タイトル:孤高の老人−花火職人マスター:雨龍一

シナリオ形態: イベント
難易度: 易しい
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/08/14 03:05

●オープニング本文


 色とりどりの華が咲く

 暗き闇夜に夢が舞う

 華一輪は儚きなれど

 集う民の夢もまた儚き一夜の舞となる



「ほう、風流なものじゃ‥‥」
 ミハイル・セバラブルは夜空に舞う情熱の華をつまみにくいっと盃を傾けていた。
 和らいだ風が心地よい。

「お? じいさんいける口じゃないか」
 近くにいた黒く焼けた肌の粋な兄さんが声をかけてくる。

「大小の華なれど、響き渡る音も興。わしもやってみたいのぉ」
 口に運ばれる回数が増えるに連れ、心地よい音と目を奪われるほど切なく散り逝く華たちがよりいっそう愛しく感じてくる。

「ん? なんならオレッチのところでやってみるかい?」
 ぐいっと身を乗り出し、兄さんは輝いた目で聞いてきた。
「ふむ。見るところ職人とお見受けするが‥‥よろしいのか?」
 正面に回りこんできた兄さんの腰には確かに屋号を象るものが添えられていた。
「オレッチは花火職人の源次ってんだ! なぁに、体験ってんならオレッチの工房で面倒見てやったってかまわねぇぜ?」
「ほ、ほんとうか!?」


 かくしてミハイル氏は未体験の領域、花火職人へと挑戦することを決めたのだった。


************************

 ま、もちろんミハイル氏が一人で挑戦‥‥なんて考えるわけはなく‥‥

「ええい!! かくなる上はツアーを組んで乗り込んでみようじゃないかのぉ。ふぉっふぉっふぉ‥‥ついでに何かしらデータが取れたらこれまた興じゃ」


 そうしてミハイル氏主催、花火職人体験ツアーが企画されることとなったのだった。

●参加者一覧

/ ナレイン・フェルド(ga0506) / 寿 源次(ga3427) / 鳥飼夕貴(ga4123) / エレナ・クルック(ga4247) / 雪兎(ga8884) / 神無月 るな(ga9580) / 千祭・刃(gb1900) / ヨグ=ニグラス(gb1949

●リプレイ本文

 ミハイル・セバラブルの企画したツアーに参加したのは8人、その数にミハイルは驚きの色を見せていた。
「わしはもうちっと少ないのを予想していたのだが、中々賑わい良くなるのぉ」
 上機嫌にホクホク顔である。
 ツアー参加書に書くようにしておいた、自分の作りたい花火と選んだ数を封書にいれ、ミハイルは花火職人の源次宛に送ったのだった。
「ふむふむ。どんなことになるのやら」
 うっすら細めた瞳は、遠くて近い未来を見つめていた。




「こんにちは〜♪ またきちゃった☆ ミハイルさんっ」
 そういって訪れたのは何回か会っているナレイン・フェルド(ga0506)であり、前回一緒だった鳥飼夕貴(ga4123)と他の依頼で一緒になったことのある神無月 るな(ga9580)を伴ってきた。
 ナレインは自慢の銀の髪を結い上げ、普段とはちょっと違った雰囲気を醸し出している。その手にはなにやらぱんぱんに張り詰めたカバンと、ぬいぐるみがはみ出している手提げの買い物袋があった。
「前回はごめんねぇ‥‥俺、何も役に立たなかったみたいでさ」
 鳥飼が申し訳なさそうに頭を掻きながら呟く。
「おお、二人とも、良く来てくれた。前回のことは気にするでない。あの惨状の内容を知っているのはわしらとおぬしだけなのだが‥‥さすがに副作用だけは効いたとみえるのぉ」
 ミハイルはしげしげと鳥飼を見つめ、にんまりと笑った。
「ほんに、二人は興味深い対象である。うむ」
 後ろに控えていた神無月が、にっこり微笑んでミハイルに軽く会釈する。
「はじめまして、ミハイルさん。綺麗な花火、楽しみしてまいりましたわ」
「おお、はじめまして。るな殿‥‥でよろしいかの?」
「ええ、神無月 るなといいます。よろしくお願いしますね」
「うむ。こちらこそ宜しくだ。綺麗どころ三人(?)とは、いいものだのぉ」
 そういうと軽く三人と握手を交わし、出迎えの挨拶へと変えたのであった。


