●リプレイ本文
●道
──平地。
北から吹きつける風はぬめりを含んでいた。
生温い暖気に不快を感じ、女は汗を拭うと広がる遠景へ目をやる。
晴天の下、道の先、山の麓にひっそりと佇む街並みは日常に遠い、荒廃こそがよって立ち静かに待っている。
外気に触れ湿った肌に汗が濡れる。
「貴方たちは傭兵。それなら自分達の居場所に戻りなさい」
作戦の指揮を執るメーメルは去り際、能力者達向かってそう言った。
兵士も傭兵も駒にすぎないのかもしれない。
女。
クレア・フィルネロス(
ga1769)は、メーメルに対してささやかな反感を抱いていた。
兵士も傭兵も駒にすぎないのかもしれない。
メーメルの態度はある点からみると正しい。だが、正しさだけでは人の心を救わないのをクレアは知っている。小さなわだかまりといってしまえばそれまでだ。
納得できない点があるとしても。
そんな思いもあってだろうか、クレアは無言のまま歩んでいる。
一団は、進む。
三島玲奈(
ga3848)
周防 誠(
ga7131)
水葉・優樹(
ga8184)
天城(
ga8808)
ミスティ・K・ブランド(
gb2310)
クレアを合わせて六人。
小柄な玲奈は彼女の背丈に見合わないほどの大きさの武器を所持していた。
アンチマテリアルライフル、玲奈の想定は対戦車ライフルのようだ。
対戦車ライフルとはWW1・2の初期において活躍した銃の一種、狙撃銃を巨大化したもの思い浮かべると良い──云々‥‥‥薀蓄は省略。
玲奈は戦車に対する切り札として銃を用意したらしい。所持している玲奈自身、ときおり足元がふらついている気もするが、
「奢れる奴が私を呼んだ。ビートル‥‥‥歯応えのありそうな獲物だ」
どうやら玲奈は自分の世界に浸っているようだ。
「三島さん。銃が不均衡ですね」
「良い質問だ周防一等兵。だが問題はない。戦車兵といえばこんな感じがお約束、最近小説で読んだ」
「‥‥‥」
周防は黙った。彼がいつから一等兵になったかは知らない。階級がUPCに存在しているかも謎である。
そのあたりの確認は本部へ。
ともかく質問した周防はやや呆れて答える。
「理屈として合って‥‥‥います。ただその服装に意味はあるのですか?」
玲奈はセーラー服を装着、下半身はジャージ、被っているのはかぼちゃ。
さらに対戦車ライフル(もどき)を担いでいる。言うまでもない、きっと狙っている。「笑いをとるためには、命をかけるのがお笑いの魂!」
そう、力強く断言すると、場が一瞬沈黙した。
命をかけるなら別のところにしたほうが良いのでは? やりとり見ていた仲間の大半はそう思う
「大丈夫なのか、これで」
緊張感の薄いやり取りを見て優樹は溜息をついた。
確かに救出に向かうと決めた。けれど自分一人で頑張っても上手くとは思ってはいないだからこそ──。焦りを含んだ緊張。
優樹はこの作戦に対して複雑とまではいかないが多少思うところがある。内部にある衝動はクレアがメーメルに抱く思いに近い物かも知れない。それは冷静さに対するささやかな反発、感情という名の持つ抵抗。
「今日も晴天です。楽しくなりそうですね」
見上げていた空から視線を戻すと天城は答える。
戦場に不釣合いな雰囲気の天城、玲奈と周防のやり取りを微笑みつつ眺めている。玲奈天城の返事で雰囲気はより和やかになった。
