●オープニング本文

「さてと‥‥今週のスケジュールは――」
　そう言って、ジョン・ブレストは机の上に備え付けられたカレンダーを見やる。そこにはびっしりと書き詰められた文字しか見えず、どれがどれなのか判断できない記号の羅列にしか見えなかった。実際、全て省略されてかかれているのだから仕方あるまい。
　未来科学研究所副理事にして、研究の第一人者の一人であるジョン・ブレストの日々は苛酷なものであった。軍と研究所の摩擦を一人挟まれ、さらには両方の関係者からの日々の苦情、この頃などは勝手極まりない文句を傭兵達からも投げかけられている。
　日々の胃薬の量は、増えに増え、一日に一箱無くなるなどはお手の物だ。
　処方を守れ？　彼には無論聞くはずが無い。

　そんな彼の日程表に、いつもは見られない文字が書いてあった。
――入学式

「んー‥‥ジェームズの行って以来か」
　そんなことを思いながら、胸ポケットから煙草を一本取り出す。カチッとジッポライターで火を点けると、深く吸って吐き出した。
　カンパネラ学園‥‥それは能力者、ドラグーンたちが新たなる道へと乗り出す可能性を求める為に設立した学園。
　彼らの未来――そして‥‥
「はぁ、俺が行くことになっているのか‥‥」
　思わず溜め息が出る。
　今日中に終わらせなきゃいけない書類と、研究所の見回り時間を考えると、余計に胃が痛くなってきた。
　少し腹部をさすりながら、眼鏡を外し、背もたれのついた椅子へと身を沈める。

　さて‥‥どうやっていったものやら。
――久々に出るLHを、俺は一人で出してもらうことが出来るのだろうか。
　既に重要人物となってしまった自分に、自由は無く、更に言えばこの土地を離れれば安全の保障すら危うかったりする。

　カンパネラ学園の入学式が行われる、グリーンランドまでの道は、きっと想像を絶する展開になりそうだ。っと。
　ついつい頬の肉が緩んでしまうが、彼は部下達がやるであろう次の行動について考えていたのだった。

●参加者一覧

●リプレイ本文

「さて‥‥行くとするか」
　いつもと違うスーツに袖を通し、ジョン・ブレストは階下へと降りていった。これから始まる事はもしかしたら自分の身に危険を振りかけるのかもしれない。
　しかし、招かれた自分の使命を果たすべく、その場へと向かっていったのだった。

　研究所の受付の方へ行くと、既に待機していた傭兵達がまっていた。皆、どうやら息子と同じくらいと見られ、ちょっとくすぐったく感じる。
　しかも‥‥みな能力者なのだと‥‥
「お迎えに上がりました」
　緊張気味に、声が上ずっている。ちょっと下向きなまま、こちらに歩いてきたのは、ステラ・レインウォータ（ga6643）である。金色の髪をちょっと弄くる仕草が、なんとも彼女の心境を物語っているのだろうか。
「すまんな。ジョン・ブレストだ。今日はよろしく頼む」
「はじめまして、博士。道中よろしゅう」
　すっと差し出された手を握ると、クレイフェル（ga0435）は満面の笑みで握り返してきた。

　要人の護衛として、ジョン・ブレストは現在トップクラスの要人となるだろう。流石に普通の護衛依頼と同じというわけにはいかなかった。用意されたものにしてもそうだ。最初の飛行場まで――軍隊の発着基地になるのだが――用意された車は、オーダーメイドの車だった。先に一通りのチェックをしたが、その際中に驚いたのはいうまでもないだろう。
　運転をクレイフェルに任せ、アグレアーブル（ga0095）が道を誘導する。ケイ・リヒャルト（ga0598）はジョンの傍でアグと挟む形で警戒を続けていた。
　リュイン・カミーユ（ga3871）は一通りのチェックを終えると、同乗を予定していた女性スタッフの身体検査を始めた。抜かりはないように‥‥。同様に男性は鴉（gb0616）がくまなくチェックを行っていた。服、ポケット、体‥‥危険な物が無いようにくまなく。彼らは、既に厳選されていたスタッフではあったが、抜けがあったら困るのだ。
　機内に関してもC班が中心となって隈なく探索の目を光らせていた。座席や備え付けの荷物置き場、あと‥‥このチャーター機特有のキッチンや、遊び場などもくまなくチェックを行った。貨物室を担当したのは井筒　珠美（ga0090）だった。積載される予定の品目をリストアップしてもらい、実際に積まれている荷物を照らし合わせながら不審なものが紛れていないかチェックをしていた。

