●リプレイ本文
「わわっ、シャムシエルさんがメイドになるんですか?」
その依頼を見つけた柚井 ソラ(
ga0187)は、思わず笑みを取ってしまった。先日一緒にケーキを食べた金髪の女性。ちょっぴりドジながら幸せそうにケーキを食べる彼女を思い浮かべる。
「これはお手伝いしなくてわっ」
ぎゅっと握った拳を見つめて、彼は駆け出していた。何を手伝えるかはわからない。ただ、彼女が笑顔で居る時間を増やせる手伝いが出来たら、それだけを考えて。
「初めまして!」
玄関へと降りていくと、大きな声が響き渡った。ニコニコと笑顔を振りまく少年が、そこにと立っている。
「いらっしゃいませ‥‥どちら様でしょうか?」
階下へと降りたノーラが、怪訝そうに尋ねると少年はにっこりと笑みを浮かべて告げた。
「棗・健太郎(
ga1086)です! メイドさんに仕上げるために来ましたっ!」
あぁ、リエルがおせっかいにも押し付けていった条件‥‥そういえば、お客様が来るから頑張るんですよって、涼しげな笑みを浮かべていたっけと、ノーラは思い出す。ここに居る少年も、そのお客様の1人なのだろう。すでに来ている‥‥あの青年たちを含めて。
ノーラがリエルの屋敷に残った日、それは早速始まった。依頼を受けたという人たちが、ぞろぞろとやってきたのだ。その人たちは、すでに相談を済ませ、自分の教える担当も決めてきたと言う。そして‥‥
「‥‥‥何か?」
何故だろうか、1人違和感なしにノーラと同じメイド服ではなく――リエル家専用のため、ワインレッドのワンピースにレースをあしらったエプロンを付けているのだが――ロングスカートのビクトリアンメイドの衣装に身を包み、何故かホワイトブリムまで着けていたりする男性。男性の中では平均であるだろう身長で着こなす辺り、女装に慣れているのだろうか、叢雲(
ga2494)を視界の隅に捕らえると、極上の笑みで微笑まれる。
「な、なんでもないですっ」
ついつい逃げ腰になる彼女をからかってるだけの様だが、本当に怒られてると思っているのだろう。すでに涙目だ。そんな事に微かに笑いを浮かべるものの、もちろん表には出そうとはしない。
「では‥‥ちゃんとこなしましょうね?」
男性の癖に、男性の癖にやけに艶のある笑みで彼女の行動を封じる。もはや、全てを取り仕切っているメイド長のようであった。
訪れた彼らが、ノーラのするべきこととして提案したのはロールプレイを通しての実践方法である。期日は1週間。そんなに長くもない期間の間に、上手に学べる方法は何なのかを考えた末だ。聞いた所によると、普段は自分で家事をこなすらしく、基礎は充分、応用と取っていいだろうと、各担当に分かれて要領良く一日の流れを仕上げていこうと言うのだ。ご主人役は‥‥採点役も兼ねて最年少の棗が担当する事となった。
「ご主人様でもいいですが‥‥。相手によって使い分けるのがいいと思います。棗さんの場合はご子息さまかお坊ちゃまになるでしょうか」
叢雲の提案もあり、その呼び方で落ち着くこととなった。
「Dame(女騎士)として、さあミッション開始よ」
ノーラと同じくメイド姿となったアンジェラ・ディック(
gb3967)が笑顔で告げる。これから一週間、身に付けなくてはいけないことが、どうやら多そうだった。
<5:00 起床>
家を任される者の起床は早い。それがお屋敷の規模によっては違うだろうが、とりあえず他の人よりは早いであろう。
いつもならまだ惰眠を貪りたい時間ではあるが、生憎『学ばなければいけない』と、集まったもの達の空気に押され、ノーラは仕事モードに入っていた。普段ドジなものの、仕事となると話は別であるのが彼女のステータスであるらしい。
もし寝ていたら‥‥優しく起こそうと思ってやって来たステラ・レインウォータ(
ga6643)は、早速身支度を済ませた彼女を見てにっこりと微笑んだ。この状態で一週間、乗り切ってくれれば文句はない、そんな笑顔である。
<6:00 朝食準備>
「それじゃ、朝ごはんの用意をしようかねぇ」
キッチンに行くとそこは前回歌を教えてくれたレオン・マクタビッシュ(
gb3673)が担当していた。すでに現役を退いているものの、元軍人の彼は一通りなんでもこなす事ができた。朝食に向いているメニューの特徴を教えながら、本日の献立などを組み立てていく。
「朝は目覚めが良く、尚且つ頭の働きを良くして目覚めさせる物が中心なんだよ」
優しく語り掛ける彼の言葉を笑顔で頷き、普段からしていると見られる手際の良さを披露すると、また優しく褒められた。
「そうそう、頑張るんだよ」