「ミハイルさん、こんにちは〜。今度は花火を作るって聞いて来てみました〜」
 エレナ・クルック(ga4247)はおずおずと頭を下げると、少しはにかみながら挨拶をしてきた。手には大きな荷物がある。なにやらたくさん持ってきたらしい。
「エレナ君、これはどこに‥‥お、セバラブル博士、お初にお目にかかる。寿 源次(ga3427)という。今回はよろしく頼む」
「ほぉ、源次殿とな‥‥今回の指導してくれる花火師と同じ名前とはのぉ」
「あぁ、自分も他人とは思えなくツアーに参加することにしたのだが‥‥」
「ふぉっふぉっふぉ。それなら確かにのぉ。‥‥楽しめるとよいの」
「エレナ殿、良くきたのぉ。少しは‥‥かわったかの?」
「え? あ、あの‥‥こ、これ! 姉のバイト先の物ですが!!」
 なにやら頬を朱色に染め、慌てたようにミハイルに手持ちのカバンを押し付け、ナレイン達の方へと駆け出していった。
「え? エレナくーん‥‥こ、これ‥‥」
 自ら持っているエレナの荷物と、走り去るエレナの後姿を交互に見つめながらミハイルは、深い溜め息と共に肩を落としていた。


「えっと‥‥ここでいいとですか?」
 なにやらたくさん詰まったバックを抱えるように持ったヨグ=ニグラス(gb1949)は、同じ依頼‥‥いや、ツアーに申し込んだことで一緒にくることとなった千祭・刃(gb1900)に確認するように見上げていた。
「ええ、場所は合っているみたいですけど」
 尋ねられた千祭は申込書に付属していた地図と目の前の建物をにらめっこしながら唸っていた。
「ぼく‥‥きらきら〜‥‥作るのです‥‥」
 同じく参加することとなった雪兎(ga8884)はぽややんとした笑顔を浮かべながら、これから作るであろう花火を思い描いていた。
「あぁ、花火作りが楽しみです!」
 その言葉に千祭は軽くガッツを作り、抑えきれないテンションをすでに爆発させていた。

「ほれほれ‥‥そこの三人。おぬしらも参加者かのぉ」
 入り口で迷っていた三人を見つけ、ミハイルはおいでと手招きをしながらよんできた。
「ほれ、もう始まるから。そろそろこっちにきなさい」
 それを聞くと、三人は互いに顔を見合わせ、慌てて入り口へと走り出していった。



「おれっちが花火職人源次ってんだ! これからの注意事項をよぉく聞いて、くれぐれも間違ったことをするんじゃないぜ!」
 へへっと鼻っ柱を抑えながら源次は浅黒い顔に白い歯を煌めかせていた。
 軽く挨拶をすると、ホワイトボードを持ち出し、次々と絵を描いていく。
「んでだ。注意としてはまず、花火の仕組みから教えていくこととなるんだが‥‥しっているとはおもうけどよ、花火って本来なら『火薬類取締法』って法律に基づいて『煙火打揚従事者』って資格を持てるやつしか打ち上げたり出来ねぇんだ。昔はそんなことも無かったらしいんだが、結構この商売危険が強すぎてよぉ。だから、今回の体験もわかっているとは思うが少しの工程しか出来ねぇんだ」
 すまなそうに頭を下げつつ源次はいう。
「だけどよっ。事前にどんな花火を打ち上げてぇって言うのは聞いてっからよ。おめぇらの願いは形にしているぜ! 種の仕掛けは先に作ってある。だから、あとは埋め合わせていくだけ‥‥でもよ、これも十分難しい作業なんだ。それっちだけ覚えといてくれよ? 油断したら‥‥それこそ手元で爆発しかねねぇからな!」
 それでは‥‥と、源次は描いていった物を一つ一つ説明し始めた。
 花火職人体験ツアーが始まりである。

