●リプレイ本文
甘いものは至福の時。
そんな気持ちがいつまでも続く、そんな子だったら良かったのかもしれない。
いつしか子供は成長をする。
それは、様々な壁を乗り越えることによって。
甘いものを食べることだけで、至福を感じなくなったら?
それは、どういう意味なのだろうか。
◆◇◆
ノーラの発案によって開かれたケーキバイキングは、瞬く間に学園の女の子たちの耳に入っていた。
普段シェフによって厳選された食べ物しか口にできない、寮から中々出られない彼女たちにとっては至福の一時の到来である。そんな学園にスイーツ他各品々を提供しに来た傭兵たちは厨房ではなく一室を提供される事となった。ここの学園はかなりの水準なのだろうか、それともノーラのようなものが多いのか、様々な道具が一通りそろっていた。実際はと言うとアルヴァイム(
ga5051)がこっそり業者と交渉をしてかなりの水準のものを人数分揃えてたりする。
ユーリ・ヴェルトライゼン(
ga8751)は会場に着くと早速準備とばかりにぬいぐるみを入り口へと並べた。それはハロウィン用にと仮装したペアのぬいぐるみ。この主催が可愛い物好きな事も考慮に入れてである。
「それしても‥‥どんな子供に育つのやら‥‥」
相変わらずの彼女を思うと、そんな疑問が生まれてくる。まぁ、旦那になる予定の男性はしっかりしているし‥‥案外子供と一緒にパタパタしててもいいのかもしれない。大変なのは、周囲である事実は変わらないのだから。
「ケーキ屋、と頼られているのだ。‥‥参加しないわけにも行くまい」
ヴィンセント・ライザス(
gb2625)が会場に着くなり呟いた言葉に「すまない」と苦笑しつつ天(
ga9852)が応えていた。
そういうつもりではなかったのだがとやや顔をしかめつつフムフムと道具を用意し始める。それでも原因がノーラだと思うと、すまないという気持ちが出てきてしまうのだ。気になりつつも、これからのことを考えると少しはそっとしておきたくもあり。それでも放っておけない複雑な気持ちは、天をこの場へと足を運ばせていた。
「それでは取り掛かろうか」
数ある品の中から更に選りすぐりの材料を探し出し、ヴィンセントは天と一緒に見事期待に応えてあげようと腕を振るい始めた。
◇
風間・夕姫(
ga8525)は依頼と言う形で提示されたこのケーキバイキングに嫌な汗が出ていた。
――そういえば、前に約束したよなぁ‥‥
そう、風間は以前ノーラに対して、ケーキバイキングに連れて行ってやるといって機嫌をとったことがあるのだ。そのことが頭をよぎる。
――財布‥‥大丈夫だろうか。
一体どこまで食べるのだろうか、それとこの娘がどのくらいの金額設定をしてみんなに提供する気なのだろうか。そんなことに胃の奥がきゅっとしつつも、言い出したことだ、女に二言はないとばかりに意を決めていた。
「あ、私だ。悪いが頼めないだろうか」
風間は覚悟を決めてとある人物へと電話をかけた。
同じくその依頼を見つけた草薙 涼(
gb2336)は驚きつつ、こんなのもありなのだなぁといった感想を抱いていた。
「しかし、面白そうだな‥‥。ここは参加してみるか」
料理はそれなりに自信はある。新米として、そういう部分で人の役に立つのもいいのかもしれないと少し心を躍らせながら参加を申し込んでいたのだった。
◇
ユーリは一通り周りを見回すと、思いの外たくさんの人数が集まっていることに少し驚いた。中には料理が旨いと評判の傭兵の顔も見える。
――あ、無月だ。
特に終夜・無月(
ga3084)はカフェレストランも自ら営んでいるだけありユーリもその料理の腕の良さを知っていた。それでも一緒に居る如月・由梨(
