●リプレイ本文
「なんでカノンさんがエレンさんのお母さんに呼ばれるんですか?」
その話を聞いたとき、柚井 ソラ(
ga0187)の中ではただひたすらゆらゆらと揺れる心の火があった。何故だろう、この取り残された消失感は。それだけがカノンのもとに来た理由だった。
そもそも、カノンはLHから一人で出ることを許されない者であるのが現状であった。現在カプロイア伯爵の保護下という事でLH内では身の安全は保障されている。しかし、一旦その外へと出るとなると‥‥正直安全性は保障されていないといった現状である。そんな彼と今まで行動を共にしてきていたアンドレアス・ラーセン(
ga6523)とロジー・ビィ(
ga1031)、大泰司 慈海(
ga0173)は良く知ったものである。国谷 真彼(
ga2331)やソラもまた別の場所で彼と会ったことがあり何となくではあるが知ってはいた。しかし、どちらかというと今回呼び出した相手の娘であるエレーナ・シュミッツとの関わりが深かったりもする。レールズ(
ga5293)にとっては、友人であるアスが気にかけている少年という事で、また夜十字・信人(
ga8235)にとっては人の恋路を観察に来ていた(しかも、いつも邪魔されてるような気がしていたというおまけつきではあったが)世間知らずな少年として付き合いがある。そして、なんとなーくといった具合で護衛として付き添うと決めた天城(
ga8808)は、彼らの話を聞いてこの少年の事態を把握に至った。
そもそも、何故このような手紙が彼の元に舞い込んだのか。それを調べないと話を進めることが出来ないとアスとロジーは主張していた。慈海も気にはかけていたが、彼らほどの危機感は無く‥‥どちらかというとカノンのこれからを考えていきたいと思って。
「あいつは‥‥カノンは狙われてるんだ」
だから、保護下に入れた。今回の手紙自体罠なのかもしれないと。
「どんな手紙だったのかな?」
国谷はにっこりとカノンにものを尋ねる。その仕草は、どちらかというと慈海と似た雰囲気で、すぐに心を許した。
「えっと‥‥」
話す内容を聞きつつ、一同は軽く頭を抱えたくなる衝動に駆られたのを忘れないだろう。
『世間知らず』
この一言で済まされるのであれば、これほど的を射た言葉は無いのではなかろうか。
「エレーナのお母様から? 一体何でしょう」
一通りカノンからの説明が聞いた後、ロジーは軽く不安を覚えた。どうしてだろう、胸が締め付けられるのだ。
「とりあえず、エレンのほうにも確認を取らないとな‥‥」
アスは、冷静な瞳のまま考えていた。そんな様子に、ロジーは不思議そうに見つめる。彼はいつも同じようにこの青年のことになると熱く考えていたはずなのに‥‥僅かに生じた温度差が、何故か気になって。
「そうですよね、イタリアで世話になった礼ってなんだか不思議ですし‥‥」
そんなアスの意見に、レールズは暫し考え込み、国谷のほうへと振り返った。
「すみませんが、そちらの方で伝手はあるのでしょうか」
その言葉に、にこりと笑いを返し、国谷は一つの案を繰り出す。
「ええ、先方の方に少し。そちらと僕は連絡を取ってみようかと考えていますよ」
そんな国谷の背中を見つめ、ソラはまたちくりと何かが痛んだ気がした。この、不安な感情はなんだろうかと、少し考えつつ。
「さて‥‥それでは僕はお先に治療に行きますか」
そう言って国谷は、全身を覆っている包帯を気遣いながら、器用に松葉杖を突きつつ荷物を持った。先日、能力者でなければ生きてはいなかっただろう程の傷を受けた国谷。向う先は、エレンの兄、フランツが医師を勤めるシュミッツ病院である。国谷には、一つの考えが有った。事前にと、ここシュミッツ病院へと入院する手続きをとるため、エレンの兄、フランツと連絡を取った際のことである。案の定、懸念をしていた通りエレンにも手紙を出した話が聞けている。
「‥‥一連の騒動は、恐らく‥‥」
心当たりは、彼女が戦争で夫や息子を亡くした後、女一人で病院を守り抜いてきたこと。そして、恐らくは戦火に身を置く娘を失いたくないことがこの度の騒動を起すきっかけになったのではないかと。
「まぁ、僕なりに動き回ってみましょうか」
まだ思うように動かない身体を無理やりに動かし、国谷は一人病院へと向った。
慈海は国谷からの情報をもとに、先方への連絡を取っていた。護衛として集まったものをチラッと見る。どう考えても、ちょっと目立つ。そんな自分達に少しだけ苦笑いを漏らしながら、交通手段の手はずを整えていた。
そして、
「ほわ‥‥エレンさんも行くのですか?」
エレンがこの会食に参加することを知ったソラは、再び複雑な思いに心がぐらぐらしていた。先に旅立った国谷が心配、だけど‥‥なぜエレンまでもがと。
「‥‥もしかして」
そっと胸に手を当てて考える。家族を交えての会食‥‥ふと思い浮かんだのは。
