タイトル:質疑する獣の丘〜VH〜マスター:雨龍一

シナリオ形態: シリーズ
難易度: やや難
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/05 22:38

●オープニング本文


前回のリプレイを見る


 砂漠での遺跡の事件。
 また 『みんな』 の力を借りた。
 本当に 『みんな』 優しくって驚かされる。
 僕の我侭なのに‥‥ どうして人ってそこまで優しく成れるんだろう。
 あの優しさが、僕にも持てたなら。

 あの方以外の人と触れ合ったのは何年振りだっただろう。

 あんなに感情を出したのはいつ以来だただろう。

 僕はまだ‥‥ こっち側にいられているのだろうか。


++++++++++++++++++++



 風が吹き荒れる中 何かが問い掛ける

 汝 我問いに答えられし者ぞ?

 その問いかけに答えし者

 我が守るものを授けようぞ

 富? 名声? それとも‥‥

 舞い立つ風の中

 問いに挑む者

 新たな一歩を生むやもしれぬ



++++++++++++++++++++


「カノン君。外は楽しいか?」
 いつものように地下へ降りていくと 『彼』 はそこにいた。
 いつからだろう‥‥ 僕がこの人と共に歩むようになったのは。
「イエス、サー。皆さんとても良くしてくれます」
「外部の‥‥人間の手を借りても君は見つけたい‥‥そういうのだな」
 『彼』 が笑みを作る。
 艶かしいほどの紅が歪んだ弧を描く。
 いつからだろう‥‥ この笑みが怖いと感じなくなったのは。
「しかし、サー。あの者の手を借りるようおっしゃったのはあなたが‥‥」
「カノン君、間違えてはいけない。私が頼んだのは 『彼女』 のことだったか? 私は言っただろう? 『我々の仕事をはじめようか』 と」
 『我々の仕事』
 それが 『彼』 の望み‥‥
「カノン君、私の探し物を忘れてはいないだろうねぇ?」
 白く長い手が僕の首筋を辿る。
 それは上の方へとなぞり上げ、そして顎の先端で止まった。
「なぁカノン君。君は力を持たない者。だからこそ私の加護が必要なのだよ。それを忘れてはいけない」

 ゆっくりと落ちてくる咎の印。
 僕に拒める術はない。
 いつからこうなったのだろうか‥‥
 いつまでこうなのだろうか‥‥

 この鎖を僕は‥‥


++++++++++++++++++++

 緩やかな風に包まれて白い大きな柱が鎮座している。
 古の神の祭壇。
 この温暖な気候は神の恵みなのだろうか。
 しかし、その恵みもここ最近の世界情勢によって撃ち砕かれつつある。
 ここもまた、その被害に近し場所であった。
 まだ大丈夫‥‥
 そんな言葉が耳につく。もしかしたら、すぐ戦場になるやも知れない‥‥が。
 戦地とは別に、ここにも平和を乱す話があった。
 質疑の丘。
 そう呼ばれる丘があると。
 その丘に行けば自らの理想の女性が現れる。
 そして質疑に答えれれば可の女性は我が物になると‥‥
 神の悪戯? とも噂されたがここ最近は事情が違っていた。

 質疑の丘に行ったものが帰ってこないのだ。

 生憎手がかりとなるようなものは存在しない。
 ただ、行った者達は皆

 夜に突然導かれるように家を出て行った‥‥

 それだけである。


++++++++++++++++++++

「さぁ、私の願いを忘れるでないよ?」
 新しく付けられた印と、古くから押されつづける呪言。
「‥‥イエス、サー。全てはあなたのために‥‥」
 いつもの通りに僕は従うだけ‥‥
 着けられた仮面が僕を殺す。
 動き出した感情が再び闇に沈む。


 僕はいつ壊れるのだろうか‥‥
 封じていた感情が、僕を壊す。
 どうすれば‥‥
 でも、まだ 『みんな』 の力も必要なのだ‥‥
 僕が壊れる前に‥‥
 『彼』 の望みが叶う前に‥‥
 お願い、誰か‥‥


    『彼女』 を 見つけて

●参加者一覧

大泰司 慈海(ga0173
47歳・♂・ER
ロジー・ビィ(ga1031
24歳・♀・AA
シエラ・フルフレンド(ga5622
16歳・♀・SN
アンドレアス・ラーセン(ga6523
28歳・♂・ER
草壁 賢之(ga7033
22歳・♂・GP
ラウル・カミーユ(ga7242
25歳・♂・JG
シェスチ(ga7729
22歳・♂・SN
Cerberus(ga8178
29歳・♂・AA
ラピス・ヴェーラ(ga8928
17歳・♀・ST
クリス・フレイシア(gb2547
22歳・♀・JG

