●リプレイ本文
「カノンのお手伝い! こんなに嬉しいことは在りませんわv」
キラキラと目を輝かせて、ロジー・ビィ(
ga1031)はカノンへと挨拶のハグをする。
「わわっ。あ、危ないですよ?」
少し困り気味で、でも嬉しそうにカノンはロジーを受け止めた。
「カノン‥‥久しぶり‥‥」
そんなカノンを見ながら、シェスチ(
ga7729)もまた嬉しそうに微笑む。
再開の挨拶にと考えていたものは、流石にロジーの抱きつきによって断念したものの、後でこっそりやろうかと思っていたりもする。顔には出さずに、静かに微笑みながら。
◇
「うん、久々に建物を眺めるかもねぇ‥‥」
大泰司 慈海(
ga0173)は、そういうと目の前に聳え立つ屋敷の壁にそっと手を当てた。
レンガで出来た外壁は、長い年月と共に味のある色合いを作り、そしてしっとりとした質感を掌を通して語ってくれる。
そんな、建物が語る歴史に、そっと耳を傾け。自分が、かつて愛してきた建物たちへと思いを馳せていた。それも、無意識に。
傭兵になってずいぶんたったが、過去の記憶が無い代わりに何かが自分の中で語っている事も事実で。それは、遠い昔に置き忘れてきた、自分の愛した物の欠片であるような、そんな風に感じていた。
「曰く有り気に言ってたから、もしかしたらと思ってたんだけどねぇ‥‥」
ここに来る前に立ち寄った図書館のことを思い出す。
まだ、この屋敷に人が住んでいた時期の資料から紐解いて、この屋敷の謂れなどを調べたのは、ちょうどここに来る2日前だった。
シェスチやイリーナ・アベリツェフ(
gb5842)と共に、慈海もまた一頻り資料を漁っているのだ。
まだ、住民が居た時代へと遡り、当時の新聞などを中心に洋館が関わった事件が無いかを調べていく。
そんななか、イリーナはふと眼に止まった本を取り出し、一人悶えていた。
それは、愛くるしいほどの魅力に詰まった一冊の写真集で。かわいい犬や猫達が、イリーナに写真の向こう側から訴えてくるのだ。
「が、我慢です」
そう自分に言い聞かせて、一生懸命に棚へと戻す。
◇
「さ、カノン‥‥あの方にも尋ねてみましょう?」
ロジーはそっとカノンの腕を取ると、一緒に行きましょうと促す。
そんな様子を後ろからアズメリア・カンス(
ga8233)と佐伽羅 黎紀(
ga8601)、ハンナ・ルーベンス(
ga5138)が眺めていたが、それぞれ思うところへと調査に向っていった。
「誰か、ご存じなくて?」
カフェで雑談をしている女性たちを見つけると、カノンの手を引きロジーは尋ねていた。ふんわりと笑う印象に、相手の警戒心は薄れる。また、連れ立ったカノンを見て、更に薄くなると言っても過言ではなかった。
「あの館? あぁ、ワイマールさんのお化け屋敷の事?」
「あの丘のって言ったら、それくらいしかないんじゃん」
「でもさぁ。あそこ以外にも‥‥」
「えっと、ワイマールさんというのは‥‥」
彼女達の声をさえぎり、カノンは申し訳なさそうに声を発する。
そんな様子に、くすりと微笑みながら一人が説明をくれた。
「ワイマールさんはね、10年前に丘の屋敷に住んだ最後の人の名前よ」
「そうそう、それでね。大変悲しい事件があったんだよね」
「だから、あの家は曰く付きって言われてるんだ‥‥」
しだいにその噂話に耳を傾けるように、二人は席に腰を下ろしていた。
「これぐらいですかねぇ」
佐伽羅はこの街の市役所へと赴き、土地について調べていた。
各自の調べたことは、定期的に無線機を通じて情報交換をしていた。
そして、今手元に取り寄せた資料と噂話、図書館での記事を元に、様々な仮説をはじき出す。
ウチの病院じゃ有るまいし、と。少し苦笑いしつつ曰く付きのレベルを確かめようと。
先ほど、ハンナが教会へと赴いていた。
よほどの自体であれば、この地方の教会の情報が一番面白いのかも知れない。
◇
建物自体はどうやら百年近く経っているようで、長年色々なものが移り住んでいた。
ここ20年ばかしはどうやら居住年数がどれも短く、最後の住人の名前はワイマールとなっていた。それは、ちょうど10年前。その後、誰一人としてこの屋敷に名を残したものは居ない。
その他に細々したことを情報として仕入れつつ、その情報を元に屋敷を直接査定することとした。
外装から入り、梯子を使って屋根の上まできちんと調べて。
下の基礎を確かめつつ、外壁の状態も。
