●リプレイ本文
「あぅ‥‥、流石に、僕にはきつ過ぎでしょうか‥‥」
足元を見ると、遙彼方に見えるはずの地面は無く、石一つでも転がれば、音がどこで途切れるのかわからなかった。
切りだった崖の上。足の踏み場は‥‥僅かに過ぎない。一歩間違えば、この果てし無く広がる幻想の上へと身体が踊りだされるのだろうか。考えただけで、寒気がした。連れて来られる筈の道を、彼は抜け出した。
胸に響いた、あの時の言葉。そして、掴み取れなかったあの手を‥‥
ささやかな幻想の夜、散りばめられた宝石のように。
あの夜を‥‥彼は再び取り戻したいと、願ってしまったのだから。
◆○◆
次々と並べられる登山道具。それは、今回の依頼の為に軍が用意したものであった。申請をしたもの以外にも、数点紛れているのは心遣いなのだろうか。あまりもの待遇のよさに、びっくりせざる得ない。カノンと別れた日、そして不思議なお茶会の後、揺らぐ気持ちを持て余していたロジー・ビィ(
ga1031)は、溜め息しかつけなかった。全てを伝えたあの夜。彼にどこまで届いたのかは知らない、ただ待つ。そう決めた日。ぎゅっと口を硬く閉め、荷物を手際よく詰め込んでいく。
彼らの元には2通の書類が届けられていた。両方とも、何故かUPC軍へと届いており、更に開封され、送り主に付いては簡単に述べられただけである。
確認は‥‥させて貰えなかった。
一通は今、世間を騒がせているバグア・ゾディアック・天秤座――クリス・カッシング。 その人であった。内容は、はっきりいて名指し文そのままであろう。
――親愛なる傭兵諸君
私クリス・カッシングはこれより、君達の愛しい友人を貰い受けることとなった。
一目逢いたければ我が下を尋ねてきたまえ。
なぁに、これはゲームなのだ。一局指していこうじゃないか。
フフフフ、楽しみではないかね、実に――
愛しい友人――そして、カッシング卿の名前――添えられた、一枚の写真‥‥
――カノン
その写真には、カノン・ダンピールが載っていた。
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)は写真をもつ手に力が入った。
――何故、何故あの時に掴み取れなかったのか
今でも悔やまれる。しかし、悔やんでいては何も始まらないと知った、あの夜。誓ったのだ、彼に。この、流れるヴァイキングの血の誓いを。それは、『特別』な相手と交わした、古の契約と共に。
もう一通の手紙は、何故だか軍からあえて別の形で届けられていた。別の紙に書き換えられ、軍が、差し出したもう一通の手紙。
内容はたった一言。
――カノンを助けて――
たった、一行の手紙。隠されたものは、多いようだ。差出人を問い詰めたところ、ただ一言だけ。
「これは、保護対象人物の姉からの手紙です。他のものは、貴方達に関る必要が無い為こちらで処分させて頂きました」
そんなやり取りで終わらされてしまう。証拠を求めても、それは与えても貰えなかった。ただ信じろ。一点張りである。
齎された情報は、本当に少なかった。これから送り届けられる先が、山だということ。用意には軍が協力を惜しまないということ。そして‥‥なによりも驚いたのは、海を通って現在最前線のスペインへと生身で乗り込む形となることだった。集まったもの立ちはほとんど顔見知り、前回カッシングの関る村にてカノンの手を取り逃したもの達だ。そこにひょこっと一人、赤い髪の男が居る。夜十字・信人(
ga8235)。クリス・フレイシア(
gb2547)の友人らしく、なにやらカノンとも色々と因縁を持つらしいのだがそれはプライベートタイムの話だ。依頼では関わったことが無い。一人「牛丼を‥‥」などと意味不明な発言をしては、横に居るクリスに銃口で突付かれていたりする。
以前調べた資料を調べなおした大泰司 慈海(
