●リプレイ本文
「へぇ、カノンから収穫手伝ってくれって」
アンドレアス・ラーセン(
ga6523)のスタジオに来ていたロジー・ビィ(
ga1031)はその言葉に微笑んだ。
「これは楽しそうですわぁ」
「ん〜? 収穫やて?」
通りかかったのだろう、クレイフェル(
ga0435)が興味津々と中へ入ってくる。
「おお、クレイフェル。伯爵が企画しているパーティの準備らしいんだが」
そういうと、アンドレアスはクレイフェルの肩に手を回し、先程来たばかりの手紙を見せる。
「なぬ! これは俺が行かんでどないするゆうねん」
「ふふ‥‥本当に好きそうですものねぇ」
「そういう、ロジーもやろ?」
巨大ハリセンでロジーのピコハンを受け止めつつ、クレイフェルは口元を歪ませた。
「ええ、今回は別の目的もありましてよ」
瞳の奥が、怪しいきらめきを見せていた。
「あ、カノンさんからお手紙ですよ〜」
シエラ・フルフレンド(
ga5622)は手紙を読みながら店内へと入り、カウンターで紅茶を飲んでいたラピス・ヴェーラ(
ga8928)へと見せる。
「あら、収穫祭ですの?」
「はい、何やら伯爵さんの頼み事らしいですっ」
手紙にかかれた言葉を拾い、ラピスは困っているであろう様子を思い浮かべた。
「シエラ‥‥君は行くのですか?」
2階から降りてきた使人風棄(
ga9514)が、困惑気味に尋ねる。
「はい! ついつい虐めたくなっちゃう人なんですよ?」
「シエラちゃん、発言が黒いですわ」
企みながら笑うシエラを注意しつつ、ラピスは苦笑していた。
「シエラが行くのなら、僕も行きましょうかね」
いつものように血まみれの服をどうしたものかと悩みつつも、愛しいシエラが行くのならと。
「ふふ、そうねぇ。カノンちゃんの様子も気になりますし。あたしも行くとしますことよ」
彼はきっと回復はしていないだろうと、ラピスは医者であることに少し感謝した。
「皆さん本当に来てくれたんですね!」
指定されたのは、フランス南部ののどかな地方。周りには木々が生い茂り、石造りの頑丈な建物が暖かく迎え入れてくれた。
「カノンー! 来ましたわッ」
花を飾ろうと、花壇で作業をしていたカノンにロジーは飛びつき抱きしめた。
「わっ! あ、あうぅ」
摘んでいた花を取り落としつつ、危うく倒れそうなところ、足を踏み留める。
「ロジー‥‥」
後から様子を見ていたCerberus(
ga8178)は溜息とともに、低く名前を呼んだ。
「ん〜! 再会の抱擁ぐらいは宜しくてでしょ?」
咎められてもカノンから離れませんとばかりに、ロジーは尚きつく抱きしめてくる。
「いいえ、ロジーちゃん。まずは診察が先で宜しいかしら?」
その様子に静止したのは、診察器を取り出したラピスだった。
「カノン‥‥あなたも隅に置けませんことね」
ロジーは怪しい笑みを浮かべラピスに前部分を明渡す。
「な、なんでこうなるんですかぁ!」
後にロジー、前からはラピスの診察を受ける形となったカノンは二人のあまりの密着に悲鳴を上げていた。
「体温、脈拍、ちょっと高めですけれども‥‥ふふ、緊張なさってるのかしら?」
意地悪げに下から覗き込むラピスの瞳が笑っている。
「カノン‥‥前にも言っただろう。少しは男らしくなれと‥‥」
「ど、どうやったらなれるっていうんですかぁ!」
止めとばかりのケルベロスの一言にカノンは、らしくなく絶叫を上げたのだった。
「ほう、ここが募集していたところだな」
メイド服に身を包んだ女が一人、地図を手にしてシャトーの前に佇んでいた。
「あ、カノンさ〜ん! お手伝いの方が見えましたですよ〜」
入り口でハーブを摘んでいたシエラが、元気よくカノンを呼ぶ。