●リプレイ本文

「ふふ‥‥今度こそ情報を見つけるのですっ!」
 シエラ・フルフレンド(ga5622)は小さく拳を握り締めると、いそいそと店を後にした。まだ早朝、小鳥すら寝ている時刻である。集合時間にはまだあるというものの、彼女はこの後消息を立つこととなる。
 たった、一つの計画を実行するために。



「ふ、フレイシア嬢!?」
 カノンは空港へと着くと、思いがけない顔をいつもの中に発見した。
 クリス・フレイシア(gb2547)、男装の麗人と言えば良いだろうか、彼女は最近立ち寄ることの多かった場所にて知り合った女性であった。といっても、カノンにとっては女らしくないという理由で女性克服になると思って近付きにはなったのだが‥‥
「いや、君の理想の女性が見れるかもしれないと聞いてねぇ。いても立っても居られなくなって参上したまでだよ」
 屈託の無い笑顔で答えてくれる。
「あの‥‥僕、調査に行くんですけれども‥‥」
「大丈夫、君の理想の女性しかと見せていただくよ」
 ぽんっと肩を叩きつつ、クリスは電車へと向かった。
「‥‥ハ、理想の女性ね。今一番嫌な話題だわ」
 丁度来たとばかりのアンドレアス・ラーセン(ga6523)は嫌そうに顔を背けた。つい先日、自分の兵舎での自棄酒に友人達を付き合わせた事を思い出す。
――そういえば‥‥こいつも駆けつけたんだっけか
 ふと、視線を下げると心配そうな顔のカノンが目に入った。思わず頭をくしゃくしゃに撫でるとカノンは困った顔をして見上げてくる。
 そろそろ知り合って3ヶ月、もう少し心を開いてほしいと感じるのは都合のいい話だろうか。秘密ばかりの彼を見つつ、苦笑が洩れる。
「いくぜ、コンパートメントだろ?」
「は、はい!」
 先に動き始めた人々に続くようアンドレアスはカノンのカバンを持って歩き出した。


「ふふっ。隣は確保しましてよ!」
 やけに気合が入っているロジー・ビィ(ga1031)は、乗り込んですぐ、カノンの隣を宣言した。
「ロジー‥‥」
 向かいに陣取ったCerberus(ga8178)が少し険しい視線を送る。
「まぁまぁ、それよりカノン。大泰司 慈海(ga0173)サンだ。結構いい年だが、頼りになるぜ」
「アンドレくん、そんな紹介は酷いじゃないっ! もぉ、折角の印象がー」
「慈海ちゃん、大丈夫でしてよ。カノンちゃんはそんな子ではございませんし」
 にっこり告げたラピス・ヴェーラ(ga8928)は備え付けのポットでお茶を入れていた。
「大泰司殿?」
「だめだめっ! 慈海ちゃんって呼んでよ!」
 慈海はイヤとばかりにふるふると首を振って訴えてくる。
「うっ。じゃ、じゃあ慈海さんで‥‥」
「仕方ないから許してあげよう。それで‥‥カノンくんって、どっかの箱入り深窓息子? 白いものって、汚したくなっちゃうんだよねー」
「ぼ、僕は別に白くないですよ」
「そうか‥‥カノたんは黒いのか」
 否定するカノンの答えにわざとらしく考え込んで見せたのはラウル・カミーユ(ga7242)である。いつもの飄々とした口調をわざと真剣なものへと変えていた。
「ちょっ! 何でそこまで発展するんですか!」
 からかわれていると気付かずにカノンはラウルに涙目ながら訴えている。
「大丈夫でしてよ。カノンはあたしが守ってあげますから♪」
 すっとどこから出したのか、ロジーはピコハンを高々と掲げ、カノンに抱きついてきた。
「だ、だからくっ付き過ぎないで下さい〜!」


「いつもこの調子?」
 草壁 賢之(ga7033)はすでに観察を決め込んでいるシェスチ(ga7729)に向かって尋ねていた。自分も経験があるが、他人のなんて拝めるのは実に珍しいとばかりに草壁も観戦モードだ。手には持ち込んだ菓子が握られていた。
「そうだね、いつも‥‥かな?」
 にこやかな面々はとてもこれから事件の捜査に赴く者には見えない。これから、何が待っているのか誰も知らない、幸福な一時だった。




