●リプレイ本文
「それじゃ‥‥今回は取引をしている者達の場所を特定するという、簡易的な捜査例ということで」
ナットーの切り出しに寄り、Cerberus(
ga8178)が続いての説明をかってでた。
「なに‥‥そんなに難しいことはしない。指示はユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)を通して出すことになるから、力まずに行けば良い」
そう言ってノーラの肩を軽く叩いた。
「それじゃ、俺と頑張ろうか、ノーラ」
「ボクも頑張るですっ」
力いっぱい頷くヨグ=ニグラス(
gb1949)が、何故だかほほえましい。
ミッション内容として、現段階でわかっていることはディッツァー・ライ(
gb2224)扮する運び屋を尾行し、取引現場を特定するという事。それ以外は、特になかった。
◆
ナットーは今回のミッションを6名の傭兵に頼んでいた。ノーラに紹介したのは3人。そして存在を明らかにしているのは他1名だけである。
探偵として‥‥いや、裏の捜査に必要なものを今回は掴みだけ感じて欲しかった。本来だったら、潜入捜査自体探偵としては必要としない場合が多い。それはそうである、大変危険であるのだから。むしろ、表の仕事としてだったら、警察とタッグを組んで行うべきところが多く、そこの部分は触れない。
しかし‥‥
「これで‥‥後に引けなくなったかもな‥‥」
この、ナットーの探偵事務所は綺麗事だけを扱っているところではなかった。むしろ、彼女が知らない部分が多いといっても過言ではないのだ。
「預かり物を闇に染めるのは‥‥でも、そんな事も言ってられない」
そう、今まで彼女が取り扱ってきた事件も、既に際どいものが増えてきていた。そこを考えると、いきなり鉢合わせるよりも徐々に慣らした方が良いとの判断だった。
「うまくいくことを、祈る」
◆
「今現在ターゲットはA地点だ。そのまま待機して次の連絡を待て」
ケルベロスは倉庫街を見渡せる位置で全班員の指示を行っていた。今回の目的は実戦に即した訓練。位置を常に確かめるためにノーラには挨拶時に発信機をつけておいた。より、短期間に習得と考え、犯人役には自ら指示を出している。
ジーザリオで待機している白雪(
gb2228)は周囲の警戒を行っていた。今回のミッションは一応借り切った倉庫で行っているのだが‥‥倉庫街自体は普段通りに活動している。そんな中、もしものアクシデントが有った場合はすぐに対応できるように。
「‥‥今のところは問題なさそうだよね」
そっと呟くが、室内には他の人物はいなく‥‥
――まあ、これだけ本格的にやれば少しは練習になりそうね。
白雪の、もう一つの人格真白への言葉だった。
「っと。これでいいかな?」
倉庫内で待機しているのはルチア(
gb3045)。彼女はこのミッション風景をビデオに納めようと設置に務めていた。侵入位置、そして予定の潜入箇所が映るように様々な場所に配置している。
これで、後はディッツァーの後をつけてくるノーラたちを待てばいい。
そう思いながら、ルチアは待機していた。
◆
「うん‥‥」
ユーリのアドバイスに従いノーラは一つずつ確かめつつ、慎重にディッツァーの後をつけていた。流石に尾行には不向きだろうと、何時もの白いスーツではなく、黒いパンツスーツである。
「‥‥ほら、ここからだと視界の妨げになるけど‥‥」
自らの今までの経験を活かしつつ、ポイントを絞って。ユーリは実に的確に教えていた。
さらに、後ろが無防備にならないように警戒にも怠らない。
先程から、何やら変な気配を感じている。どうも、傭兵ではない。
でも、闇に属する空気が伝わってくるものだった。
「‥‥い、移動するわ」
目の前のディッツァーに集中するノーラは、ターゲットが視界から消えたのと、次に潜める場所を発見した事により次の行動に移ろうとしていた。
「場所は‥‥大丈夫そうだね。いいかい? さっきまでの‥‥」
不意に空気の流れが変わるのを感じた。しかし、今ここで不自然にするのはノーラに感付かれる可能性がある。相手の目的が何なのか‥‥
自分たちと別の者たちである以上それを知りたいと思ったユーリはその違和感に感じてない振りをして様子を見ることにした。少なくとも‥‥相手も素人ではないようだ。
そして、それはノーラの移動時の注意事項を説明している時に訪れたのだった。
◆
「!?」
突如、予定外の反応が発信機に現れた。
倉庫内に入ったはずなのに、何故か外の方へと向かっているのだ。
「緊急事態発生! 各自状況を知らせてくれ!」
