●リプレイ本文
「知ってまして? カノン。桜もバラ科ですのよ」
そういって微笑んだロジー・ビィ(
ga1031)は、いつもより柔らかな笑みを向けていた。すでに覚悟を決めている彼女は、強靭な精神を得ようとしているといってもいいだろう。そんな彼女の様子を、愛しそうに、まだ、自分の感情の名前を知らないまま、カノンは見つめていた。
桜の日に逢いましょう。そんな手紙が来てからというもの、カノンは不安と、期待でいっぱいであった。逢いたい、でも‥‥
そんな複雑な心境は、自分にとって大切な人たちと過ごすのを、ここ1年近くで彼は学んできていた。そう、きっかけはとても些細なことだったはずなのに、こんなにも自分を占めている大切な彼ら。
特別と、言う言葉で括られた彼らに、そっと心を預けるように。
「っと、こんなものかな?」
そう言って次々と用意される料理は、ラウル・カミーユ(
ga7242)の手から生み出されていった。
手軽につまめる物を中心に、次々と並べられていく。
チーズや魚介類、野菜のカナッペに、チキンや野菜、フルーツのサンドウィッチがあり、様々なスティックサラダと、それに応えるべく各種のディップが並んでいた。
ふと視線を移した先に、このシャトーで取れたワインが目に入る。
「‥‥ワインゼリー‥‥」
デザートによさげだと考えながら。もう一拵え頑張ろうと、鼻歌気分でもう一料理。
「私の全力真骨頂は洋風、戦闘よりお料理ですよっ♪」
そう言って、厨房内で燃えるものが一人居た。シエラ・フルフレンド(
ga5622)である。
ココットに炒め玉葱とホワイトソースの冷采、スプーンにプチキャベツの中身をくり貫いてコンソメ煮凝りを入れた温采を。用意された飲み物はUVAのホット・ミルク、キームンのストレート、ダージリンのホット・コールド・檸檬を。デザートには桜色ムースと桜塩漬け・バニラアイス添えを用意して。
そんな彼らの後ろを、わたわたと洗い物などして手伝うものがいた。イリーナ・アベリツェフ(
gb5842)ここを訪れた初めての客の一人である。料理は苦手との事。でも、食べるだけじゃ悪いからと色々手伝おうとして。チョコチョコと小回りをしながら、手伝っていた。
一方もう一組、このシャトーの厨房にて腕を振るうものが居た。
自らの店から厳選したものを持ち出してきて、見た目も楽しめる物をと趣向を凝らす。
作られしものは様々だった。自らの店自慢の一品でもある蕎麦を始め、蕎麦で巻いた巻きずしや、卵で作られた巾着に包まれた寿司、から揚げにきんぴら、鰆の梅酢煮に桜のシャーベット。この季節ならではのものが取り揃えられていた。
傍にはそっと、微笑みながらラピスが付き添い。
彼女の手から作り出されるのは、桜餅と桜のモチーフの練りきり。一つ一つを愛おしそうに作る、そんな姿を見て、草壁 賢之(
ga7033)も思わず頬を緩める。
作ったものを入れる器に選ばれた重箱を渡そうと、ラピスが振り返った時、草壁はそっとその手を掴み取り‥‥傍へと引き寄せて。
「――」
そっと空閑 ハバキ(
ga5172)がカノンへと耳打ちした言葉に、ふわりと笑みを返す。
その様子に、ハバキも屈託のない笑みを返して。
そんなハバキの笑顔に、なつき(
ga5710)は小さく微笑んで。
開始前に案内をとイリーナも連れ、静かに桜のシャワーを浴びながら歩くシャトー沿い。
以前より心通わせ、我先と準備する者たちに、心から感謝を思いつつ、カノンは、新たに訪れた人たちを快く迎えているのだった。
用意されたランタンは、それぞれの趣向を凝らしたものだった。
ラピス・ヴェーラ(
ga8928)が用意したのは薄桃色の、丸いランタン。あかりが灯ると浮き出てくる花びらの影が、より桜の情景を色濃くして。
「せっかくなら、艶やかに行かないとですねっ♪」
シエラが用意する和製ランタンは、チェック模様を生かした染色で。なんとも不思議な謎のランタンを作り。『己』と書き記されていた。
厨房は立ち入り禁止にされたロジーも、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)に連れられてランタン作りを。
彼女の作る作品を見つつ、苦笑を漏らし。
「こ、これはまた‥‥大胆な作品だな‥‥」
