タイトル:【AP】朝澄アスナの憂鬱マスター:津山 佑弥

シナリオ形態: イベント
難易度: 普通
参加人数: 9 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/04/19 09:28

●オープニング本文


※このシナリオはエイプリルフールシナリオです。実際のWTRPGの世界観に一切関係はありません。

「――皆さんが良い学園生活を送ることが出来るよう祈りつつ、歓迎の言葉とします」
 そう言って、私――朝澄・アスナは体育館のステージ上から降りる。
 その背に向かって、割れんばかりの拍手が降り注いだ。この四月からここ――私立津山学園で過ごす新入生やその親御さん方からのものだ。入学式は小中高まとめて行うので、その数はとても多い。
 そして私は、その学園の高等部の生徒会長なのだ。高等部までしかない学園なので、同時に学園全体の生徒会長ということになる。
 ――本当はとある理由があってこの学校に潜入している捜査員で、年齢的にはこんな学園生活からはとっくに卒業しているのだけど、それを知っているのは一部の教師だけだ。――どうでもいいけど、高等部と言っても低いほうで疑われるくらいの童顔は未だにちょっとした悩みだ。

 入学式も何事もなく終わり、体育館から自分のクラス教室のある教室棟へ向かう。
 式に参加する学年以外は既に新学期が始まっている。今は丁度休み時間だったので、廊下に人通りも多い。
 ――と、歩いていた廊下の先の角から、学生ではない一人の女性が曲がってくるのが見えた。
 同時に廊下に屯っていた生徒――特に男子――が静かになり、その女性に見入る。背筋をぴっと伸ばし流麗な所作で歩くその姿は、顔立ちが整っているだけあり男子の目を引く。女子から見ても羨望ないし嫉妬の対象にはなり得るレベルだ。
 女性の素性は、今年から赴任した新米の美術教師だ。早くも学校の高嶺の花の地位を築き始めている。他の先生から伝え聞いた話だと校長からは既にセクハラまがいな行為を受けているのだけど、本人はどこ吹く風らしい。
 名前は、イネース。印象のお陰もあって生徒にも教師にもその名の覚えはとても早かった。
 同様に私の印象もそれなりに残っていたらしく、彼女は廊下の先にいる私の存在に気付くと「こんにちは」と柔らかに笑んだ。その笑顔がまた男子には強烈だったらしく、すぐ近くに立っていた男子が二、三歩よろめく。
「そろそろ学校の雰囲気に慣れました?」
「そうですね。あまり騒がしいところは得意ではないんですが、そうも言ってられませんし」
 そんな答えからどうやらお嬢様系の女子大の出らしいことが伺える。
 それから他愛もない話をして、休み時間も終わりに近くなったということで別れた。

 その日の放課後。 
「あ、会長おはよーございます!」
 生徒会室に入るなりそう声をかけてきたのは、高等部二年の天鶴・岬さんだ。私も「おはよう」と応え、生徒会長用の机へと向かう。
 庶務を努めるこの少女は相当に音楽が好きらしく、学園祭の後夜祭で学生主導のライブフェスをやることになったのも彼女の提案が切っ掛けだった。
 それ以外にも盛り上げる必要がある行事にはどれも積極的で、生徒会としては大きな戦力になっている。フェスの司会をやっていたりもしたし、自分で出演したりもしたので、一般生徒への印象も多分私と同等かそれ以上に強いと思う。
 彼女に難点があるとすれば、放浪癖があること。生徒会は勿論夏休みなどの長期休みの間にも仕事はあるのだけど、そういったときに彼女が生徒会室に顔を出す回数は極めて少ない。ただその間にも本当に自分がこなすべき仕事はきっちり仕上げてくるので、誰も何も言わない。
「そういえば会長、さっきゲルト先生が呼んでましたよー」
「ゲルト先生が?」思わず聞き返す。
 ゲルト先生、というのは学校の養護教諭だ。端整な顔立ちなこともあり、此方は女子の人気がとても高い。
 性格はいたって軽く、相談役には向いていないタイプの人だ。ただし放任主義なので授業サボりの口実に保健室のベッドを借りる生徒は多く、男子の支持もそれなりに厚い。ついでに、女子人気のせいで校長からは嫌われているらしい。
 ‥‥思い返すと校長といい関係にある人少ないわね。
 まぁそれは兎も角、ゲルト先生が私に何の用だろう?

「失礼します」
「お、来たか。ちょっと待ってろ」
 保健室に行ってみると、ゲルト先生は中等部の女子の怪我を治療しているところだった。生徒は膝から結構な量の血を流したらしく、血を拭き取った後が脛に残っている。傍らに置かれている中等部の指定鞄には『アメリー・レオナール』と名前が入っていた。
「泣くなよー。泣いたらその分だけ痛みが残ると思え」
 凄いことを言っている気がするけど、間違ってるとも言い切れないので放っておく。
 アメリーさんもそれに応じるように肯いて、消毒中の膝を見つつ唇を噛み締めている。
 痛いだろうに涙一つ見せないのは、ある意味では強かった。