沈黙を保っていた最後の一人がぽつりとこぼした。
「こういう戦いも傭兵らしい」
ミスティ・K・ブランドが締めた。
格好は‥‥‥どういう意図でそういう格好しているかは謎だが目立つ。
説明は
【ベビーフェイスをミラーシェイドで隠したグラマラスレディ】
詳しくは彼女を目視せよ。
さらに行軍は続く。
──隘路。
「万事・息災、ですね」
呟き立ち止まった瓜生 巴(
ga5119)は飽いている。
退屈という状況もいくつかの因子があって成り立つものだが、彼女とってのそれは何なのだろう。
瓜生は瓜生なりの計算と理屈を用いてこの道を選んだ。
結果、障害に遭遇していない。
「瓜生さん、どうかしましたか?」
周囲の様子を伺う瓜生に気づいたのは追いついたリディス(
ga0022)だった。
立ち尽くしている瓜生に不審感を受け声をかける。
「いいえ、なんでもありません。ただ、予測通り過ぎて」
つまらない。瓜生はそう感じた。
進軍に問題がないほうが自分たちにとって有利なのは分かっている。個人的推測もどうやら的中したらしい、それはそれで小気味良い。
だがなぜだろう? 何か物足りない。瓜生はリディスに退屈を告げるか迷った後、黙る。
瓜生の様子を見たリディスは、思案を巡らせるが淡々と続けた。
「行幸というところでしょう。私たちが早急にたどり着ければ、状況は楽になりますから」
「そうですね。このまま上手くいけば‥‥‥」
言った瓜生は右の指で髪を漉くと地へ視線を移した。
どこか物憂げな瓜生の態度の横、リディスもこのままでは終わるはずがない。
そんな予兆のようなものを感じていた。
●背反
前触れは無い、閃光がやって来た。
招かれざる使者は落撃し轟音あげるたび大地は砕ける。跳ね起こる突風は飛礫を巻き込み荒ぶ、放たれた黄の弾丸は歪んだ弧を描き二重の残光、螺旋を従えて迫った。
思考より感覚、本能は危険という文字をひたすら明滅させる。退き、仰け反る反射、脊髄を駆ける電流が両足の腱を縮め限界まで伸ばし飛ぶ宙、落ちる地に転がる身体、強く噛んだ頬の血は甘い。
咄嗟に散会した六人。
回避行動に入り各々武器を構えるが、視界に敵影はない。
「奇襲?」
周防が呟くより早く遠方より襲来する砲火の嵐は降り注ぎ道を穿ち衝撃によって道は徐々に悪路へと様相を変えていった。
「まいったねこりゃ、死ねということか」
周防は舌打ちして吐き捨てる。
自分の態度に気がついた周防は省み、先ほどの態度を隠すかのように照れ笑いを浮かべて見回す。
襲撃によって決定的な崩壊には繋がっていないようだ。
態勢を立て直した後、
「すでに友軍が敗退したという事ですか?」
煙の幕の立つ風景を睨み、クレアが最悪の結末を示唆する。
「まだ決まったわけではないですよ。きっと大丈夫」
天城が自分に言い聞かせるように言った。
もう、引き返すことは出来ない。
「迷っていても仕方ない。当初の目的に従い敵の狙撃点の確認、合流のため、索敵に出る」
岐路に立つ女、ミスティ。陽に輝く鏡面の縁を指で支えて彼女は言った。
「一人では無理だよ。俺も行く」
優樹が援護に就くとミスティに、
「足手まといだ、坊や。この役目は叩き上げ、歴戦の猛者に任せろ。それより」
ミスティが指さすそこにはそれほど大きくはない何者かの姿があった。どうやら飛行している物体、新手のキメラ?
