タイトル:孤高の老人−奪取マスター:雨龍一

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 6 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2008/10/29 23:11

●オープニング本文


「ミスター! そろそろ研究所に戻ってきてくださいよ!」
 そう泣きながらミハイル氏の裾を掴んでいる者がいた。
 彼の名はクロリア・ドーミング、ぼさぼさの頭に黒ぶちの眼鏡をかけ、その眼鏡はまた何層もの渦を作り出している。
 遠くからきたのだろう、足元に転がるカバンはパンパンに詰まっていた。
「何じゃ? クロリアよ。わしは気ままに研究をしたいだけなのじゃ!!」
「ミスター、それでもあなたは名立たる医者なのですか!? ミスターの手で無ければ成功は難しいと言われる依頼が、ここ2年で何件増えていると思っているのですか!」
「わしは疾うに引退をした身じゃ! 趣味であるドリンク剤の研究に打ち込んだ方がどれだけ己の身になるか!」
「あなたはまたそうやって研究所を許さないのですか? あなたの御息女を研究対象へとした‥‥」
「うるさぁい!! それとこれとは別じゃ!」
「そんなことありません! ミスターはあの事件がきっかけとなり脳外科とは縁を切ったんでしょ? 今回はそのご息女のことも関係しているのです。力を貸してください!」
「‥‥今何と言った?」
「ですから、今回の手術はご息女に関わるものなのです」
「‥‥シェネスティーンに関わる‥‥そうか‥‥」
「ミスター。執刀していただけますか?」
「‥‥わかった‥‥、しかし研究所には戻らんぞ」
「え!?」
「彼女をちゃんとここに連れてくること。それがわしが執刀する条件じゃ」
「ミスター‥‥。わかりました‥‥私も仮にもあなたの義息子。このクロリア、シェンヌを必ず連れてきましょう」
「クロリア‥‥」
「ですが‥‥あの警備網を抜け出すのには並ならぬ危険が‥‥」
「クロリアよ‥‥彼らに頼んではどうかの」
「? 彼らとは?」
「ULT‥‥彼らの中にはあの研究所の実験体になったものもおるかもしれぬ。あの警備網を抜け出す力もあろう。そして‥‥昔のことに一矢報いるきっかけになるのではなかろうか」
「‥‥ミスター‥‥」
「あの忌々しい研究の被害者。彼らにあの子を救ってもらいたい」
「‥‥わかりました。折り合ってみましょう‥‥」

●参加者一覧

アグレアーブル(ga0095
21歳・♀・PN
ナレイン・フェルド(ga0506
26歳・♂・GP
エレナ・クルック(ga4247
16歳・♀・ER
キョーコ・クルック(ga4770
23歳・♀・GD
シャレム・グラン(ga6298
31歳・♀・ST
ヨグ=ニグラス(gb1949
15歳・♂・HD

●リプレイ本文

「えっと、それでは私の方から‥‥」
 ミハイル・セバラブル(gz0042)の家に出向くと、クロリア・ドーミングが一同を迎えた。
 幾重にも渦巻いた眼鏡の層がなんとも笑いを誘う。
 ミハイルとドーミングの関係は師弟であり、そして、養子であった。
 実際、ミハイルには子供は存在していない。そして、妻も。
 彼にとって、研究が長年の連れそいであり、そして今尚且つもそれが恋人であるのだ。
 話によると、どうやら今回救出対象となっているシェネスティーンも養子の一人であるらしい。
――彼が、救ったはずの小さな命――


「先生、水臭いですわ?」
 そういって話を聞いていたシャレム・グラン(ga6298)はミハイルの肩に手を乗せる。そして、そっと窺うように顔を覗き込むと、ゆっくりと笑みを作って告げた。
「私だって施設の被験者ですのよ? 同じ境遇‥‥見捨ててはおけませんもの」
「シャレム‥‥しかしな? おぬしたちにも、酷いものを見せることになるのだぞ?」
「なにいってるのよ! ミハイルさんにはあたし達だってお世話になっているのよ? 手伝うに決まってるじゃない♪」
「‥‥すまぬ」