ga1805)を見ると、どうやら作るだけが目的では無いようで。暫し仲良くケーキ作りへと励んでいる様子に笑みを零す。
さてと、そう言って取り掛かったのは当初より作る予定であったベーグルサンドだった。まずは中に入れる予定のサーモンマリネを作るため適度な大きさに切ったスモークサーモンと玉葱をスライスした人参他の野菜と共に漬け込んでいく。隠し味にスパイスを織り交ぜ、オリーブも忘れてはいない。付け込んでいる間にベーグルにするためのパン種と他にもう一品。りんごのピューレを作りつつ手際よく調理を進めていく。慣れたもので一品作ると同時に他のものへと手が加わっていく。次々と増えていく品々はノーラ以外をターゲットとしたもので。レモンクリームパイに海老グラタン、チキンドリアなど。ケーキは他の人にお任せ、この度は軽食を作るのだとユーリは意気込んでいた。
「ノーラ、本当にケーキ好きだよなぁ」
ユーリは生地を丁寧に混ぜながらそんな事を呟いていた。
依頼では必死に我慢しているものの、仕事が終った途端にケーキに対して満面の笑みでくらいついてくる。その様子を思い出し、くすりと笑う。
その様子に参加者みんなでからかってしまうのも無理が無いのかもしれない。
「ただ甘いだけではなく、健康も考えて‥‥と‥‥」
ソフィリア・エクセル(
gb4220)はいそいそと健康志向のケーキを作っている。その材料はおから、チーズ、トマト、ほうれん草、紅芋等々。まさに食材そのものから健康に気遣ってのものであった。ノーラとは天との関係により義理の姪としての立場と言うものが生じていると思うのだが、ノーラ自身がそのあたりのことをあまりよくわかってはいない。伯父様と呼ばれることを許容する天と違い伯母様と呼ばれることは頑なに拒否しているのだ。まぁ、20代の女性としては複雑な心境である事は当然の事だと思うのだが。
いつもと違い、かなり真剣に製作に当たっているソフィリアはご自慢の髪を一つ結びにし、可愛いエプロンへと身を包んでいる。次々に流れるように出来ていく生地たちは、それなりに練習したのであろう。目の前に書かれた分量のノート以外は作り方など書かれているものはなく、彼女自身が自信を持って作っていることが見て取れた。‥‥料理が趣味と言うのもまんざら嘘ではないようである。
一通り作業を終えると、今度はレシピ作製へ。分量を記載していたノートと別に、可愛い小型のノートを取り出し、一語一句丁寧に記載していく。アレルゲン食品についてもその一品ごとに明記していき、作り方のポイントなども纏めながら。
「応用すれば子供の好き嫌い対策にも役に立つハズですわ」
しっかりと将来の事も見据えているあたり、抜かりは無いようである。
オーブンから取り出した品々はふわりと優しい匂いを放ちながら素朴な容姿を現した。それを満足気に見ると、ソフィリアはそそくさと片づけをはじめる。
「と‥‥とりあえずシャワーを‥‥」
出来上がったものは天たちのほうへと任せ、そそくさと会場を後にしたのであった。
「‥‥うまく、できた‥‥」
ベル(
ga0924)はオーブンを開け、ふっくらと膨れ上がったシュー生地を見つめると僅かながら微笑んだ。
一人暮らしのため、料理にはある程度自信はある。だが、お菓子作製となると話は別であった。それでもノーラに食べさせたくてやってくる辺り、結構人が良いのかもしれない。まぁ、ベルを黒いというのはきっとノーラくらいであるだろうが。
自分では流石に作れないと前もってケーキ屋さんに頼んでおいた『ベルシューの顔』は砂糖細工でできていた。それを熱く溶かしてある飴で出来上がったシュー生地にくっつけていく。素早くやらないとうまくくっつかないため中々大変では有るものの、その作業がまた楽しかったりする。一個一個、出来上がっていくベルシュー。中に入ったクリームは適度な甘さを保ちつつ、飽きないようにと本を探して練習したものであった。