ga0173)は一枚の写真へと行き着く。それはジュダース・ヴェントと共に写ったカノンの姉。下には歌姫トレア嬢との一言。戸籍を調べていくと、カノンの家にはダンピールを名乗るのは現在他に2人。一人はカノンの父、行方不明になって11年の月日が流れたままだ。失踪届も既に死亡欄へと置き換えられる、そんな時期を過ぎていた。もう一人は姉、名前だけが消されている。何故なのだろうか、戸籍でも、不明‥‥。彼女に、一体何が隠されているというのだろうか。カノンが探す、ジュダが探している彼女に‥‥
集めた情報を持ってきたパソコンに詰め込んでいく。整理していかなければ‥‥一体何がどう動いているかを。慈海はそう決めると、暫し休息のためにまぶたを落とした。
*+*
スペイン・グラナダ――それはカッシング卿の現在潜伏地域である。彼は一体何を考えているのだろう。カノンの遠い親戚に当るといっても、それは程遠いこと。遡る事の出来る範囲では見つけることが出来なかった。
全ての用意を終え、UPC軍へと渡る手段を確保しているとの情報は得ていた。それに乗り込む為だ。既にアンドレアスは一回、別依頼にて海路を通りスペインへと侵入を成功させたことがあった。おそらく、同じ行動を取るのであろう。あの、危険な道を。
軍から渡されたのは、登山用具だけではなかった、
一枚の地図。それには目的地となる場所に印がついていた。
スペイン・マラガ州、グラナダの、隣である。そこに聳え立つ危険な道、ロッククライミングなので知られている土地だった。
「う、よりによってここ‥‥」
シェスチの外れて欲しかった方の読みが当る。そう、こんな危険な道ではなく‥‥
フランスから船に乗り込み、軍と共にリスボンへと向かっていた。
リスボンからは運転手つきの今度は何も無い平地を疾走していく。その間に、軽めにに自分達が集めてきた情報を交換していた。
移動時に、運転手から聞き出そうとした依頼主は、結局わからず仕舞い。唯一知りえたのが、今回は軍の上から働き変え、このような無茶が通った‥‥そんなことだ。
カノンの位置についてはカッシングが改めて手紙をよこしてきた。
――ゲームを始めよう
賞品はここに居る。せいぜい頑張ってくれたまえ――
っと。なんとも簡潔で、逸脱したものだろうか。彼は‥‥この救出を楽しんでいるのだろうか。
かけた欠片が、痛かった。
「私が送れるのはここまでです」
そう言って下ろされたのは、うまく抜け道を通ってたどり着いた一本道。丁度、指示のあった山の麓だった。見上げると、うっそうとした森が広がっている山だけのように見える。しかし、
「気をつけてくださいね。足場は1M幅無かったと思います。そして、所々補修もままらずに崩れ去っているかと。上に行くに従い、大変困難になっています。なにしろ、現在どのように為っているのかわかりませんから」
そういうと、降りてきたときに連絡をくれと告げ、男は去っていった。
予め用意した登山用具を身につけ、いざ出陣。麓は森が生い茂っており、一見普通の山道だった。石で出来た通路が、古来より道であったことを物語っている。大きい岩。登る足が、大きく開く。岩で出来た階段を滑らないように注意を払い、一段一段上っていく。「頑張って山登りですっ♪」
重装備の上段差が激しい山道ではシエラ・フルフレンド(
ga5622)には、少々辛いのだろうか。時折、バディを組むこととなったロジーが手を貸す。それでも彼女は明るい笑顔で登っていくのだった。は、何も言わずににこやかにラピス・ヴェーラ(
ga8928)の手を引っ張り持ち上げたりしていた。内心草壁自身この山道をよく思っては居なかった。正直勘弁してくれという気持ちが強い。何よりも‥‥この先待っていることが傭兵として以外に返って来るように願わずに入られなかった。
バディのラピスの手を強く握る。見つめ返すラピスに力強く頷くと、今は助け出すだけだと気持ちを集中させた。
*+*
「うわぁ」