「車窓から眺める海。いいねぇ〜」
 持ってきたお菓子を頬張りつつ、慈海は電車での旅を満喫していた。もちろん今回はそれが目的で集ったわけではないが、やはり楽しむべきところは楽しまなければ。そんな心情なのかもしれない。耳に入ってくるのは調査に必要な情報。カノンが知っていることを聞き出しては皆推測を固めていく。でも、心に余裕も必要なのだと一番の年配者である彼は心から思っていた。
「ほらカノン、景色が綺麗でしてよ〜」
 ロジーは隣に座るカノンの手を取り、いつものようにご機嫌の様子である。Cerberusは早々に諦めているのか、他のものと依頼について語り合っている。
「ろ、ロジーさん!? どうなさったのですか!?」
 慌てふためくカノンをよそに、ロジーは自分の方に寄せると窓の外をほらっと指差す。その様子を苦笑しながら見守っていたアンドレアスはふと、ロジーと目が合った。このいつもぽやぽやしている友人は何かにつけ彼がお気に入りらしい。真剣な瞳が交差する。
――あぁ、やっぱり大したものだぜ
 アンドレアスはその瞳で躊躇っていた一歩を踏み込むことを決意した。



 ちょっと‥‥そういって席を外すカノンを追いアンドレアスも廊下へと出た。今がその一歩を踏み出すチャンスなのかも知れないからだ。
「カノン、お前調子はどうなんだ?」
「え? 何のことですか?」
「しらばっくれんな。さっきだってメシ、ほとんど残してたじゃないか」
「‥‥大丈夫ですよ」
「ちょっと待て!」
 顔を逸らしてすり抜けようとしたカノンの腕をアンドレアスは掴んだ。とたんにカノンは顔をゆがめる。腕を怪我しているらしい。
「カノン!?」
 慌てて腕を引っ込めようとするカノンを今度は身体ごと止めた。びくっとしたものの、諦めたように腕の中へと収まる。深く息を吐くとアンドレアスは切り出した。
「俺はお前の味方だ。助けたいって思ったら躊躇わない。そう決めたから、さ」
 少し屈んで視線を合わせると、カノンの瞳は潤んでいた。そっと頭に手を置くと、そのまま胸へと収まり声を上げずに泣きだした。

 そのやり取りを始終見守っている男がいた。Cerberusだ。最初に会った時より依頼の他にボディーガードとしての契約を結び、ずっと傍らで見守り続けてきた。敵からは絶対的に、時には仲間からも守り抜く。それが彼との間に結ばれた契約である。しかし、今だ彼は必要以上には語ってこない。
――そろそろ、聞き出さなきゃ壊れそうだな
 先程の様子といい、この間の依頼といい、どうもバランスを崩してきているように見える。
――今こそ我が牙で盾となろう、それが俺の守り方なのだから
 Cerberusは先に室内へと帰っていく。



 ゆったりとした旅は地中海に面した町で終わりを告げた。神が祭られし町。戦の影が忍び寄る中、温暖な気候に恵まれている町は今だ活気を落としていない。しかし、その土地にも翳りが見える。噂だった。今より1年前、丁度バグア軍への本格的な反攻の火蓋が切って落とされた時に遡る。当時、まだ人類側の抵抗が小さな物だった事よりここも、今より安定した土地で無かった。そんな時、願いを叶える女がいるという話があった。その女の質問に答え、うまく正解することが出来ると‥‥そんな夢物語である。
 しかし、そこで話は終わらなかった。
 突如始まったのは深夜に起こる失踪事件。それも居なくなるのは年端もいかない少年達が多く、稀に成人男性が含まれていた。どこに消えたのか、今だはっきりしないその現状は徐々に広まり、今ではその年齢のものすら見かけることは稀である。家族が心配をし、遠くの町へと避難させているという現状である。
 つまり‥‥現在街の住人のほとんどが女性、もしくは年配の男性にて構成されているのだ。

「けっこう捜査が難しくなりそうだね‥‥」
 草壁はざっと調べた時点でこの事実を知らされる事となった。一緒に居る慈海も少し困った様子である。
「とりあえず、関係者から話を聞いてみるしかないのかも」
「そうですね、とりあえず当ってみましょうか」
 実際に町の警察へと立ち寄り、失踪者の資料を得ようと向かったのだった。


「俺、前の砂漠の町で重要なことを見つけたはずなんだが‥‥」
 ロジーと丘からの生還者を尋ねに行く途中、アンドレアスは考え込んでいた。無意識に首からぶら下げている十字のチョーカーを弄ってしまう。
「大事な事であればきっと思い出しますわ。あせらず、時を待つのも良いかもですのよ」
 おっとりと微笑むロジーの一言に、軽い衝撃を受ける。
「‥‥サンキュ、ロジー。だが、どうも嫌な気がするんだ。時間が無いような‥‥」
「大丈夫ですわ。皆、同じ思いですもの」
「あぁ、そうだよな」
 ロジーの微笑みは彼女の育てる薔薇のように、華やかに目に映った。