さきほどから如月が狙っているのだが、一生懸命なベルはそれに気付いては居ない。
マジパンで作られた足をどっしりとしたシューの下にくっつけていく。
顔がついて、足がついて‥‥。摩訶不思議な生物、いやお菓子のベルシューの完成だった。
「そちらをお願いできますか? 由梨」
ベルの作成に鋭い視線を向けていた如月は、終夜の言葉に頷くとタルトの生地を練り始めた。
決して料理ができないわけではないがお菓子作りとなると別の話だ。如月は手際よく準備を進める終夜の手元に目を見やる。すらっと伸びた綺麗な手が、苺などの果物に包丁を入れていく。それは戦いとまた違った丁寧なもので。そんな如月の視線に気付いたのだろうか、終夜は切り分けた中から小粒の苺を取り出すと、そっと如月の口元へと運ぶ。
びっくりしつつも静かに含むその様子を嬉しそうに微笑み、作業へとまた戻っていった。
ワイシャツを腕まくりして楽しそうに作るのは草薙である。
彼が作り出しているものは和菓子を始めとして洋、中華とバラエティに富んでいた。今取り組んでいたのは干し柿を用いた月餅で。ほんのりとした甘さがしつこさを感じずに食べられる、素朴な味わいを醸し出していた。
敢えて高級食材には手を出さず、家庭料理の感覚で。それが草薙なりの拘りなのかもしれない。
「さて、程好いぐらいに漬かったわよね」
予め2・3日前からラム酒へと漬け込んだドライフルーツを確かめつつ、キョーコ・クルック(
ga4770)は腕まくりをしていた。なにかとノーラの行動を目にしていたキョーコは現状を実際見て知っている数少ない一人である。
意外とやることはやっている彼女に対して少しばかり女としては嫉妬を覚えないでもない。それでも、起きた一つの奇跡は他人事ではあるが幸せを感じさせてくれた。
「ノーラもお母さんになるのか〜。いいな〜♪」
気持ちが弾んで、材料を用意しつつ、つい鼻歌を口ずさんでしまっていた。
◇
「ノーラ、約束通りケーキバイキング‥‥奢りに来たぞ」
そんな風間の出迎えによってくる途中、百地・悠季(
ga8270)も合流していた。
女三人、彼氏の事はそっちのけでケーキ談議へと花を咲かせる。
といっても、風間は自分の財布の心配でそれどころで無かったりはするが。
好きなものの話を始めると、少しだけノーラの表情は和らいでいた。風間はそれを確認すると、苦笑が漏れるのを隠していた。悠季も敢えてそこは尋ねはしない。
そっと挨拶時に回したからだに、いつもより丸みを帯びた事を感じつつ彼女が着実に先に進んでいる事を実感する。
――ちょっと前まではぐずぐず言ってたのにねぇ。
そう思いつつも、その身は女としては羨ましく思う。
――まぁ、今はもっと重要なことがあるんだし。並んで戦えるのも、それはそれで良いのよねぇ。
能力者として、傭兵として。パートナーとなる相手を考えると傍で一緒に戦えるのはやはり安心する。彼女のように待っていることだけが‥‥その事を思うと少し不憫でならないかもしれない。きっと、それが今の不安に繋がっているのだろうとも思う。
「それにしても天は、心細い相方放置でどこをほっつき歩いているのやら」
肩を竦めつつ呟いた言葉に、風間は慌てて悠季へと睨みをきかせる。あら、失言だったかしら? と首を傾げつつ、そっとノーラの様子を見ると何やら平然としているものの、黒いものが降臨しそうな状態であることに気がつく。
「さぁ、美味しいものいっぱい食べましょう」
気分を改めて口にした言葉に力強く頷くと、会場となる学園へと足を運びこんだのだった。