ポイントごとに目を配りつつ、一人ひとりがそれぞれの着眼点を基に評価をしていっていた。
「何もございませんが」
そう言って迎えてくれたのは、この家の管理をしているという一人の老人で。どうやら、主が居なくなった屋敷が、いつ誰が来てもいいようにと手入れを怠らなかったらしい。
そのためであろうか、人がいない時期が続いているにもかかわらず、大きな損傷は見受けられなかった。
階段の歪みや、天井の染み、調度品の状態を隈なくチェックしつつ、ロジーはイリーナとカノンと共に家の状態を調べていた。大きな肖像画が階段を登ったところに掲げられてるのを見て、イリーナが止まると、そっとカノンも同じように眺める。
ふと視線が合わさると、ふわりと微笑み返されていた。
ロジーは、時折窓から外の様子を見つめていた。
彼女は注意深く近くの木々を見ると、小さく安堵の溜息を吐く。心配の種は、どうやら今回も訪れる気配はなさそうであった。
カメラで全体を写しているのはアズメリア。
「集めれるだけの情報は、ここで集めておきましょうかね」
担当の1階を中心に小さな傷も見逃さず、写真へと証拠を押さえながら。
同じく1階を担当しているシェスチは、時折壁をコンコンと叩いたり、床を叩いたりしていた。
――‥‥カノンと一緒の時って‥‥よく‥‥隠し部屋があるんだよね‥‥
そんな事を考えながら。
「‥‥えっと‥‥ビンゴ?」
そういったのは、台所のあたりで。
無線で連絡をしつつ、佐伽羅とイーリス・立花(
gb6709)が来るのを待って一緒に調べることとなった。
「まぁ、動物が住み着いてることもありますから〜、人の可能性もありますけどね〜」
そんな事を言いつつ、手際よく中に入り込むと。
「‥‥ここ‥‥天国かも‥‥」
嬉しそうに内部を眺めるシェスチの目に映ったのは、数々のワインたち。かなり長いこと忘れられていたらしく、かなり厚い埃が溜まってた。
そっと一本の瓶を手に取り、埃を拭う。
そこに記されていたのは、ちょうど、この屋敷が立ったとされている年の年号だった。
3階を中心に回っている慈海は図書館で借りてきた本を参考に、どのような部分が査定をする上で重要なのか、注意深く観察していた。記憶からなのか、本からなのか。手際よく、そして正確に見つけていく着目ポイント。一緒に伴うハンナは、十字架を握り締めつつ、先に寄った教会での司祭の言葉を思い出していた。
『かの屋敷は、悲しきものが眠る。どうか、安らぎを‥‥』
安らぎ。それは何なのだろうか。
ハンナはゆっくりと顔を上げると、暫し目を閉じ、感覚を広げる。
ゆっくりと深呼吸をすると、目を開いた。
「ここには、居られないようですわ」
◇
「それでは、ここでよろしいですか?」
まさか泊りがけで査定すると思って居なかった管理人は、突然の申し出に考えた末、一つの部屋を皆に用意した。
ここしか、使えそうなところが無いのでと。
用意されたのは一階の奥まったところにある客間の一室だった。
「このまま、夜を迎えましょう」
ハンナの言葉に、皆こくりと頷く。
『出る』
その噂の信憑性を確かめるため。
そして、それがこの家の査定に一番大きく関わっているのも確かで。
夜にしか起こらない現象。
それが噂が立った元なのだから、それを調べなければ始まらないと。
「う‥‥ら‥‥めし‥‥や〜?」
そっとカノンの後ろに立ったシェスチは、耳元で囁いてみた。
びくりと振るえ、そっと困った顔で後ろを振り向くカノンの訴える瞳がかわいく、思わず微笑んでしまう。
イーリスが入れてくれる珈琲を飲みながら、暫し時が経過する間に昼間の調査を纏めあっていた。
そんな、和やかな空気を保ちつつ、一同は深夜になるのを待って。
深夜を回ると、それぞれがまた昼間に調べた場所へと足を運ぶ。
それぞれが、何が起こるのだろうかと不安を抱きながら。
噂は、肝心なところが皆抜け落ちていて。
深夜に起きる。ボアっと何かが居る。
どこで、どんな感じで。その部分が足りなかった。
「‥‥本当にいませんよね?」
佐伽羅と共に屋根裏部屋を見ていたイーリスは、恐る恐る呟く。
キメラだったなら、自分の力が役に立つかもしれない。だが‥‥。
「専門家も居ますし、何とかなるでしょ〜」
のんびりと返してくる佐伽羅に、出てきたら私はお経でも唱えるしか、だけどこの国では通じるのかなぁなどとブツブツ呟いていた。