「何事もないといいがな」
　乗り込んだ機内で、さっそく一息つこうとジョンは胸元にしまっていた煙草の箱を取り出す。それを見たアグはすかさず、
「博士。此処は禁煙、です」
　そういってタバコの箱ごと没収してしまった。
「堪忍、堪忍。アグは悪気ないだけどなぁ。ほな、後で返すぅて」
　すかさずクレイフェルがフォローに入るも、ジョンの方はまったく気にした様子がなく、
「いやいや、今のは俺が悪いんだ。アグレアーブル君が正しいな」
　そういってアグの頭を優しく撫で上げていた。

――博士‥‥なんだか、友達のお父さんみたい――
　直接あってみて、アグはそんな感想をもっていた。
　そう、ジョンにとっては普段自分が偉いと言われてても所詮研究者。日々研究に明け暮れる方が好きなのだ。何を好んで研究所と軍とのお偉いさんに挟まれ、会議だの儀式だの、祭典だの出なければいけないのか‥‥
　彼、ジョンは見た目と違って実は今年で４３歳。息子のジェームスですら呆れるほどのお人よしでもあった。
　リクライニング式の椅子に腰掛けると、柔らかな感触がする。ここ最近、研究所の簡易ベットでしか眠っていなかった為、ついつい気が緩みそうになる。
　式典の準備の為、溜まっていた書類をこの時間にやろうと持ち込んできたのだが、なにやら眠気の方が強そうだ。
　さらに‥‥
「リラックスできるように‥‥癒し系のCDを持ってきました」
　リュインはそういうと、オーディオにてかけはじめた。
　緩やかなメロディーが、機内へと流れ出した。
「あぁ、傭兵諸君は寝ちゃ駄目だぞ？」
　どうやら、普段お疲れであろう博士を少しの間でもリラックスさせようという話のようだった。
「Dr．ブレスト‥‥、こちら、い、胃腸にもいいのでどうぞ」
　ステラが差し出したのはカモミールのハーブティーとオレンジピールの入ったお菓子であった。
　緊張してなのか、顔を赤らめる彼女を見ると、ジョンは手元の書類から視線を外し両手できちんと受け取る。
「ありがとうな、ステラ。そんなに緊張する必要は、ないんだぞ？」
「あっ、そ、そんなつもりはないのですが」
　慌てふためく様子を見つつ、ジョンはステラが脇に抱えている本を見つめた。
「ん？　それは‥‥」
「あっ　ど、DR．ブレストがお書きになった‥‥」
「ああ、やはりな‥‥君は、これを読んでどう思ったのだろうか」
「た、大変興味深く参考になりました。つきましてはDR．ブレストの意見を色々と聞きたく‥‥」
「はっはっは。俺の話を聞きたいとね。そうだな‥‥ここ暫くは研究の話をしていないような気がする。よし、君は今、どんなことに論点を持っているのかな？」
「は、はい！　私は‥‥」

「うーん。こりゃあたしの腕を披露するところかねぇ‥‥」
　三島玲奈（ga3848）は機内のキッチンへともぐりこむと、持ってきていたエプロンを身に着ける。くるっと回ってみると、後姿はブルマのうえ、エプロンを身につけた状態だ。
　何しろこのブルマ、研究所での強化の結果、色々と効果がついている高価なブルマなのであるが‥‥うーん、この場でこの格好、果たしていいのか！？
　そもそも‥‥護衛担当がこんな姿でいいのだろうかという、疑問が浮かぶ。
　それでも気にせず、鼻歌交じりに調理する三島。まぁ‥‥食材探しを言い訳に機内チェックも同時にしているらしい。
「食い倒れの町大阪人の腕をふるうで、フィッシュオアチキン？」
　そんなことを言いつつ、次々と完成させていく。
　それは、見事な昼食だった。機内食ではなく、あえて手作りで胃に優しいものを作り上げる。うん、これは普通に嬉しいものである。