涙目を堪えて、そっと準備をしていた部屋を抜け出したソラは、窓辺で佇むカノンのもとへと向っていた。そんなソラに気づいたカノンは、ふわりとした笑顔を浮かべ、視線を合わせるように少し屈む。
「ソラさん、どうしたのですか?」
そんな、カノンの顔を真っ直ぐに見つめるも、歪んでくる。ソラは、そっと袖をつかんで、俯いたまま言葉を発していた。
「カノンさん‥‥お願いです。エレンさんを取らないで‥‥」
きっと、彼はこの言葉の意味はわからないであろうと思いながらも発せられずには得なかった言葉。特別な、ソラにとって特別な二人を、自分から取らないで欲しいという思い。それは、知らず知らずに出した、彼の我が侭な心だった。
◆
先方に断り、大人数で向うことの許可を得た一同は、ドイツに着いた後迎えの大型車に乗って移動をすることとなった。国谷の助言により、先方に日付をずらす提案をしたものの、向こうも都合があるとのことでそこは無理とのこと。そして、ソラは先に入院した国谷の元へと一足先に向っている。
広くゆったりと取られた大型車は、運転手を含め大人9人が乗車するには可能の広さをぎりぎりに保っていた。カノンは、そっと隣に座るアスを見つめる。普段であれば、心配性と思うくらいの彼が、なにやら別人のように落ち着いている。反対側のロジーも見る。彼女は、道中目が合うと微笑を返し、ハグって来る。それはいつもと変わらない行動であった。しかし、ふとした拍子に小さな溜息を漏らすことも気づいていた。そんな二人を、微笑みながら見るレールズが、彼にとっては印象的であった。
信人はいつもとはちょっと違い、少し体裁のいい服を着用していた。まぁ、護衛とはいえ対象が対象であること。そして、向かう先での内容を考えると、さすがに戦闘服でついていくことにためらいを感じて。
天城もまたふわりと微笑みつつ一同の様子を見ている。初めて顔を合わす人々の中で、さまざまな人間模様が見て取れる。特に、この道中で黒髪の少年と、金と銀の2人の様子は‥‥最初から見学目的できているレールズではなくても、愉快に映ったであろう。
そんな様子を、慈海は見守って。
「ようこそいらっしゃいました」
先に通されたのは、会食までにと用意された、客間であった。質素ではあるものの、上品で年代を感じさせる家具たちが、この屋敷の者たちが心許せるものであることを物語っていた。寛いでいてくれる様言われると、緊張の糸が切れたように溜息が聞かれる。カノンがほっとしたのを見ると、ロジーはにこりと笑った。
「カノン、私は外の様子を見てまいりますわ。アスと、慈海が居りますもの。何かあったら頼るんですのよ?」
そう今までの中一際長く抱きつくと、離れ家の外へと向かっていた。
「会食と言う事で一応正装で来たが‥‥。俺のようなのは場には合わんな。外にいよう」
その様子を見た信人も退席を告げる。ふわふわとしていた天城もまた、警戒に当たるといって外へと続いたのだった。そう、彼にはまだ気にかかることがあるのも事実。そのための、護衛なのだからと。
「それで、今回彼を呼んだ理由について聞きたいんだけど‥‥」
すっかりイタリアにてエレンに世話になったことがきっかけだと思っているカノンに代わり、慈海がレナーテへと問いただした。用意された席は、どうやらまだゲストが来る様子で2席は空いている。
ここにいるのは、レナーテと、息子の嫁のマリー、そしてカノンを囲んだ護衛で会食に参加する旨を伝えているものたち、アスと慈海、レールズの席だった。
レナーテは、さも不思議そうに慈海を見やるとこほんと咳払いをして微笑みを向ける。
「先の招待状に書かせていただきましたとおり、エレーナのお世話になった御礼ですことよ」
「いや、世話になったというのは寧ろカノンが当てはまるんだが」
いつもよりも冷静で、少し冷ややかな視線でアスが言葉にする。確かに、世話になったという表現を用いるのであれば、保護ということを考えても、カノンが対象となり、エレンがお礼を言われるほうである。だが、招待された理由が‥‥
「まぁ、年頃の男女が長い間どんな理由とあれ同じ屋根の下で過ごしたのです。まして、かの二人は大変仲がよろしいと聞いておりますもの。そして、カノンさんはカプロイア伯爵とも御交友のあるお方とお伺いしておりますもの。そういうお話でしたら‥‥」
にこやかに口元を被いながら話す内容はまさに想像していたとおりであった。そのことにしばし頭を抱える。
「いや‥‥申し訳ないが、二人の間にはそのような関係は存在していない」
やや疲れながら、しかし真剣にアスは告げる。その言葉に補足するように、慈海もレールズも続けた。
「ちょっと、お母さん? 何を考えてるのよ!」
そんな中、大きな扉の音がした、駆け込んできたのはエレンである。
横には、少し苦笑いをしているフランツと、その後ろにはソラが恐々と様子を見ている。