3階の、奥まったところで、ハンナは一度立ち止まった。
そんな様子に気付き、慈海も警戒を強める。
なにやら、足元が涼しげに、空気が流れている様に感じて。
「‥‥」
目を閉じているハンナを見つめ、そっと慈海は武器に手を忍ばせていた。
「‥‥居ます‥‥」
首にぶら下げしロザリオを握り締め、ハンナはそっと神への祈りを切った。
ぶら下げていたカバンから、一本の小瓶を取り出し、慈海に目で会話をして。
慈海はその様子を感知し、無線機を小さく叩く。それを3回繰り返した。
その音は、他の階を調べていた者達に届き、異変が起きたことを皆、感じ取った。
「ずっと‥‥一人で待っていたのですね‥‥」
一点を見つめ、語りかけるハンナを、あたりを警戒しつつ見つめる慈海。その様子を、静かに、しかし急いで駆けつけてきた皆が不思議と見やる。
佐伽羅はハンナが何かに話しかけていることを、見ることが出来たようであるが、他のものには見ることが出来ないようであった。
すっと祈りを切ったハンナが小瓶を振り掛ける。
そして、更なる祈りを捧げると、あたりに纏っていた少し重い空気と冷気が、温かなものへと変わるのを感じた。
「さようなら、幼き彷徨い人よ。マリア様のお示しになられた道を‥‥」
祈りを切りながら、ハンナは呟く。
そして、後ろを振り返ったときはいつもの笑顔で。
「これで、噂の根源は消えたようですわ」
何が起きたかわからない一同に、事の終わりを告げたのであった。
◇
査定結果による交渉が始まった。
カプロイア伯爵の最初の言葉より、交渉にあたるのはその執事セバスチャンであった。
そして、カノンも同じ席へとつく。
皆が口をそろえて言うには、社会勉強になりますからと。
人との交渉現場というものは多くのことを学ぶ機会として色々と今後の役に立つだろう。また、自分が査定に参加していることも有り、話は比較的わかりやすくなっていた。
「ありがとうございます、良い経験に、僕もなったと思います」
その場から戻ったカノンの一言は、現場に立ち会った者達も目的が達成された事が通じるものだった。ふわりと微笑む青年の顔も、何かしら達成感を得たようで。
「まぁ、妥当な価格だと思いますよ。もう少し頑張れたとは思いますが」
後ろから現れたセバスチャンは査定の結果がまだまだ甘いと言いたげに一堂を見回すと、先に行っておりますからと、カノンに告げ去っていった。
これから、業者との取引、そして移築場所の相談に入るのだろう。
カプロイア伯爵が勝手に決めた買い物とはいえ、そのままにするわけにはいかないのだ。
「でも、無人島で役目を終えた後は、どうなさるんでしょうね」
先程までいた屋敷を眺めつつ、カノンはポツリと呟いた。
伯爵の事だ、そこまで考えてはいまい。
◇
「それじゃ、少し休んでから行きませんか?」
セバスチャンが去った後、暫しこのまま町で遊んでいかないかとイーリスが告げると、他の者たちの賛同はすぐに得ることが出来た。
折角戦闘も関係なしに来たのだ。それに無事に予定は終えたのだ。誰も文句は言うまい。
どこへ行こうかと相談している中で、徐々に周りから人が居なくなっていることに、ロジーとカノンは気付かずに居た。そう企んだのはイーリスと佐伽羅なのだが。
「ふふっ。可愛らしいくらいの初心なカノンさん。そしてロジーさんのプチデート! 念願叶ったりですねぇ〜」
「やはり、ここはこういう眼福もあっていいものですよね」
そんな事を呟く彼女達に、シェスチは苦笑しつつおろおろとカノンの様子を見ていた。
首元にぶら下がる呼び笛で、いつ呼ばれてもいいように。少しだけ、警戒を強めて。
「ロジーちゃん、生き生きしてるねぇ」
煙草に火をつけつつ、慈海も楽しそうに二人を眺めている。
そんな二人も、ようやく周りに人が居なくなっていることに気づいた。
カノンがおろおろしている中、ロジーがそっと促し歩き出す。
ゆっくり歩き出す後姿を拝見しつつ、他の者達も暫しの観光を楽しむことにしたのだった。
「カノン、如何でしたでしょうか?」
今回の査定の感想を聞きつつ、ロジーは少し腕を絡ませる。
微笑む彼を見つつ、嬉しそうに微笑んで。
たどり着いたのは、小さな公園で。少しだけ丘になっている部分の柵に腰掛け、そっと街を見下ろす。
しかし、青年の瞳は何処か寂しげに‥‥
ここには居ない、もう一人の特別を思い描いているようで、傍に居るはずなのに遠くに居るように感じていた。