森を抜けると一気に視界が開けた。壮大な景色が、目の前に広がる。そして‥‥
「う、うそだろ!?」
そこに見えたのは、剥き出しになった岩山。そして、その岩壁についている、何かの線。
「ま、まさかあれが足場だとか‥‥それ、冗談きついぞ!?」
「キャプテン‥‥こっち側も見てくれよ」
そういって目の前の光景ばかりに気を取られているアンドレアスに対し、草壁が横へと続く、これから通る道を指し示す。そこには‥‥
「――勘弁してくれ。こりゃねぇぜ」
思わず頭を抱えしゃがみこむ。そこには‥‥頼り無く付けられた細い板と、そして剥き出しの丸パイプ。これが道なのだろうか、道なのだろうな‥‥
かつてないほどの試練に一同唾を飲む。確かに、注意されていた、この依頼。
危険。それは、何のこと無い、危険な道への挑戦‥‥そういうところなのだろう。
慎重に、足場を確かめながらすすんでいく。先頭はクリスと夜十字。そこから間を空け、草壁とラピス、Cerberus(
ga8178)とアンドレアスが。続いてシェスチ(
ga7729)と慈海。最期にロジーとシエラだった。道が細い分横には並べられない、まして中には飛び越えなければいけない箇所まで存在してる。油断は、出来なかった。
壁に手を当て、一歩づつ様子を見ながら進んでいく。様子といっても、前方からと上方部、そちらの警戒しか出来ない。下手に足元から下部を見ると、その凄さに足元がすくんでしまいそうになる。
一歩づつ進む中、緊張の為か、汗が流れてきた。
そっと額の汗を拭いつつも、シェスチはふと感慨にふけいる。
――カノン、僕が君の笑顔、取り戻すから
重なる自分の過去。きっかけはたった一つの依頼だったのに、僕は既に彼を必要としているのかもしれない。ここに集まったのは、みんなそんな‥‥。守るだけじゃ届かない、それなら僕が力づくでも奪ってやる。そんな気持ちを全て込めて、一歩一歩に力が入る。
まだ、中腹‥‥ここからが‥‥
夜十字はクリスと情報を交換しながら辺りを警戒していた。ギリシャでの依頼以来カノンと知り合ったクリスは、一人そっと外から観察していたといっていいだろう。皆が感情論で熱くなる中、彼女は冷静であったといえるかもしれない。夜十字は一通り情報を得ると、ここで待ち受けている危機について考えていた。
普通の山道を予想していただけに、この崖の道は極めて単純だとも言える。そして、敵からの奇襲は、とてつもなく怖いだろう。
そう思うと、軽装備で来た事によかったと感じる。
カノン用に防寒用具も用意してきた‥‥後は、見つけて連れ帰るだけである。
ゲームって、なんなのだろうか。果たして、何が待ち受けているのだろうか。それすらも不明なまま、上っていく。道を踏み外したら‥‥それだけで全てが終わりなのは、既にわかっているのだから。
*+*
「いつっ」
崖を下る少し前のところで、カノンは足をくじいていた。強く握る、銀のロザリオ。あの日見つけたロザリオは、姉が居た証拠。そう、カノンは信じていた。
幼い彼を残し、一人消えた姉。ジュダを刺した姉。いつまでも、彼を愛しつづけてくれた姉。どれをとっても、カノンにとって姉に会うことが、一番大事だった。だが――
「『特別』‥‥」
ふと漏れたのは特別という言葉‥‥。それが、彼をカッシングの下へ行くのをためらわさせた言葉でもある。
何を意味するんだ、そう問えば答えられないだろう。
この崖を降りなきゃ‥‥今、彼が求めるのはそのことだけ。何が待ち受けているかはわからない。ただ、ここから抜けださきゃいけないことだけ、感じ取った。
それだけ。
この先何が待ち受けてても、きっと、あの人の笑顔を見れるだけでいいのだから。あの、偽りの笑顔は、もう見たくないのだから‥‥彼を動かしたのは、そんな‥‥たった小さな動機だったのだ。
*+*
「!」
覚醒にて、研ぎ澄ましていた感覚に何かが触れた。もう少し行くと、何か生命の感覚がすると。
――カノン!?