「へぇ〜、ミハイルさんてちゃんと科学者さんなのね〜」
 ナレイン・フェルド(ga0506)は手際よく調合していくミハイルに関心をしていた。それもそうだろう。彼と関わることといえばどちらかというと、お祭り騒ぎばかりである。つい、始めてあった時の緊迫感が嘘のように思えてしまう。そう、はじめはバグアに狙われているこの老人の救出から始まったというのに‥‥
 こんな研究者らしき姿は見たことは無かった。
「シャレム、そこの液体を取ってくれ」
「はい、ミハイル先生」
 手伝っているシャレムもまた、いつぞやの事件で知り合って以来師事したいと申し出てくれた人物だった。その手助けを得て、徐々に形が出来上がってくるのがわかる。
 そして、型に流しいれ出来た薬を取り出して見せた。
「まぁ、これはいわゆるサプリメントじゃ。これでは体調を崩すとかいった危険性は無い。擬似薬としても平気じゃろう」
「そうしたら‥‥成分表の方は?」
「そうじゃのぉ‥‥おお、あれがよいじゃろう」
 そういって、ミハイルはPCから一つの成分表を印刷した。
「これは何の成分?」
「ふぉふぉ、あの施設で喰いつくものじゃ。安心するといい」


 そのころエレナ・クルック(ga4247)はキョーコ・クルック(ga4770)の指示に従い偽の製薬会社HPを作製していた。より信憑性を出すためである。大方は他の小企業をまね、さらに責任者等は実在の人物などを用いる拘り具合である。
 ドーミングより簡単に施設の見取り図を描いて貰い、それに覚えている限りの施設情報を入れてもらう。残念な事にセキュリティーの種類についてはわからなかった。それは‥‥現地で直接調べることとなりそうだ。

 そうして、着々と準備が整っていくのだった。



 先にドーミングより偽の紹介状を手配してくれるとのことで潜入はすんなり行くような手はずである。ミハイルに作ってもらった薬剤により、より本当の企業に見えることだろう。内部潜入はナレインとキョーコ。他は外部周辺の探索を行うこととなった。

「では、宜しくお願いしますのですっ」
 ヨグ=ニグラス(gb1949)はアグレアーブル(ga0095)と一緒に居た。周辺を探るため、お散歩を装い辺りのチェックを怠らない。不自然さを匂わせないためにも、二人は会話をしながらの探索を行っていた。
「そうですね‥‥ニグラス君は学園生活は慣れましたか?」
「はいっ。仲良しさんもたくさん増えたのですっ!」
「そうですか。これからいろんなことを学んでいかれるんですね」
「です〜。おっ、そうだ! アグレアーブルさんは、僕の大好きなものを知っているとですか?」
「いえ‥‥えっと‥‥」
 そのような会話を繰り広げつつ、施設の入り口周辺まで差し掛かる。物々しい気配は無い。ふと顔を上げると、警備のものと目が合い、アグレアーブルは軽く会釈を返した。
「こんにちは。良いお天気ですね」
「ああ、今日はいい天気だ。嬢ちゃんも坊ちゃんも気持ちがいいだろう」
「はいですっ! こんな日はお散歩が一番ですっ!」
「そうだな‥‥まぁ、あんまり暗くなる前に帰るんだぞ」
「ありがとうございます」
 再び軽く会釈をすると、二人は何事も無いように歩き去った。
 そして‥‥入り口の警備から死角になる部分にて、塀へと登る。
 登ったニグラスを守るかのようにアグレアーブルは周囲への警戒を一段と強めた。
 ニグラスは持っていた双眼鏡で塀の上から施設一帯を見渡していた。
 より、細かく人の出入りなどが見える。周囲には、特別警戒するものも見れずどうやら 外側までの警備はなさそうである。
 塀から降りたニグラスと共に、二人は車で待機している場所へと戻っていった。


