●リプレイ本文
●高く高く、
傭兵たちはそれまでにいた高空から、高高空へと上昇し始める。
「気が付いたらアフリカも大分勢力図が塗り変わってるんだな‥‥」
と言ったのは神撫(
gb0167)だ。久しぶり、しかも慣れない空戦とあって少し声音は硬かったが、緊張はそんな実感に打ち消されている。
もっとも、だからといって油断は出来ない。ムーグ・リード(
gc0402)はそう考えていた。
何せ敵はバリウス中将の知識を既に得ている。
これから先、新たな基地や拠点を築いていかないことには、いずれはジリ貧になるのでは――そんな不安があった。
だからこそ。
「‥‥今ハ、眼前ノ、脅威ヲ‥‥デス、ネ」
「‥‥」
その言葉を、エヴリン・フィル(
gc1479)は黙って聞いていた。
彼我共に規模は大分違うが――以前の大規模作戦で僚機ともども撃墜されてからというもの、その心的外傷が原因となって少し自信を喪失していた。
その自信を取り戻せる方法は、一つだけ。
(‥‥一からやり直さなくちゃ‥‥次もまた同じ‥‥)
目下の目標は、この『眼前の脅威』を無事に切り抜けること――。
上昇は煙のぎりぎり手前で行っていたが、少し高度を上げたところで燕型キメラが襲い掛かってくるようになった。
「大型と燕はセットでの運用が前提となっているのでしょうか〜。煙の中へは迂闊には入れませんね〜」
フィロソフィーで迎撃しながらノエル・アーカレイド(
gb9437)は言う。
「バグア共め、毎度面倒を増やしてくれる‥‥」
「できればお早めに退場願いたいのですが‥‥」
そう言うグロウランス(
gb6145)と抹竹(
gb1405)に次いでクラリッサ・メディスン(
ga0853)が口を開いた。
「ここで煙幕による妨害が有効と判断されたら、これからも悩まされるのでしょうし、早々にバグアの意図を挫いて差し上げないといけませんわね」
言いながら、自身はアテナイで迎撃していた。一発で放てる回数が多いだけあって、命中しているかどうかは兎も角次にキメラが寄ってくるまで若干間が空いた。
「――きりがないですね」
それでも追いすがってくるのを見、レイミア(
gb4209)が言う。これでは高高空に行き着くまでに大分消耗させられてしまう。
「後ろは‥‥私が‥‥。大元を‥‥お願いします‥‥」
そう言ったエヴリンがラージフレアを放つ。同時に操縦桿を大きく動かした。エヴリン機は大きく弧を描いて後退し、その分仲間たちの機体よりも若干遅れる。
ラージフレアの効果が消失した後、キメラ群の射程圏内には辛うじてエヴリン機が残っているのみとなっていた。だからこそキメラは一所懸命にエヴリン機に追撃を加える。
「落ちる‥‥ううん、まだ‥‥あの時に比べればまだ機体は動いてます‥‥よね‥‥」
それでも事前にイクシード・コーティングを起動していたエヴリン機はそれに耐え切り、仲間たちに追いついた。
●もっと遠く、
エヴリンが追いついたのは既に高高空域で、何故かそれと同時にキメラの動きが一旦沈静化した。今頃は煙の中で再度の攻撃態勢を整えているのだろう。
傭兵たちの中ではムーグ機が他の機体に比べ、やや高い位置にいた。敵との相対高度で有利を得ようと考えていた神撫機も高いところにいる。
「――それでは、動くぞ」
号令を発したのはグロウランス。レイミア、ノエル、ムーグ、エヴリン、そしてグロウランスが煙を吐き出し続ける大型キメラがいるであろう方向へブーストをかけた。
残った三機は今はまだその場で様子を見ていたが、そんなことはもはやキメラたちには関係なかったらしい。五機が一気に動き出したと同時に、一団となって濃い煙の中から姿を見せた。
ブーストの軌道に乗り切る直前の、集団奇襲。だが、
「‥‥キマシタ、ネ」
ムーグはこうなり得ることを読んでいた。予めブラックハーツを起動しており、フォトニッククラスターで自機に迫るものを中心に高熱量を浴びせる。直接被害を受けなかったものも群を乱され、他のKVへの攻撃が一時的に弱化した。
その間にブーストでの移動を終え、次いで傭兵たちは揃って右側へ機体を移動させる。今度はブーストは使わず、その分大量のキメラが常に引っ付いてきた。
それを見、レイミアが演算システムを起動する。そこで得た結果を参考に仲間に敵の動きについて情報伝達を行おうとするも――。
「――ッ」
敵の数が多く、またそれぞれの動きも素早い為情報の把握の方が追いつかない。そうこうしている間に自機がキメラの突撃の衝撃を受けてしまった。
一瞬機体がぐらついた間に、斜め下後方から別のキメラが迫る。衝撃に耐えていたレイミア自身はそれに気付くのが遅れたが、
「そう簡単に畳み掛けさせはしませんよ〜」
ノエルがフィロソフィーでその動きを遮り、その間にレイミア機も態勢を立て直した。決定的な行動予測までは出来なくとも、演算システムによりある程度キメラの動きは掴みやすくはなっている。