 ラウルは暖かい風を受けつつ、この事件について考えていた。過去、カノンが関わったとされる事件の報告書については手に入るものは一通り目を通した。本部に依頼して手に入ったのは2つの事件、いずれも失血事件であった。しかし、今回はどうも様子が違う。
 知り合ってから間もない彼だが、どうも気になる存在ではある。それは‥‥
――ダンピール‥‥なんか、同じ匂いを感じてるんだよね
 自分と似ているようで、だけど違う黒い髪の男の子。
「やっぱ、カノたんが調査しているからには関係ある‥‥カナ」
 ふと視線を上へと向けると、澄んだ空が目に入った。
「この空のように晴れ上がればイイのに」
 そう呟くと取り出した煙草をくわえ、火をつけた。
 銀色の髪を、静かに風が撫上げていくのを感じながら。

「伝承って、中々難しいですわね」
 困ったとばかりに深い溜め息を吐いたラピスは現在図書館へと身を移していた。人々に聞いて回ったところ、どうも古代から伝わる神話関係が主であり、それならここの図書館で調べた方がいいと判断したのだ。
「シエラちゃん、うまくいってるかしら」
 ふと、今回集合時間に現れなかった友人のことを思い出す。消息を絶っているのか、電話も通じない。
「とりあえず、わたくしの出来ますことをしてしまいましょう」
 頑張ろうっ、そう小さく力を入れると、再び多くの本に囲まれることとなった。

 シェスチは一人噂される丘へと向かっていた。現地についた際の聞き込みでは、日中は危険ではないらしい。また、先程警察に回った者達から現在は捜索が打ち切られつつあるとの話を聞いた。
「失踪事件なのになんでこんなに甘い‥‥かな」
 戦争が近づいているからなのか、それとも対象となるものが町から姿を消したからなのか‥‥。シェスチはいつも以上に真剣な面持ちであたりを窺う。ジャケットの下にはいつでも取り出せるように武器を忍ばせてある。もしもの時は、すぐに対処するつもりだ。
 見上げると、聳え立つ神殿がまるで全てを覆い隠そうと手を広げているようにしている。


 クリスは優雅に食事を取っていた。といっても、もちろん一人ではない。対面には頬を赤らめた女性が座っている。彼女は先日恋人が突如として姿を消したのを目撃した‥‥そう話していた女だった。
「可愛いお嬢さん、どうか僕にその時のことを話してはくれないかな?」
 すっと彼女の手を取ると、懇願の視線を向け、恭しく両手で包み込んだ。
「僕の親しき友人が困っているんだ。宜しくお願いするよ」
 そうやって微笑むクリスは、とてもかっこよく、男装の麗人には思えない、一人の紳士となっていた。


「カノン、これでいいのか?」
 一人カノンと共に行動を示唆したCerberusは、頼まれた物を運んできた。それは、数十冊にも及ぶ宿の記録。
「あ、ありがとうございます」
 そう言って、次から次へと中身を拝見していく。
「カノン、お前の探し物はなんだ? 俺には‥‥話せないものなのか?」
 運び終え、隣から覗き込むようにしてCerberusは問い掛けてくる。
「Cerberusさん‥‥」
「ここまで来たんだ、もはや部外者とはいわせない」
 真意が伝わってくる。軽く退けるも、カノンは何か硬く決意したように表情を変えた。
「わかりました‥‥後ほど皆さんにお教えしますよ」
 その目は、もう何かに脅えていた小さな少年ではなく、立派な一人の青年へと変わっていた。




 捜査から戻って情報交換の場でカノンは告げる事があると言い出した。
「僕は現在行儀見習として、ある方の下に仕えてます」
「行儀見習‥‥でらっしゃるの?」
「はい、父が亡くなった6歳になった時より11年間、その方の下で」
「お父さん‥‥亡くなってたのか」
「物心ついた時は、姉と共にその方の家に住んでいました」
「でも、カノン君も貴族‥‥なんだよね?」
 慈海が疑問を口にする。
「ええ、一応。16を迎えたとき、僕は後を継ぐべく『仕事』を覚えるよう言われました」
「『仕事』?」
「はい、現地に行って情報を受け取るだけですが。ただ、偶然にも奇妙な事態が多く‥‥」
「それで俺達を雇った‥‥か」
「はい」
「それじゃあ探しものって‥‥」
「ええ、『仕事』に必要なものです」
「それは、俺達だけでは探せないものなのか?」
「すみません、極秘事項でして」
「『仕事』って言うのなら仕方ありませんね」

