●リプレイ本文
「ノーラお姉様〜!」
――きた‥‥最悪。よりにもよって彼女だなんて。
ノーラ・シャムシエルはたった今登場した依頼人を見て愕然としていた。
依頼人イザベル・D・ウィア、女学院高等部に在籍するお嬢様である。
彼女は何故かノーラをこう呼んでいた。『お姉様』と。
――勘弁してよね。あたし、あの女学院時代が一番嫌いだったんだから‥‥
そう思いつつ、ノーラは『仕事仕事‥‥』と頭の中で割り切りながら仕事モードへと変えていった。
「こんにちは、イザベルさん。この度はご指名ありがとうございますね。私もLHの方へ赴くのは始めてとなりますので、案内役をご用意させていただきましたわ」
「えー! ノーラお姉さまだけではなくって?」
「はい、とても頼もしい方々を‥‥え? イザベルさん、いつもお付の方々がいらっしゃいませんの?」
「はい。本日はお父様が入用とのことですので、わたくし、一人で参りましたの」
「あっはははは‥‥(これは、傭兵さんたちに依頼して正解だったかもね)」
取り敢えずはLHへ、全てはそこから始まるのだからと。
「ラストホープへようこそ。本日は護衛兼ノーラさんの補佐を担当します、白鐘剣一郎(
ga0184)です。宜しくお願いします」
LHに降り立った二人を迎えたのは爽やかな笑顔を振り撒く白鐘だった。
普段の堅苦しいまでに仕事熱心な仮面を捨て、本日はなんともまぁ素敵な紳士である。
「初めまして。ホアキンだ。どうぞよろしく」
後にいたホアキン・デ・ラ・ロサ(
ga2416)がすかさず前へと進み出て、ノーラの手をそっと持ち上げた。
「ふふ、これで本当にエスコートになるだろうか」
少し屈んでみせるその仕草がやけに決まっている。少し上目遣いで見つめられると、ノーラは頬を軽く染め視線を逸らした。
「あ、あの。案内役を頼みましたノーラ・シャムシエルです‥‥よ、よろしくお願いします」
ちらちらと視線を投げかけるも、何故か恥ずかしさで目をあわせられない。
そんなノーラの様子に少し満足げにホアキンは姿勢を正した。
「さて、お嬢さんたちに聞きたいな。このLHをみてどう思ったのか」
「来て早速その質問ではかわいそうでしょう。お店巡りの相談もかねて、そこの喫茶店ででも休憩をなさった方がいいんじゃないでしょうか」
「そうですね。着いたばかりは疲れてることもありますし、軽く何かを取る形で」
「具体的にお土産にしたい物とか‥‥あるのかな?」
ホアキンは咥えた煙草に火をつけながら尋ねてくる。
計画を立てようと入った喫茶店は、どうやら若い女性が出入りする場所というより、少し落ち着いた雰囲気で、薄暗い店内に響き渡るピアノの音が良く似合っていた。
そんな中紫煙を纏わすホアキンは様になって見入りたくなってしまう。
少し食い入るように見つめたノーラと視線がぶつかる。慌てて逸らす様子に、思わず微笑んでしまう。本当に年上と言えるのだろうか、そんな疑問がでるような反応である。
飲み終えたカップを置いた奉丈・遮那(
ga0352)はにっこりと微笑んで話し始めた。
「そうですね、こう見えても僕は何回かこのLHを案内する仕事に携わってきましたから、それを活かして‥‥と、言う事でよいでしょうかね」
「ええ、何があるかも知りませんから、そうお願いしても宜しいでしょうか」
イザベルの代わりにノーラが答えた。LHまでへの移動時間、色々な本とかを調べたものの、地図など覚えれるはずがなく何があるのか知らないというのも嘘ではない。
しかし、本国と違うというものがあるのは確かなのだ。敢えて自分で開拓するよりも、ここは素直に案内された方がいいともいえるだろうし。そう考えを巡らしていく。
「それでは、早速ご案内を始めましょうか」