そんな言葉しか漏らせなくて。でも、そんな奇想天外な作品を横で作る彼女を、最も信頼する相手と思っているのも確かなのだと心より感じていた。
「寄せ書きというかな。このシーズンは多いものだからやっておこうと思う」
Cerberus(
ga8178)がそういって取り出した数枚の色紙に、ささやかな言葉を載せようと。
クリス・フレイシア(
gb2547)もそれに便乗しようかと、慣れない筆に手を取り一言書き加える。
ある人は言葉で伝えるといい、ある人は便乗し、ある人はまた別の形で。
それぞれの胸のうちを記した言葉達を紡ぎながら、彼の新たなる出発の門出にあることを、桜の別れと共に‥‥
「‥‥ここまで、桜と同じじゃなくてもな」
草壁が呟いた言葉は、誰しも胸のうちにある言葉で。
「長いような短いような‥‥か」
アンドレアスの漏らした言葉が、
「出会いと別れ‥‥一区切りだな」
ケルベロスの声と重なり‥‥桜と共に舞って、消えた。
「何か起こりそう‥‥な雰囲気」
ラウルは出来上がった会場を見つめると、そっと漏らす。
月明かりに照らされて。
ランタンの光で浮かび上がった、桜がなんと幻想的なことと。
用意された白いクロスの敷かれたテーブルが、簡易だけどマッチしていて。
気にかかったあの部屋は、カノンのイメージじゃなくって。
でも、敢えて聞くことも少しだけなさそうに感じていた。
カノンは、贈り主を気づいてるようだから。不安があれば、また別の話。
一言告げたいのは、いつでも僕たちが居るからという事。
けして、一人ではないんだから、不安は分け与えてよと思いながら。
頼られることが嬉しくて、手の届く場所に僕たちは居るのだからと。
その言葉だけは、ちゃんと告げることを決意して。
宵が深まる中、ささやかに設けた宴も酣になってきて。
草壁が取り寄せた、銘酒の数々や、シャトーのワインのビンが次第に数を減らしていった。アンドレアスが危惧したロジーの料理も振舞われること無く、シエラがそっと杯の空いた所に酌する姿を目撃しつつ、大泰司 慈海(
ga0173)は静かに桜と共に空を見上げていた。
静観。それがこの場では良いだろうと。
客人がいつ来るか知らず、そわそわするカノンを見つめながら。
自分の予想通りだと、きっと客人はあの子だろうと考えて。
重箱に箸を伸ばした時、ふとクラウディア・マリウス(
ga6559)と目が合った。
クラウディアはどう反応するであろう。そんな事を考える。
この子があの子の手助けする星になるような、そんな気がして、ゆったりと笑い返す。
桜に見惚れていたクラウディアは、そんな慈海の思惑には気付かなくって。
でも、桜が舞うたびに、心にいろいろなことが浮かび上がるのを感じていた。
――日本人の、お友達が増えたからかな?
桜に似た花を、故郷で両親と見たことを思い出す。それは、まだ世界が平和だったころの数少ない思い出。受け入れてはいるけれど、まだまだ辛くって。
花が散り行くたびに、視界がぼやけるのを感じた。
「はわ、綺麗なのに‥‥」
どうして、こんなに悲しくなるんだろう。
慈海とはちょっと違い、フォークで取った料理を口に運びつつ。シエラから貰った暖かなダージリンが身に沁みる。
ランタンの灯りに照らされながら、舞う桜に酔いしれて。
「寒く、ないか?」
そうやって上着を羽織わせてくれたアンドレアスに、カノンは小さく笑みを返した。
待ち人が来るのはいつなのだろうか。
本当だったら、一人で待っていたほうが良かったのではないかと思いつつ。
歩む速度にあわせて、そっとより添うアンドレアスの気持ちが嬉しくって。
桜を見上げて、溜息を吐いた。
桜を照らすように釣られた中に、ひときわ芸術的なランタンを見つけ出すと、ちょっと だけ笑みを浮かべるカノンに、アンドレアスは少しほっとしつつ。
「まぁ、あいつらしいよな‥‥」
作った相手をお互いに思い浮かべながら、視線を合わせて。
しんみりとした気分を不意に打ち壊してくれた、もっとも信頼する相手に感謝を込めて。「素敵な、作品になりましてでしょ?」
ふと桜の横から現れたロジーが、まるで桜の精のように、カノンの目を捉えた。
ふわりと差し出された手に、思わず手を伸ばして。
「ふふ、踊りませんこと?」