一方グロウランスは、アクチュエータを起動し回避を優先した挙動を取っていた。本来は時限信管に換装したロケット弾を弾幕に使い、更にそこから追撃のロケット弾で畳み掛けたかったところだが――信管の換装自体が状況的に不可と言われてしまっては、動きの速いキメラ相手にロケット弾はあまりにも命中率が心もとなすぎた。
避けることを念頭に置きながら、至近距離に敵を捉えると、
「‥‥やらせんよ」ショルダーキャノンとショルダーレーザーの二連射で引き離す。
だが同じ至近でも、同時に、しかも片方は死角から入られると拙い。真下からの接近に気付くのが遅れ、被弾を覚悟する。が、今度はその横からレイミアが援護に入り、グロウランスは難を逃れることに成功した。
キメラ以外にも脅威はあるし、それは事前に知っている。
エヴリンは正面に捉えたキメラをマシンガンの弾幕で叩き落し、その間に後方下から接近していた別のキメラはノエルがまた牽制を加えた。そのノエル機が丁度自分の目につくところにいたキメラに襲われそうになっていた為、援護に出ようとエヴリンは方向転換――本来の狙いとは別の方向に軌道修正し、前進。
刹那、つい一瞬前までいた空域をプロトン砲の光が下から上に向かって貫通していた。視線を動かせば同じように突き上げられた光線が二本。グロウランス機は試作型AECを起動し損耗を軽減できたようだったが、周囲の敵の存在もあってまともに被弾したレイミア機のダメージが大きい。
レイミア機周辺の旗色が良くない。自身もやや孤立気味だったムーグはアテナイを発射し、無数の攻撃で二機分の状況をまとめて打破しようとする。
それは一時的に効果はあったものの、どうやらキメラには弱者追尾的な本能が備わっているらしい。他の機体に比べ消耗が目に見えて激しいレイミア機には懲りずに尚も多くのキメラが集っていた。
同じく被害が大きいグロウランス機、ムーグ機にも共通して言えることだが、武器の選定に拙い点があった。乱戦模様かつ敵の動きが総じて素早い現状では、ライフル等一度の発射数の少ない攻撃は気休めにもならず、すぐに集られる原因となっている。とはいえ、他の機体も自分に迫るモノの対処があるためそうそう常に援護に回れない。
いくら回避に力を注いでも状況の打破は図れず。ムーグ機は回数こそ放てないがアテナイがあり、グロウランス機はスキルを起動していた為にまだ何とか切り抜けられていたが、レイミア機の方はいよいよ追い込まれていた。
「く‥‥」
何度目かのスナイパーライフルもやはり外れ、いよいよ危機感の募ったレイミアはラージフレアを発射する。
――だが、その行動は逆に自身の危機を他にも知らせる結果となった。グロウランス機を狙っていたキメラもいくらかレイミア機に狙いを定め――ラージフレアの効果が切れたと同時、一旦は距離を置いていたレイミア機に一気に追いすがった。ノエルがブラストシザースで牽制を図るものの、数が多すぎて追いつかない。
一気に襲い掛かった衝撃でとうとう限界を超え、「――すみません、離脱します」レイミアはそう言い残し、後退する。
次に危ういのはグロウランス機。
「まだだ、まだ墜ちてはやらん」迫る敵に反撃の態勢をとりながらグロウランスは言う。
一斉攻勢を今度こそ防がんとノエルがブラストシザースで援護に入り、ムーグは再びアテナイを放った。
それらの攻撃にキメラ群が戸惑うところへエヴリンが更にラスターマシンガンで畳み掛け、それでも切り抜けてきたごく少数はグロウランス自身がショルダーキャノンとショルダーレーザーで叩き落す。
一機味方を墜とさせてしまうことにはなったものの、その経緯も踏まえ、キメラ群に有効なのは発射数の少ない攻撃よりも弾幕に近い攻撃だということも傭兵たちは把握していた。
弾幕そのものの攻撃力も相俟ってキメラの減りは鈍かったが――それでも、塵も積もれば何とやら。護衛班に襲い掛かってくるキメラの数は最初の半分ほどにまで減っている。
そろそろ、次の段階へ移ってもいい――。
最初にそう考えたのはエヴリンで、自身へのキメラの圧力が薄くなった一瞬の間にエニセイを構えた。
標的ははるか先――大型キメラに向かって突撃する友軍に追いすがるキメラだ。
●更に速く、
「――よし、行こう」
状況を見計らった上で神撫がそう声を上げる。
「さて、久しぶりに頑張っていただきましょうか‥‥」応じ、抹竹は自身の機体に発破をかけるようにそう呟いた。
先にブーストをかけた五機がキメラを引き連れ、横に旋回し――大型キメラへの進路を開けていた。
そこを一気に突破すべく、神撫機、クラリッサ機、抹竹機は揃ってフルブーストをかける。
それでも完全にキメラに見逃されたわけではない。
尚も高空に留まっていたキメラが三人の動き出しと同時に高高空へ浮上し、やはり突撃により攻撃を仕掛けてくる。