「で、先生。私に何の用です?」
「おおそうだった。保健設備の予算だけど、大分減らされそうなんだよなー。
 こっちにも仕事上必要なモノって建前があるし、あんまり削られるのも困るんだよ。
 一応教師の方にも伝えてあるけど、生徒会の方でも議題にあげといてくんねーか」
 どうやら予算の割を食われようとしていたのは保健関係もらしい。
「話は持ち帰っておきますけど、それってどこの部活もですよ。
 生徒会自体はそうでもないですけど、イベント関係の予算は減らされるかどうかっていうところですし」
 実際、今年は好評だったフェスが来年も開催できるかどうかの問題があって天鶴さんが怒っていたのを覚えている。
「‥‥色々削った予算をどこにぶち込む気だ? あの狸」
 あの狸、というのは勿論校長のことだ。
「あの校長のことですから、自分の銅像を作る為とか普通に言いそうですけどね‥‥」
 実際はもう一つ疑っていることもあるのだけど、それはここでは言わないでおく。
 事情がよく呑み込めていないらしいアメリーさんをよそに、二人で首を傾げていると――。
「う、うわぁぁ!?」
 窓の外からそんな悲鳴が聞こえた。
 声には聞き覚えがある。学校の清掃員のユネさんだ。学内では珍しい黒人の清掃員ということで一部では評判の人だ。
 普段物静かな彼から辺り憚らぬ叫びが聞こえたとだけあって、私たちは三人で顔を見合わせた後、それぞれ窓から身を乗り出す。
「おーう、なんだありゃ」一番動じていないのはゲルト先生で、半ば面白がる様子でそれを眺め。
「ひっ‥‥」アメリーさんはちょっと怯えた声を上げて私の後ろに隠れる。
 そして私は呆然と、それを見つめた。

 質量の大きな何かに殴られ、顔中を腫らした高等部の校長が――簀巻きにされて、蓑虫のように木の枝からぶら下げられていた。
 ‥‥私が追いかけてた被疑者、この人だったんだけどなぁ。どうしよう。

 ■

「あーあ、どうすんだこれ」
 その事態がいよいよ騒ぎになり出した頃、屋上からその様子を見下ろす影が一つ。
 生徒会副会長――早川雄人は柵に寄りかかりながら、面倒くさそうにその視線を大地へ投げていた。

●参加者一覧

/ 御影・朔夜(ga0240) / アルヴァイム(ga5051) / 番 朝(ga7743) / 夜十字・信人(ga8235) / リオン=ヴァルツァー(ga8388) / ヒューイ・焔(ga8434) / 御崎 緋音(ga8646) / 紅月・焔(gb1386) / ソウマ(gc0505

●リプレイ本文

 放課後の美術準備室に、二つの人影があった。
 一人は部屋の中心で椅子に座り、目の前に置かれたイーゼルの上の紙に色を彩っている。
 もう一人は部屋の窓縁に腰掛け、その様子を目を細めながら見守っていた。
 窓縁に腰掛けている、生徒――御影・朔夜(ga0240)は、絵を描き続ける教師――イネースに視線を注ぎ続けながら、思いに耽っていた。
 実のところこの二人、幼馴染だったりする。
 昔から喧嘩するほど何とやら、といった間柄で、告白こそしなかったが恋人一歩手前の状態だった。
 少なくとも朔夜はそう思っている。ただ素直になれなかっただけだ。
 もう一つの障害は、ほんの少しだけ離れた年齢にあった。
 小学校は当然同じだったが、中高は朔夜が入学したときにはイネースは卒業後。
 更にイネースが女子大に進学してしまったこともあり、ここ数年は想いは募らせどそれを伝える機会すらなかった。
 数年の空白は、互いの呼び名をファーストネームから『先生』『御影さん』に変えてしまったが――。
 今なら。
「‥‥離れている間、ずっと想っていた事がある。――聞いてくれるか?」
 その問いかけに対し、イネースは筆をパレットに置いて此方を見た。
 夕陽は当然朔夜の背中側にある。けれどもその光を受けながら此方を見るイネースをまた綺麗だ、と思いながら、
「‥‥昔からイネース――君の事が好きだった。ずっと、ね」
 長年の想いの蓋を、遂に開いた。
 するとイネースは、
「今更何を言っているんです、朔夜さん」
 此方も昔のように下の名前で呼びつつ、そう言った。呆れるようなその言葉とは裏腹に、照れ笑いに似た微笑を浮かべている。
「そんなこと――お互い、ずっと分かっていたじゃないですか。子供だっただけで」
 ――どうやら、素直になれなかったのはお互い様らしかった。

 昔より大人になった二人の心が繋がってしまえば、行き着く場所というのはある意味決まっている。
 二人でソファの上に並んで座ると、すぐに顔同士が近づきあった。
 唇がゆっくりと触れ合い、その密着が徐々に強くなる。ただ触れ合うだけでは事足りなくなるのも、無理もない話で。
 更に幾許かの変化を経て、このままどこまでもいってやろうか――奇しくも二人の思考がシンクロした、その時である。