「それでは、我が社の製品についてお聞きしていただける‥‥そうとって宜しいのですね」
「ええ、それでは担当者のほうへ御通ししますので、少々お待ちください」
 内部に潜入したキョーコとナレインはスーツ姿で応接室へ通されていた。
「――どうやら‥‥潜入には成功したようね」
 キョーコは人が出て行ったのを見計らいナレインへと声をかけた。
「――ええ、さすがドーミングさん‥‥紹介状書いてもらえて正解だったわね」
 ナレインの姿もスーツなのだが‥‥彼は何故女性物を着ているのだろうか。まぁ、違和感が無いからいいのだが‥‥きっちりとメイクされているところも流石としか言えないであろう。
「――これからが‥‥本番」
 キョーコがそう言い切った所でドアが開く。どうやら準備が整ったようだ。
「準備が整いました、どうぞこちらへ」
「はい」
 案内されるがまま、二人は後についていった。


「こちらが当社の開発した新製品です。お値段もお求め安くなっており御社にとって有益だと思います。どうぞご覧ください」
「ほぅ、それは使いどころがありそうな代物ですね」
「では‥‥」
「ああ、それではこのサンプルを使わせてもらうとしよう」
「はい、宜しくお願いいたします」
「まぁ、どうだろうか。折角だからこの施設を‥」
「ええ、是非ともお話うかがってみたいですわ」
「宜しい、ご案内しよう」


「ふぅ。潜り込めたはいいけど‥‥」
 案内されている最中に、御手洗いとの事を告げ、キョーコは退室していた。
 一通り施設内は見ることができた。一角を除いて。
 その一角が、おそらくシークレットゾーン‥‥
「これなら、薬品会社じゃなくって防犯企業を装ったほうが早かったかもね‥‥」
 そう愚痴をこぼさざるを得ない警備だった。
 案内されがてらにぱっとあたりを見回していた。あちこちに有る監視カメラ、そして注意深く貼られた警戒態勢が目に付いたくらいだろうか。
 やはり、そう簡単にはいかないようである。
「まぁ、後はどれだけ情報を持って帰れるのか、それと進入方法‥‥かな?」
 どこか、隙がありそうなところをつくか、それとも‥‥
「職員通用口か」
 そこしかないのが難点かもしれないい。

 そのころナレインは一人施設の男を相手していた。
 キョーコが戻ってこない時間を気にさせないよう、巧みに会話で気付かれないようにしなければいけない。
 なんとも難しいところである。生憎、男はナレインを男とは思っていないらしく、眺め見るように視線を這わせていた。
――うう、きもちわるぅい
 いくらなんでも、見知らぬ男の視線は嫌なものである。コロコロとわらって見せるものの、ナレインは少々限界に近づいていた。先程から、やけに眉間にできたしわの数が増えてきているのが気にかかる。
「おまたせ」
 そういってやって来たキョーコに、ナレインは救いの女神が見えたのだった。


 改めて進入するまでに、それぞれが調べたことについて報告しあった。内部調査、外部調査のもの達のほかでは、シャレムがどこから集めてきたのか、車が3台ほど‥‥
「足は付かないものを用意いたしました」と、さらっと言ってのけるところが怖い。
 エレナに関しては、施設に関連したセキュリティー会社を調べ上げ、その企業が使っているシステムについて、調べ上げていた。2・3存在したものの、主に請け負っている会社も特定。それに対しての対策も練っていた。


 夜‥‥
 作戦の決行が始まった。
 予め調べておいた夜間通用口を目指し、車待機組みと潜入組みは施設近郊に止め、別れた。準備は万端‥‥連絡が取れるよう、トランシーバーも用意してある。
 昼拝見していた事で警備員の移動周期は大体わかった。おそらく、夜もさほど変わらないだろう。タイミングを見計らい、進入する。
 進入したのはキョーコ・アグレアーブル・ナレイン・ニグラスの4名である。シャレムとエレナは車で待機組みだ。