「は、はい。‥‥あ、手伝って下さる方ですか?」
「ああ、君が雇い主になるのか。ふむ‥‥」
「あ、あのぉ?」
出てきたカノンの全身を眺める。その様子にカノンは顔を真っ赤にする。
「Noproblem。君の指示通り働くとしよう」
彼女、ミスティ・K・ブランド(
gb2310)は契約のために握手を求める。
「え、そのぉ‥‥先に来ているみなさんと収穫を頼みたいのですが‥‥」
応じつつ、視線が泳ぐのは、彼女のその豊満な胸のためなのだろうか‥‥
「Allright。任せてくれ『ご主人様』?」
少しサングラスを傾け、悪戯な笑みを見せた。
「カノた〜ん!」
「あ、ラウるん!」
突然聞きなれた声がした。ラウル・カミーユ(
ga7242)だった。
「ふふ、僕来ちゃった。お菓子作りするんでしょ?」
優しい笑顔にカノンもつられて微笑む。銀色の優しい猫、カノンに最近出来た依頼抜きの友人である。
「ええ、伯爵に届けるために」
『伯爵』の言葉を強調しつつ、ラウルを迎える。
「一緒に作れるね? ‥‥ん? カノたん‥‥顔色、悪いよ?」
「え?」
ちょっと様子がおかしいカノンに気付くと、ラウルの顔つきが変わる。
「ん〜。無理はしちゃダメ! ほら、こっちで休んでるの!」
「え? だ、大丈夫ですよ〜」
黙って聞きそうに無いと判断すると、ラウルは屋敷の中へと入っていった。
「そういうこと言う子は‥‥お兄さん、押し倒しちゃうんだから☆」
「え!? あ、ら、ラウるん!」
急に反対向きになり、見つけた長椅子へとカノンを抱えたまま流れ落ちた。身が沈まると、庇う様腕を張ったラウルの銀色の髪が頬へと触れる。
「ふふ‥‥これで、いい子にするんですよ−っだ」
にやりと笑うと、そのまま頬に噛付く。まるで猫がじゃれてくるかのように。
「ぐっ‥‥」
じゃぁね、とカノンを沈め満足するとラウルはまずは物色と屋敷の中へ消えていった。
「あら? カノ〜ン。添い寝が必要ならばいつでも仰って下さいね」
いつから見ていたのだろうか、扉から覗き込むようにロジーは鈴の音のような笑い声を上げ止めの一言を落とす。
「んー、いい風だ‥‥」
ベランダから遠くを見つめていると、穏やかな風がアンドレアスを撫上げていく。
「そうだな、こういうのも悪くは無い‥‥」
いつもはきつい顔しか見せないケルベロスが、少し寛いだ表情で寄って来た。
「珍しいねぇ、カノンはいいのか?」
依頼主の危機は何人からも守るとばかりの番犬が、彼を置いて離れているのは珍しい光景だ。
「みんなからかってるだけだから安心だ」
この連中に危険は無い。しかし、その状況に晒されてるカノンを思い浮かべると、中々大変だろうと感じる。
「まぁ、確かにそうだけどねぇ‥‥本人にとっちゃ大事なんだけどよ」
「前よりはマシだろう」
そう、出会いの日から彼は何かに脅えている。しかし、女性が苦手なら慣れるしかないとも言う。
「かもな。さぁて、そろそろ動き出しますかっ」
「貴様も‥‥、いやなんでもない‥‥」
大きく伸びをしたアンドレアスに、ケルベロスは少し怪訝な表情をしたものの、黙ることに決めたらしい。
「ほーんと、食えねぇ奴だな」
静かに去る男の後に、アンドレアスは小さく感謝の言葉を告げた。
「ほな、俺は林檎採ってくるで」
籠ちゃんよろしゅうとばかりに、クレイフェルは林檎の木々が生い茂る方へと走っていった。
「葡萄狩り〜♪ 僕、小さい頃は手伝いしてたケドなー」
少し昔を思い出しつつ、ラウルは嬉しそうに、葡萄畑になる小さな実を摘み取る。口に含むと、強めの酸味が広がった。
「そしたら僕は‥‥」
「カノンは、このガーデンチェアにでも座ってて下さいな」
動こうとしたカノンの腕をロジーがつかむ。
