●リプレイ本文
「ととさん、最近ちょっと太ったよね」
にっこりと見上げたあの顔が、脳裏に浮かぶ。
――いかん、いかん‥‥流石にここ最近体調を気にしていなかったな。
そんな事を考えつつ体脂肪計に乗っかった桂木穣治(
gb5595)は軽く溜息を吐いた。
――そういえば‥‥
ふと、周太郎(
gb5584)が言っていた言葉を思い出した桂木は、本部へと足を急がせたのだった。
◆
「ふむ‥‥ここが新しい‥‥」
様々なことを経験とするUNKNOWN(
ga4276)は断食道場の中に通されていた。
今回は、参加者ではなく主催者に招待された、そう言っているのだが‥‥正直この男、怪しい。
「まぁ、傭兵相手のプログラムなら‥‥」
軽く顎に手を添えて見て、スケジュール表を見比べていた。
「そうだな‥‥今回のはデトックスも考えて、だな」
水分補給をまめにする様にと書き加えつつ、激マズ野菜ジュースのカロリーも定められ‥‥。
「激しい運動は体脂肪よりもグリコーゲンを先に消費してしまうから、な。これを防ぐ為には、ゆっくりとした有酸素運動を時間を掛けてやろう」
にっこりと笑わない目で微笑み返し、道場側への提案。
まぁ、今回出来たばかりのため、さらに能力者相手となると普段用意しているものと勝手が違うということもあり、かなりありがたがられているようなのではあるが‥‥。
そのUNKNOWNが提案したスケジュール表に自由時間があまり無いのは、気のせいなのであろうかと。
同じく主催側の手伝いを買って出た鳳覚羅(
gb3095)は、こっそり溜息を吐いていた。
◆
参加者は、高速艇を降りてからツアーと称して団体バスで到着をした。
しかし、ノーラ側では一切バスなど用意していないのだが‥‥一体、運転手は誰なのであろうか。顔を覗こうにも、帽子を深く被り、表情が見て取れなかった。
「旦那の為にも女を磨くために〜っと」
「やはり、彼の前ではいつでも最高の存在で居たいじゃありませんか。
だから、多少の事は大丈夫ですわ」
そう参加者キョーコ・クルック(
ga4770)とクラリッサ・メディスン(
ga0853)は語る。
断食といってもそうそう長い期間でもない。まして、今回はプチと付いているくらいだ。
日頃の身体機能をリセットするために行う、軽いものである。
どうしても仕事の関係上ずれがちな生活リズムを、改めるために行われることがこの頃多くなっているのだ。
けして減量目的ではない事をここに。
「まぁ、断食するほどでもないんだけど」
そう言って門をくぐった周太郎はこっそり溜息を吐いた。
ここしばらく、いや、元々食が細いのもあるだろう。
寝るのも中々睡魔が来ないという彼は、生活習慣の改善を目的にここに足を運んだのである。少しは改善されることを期待して、なのだ。
一人、様子が違うものも居た。アンナ・グリム(
gb6136)である。
実は彼女、参加は表明しているものの、断食自体はする気がないのはある意味お約束なのかもしれない。
その後ろからは団体様よろしくで、全部で14名が降り立っていた。
「皆さん揃ってますね‥‥我が最後か‥‥な?」
最後に入ってきたのはゲオルグ(
gb4165)。何故か彼は、慌てて着替えたように、少し裾が出ており、そして呼吸が乱れていたが、気にすることは無いだろう。
<1日目>
座禅に慣れない者にとって、この時間ほど辛いものはなかったのかもしれなかった。
「あ‥‥足が‥‥キメラとの戦闘より強敵かもしれない‥‥」
そういって痛む足を擦るキョーコに対し、涼んだ顔で挑んでいるのは百地・悠季(
ga8270)であった。
後ろから監視者と称して鳳が目を見張っている。
崩れた者、そして何処か遠くに思考が行ってる者には容赦なく制裁が降っていく。
桂木はついついガクッと崩れ落ちそうになるものの、隣に位置する周太郎のおかげによってか少しその対象を免れていた。
しかし‥‥。
スパンッ!