 建物自体への侵入はスムーズに行った。
 昼間の調査がそのまま役に立ったのだろう。そして、問題のある一角へと差し掛かった。
「ここから先よ‥‥」
 そう告げるキョーコに三人は無言でうなづく。ここから先は調査が出来ていない地区へとなっている。案内のときも、ここは入れさせてももらえなかった。わかっているのはドーミングに頼んで描いて貰った覚書の地図だけである。それでも無いよりは幾分かましなのだろう。
 短時間で探し出し、連れ出さなければいけないのだから。
 柱の影に身を寄せ、警備員をやり過ごす。昼間よりもやはり警備は手薄だった。おかげで、間隔が少々ずれていることもわかる。あとは、監視カメラに気をつけることぐらいであろう。大きな通路が延びていた。それを進むと、右側の棟と、左側の棟へと分かれている。ここで二手へと別れる事になった。キョーコとアグレアーブルは右側に、ナレインとニグラスが左の棟へと足を薦める。途中、曲がり角に来ると、キョーコはシグナルミラーを使い先の道の安全を確認する。
「人気なしっと」
 そう判断すると、2人は奥を目指した。そこは‥‥チェック段階で重要であろう場所と位置づけられていたからだった。

 一方、ナレインとニグラスも反対側の棟を目指していた。こちらもまた、重要な部屋があると思われている奥へと目指している。
「ふぅ‥‥調査って中々難しいわよね」
 そんな感想を漏らすナレインにニグラスはにっこり微笑み返す。
「大丈夫ですっ! 僕もいるとですっ!」
「そうね! みんなで頑張らなくっちゃね!」
 互いに微笑み交わすと、真剣な表情へと変わり、先を急いだ。

 ターゲットは‥‥ナレインとニグラスの方へといた。
 部屋を開けると遠くを見つめるように座る女性が居た。
 シェネスティーン‥‥その人だった。
 出かける前にミハイルから写真を見せてもらった。まだ幼き姿の‥‥シェネスティーン。彼女はまだ‥‥20歳をいっているかいないかの年頃だろう。しかし‥‥ミハイルから写真を貰った彼女の写真は‥‥
「‥‥取りあえず、先に連れて行くしかないわね」
 何かを飲み込み、ナレインは口にした。その言葉にニグラスも小さく頷くとトランシーバーで連絡を入れる。見つかった――と。

「さて、悪いけれどしっかりつかまっていてね?」
 ナレインはそう呟くとシェネスティーンを軽々と抱きかかえた。想像よりもその身は軽く、なお儚い存在に感じる。
 状況を考えると‥‥それは当然だったのかもしれないが‥‥
 ナレインはぐっと表情を引き締めると耳元に囁きかけた。
「待ってて、直ぐここから出してあげる」
 抱えた腕に力が入った。



 キョーコたちが辿り着いた部屋は、どうやら意中の人物は居なく、書類などが置かれた部屋だった。トランシーバーから連絡を受けたこともあり、資料漁りのほうをはじめる。
 辺りを見回しても、どうやら人の気配は感じない。その資料をキョーコはカメラへと収めることにし、アグレアーブルも共に重要そうなのを探し出す。
 あらかた収めると、今度は付近の部屋の様子を見る。っと、その時人の気配を感じ二人は物陰へと隠れた。
――もうそんなに時間が無い
 そう判断すると、警備員をやり過ごした後、二人はこの施設の脱出へと向い始めた。



 逃げる途中、1名を追加で助けることへと成功する。
 タイミングが良かったのか、それともわざとだったのか、追っ手は居なかった。
 目的たるシェネスティーンと、もう一名、そして様々な資料を入手した一同はミハイルたちの待つ家へと辿り着いたのはすでに夜が明ける頃合いのことだった。


「ただいま、無事に帰って来たわよ♪」
 ナレインの明るい声が響き渡る。腕の中には眠るシェネスティーン。
 その彼女の顔を見たアグレアーブルは心の中で、そっと思った。


――この子が目覚めたら、私より上手に笑うのでしょうか