双眼鏡で入り口周辺をチェックするが、どうやらそこからの出入りはない。しかし‥‥
「移動が‥‥早い?」
発信機の指し示す行方を見ながらケルベロスの眉間には、深く深くしわが刻まれていた。
「――――ノーラさんが!?」
白雪はその連絡を聞くと、一気に感情を高ぶらせた。途端に髪が白く染まり、瞳が赤くなる。
「‥‥全く、ノーラさんって本当にこっちの予想を超えてくれるわね」
いや、そもそも今回はノーラが起こしたことではないのであるが‥‥
真白の人格を表へと出した彼女は後ろに積んであった弓を持ち、ジーザリオを素早く倉庫の方へと向わせていた。途中、異変を無線で受けたヨグを乗せ、ケルベロスによる発信機の行方を聞きながら。
「やれやれ、キャストが被っているぞ。まぁ、奴等の方がはまり役ではあるがな」
ディッツァーもまた倉庫内へと入る途中、ユーリと同様に違和感を感じていた。そのため、予定よりも少々時間をかけて尾行させていたのだが‥‥
「まさか、本当にこういう状況になるとはな‥‥」
ひっそりと隠れた位置から一部始終を目撃すると、別倉庫へと移る犯人達を見届ける。
ケルベロスが発信機をノーラへとつけていたことは知っているので場所に関しては大丈夫であろう。そして、ユーリも同じように連れて行かれたようだ。彼には彼の考えがあるとふみ、とりあえずこの倉庫内で合流する事になっていたルチアとの合流へと向った。
◆
「はぁ。ノーラって実は巻き込まれ体質?」
ぼんやりとユーリは縛られた自分に溜息を吐いた。犯人の目的がわからないのと、ノーラが先に捕まった経緯より一緒の方が対応方法も変われると思い捕まったのはいいが‥‥
どうやら今回は予測していない第三者によってこの事態になったようである。
「さて‥‥どう動くべきかな‥‥」
ユーリはまだ気を失っているノーラを見つめて、この事態を冷静に分析し始めた。
ユーリとノーラの居場所は倉庫街の中であった。先程ミッションを行っていた、そうディッツァーとルチアが潜んでいた場所から、2区画分ずれた辺りで動きは止まった。
「捕捉完了。今から言う位置に移動だ」
ケルベロスは地図を見ながら各自に指示を飛ばしていた。
「‥‥んっ」
軽く身動きした後に、ノーラは目を開いた。ぼんやり途中を見つめつつ、不意に覗き込んでいるユーリと目が合い、しっかりと見開かれる。
「あ、起きた。怪我無いか? 大丈夫なら、脱出訓練からやってみようか」
そうにこやかに告げたユーリのおかげか、自分が捕まったというショックは少なく。こくんと、素直に頷き返したのだった。
縄から抜け出す間、ノーラは意外な事を告げてきた。
「あたし‥‥何故か誘拐されるの慣れてるのよねぇ‥‥」
それは、淡々と。靴底に仕込んであった仕込みナイフを使用し、うまい具合に自らを縛り付けている縄に切り込みを入れている。
そんな様子に少々驚きつつ、ユーリも自分の縄を取り外していた。
「それで‥‥現状なんだが」
無線機を弄りながらユーリは、先程まで考えていた状況をノーラに聞かせていた。
見張りは、今のところは扉の前に居ない。きっと、彼女を確保した事で油断しているのだろう。
「それじゃ、これから別ミッションの始まりだね」
ユーリの言葉に、ノーラは自然と笑みで返事を返していた。
◆
部屋を抜け出したところで、既にそこは戦いの舞台が出来上がっていた。
何人いるのだろうか。ユーリが連れてこられたときよりこっそり使っていた探査の眼により、建物の構造、現在位置は理解していたが‥‥
「皆、来てるね」
そう呟くとそっと誘導するように道を選んで進んでいった。
閃光弾が破裂し、眩しさの中で放たれた照明弾が更なる目くらましの効果となっていた。
「オラァ! 死ぬより痛い峰打ちだッ!!」
そんな状況下でディッツァーの声が倉庫内に響き渡った。大きな咆哮とともに獅子刀が群がるもの達に強烈な打撃を与えていた。それとともに鈍い音まで聞こえてくる。アバラまで達したのだろう。受けたものは、そのあまりにもの衝撃に内からひっくり返されたように吐瀉する。
外側から銃口を向けたものには、白雪、いや‥‥真白の弓が飛ばされていた。
「下手に避けないでね。‥‥当たり所が悪いと本当に死んでしまうから」
その言葉通り、弧を描いた先は銃口を掠めるように、反らすように狙い定められていた。僅かにその狙いをよけようとしたものは‥‥
「ぐあっ!?」
指に当たり、鋭く磨かれた鏃によりそぎ落とされ‥‥
「‥‥悪さをした代償が指一本なら安いものでしょう?」
冷ややかに、あざ笑いながら。
ヨグはイリアスを持ちつつも、盾で先陣を切っていた。
――盾でも吹っ飛ばせそうです!