ぽむっと乗せられた大きな手に思わず赤く頬を染めるも、くすぐったさで笑顔が溢れた。
<7:00 主人起床>
「棗さーん」
思わず扉の外でそう呼ぶノーラに一緒に行動するステラが一言告げる。
「ノーラさん‥‥お坊ちゃま、ですよね?」
笑顔で向けられている視線が、何故か痛く、思わず後ずさるノーラを、ソラはつんつんと袖口を引っ張りつつ
「笑顔笑顔、ですよ」
そう囁いて気持ちを落ち着かせようとする。そんな仕草に、僅かながらしょげた心が持ち返し、意を決すると扉をノックして中へと入室した。
「‥‥坊ちゃま、起床のお時間です」
そう告げると、部屋のカーテンを開け放ち、ベットサイドにあるカウチに用意してきた着替えを載せる。月夜魅(
ga7375)も――メイド修行を手伝いつつ花嫁修業を習得しようとやってきたのだが――運んできた水差しセットをベットの傍らに置いた。
起きる気配のない棗にそっと溜息をつきつつ、声を更にかける。
ようやくネタフリを止めた棗が「んー、60点だね」そう告げると、ピクっと頬が引きつったのは気のせいであろう。
<8:00 食事>
用意の整った棗の登場で、食事が始まった。席に着いたのを見計らうと用意しておいた朝食を暖めなおし、差し出した後に後ろへと控える。主人が終ると厨房へと下げ、そこで使用人たちはご飯となるのだが、ここは少し休憩時間も兼ねていた。
<10:00 掃除・洗濯>
「お屋敷は主人を映す鏡の様な物なのです。特に玄関で第一印象が決まると言っても過言じゃないのですよ〜」
どこから仕入れてきたのだろうか、得意げに語るエレナ・クルック(
ga4247)が教えるずいぶん印象的な掃除は、普段自宅で行うものと少し違った。上から順番に‥‥これもエレナが教えたのだろうが、先に窓を行いつつ、床へと移っていく。床に関しては茶殻を使って隅から集めるように掃除をすると良いと、ステラが豆知識を披露する。一緒になってわたわたと掃除を手伝うソラもこっそりと一緒に学ぶ月夜魅もその指導を元に掃除をこなしていく。
掃除の合間に洗濯も忘れない。予め色別に分けるようにアドバイスをしたソラに従い、洋服の種類、洗い方の違いとかを月夜魅が指導する。洗濯機は予めかけておき、手洗いのものは少しぬるめのお湯に漬けて置き、汚れを浮かせて‥‥掃除を先に済ませると言った手はずであった。
「ノーラさん? ダメじゃないですか」
ステラの声にびくりと振り向くと、本棚にツーっと滑らせた指を見つめ、微笑んでいた。チラッと投げかけた視線は‥‥見事に突き刺さる。
そんな事を繰り返しつつも、掃除に洗濯を頑張ってこなすと、何故かじっとりと汗ばんでくる。
地味に全身筋肉を使う、それが家事であることが身に染みた。
<11:00 昼食準備>
再びキッチンへ行くと、レオンが待っていた。今度は昼食の用意である。朝食時とは違い、お腹が膨れ、しかし後々のティータイムを考えて腹八分に収まるのが目安だと教えられた。
「それとね、忙しい時間だからなるべく調理が簡単で、洗い物が少ないものがいいんだよ」
こっそりくれるアドバイスが、また嬉しい。それを横でエレナ、月夜魅がメモをしつつ調理を始める。アドバイスを生かしつつ、尚且つお腹が膨れる料理をと。
<12:00 昼食>
訪れた昼食は、主人役の棗だけではなく他のもの達も客として増え、席についていた。適温で運ばれる料理、そして注ぎ足される水。後ろに控えつつも、みなの手元に視線を走らせる。その後訪れた昼食という名の休憩は、少しだけ目を瞑る。動かした手足をそっと伸ばして。
<13:00 礼儀作法の勉強>
「さて、私の出番ですね」
にっこりと微笑みつつ、メイド服に身を包んだ叢雲は、目の前に座る人たちを見た。
「他に聞きたいものがいたらどうぞ?」
そういったためか、ノーラ以外にソラ、月夜魅、エレナ、ステラが鎮座している。こっそりと笑いつつ、教授を始める。
バッチリと要所要所に詰め込んだ知識を手始めに、自らの執事経験を活かしつつ何が必要なのか、それとどう振舞うべきかを。時折実地をはさめつつ、質問も入れ、短時間でもわかり易いようにだ。
それが時折ビジネスマナーへと発展したりすると、ノーラはこっそりと頬を膨らませていたりした。
<15:00 ティターム>
「ワタシの実地を手本とね」
きっちりとメイド服に身を包んだ淑女、アンジェラがティタームの時間に合わせて紅茶の講義を始めた。まずはとばかりに披露される紅茶の知識は、銘柄にはじまり、入れ方、特殊な飲み方、そして菓子や季節に合った紅茶についてと多岐に渡っていた。さすが、紅茶マニアと言うだけあるその知識を惜しげもなく披露する。