「なんですか、帰ってきて早々はしたない‥‥」
軽く目頭を押さえつつ、レナーテは娘の登場の仕方に愚痴をこぼすも、エレンもそれどころではないとばかりに詰め寄っていく。
「お母さん、カノン君に失礼な事をする前に訂正させていただくわよ? もう、油断も隙もないんだから。今回のことは、今さっき兄さんに聞いたわ」
レナーテは厳しい視線をフランツに送るも、まぁまぁといった具合に諭され、少し咳払いをして姿勢を正した。
「‥‥仕方ありませんわね。まずはあなたとお話しなくてはいけないようだわ、エレーナ」
そういうと、カノンたちを見て一礼を。
「お騒がせしてすみませんわ。お招きしたのにも関わらず、こちらの不手際となって‥‥」
「いいえ、どうぞお気になさらずに」
ふわりと笑い答えるカノンに、レナーテは優しく微笑み返し、席をたつことを告げた。
「あ‥‥なにやら立て込んでしまいましたし、どうぞ皆さんでお召し上がり下さい」
消えた者達を見送ると、マリーは外で護衛していたもの達にも声をかけてくるので、自由に食してくれと促された。
「‥‥どうやら、中止となりそうですね」
一連の様子を見つつ、レールズは苦笑を漏らす。入り口で、立っていたソラは、カノンたちの視線に気付くと慌てて傍にやってきた。
「国谷さんが、フランツさんにお話したんです」
その後、エレンにも招待状が行った事を知り、国谷は後で訪れたソラと共に、フランツにエレンにことの事態を説明してくれと頼んだという。
「‥‥まぁ、会食の意味が変わればいいんだ‥‥」
タバコを点けながら、アスは静かに呟く。その様子は、やはりいつもと違うように感じ、カノンは何故だか少し悲しかった。
「え? 真彼さんが病院に?」
フランツから国谷が病院に来たのでという話を聞き、エレンはどきりと胸を躍らせた。
また、怪我をしたのじゃないのだろうか。不安がよぎる。ほんの少しでもいいからと、逢って顔を見たいという気持ちが、抑えきれなかった。
「‥‥フフ、休暇のつもりだったのに、ね」
溜息を吐きつつ、しかし何処か嬉しそうにエレンはカバンを持ち出し、家を飛び出していった。その姿は、家のもの誰に見られるわけでもなく、見送る形になったのは、外で待機していた天城だけだった。
「あれ、エレーナさん?」
駆け出る彼女を見つつ、手にしたミルクを小さな器にあけて。傍に居た子猫が、その器を欲しそうに、小さく鳴いた。
エレンも消え、レナーテの誤解も解けた会食は、そこに残った人々の、暫しの会談の場と化した。
「いずれ雛鳥は誰の助けもなしに飛び立たなければなりません。今は親鳥の助けを借りて飛ぶ練習をする時期じゃないでしょうか?」
レールズはそういうと、カノンに対して微笑を向けた。
確かに、この少年はまだ雛鳥なのかもしれない。それは、世間を知らずという意味で。この会食は、ある意味彼にとっては一端を知るのに良いものだったのかもしれない。
「ま、色んな事情もあるもんだな」
アスにとっては結婚と言うものの認識が異なっていた。それもまた一つの価値観。カノンにとって、どんな些細なことでも新しいことに触れるというのは彼の成長へと繋がると思っている。彼の世界はあまりにも狭いから‥‥
一人、風に当たるといって外に出たカノンを外で見回りという散歩をしていた信人は見つけ、近付いた。少年の目は、いつにも増して、遠くを見ている。
「カノン君」
そう話しかけた信人にカノンはおぼろげな表情で見つめる。
そんな彼の顔を見つめ、少し微笑を浮かべて語りだした。
「俺は、君の相談役を名乗れるほど、学も経験もないが‥‥」
視線をずらし、遠くに沈む夕焼けを見つめて‥‥カノンもまたそれに釣られて‥‥
「俺なりにこの一年、この泥沼の世界の裏側を見て、くじけそうになったが」
そっと肩に手を置いて、そっと息を深く吐いた。
「恋人って居るだけで、結構自分を見失わないもんだな」
そっと視線を廻らした先には、入り口で佇むロジーが、一人心配そうにこちらを見つめていた。
◆
一同が帰りついた後、レナーテはフランツと二人珍しくティータイムの一時を送っていた。小さく鳴り響く食器の音意外は、何も音がしない。
その息苦しさに、フランツが溜息を吐こうとした時、レナーテの口が開いた。
「あの子とカノンさんの気持ちはよくわかりました」
厳かに発せられた言葉に、フランツは強張らせたままだった顔を緩める。
「そ、そうれですか。よかっ‥‥」
「でも。2人ともまだ特に心に決めたお相手はいないのでしょう?」
「え、た、多分」
続けられたのは、いつものエレンとそっくりの茶目っ気たっぷりの笑顔。
「ならば、もう一度最初から話を進めるのは悪く無いわね。カノン君、いい子ですもの」
しかし、フランツにとっては、頭を抱える問題が続く事を示唆しているに過ぎなかったのだった。