 恐る恐るといった様子で、準備室の扉が開かれ――。

「‥‥」
 扉を開いた張本人――生徒会長は呆然と、二人の様子を見つめた。
 その時の二人はソファーの上で上下、という態勢になっていたのだ。
 気まずい沈黙が流れる。学園内では孤高の存在である朔夜でさえも、見られた状況が状況だけに身動きが取れなかった。
「‥‥失礼しました」
 暫くし、心なし顔を赤くした生徒会長は結局足を踏み入れることなく扉を閉めた。
「黙認するのか‥‥?」
 実際には『自分も年齢という秘密を隠しているのに他人の交遊をアレコレ言える立場じゃない』というのがアスナの本音だ。
 けれども勿論そんなことなど知らない二人は何も言わずに立ち去った生徒会長の態度に首を傾げた。
 すると、一旦閉められた扉が再び少しだけ開き、
「見なかったことにしておきますから‥‥くれぐれも他の生徒や先生方にはバレないようにお願いしますね」
 流石に状況を再び直視するのははばかられたのか開いた隙間分だけ顔を覗かせたアスナはそう言い、再び扉を閉めた。
「‥‥黙認、みたいですね」
「とりあえず鍵はかけておくか‥‥」
 一旦マウントポジションを解いた朔夜は立ち上がり、扉へと向かう。
 更にその時である。
「‥‥あれ、取り込み中だったか?」
「‥‥」
 今度は朔夜の数少ない友人の一人でもあるヒューイ・焔(ga8434)が扉を開けてきたのだ。カメラをぶら下げメモを片手にするヒューイは見た目通り新聞部員である。
 その場を包む沈黙と、朔夜の肩越しにイネースの姿を捉えたヒューイは全てを察し――
「‥‥悪ぃ、まぁ、ごゆっくり‥‥」
 此方もとりあえず謝って、さっさと扉を閉めて姿を消した。
 沈黙を保ったまま朔夜は今度こそ鍵をかけ、ソファーへ戻る。
「もう邪魔は入らない‥‥」
 ――そして、二人の身体が一つに重なった。

「あー、吃驚したわ‥‥」
 美術準備室を離れたアスナは、未だ赤かった顔をぱしぱしと叩く。
 物凄く見てはいけない光景を見た気がする。
 まぁあの様子からするに先生も満更じゃなかったようだし、同意の上なのだろう。
 きっと本人たちなりの事情があるのだ。そうだ。それなら止めに入るのも野暮だ。
 アスナはもう数度頬を叩いた後、「よし」思考を切り替える。
「今度は誰を当たろうかしら‥‥」
 ところでアスナが美術準備室を訪れたのは、無論『校長簀巻き事件』の真相解明の為である。
 校長に対し何かしら抱えているかもしれない人間から事情聴取してみることにしたのだ。イネースに関していえばセクハラまがいの行為を受けていたことだけれど、本人が意に介していない理由が先程の光景にあるなら納得出来ないこともない。寧ろ朔夜の方が疑わしいものの、とりあえずあの場に突っ込む気にはなれない。聴取するとしても後で、後で。
 そう一先ず放置を決め込んだ時である。
「生徒会長」アスナの姿を見つけて駆けてくる姿があった。
 ソウマ(gc0505)。演劇部の花形部員である故、アスナもその顔に見覚えはある。確か今は部長もやっていた筈だ。
「突然だけどあの予算、どうにかならないかな?」ちょっと大げさな仕草で肩を竦め、ソウマは言った。
「あれじゃ安すぎて、今度のコンクールに満足な小道具や衣装が用意出来ないんですけど」
「んー‥‥どうにかしたいところだけど、今それどころでもないのよ」
「というと?」
 問われたので、あまり広められたくない話題でもあるので内密に、という条件をつけ、アスナは事件のことを話す。
 すると、ソウマの眼の色が変わった。
「それを内密にってことはアレですね。ここで解決したら予算を増やしてくれるってことですよね?」
「はい!?」
「そういうことですよね?」
 念を押され、アスナはうーん、と首を捻って思考した。考えてみたが、特に断る理由も見つからない。
「‥‥まぁ、本当に解決したら優先して回すように考慮してもいいけど」
「そういうことならこの名探偵にお任せあれ!」
 そう宣言するとソウマは踵を返し、風のような速さで走り去っていってしまった。
「‥‥やっぱりあんまり広めない方がいいわね、これ」
 今一度決意を固めた後、もう一人事件のことを話した人物を思い出す。彼も彼で、事件の事を調べてみると言っていたが――。
「今頃書記は何を調べてるのかしら‥‥?」