「大抵は普段の淹れ方でいいと思うのだけれども」
そう言いつつも、配分や状況に応じての淹れ方を丁寧に教えてくれる。
それを横で熱心に聞き続けるソラは、
――美味しい紅茶の淹れ方も覚えたいな。いつか淹れてあげたいもの――
そう誰かに入れるのを夢見て、しっかりと聞きかじっていた。
<16:00 洗濯物の取り込み>
慌しく流れる時間の中で、朝に干した洗濯物を取り込む。アイロンのかけるものはゆっくり丁寧に。ソラのアドバイスによって皺を伸ばしつつ干した事により、そんなに手間はかからない。しっかりと、丁寧にかかったアイロンを今度は丁寧に畳みあげる。
もちろん忘れてはいけない、収納も。
<17:00 夕食準備>
一日最低3回はお世話になる台所である。もちろん夕食はフルコースを‥‥って、作れるのかどうか不安だったのだが、実際時間が掛かるとふんでいたレオンは、手際良く下拵えを朝食と、昼食の際に折り込んでいた。そのためか、順調に仕上がっていき、1人ではなかったものの、しっかりとしたフルコースが出来上がる。
<18:00 夕食>
「折角のフルコースですし‥‥」
昼間に学んだ事を、実践してみようじゃありませんか。そういったのはもちろん指導をしてた叢雲である。もとよりそういう環境が身についていたノーラはすんなりとこなす事を棗はやはりと言う顔で見ていた。夜の時間は勉強をかねて‥‥普段ではメイドが着く事ができない席へと身を置きつつ、充実した食事となっていった。
<20:00 自由時間>
くったりとした一日の動きに、ソファーに身を沈める。改めて思うのは、メイドのすることの多さである。そっと足を引き寄せ、遠くに視線を移すとソラが、不安そうな顔で覗き込んでいた。
「お友達のこと、心配です?」
心配そうに見つめるソラをそっと抱きしめると、
「ううん、大丈夫‥‥みんな、大丈夫」
自分に言い聞かせるように、ソラに言い聞かせるように囁く。そんな彼女を心配そうに頭を撫でて、ソラはどうやったら笑顔を取り戻せるかを考えていた。
<22:00 反省会>
一日を反省で終える。それは簡単なようで、難しいことである。しっかりと全般的な観察役を務めてきた叢雲とアンジェラ、棗を中心として、一日の反省会が執り行われた。
何が悪かったのか、どうしたらその場はよかったのかなど、上げるとキリがない。
しかし、それもまた必要とばかりに真剣に人の意見を聞いていく。
<23:00 就寝>
合間合間に時折休憩を入れていたが、それでもずっと立ちっぱなし、人の様子を窺いっぱなしである。疲れるのも当然とばかりに、ベットへと身体を委ねていく。
もちろん、先に棗を寝かせ、家中の戸締りの確認も忘れなかった。
ふーっと漏らした息と共に、意識を失う彼女に、ステラはそっと毛布をかけてあげていた。
<繰り返される日々の果て>
そんな一日の流れに身を流すこと7日間目。最終日はちょっと違っていた。
早めに上がりますよと、先に告げられていたものの、今までの流れを1人でこなし、そしてティータムの時間へ‥‥
「お疲れ様でした」
そういって迎えられた先には数々のケーキが並べられていたのだ。
「ど、どうしたの?」
目を見開き、思わず叢雲に縋り付く様な格好で聞いてしまう。それをにっこりと笑いながら、
「ご褒美ですよ。良く頑張りました」
そういって頭を撫でると瞬時に真っ赤になる反応を叢雲は笑ってしまった。
「さて、ワタシが教えた紅茶の成果を見せてもらおうかね」
アンジェラの言葉に、我に帰ると慌てて紅茶の準備を始める。丁度人数分に淹れられた紅茶はしっかりとした香りと、味をうまく引き出せて落ち、アンジェラは会心の笑みを浮かべた。
「ノーラさんのお好きなケーキですよ〜」
そういってエレナが差し出したのはチーズケーキとフランボワーズのタルトだった。聞けばソラ、ステラも手伝って作ったと言う。
「ふにゃ〜おいしいです〜」
と、エレナは自ら作ったものを口にすると出来のよさに感激していた。
「私の特性ケーキもどうぞ」
片目を瞑り差し出されたのは叢雲特性チーズケーキとフルーツタルト、ザッハトルテである。
「この間ドイツに行った際に、腕前は上がってるはずです」
自慢の一品を出し、お疲れと囁く。みなのその言葉に思わず涙腺が緩むノーラに、ソラは
「これで、立派なメイドさんですねっ」
と、追い討ちをかけていた。
そんなノーラを見ながらレオンは満足げな様子で眺めていた。
彼女を見ていると和むから、そんな思いで、朗らかに見つめながら。