている。
「酔い‥‥醒めました‥‥?」
少し経って唇を離し無月は問う。
――さっきより大人しくなったので、醒めたかと思ったら。
「もっと‥‥」
――醒めてなかったら最初からそのつもりだったけれど、まさか要求されるとは思わなかった。
無月は苦笑し、ライトアップされたツリーの下で再度由梨と唇を重ねあわせた。
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暫し雪に見入った後、ヤナギたちは今度はユイリの部屋に来ていた。
酒を片手に語り合っていると――チャペルのものだろうか、遠くで午前零時の鐘が鳴った。
二人は顔を見合わせ、ここがタイミングとばかりに自分の荷物を探った。
ユイリはドクロネクタイを、ヤナギはブルースハープを取り出し――交換する。
そして、
「Merry Xmas!」
言って、再びグラスを合わせた。
(時間が過ぎなければいいな、ずっとこうして居たいな‥‥)
それからも楽しげに語るヤナギの顔を見ながら、ユイリはそう思った。
■
同じ頃、やはり午前零時の鐘を機に――ケイとミハイルは、口付けを交わしていた。
そうして互いの心と存在を確かめ合った後、互いへの贈物を渡し――。
仲良くベッドに入っても尚、愛を語り合い続けた。
■
夢を見た。
まず最初に視界に映し出されたのは、血溜まりの上に倒れ起き上がることのない戦友の姿。
続いて、助けようとした子供たちが、次々とその身体を爆発により四散させていく姿――。
「‥‥‥‥っ」そんな心を蝕む記憶が、信人の目を醒まさせる。
眠りが浅かった為に魘されなかったのだろう。隣のアスナは、穏やかな寝息を立てたままだった。
信人は身体の向きを変え、アスナを少し強く抱き締める。
「切り刻まれるように辛いのに、一度たりとて、涙の一つも流れはしない」
――別に夢でなくとも、今でもその記憶は脳裏に蘇ってしまう。
涙は流れなくとも――流れないからこそ、余計に心に重くのしかかる。
その痛みを人に対して吐き出すことを、信人は殆どしない。
けれど――どうか、今だけは。
「こんな時でしか、弱音すら吐き出せない俺を許してくれ」
自然、声が僅かに震えた。
もし彼女が起きていてこの台詞を聞いたとしても、優しく微笑んで許すのだろう。分かってはいたけれど、どうしてもその気にはなれなかった。
抱き締めたままのアスナの顔を眺め、その枕元に袋を置いた。中に入っているのは、オルゴール。
「――全て背負って、精一杯生きよう。
そして、絶望と戦おう。見ていてくれ、俺のアスナ」
――決意を新たに、信人は囁く。
いつの間にか再び眠りに落ち――今度は、悪夢を見ることはなかった。
■
パーティ終了後、千早とアリステアはテラスに来ていた。ちなみにロシャーデやリックとは真反対の場所だ。
まだ雪は降り続いているけれども、二人は屋根のあるところで語り合っているので支障はない。
「今年ももうすぐ終わりだね‥‥一番記憶に残る年かも」
語り合っていると、不意にアリステアは遠くを見てそんなことを言った。
それからすぐに千早へと向き直り――真剣な瞳で、千早を見据える。
「俺さ、一緒に住むようになってから考えてたことあるんだ。いつまでこうしていられるんだろう‥‥って」
「‥‥」
千早は何も言わない。その表情が、同じ考え事を抱えていた事実を肯定している。
だから――アリステアは、決意を固め、ポケットに忍ばせておいた指輪の箱を取り出した。
「一緒に住み始めて半年も経ってないけど、今言っておかないといけないって思ったから‥‥言います。
‥‥俺と結婚してください」
静かに、しかしはっきりと言いつつ、箱を千早に差し出す。
「嬉しいです、けど‥‥本当に、私で良いのですか?」
「良くなかったら、こんなこと言わない。‥‥それが答えじゃ、駄目かな?」
問い返されたアリステアの言葉に、「いいえ」千早は首を横に振り――箱を、受け取った。
「‥‥それでは、不束者ですが、これからも宜しく御願い致します」
そして中の指輪を右手の薬指に嵌め――どちらからともなく、抱き締める。
「赤竜の騎士の血に賭けて、君への愛と忠を誓う‥‥」
――アリステアのその言葉に反応するかのように、互いを抱く力がより強くなる。
暫くして同じ部屋に戻るまで、二人はずっと、そうして抱き合っていた。
■ ■
翌朝はまだ曇ってはいたけれども、雪は止んでいた。
もう少ししたらまたラスト・ホープへ戻り、それぞれの戦いが始まる――。
そんな折、白藤はCerberusとLetiaそれぞれにプレゼントを手渡した。
――お揃いの、ハーモニカ。
「メリークリスマス、いつぞ2人一緒に演奏‥‥聞かせてな♪」
「あの‥‥ふ、ふじねーさんっ‥‥ありがとう!」
初めて『姉さん』と呼ぶことに照れながら、Letiaはそう感謝の言葉を口にする。
早速吹いてみるか。
Cerberusの言葉に即賛成したのはLetiaで、二人揃っての合奏を披露する。
――クリスマスを祝う二つの音は、能力者たちがその場を離れる時まで響き続けていた。