　そして、そのメニューは！

　メインに脂身の少ない鶏肉のささみと白身の魚を持っていき、少し軽く手をつけれるようにと茶碗蒸し、オムレツ、そしていり卵を。デザートにと牛乳とバナナを用意！
　‥‥すまない、これのどこが胃に優しいのだろうか。
　はっきりいって、たんぱく質が多すぎて、分解に時間がかかるのは気のせいだろうか。
　ここは普通、野菜を中心とした料理や、煮込み料理ではないのか！？
　そんな思いもさることながら、この中から選んでねとジョンへと見せる。
「ぶ、ブルマだと？」
　額にしわを寄せつつ、この頃の妙齢の女性は‥‥そんなことをぶつぶつと口走っている。流石に43歳。こういうところは親父の反応です。
「博士。眉間に皺、できてます」
　お約束になりつつある、アグの突っ込み。どうやら、警戒しつつも話は聞いているらしかった。
　この後、クレイフェル御自慢のモンブランも出てきて、なにやら楽しい時間の始まりだった。お勧めのモンブランは、口の中で甘さが広がり、普段の疲れを癒すには効果的。もちろん、ジョンだけではなく、他の者の分もきちんと用意されているところが凄いところであろう。
　ケイとアグ、鴉、井筒は警戒の為席に着けはしなかったが、少しの休憩となれたようだった。

「博士、こちらを着ていただけますか？」
　そう言ってケイに渡されたのは持ち込んだジャケット。ステラは変装用に帽子を用意していた。どうやら変装をして囮を用意する作戦らしい。
　ジョンは快諾すると袖を通す。機体はもうすぐ着陸段階に入り、まもなくグリーンランドへと到着するだろう。ここに来るまでの間、特に目立った邪魔などはいなかった。
　鴉はジョンの囮となる為の変装を準備していた。髪を掻き揚げ、オールバックに仕立てる。身に付けたのはジョンの色に合わせたスーツである。伊達眼鏡をかけると‥‥上背がほとんど同じだけあって、遠くから見ただけではわからない状態となった。
　到着後は、会場となる場所まで車３台にて護衛を行う事となっている。その護衛に使う車は既にチェック済みであり、危険物の有無をきちんと調べてある。ルートは‥‥予め地図で見るしかわからなかったが、警戒を怠らなければ大丈夫であろう。幸いルートはそんなに長くない模様であった。
　着陸後、鴉が目立つように最初に降り立った。彼を守るように警戒を怠らないクレイフェルとリュイン。この三人が一組となって行動をするようである。その次に降りてきたのは、帽子を被り、普段着ないようなジャケットを羽織ったジョンと、三島、ケイである。最後に降りてきたアグ、井筒、ステラと、この組み合わせに運転手となるスタッフが搭乗し、計４人一組という形での移動となった。
　用意された車を再びチェックし直し、ジョン・三島・ケイの三人を乗せる車が先頭に、その次に変装した鴉・クレイフェル・リュインが、最後の車両にアグ・井筒・ステラが乗ることになっていた。
　ジョンを後部座席で挟むようにして乗り込む二人。囮役の鴉たちよりは目立たないように行動しているものの、警戒心は人一倍強い。隣で警戒するケイの香水が、鼻を掠めた。
　鴉を挟むように、クレイフェルとリュインは乗り込んだものの、スタッフへの忠告も忘れてはいなかった。不審車両を見つけた際、また突如の戦闘があった際など事細かに注意を与える。それ以上に警戒を強めているのだが、今のところ不穏な空気を感じることは無かった。
　最後列の井筒たちもまた、警戒を怠らない。ステラは双眼鏡を用いて前の２班の周囲を見ていた。縦に並ぶわけではなく、時折前後にずれるように運転も変えている。生憎２斜線であることが、残念であろうか。
　上空からは、スタッフの１人が持ち込んだＫＶにて警戒に当たってるとのことだ。ジョンより後に来る予定のカプロイア伯爵であれば、自らＫＶで乗り込んでくるのかもしれないと思いつつ、少し違うグリーンランドの景色も見回す。
　殺風景ながら、何を目的にここで入学式を行うのかわからないものだ。しかもこんな重要人物を招いてまで。