「え、でも‥‥」
僕も‥‥そう瞳で訴えてくるカノンにケルベロスが折れた。
「ふぅ。なら俺について来い」
「は、はい」
すると、ちょっと意地悪そうに、みんなへ一言告げた。
「カノンが関わると際物が多い。気をつけろ」
「ちょ! それじゃぁ僕が悪の根源のような!」
ケルベロスの背中を叩きながら、カノンが抗議する。
「そうはいってない。ただ、今までの経験上だ」
カノンに関わって、普通に終わった例がない。それは、今までカノンに付合ってきた一同が身を持って理解していることである。
「お、赤くて美味しそうやな。ふふ、これならええもん出来るなぁ」
一人林檎を狩るクレイフェルは、赤く色づいた実を愛しげに採ると、優しく籠へと移していく。
「ふむ、確かに美味しそうだ」
メイド服に身を包んだミスティは適度な高さのものに手を伸ばす。伯爵が引き取った子供達の顔を思い浮かべ、優しい笑みを浮かべた。
「‥‥‥‥♪」
始終笑みを絶やさないシェスチ(
ga7729)はいつもより活き活きとしていた。それはそうである。彼は無類の酒好き。この地に着いた途端、この豊富な酒の源が実る地に恋に落ちたのだ。
「おぉ! 綺麗な葡萄〜♪」
「結構な量があるなぁ。これは色々作れそうだぜ」
ラウルは目を大きく輝かせ、葡萄を優しく摘み取っていく。アンドレアスも次々と埋まる樽を運んでいた。
「ん? あれは‥‥」
最初に気付いたのは、ケルベロスだった。
「カノン‥‥離れるなよ」
後ろ手でカノンを抑えつつ、素早く間合いを計る。
「アンドレアス‥‥」
「ああ、ロジー! 現れたぜ」
送られた合図でアンドレアスは少し後にいたロジーを呼びつけた。
「むっ! 葡萄のキメラですのね‥‥」
それは、綺麗な粒に映し出された、不吉な壁。木々の中を飛交う虫達が、教えてくれた小さな違和感。
「ほんと、何でこんなところに現れるのかなぁ。しかも‥‥複数なんて信じられないよね」
その様子に、別の場所で採っていた者達も気が付き始めた。
「葡萄を本当に狩るとはな」
まさか‥‥とばかりに、ケルベロスは呟く。
「さぁ、綺麗に壊して‥‥って、何だかそんな気分でもありませんね‥‥」
不敵な笑みを見せた使人は、揺らめくように小刀を振るった。
「ん? ホンマに葡萄型のキメラ?」
収穫を終え移動した一同に一人林檎を採っていたクレイフェルがキメラとの遭遇話に驚いた。
「ああ、小さな一粒一粒まで擬態してたぜ」
葡萄の粒を摘み上げつつ、アンドレアスが丁寧に説明をする。
「はい、それこそ採らないでいてくれて助かったです〜」
機械が壊れたから、それによって採取できなかったことが被害が少なくしたことは事実であろう。
「ん〜、何でこんなところにまで‥‥」
悩むクレイフェルを余所に、ケルベロスは一人カノンを見つめていた。
「‥‥本当に目が離せなさそうだな」
「んじゃ、そろそろ仕込みに入るとするか!」
詰めた樽を数えつつ、アンドレアスはどのように仕込むか思考を巡らせる。
「これと‥‥これを、先にオーブンに入れて乾燥させますね〜」
「ん。こっちはジャムにして‥‥、お、それはなぁ‥‥」
それぞれが思考を巡らし、これから一帯何品出来るのか、それはまさしく出来てからの楽しみとなった。
「シェスチ‥‥楽しそうだな」
もくもくと笑顔で酒を仕込むシェスチにケルベロスは声をかける。
「‥‥‥‥♪」
彼には言葉なんて要らなかった。もう、思考はこれから出来上がるであろう酒達へと繋がっていたのだった。
「あっ、こことかもっとぎゅっとするのですっ♪」
「あ‥‥あぁ、ありがとうございます」
使人が本を片手に生地を練りこんでいると、シエラはさりげなくアドバイスを入れる。