「あれは! って俺のほうが年上なのに」
渋々、優樹は新たに出現したキメラを叩くため動く。
「どうやら、無駄口を叩いている暇はなさそうですね」
槍を構えたクレアは。
間断なく砲撃が続く中、
「行ってくる。これも任務だ」
誰に言ったのかは分からない。
彼女はその言葉を残しスロットを引き絞った。
着弾する弾丸よりも高らかに吠える機体の稼動音が響き渡り、ミスティは見えぬ敵へ行く。
襲撃の音は此方にも届いた。
「敵は目標を集中。もしくはターゲットが全滅した結果? 分からない。どちらにせよ、急ぐ必要がある。行きましょう」
瓜生の声に、
「それではお通りください。と、簡単に通してくれるほど敵も優しくもないようですね」 リディスが皮肉交じりに返す。
羽音のようなものが頭上から聞こえてくる。
瓜生は溜息をついた後、戦う準備を始める。
「時間の無駄。二人で問題ないでしょう。結局は──蚊蜻蛉」
目視もせず事なげに瓜生は言う、
「虫けらは駆除する必要がある。それだけだ」
リディスの髪の色がゆっくりと変わっていった。
外すわけにはいかない。
標的を定める指が震えた。
長い砲身が小刻みに揺れる。周囲で爆音が起きるたび集中が途切れる。
ミスティは敵の位置は確認、発見した。
前衛の数人はミスティを援護し敵を攻撃するため向かう、玲奈はライフルを構え地に這っている。
──少し前、射撃の準備をしていた時のことだった。
突然、玲奈は不安に襲われた。たいしたことではない、なんでもない。目標を決めて射つだけのこと、あれだけ自信があったのに。
「で、できるかな?」
劣勢に追い込まれつつある状況で思わず呟いた。それを聞いて拾ったのは
「玲奈さんなら、きっとできますよ。だから、落ち着いて頑張ってください。自分は行きます」
天城だった。
にっこり優しく微笑むと周防・クレアと共にミスティの元へ走りだした
ふと、玲奈はその光景を思い出す。
「大丈夫。やれる、やれる」
スコープに見えるビートル、角のような砲台がゆっくりと此方へ動きだす。
吐く息、呑む息。
集中しろ、集中しろ、集中するんだ。玲奈は言い聞かせるが捕捉するたび、ぶれる目標。トリガーにかける指先は重い。
目標、ビートルまで肉薄するまでまだ距離がある。
砲火に晒された仲間は時を追うたび傷ついてゆく。
玲奈の射撃によって頭数を減らせれば楽になるはず、だが装填された弾は五発しかなく──無駄撃ちは厳禁。
自分が失敗しても何も変わらないはずだ。そう言い聞かせてみたが鼓動は高まり続ける 敵の兜が此方を振り返った。
一点に視界を集め。
息を止め。
指を掛け。
「ファイエル」
撃鉄を引いた。
緑色の液が無造作に振りまかれた。
握った拳を開くと女は瞳を瞑る。
高揚感に混じり、冷たさ漠然とした不可解な思いが胸に広がる。
二つに寸断された虫は大地に落ちて弾む。だが、羽音は消えない、その数を増している。
「Goddam! 次はどいつだ。虫けらども」
言い放つリディス、瓜生は心中で高速計算の結果、不確定な予測だが、一つの答えをはじき出し。
「虚空に至る深遠。理に逆らう存在。我、汝に科を成さん。天地万物の定を歪め応報と化す流浪の民、退け異形。虚は無へと帰るがいい」
瓜生は輝く両手を翳すと放たれる光に彼女は包まれた。
「?? それは」
「ジョークです。普通に能力を使うのもつまらないだけ。それはいい、聞いてください。この場は私に任せてください。突破力はリディスさんのほうがある。あの砲火から推測すると敵はあちら側のルートに戦力を集中したみるのが妥当です。言い換えると敵の背面が薄いということ。仮に救出する隊が全滅していないのならば、人員だけでもこちらのルートから退却も可能でしょう」
瓜生は言った。
「だが、それはあちらの道の仲間を見捨てろってことじゃないのか」
リディスが反駁する。