 ■

「先生、指紋などは取れないんですか」
「俺ぁ鑑識とかじゃなくてただの養護教諭だぞ。そんなん取れるかよ」
「‥‥それもそうですね」
 同刻、その書記――アルヴァイム(ga5051)はといえば保健室で、ゲルトとそんな会話を繰り広げていた。
 ただの、とか言いつつも、暴行されてからどれくらいの時間が経っているかは校長のぼこぼこになった顔を見て判断した辺りやはり謎だ。ちなみにその暴行されたと思しき時間、保健室には高等部の生徒が訪れていたという。後にその生徒にも保健室に行っていた旨の確認を取り、ゲルトのアリバイは一先ず立てられた。
 保健室を退室すると、廊下や職員室などで生徒、教員に同じように色々聞いて回る。ただし、まだ校長のことを知らない人間が殆どなこともありゲルトの時と違って遠まわしな質問だったが。
 ある程度聞き込みを終え中庭に出ると、何やら屯している三人組に出くわした。
 生徒会に属していればよく見る顔でもあった。番 朝(ga7743)を中心とする三人の集団。確か本人たちは、裏生徒会とでも名乗っていたか。
「是は清掃では無い。番会長の通る道の異物を排除しているだけだ」
 メンバーの一人、夜十字・信人(ga8235)はそう言っているが、実際今彼がやっていることはどう見ても中庭のごみ拾いだ。
「おい。よっちー、俺はな、ヒラヒラしているのは女子のスカートとか、ゴスロリしか認めない主義なんだが。カーテンの取り換えとか、マジ有り得ねェし!」
 此方はもう一人、紅月・焔(gb1386)。裏生徒会の会長である朝とともに花壇の手入れをしながらそんなことを宣う。
 実は朝を除いた二人としては、裏生徒会を校則なんざくそくらえな極悪非道な組織にしたい、という思惑があった。
 ところがどっこい、会長とした朝はそんな二人からすれば『とてもいい子』だった。それこそ、毒気を抜かれてしまうレベルの。
 そんなわけで裏生徒会は、今や一種のボランティア組織と化していた。余談だが、朝が今二度目の高校一年生を送っているのは活動が楽しすぎたからという噂である。
(‥‥まぁいいか)
 今必要なのはそんな情報ではない。書記は三人に接近すると、暴行が行われたと思しき時間(というのは伏せたが)に何をしていたのか尋ねた。
「んー、俺たちはずっと中庭にいたぞ。なー?」
「うむ、番会長にとっての異物排除をな。目撃者も多い筈だ」
 朝に話題を振られ、信人が肯く。
「でもいきなりどうしたんだー? 何か事件でもあったのか?」
 勘で言ったのかどうかは定かではないが、朝が口にしたその一言に書記は僅かに反応をみせざるを得なかった。
「んん?」そして、野生で育ったせいか朝はそういう変化に敏感だった。
 ここで話を逸らすと余計追及されて面倒になりそうな気がする。仕方なく書記は事の次第を掻い摘んで話した。
「‥‥校長がか」
「まぁ、貴方達は中庭にいたという証拠もありそうなのでいいんです。それでは」
 ――別れ間際に信人が見せた僅かな表情の変化を気に留めながら、書記はその場を後にした。

 それから向かった先は、校長の第一発見者であるユネがいる用務員室である。
 事件のショックから漸く立ち直ったらしい彼は、「僕は校長を発見する直前までここに居たよ」と答えた。
 それには同僚の用務員が証人となり、これまたアリバイは立証されたのだった。

 ■

 簀巻きにされた校長が、自力で木の下に行けるわけがない。
 木の下に行き、その場の乱れ具合からしてその場で簀巻きにされたわけではないと考えたソウマは「ならどこからか運んできた筈」と結論づけた。
 校長は割と駄目な感じに太っている。単独犯なら引き摺らずに運ぶことは不可能だろう――などと考えつつ足元を見回していたら。
「あった」割と近くの地面に、箒で掃かれた後ではあったが若干何かを引き摺った形跡を発見する。
 そのまま形跡を追跡していたソウマはその作業に集中するあまり、
「‥‥ん?」
 一階に戻ってきていた雄人が壁を挟んですぐ向こうの廊下から自分を観ていることに気づいていなかった。
「何をやってんだ‥‥?」
 姿勢を低くして何かを追っているソウマの姿を、斜め後ろから観察する雄人。自然、彼の姿勢もまた低くなる。
 そしてその低い姿勢を、廊下の角から発見した一組の少年少女がいた。
「雄人‥‥?」
「ほんとだ」
 リオン=ヴァルツァー(ga8388)とアメリーである。顔を見合わせ、雄人の不審な様子に首を傾げる。そしてどちらからともなく、不意に目を合わせたことに照れ臭くなって目を逸らした。それもそのはず、この二人、中等部一年のクラスメートにして付き合い始めたばかりの恋人同士だったりするのだ。
 アメリーが怪我をしたというので心配したリオンが保健室に行ったのは、事件が発覚した直後だ。ゲルトは高みの見物を決め込み、アスナは生徒会長としての義務感からか(実際はその予測は正しくないのだが)事件解決に乗り出した。
 自分が訪れた後もまだ少し恐慌状態が残っていたアメリーを宥めつつ、リオンもまたどうしようか考えた。
 というのも、事件発覚に前後し副会長である雄人の姿が見えなくなったという話を聞いたからだ。リオンにとって彼は歳の離れた親友でもある。
 彼なら何か事件について知っているのではないか――と思い、ちょうど探しているところで見つけたのがその光景である。
 見たところ、雄人も雄人で誰かから姿が見えないようにして動いている。誰かは分からないが、何となく今すぐに声をかけるのは躊躇われた。
「僕たちも‥‥ついてってみよう」
「うん」
 気を取り直し、リオンとアメリーもまた足音を立てないように雄人の姿を追い始めた。
 前を往く雄人は、廊下の突き当たりに到達するところだった。その少し手前からは窓もなくなったので、彼もまた普通に立って歩き始めている。ちなみに突き当たりと言っても一階のそこには扉があり、学園の西棟と東棟――今いるのは東棟だ――を結ぶ石畳の屋外通路へ通じている。通路は上靴でも通行できるため、別段歩みを止める理由にはならない。
 今は開いているその扉を通過した直後――雄人は突如、通路を伝って西棟の方へ全力で駆け出した。
「えっ」
 リオンとアメリーは突然の動きに戸惑いながら、それでも駆け出して同じく屋外の通路へ出る。
 雄人の姿は既に見えなくなっていた。西棟に行ってしまったのだろうか。あの動きからして、すぐに立ち止まったとは思えない。
 本当に、一体どうしたんだろう。
 今度もまた自然に顔を見合わせたところで、
「どうしたんだい?」通路の反対側――庭がある方から声をかけられた。
 用務員のユネが立っていた。不思議そうな表情を浮かべていた二人の顔を、これまた不思議そうな表情で見下ろしている。
「えっと‥‥ついさっき、そこに副会長が居たんだけど、急に全力で走って行っちゃって」
「へぇ。僕は今そこから出てきた所だから見てなかったけど、何かあったのかな」
 と言いつつユネが指さしたのは、東棟の裏側――用具室がある方面である。
「何か‥‥は、僕たちもわからないけど」
 結局のところ雄人の行動の真意がわからず、リオンとアメリーはただ首を傾げるしかなかった。