クリスの手に力が入る。素早く後ろに合図を出すと、皆、広げていた間隔を詰め始めた。もうすぐ行くと崖の道が終わり、再び山道へと入る。そこに行けば‥‥
その感覚は他の者たちにも徐々に伝わりだした。カノン? それとも‥‥
投げかけられたゲームが、なんなのかはわからない。ただ、今は無事を願うだけ‥‥
*+*
「はっ!」
大きな段差があったため、夜十字は気合を入れて飛び降りた。岩場から地面まで、約3mといったところだろう。流石に身体能力は一般人と能力者では大きく違う。華麗に着地を果たすと、そのまま回りの気配を伺った。一方向に気配があるものの、殺気は感じられない。後ろに手を上げ合図をすると、他の者たちが続く。隙を見せないよう、降り切るまで警戒を怠らない。そこからは、森になっていた。先程までの、むき出した岩肌とは違い、標高が高いものの、それなりに木々が生い茂っている。風が無いせいだろうか、先程よりは暖かい。気配したほうへと目配せをすると、再び動き出した。
「――カノン!」
生命の気配を辿っていくと木陰の岩に寄りかかり、カノンが足を抱えていた。ブーツが投げ捨てられている。少し気だるそうにしている事、潤み含んだ目を見受けられることによりどうやら熱があるように見受けられる。
思わず駆け寄るロジーに対し、様子の異変を嗅ぎ取ったアンドレアスは瞬時に覚醒を始めた。
「ロジー、先にこっちだ」
そういうと、カノンの足元に膝つき抱えていない足にそっと手を添える。ブーツから解き放たれた足はどうやら腫上がっていたらしい。すっとひかさる腫れを見て取ると、苦しんでいた表情が緩んだように見えた。
「ラピス‥‥」
促すアンドレアスに、こくりと頷き診察を始める。脈は正常、患部はどうやら先程アンドレアスが見た足、おそらく捻挫だったのだろう。失礼しますと、少しはだけさせた胸元には以前のような蚯蚓腫れは見受けられない。そのことにそっと胸をなでおろし、今度は目元を覗き込む。大分やつれていた。おそらく逃げ出してから数日立っているのかもしれない。そっと頬を撫でるとふと、カノンの目が開いた。
「――ぁ」
か細く声が出る。
「カノン!」
後ろで様子を見ていたロジーが抱きついてきた。瞳に薄らと光るものが見受けられる。
「捻挫による熱だったのでしょう。少し立てば治まるかと思います。患部も先程のアンドレアスちゃんによって緩和されたようですし、歩くことは可能だと思いますわ」
裾についた土を払い、ラピスは皆に告げた。Cerberusは散らばったカノンの持ち物を拾い上げると自らのショルダーへと詰める。ブーツは‥‥おそらくあの道ではきついだろう。そう思っていると夜十字が用意していたといい、コートとシューズを差し出してくる。シエラも用意してきており、それらでくるまるように包み込む。それを見た後、シエラは大急ぎで紅茶を入れる準備をしだした。簡易の紅茶セットであったが、手早く入れる姿はやはり手馴れていることを示していた。
「少ししたら出るぞ。それを着てろ」
「――あの、何故皆さんがここに?」
抱きつくロジーの背中を宥めながら、カノンは現状を把握しようと頭を働かせていた。その様子に、シェスチは真剣な表情で切り出す。
「カノン、君を奪いにきたんだよ」
「奪い、に?」
ぱちくりと瞬きが止まらない目で、必死に理解しようとする。
「うーん、なんていえばいいのかなぁ。御手紙が着たんだよね? 僕達に」
「手紙‥‥ですか?」
「あぁ、ゲームの商品はここですよーってな」
困った顔で説明する慈海と違い、アンドレアスははっきりと怒りの表情を出している。
「ゲーム?」