確かにヨグの見込みは正しい。並みの一般人と違い、通常の動きですら能力者の体力は強化されている。まして、幾度も戦地を駆け巡った者たちならば尚更であり‥‥
ヨグの盾に転んだ者たちを、ルチアは拘束していた。
「う、嘘‥‥」
目の前で繰り広げられる一方的な展開にノーラは驚愕していた。実際能力者が凄い人たちだということは話に聞いていた。しかし、目の前で戦ったり、技術を使うところは今まで拝見する事はなかった。そう、今まで彼女はそんな事態に居合わせたことがないのだ。
自分を攫ったと見られる人物が、いとも簡単に変な方向へと腕を曲げられていた。
その人物が、自分に危害を加えようとしていたものだったというのはわかっている。しかし、その現場を目にすると‥‥
歪む表情。きしむ骨の音。切り裂く空気の音。
強く瞼を閉じ、必死に耳を抑えても‥‥一度脳裏に焼きついてしまった光景、音は拭い去れなかった。
「あ、あぶないとですっ!」
ヨグがノーラの前に盾を片手に躍り出る。
別の位置に隠れていたものがナイフを投げてきたのだ。
「ノーラ、こっちだ!」
庇ってくれたヨグにお礼を告げようとするノーラの手を取り、ユーリは早くこの場から立ち去る事を選んだ。彼女さえこの場にいなければ、不利になるものはない。
脱出が成功した時点で彼女に課せられたものはクリアしているのだ。相手をどうするかは別の、そう自分たちに課せられたことである。
倉庫から逃げ出しつつ、ユーリは無線でケルベロスへと連絡を取ろうとした。
彼のことだ、場所を把握した後、自らこちらに向っているだろう。
そして、その事実は倉庫の現区域を曲がった時に実証されていた。
「手間をかけさせるやつだ」
そういいつつも、見捨てられないんだと顔に出してしまった表情は、今までのように綺麗には隠しきれずに。
「‥‥この人達、どうしましょうか」
二度と立ち上がれないダメージを与え、打ち倒した男たちを縛りながらルチアは今後の処置を尋ねてきた。
『一つに纏めて置いてくれ。しかるべき処置を頼むから』
ナットーの言葉に、ルチアはそっと溜息を吐く。
まるで、このことは予想されていたかのように感じたのだ。
「やれやれ、とんだ災難だったな。だが、これも勉強だな」
ディッツァーはからからと豪快に笑い飛ばしていた。
「今日は何だかとんでもない事になっちゃいましたけど、ノーラさんもきっと学ぶ事があったと思います。それを活かして、より自分を高めていけるかどうかが大事ですよ、きっと」
ふわっと微笑むルチアに、ノーラはありがとうと告げた。
最初知っていたのは4人だったが、他にも2人も手伝ってくれた者が居たことに驚きつつ、自分のために危険な目に巻き込んでしまったことに謝罪をいれ。
「まぁ、何事もアクシデントはつき物だ。それと、君たちの使用したものは補完できるように用意してある。持っていってくれ」
ナットーは読めない表情のまま告げる。
彼が何を考え、今回の演習を行ったかは必要以上に説明は入らなかった。ただ、終った後に振舞われた熱いお茶が、疲れた身体には染み渡った。
◆
「ノーラ。君にこれから頼む仕事として‥‥知らなければいけないことの一部なんだよ、今回のことは」
傭兵たちが帰った後、そっとノーラには告げられた。今まで話していた事とは違う事実。
そして、今回の目的。
わかっていた。わかっていたと思っていた。
だけど‥‥。
今、始めてノーラは戦いという言葉を現実的に理解し始めたに過ぎなかった。
そして‥‥『能力者』、彼らがそう呼ばれる存在だという事を。
「どうして‥‥どうして‥‥?」
様々な感情が入り乱れる中、頬を伝うものに気付かずに。