◇
「拙者が得意なものを提供する事にしようねぃ」
ゼンラー(
gb8572)は襷掛けした二の腕でむんずと米を磨ぎ始める。
彼自信僧侶の端くれと言うことも有り、得意なものは精進料理などである。しかし、まぁ美味しいものに目がないらしく先程から出来上がっていく他の者たちが作るお菓子たちに心が躍っていた。
丁寧に磨がれた米をお釜に移し火にかけて。続いて取り組むのは旬の野菜を利用した精進料理であった。丁寧に味付けられるこれらは、見た目も重要視されるため、慎重に取り扱われる。その大きな体躯とは結びつきがたい繊細な包丁捌きに、熟練の腕が垣間見えた。
「何か希望はあるか? なければとりあえず私の好みで選ばせて貰うぞ?」
身重なんだから、その一言でノーラを席から立たせずに風間はケーキを取りに向う。
――まぁ、とって来て貰えるなら甘えておこうかしら。
そんな考えへと行き着いたノーラは風間の好みで良いとし、悠季と暫しの談笑に花を咲かせようとしていた。その様子にわからないようにほっと息をつくと、風間は携帯メールを確認。予定通りことが運んでいる事をチェックした後取り口へと足を運んだ。
着いてすぐ、お茶をお持ちしましたと来たクーヴィル・ラウド(
ga6293)に今日用意されたお茶の種類の説明を受け、一緒に身体に良いとされるレシピなどを渡される。
彼の提供するお茶は紅茶・コーヒー・緑茶・ハーブティー・薬茶等各種に渡っており、このバイキングの中で甘さを中和するだけではなく摂り方を考慮すればダイエット効果もあるとのことであった。喫茶『ルーアン』の店長から任されている事もあり、こだわりは一頻りである。
身体に良いと聞くと、悠季も乗り出して聞くあたり流石であるといえよう。
拘りのお茶たちは、産地も厳選したものであり。その一つ一つの淹れ方についても、丁寧なレクチャーを受ける。そして先にと出されたのは口当たりのさっぱりしたもので、ノーラをはじめ参加者にとってはこれから始まるケーキたちの到来が楽しみになってきていた。
◆
「おめでとうですよ‥‥お口に合えば良いのですが‥‥」
ケーキを作り終え皿に載せてやってきたのは終夜と如月だった。ノーラの前に置いたのは終夜特製のタルト『ベリースウィートタルト』どうやら果物のベリーと『とても』のベリーとをかけているらしい。
結婚の事を小耳に挟んだことと、お腹に子供が居る事。驚きはしたものの、祝う事には変わりない。そんな二人の言葉に感謝しつつ、ノーラはその特製ケーキをいただいた。
ベリーはノーラの好きな果物である。酸味と程好い甘さが好きなのだ。
終夜たちが作ったタルトは溢れんばかりにいろいろな種類のベリーに飾られており、目がキラキラと輝く。その様子に終夜は己のケーキに満足した事を確信したのだった。
少しずつ入ってくる学園の生徒たちと共に、草薙やゼンラーも他の者たちの料理・お菓子たちを楽しもうと会場へと身を移していた。ベルはノーラにあげる分を確保はしたものの如月の襲撃を受け作った半分が既にない。シュークリームは手軽に食べられると言う利点もあるのだろう、次々となくなっていく様子を見て慌てふためく。ソフィリアや悠季に手伝ってもらおうと考えていたものの、既にソフィリアは会場を後にしており、悠季にいたってはノーラと共に食べる専門で席についている。
手伝ってくれそうなユーリも、たくさん作っている様子を見るとベルは頼み辛く感じていた。
「こ、ここはベルシューになって‥‥」
それは流石に無理であることをベルは100も承知の上で口走っていたのだった。
◆
「無理言ってすまない。後は任せておいてくれ」
ノーラから見えないと確認した後で風間は一人ケーキを取るブースへと近付いていた。