「そうではありません。可能ならばリディスさんが背後から撹乱‥‥‥いいえ、綺麗事を言っても仕方ない、現在の私達の最優先するべき目的は孤立した部隊を救出することです。あちらが囮になってくれるのなら最大限利用します──このまま敗退してしまっては何のためにやって来たのか分かりません」
瓜生が一気に言い切る。
リディスは短い沈黙の後、問う
「やれるだけの事は、やる。それよりも独りで耐えられるのか?」
「勝算のない戦いをするつもりはないです。私も馬鹿ではありません」
自嘲めいた瓜生の態度、リディスは頷くと前面の敵を突破するため駆け出した。
放たれた弾は大気を裂いて飛んだ
旋風を纏い、目標に向かい歪んだ軌道を描いて。
指を引く瞬間、視界に映った敵、動けない玲奈は待った。痛みが襲ってくるのを。
しかし、痛みはやってこない。
接近する影を阻む男がいた。
握った柄、上段に構えた刃、両腕に流れ込む力によって圧迫された筋肉に膨大なエネルギー。
裂帛の気合を込め、優樹の剣が振るわれる。
音が風を追う、切っ先は敵の抵抗を超える。軌跡は真一文字、斬るのではない叩きつけるかの如き一撃。瞬間、動き止めたキメラは即ち両断される墜落する。
振り下ろした剣を戻し、笑みを浮かべ
「間に合った。俺が守るから安心して撃って」
玲奈に優樹はそう言った。
逸れた弾丸は前衛に届き、嘆きの声をあげた時、クレアは巨大な戦車と対峙していた。砲身が彼女を指している。
この距離では回避することも叶わないだろう。
敵影を確認することによって、ミスティは自らの役目を終えた。言い換えるのなら戦闘続行をするのに難しい状態ということに他ならない。
追ってきた周防と天城もまた満身創痍である。
「ここで──終わるのですか」
俯き携えた槍を支えに彼女は立つ、内部で吹き荒れる想いの嵐。
まだだ、まだだ、まだだ、まだだ、まだだ。
両手で槍を横に寝かせ胸の前で組み大きく息を吸う、そしてクレアは槍を強く握り、
「クレア・フィルネロス。参ります」
駆け出すクレア、その姿を見た周防は天城に声をかける
「クレアさんを援護します。ここを抜けなければ明日はありません! 行きましょう!」
けれど無慈悲にも砲身に満ちたのは。
時が固まる。
突き出した振る穂先、クレアの槍が届かず打ち出される弾。
クレアは覚悟を決める。
その時だった。
「駄目です」
突き飛ばされたクレア、そこに割り込んできたのは天城だった。
衝撃が二人襲う、寸前互いに反発し直撃は免れたがそのダメージは大きい。
「間に合った」
倒れたクレアたちが立ち上がった時、リディスが背後に到着した。
「遅いじゃないか、リディス、本当に遅いじゃないか」
三発目を装填した時、やって来たリディスの姿を見、玲奈はなぜか、泣きたくなった。
──リディスの登場によって状況は+に改善される。
作戦の目的である、隊の救出は隘路をもって実行された。
敵の殲滅は叶わなかったが、目的を果たした。
だが、この作戦の成功に意味があったのか、不明である。
●作戦結果
今回のポイント。
ルート選択。
【平地】
・目的地へ迅速に到達する。
敵に発見される可能性、進撃中交戦する確率が共に高い。
・敵は形態からして長距離砲撃を得意とすると考えられる。
仮に偵察用の別働隊が存在し連携された場合、先制、集中放火を浴び
本戦に至る前に大打撃を受ける危険性がある。
【隘路】
・地形上、奇襲も可能。その反面、移動に時間がかかる。
・移動に適した人材がいる場合こちらのルートを有効活用することによって挟撃。
最も有利に部隊展開した場合三方からの包囲戦も可。
【総括】
重要な点はルート選択における諸条件の想定。
到達時間、戦力の配置分散、敵軍配置の察知。
そして救出か? 殲滅か? 両方狙うのか、目的を明確にすることである。
なお、行動した結果については前述の報告書にまとめてあるため省く、そちらを確認するように。
以上。
今後の諸君の健闘を祈る。
【提出ファイル】 NO.00X
二律背反 END