●オープニング本文
前回のリプレイを見る揺らめく水面に、ひとつ、ひとつ‥‥水滴が落ちていく。
ゆっくりと広がる波紋を、何かが断ち切っていく。
浮かんだ月は、真っ二つに別れ、そしてくっついた。
「ふむ‥‥中々違うものだな」
2つの事件を受け、ニコール・デュポンは検証へと入っていた。
相反する性質を持つスライムが存在していた施設、UNOとDUO。これらは、青地図ではまったく瓜二つの施設だった。
「それにしても‥‥この模様、どこかで見たような‥‥」
実験体が丁度居た場所に描かれている一つの円。それはまるで現在とは離れた魔術に関るような‥‥
「ふっ 僕としたことが、何を思い出そうというのだ」
熱くなる目頭にそっと指を押し付けつつ、予測では‥‥さすがにひとりでは対処できない案件であるとの話を聞いていた、対処したところで‥‥現在の自分の立場なら危うくなるどころか、存在が消される。立場ではなく、存在が‥‥
想像するとぶるっと、思わず身を震わせてしまった。
「この事件と、何が繋がっているのだろうか‥‥」
初めて依頼した事件、そこから得たもので見つけた、実験施設。
歯車が、どう組み合わさったのか‥‥
この混沌の果てに待ち構えているものに、ニコールは思わずキスを贈りたくなってしまう。
「ありがとう、こんなに楽しい事件は初めてだよ」
そっと窓を開けて空を見ると、新鮮な空気が入ってくる。
「僕が、僕らしくなかったこと、感謝するんだねっ」
そっとそんな意味不明な言葉を、投げかけながら‥‥
―――――――――――――――――――――――――――――
〜 とある研究者の走り書きと称した日記 〜
×月○日
βを閉じ込めた場所は常に空気が入れ替わっていた。
それしか覚えが無いのだが‥‥
それが原因なのだろうか、新たに実験を始めようとΖを搭載しようと試みたものの、反発にあってしまう。
物質を、切り裂くのだ。
試しに‥‥そう思ってラットを一匹同じ空間へと入れてみた。
数時間後、見事に切り刻まれたラットが居た。
その全てが、鋭利でまるで刃物にやられたようである。
だが、今回はまだ実験前だったのだ。
実験前にもかかわらず‥‥
どうやらβの性質上、「側にある何かの性質を取り込む」そういうものがあるようである。
これは、重要なので特務の方に報告しておこう。
何処まで連中に理解できるのかわからないがな。
それにしても、どうしてかこの頃関係者が国を出ているような気がする。
‥‥集結の日が近いのか、それとも‥‥
まぁ、私はしがない雇われ研究者だ。
思う存分研究に埋没するまで。
一体、こんな実験をして誰が得するのか知らないが、こんな興味深いものは中々無い。
思う存分楽しませてもらおう。
それにしても‥‥このラット、何故こんなにも干からびているのだろうか。
さて、明日になってから考えよう。
とりあえず、この研究所に問題がなければいいのだ‥‥問題が及ばなければ、ね。
●リプレイ本文
「今回は『生きてる』施設なんですね」
フェイス(
gb2501)の言葉に他のものも頷く。今までは無人だったから。しかし今回は‥‥。
何が待ち受けているのかわからないが、これは少し心してかからなければいけない。そう心に刻み付けていた。
◆
ニコールがいうにはこの施設は先の事件の手紙から行き着いたという。『Mr.Crow』を追って調べた時、名前が見つかったらしいのだ。イギリスにいる幼馴染の探偵、ノーラ・シャムシエルにはこの事件に関った建築会社の詳細を依頼している。また、この事件に関る企業についても。どちらも、大元の国がわかっただけでも大きかったのが前回の結果だ。
「依然情報は不透明だ。ここにある青地図は恐らくこれ以降の調査には役に立たないであろう。なにせ、今回出てきた施設自体この青地図リストには入っていなかったものなのだから」
青地図自体は4枚有ったらしい。しかし、それにのってない施設が‥‥この度の施設なのだ。
「有人だそうだが、それは何故わかったんだ?」
「君達が調べてくれた『DOS』で出た資料からだよ」
そう言って見せられたのは先の事件で持ち帰った一通の書類。その中にはノートと研究の相談とも取れる手紙が入っていた。
「ほむ、状況を教えて下さいな♪」
赤霧・連(
ga0668)がにこやかに尋ねてきた。
「わかった、まずこれによると‥‥」
ニコールによる説明が始まった。
「まず、見学者として乗り込まなければね」
ホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)は月に一回有るというこの施設の見学を利用することを考える。今回初参加ということもあり、情報収集もかねてである。全員で行くには怪しいから、他のメンバーは外で待機しているとのこと。その間に外部の調査、若しくは情報収集に当たると言う。