いい音が響く。
片方の松葉杖で身体を支えつつ、微笑みながら下したその先には‥‥。
煩悩で生きているといって過言でない紅月・焔(
gb1386)が、がくっと床に突っ伏していた。断食の前に、座禅ですでに挫折した紅月‥‥一体どうなるのやら。
「わ、わが煩悩、断ち切らんと‥‥」
既に、目的は達成できそうにないようであった。
初めの自由時間。早速と思っていたところににこやかに現れる鳳。
すると、カツカツと音を立てて、木の棒を鳴らす。
「断食についての説明をするので慣れないかと思いますが精神修行をかねて正座で聞いてくださいね」
女性かもしれないほどの綺麗な顔が、何故か黒く見えた。さすが混沌さん。二重人格。
虐めれる獲物を見たときは、容赦が無いようである。そして、最初の時間はどうやら解放されることなく立てられたスケジュールの詳細、及びに諸注意についての説明が始まった。その様子をこっそり壁際で見守るUNKNOWNは、流石に道場、禁煙場ということもあり少々辛そうである。
鳳の視線の先にはノーラが捕らえられていた。今回の企画、はっきり言って彼女を弄り倒そうと考えたものがどれだけ居るのだろうか。それは、ほぼ全員であることは悲しい事実である。
「断食とはまず肉体と精神双方に効用があります‥‥日頃、酷使していた肉体に休養を与え活力を取り戻し本能的欲望である『食欲』を絶つわけで、困苦に打ち勝つ意志を鍛錬することができるわけです。わかったかな?」
にこやかな説明がこの言葉で締めくくられていた。
正座。痺れ‥‥。
かくも、最初の自由時間をフルに使った説明後、スムーズに動けたものは少なく‥‥。
その結果を鳳は至極満足そうに眺めていた。
一日の疲れを癒そうと、入浴の時間が待ちわびていた。
まだ初日、これからが本番である。軽く流した汗に、心地よい風を感じつつ‥‥ヴァン・ソード(
gb2542)は屋根の上に上がっていた。
まだ始まったばかり。だけど‥‥。
ゴロゴロしている姿は、まるでいつものような感じで。違和感を感じさせないものであった。
長めの湯に浸かりながら、雪待月(
gb5235)とノーラは暫し親交を深めていた。のほほんとしている彼女に、暫し共感を覚えつつ、かわいいと思いながら。その時折に聞かれる話に、何故か照れつつ言葉を濁すノーラを嬉しそうに見る彼女が新鮮で。クラリッサはにこやかに見守りながら自らの肌の手入れを怠らなかった。
「旦那喜んでくれるかな? ‥‥うふふふ‥‥」
暫しご機嫌に肌の手入れをするキョーコもまた、楽しんでいるようであった。
「‥‥だめだ‥‥ちゃんとした寝床があるときは旦那がいないと寝付けない‥‥」
うがっと撥ね起き、キョーコは周りを見渡す。
静かな部屋。聞こえるのは一緒に参加しているものの寝息だけ。雪待月など、寝床に入るなり物の5秒で寝息を立て始めたほどである。
「みんな良く寝てるな〜うらやましい限り。あした抱き枕でも買ってくれば寝れるかな?」
心地よい布団の感触が、より一層恋しい人を思い出して、少し寂しくなって。
まだ帳が下りて間もない時間である。フラフラと誘われるように部屋を出たキョーコは向かいの部屋から、健やかな寝息を聞き取り、にやりと笑みを零した。
「あ、ノーラの寝顔を写真に撮れば天が喜ぶかな?」
その笑みは大変不気味であり、明らかに何かを企んでいる、それを感じさせずにはいなかった。
<2日目>
昨晩から飲み始めた激マズジュースも朝で2回目。
「普段しっかり食べる方だからちょっと寂しいかな」
そんな声も聞こえてくる。
「‥‥まずいな‥‥だが、喉越しは良い」
ふむりと頷くのはゲオルグ。どうやら彼はお気に召したようである。
「‥‥‥」
この手のものはまずいのが当然ですとばかりに、無言で飲み干すソフィリア・エクセル(
gb4220)。初日はかなりの余裕で過ごしていた様子であるが、一夜明けるとそれは様子を変え‥‥。
「姪様?」
そんな呼び声に、無言できらっと笑顔を返すものの、10秒しか持たずにまた憂鬱な表情へと変わっていた。
◆