ここを特にうまく切り抜けたのは抹竹だった。直線移動を避けることを意識したのは先に動いた囮班も含め他にもいたが、明確な――バレルロールによる動きを意識していたのは彼だけだ。
加え、もしキメラが接近した時の対処も分かりやすく効果的だ。螺旋状の軌道に正面方向から突っ込んできた敵に対しては、ソードウィングで掠めるように切り返す。
言ってしまえば肉を切らせて、だが、キメラの攻撃の性質はそもそも剣翼と似通っており、ブーストでの加速がかかっている以上キメラへのダメージは抹竹機自身のダメージよりも大きかった。
無論、他の二機もブーストにより上昇した回避能力と不規則な軌道にモノを言わせ、高空よりは薄い煙の中を止まることなく駆け抜けていく。
大型キメラへ接近するにつれプロトン砲の光が目に着くようになったが、加速のお陰で直撃は避けられたし、クラリッサに至ってはPRMシステムで抵抗値を高めていた為掠めた時の被害もより小さくなっていた。
そして――ブーストの効果がいよいよ切れそうになり、同時に煙の向こう側もはっきりとし始める。
更に、煙の中の最後の障害が背後から接近していた。それまでよりもかなり数の多い、群れを成したキメラ。
だが結果的にそれが三機に襲い掛かることはなかった。
三機がその群れの気配を察知した直後、はるか遠距離からの射撃が群れを捉えたからである。煙のせいで三人からは分からなかったが、それはエヴリンのエニセイによるものだった。
煙の中にいたのはほんの僅かな時間だったのに、抜けて出て見えた空はこれでもかというくらいに青かった。
だが、まだ終わりではない。
三機は揃って下降を開始する――煙を今も尚吐き出し続けるキメラは、高空に下りてきた三機の存在に流石に気付いたようだった。
「‥‥汚らわしいですわね」キメラの姿を見たクラリッサがそう零す。
事前報告では翼があること以外正体がはっきりしていなかったキメラ。その実態は、朽ちた竜のようだった。肉がだらしなく崩れた黒い身体は骨格が所々露になっている。
そんなキメラは煙を吐き出し続けながらも、翼をはためかせた。飛んできたのは強い風ではなくキメラの身体に纏わりついていた黒い肉片だった。
思わぬ攻撃だったこともありそれぞれ少しずつ装甲に受けると、途端にコックピット内に嫌な警報が流れた。
外装が溶かされている――。
「面倒すぎるだろッ!」煙の時点で今後使われたら困るシロモノなのに、これは少しばかり酷すぎる。神撫はそう吐き捨てると反撃に転じた。
G放電装置により足を止めると十六式螺旋弾頭ミサイルで追撃を図る。ミサイルを放ってから神撫機がキメラとの距離をつめている間に、それぞれ角度の上方にいたままのクラリッサと抹竹はドゥオーモとトライデントを放っている。
三連撃は立て続けにヒットした。そしてその間に神撫機は当初よりかなりキメラに接近している。
キメラがまた、今度は神撫機に集中させて肉片を大量に放ってきた。
それをかわしきれずにまた少し外装が溶ける。だが神撫は構いはしなかった。アクチュエータを起動したまま、スラスターライフルを放ちながらドッグファイトに持ち込む。
流石にキメラも煙を吐き出す余裕はなくなり、三機への応戦に専念し始めた――が、上を支配されるというのは絶対的に不利な状況である。
横からは神撫機が迫り、上からは抹竹機が、更に斜め上からはクラリッサ機が此方も接近しながらUK−11AAMを放つ。
――結局どうすることも出来なくなったキメラは、それから更に数回肉片を神撫機やクラリッサ機にぶつけたもののあえなく墜ちることになった。
●穢れなき空を。
煙が晴れた途端、燕型キメラの脅威は一気に薄くなった。ただでさえ数が減っていたのもあったが、急に動きが鈍くなったからだ。
理由は明確には分からないがさっさと蹴散らし――単なる小型HWなど、もはやこの状況下では傭兵たちの敵ではなかった。
比較的被害が小さく済んだ抹竹が墜落したレイミア機の回収に向かっている間、エヴリンは目下に広がる大地を眺めていた。
この広大な地を見ていると、戦前に抱えていた小さな悩みが吹き飛んでいくような気がして――。
(少しづつ‥‥一歩づつ‥‥強くなる)
そう、自分に改めて言い聞かせる。
また、同じように大地を見下ろしていたムーグも、一刻も早く取り戻したいその大地に胸を衝かれる思いを感じていた。
時間は少し流れ、任務完了後のL・H。とあるバー。
「一番良いミルクを頼む」
グロウランスはバーテンダーにそう言い放った。
バーテンダーは一瞬ぎょっとした顔をした後――澄ました顔でミルクを用意し始めた。
――その表情はポーズだったらしく、次の瞬間グラスを割って。
「どこの試験官ですか、貴方」
恐れおののいた声でバーテンダーは言う。
そんなつもりがあったかどうかはグロウランス本人以外誰も知らなかった。