 その十数分後、新たな事件が発覚する。
 ――校長同様に簀巻きにされたソウマが、やはり保健室に近い木の枝にぶら下げられているところを発見されたのだ。
 今度はその光景を目撃したのは、朝率いる裏生徒会だった。書記に事件のことを聞いてから何やら様子が変わった信人の提案で、「校長の騒ぎの後で汚くなったであろう周辺を掃除に」やってきたところで、これだ。
「ど、どうする?」
「どうするも何も‥‥とりあえずちょうど近いところに保健室があるわけだし、運んでおくか」
 朝の疑問に信人がそう答え、三人がかりで吊るされている簀巻きを解放し、意識のないソウマを保健室に運びこむ。保健室は窓が開いていた為、態々廊下から回りこむ必要もなかった。
 保健室にゲルトの姿はない。疑問に思った朝が入り口の扉を見てみると、外側に「すぐ戻ります」という張り紙がなされていた。
 朝が保健室の中に戻ると、ソウマを寝かせたベッドの横で
「末端のボヤとは言え、大火事になる可能性もある。火消しは俺の役目だ」
 信人が険しい表情を浮かべ、そんなことを呟いていた。
「火消しがどうかしたのか?」
 ひょい、と信人の顔を覗き込み尋ねる。
 すると信人は「しまった」と言いたげな表情を浮かべたが――やがて何かを観念したかのように、一つ息を吐き出した。
「番会長、すみません。実は自分は‥‥」
 そうして信人は、自らの正体について口を開いた。
「自分は‥‥教育委員会の内部諜報機関から派遣された、工作員なんです」
 正直な話年齢的に学生はかなり無理があったのだが。
 というと今は似たような立場にある生徒会長とも昔何度か顔を合わせており、今の立場では遭遇する度、
「高校生はもう無理っぽいんだが、上が聞いてくれん」
 という愚痴を聞かせてもいる。童顔の分まだそこに無理のないことが少しだけ羨ましく思える彼女との関係が発展するのは、もう少し先の話だ。
 それはさておき、正体を明かされた側の反応はというと。
「やっぱりそうか、言ってくれてありがとだ」
 あまり驚いていない様子で笑顔を見せた。
 実際、朝はあまり驚いていなかった。年齢も含め、前々から何となく察せられる要素はあったのだ。打ち明けてくれたことに素直に喜んでいた。
 一方、焔はと言えば。
「何それ!? ズルい! アタイもそう言うのやりたいヨ!!」
 そんな感じで散々羨ましがった末、「二号になるから重体になれ!」と、どこかの変身ヒーローの設定みたいなことを言ったら信人に全力で殴られた。
「でも‥‥言っちゃってよかったのか?」そんな焔を慰めながら、朝は信人に問う。
「いいんです、会長になら」
「いや‥‥そうじゃなくて、扉の外に誰かいるぞ、二人」
 と、人数まで気配で把握したのは彼女の能力でもあるので今更信人に驚きはないのだが、告げられたことが示す事実に顔を顰めた。
 扉まで歩み寄り、全力で開け放つ。するとそこにはしゃがみこんだヒューイと、それを見下ろしている生徒会書記の姿があった。
「いつから聞いていた?」
「お‥‥俺はお前が自分の正体を言った辺りから」
「私はつい今しがた。正体のことはこの新聞部員に聞きましたがね。尤も、先程の貴方の様子で何かおかしいとは思ってましたが」
 ヒューイはまずいと思ったのか若干冷や汗を垂らしながら、書記は至って冷静にそう答える。
 二人の顔を交互に見た後、信人は諦めたように溜息を吐いた。
「まぁ‥‥どのみち他にも知られていると言えば知られているんだがな。秘密にする方向で願いたい。公にされると事件の処理もおちおちできん」
「とすると、貴方は事件が起こった原因に心当たりがあると?」
 思わぬ書記の発言に、信人は眉を顰めた。実際あるにはあるのだが、そう感づかれるところまではまだ話は入っていない。
「――どういう意味だ?」
「いえ、教頭先生の許可を得て校長室に入ったところ、興味深い資料を発見しましてね」
 そう言って、書記は片腕で抱えていたファイルを、もう片方の手でぽん、と叩いた。
「‥‥ここでする話じゃないな。中に入ってくれ」
 信人は言う。
 ちなみにその時さりげなくヒューイも保健室に入ったが、この際気にしないことにした。