日の当たる中庭のベンチで、ヴァンは天(
ga9852)と並んでボーっと座っていた。
自由時間だ、何をするのも構わないのだが‥‥いい男二人して、一体何をやってるのやら。正直ワカラン。
「なぁ‥‥」
ちょっとベンチに手をかけつつ、前のめりで今にも崩れそうな姿勢のまま、ヴァンは天を仰ぎ見た。
「何だ?」
そういう天は何処か遠くを見ているらしくあまりヴァンの存在を気に留めていないようで‥‥。
「ちょっとくらいさぁ、何か食っても良いよな?」
そんな友人を少し悲しそうに見つつ、ぼやいてみる。
「駄目だ」
それにはそっけなく、一体何を目的にきているのかと。
「ほら、気分的にはもう一ヶ月くらい断食してる感じだしさ」
姿勢を正し、天の前に乗り出しながらヴァンはキラキラと訴えるのだが、
「駄目だ」
取り合ってくれる様子も無く‥‥。
「ほr」
「駄目だ」
冷ややかな視線だけを投げかけ、ボソッと断絶。
ガクッと項垂れた頭に、手を置いてやる事も無く時間は流れていったのだった。
「ベルシューの中身って飲み物でしょうか‥‥?」
皆をニヨニヨしようと密かに暗躍していたベル(
ga0924)を捕まえ、ゲオルグは隅へと移動した。少し血走った目で見つめて。何しろ、既に断食開始から2日目。おなかが、極端に減ってくる時期である。そんな中、目の前でうろつかれるのだ、たまったものではない。
ごくりと喉を鳴らすゲオルグに、ベルシューは小さな悲鳴を上げる。
そんなベルシューを見て満足したのか、何もせず放して、何食わぬ顔ではなれていった。
「食べ過ぎっていつも思ってましたので‥‥」
甘いものはついつい別腹になってしまいますものねと微笑む美環 玲(
gb5471)の言葉に、参加した女性陣は無言で頷き返す。年齢的に、身体の成長をまだ望めるものならいざ知らず‥‥ある一定のラインを超えるときにかかるところが違いますものねと返しながら。
そんな女性陣の言葉に耳を傾けつつ、桂木は隠し持ってきた酒を堪能しようと席を外そうとしていた。
「穣治さん‥‥」
そんな様子に周太郎は言葉を濁すように見つめる。
溜息をつきつつ、未成年の前では控えてくださいねと釘をさすことは忘れなかった。
<3日目>
「‥‥ノーラ嬢‥‥萌え〜」
そんな声で目覚めが始まった断食3日目。既にどこにいっちゃっているのだか、紅月は煩悩を断とうとするのを諦めたようである。彷徨う視線はどこにやら‥‥他のものがベルシューの幻覚で悩んでいる間、彼一人はノーラを見ていたりした。
その視線を断とうと、さり気無く視界から隠す者が居る中、彼にそんなのが効かなかったのはさすがとしか言えないであろう。
「!!」
アンナは目の前で給仕に勤しんでいるメイドを見て、軽くあげそうになった声を慌てて飲み込んだ。
「アンナ‥‥ばらさないでね」
しおらしく、もじもじと告げられるその言葉に、冷や汗を掻きながらも必死に頷き返す。そんな様子に、そのメイドは安心しつつ、仕事に戻っていく。
「‥‥何やってるのかしら‥‥」
残されたアンナは、暫し呆然とその立ち行く後姿を眺めていたのだった。
思わずベルシューを見かけた周太郎は、そっと後ろから羽交い絞めしていた。
「Σ!?」
驚愕の表情‥‥いや、表情ははっきり言ってないか。そんな気持ちのはずのベルシューは、少しだけ潤んだ瞳で周太郎を見つめる。
そんな事はお構い無しに、周太郎はそっとポケットからストローを取り出すと、ぶすりと‥‥。
「ぎゃぁぁぁぁぁ」
切り裂くように上げられた悲鳴を、無言で見つめる周太郎。
別に飲むわけでもなく、齧り食べることもなく。
じーっとその姿を堪能すると、もう飽きたかのようにその場において立ち去って行った。
「‥‥食べてくれないのか‥‥」
そんなベルシューの言葉も届かずに。
「苺のショート、洋ナシのタルト、ザッハトルテ‥‥」
とうとう限界が近付いてきたのか、座禅の最中にソフィリアは呟いていた。隣に居たノーラと雪待月には、この誘惑を乗り切ろうと耳を塞ぎたいものの、それは座禅の最中。姿勢を崩したら容赦なく鳳の黒い笑みと共に降り立つものがあるのは最初の日にわかっている。苦痛な面持ちのまま、耐えるしかなく、そんな呟きを出すソフィリアをそっと横目で睨んでいた。