「ああ、カッシングが俺達に向けた出してきた」
「? 誰です?」
カノンは何のことかわからないのか、疑問をいっぱい浮かべて聞いてくる。
「あぁ‥‥カノンの親戚だったっけ‥‥」
そう言えば、前回遠い親戚だと紹介されたな、そんなことを思い出しながら、アンドレアスは気まずさそうに頭を掻いた。
「え?」
「カノン‥‥もしかして、貴方知らないの?」
抱きついてたロジ―が、ふとカノンの態度を疑問に思った。
「な、なにをですか?」
言われて尚、状況が理解できない様子のカノンに、一同は驚きを隠せなかった。
「クリス・カッシング、バグアの‥‥ゾディアックの一人天秤座だ」
「‥‥え?」
「そう、今世間を騒がしている人類の敵‥‥つーことだな」
「‥‥敵?」
「ええ」
愕然とするカノン。どれだけ彼は情報を持っていなかったのだろう。籠の中の鳥は、初めて外を知った、そんな時間だった。
*+*
新たに知った情報に、カノンは落ち着かずに居た。どうすればいいのかと、おろおろするもの達を退き、Cerberusがそっと側に控えている。
どうやら、理解するのにも時間が必要であった。一気に流れ入る情報、整理が追いつかない。ジュダのこと、カッシングのこと。あまりにもカノンは、彼らについて知らなかった。ありとあらゆる情報より、世間より、遮断されていたことが伺える。
――情報操作
そんな言葉しか思いつかない。手紙が着た時、カノンが出したのではないかという疑問があがったが、どうやらそれは憶測に過ぎなかったようだ。
なにしろ、知らないことが、多すぎる。傭兵達の認識について、も。
ぽつ、ぽつっと話言葉に、Cerberusが的確に答える。同時にいつもより言葉を伝えようとするシェスチが控えていた。彼は、ゆっくりだが、重い言葉、それは自らが歩んできた道を踏まえて発する言葉だからだろう。時折、泣きそうな瞳で見つめるカノンを、背中を叩いて、励ましていた。同時に、慈海と共にカノンの衣服をチェックすることも忘れてはいない。もしかしたら‥‥そういう警戒が働いたのだった。幸い仕込まれたものはなかったが、まだまだ油断なら無い状況下ではある。その様子を見て、Cerberusは思わず声に出していた。
「まったく、無茶をする。だが、そこまで自分で踏み出せるようになったことを評価すべきだろうな」
その様子を、ちょっと長居するかもと思いながらテントを組み立て、他の者は眺めていた。
今までに彼と共に探し出した事を考えてみる。最初は‥‥落ち葉が朽ちない、そんな村での出来事だった。何が原因かを探って欲しいと、そんな依頼。蓋を開けてみたら枯葉に擬態したキメラが潜んでおり、住人は全部やられてしまっていた。そして、謎の回収物。見つからなかったカノンの探し物。手掛りだったのは、一冊のノートと、隠し部屋に描かれていた召喚陣の模様だっただろうか。
続いていったのは、トルコだった。連絡寄越したカノンは熱中病にてダウン。そんな中、人が消える遺跡を探ってくれ、そんな依頼だった。あの時何か見逃していた。それは確実的に。結局遺跡に潜んでいたのも、吸血キメラであり、そして見つけたのはカノンが姉に上げたという、銀のロザリオか。あの町で、アンドレアスが見つけたのは、なぜか思い出せない。それはきっと、音に関してだった気がするのだが‥‥。
段々と近づくカノン、そしてアテネでの問いかける謎。あの時、カノンは初めて一人で出てきたといった。ジュダに逆らってでも得たいものが、そこにはあった。得られたのは、カノン自信のこと。それは、苛酷な実態でもあった。心開き始める彼が、何故だかとても身近に感じ、そして大事になりだしていた。あの夜、僅かに接触した謎の人物。恐らくジュダと繋がっているだろう人物に、クリスが因縁を見つけたのもこの時だ。