会場自体は広い空間となっており、どうやらダンスなどの社交場で使われるホールなのだろう。上には煌びやかなシャンデリアなどが飾られている。先程からケーキを楽しみにしていた女学生たちがはしゃぎながら行き交う様子にここが学園である事が思い出されていた。
既に天はいなく、ヴィンセントがケーキの説明と共にノーラへと渡すようにと指示をしてくる。
「あれ? 天は?」
「あぁ、コレを渡せばわかるよと先に帰っていった」
そこに取り出したのはヴィンセントが作ったのと並べてしまうとあまりにも平凡なもので。さらに素朴なソフィリアのケーキも添えられる。ソフィリアのほうは何やらノートもセットとなっており、レシピが纏められているそうだ。
それぞれが一通り作り終わったころ、会場内に学園内の生徒や先生たちの姿が多くなってきていた。接客へと移っていくクーヴィルは丁寧な態度でその人方を案内する。ヴィンセントのほうも次々に来る者たちの対応に追われ始めていた。
ケーキばかりではなく軽食も用意された今回のバイキングは中々盛況のようである。
「由梨‥‥」
席へと座っている如月に終夜は一つのお皿を差し出す。
皿の上に乗っているのはチョコレートケーキ。どうやら如月のために特別に作ったものらしい。
「お守り‥‥ありがとう。‥‥いつも持たせて貰いますね‥‥」
手に握り締めているのは如月がくれたお守り『厄除けの御守り』で。終夜は嬉しそうにそっと瞳を閉じる。如月は照れくさそうに視線を少し逸らすが、僅かに染まった頬は隠し通せなかった。
上品に生クリームで飾られたチョコレートケーキは思ったよりも甘くなく、すっきりした味わいとなっていた。色々なケーキを食べたが、やはり終夜が作るケーキが如月の口には一番合う。
「あ、由梨‥‥」
口に運んだ時呼び止められて、どうしたのだろうと終夜を見つめると、頬に伸びてきた手にどきりとした。
まだフォークを口に咥えたままで、僅かながら戸惑いを見せる如月に優しい視線を投げかけ指で頬を撫で上げる。
ピクっと反応するも、突然で動きがついていかない。
優しい視線のまま撫で上げた指を、そのまま終夜は自分の口元へと運び‥‥含んだ。
「美味しい‥‥」
ついていたのはクリーム。だけど、その仕草に少しだけでも心を奪われてしまった如月は頬を真っ赤に染め、沈黙してしまっていた。
「えと‥‥その‥‥。よかったらでいいんだけど‥‥少しだけお腹触らせてもらえないかな‥‥?」
キョーコは恐る恐るノーラに尋ねるとふわりと笑って頷いた。
アルヴァイムが気を利かせて椅子ごとずらしてくれると、ノーラもまた照れくさそうに笑って恐々と延びるキョーコの手をそっと上から導く。
まだそんなに目立っていないお腹、それでも今までと比べると確かに膨らみを感じる。
「ここに命が宿っているんだね〜。‥‥すごいな〜」
タダそこに新たな生命が宿っている、それだけで嬉しさがこみ上げてくる。
不思議そうに、そして愛おしそうに見つめられ、ノーラは照れたままどうしていいかわからなくなっていた。ただ、人から言われる事のよって改めて自分の中のもう一つを愛おしく感じる。
たくさんの優しさに包まれて、強くなる自分を感じていた。
「そういえばノーラはどうしてここで開こうと思ったの?」
悠季は次々と魅惑のケーキを口に運びながら尋ねていた。
一つ一つのケーキについて、解説をして回るクーヴィルの手は休まらない。ノーラに風間、悠季へはアルヴァイムがそっとお茶を変えていたりする。
「ほぇ? 理由?」
口に適度な大きさに切り取ったケーキを運びつつ、間の抜けた顔で聞き返す。
「んー。特には無いんだけど‥‥」