ニコールより渡された日記によると、どうやら今回は今まで以上に特殊な性質を持っているらしい。
「βは他の性質を吸い取るのか?」
そんな考えがよぎる。それに対し、百瀬 香澄(
ga4089)はこれまでの施設で起きた実験体とのやり取りを簡単に説明した。実験体βを用いての観察日誌ファイルと共に。
「少なくとも、スライム系であることには違いないですね、ほむ」
赤霧の言葉に今までの依頼によるβの特質を思い出されていた。
「‥‥スライムで実験、ね」
ホアキンは暫し考え込むように首を捻った。
「追いついたのか、追い込まれたのか。どちらかわからないが調べるだけだ」
◆
見学の申請は、ニコールが依頼するときに既に申し込んでくれていたらしくすぐさま乗り込めるようになっていた。時間がかからないのは、ありがたかった。
念のためと、カメラや無線機、その他に必要そうなものを取り揃える。武器は目立つということで、小型の、隠すことが出来るものを用意。馴染みの大き目の武器は、待機組へと渡していた。
百瀬はそんな中、今までの情報整理へと取りかかる。今まで集めただけでもかなりの情報だと思う、そして軍の方でも調べているのは確かだったのだから。
赤霧もオープンな施設だからと、HPや以前のパンフレットがあるかを調べに行った。
「そういえばニコール、あんたは何かわかることないかい?」
缶コーヒーで水分補給を取りながら、百瀬は探りを入れた。それはそうだ、彼女が一番知っているはずなのだから。2施設の相互関係、そして何よりも切っ掛けになった盗賊団について。視線をめぐらす。
そんな百瀬の様子にニコールはにやりをした笑みを浮かべると数冊のファイルを取り出してきた。
「これが、僕の知っていることだよ」
受け取りつつ百瀬は中を確認する。素早く目を通せば‥‥なにやら不穏な話を含む様々なことがのっていた。
「ニコール、あんた‥‥何者なんだ?」
この女性はただのUPC軍の人間、そのはずなのに。何故かそれ以外の気配を感じずにはいられない。そんな驚きおののく百瀬を面白そうに眺めながら煙草へと火をつけていた。
「‥‥昔、僕はイギリスに居たんだ」
一本目を吸い終え、火を消しながら呟く。そして、凍りそうなくらいの冷たい笑みを浮かべながら‥‥
「なんてことはないよ。ただの、軍人だ」
呟き、部屋を出て行った。
見学者として潜入したホアキンは、10人程度の規模で団体行動を余儀なくされた。どうやら、他の見学者とセットで動かされるらしい。不審に思われない程度の動きで、状況の確認を行う。事前に調べてもらったパンフレット、そして施設についてのHPからおおよその地図については把握できていた。説明を聞きながら、それに監視カメラの情況、職員の特徴など書き入れていく。見学者の中にもカメラの撮影を聞くものがいた。どうやら可能らしい。これで堂々と撮れるとホアキンはカメラを片手に動いていた。
◆
「このパンフレットによると‥‥」
先に施設内の見学を果たしてきたホアキンが中心となって潜入調査の打ち合わせが始まった。ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)と終夜・無月(
ga3084)はその間に調べていた周りの堀の状況について報告をする。水温・水質・何処に伸びているのか、多項目に渡って調査は及んでいた。内部のカメラの位置、普段の警護人数について次々とパンフレットへと書き込まれいていく。また、ニコールの言ったとおりにこの施設の青地図がないのか、再び照らし合わせていた。
以前の施設2つを見ていた時、ホアキンは少し見覚えのあるものを目にしていた。
「これは‥‥」
それは、また意図しなかったほかの事件。確かにあれも錬金術などの模していた、そんな事件だった記憶がある。
「そういえば‥‥イギリス‥‥」
そんなことも頭に過ぎったが、今は関係ないことだと頭を振る。
「あぁ、建築会社が確か、イギリスに調査を頼んでいるって‥‥、ニコールさん、どうなったんだ?」
寿 源次(
ga3427)が以前関連企業に関しては別に調査を依頼した旨を思い出し、尋ね聞く。
「あぁ、順調のようだよ。外部の探偵に依頼しているんだがね‥‥これが今までの報告書だ」
そう言って取り出して見せたのは、ナットー探偵事務所と銘が打たれた封筒だった。その中に記載されていたのは、青地図の建築会社とその親会社、ペーパーカンパニーの関係者についての調査書が封入されていた。
どうやら、大きな薬品会社の重役らしいが‥‥
「これは‥‥」
そのリストにホアキンは思い当たる名前を見つける。どうやら彼が担当した他の依頼に関る人物だったらしい。