誘い出される合図に、アンドレアスも一曲奏でようかと思いを廻らせた。
「一人では咲けない、ソメイヨシノのように‥‥」
なつきをそっと包み込みながら、ハバキは囁く。共に見上げるのは、ランタンの灯りに灯され、儚げな灯りに照らされる桜。この桜の種類はわからないけれども、それをなつきの故郷の桜と被らせながら、二人は思いを馳せる。
アンドレアスのギターの旋律が、静かに響き渡る中、なつきは様子を窺った。
――アスさん、変わりましたね。
それがカノンとの出会いのためなのかと、カノンへと視線を向けると、そこにはロジーが居て。アンドレアスの奏でる音が、少しだけ強まって。
こつんと、頭を寄せるとそっと撫で上げる感触に、少しだけ気が緩みつつ。
いつか、この手を離して平気なのかと‥‥今までの自分を考えて。
壊れるかも知れないかと、そっと思い描いていた。
そんななつきを見つめつつ、ハバキはしっかりと包み込み。
どんな時でも、そっと手を差し伸べようと、光の下へといつでも連れ出そうと心新たに誓っていた。
「俺はカノンと出会えて変われたと思う」
そっと杯を酌み交わしながら、ケルベロスはクリスに問う。貴様は、何か得られたものはあるのかと。
「私は多数ある依頼のうちの一つだったが‥‥」
印象深くあったには違いないかと、口には出さず、少しだけ笑みを零した。
戦場育ちだから、こんな宴とは無関係な存在なんだがといいつつ、酌み交わしながら。 謎は、まだ残ったままだけど。彼が進むべき道を見つけることのほうが大事に思えて。傍で、見守っていたいと思う気持ちが、こんな自分にもまだ存在していたのだと思い廻らせていた。そんなケルベロスに対して、クリスは少し違った思いを持っていた。
――カノンさんに会う機会も殆ど無くなってしまうのに‥‥あのネックレス‥‥どうしようか‥‥
かつてエレーナ・シュミッツに頼んで解析を依頼した彼の十字架のネックレスは、今も手元に戻ってなくって、それだけが彼女の唯一の心残りで。
「イリーナ、人生いろいろだ」
そんな彼らの横にちょこっと座ったイリーナにケルベロスは話しかけ。イリーナも、桜を見たさには来たものの始めての人ばかりで挨拶に追われてて。そんな彼女に彼は、このシャトーの主、カノンの風変わりな話を聞かせていた。
そんな話を、クリスは自ら振り返りつつ思い出して、ケルベロスは成長する彼を横で見ていることでの己の変化を伝えながら、
「‥‥俺達のようなものはいくつも出会い、別れていく。そういう経験をこれからもしていくと思うが少しづつ慣れればいい」
傾けたグラスの中は、ゴッドファザー。
他に思うこともあるからと、少し苦笑いをしつつ、喉に落としていった。
アンドレアスのギターは、少しづつ盛上がりを魅せ。
そんなおり、ふと笛の音が合わさる。
爪弾かれるギターの旋律に、静かに織り成そうとする音色。
柔らかで、魅惑的で。
耳にしたとき、何故だか懐かしさがこぼれる、そんな音が。
「‥‥っ!!」
思わず口元を押さえるカノンを見つつ、ロジーは予感を核心に変えていた。同じ気持ちを抱いたのは、共に歩んできた、他の6人。シェスチ(
ga7729)であり、ケルベロスであり、シエラであり、ラピスであり‥‥そしてアンドレアスであった。
杯を傾けていた慈海が、音色の方へと視線を廻らすと、見知った人物が、桜の木の根元で笛を吹いているのを見かける。その姿に、クラウディアもパッと目を輝かせた。
鳴らしている音を止めることなく、耳をそちらに向けながら。
苦虫を噛み潰したような表情で、アンドレアスは終わりへと向けて昇華するように。
いつもは見れない表情の彼を見つめながら、ハバキはなつきと手を取り合って。
クリスは、今宵現れた客人が予想外だったことに驚きつつ、耳はかの不思議なハーモニーへと傾けられていた。
「‥‥姉様」
音が鳴り止んだ時、先に言葉を発したのはカノンであり、そんな様子に桜の元で奏でていた人は、振り向いた。
黒いゴッシックドレスに身を包み、長い黒髪を少しだけ結い上げ、赤い瞳の、カノンとよく似た面影の女性。
「‥‥エスティさん?」
その姿を見て、クラウディアは不思議そうに呟いた。
彼女の知っている、エスティラードという名の女性とそっくりで。