「ふむふむ‥‥」
 源次の説明にエレナは必死にメモをとっていた。事前に用意していたのであろう、色々と書き連ねられたノートが傍らにある。自ら作ってきたノートに線を引き、源次の内容と重なるとにっこりと微笑んでいたりした。
「では、実際に作ってみるぜ」
 そういうと、源次は尺玉と呼ばれる球形のものを取り出した。
「これが二尺玉だ。約60センチほどの大きさがある。一尺は約30センチと考えてくれればいい。これが打ち上げられたとき、空には約500メートル程の大きな華が咲くって仕掛けだ。一発結構いい値段するんだぜ? 今回はこのサイズをみんなに作ってもらおうと思う。まぁ、大体打ち上げ花火の中では結構なサイズになるからな」
 源次はみんなの手元に半分に割れた球状の入れ物を置く。
「そして‥‥ここからが普通は秘伝と呼ばれるんだが、今回はここを体験したくってみんな参加してくれるんだ。ということで、一人一人に合った星の詰め方を図案化してある。この通りに詰めるんだぜ」
 取り出した紙を今度は一人一人名前を確認しながら渡していく。
 そこには図案化された星(花火の元となる火薬玉)が、入れ物の色ごとかかれており、かなりわかりやすくなっていた。
「きっちり詰めなければいけないんだが、まぁ、本職で無い限りそれは無理だと思ってるので、所々でオレッチが見るようにする。器の色によって入ってる星の色が変わるからそれだけは気をつけてくれよ? せっかくの華が見当違いの色を紡ぎだすことになっちまうからよ!」
 一粒つまみあげ、光を通して見つめる。
「この一粒一粒の星が、大輪の華となり、空をかける星となっていくんだ。おれっちはこのロマンに惚れてるんだからさ」
「華じゃないです。僕はプリンをあげるです」
 ヨグが頬を少し膨らませながらつぶやいた。
「あはは。おれっちにとっては空に打ち上げられるのはぜーんぶ華ってんだ。おめぇさんのプリンだって‥‥ほら、きっと綺麗でおいしそうな華となるぜ」
「おいしいプリンですか‥‥いいです!」
 ほんわか嬉しそうに微笑むヨグの頭を源次はぐしゃぐしゃと掻き乱した。
「い、いたいです」
「おお、わりぃわりぃ。そんじゃ、おいしいプリン、作れよな!」
 最後にもう一撫ですると、今度はナレイン達の方へと向かった。
「青い薔薇‥‥わたしの華よ♪」
 くすくすといった感じで囁きながらナレインは丁寧に星を詰めていく。しっかリ詰まっていく星たちはきちんと収まり、具合がよいようである。
「スイカ♪ スイカ♪」
 同様に鳥飼は鼻歌を歌いながら綺麗に詰めていった。
「スイカ‥‥綺麗に広がるといいな」
「そうですよね。私は2段花火ですの。どんな綺麗な円を描いてくれるのでしょうか」
 るなもうっとりといった感じで詰めていく。
「なぁ、これ、本当にヤナギになるのか?」
「ああ、寿君っていったっけ。ヤナギ花火は俗名でね、正式には錦冠菊(にしきかむろきく)というんだよ。流線型を描きながら落ちていく様子がシダレ柳ににているっていうんで、そう呼ばれているんだ」
「にしきかむろ? キクって、あの菊か?」
「そう。花火の大筋は菊花火といって菊を象ったものがほとんどなんだよ。あとは牡丹かな。線か点。どちらにしても円を丸くするのは経験とかが物を言うときも多いけれどもね」
「やはり原理を知っていてもそれだけで花火が作れるほど甘くは無いのか‥‥」
「ったりめぇよ! そんなんでお飯食えるほど、オレッチの仕事は甘くねぇゼ!」
「っふ。やはり、じっくりとご教授の程、お願いしたい」
「がははっ。オレッチがじっくり語ってやっから。それでつられて変な形、なんてするなよな」
 少し茶目っ気をつけて片目を瞑り、寿の肩を大きく叩いて源次は去っていった。