そして、突如として現れた親戚の話。元々、カノン自体も謎に包まれているが、それ以上に謎の人物でもあった。ゲームを始める為だけに、呼び出されたのだから。
クリス・カッシング。何故、アイツが親戚なのだろうか。知ろうと思えば知るほど、カノンの謎は深まっていくっばかりだった。
そして、掴み取れなかった手。この胸に抱いた感触だけが残った。あの日から、皆に落とした影は深く、今も根付いている。
*+*
暫くたつと、カノンはまだ若干自分の状況を理解しがたい部分を持ちつつ、体長が良くなったと告げた。長居は無用。ここはグラナダの隣なのだから‥‥。
動くと決まると、早かった。カノンをアンドレアス、Cerberusが挟む、他は同一のバディ関係で行動をする。引き換えし時も、元来たルートを辿るだけである。行きと違い、下り坂となるため、慎重に、警戒を強める必要があった。クリスは先頭を切って進む。
先の岩を乗り越える為、少々手間はかかったものの、何とか無事乗りあがった。もしかしたら‥‥先に進めば道があるのかもしれない。しかし、この先はより危険地帯となるのだ。進む訳にはいかなかった。
カノンにそっと、アンドレアスは手を差し出した。きょとんと、首を傾げるものの、少し気まずさそうに促す仕草を見た瞬間、ふわっと笑みを浮かべ、その手を掴む。しっかり握られた片手に、少々胸をなでおろす。あいた片手でそっと自らの胸に手を当て、誓った言葉を思い出した。
――この血にかけて
あの誓い、この道を乗り越えてこそ生かされるような、そんな気がした。
周囲への警戒は上空へも寄せられている。
――カッシング!
あの爺様はどこで何を狙ってくるのかわかったものではない。特に、現在は傭兵達総力を尽くし、戦いへと挑んでいる状況。しかし、それが返ってここへと乗り込む隙となっているのも、また事実である。そこへ‥‥
「きた!」
短く告げられる声。それは、後方を守っていたシェスチから発せられた言葉だった。上部を見て取る。あの、大鴉だった。
「もう容赦する余裕も理由も無い、ね」
そう短く言い放つと、シェスチは構え出る。狭い道だが、瞬時にしっかりとした足場を選び、腰をおろして上空へと狙いを定めた。
恐らく、あれが見張り役。そう気を張り詰め放とうとした。
「上からですっ!」
不意に転がって来た小さな石を不快に思い、崖上を見上げたシエラが、なにやら他の者の気配を感じた。草壁が注意深く双眼鏡で眺める。
「う、嘘だろ? 勘弁してくれ‥‥」
その物体を見た瞬間、草壁は思わずぼやいていた。彼の苦手な生物が、視界に納まったからである。その言葉にアンドレアスはカノンの腕を引っ張った。Cerberusが、行く手を庇うように進み出る。
「先に行け」
短く告げると、ここでの戦闘状況は不利だと感じた夜十字はクリスを促し、前へと進むことを示唆した。加わろうとするシエラをロジーは止める。重装備のため、足元が狭いから危険だと。アンドレアスが言短めに囁くと、頷き前へと進みだした。
その様子を見てCerberusはようやく一息をつく。まずはカノンを無事取り戻すこと。それが絶対条件である。ここで足止めを喰らっていては叶わないのだ。
ラピスと慈海の補助を貰い受け、シェスチと草壁は狙い定め撃っていた。遠距離ではあるものの、補正が入り視覚はクリア。放った弾は弧を描きつつ、飛んでいる羽へと当っていった。
草壁は崖の上を目掛け放つ。滑り落ちてくる生物は時折光弾く様が見て取れるものの、的確に命中したものは、そのまま中へと翻し、足元へと落ちてきた。蛇だった。