考え込む様子はやはり年齢より幼く見える。そんな事を眺めながら思いつつ、風間は口休めにおにぎりへと手を伸ばしていた。
「‥‥そうねぇ、ここからだからかな。もしかしたら」
この学園へと預けられたのはもう20年近く前の話。それから大学を出るまで一回たりとも家には帰ったことは無かった。そして卒業してもまた。
家に帰りたいとは思わない。それは過ごした時間の多くがこの学園だったから。
そんなことをぽつりぽつりと語りだすノーラにとって、既に帰る場所はこの学園だったのかも知れない。家族が居る場所ではなく、自分が育った場所。
「まぁ、うん。他の人呼んで騒げる場所って言ったら、ここが思い浮かんだだけなんだけどね」
てへっと舌を出すものの、その笑顔は少し寂しいものであった。
悠季はそっと、ノーラの髪を撫でるのに手を伸ばしていたのだった。
たくさんの種類をもってきた風間の品物の殆どはヴィンセントが用意したものだった。
直接取りに行ったわけではないので言葉は交わさなかったものの、『流石ケーキ屋さんだよねっ!』と、勝手に命名するノーラの期待にそう物だらけであったのは間違いない。
その中でもノーラへと直接渡されたケーキは彼が自信を持って提供するものなのだろう。それぞれに名前がきちんとついており、その説明も受けてきてあった。
一緒に運んできた数種類のケーキは『野菜ケーキを食べさせますからね』といっていたソフィリアと後は誰のだかわからない。そしてユーリが持ってきたノンカフェインの蒲公英珈琲や適度の軽食類などもテーブルに並び始めていた。
皆、それなりに作るのが終って一緒に食べようとホールの方に出てきたようである。
「かわいいよノーラ」
耳元で囁かれ真っ赤になるのを楽しむユーリは、やはり彼女とそれなりに接点が多い証拠であろう。扱いなれているものである。
甘いものばかりではと用意されたものたちも、身体の事を考えてのものが多かった。
そんな優しさに、沈んでいた気持ちが浮上してくる。
「え‥‥」
たくさん有る中の一つのケーキを一口食べたとき、ノーラの表情が変わった。
どうしたのだろうと隣を覗き込んだ風間はノーラが手をつけたケーキに注目する。
それは、さきほどヴィンセントが渡してきた一つのケーキで。
他のケーキに比べると、いささか平凡な気がしないでもない。
驚きの表情に、少し涙ぐむ様子に悠季も何事かと目を奪われた。
突然立ち上がろうとしたノーラを風間は腕を引いて押さえた。
「どうしたノーラ、まだ食べてる最中じゃないか?」
少し心に思ったことはあったが、それを何とか隠して聞いて見る。
「‥‥このケーキ」
『ノーラならきっとわかるから』
渡されたときに言われた言葉が脳裏を掠めた。
どうやら、その言葉に偽りはないようで。
そんな2人の関係を思うと、少し風間は笑みを零していた。
「ケーキは逃げないさ。ほら、ちゃんと座って」
少しゆるく引っ張る手に促され、こくんと頷きながら座りなおす。
「案外、小人が作って持ってきたのかもな」
風間が呟いた言葉に、ノーラは少し考えるようにケーキを見つめていた。
その様子に安心した悠季はアルヴァイムの方へと目を向けると、無言で暖かな香り溢れる紅茶を運んできてくれた。
「ホラ、落ち着いて? お茶もちゃんと飲んでね?」
こくんと頷くと、少しだけお茶で喉を潤して。
そして、再びケーキを口に運んだ。
その表情は最初とは違うほわりと幸せを零した笑みを浮かべており、色々と悩んでいた様子はすっかり消えうせていた。
――結局はこうなのよねぇ。
幸せそうに食べる様子を見つつ悠季はその作り主を察する。慰めようと来たものの、どうやら解消する術は持っていかれたようである。
そんな悠季に気付いたのか、そうでないのか。