「できた!!」
「わぁ、これでOK?」
 みな、それぞれが自分が思い描いていた星を詰め、二尺玉を完成させていった。
「よぉし、そしたら今度は紙巻の作業に入るぜ。これが結構大変なんだ。頑張るんだぜ?」
 源次はそういうと、半分に割れていた二尺玉を円になるようもう一つとあわせると、周りを叩き、あわせていく。
「これで一つの二尺玉が完成する。とりあえず半分同士を合わせ、一つの球体にしてやるんだ。‥‥そうそう。そうやって‥‥」
 乾いた音が響き渡る。叩かれた尺玉は包むようにそっと口を閉じ、一つの球体へと変形していった。
「よし、これでっと‥‥」
 今度は細長く切ったクラフト紙を取り出し、尺玉に沿わせて巻き始める。
「この工程を玉貼というんだが、空気を入れちゃいけねぇってんで、単純だが、至極難しいものとなってるんだ。この作業を怠けると、今まで頑張ってきた工程が全部水の泡となっちまうってんだから、重要度はわかるよな?」
 必死で頷く様子を見、安心した面持ちで再び巻き始める。
 それを見て、他の者たちも自分のものを合わせ、巻き始める。
「まぁ、これが終わったら乾燥させて、そしたら打ち上げだ。乾燥はちょい時間かかるから、終わった時点でまたじいさんの方に連絡つける。そしたら集まって競技会といこうじゃないか」
「え? 今日‥‥打ち上げれない?」
 雪兎がほわわんとした表情で尋ねる。
「いや、だから少々時間かかるって。なに、そんなにたいしたことじゃないからその間、他のことをしていればいいさ」
「なぁに、折角の打ち上げ花火じゃ。楽しむことも必要じゃろて」
 源次が少し困ったように頭をかいているとミハイルがにんまりとした表情で笑う。
「あ、だから‥‥」
 何か思い当たったのか夕貴が思わず息を呑んだ。
「ふぉっふぉっふぉ。そりゃそうじゃて。何のためにわしがスイカとカキ氷を‥‥」
「ばっちり持ってきました! アイスです!」
 そういってエレナが広げたのは、数々のアイスである。
「寿さんはプリンがお好きでしたよね〜 プリン味のアイスならありますけどお一ついかがですか〜?」」
 寿の前にプリン味のアイスを差し出す。
「あぁ、確かにそうだが‥‥」
「あ! プリン味です! ボクもそれ、食べたいです!」
 ふっと微かに微笑みながら、寿はヨグの頭に手を載せた。
「だーかーら、これは花火を見ながら‥‥だろ? お楽しみは後で‥‥な?」
「そうだよ〜、ヨグちゃん。花火とか重いものは他の人に任せちゃって、わたしたちは先に他の用意をしましょうね〜♪」
 片方に雪兎の手を握ったナレインが空いている手でヨグの手を掴んだ。
「さ、いきましょうね〜」
「ナレインちゃん、これどうするの?」
 場所を移動しようとしたナレインの後ろへ鳥飼が声をかける。先ほどまでナレインがいた場所には持ってきた荷物が鎮座していた。
「あ☆ ごめん、夕貴ちゃん! あ〜ん! 手が足りないってこういう時言うのかしら‥‥」
「ボク、少し持ってあげるですよ」
 そういうと、ヨグがナレインから手を離し、夕貴の元へといった。
「よぉし、そしたら俺と一緒に運んでやるか!」
「はいです!」
 夕貴と一緒にヨグはナレインの荷物を運ぶ事にしたのだった。



「それでは私たちは花火のほうを運びましょうか〜」
 にっこり微笑んだ神無月は源次に荷車の場所を聞き、どこから調達してきたであろう振動吸収剤を敷き詰め始める。
「さて‥この上にこの紙を‥‥」
「この紙は、何ですか?」
 一緒に敷き詰める作業を手伝っていた千祭が神無月にたずねた。
「これは防湿用の油紙です。湿気てしまっては花火が台無しですから。あと、このワラを湿らせ‥‥あ、だめですよ。濡らしては。湿らせるだけですの。ほら、こうすると防火になって、もしもの時に安全ですのよ」
 花火を器用に油紙で包み込み、その上に湿らせたワラで軽く包み込む。それを慎重に台車の上に載せた。
「うわぁ。凄いっすね!」
 神無月の考えに千祭は感嘆の言葉しか出てこなかった。


「あっと、千祭君だっけ? ちょっと手伝ってくれるかなぁ」
「は、はい!」
 花火を所定の場所まで運んだ千祭は源次に呼ばれ、花火の打ち上げ予定地の方へと連れてこられた。
「君、ナイアガラをやってみたいっていったよな」
 源次が覗き込むように聞いてきた。
「はい! とーちゃんが好きって言うのを聞いて、やってみたいです!」
「じゃあ、お願いしたい事があるんだ」
 そういうと、源次はなにやら箱を引っ張ってきた。
「はい。この見取り図どおりに取り付けてきてくれ」
 そういって指し示された場所は‥‥湖の真ん中に作られた鉄骨の足場だった。