「へぇ、傭兵さんばかりかと思ったら、そうでもないのですね」
目が色々と移り行く。最初に赴いたのは皆からお勧めのあった店。島内随一の大規模店『ショップ』である。能力者用の武器・防具だけではなく、様々な衣料品、医薬品なども置いているのだから、凄いものであるといえよう。店内には、様々な人々が行き交っていた。流石に随一と謳われるだけのだけのものはある。
「そうですね、傭兵だけではなく、本部で働いている方も居りますし、なにせお店もありますから」
白鐘はノーラの疑問に恙無く答えていった。普段とは違い、柔らかい笑みを浮かべる彼は若いながらもしっかりした印象である。
「ええ、わたくしもここには愉快なものがあると聞いてまいりましたのよ」
イザベルは意気揚々と語りだした。どうやら、ここに来る前に下調べとばかりに情報を調べていたらしい。あちこち見て歩く姿を朱根塚 誉足(
gb2008)が絶えず離れないように行動を共にする。案内自体は男性陣に任せたとばかりの彼女は、どうやら彼女達と一緒にショッピングを楽しみつつ、それでも迷子にならないようにと気を配っているのだった。
「お嬢さんは何がお望みなのでしょうか?」
須賀 鐶(
ga1371)はキョロキョロ見て回っていたイザベルが棚の上を見つめているのを見かけ、声をかけた。
「あの、上にあるものが拝見したいのですが‥‥どうやら届きそうにありませんの」
「ふむ、取ってあげようか」
そういって、見つめていた商品をホアキンは棚からおろしてあげた。
「これでよろしいかな?」
「ええ、ありがとうございますわ」
一通り見て回ると、手元には何品かが納められていた。進んで皆荷物持ちを引き受ける。
「ノーラ君は買わなくて宜しいのですか?」
須賀がただ付いてきている‥‥その様子のノーラへと声をかけた。
「ん‥‥特に欲しいものは今無いから‥‥」
そういうと、フラフラと再び歩き出していた。
「ノーラさん‥‥少し宜しいでしょうか」
奉丈はそういうと、ノーラの手を取りきゅっと手首に何かを巻き始めた。それは、なにやら編み上げて作られた紐。色とりどりの糸が綺麗に織り込まれているのだ。
「ふふ、これで迷子にはなりませんね」
紐を全部見せず、奉丈は満足げに微笑む。
「あ、あたしは犬や猫と一緒なのですか?」
不満げに下から見上げるノーラに対し、奉丈は優しく微笑み返し、そして手を開いた。
「大丈夫ですよ。これはお守りの一種ですから」
開かれた手には続く部分がなく、程よい長さの紐だったことがわかる。
「まぁ、冗談はさておきまして‥‥誰かにお願いしましょうかねぇ」
そういうと、奉丈は周りにいる一同に視線を投げかけたのだった。
また、ノーラの方向音痴はものの見事であった。
それは、イザベルが朱根塚と共に色々話しつつ買い物を楽しんでいるときである。最初に気付いたのは須賀だった。
天気は悪くはない。では、なぜ‥‥
ふらふらと歩くノーラに紐をつけるべきだと進言するものが多い中、ノーラは一人大好きな臭いの方向へと足が運んでいったのだった。
ノーラがケーキに心を奪われ迷い込んだのを発見したのはホアキンだった。
「ノーラ君、君の目にはケーキしか映らないのかな? ほら、あまり余所見をしているとまた逸れてしまうから‥‥さぁ、手を貸して? 繋いでいてあげるから‥‥奉丈さんが」
ホアキンは爽やかな笑みとともに、ノーラの手を奉丈の手の上に乗せた。
そして、上から包まさるように握らせてきたのだった。
「ほら、これで安心だろう」
「あ、せっかくどこに行くのか見るのが楽しみでしたのに」
重なった手に奉丈は少し力を入れる。そして、にこやかな顔で話したのだった。