「――先ずは俺が知っていることを言うべきだな」
 場に居合わせた面々がそれぞれ位置を確保したところで、信人は語り出す。
 教育委員会内における、改革派と守旧派の対立が全ての発端だ。
 改革派は重役ポストの見返りに、校長に資金援助をさせていた。それが、学園内におけるあらゆる予算の削減の理由だと考えられる。
 勿論現段階では予測でしかなく、その証拠を掴むために信人は動いていたのだが――
「その前に、守旧派の中の過激派に校長の行為を感づかれた。その結果が、今回のこれだと考えている」
 信人はそこまで言ったところで、事件についての背景を知っていると思われるもう一人の生徒――書記を見た。
 書記は一度肯いてから、口を開く。
「――そういった背景もあるのでしょう。ですが、それだけではなかったとしたら?」
「‥‥何?」
 意外な言葉に、信人を含め全員が首を傾げた。
「ここに二つの資料があります。両方共、今年度の学園の予算をまとめたもの――それぞれ学園内で決議されたものと、教育委員会に提出したものです」
 流石にコピーはしてこなかったのか、その資料を二枚ともまずは信人に手渡す。
 流し読みをし始めた信人の表情が、徐々に険しくなっていった。
「何だコレは‥‥予算全体の額が、学園内と教育委員会でも異なる‥‥?」
「貴方――いえ、諜報機関の推測はおそらく正しく、その資金援助を加えた額が教育委員会の資金援助にあてられたものなのでしょう。実際、雑費が学園内向けのものよりも遙かに多い。
 ですが、その全体の差額は一体何かと考えたとき――出てくる答えは一つだけでは?」
「えーっとつまり‥‥校長が教育委員会さえも騙して予算を掠め取ってたってことか?」
「ご名答」それまで口を閉ざしていたヒューイの指摘に、書記は肯いてみせる。
「そうなると――守旧派だけじゃなく、改革派も事件に絡んでいる可能性が出てくるのか」
 なんだか話がややこしくなってきたぞ、と朝が唸った。ちなみに焔は未だに慰められている。よほど痛かったらしい。
「一人は‥‥心当たりがある。出来るだけ目立たずに、予算に介入出来る人間と言えば‥‥」
 少しの間思考に耽っていた信人が口を開いた。目立たない、という意味ではすぐ近くにいる書記も同じだが、彼が当事者でないことは既に明らかだ。
「――副会長だ。派閥のしがらみがなくとも、彼には『早なんとかさん事件』で校長への恨みがある筈だからな。ボコボコにするくらいはやりかねん」
 全校生徒の前で名前を思い出されなかったという物凄く痛々しい事件を引き合いに出し、信人はそう推理した。

 ■

 で、未だにリオン以外からはこの報告書内で名前を呼ばれない副会長――雄人はといえば。
「ここまで来れば大丈夫か‥‥」
 西棟三階まで駆け上がったところで息を整えていた。
「しかし参ったな‥‥まさかあんなことになってるなんて‥‥」
 もはや自分の身も安全とは言い切れないかもしれない。そんなことを考えたとき、
「あら、あなたは――」声をかけられた。
 見ると、教育実習生の御崎 緋音(ga8646)がそこに立っていた。確か担当は美術だった筈で、となるとこの階にある美術室に用があるのだろう。
 その緋音は雄人の顔を見、何かを思い出そうとしているようだった。
「えっと‥‥はや‥‥早‥‥早なんとかさん?」
「‥‥」
 またか――。
 副会長になってから、何度そう呼ばれただろう。
「あ、ちょっと、ごめんなさい、思い出せなくて‥‥っ」
 そんな少し焦った緋音の声など聞かず、雄人はそのまま階段を更に駆け上がった。
「行っちゃった‥‥ま、そのうち思い出すよね」
 雄人の姿を呆然と見送ったかと思いきや緋音は割とあっさりと開き直って(そしてその『そのうち』が来ることはないのは言うまでもない)、自分は自分の用を済ませることにした。
 美術室に隣接する美術準備室の扉の前に立ち、手をかける。鍵のかけられた扉は頑として開きそうになかった。
「ここにイネース先輩が‥‥」呟く。
 緋音はイネースの女子大における後輩だ。緋音自身は賞を獲ったりするほどの実力を持ち合わせているわけではなかったが絵を描くこと自体は好きで、イネースはそんな彼女にとって憧れ――と同時に百合的な感情の対象でもあった。
 加えて言えば、この学園にはもう一つ思うところがある。
 教育実習生というのは基本的に、自分が卒業した学校に来るものである。彼女もまた、この学園には高校一年時に編入し卒業したクチだ。
 そして高三になって将来について未だ思い悩んでいた自分の背中を、簡易なアドバイスで押してくれた二つ下の後輩の存在があったから、今の緋音がここにある。
(それに朔夜くんと会うのも久しぶり‥‥。二人とも元気かな?)
 などと考えながら、今度は扉をノックする。
「イネース先輩、居ますかー?」
 すると中からは何やらぎしぎし音がして、その後
「今の声は‥‥」
「‥‥朔夜さんも知っているんですか?」
 そんな会話が聞こえた。後者の声の主はイネースで――前者は男の声だったが、緋音にとって聞き覚えのある声でもあった。
 まさか、と思った矢先、鍵が解かれて扉が開き――出てきたのはイネースではなかった。
「‥‥緋音」
「‥‥朔夜くん」
 緋音にとっては思いがけない形での再会だった。朔夜の後方にはイネースの姿もあったが、今はその喜びよりも驚きの方が大きい。
「どうして朔夜くんがここに‥‥?」
「‥‥まぁ、色々とな」
 朔夜が不意に目を逸らしたこともあり、気づいた。よく見てみると朔夜の服は着崩した――というよりも、慌てて着込んだような着方になっている。
 後方でやはり気まずそうに視線を彷徨わせたイネースも同様で、彼女のそんな姿は緋音の中の記憶にもイメージにもない。
 なんとなーく、今まで二人が何をしていたのか飲み込めた緋音だった。何をしていたのか明記すると報告官が蔵倫に裁かれかねないので勘弁願いたい。