「どうかしたのか?」
「ああ、この人物達‥‥この間殺された人物だ」
「何やってた人たちですか?」
「薬品会社の子会社で重役を務める人物だった。首だけ残された事件の‥‥」
「報告書では、これから更に調べると書いてますね」
「事件が‥‥連動しているのか?」
「国を越えて‥‥ですか」
そんな疑問を新たに抱きながら、潜入に当っての計画を練っていた。
◆
潜入は、水路から行うこととした。ニコールに調べてもらったところセキュリティーシステムの関連でいけばこれまでのものと段違いだと言うことだ。外回りを観光客を装って調べていた寿もそれについては納得している。何度警戒態勢の警備員に声を掛けられたものだろう。うまく言い逃げできたのが奇跡のようである。堀を調べた際、一部どうやら内部には入れる扉があった。どうも裏口であるようで、なにやら不穏なものを感じざるを得ないが。
もし裏で取引があるとするのなら、間違い無く使う場所であろう。
調べた際に、監視カメラの存在は把握していたのと、どうやらキーが必要なことも確認している。今までのように、関連施設であれば‥‥
この事件のきっかけとなったカードキーをニコールより借り、進入を開始した。
カメラには死角になるように、慎重に、気をつけながら。
案の定カードキーに反応をし、ロックが外れる。素早く、そして、小さく別れながら内部へと侵入。
入った先には、長い暗い廊下。響き渡りそうな靴音に気をつけ入り込む。ホアキンの調査とはここの部分は繋がりがない。生憎、迷子を装っては入れたもののここまでは先の調査ではたどり着けなかった。慎重に、終夜が暗視スコープを利用し周囲を調べた。ユーリも探査の目を発動させカメラの有無を確認する。どうやら、ここの廊下にはいないと判断後、数m先の扉へと急いだ。
扉を慎重に開けると、そこは階段の裏となっていた。ホアキンは、見学で訪れた場所だと認識すると、現時点でどの位置かを他のものへと知らせる。
どうやら、中心部よりやや中に入ったところであった。
先の見学時点で、案内されなかった研究室は既に教えてあった。ここの施設自体、登録はバイオ関係の研究と銘打っていただけあり、なにかと研究部門が分かれているらしいのだ。その中で入れなかったのは1箇所。ここが、一番怪しいとの判断を下していた。
各自打ち合わせどおりに一旦散ると、皆カメラや警備員に注意しながら調査を始めた。資料は元に戻せる範囲で確認する。もちろんPCデータも忘れない。
ざっと確認すると、どうやら動物実験を中心に様々なクローンを作ろうと模索する部門、また遺伝子操作を施しそれを植物ではなく動物にどう影響させるかを研究する部門など今までとは違いはっきりとした研究の資料が出てくる。そう、今まではこんなにはっきりと書かれている、実験最中の資料は一切なかった。ニコールが以前の施設で得たのはどれもβの育成過程であり、結局施設自体の目的については皆目見当たらないとの報告を受けている。
「有人の施設‥‥」
つまり、まだ情報を潰されていない‥‥利用価値が残っている施設と言うことであろう。
「まだ放棄されるほどの問題が起きていない、という事だろうか。それとも――」
ユーリの頭に不吉な疑問が浮かんだ。
――単にデータを取り終わってない?
もし今浮かんだ答えなのなら‥‥明らかに突っ込みすぎるのは危険なのかもしれない。
◆
「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか‥‥」
百瀬は資料を漁る中、ユーリと同じ考えが思い浮かぶ。別にβを始末しろとは言われてはいないのだ。最悪、やらなくていいかもしれないと、思い浮かんだ。
最後の一箇所を残し、集めた資料情報を手に一同は一旦集結をする。個々かなりの量が手に入ったらしく、数台のカメラが消費されていた。内部の警護は、同やら夜間はほぼいないらしく、巡回に廻ってくるものは一名。昼間の警護とは違い、かなりの無防備さを指摘せずに居れない。寿を中心に、警戒に当っていたが、やり過ごすことが出来た。
そして、最後の一室に通じる扉はまたもロックがかかっていた。
しかしこれは前の施設でも見覚えがあるもので‥‥
「えっと‥‥PASSは66だったよな」
そう言ってカードを通す。
PASS→66
ERRAR
「ん?」
どうやら、今回はその暗証番号では無理のようだ。
「ほむ‥‥今回の施設の名前ってなんです?」
「えっと‥‥TRES?」
フェイスがパンフレットを見つつ答える。UNO、DOSときて‥‥やはりTRESらしい。
「TRES、3番目ですか‥‥」
「ほむ、3を入れてみましょうか」
赤霧の言葉に従い、改めてPASSを入力。
PASS→663
OK!