アルヴァイムはそっと彼女の肩に手を置くと、他の者にはわからないように引き寄せていた。はっとした顔で見つめると、優しい笑顔が返って来る。
乗せられた手にそっと自分の手を乗せ返し、嬉しそうに瞳を閉じていた。
そして突然パッと目が見開いたかと思うと。
「そうそう夕姫の進展はどうなの?」
ぽろっとフォークを落としそうになったのを慌てて防ぐも、風間の顔は引きつっている。流石悠季である。こういうところで一人平和そうな態度は許さないといった様子であった。
◇
「ただいま‥‥」
食べきれなかった数種類のケーキを片手に部屋のドアを開けると、いつもは居ないはずの人影がある。
ほんわりと湯気が上がるコップが、口元へと運ばれる。
――ありがとう。
二つの意味を込めて、ノーラは噛み締めていた。
見守られる幸せ、それが心地よい。
忙しい中でも、ほんの少しだけ傍に居たい。
声を聞きたい。
そんな当たり前のことが全ての不安の原因だったなんて口に出して言いたくない、彼女なりの意地だ。
そして、それを受け入れてくれる大きさに感謝を込め静かに抱きついていた。
◇◆◇
〜後日談〜
ある日ナットー事務所に届いたのは大きなダンボールで数箱の品物であった。
何が入っているかと思って開いてみるも、その中には数々のぬいぐるみと胎教レコード、そしてあらゆる品々であった。
封筒が一通入っている。
ノーラはゴクリと息を呑み開いてみると。
『このたびケーキバイキング時に使用した食材の購入ルートです。定期購入が可能なように手配をしてあるので、どうぞご利用下さい』
そう丁寧に書かれていた。
――流石LHの黒子ね。
ノーラはこの荷物を送ってきてくれたアルヴァイムの抜かりの無さに感心してしまった。
〜本日の提供されたお品書き〜
☆サワー
<レモンやライムなどをクリームにし、砂糖を投入してすっぱさを和らげたケーキ>
☆八層
<極力薄めにした生地に各種フルーツジャムやクリームを8層に分けて重ねて詰めたケーキ>
☆ハートフルレッド
<チェリージャム+ストロベリークリーム。上に2つだけイチゴが乗ってる>
☆アロマライフ
<ミントなど、爽やかな香草を使ったケーキ。余り刺激的にならないように香りを抑える処理を>
★チーズケーキ風おからケーキ
<マスカルポーネチーズも使用した甘み控え目のもの>
★トマトのショートケーキ
★ほうれん草のシフォンケーキ無花果ソースがけ
★紅芋のタルト
★かぼちゃパイ
★キャロットムースケーキ
☆精進料理
<春巻き・柿の白和え・車麩の吉野煮・なすとかぶの焼き浸しなど旬のもの>
☆おにぎり
<昆布・おかか・梅干し>
★ベルシュー
<茶室登場のものではなく、実際食べれらるもの>
☆ベリースウィートタルト
<ベリーたち(ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー、クランベリー、グースベリー、ブラックベリー)を豪華且つふんだんに使い甘いカスタードと共に口の中で酸味と甘みが融合しハーモニーを作り出す、またそれら柔らかい部分とサクサクのアーモンドクリームを練り込んだ生地が共に良い食感を与える>
★イチゴのタルト
<タルト生地にカスタードクリームをたっぷり敷き、たくさんのイチゴで飾りつけ仕上げに粉砂糖を振りかけたもの>
★さつま芋のブリュレ
<サツマ芋のプリン>
★フルーツケーキ
<洋酒に漬けたドライフルーツをたっぷり入れたパウンドケーキ>
☆サーモンマリネのベーグルサンド
☆角切りりんごの白パン
☆たんぽぽコーヒー
☆レモンパイ
☆えびグラタン
☆チキンドリア
★ブルーベリーのタルト
★サツマイモのケーキ
★月餅
★ホットサンド
★パスタ
他各種‥‥