 イネースと朔夜が幼馴染の関係にあったことを、緋音は中に入って初めて知った。
 しかし一年間とはいえ、共に過ごした高校時代というのはイネースと朔夜の間には存在しない。
 だからそんな懐かしい昔話に花を咲かせていたら、イネースは妬いたのか少し不機嫌になった。
 緋音がそのことを謝ると軽いジョークのようなものだとイネースも解釈したらしく機嫌は直り、久しぶりにイーゼルを並べて絵を描いたりした。
 でもって、二人が「そういう仲」になっていたことにも驚いたものの――ある意味、緋音には都合が良かったとも言える。
「一人より二人、二人より三人。皆で幸せになりませんか‥‥?」
 この発言を期に学園風紀的に余計アレな展開になってしまうかどうかは、ここでは語らずにおこう。
 明記すると報告官が蔵倫に以下略だからだ。

 ところで、R指定一歩手前の展開を書いてて報告官も半ば存在を忘れかけていた彼のことも触れておかねばなるまい。
 そう、早なんとk‥‥もとい副会長、雄人である。
 緋音に心を傷つけられた後、彼は勢いで屋上まで駆け上がっていた。屋上の風に当たり心の傷を癒すのは結構癖になっているのだ。
 ところが――だ。今回はそこに、先客がいた。

 一方、尚も雄人の行方を追っていたリオンとアメリーは――最終的に、彼はまた屋上に行っているのではないかと結論を出していた。
 そして西棟の最後の階段を上りきり、後は扉一枚向こうに屋上の景色が待っている――というところで。
「しっ」
「‥‥どうしたの?」
 少し開きっぱなしになっている扉から先に出ようとしたリオンが、アメリーを手で制した。もう片方の手の人差し指は『静かに』サインを出している。
 扉の向こうの景色が見えないアメリーは戸惑いつつも、肯いた。