「やっぱり、こ〜言う時は浴衣がいいわよね♪ どうかしら?」
 くるりと回って全体を見せ付ける。
 白地の生地に朱色の紅葉が舞っており、ナレインの結い上げられた銀髪に良く映える色合いとなっていた。
「へぇ〜 ナレインちゃん。可愛いじゃない♪ ん? エレナも中々‥‥」
 後ろを隠れるように歩くエレナを見つけると、夕貴はすかさず鑑賞に入る。
 青地に明るい緑の若竹が、愛らしく良く似合う。
「あ、ありがとうです‥‥そ、その鳥飼さんのも似合ってます‥‥」
「そうか? ありがとうな」
 流れ星で彩られた浴衣に身を包み、いつもと違って二つに結ばれた髪が夕貴の中性的な雰囲気により一層磨きをかけていた。
「さぁさぁ、みんなでいい場所で見ましょうね」
「ここ、よさそうですわ」
 神無月が拓けた高台を見つける。そこにナレインは大きな敷物を広げた。
「これでOKね! あとは、これを忘れちゃダメなんだから」
 取り出したのは豚さんの蚊取り線香である。そして、次に引っ張り出したものをそれぞれに渡し始めた。
 エレナにはこねこを、雪兎にはてんたくるす、ヨグにはがんりゅうのぬいぐるみだった。「ん〜! 可愛いぃ〜!」
 きょとんとした表情の三人に対しナレインは満面の笑顔である。
 そのままきょとんとしている三人をぎゅっと抱きしめると、
「夕貴ちゃん! お願いね!」
「はいはい」
 まぶしーと思った瞬間、カシャっという音が響いた。
「まぁ、そろそろ始まりますよ」
 ちゃっかり一番に敷物に座った神無月は自ら持ってきたカバンからおにぎりを取り出しつつ、開始の時刻を告げた。
 空は鮮やかな朱色から深い群青へと移り変わる頃合だった。



「それでは皆さんお待たせいたしました! 今宵始まる空を舞台にした催し物、お付き合い頂ければ光栄です。花火と科学者と能力者による夢の? コラボ、とくと御覧あれ!」
 空の色がすっかり光を抑えたころ、簡易的に作られた会場に軽快な声が響き渡る。
「おっと申し遅れた自分は寿 源次、暫しお付き合いを」
 見ると寿は実況席とばかりに少し押さえられた照明のもと、マイクにイヤホンをといういでたちである。その横にはちゃっかりミハイル氏もいたりするのだが‥‥
 寿が花火職人源次について紹介をしている最中ひたすら持ってきたスイカに被り付いていたのだった。
「セバラブル博士‥‥コメントしてくれるんじゃないんですか‥‥」
 その様子に、さすがの寿も肩を落とすだけであった。



 源次があらかじめ用意してあったためなのか、舞台は盛況に始まった。
 最初に上がり始めたのはスターマイン。色とりどりの花火が一斉に打ち上がり、これからはじまるに相応しい歓声を生み出していた。
 最初の数発は源次の工房による花火がいくつか続いた。
 どれも綺麗な華を咲かせ、そして会場にはいつしか結構な人が集まっている。
 次々に上がる花火をみつつ、一同はしばしの間歓談のときを過ごす事とした。



「それでは、本日のメインイベント。創作花火となります」
 寿の声により少し会場が静まる。花火の打ち上げもなりを潜めた。
「では、最初に行きますのは 神無月るなによる作品。本人と同様おっとりと包み込む雰囲気がたまりません」
 そのアナウンスと共に打ち上げられたのは綺麗な紫色の華だった。ぱっと広がったと思うと、青色の華がまた広がり、そしてさらにもう一つ。
 綺麗な球状が三段階になって広がったのだ。紫から青に変わるラインが不思議な雰囲気を醸し出していた。


「お次に行くのは わたくし寿 源次の作品。ボロは着てても心はセレブ、地味に行きましょう」
 パッと広がる金色の華。そして見る見る間に流れ落ちていく。柳を象った花火、錦冠菊だった。大輪として広がった華はそのまま流れ落ちてゆき、水面に届くかと思う頃光をなくした。
「綺麗ねぇ」
 神無月はエレナから貰ったアイスを口に運びつつ、感嘆の声を漏らしていた。


「続いては ナレイン・フェルドの作品。戦場に咲く一輪の青薔薇、今宵の空を染め上げる!」
 大きく青い華が開く。その少し下では緑色の星が行きかうように舞い始めた。鮮やかに咲く華と緑の星。それはまさに一輪の薔薇の様であった。
「キレイ‥‥夜空に咲く大輪の花‥‥でも、一瞬で消えてしまう‥‥儚いものほど美しいのね」
 敷き物に寝転びナレインは呟く。その言葉を雪兎はしばし考えていた。