「開いた‥‥か」
その言葉と共に、内部へと再び潜入を開始した。
ユーリの探査の目が再び飛び交う。ここはまだ、未踏のエリアだ。警戒に当らなければ、危険だった。扉の内部へと入ると、そこは今までの施設同様の厚い壁と、モニター室が存在していた。しかし、今回はあの複雑な錠前は存在していない。
これが、生きた施設なのかと思うと、あれは今まで封印していたと言うことなのかもしれない。
確かに‥‥あの施設では人がいないどころか‥‥不穏な死体も有った覚えがある。
今回の実験は、どんなものだと言うのだろうか。
モニター室に入ると、さっとカメラの有無を確認。どうやらここにはついていないようだ。
かかっていたブラインドを開ける。そこには‥‥
「これが、β?」
初めて目の当たりにしたホアキンが思わず唸る。
それは、綺麗な緑色をしており、そして、当りは血が一面に飛び散っていた。
窓にこびりついていたのは、赤褐色へと変色した塊。そして、緑の足元には、ぎざぎざに切り裂かれたマウスの死体。
「止めてみせますッ」
赤霧の瞳に、強い意思が浮かび上がる。これが、このままであることは‥‥
「行きます」
終夜の言葉により、部屋へと向かう。わかること、それは近接は危険であると言うことだけだった。
◆
部屋に入ると、空気が冷たかった。
百瀬は来る前に読んだ研究者の手記を思い出す。それによれば‥‥
「ったく、拾い食いするなって親御さんに習わなかったのか?」
そう言って袋を取り出すと中のものを解き放つ。白い粉が溢れ出て、空気の、流れを教えた。
それは小麦粉。すぐさまβの周囲へと集まり始める。
「武術に弓術‥‥己の戦い方を発揮出来る武具に出会えた事で‥‥やっと其々の力の扉が解放出来ました‥‥」
終夜はそう言い放つと、弓を掲げ、
「今日は‥‥其れ等をお見せしましょう‥‥」
攻撃を始める。寿はそんな中、強化へと回っていく。特に前戦へと踊り出る百瀬への治癒は欠かせない。ユーリも銃を掲げ狙いを定める。
切り立つ風が、舞い襲ってくる。素早く躱すも、頬を切った。
ホアキンも遠距離がいいと判断し、エネルギー銃での応戦で答える。
赤霧の銃も唸りを上げていく。百瀬が掻き乱そうと立ち振る舞う中、ホアキンは剣をなぎ払った。
徐々にβより発せられる風に勢いがなくなってくる。どうやらダメージが蓄積されているのだろう。矢が当るたび、弾丸が身体を貫くたびに飛び散る体液はおぞましい位の匂いを放っている。
足元が、ぬちょりと滑る中、体勢を立て直しつつ走る百瀬。注意がそちらに集中する中、他のものが追撃を加える。そして‥‥
風が、止んだ。
ユーリは交戦データが残らないようとモニタールームのPCデータを弄る。
この結果‥‥いかなる判断が出るかはわからないが、ここにキメラがあった時点で、ここの関連は恐らく‥‥
◆
「ご苦労さん」
ニコールの出迎えにより、一同はほっと一息をついた。βを倒した後、再び水路を通り戻ってきたのだ。セキュリティは昼間は強かったものの、どうして夜には薄かったのだろうか。疑問が浮かぶ。
「それで、どうだっただろうか」
その問いに、本日の成果を伝えると、わかったと相打つ。
「果たして何が出てくるのでしょう?」
そんなことを口ずさむ赤霧。
「さぁ、何が出てくるんだろうな」
その言葉に、ニコールは嬉しそうに目を細めた。
フェイスは胸元から取り出した煙草を口に咥えると、火をつける。ゆっくり潜らすと、安堵の息をついた。
「さて。『何か』の尻尾くらいは掴めたのでしょうか」
出来立てのパーツが‥‥これよりどういう味付けになっていくのか、スパイスが物語っていそうであった。