「昔から糧食班は大概太った奴が務める事になっていてな。私の昔の仲間にも一人焼き菓子が上手い奴がいたものだ」
メイド服で動くミスティは煮込んだ林檎をパイ生地に乗せていく。
「よっと、ここで寒天を流して‥‥後は冷やせばOKだ」
持参した竹筒に寒天を流しいれ、蓋をする。慣れたものである。
「ふふ、たくさん出来ましたわね」
ラピスは次々と出来上がっていくお菓子と飲物達に満面の笑みを溢した。
「あれ? ロジー‥‥お前、何作ってるんだ?」
ロジーの姿に気付いたアンドレアスが、驚愕の表情で近づいてきた。
「ふふ、アヴァンギャルドで、アグレッシブなものですわ!」
ばっちりとばかりに親指を立て、アピールするロジー。
「ん〜、ロジーさん、こちらはこうしたほうが‥‥」
シエラのアドバイスも加わり、何やら素晴らしきものが誕生しようとしていた。
「げ、ロジー。そ、それはやめておいたほうが‥‥」
ロジーの料理音痴を知っているアンドレアスは何とか止めようとする。
「アンドレアス、どうしたんだ? ほぉ、ロジーも作るのか」
しかし、無残にもその言葉はケルベロスによって阻まれた。
「だ、だから、ロジー‥‥」
進む作業に止めを入れるも、
「へぇ、斬新やねぇ」
クレイフェルが更に横から興味津々とばかりに顔を出した。
「カノン、食べてみます?」
「待て、俺が先に味見をしてやろう‥‥ふ、なんか懐かしい感じだな‥‥」
「お前はこっちを食べてみると良い」
カノンに魔の手は遮断するとばかりにケルベロスが一口頂いた。さすが傭兵とばかりに難なく食べる様子にアンドレアスは感心の溜息を漏らす。
「? ロジーさんのではなく、ケルベロスさんの‥‥ですか?」
「まぁ、久しく作ってなかったからな」
「へぇ、それじゃあ頂きます。ん! おいしいです!!」
無骨ながらも、素朴な味わいの林檎パイに頬が緩む。
「ほな、俺はこっちを‥‥☆○△□〜!?」
「クレイフェル? どうかなさいましたの?」
クレイフェルが手を伸ばしたのは1枚のクッキー。
「ちょっと、辛すぎたですか?」
「か、辛いって? シエラ! お前もかぁ!!」
「ふ、シエラはとても美味しいのを作ってくれましたよ?」
倒れるクレイフェルを抱えつつ、アンドレアスは本日最大の悪魔を見たのだった。
「んじゃ、樽を詰めてと‥‥」
出来上がった飲物に、お菓子達。それは素晴らしい量になった。漬込まれた樽は優に2つづつ、このシャトーの印も刻まれた。ケルベロスによって用意されたクーラーボックスには綺麗にラッピングされたお菓子達、主に保存の効く物ばかりである。これでちょっとの暑さに当ろうと、傷んだりはしないはずである。
「カノン、車借りていくぞ」
「はい、後で屋敷のものに取りに行かせますから安心してお使いください」
アンドレアスに車の鍵を渡し、カノンは静かに微笑んだ。
「それではカノン? 無理だけはしちゃダメですのよ?」
「カノたん! また今度一緒に作ろうね!」
ロジーの心配する言葉と、ラウルの次の約束。それを静かな微笑みで応対する。
「詰込みは完了した」
ぎっしりと軽トラックと持込みのジーザリオに全ては納まった。
「それじゃぁ行くぜ!」
その言葉に車へと乗り込む。
「シェスチ‥‥まだまだだからな」
軽く頭に手を乗せるケルベロスに頷き返すと、シェスチは拳を握り締める。
「うん‥‥我慢。おいしーく、なーれ‥‥」
その気持ちが、樽の中で眠るお酒達へと伝わるように。
一人シャトーに残ったカノンは去っていく車達を見つめていた。
「みなさん‥‥、楽しい一時をありがとうございました。いつも‥‥こんなに楽しかったらいいのに‥‥」
そう呟く姿は、先程までの笑顔ではなく。
暗く、何かに囚われた者のようであった。