「カノン、俺は一つ聞きたい。さっきの腕はどうしたんだ」
 それはいいとばかりにアンドレアスが切り出した。
「え」
「ごまかすな。腕、怪我してんだろ」
「な、なんでもないですよ」
「本当でして? アンドレアスちゃん」
「ああ。ラピス、悪いが見てやってくれ」
「ひ、必要ありませんって!」
「だめですわ、見せてくださいまし」
 そう言ってラピスはカノンの袖口を一気に捲り上げた。そこに見えたのは‥‥
「!?」
 周りで見ていた者たちが、息を飲む。白い腕に刻まれた無数の赤い線。中には青黒く変色しているものも。
「こ、これはいったい‥‥」
 恐々と呟く者達の反応を見て、カノンは突如笑い出した。
「僕に‥‥僕に逆らうという選択肢が無かったからですよ」
「え」
「ここだってありますよ」
 そういうと、カノンは突然胸を肌けさせた。色白く、だが以外にも引き締まった裸体が目に入る。しかし‥‥
「カノン‥‥おまえ‥‥」
 思わず唸り声が上がる。
「ええ、ここにもありますよ!? こんなのいつもの事です」
 無残にも広がる、夥しい蚯蚓腫れ。赤く、盛り上がった線がやけに痛々しく目に付く。
「カノン、もういいですわ。もう‥‥」
 後から抱きしめるようにロジーは服を着せた。カノンの瞳から雫がこぼれた。
「ロジーさん。貴方には‥‥貴方には本当は知られたくなかった‥‥」
 ロジーの手をそっとどけながらカノンは小さく笑った。そして、逃げ去るように去っていく。
「カノン‥‥それは、どういう意味ですの?」
 その後姿を見つめ、ロジーは呆然と見送っていた。

「カノンちゃん‥‥」
 飛び出したカノンを追って、ラピスは廊下へと飛び出した。いつもは反応が面白いからと弄りがちだが、彼女なりに心配している。特に、親しくなった者については人一倍心配でならない。それでなくてもカノンは目を離すと何か塞ぎ込んだり、病気になったりだ。
 カノンは階段の手すりに凭れ掛かりながら手のひらを見つめていた。乗っているのは砂漠の町で発見した銀のロザリオ。確か、彼が姉に上げたものだといっていた。
「カノンちゃんは‥‥お姉さまを探していらっしゃるの?」
 突然声を掛けられ、カノンは思わずバランスを崩す。それを慌てて支えつつ、ラピスは尚尋ねた。
「それ、以前見つけられたものでしたわね。確かカノンちゃんがお姉さまに差し上げたとか‥‥」
 優しく微笑みながら、そっとカノンの手に重ねる。手の中で温まったロザリオ、どれだけ彼が握り締めていたのかが伝わってきた。ふと、ラピスの指がカノンの頬に触れた。
「ら、ラピスさん?」
「ほら、泣いてらっしゃいますわ」
 その指先には雫がついている。
「あれ‥‥どうしてでしょうか」
 次から次へと溢れてくる雫、それを拭うことなく、カノンはただ静かに‥‥



「あれ‥‥相当重症だな‥‥」
 アンドレアスは溜め息をつきつつ煙草へと手が出る。すかさずラウルが火をつけるものの、顔は固かった。慈海もただ黙ってコップの中の氷を眺めていた。ゆっくりと溶けていく様が、なお先程の言葉を脳内へとめぐらせてくる。
 Cerberusは壁に凭れ掛かりその様子を見回した。先程ラピスが後を追った。今しばらく時間が必要であろう。そう思うと、少しだけ肩の力を緩めた。カノンの告白‥‥勇気が必要だっただろう。疑問はいっぱいある。でも、それで彼が傷つかないかの方が心配だ。
「あいつの盾に‥‥」
 窓の外を眺めると、日が落ちてきていた。もうすぐ、本来の目的も遂げるであろう。その時に何が起きるのか、それはわからないが一つ判っていること。
「あいつの『ご主人様』が一番の危険人物?」
 白の上に咲いた紅が目から離れなかった。