そのものに、苦い表情を出しつつ、増えてくるそれに狙いを次々と定めていく。
カノンたちの進み具合を確認し、また打ち落とした大鴉に満足感を見出しつつ、迫り来る蛇を潜り抜け後を追う。道はまだ長い。ただただ、この狭い道を抜けないことには、満足に戦えるかどうかも不明だった。
後方部が戦闘を繰り返しているとき、道をすすめる前方組み。ロジーは時折、アンドレアスに手を引かれつつ歩くカノンを仰ぎ見ていた。
――無事で‥‥良かった
その思いにそっと頬が緩む。すぐに今の状況を思い出し、ふるふると取り払うものの、心に少し出来たゆとりに驚愕をしていたりした。あの夜に伝えた言葉が、彼を突き動かしたものであったのなら、そう願う気持ちも抑えきれない。それと同時に、もう二度と危険な目に合わすものかと、強い決意を決める。
後少し、そこに逃げ口が待っているのだから。
クリスは前方を警戒しつつ来る時に分かれた運転手へと連絡を入れていた。もうすぐ着くと。返事は――待ってるぜ――その一言。どうやら、近郊で待機していてくれたらしい。この戦況下でこちらを優先してくれているのは‥‥カノンの姉は、どれだけの影響力があるのだろうか、そんな疑問すら生まれてくる。迎えが来るを全体へと伝えると、クリスはもう一つの懸念に思考を移していた。それは、もうすぐ、実行に移すつもり、だった。
*+*
「うしッ、ここまで着たらまだ安全だっ」
険しい山道を抜け、ようやく平坦な大地へと足をつくと、草壁から思わずそんな言葉が漏れた。途中蛇の群が転がり落ちてきたものの、とりわけ罠が合ったわけではなく、無事カノンと合流することが出来た。そう、何事も無く。
「前線の方に気を取られて、こちらのことを忘れているのかもしれん」
Cerberusの言葉に、納得しつつも、少し釈然としない。
「カノンさん、私たちを大切って思ってくださるなら、離れないで心の支えにしてくださいっ! それだけで私たちは一緒に戦える戦友ですっ!」
いつもと違い、真剣な表情をしたシエラがカノンへと語りかける。そして、ラピスが心配そうに語りかけた。
「カノンちゃん‥‥もう逃げないでくださいませ‥‥」
自分たちは多少傷ついても平気だからと、一緒に居てくれと彼女たちは言うのだ。それを草壁はカノンの肩に手をやり、無言で頷く。自分も同じ気持ちだと。
「あなたが離れるほうが、私たちは傷つきますのよ?」
あまりにも意外な言葉に、驚きを隠せないカノンだったが、3人の様子を見てわかった。これもまた、別の『特別』なのだと。それは、友情というなの特別の形であったのかもしれない。
「カノンさん‥‥悪いがそれを見せてくれないだろうか」
クリスが迎えを待つ間、カノンに銀のロザリオを見せてくれるよう催促した。こくんと頷くと手渡すカノン。クリスは、それをじっくりと見出した。不意に、センターに付いている宝石部分に不信感を募らす。光を当ててみると、どうやら内部に何かが収まっているようだ。
「カノンさん、悪いがこれは、本当にカノンさんの姉のものなのか?」
「はい、裏にイニシャルが‥‥」
その言葉にひっくり返してみてみる。
――E・D
刻まれた文字に、再び問いかけた。
「カノンさんの、姉君の名前を聞いていいか?」
「エティ姉さま、僕はそのようにお呼びしていました」
「それは、略称だけか? 全部は、わからないだろうか」
「――ごめんなさい」
「いや、わかっただけでもありがたい。今回は、軍に情報を握りつぶされた」
そう呟くと、クリスはこのロザリオを、少々預かりたいという。少し訝しげに思いつつ、カノンは承諾をした。