「続いては エレナ・クルックの作品。そのハートは誰の為? 愛する姉か、まだ見ぬ男性(ひと)か!?」
空に絵柄が浮かび上がる。それは愛らしい赤色のハートの形をしていた。
くっきりと浮かび上がったその絵柄にエレナはほっとした気持ちでいっぱいだった。
「おお〜 あの花火みたいにわたしの気持ち‥‥ あの人に届くといいな〜」
 花火を見上げながら、エレナは顔を朱色に染め上げている。


「続いては ヨグ=ニグラスの作品。デッカいプリン、食べられる? いいえ、それは花火です」
 また空に絵柄が浮かび上がる。黄色の星の上に紫と緑と白が混在していた。やはりカラメルの表現は難しかった様である。
「プリン。でっかくできたです。」
 その様子を見上げるヨグは満足そうに頷いていた。


「続いては 千祭・刃の作品。初めてでドキドキながら、ここまで頑張ったぞ! とのことです」
 大輪が浮かび上がる。青だ。綺麗に開いた円が印象的である。
 創作的なものが続いた中の基本に忠実な花火はとても、綺麗に焼きついた。


「続いては 雪兎の作品。本人曰く、きらきら〜とのことです」
 きらきら‥‥その言葉通り、雪兎の花火はきらきらと空に舞った。弾けた花火は円状へと広がり、蒼と翠の二つの円を作り出した。
 シンプルではあるが、それはとても趣きがあった。
「‥‥きらきら‥‥です」
 嬉しそうに雪兎は微笑んでいた。


「続いては 鳥飼 夕貴の作品。夏と言えばコレ、デザートの座は渡さない!」
 そうして上がった花火は弾けたと思うと緑色の華を咲かせ、そして中心部の方が赤色へと変化していった。それはまさしく切り開いた、夏の風物詩としてはうってつけの模様が 空へと浮かんだのだった。
「うん。やはり花火はスイカを食べながらに限るな」
 そういいつつスイカを食べている夕貴だった。


「続いては ミハイル・セバラブル博士の作品。我こそはマスターオブサイエンス! 克目して見よ!」
 その声と共に湖の方で一斉に光が走り出す。
「えっと‥‥これでよかったんですよね‥‥」
 千祭は付けた導火線の行方を見守る。走り出した光が、一気に舞い落ちてきた。
「お! これがナイアガラですね!」
 湖に設けられた鉄骨が軸となり、ワイヤーによって吊るされた火薬の詰められた筒から光が流れ落ちる。連なるそれらの量は光の滝を作り出していた。


「それでは大トリはこの方、実力を推して知るべし! 花火職人源次の作品だ!」
 盛大に打ちあがる花火。
 やはり本職である。一つ一つが綺麗に開き、色取り取りの光が交差する。
 流れ行くもの、底にとどまるもの、数々の光が生み出されては、舞、そして散っていった。


 そして‥‥
 二発の光弾が上がった。
 終わりを告げる、花火だった。





「花火は一瞬だけど綺麗に輝きますよね。やっぱり、儚さが美しさを盛り立てているのでしょうか?」
 一時の夜の舞台が終わった後、神無月は思わず呟いていた。
「さぁ、片付けましょうか。片付け終わりましたなら少しお夜食でも食べましょう」
 雰囲気を取り壊すように明るく告げる。
「『立つ鳥、後を汚さず』‥‥でしたっけ?」
 千祭が首を捻りながらいうと、
「ちょいと違うんじゃないか? それを言うなら『立つ鳥跡を濁さず』だと思うが」
 実況席を撤退してきた寿がすかさず突っ込みを入れていた。



 すでに夜は遅くなり、空には星の光だけが煌めいている。
 片付けの終わった広場は、すでに人気が無かった。
 他の者たちはすでに後にしたようで、ナレインただ一人が立ち尽くしている。
 その瞳は、何を考えているのだろうか、空を見つめていた。

「こんな時間がいつまでも続けばいいのに‥‥」

 微かに呟いた言葉は、空へと吸い込まれ、そして消える。
 ふと、人の気配が近づく。
 ミハイルだった。
 その姿を見るとナレインは少しだけ、でもそれを隠すように微笑んでいた。
「ありがとうミハイルさん♪ とっても楽しかったわ〜。また、何かある時は誘ってね」
 いつもの調子で告げるナレインを見て、ミハイルは思わず苦笑をもらした。
「たまには溜まったもんを吐き出すんじゃぞ。どんな一時であろうと、それが大切じゃからの〜。ふぉっふぉっふぉ」
 大きく笑い声を上げながら去っていくミハイルを見て、ナレインは声を漏らした。
「もう、結構な狸さんなんだから‥‥」