◆
「ううっ! もう、イヤ!!」
度重なるベルシューの幻惑や、ソフィリアのケーキ名の誘惑にノーラはとうとう苛立ちを隠せないでいた。
3日なら、3日なら我慢できると思っていたのに。
あの、シュークリームの誘惑さえなければ乗り切れたのに‥‥
「‥‥大丈夫、か?」
ずっと見守っていた天は、思わず声をかけていた。
それに対し、うるうると訴えるように見つめる彼女を見て、思わず出る苦笑。
「気分転換、な?」
丁度自由時間だから。そう言ってそっと外へと繰り出して。
◆
門をくぐり、はにゃっとした感じで現れた矢神小雪(
gb3650)は、お話がありますと、座禅の前に暫し時間を貰っていた。
「えっと‥‥最終日に【子狐屋】でパーティーの準備をしておりますので、ぜひともご来店下さい」
そう言って、ぺこりと頭を下げていく。
緊張したのだろうか、暫し狐の耳と尻尾を出しつつ、あたふたとそれでは〜と道場を去っていった。
◆
「‥‥」
出た先で動かなくなったノーラが見つめるのは、可愛いケーキのお店。
ダメだよっていっても、中々動こうとしないのはここ2日間の断食結果でもあるのかもしれない。
そんな動かない彼女をついつい微笑ましく思いつつ。
「‥‥見つからないように、しなきゃな」
そういうと、嬉しそうに顔を輝かせて。
「だったら‥‥」
悪戯気に提案された場所に、少しだけ心を躍らせて。
◆
「‥‥冬花の料理が恋しい‥‥」
ヴァンは屋根の上にゴロゴロと寝転びながら呟いていた。
空を見上げる。
キラキラと光る星が、遠くに居る彼女をなお思い出して。
そっと、顔の上に腕が乗っていた。
こっそりと帰ってきたアンナは、少し皆に悪い気もしつつ。外での食事に満足していた。別に断食参加者じゃないからいいのよと、自分いい聞かせ。監視役の鳳にはきちんとわけを話していたので、特にお咎めはなかったものの、やはり他の参加者に見つかるのは不味いと裏道を教えてもらっていた。
「ふぅ‥‥」
自由時間の読書を堪能しつつ、他に読書を楽しんでいるクラリッサに目をやると、悠然とした微笑を返された。
自由時間の間に買い求めたしゅてるんのぬいぐるみを抱きしめ、キョーコは満足気に眠りへと落ちることが出来たのは2日目からだった。何が良いのか、その抱き心地であるのは間違いなさそうで。
「だんな〜むにゃむにゃ‥‥」
夢見る相手は、そんな彼女の愛しき相手と決まっていながら。
◆
「ノーラ‥‥」
そっと差し出される手に、微笑んで見つめ返す。
切っ掛けは、一つのぬいぐるみ。意外なほど、単純で。
いつから見つめていたのだろうか、そんな事すら気付かずに。
繰り返されたのは、すれ違いと優しさ。繋いだのは、他の人たちの優しさで。
天の手が頬に触れると、そっと瞳を閉じていた。
<4日目>
「‥‥えっ。居ない?」
朝、点呼をかけた鳳は参加者が欠けている事に気付いた。
居ない人を思い出し、少しだけ笑みを見せながら。
「――」
じっと姿勢を正しながら、悠季は心の整理をつけていた。
ここに参加した当初の目的は、自らのスタートラインを見つめなおすため。
エミタを移植する切っ掛けになった自分の境地を、再びと。
「よしっ」
瞳を開いた時、入ってきた光がとても清々しくて。
また、新たな一歩を踏み出せることを意識していた。
◆
香り立つ紅茶を入れる後姿をそっと抱きしめる。
時間的に、もう遅いだろうなと囁きながら。
ちょっとした寄り道のはずが、そんな事思いつつ一緒に居れる喜びのほうが嬉しくて。
後で怒られるね、そんな言葉を交わしていた。
◆
「みなさ〜ん、お疲れ様です〜」
そんな可愛い声に導かれて、行った先はささやかなる断食終了祝いの席で。
黒いスーツに白いエプロンを携えた矢神志紀(
gb3649)とウェイター姿の矢神小雪の行うオープンカフェ【子狐屋】である。数々の品揃えに、暫し食事というものから離れていた者達をたっぷり刺激しながら。