来た迎えの車に、乗り込むと、ここから先のカノンに着いて、話し出す。
「俺の知り合いに、軍関係者が居る。彼女には既に了解を得た。クリス・カッシングとカノンが繋がっているのならばグラナダ戦線への影響は少なからずある。しばらくの辛抱だ‥‥ここまでよくやったな」
くしゃりと撫で上げられる頭に思わず目を細める。
エレーナ・シュミッツ少尉。彼女なら彼の身の安全を保障は確実だろう。立場は‥‥例え難しい状況に置かれたとしても。
「いつかLHに行こう。‥‥俺にはお前が必要だって、言っただろ?」
肩を叩きながら、アンドレアスは告げる。どうも軍部はなにやら隠している。しかし、ここまで手を貸すとなると彼の姉は、関係者、なのかも知れない。軍に通じる道、それは自分達傭兵が、今のところ近い立場のはずだから。
笑みで返すカノンをみると、胸が満たされた。まだ何が待ちつづけているかわからない。ただ、とりあえず全てのパーツを白紙に戻した、そんな気がした。
「はじめまして、カノン君。私はエレーナ・シュミッツ、エレンて呼んでね?」
スペイン・マドリード駐屯部隊に立ち寄れとの話を受け、再び軍の用意した移動手段を経てたどり着く。そこで待ち受けていたのは、現在指揮をとっているハロルド=ベイツ大佐と、エレーナ・シュミッツ(gz0053) 少尉だった。既にCerberusの願いが受理されており、カノンの引渡しは簡単だった。
元々伯爵の知人という立場もあり、どうやら待遇も良いとのこと。暫くはスペイン、エレン達側で身柄を預かり、それからどのような待遇になるか決まるとのことだった。
「そうね、この戦闘が終了してから‥‥そうなるかしら」
それまでは私が面倒見るからね、そう告げる彼女にCerberusは改めて感謝の意を評した。
「俺は‥‥カノンのおかげで変われる事が出来たからな」
――ありがとう
そう耳元で囁くと、肩を叩き別れを告げる。
「昨日の風は通り過ぎ、明日の風は明日吹く。だから今日の風に乗れば良い。向かい風も、其れは其れで一興」
夜十位はそう告げると、今度は牛丼を食わせてあげよう、そう呟いていた。
クリスはそっと、エレンに先程預かったロザリオを渡す。それを見て、エレンは小首を傾げるも、クリスは言い放った。
「これは、恐らく発信機だ。カノンさんのものだが、その出所を調べていただきたいと思う」
「ん〜、なるほどね」
そう言って受け取ると、調査に回す事を了承した。
とりあえず年始までは、エレンの預かりの中での行動となりそうではあった。しかし、軍上層部からの達しにより、保護対象として、とのこと。
ジュダース、カッシングからの接触を避ける、それだけでも大きな進歩といえるであろう。
彼の謎を、ゆっくり解き明かす。ようやくそんな時間が出来たのかも、知れない。
◆○◆
「卿!」
突然扉が大きく開かれ、一人の男が乗り込んできた。ジュダース・ヴェント、カノンが仕えていたその人。
「卿! 話が違う! 私のカノン君をどうして奴らにやったのだ!」
いつもと違い、猛々しい様子でカッシングへと詰め寄る。
「ん? 躾‥‥するんじゃなかったかな? ジュダ」
「確かに躾は頼んだ! しかし、私は手放すとは言っていない!」
その言葉に笑みを浮かべるもカッシングは卓の上に載っていたチェスの一齣を手に取る。
「なぁに、チェックメイトまでにはまだ駒が足りない。クイーンが、不足しているんじゃないかな?」
そっと摘んだ白のクイーン。カッシングは愛しげに口付けを落とす。
「なぁに、ゲームは始まったばかり。何しろ、駒が全部揃ってないんだからね」
揺れ動く蝋燭の灯りに、そっと蝶が身投げした。