「大丈夫かい?」
 ラピスと戻ったカノンに駆け寄ったのはクリスだった。頭に手を乗せるも、その場で止まってしまう。以前手を触れたら逃げられたことが有るのだ。戸惑ったまま居ると、ラウルが横からそっとカノンを抱き寄せた。
「カノたん、すわろっか」
 手を引き、ソファーへと座らせると自分も一緒に座る。自分の胸に頭を引き寄せ軽くなでる。
「大丈夫だよ、みんなカノたんが心配なんだから」
「カノンが本心から望む事なら‥‥僕はそれを守るよ」
 シェスチは手を強く握ると、真剣な顔でカノンを見る。
「しかし、どうして‥‥」
 呟く慈海にカノンは辛そうな顔をしたまま答えた。
「原因は簡単ですよ、僕の姉です」
「カノンの姉って‥‥」
「ええ、姉は逃げた花嫁なんですよ」




――あぁ‥‥なんでこんな事申し出ちゃったんだ、俺
 草壁は一人、宿内のベットの上に寝転んでいた。昼間の調査では、どうやら一人部屋に篭っていること、そして窓が開いていたことなどの共通点が被害者に見受けられていた。
 部屋の外には他の面々が待機している。もちろん囮役を買って出た草壁もジャケットの下に武器を装備している。昼間丘へと調査に行ったシェスチからの情報だと、特に不審な点は見受けられないとのことだった。なら‥‥これから訪れる女性に対して注意を払えばいい‥‥そうなるだろう。
――男が夜中にコソコソする事なんて、決まってるだろう? だけどそれだけじゃないって言うのがあるんだよな‥‥
 時計を見ると、すでに時刻は深夜に上っていた。
 そろそろ‥‥そう思いつつ、草壁はまぶたを閉じる。もうすぐ‥‥そう思いながら。

 窓から風が入ってきた。海からではない、どうやら丘の方からであるだろう。わざと海と正反対の位置に宿を取った彼らはどこから風が吹き込んでくるのかを確認するためにだけに実行したのだ。これらは昼間のアンドレアスとロジーの聞き込みによる情報だった。ただ‥‥帰還を果たしたもののほとんどが、気付いたときは朝だったとの催眠術を匂わす情報もついている。そして、そのもの達は大抵既婚者であったことがわかった。つまり‥‥
「もしかすると、俺も催眠術にかかるのかな?」
 草壁は目を開くと風によって漂ってくる匂いを嗅ぎ取っていた。
―― これは‥‥
 本能的に危険を感じ取り、すかさず近くにあったタオルで口を覆う。匂いは徐々に薄らいでいく、そして‥‥
―― やはり聞こえてきた‥‥
 そう、もう一つの情報として笛の音が聞こえてくるというものであった。その音が流れ出すと、どうやら導かれているように丘の方へと向かった。そう証言が出てきたのは、クリスが対応した女性から。婚約者が消えた日、後をつけたらしい。その結果‥‥
『なにやら彼女が言うには、彼は神殿のある丘へと着いたとたん姿が見えなくなったらしい。そして、いつの間にか笛の音が止み彼は帰らなかった』
 その話から行けば、この音を聞きつつ草壁がフラフラと丘の方へと進んでいけばこの作戦がうまくいく、そう考えられた。
 しかし‥‥
「か、カノン!」
 廊下から突然叫び声が聞こえてきた。その声に、意識を集中するのを忘れ、慌てて草壁は飛び出した。
「カノン! カノン!?」
 ロジーの悲痛な叫びと共に、アンドレアスの髪もまた床下まで届いていく。Cerberusが抱え込んでいる中、ラピスが胸元をはだき、取り出した聴診器を当てていく。
「貧血ですわね‥‥この頃食事をお取りに為ってなかったみたいですし」
「こんな時にか!」
「いや、こんな時だからかもしれないよ。あの香りで拒絶反応が‥‥」
 シェスチが渋るように意見を述べた。
「ええ、この香り。男性にのみ効くみたいですし、何より抵抗力が一番低い状態だと‥‥」
 ラピスは、今まで修得してきた医学の知識を思い浮かべながら分析をする。一種の麻薬的作用だと。
「俺が見ている、今しか向こうも捕まえられないんだろ?」
 倒れたカノンを抱きかかえていたCerberusが皆を促す。
「くっ、いくぞ!」
 後ろ髪引かれる思いをしつつ、このチャンスを逃せば失踪者の事もまたわからなくなってしまう可能性が高かった。
「後は頼みましたよ、Cerberus」
「ああ、カノンは任せろ」
 俺が護ると、Cerberusは抱きかかえた腕に力を込めた。