慈海は、その様子を見つつ、少し微笑みながら杯をなお傾ける。
「‥‥カノン。大きく、なったのですね‥‥」
囁かれた声は、懐かれし頃のあの鈴のような声で。
そんな声を聞くと、ボロボロと涙が溢れて‥‥ふわりと、肩を抱かれたまま‥‥胸にしがみついた。
ひとしきり泣いた後に、囁くように会話する二人の姉弟の姿は、お互いの再会を喜び合い、そして次へのステップへと進む決意を互いに決意して。
一頻り話した後、カノンは皆の輪に戻ってきた。
そっと見守っていた彼らに感謝すべく、今までに見たほどの無いほど、屈託ない笑顔で。そんなカノンを、見送りつつ、エスティはそっとシャトーへと姿を消して。
その様子を、慈海は視線で追っていた。
「今‥‥‥カノンは護りたいものってあるの?」
シェスチがそっと微笑みながら聞いてくる言葉に、不思議と色々な顔が浮かんできた。それは、今まで出会って自分を助けてくれた人々の顔。一人ひとりが、そんなに長い付き合いではない。でも、自分のために力を貸してくれた人々で‥‥
「‥‥はい」
そっと微笑を浮かべながら答えていた。
そんな笑顔に、シェスチも釣られ微笑を返す。
この少年に出会って、僕は生まれ変われたと感じたんだ。これからも‥‥そう、思いを込めながら、しっかりと手を握り締めた。
いつもは酒に溺れてしまうけれど、故郷の空が汚されている今は‥‥。流石に溺れるほど浴びれないから。
散り逝く桜を眺めつつ、人と人の繋がりを連想させていた。
枝が伸び、花を増やす桜は‥‥命よりも、繋がりに例えたいと思いながら。そっと一口杯を傾けて。
草壁はそっとひとつのランタンをカノンへと差し出した。真剣な眼差しで。
「カノン君‥‥完全燃焼は出来た?」
そう問う彼の視線は、優しく。穏やかで。
差し出されたランタンに記された、言葉が胸に沁みて‥‥。こんなにも、静かに温かい人だったのだと感じていた。ふと気付けば、ラピスの横に居た草壁。初めから優しく、暖かかった医者である彼女を支えるように。そんな、人になりたいと‥‥少し憧れを抱かずには居れないと。柔らかに笑み返す、ラピスを見るとなお思わざる得なかった。
「貴方が許してくれるのであれば‥‥」
そんな言葉をロジーが告げる。因縁極まりない、この血すらも、あたしは愛しましょうと。
真剣に、そして何よりも大切に‥‥全身全霊をこめてカノンへと注ぐ。
ふわりと舞う彼女のドレスは、儚く散る桜のように、少しずつ心を溶かして。
柔らかに見つめる瞳が、すべてを包み込むかのように慈愛にあふれ‥‥カノンは、目の前にいる女性を、心のそこから、美しいと感じていた。
慈海が見たのは、黒赤色の薔薇の中で蹲るエスティだった。
表情は、遠くを見つめ‥‥手にした薔薇は粉々に引きちぎられ‥‥
――エスティちゃんの部屋だったのか
カノンの部屋だとばかり思っていたそこは、エスティが昔に利用していた場所らしく。
一面に敷き詰められた薔薇は、『憎むほど愛しすぎて』
それは、贈り主からのメッセージ。
そして‥‥二人を引き裂いた‥‥
「‥‥慈海‥‥」
視線に気付いて振り向いた彼女の顔は、既にいつもの厳しい顔で。
慈海は、輪に連れ帰るのを諦めていた。
カノンの寝室に、月明かりに照らされた黒い影が現れた。
かすかに揺れるカーテンが、侵入者の存在を教えた。
顔に掛かった横髪を払い、少し乱れた布団を正し。
彼を見つめる瞳は、柔らかく微笑んでいた。
再び揺れるカーテンが、来訪者が去ったのを告げた。
サイドテーブルに光る、一輪の薔薇。それは、ブルーローズ。
その一輪の下に、一枚のカードを忍ばせて。
染み込んだ紫煙の香りが、誰のものだったのかを物語っていた。
「待ちくたびれたぜ、エティリシア・ダンピール・トレア。‥‥次は何処だ?」
自らの複雑な心境をひた隠しに、アンドレアスはエスティの方へと歩み寄った。そんな様子に、驚きつつも、彼女はいつもの仮面をかぶり、冷めた表情で彼を見つめる。
「アンドレアス‥‥」
「‥‥お前のためなんかじゃない。カノンの、ためだ」
そういってにやりと笑うと、エスティはわずかながらに表情を崩した。そして、そっと月に照らされる気を見つめると‥‥小さな声で歌をつむぎ始める。
――
古い古い子守唄を。
そんな声を聞きながら、アンドレアスは静かに煙草を口にした。