「奉丈さん‥‥それ、流石にまずいですよ」
その様子を見かねた須賀がすかさず止めを入れる。
「そうでしょうか?」
何のことだか、わかりませんねぇとばかりに手に力をこめた。
「ほら、これでもうはぐれませんね」
ホアキンがお勧めした場所は珍しく神社だった。
「新年には人も多いが‥‥今は落ち着いているね。御神籤、引いてみたらどうかな?」
流石に自分は『大凶』を引いたとは話していない。流石に、それを披露するのは気に食わない。そんな感じである。
「‥‥飴とかお護りとかも、普通に売っているよ」
そういって、軽く案内をしつつ境内を楽しんでいた。
須賀が勧めてきたのは名も無い小さなチョコレートのお店だった。
店内が、甘いのと、香ばしい香りに包まれており、通りかかった際に「ここです」と、いきなりつれてきたのだった。
「俺のお勧めの種チョコを仕入れるところなんだ」
そういってチョコとナッツについて語りだす。そして、自ら持ち込んだ『種』を彼は店員へと渡し、チョコレートコーティングをしてもらった。
「折角ですので、お土産にでも」
渡されたのは、須賀お勧めの種チョコ。中にはドライフルーツの梨が、砕かれ入っている。須賀のお勧めの一品であった。
白鐘が案内したのは、ちょっと変わった、LHでしか見れないものであった。
それは‥‥
「お洒落とは縁遠い場所ですが、どうします?」
そう切り出されて連れて行った場所、KV関連の整備ガレージの裏手の一角であった。 そこに置いてあるのは、まさしくジャンク商品で作られたオブジェ。飛行形態や人型のKVオブジェが結構な数置いてあった。
「これで中々精緻な造りをしているでしょう。廃品とは思えぬ位に」
そう言って白鐘は一つ一つ、愛おしそうに手に取る。そして、その中でも良い作りの物を数点持ち、脇で今だ作り続ける男へと声をかけた。
男は、白鐘の申し出に快く返事を返し、そしてノーラとイザベルへとそのオブジェを差し出す。
「気分を害したなら申し訳ありませんが、他所に無い物を考えた時にこれが浮かんだので」
そういいながら、LHでしか手に入らない記念品だからと、二人へと渡したのだった。
一通り案内したとばかりに、一同は公園へと場所を移した。
そこは海が臨める静かな場所。暫しの休憩へと当てる。
「ここは、俺のお気に入りなんですよ」
建物や、機械に囲まれる中、緑は安らぎを与えてくれる。まぁ、須賀の場合はそれだけではなさそうなのだが‥‥
「‥‥ここ、美味しい野草が取れるのですよね‥‥」
なにやら須賀は日々の放浪時に食料をここで補う場合があるようであった。
「さて、どうでしたか? 僕達が案内したLHは」
ノーラの手を名残惜しそうにはなしつつ、奉丈は2人に向かって尋ねた。
「そうですわね、思っていた以上に楽しいところですわ。とっても楽しいお買い物も出来ましたし大変有意義な案内でしたわ」
「ええ、私も楽しめました。皆さん、ありがとうございます」
「ノーラ君は‥‥どうやら買ってないようだけれども、良かったのかい?」
「はい、大丈夫ですよ。私にとっては皆さんと知り合えたことのほうが重要でしたから」
須賀は、少し首を傾げるも、すぐに思いついたように返してきた。
「物より思い出‥‥そういうことですか?」
「はい!」
ノーラの、元気な声がこだまする。
この5人のおかげで、イザベルは機嫌を損ねることなく無事依頼は終了した。
しかし‥‥
「あら、お父様に頼まれた事を」
そういってイザベルはカバンの中から小さな物を取り出し、なにやら公園のベンチのところにくっつけていった。
それは‥‥果してなんだったのだろうか。
そんな事を露知らず、無事2人を見送ると5人は満足したように本部への報告へと向かったのだった。