「囮作戦はこのまま実行だ、相手の隙を全体的についていくぜ」
 草壁とラウル、慈海での計画にアンドレアスは続けるよう示唆した。Cerberusとシエラが居ない現状で、正面切っての戦闘はロジーのみとなる可能性が高い。そうすると、スナイパーの性質を活かした攻撃が出来そうなこの囮作戦は多大なる魅力を持ち合わせている。そう、相手の隙に付け入ることが出来れば‥‥
「了解。まぁ、なんかこの香り、能力者には効かないみたいだけど」
 先程は本能的に吸い込みを拒否したものの、どうやら他の者達にも特に影響がないようだ。
「そうだな‥‥うしッ、男集めだなんて、気色悪いことは早々にやめてもらうとしますかッ」
「草っち、僕がついてますヨ」
「僕だってついてるから、安心するんだよ〜」
「おう、頼りにしてます。んじゃ、後はよろしく! キャ〜プテン!」
「誰がキャプテンだ!! 誰がぁ!!」


 トランス状態に見受けられる草壁は、フラフラと彷徨うように丘へと向かう。もちろん実際意識をしっかり保っている。出来るだけ同じ状態を作り上げているのだ。隠密行動による護衛もいる。そして、すぐ後からは他の者達も駆けつける予定だ。大丈夫、一人ではない。
 丘に着くと、白い神殿が月明かりに浮かんでいた。
 丘自体は昼間、シェスチとアンドレアス、ロジーが調査をしている。別段と異常はなかったものの、夜になると雰囲気が変わってるだけでなく、何かが潜んでいそうだった。

 丁度丘に差し掛かったときである。
 何者かに見られている気配を感じ、草壁は頭上を見る。
 一人の女性が、神殿の柱に座っていた。
「汝、我問イニ答エラレシ者ゾ?」
 しかし、聞こえる言葉は女のものではなく、頭上からですらなかった。
「ようこそ、我テリトリーに迷いし珍客よ。はて、どうしてここが嗅ぎ付けられたのだろうか?」
「くっ、見破られてる!?」
「ふふ、当然ではあるまいか。何せ、そなたの目は正気だ」
「草っち!」
「大丈夫だ! まずはお前に聞く、何故ここにいる」
「ふむ、我は先程言ったはずだぞ? 我がテリトリーへようこそ、と」
「消えた人たちはどうしたんだッ!」
「簡単なこと、消したんですよ」
「消した!?」
「ええ、とある場所へご招待いたしました」
「まぁ、よい。そなたも我が主人のために役立ってもらう」
 そういうと黒尽くめの男は右手を上げ、頭上に控えていた女に合図を送る。ふわっと、落ちてきたと思ったところ、手を広げ、羽が舞う。そして‥‥何より目に付いたのは隠れていた胴体が獅子を模していた。
「スフィンクス?」
 すでに皆が駆け寄ってきていた。その姿はまさに神殿に描かれている神話の産物、スフィンクス、そのものであった。

「■■■■ーーー!」
 人語とは似ても似つかない、奇怪音が木霊する。そして‥‥
「まて! このまま逃がしてたまるかっ」
 クリスのライフルが、消えようとしていた黒服の男めがけ炸裂する。
「くそっ、僕はカノンさんの理想の女性を見に来ただけなのにこんな展開聞いてないっ!」
 まさしく口に出している言葉は自分勝手ではあるのだが‥‥
「グラたん! 大丈夫ですの!?」
 ラピスは振り降りてきたスフィンクス型キメラと対峙する草壁に声をかける。掴み来ようとするところを潜り抜け、翼に向かって銃を放つ。
 少し遠くからはラウルが翼をめがけ矢を放っていた。
「いけ、ロジー」
 アンドレアスに練成強化をかけられたロジーが、草壁と替わるかのごとく敵との間に入った。片方の刀で爪を受け流し、もう片方で攻撃をしていく。
 月の光に反射された刀身が、揺らめくように円を描いていく。
 反対側へと回り込んだラピスも、負けじと攻撃を繰り出していた。そして、ラピス自身は狙われないようにと草壁は銃でサポートをする。
 男を狙っていたクリスであったが、寸での所で逃げられると、今度はスフィンクス戦へと参戦した。
 切りうけた傷はアンドレアス、慈海の手によって回復され、そして攻撃が続いていく。
 最初に落ちたのは右腕、いや、右翼だった。
 攻撃の主体がその翼を打ち付けることによる小さな竜巻だったが、翼を失ったことにより繰り出せなくなった。
 片翼を失ったキメラは空中にいることが出来なくなったのか、傾きつつ陸戦へと移行していく。
 女の口から咆哮のような衝撃波が繰り出される。
 ロジーの刀が女の顔を掠めた。翼にはラウルが解き放った矢が刺さっている。
 ラピスのエネルギーガンが飛び交う中、当った部分が焦げている。
 確実にダメージが当っているのを飛び散るキメラの夥しい血の量が物語っていた。しかし、相変わらずその流れる血液の量は半端ではなく、
「こいつ‥‥やっぱり。食われちまったから死体が無ぇのか?」
「その可能性、高そうだねぇ」
 後方支援のアンドレアスと慈海が意見を取り交わす。
「はっ!」
 短い掛け声と共に、ロジーの刀がキメラの咽下へと深く突き刺さった。
 切り裂くような断絶魔が木霊する。
「終わった‥‥かな?」
 流れ落ちる汗を拭い、シェスチが戦いの終わりを告げたのだった。