 ■

「演劇部の部長も襲われたって‥‥んー、やっぱり下手なこと言うんじゃなかったかも」
 アスナはちょっと責任を感じつつ、保健室の扉を開いた。ちなみにソウマが襲われたことを教えてくれたのは書記である。ついでに、事件の真相についてもある程度見えてきたという。
「失礼しまー‥‥って、随分大勢人がいるわね」
 書記は当然とし、それ以外にも四人も生徒が待ち構えていて、しかもここの主であるゲルトがいないとはどういうことだ。
「本人の様子はどう?」気をとりなおして、アスナは書記に問うた。
「暴行も受けた跡がありますが‥‥その前に眠らされたようです。怪我はそこまで酷くないですし、直に目を覚ますでしょう」
「ん‥‥ん」
 言った傍から、ソウマが寝ているベッドから呻き声が響いた。
「大丈夫か?」ベッドの傍にいた朝が心配そうに声をかける。
「‥‥はい」痛みよりは残る眠気の方が強いのか、目をこすりながらソウマは身を起こした。
「僕は一体どうしてここに?」
「校長と同じように簀巻きにされていた。一体何があったんだ?」信人が問い返す。
「えーと、僕は、校長の簀巻きを運んだ跡を追いかけて‥‥あぁ、それで誰かに後ろから急に布で口を塞がれたんです。
 そしたら段々眠くなってきて、気がついたらここにいました」
 ソウマ以外の全員が顔を見合わせた。
「クロロホルム‥‥?」
 更にその次の瞬間、扉がノックされ――
「‥‥あぁ、やっぱり会長はここにいた」
 リオンとアメリーが入ってきた。ふたりとも、半ば呆然とした表情を浮かべている。
「どうしたの?」
「僕たち‥‥見ちゃったんだ」アスナが尋ねると、リオンが答えた。
「雄‥‥いや、副会長と、ゲルト先生が‥‥屋上で、事件について話しているのを」
「‥‥クロロホルムも、先生なら使えておかしくはないでしょうね」
 書記がそう呟く。
「両方の派閥が絡んでいるとしたら、もう一人の当事者はやはり副会長か?」
 信人の呟きに、「当事者?」アメリーが首を傾げた。
 ちょうどいいので、保健室内で分かったことを共有すると――
「あぁ‥‥違う‥‥副会長じゃないんだ。
 僕たちが見たのは‥‥副会長が先生に、事件の犯人について口止めされていたこと‥‥」リオンはそう首を横に降った。
「それ、もしかして用務員?」
 ベッドの上からソウマが問うた。リオンとアメリーは、驚いた様子で肯く。
「そうだけど‥‥何で?」
「僕が眠らされたのが用具室の前だったから」
 ソウマの件については今初めて知ったらしく二人は再度驚いたようだったが、直後、何か合点がいったようで肯きあった。
「それ‥‥ユネさんだよ」
「ゲルト先生もそう言ってたし、わたしたち、東棟出たところで『用具室から出てきた』っていうユネさんに会ったんだもん」
 その言葉には、今度は二人以外の全員が驚かされた。
「なるほど――校長の時は暴行したのがユネさん、吊るしたのがゲルト先生だとすれば、ふたりともアリバイが崩れます」
 いち早く冷静になった書記がメモに目を通しながら、それぞれの作業に必要な時間を考慮してそう結論づけた。
 最初、暴行から簀巻きにするまでの一連の時間が犯行時間だと誰もが考えていた。
 ただし、複数犯となればその考慮の必要はない。
 ユネのアリバイは簀巻きにした校長を用具室から木の下に持って行くまでの時間しかなく。
 ゲルトのアリバイは逆に暴行時間(彼はこの時間に高等部の生徒の治療を行っていたのだ)と木の下に吊るされた後しかない。ぴったり合致する。
「僕の時は――ゲルト先生が眠らせて用具室に運び込んだ」
「そのまま校長の時と同じように暴行を加えるつもりだった‥‥?」
 ソウマが思考し、ヒューイが可能性の話をしたところで、
「でも、眠らせて運び込んだところを副会長に見られた、としたら?」
「どうして?」思いがけず副会長の名前が出、アスナは再度リオンに問う。
「多分、そこの先輩を廊下から追ってたんだと思うけど‥‥副会長、僕たちのすぐ前に‥‥ユネさんを見た筈なんだ」
「で、用具室とは逆方向にある西棟に逃げたんだよ。いきなり走り出したからわたしたちも吃驚したけど、自分も危ないと思ったんだって今なら分かる」
 そこまで聞いて、漸く事件の全容が見えた。
「‥‥そういうことなら、ユネさんやゲルト先生は多分、副会長が演劇部長を追ってるのが見えたのよ」
「ユネに簀巻き作業を任せ、ゲルト先生は副会長の口止めをしに屋上へ先回りした、ということか」
 アスナと信人が口にした言葉で、犯行手口の全てが繋がった。
 まさにその瞬間だった。
「――何かさっきより客が大勢いるなー。お前らどうかしたのか?」
 ――自分の行いがばれたとは思っていないゲルトが、自分が主でもある部屋に戻ってきたのは。
「‥‥ん? ホントどうかしたのか?」自分を睨みつける十八の瞳に、ゲルトは首を捻る。
「‥‥アンタ、教育委員会のどっち派だ?」
 その信人の詰問にゲルトは一瞬片眉を上げた後――苦笑を浮かべ。
「何だ、バレちまったのか。つまんねーな」
 降参、とばかりに両手を上げつつ「守旧派だよ」と答えた。

 ■

 事件の動機と犯行手口は、両方共皆の予想がほぼ的中していた。
 校長が教育委員会そのものを欺いたことに怒った改革派はユネさんにポスト着任の約束をし、今回ばかりはと守旧派のゲルト先生と結託し『処分』を実行したのだという。
 演劇部長――ソウマ君の事件は二人にとっても想定外だったそうだ。というのも、ユネさん的には掃除の際にばっちり簀巻きの引きずり痕は消したつもりだったから。
 簀巻き痕が用具室から続いていることに気づかれたら拙い――ということで考えた策らしい。

 事件が収束し、校長は世間体のこともあって懲戒免職になった。
 突然のことで驚く生徒も多かったけれど、それ以上に予算緊急再編による部費の増加に喜ぶ声の方が強かった。年度始めだから出来た芸当とも言える。
 予算が増えたのはイベント系も同様だ。
 予算削減の煽りを受け今年の開催は危ぶまれていた学園祭ライブフェスも実施可能な状況になり、天鶴さんは去年以上にテンションを上げて関連の仕事に早くもとりかかっている。
 それには書記――と呼び慣れすぎて名前が思い出せない――も一枚噛んでいて、プロのアーティストを招聘する為の資金として最悪募金活動も行うつもりらしい。

「そういえば結局、生徒会長は何の用件で潜入してるんだ?」
 事件から暫くして、昔顔を会わせた縁で正体には気づいているけれども私の潜入用件までは知らない信人さんにそう訊かれた。
「貴方のと似てるわ。まぁこっちは組織内の派閥争いとかは全く関係なくて、予算着服の疑いだったんだけどね」
「あぁ‥‥例の、書記が持っていた資料のことか」
 肯く。
「でもそれなら解決はしたんじゃないのか?」
「そっちこそ、校長がいなくなった以上この学校にいる意味ないんじゃないの?」
 なのに今も未だ、ふたりとも制服だ。ちなみに私の会長職も続いている。
「校長が居なくなった途端転校するとか、不自然にも程があるだろう」
「それ言ったらこっちはもっと厳しいわ。いきなり辞職とか出来ないもの‥‥」
 ――そうして、二人揃って盛大に溜息を吐き出した。
 年齢を偽っての学園生活は、まだ暫く続きそうだった。