「‥‥量は、多くしておくか」
注文される品目を聞き取る事、志紀は苦笑しつつボリュームを増やす決意をする。出来上がった片っ端から、小雪へと渡し、みなのもとに運ばせながら。
そんなパーティー会場で、一番望んでいたはずのノーラの姿が無いことにゲオルグは少し戸惑っていた。
スイーツを中心に連れまわそうと思っていたのにと。
「せっかくいいケーキ屋さんを教えてあげようと思ってたのに‥‥」
そんな言葉を呟きながら。
「ケーキ、全制覇ですわっ!」
ぐっと拳に力を入れつつ、ソフィリアは最初はチーズケーキを頬張り始める。それは、とてもゆっくりと。これを終えたら、何を食べようかしらとメニューを見つつ。今日のケーキを美味しく食べるために参加した彼女は、この瞬間が一番の待ちに待った時間だったのだった。
「まぁ、そしたらこれ必要なかったのかねぇ」
そっとカメラを見つめるキョーコは苦笑を漏らす。
1日目に撮った1枚の写真。それはきっと、既に必要なさそうで。
羽目を外す面々を見つつ、鳳はこっそりポケットにしまっていたメモを取り出す。
そこに書かれていたのは、最初の日に告げた注意事項である。それには‥‥
【注:断食期間で一番大事な事 食事の量は、決して一気に増やさずに、ゆっくりと時間をかけて少しづつ回復する事】
「まっ、いっか‥‥」
軽く溜息を吐きつつそんな言葉を漏らしながら。
何にせよ、目の前に居る人物達は、暫しの期間断っていた世界から帰ってきたのを喜ぶかのように、目をキラキラと輝かせていたのだから。
そんな様子が眩しく映って、何も告げずに用意しておいた数々のスイーツを大量に振舞おうと、怪我をした身体で持ち運んでいた。
「暫しご堪能あれ!」
食べ物だけでは、楽しみが少ないでしょ? そう言って始まったのは美環 響(
gb2863)で、自慢の奇術を披露する。助手にはそっくりな玲を携えて。
いつもよりその手腕が切れがいいのは、きっと断食の効果なのですよと微笑みつつ。
誰かが、あまりにもそっくりですねと呟いた声に、
「秘密です」
と、二人微笑みつつ答えながら。
何故か一人寂しく食べ物を貪り食うヴァン。隣には居たはずの相方の姿が見えず‥‥朝も寂しく起きた。帰ったら、いっぱい料理を作ってもらおう。
そんな事を胸に秘めつつ、子狐屋の溢れんばかりの料理を堪能しながら。
そんな様子も気にとめることなく、周太郎は物凄い勢いで注文を繰り返していた。最後に飲み物は烏龍茶でということも忘れない彼は、可哀相な事に元々太れない体質で。
女性にとっては、殴りたくなるような体質であるのかもしれない。
物陰に一つの物体があった。いや、人だ。紅月だ。
まるで燃えカスのように放心状態の彼は、何に対して燃え尽きたのだろうか。
食事よりも、煩悩を断とうと決意してきた彼だったが‥‥目的を達成することなく煩悩が溢れるまま燃え尽きた、そういえるのかもしれない。
そして、それはもしかしたら‥‥横で黒い笑顔を浮かべているソフィリアの手元にあるケーキが原因かもしれなかったのだが、それを知るのは魂の抜けた燃えカスのような彼のみである。
「ん? これはなんなんだ?」
羊羹をツマミに酒を楽しんでいた桂木はメニューに書かれている『サルミアッキ』に興味を示した。まさかぶっ倒れるほど不味くはないだろうと注文を出すと、小雪はとても良い笑顔で注文を繰り返す。
持ってきたのは、一つの飴で‥‥。
その後、彼がどうなったのかは‥‥誰も、知らない。
「心なしか身体が軽くなった気がしますわね。また機会を見て参加するのもよいかもしれませんわ」
クラリッサは紅茶を優雅に飲みつつ微笑んでいた。
そんな姿を見つつ、溜息を吐いていたソフィリアはしっかりとベルに目撃されていたのだが‥‥誰も知らない話である。
◆
後日載った雑誌には、クラリッサとキョーコ、鳳などがメインに報告したことが書かれていた。もちろん、ノーラが役に立たないことなど最初からわかっていた話で‥‥。
それを補うように提出されていた天のレポートに、ナターシャは暫し笑みを零していた。