「カノン!」
 すでに海の方では水面に光が見え始めていた。
 出掛けに倒れたカノンは無線の連絡を受けたCerberusに支えられ、神殿へとやってきた。迎える一同、とりわけロジーとラピスが心配そうに様子を確認しようとするのを、Cerberusは牽制する羽目になった。
「カノン、無理しちゃいけないよ。探し物、教えてくれたら僕たちがする‥‥から」
 シェスチの言葉にカノンは少し哀しい笑みを浮かべた。
「それでしたら、魔方陣の所に連れて行ってくださいますか?」

 魔方陣の場所に向かおうと神殿を越そうとした時、そのには消息不明だったシエラがいた。
「シエラちゃん!」
「ラピスさん、どうもですっ」
 いつもの服装とは違い、なにやら変装をしているように見受けられる。
「シエラ、お前何していたんだよ」
 呆れ顔でアンドレアスは軽く頭を小突いた。
「ふふ、秘密です!」
 えへんっとばかりに満面の笑みを出す彼女にラピスはにこやかに答える。
「まぁ、お顔が見れたので安心致しましたわ」
「ふふ、任せてくださいっ!」
 元気印の一人が加わり、一気に明るくなっていく。
「ここに‥‥」
 連れて行かれたのは神殿部の裏方、崩れた神殿が瓦礫と化し、歩きづらいところだった。草に紛れて、一枚板となっている岩肌に血で書かれた魔方陣が見つかる。昼間見つけたときに、目印をつけておいたので早かったのだろう。その岩の横には紐を巻いた棒が突き刺してあった。
「ありがとうございます」
 カノンはCerberusから離れ、その横にある小さな岩をどけ始めた。
「カノン、力仕事なら俺がやるぞ」
「いえ、もう終わりましたから」
 どけたところには小さな箱が埋まっていた。そこに、胸からぶら下げていた鍵を入れ、開ける。
「ノート‥‥ですわね」
 それは、最初の村で見つけたノートと同じ物であった。表紙をラウルが読む。
「Vie de leternite?」
「これ、以前のにも書いて有りましたわ」
「ええ、これを回収するのが僕の『仕事』ですから」
「中は、何が書いてるんだ?」
「知りません。ただ‥‥回収するだけですので」
 薄らと笑った。


「カノン、もう隠し事は辞めないか?」
 本日二度目の、アンドレアスの言葉だった。
 それをカノンは哀しい笑顔で返す。
「僕には、隠し事はもうないですよ。それだけは本当です」
「じゃあ、何故そんな‥‥」
 悲しい顔を‥‥そういいかけて止める。
「何故でしょうね‥‥ただ、悲しくて」
「カノン‥‥」
「ふふ、冗談ですよ。それでは、帰りましょうか」
 見ると日が昇っていた。



「カノン、『お仕事』お疲れ様だったね」
 くすっと笑いながら『彼』はカノンの寝室へとやってきた。覆うように身をかがめると、長い銀色の髪が頬に触れる。
「でも、ダメだねぇ。私よりも仲のいいものなんて作ったりしちゃ」
 寝ているカノンの少し青白い頬をなで上げるとそのまま下へと指を下ろしていった。
 滑らかな生地を避け、左右へと広げていく。
「ふふ、君がいる限り、私は満足なのに‥‥」
 白い肌につく、赤い線。首下を撫で上げる指が、蝋燭の灯りに照らし出される。
「そろそろ、躾が‥‥必要なのかな?」
 持ち上げた指を、一本ずつ口に含めると、赤い唇がいっそう艶を増した。
「バトラー、彼の方へ手紙を出してくれたまえ」
「Je le comprenais」

「もう、こんな仕打ちはごめんだからね」
 そういった『彼』は自分の腹部を撫で上げる。そこには、今だ治りきらない深い傷が残されていた。