　ことは順調に過ぎていっていた。進むに連れ、あまり人が居ないのだろうか、そんな事が頭によぎり始めてしまう。頭から消そうと振り乱してみるも、何も効果が無いようだった。
　ここにくるまでにあった障害は、なんとも情けないものであった。ひとつは横切る動物。野生の動物がいるかは生憎わからないものの、それでも車の前に飛び出てきた兎が、あまりにもかわいそうで、そっと保護をし、現在はＬＨの方で預かってもらっている。かえったら、果たして憶えているのだろうかと、疑問に思えてならないのは気のせいであろう。他の障害はというと、軍事空港に着陸した際、ジョンと挨拶をしようと待ち構えていた軍人たちが変装した鴉に詰め寄りかけたという所だろうか。
　思わず武器を抜きたくなってしまうのをギリギリの所で抑え、無事回避する事に成功したのだった。
　そんな鴉の努力のおかげで、ジョンは今までに無いくらいの快適な旅を過ごしていた。といっても、そんなに研究所から出ることは無いのだが、数少ない経験の中でも、とてもいいものである。用意された薬がいらないほどに、なのである。しかも、皆の心遣いの詰まった食事とデザートは、最近も相変わらず忙しかった彼の心を優しく包み込むのには充分であった。


　程なく会場に着くだろう。そんな事を思いながらジョンはそっとカバンからレポート用紙を取り出し、なにやら書き始めた。隣で警戒に当たってる三島とケイは、その様子に気付きつつも集中を止めることはない。
「博士、どうかしたのかしら」
　ケイの言葉に、少し笑いを含んだ声が聞こえる。
「ん、君たちに何をお礼しようかと思ってな」
　そういうと、次から次へと、丁寧に封筒に詰めていく。そして‥‥
「柄じゃないんだがな」
　そういって何やら一枚の写真を取り出すと、そこにサインペンで走り書きをする。それが終わった時、丁度車が第一ゲートをくぐり、会場の来賓用入り口へと、到着した。
　囮である事が気づかれないようにと鴉の班より前に、二組は出て警戒態勢を取った。
　モウここに来たら安心であろう。精々あっても‥‥それは彼への攻撃ではなく、親愛の‥‥いあいあ、アレも一種の攻撃と捕らえていいのかもしれないが。
　そんな事を考えながら、鴉が降り立った。来賓用入り口をくぐると、一変して、髪を崩し、眼鏡を外す。
「ご苦労様でした、博士。もう大丈夫だと思われます」
　髪は戻したものの、態度は変わらず。礼儀正しさを垣間見せる。
「あぁ、大変助かったよ。ありがとうな」
　ジョンはそういうと、護衛を担当してくれたもの一人ひとりに握手を求めた。
　そして、１人ずつ一通の手紙を渡す。
「研究所で、待ってるぞ」
　そう、片目を瞑りながら告げるとステラには、更に一枚の写真を添える。
「先程‥‥書いてやれなかったからな。これで悪いが」
　差し出されたのはジョン自身の写真に、走り書かれた彼のサイン。それを受け取り、ステラは驚きのあまり硬直してしまう。
「またこんど、楽しい話をしようじゃないか」
　別れの挨拶に、そう手を上げて立ち去るジョンに、クレイフェルは大きく声を上げる。
「ほな、俺らはここまでやな。気ぃつけて！」
　ぶんぶんと大きく手を振るクレイフェルと三島の姿を視界の隅に捉えると、他の者も小さくながら手を振っている。
　アグは、ぺこんと控えめに。ステラにいたっては、数秒たって、慌てて気づいたように頭を下げていた。
　そんな彼らの様子を胃に優しいなと見つつ、ジョンは、これから始まる式典の控え室へと一人向っていた。
　これから始まる、狂想曲の幕開けの舞台へと‥‥