●リプレイ本文
月から太陽に贈るもの。
それはひと時のプレゼント。
貴女が嫌いなわけではない、だけど‥‥。
きっと、貴女の事だから素敵な相手が居るだろうと思って。
僕には‥‥。
二人が寄り添うには、あまりにも対照的で。
だけれども、それでも対になる事は簡単すぎて。
ただ、
貴女がいてくれて、成長できたと告げたかったから。
気付かせてくれて、ありがとう。
それが、僕からできるお礼を込めた、お詫びだから。
◇◆◇
「あら、エレンも参加なの?」
百地・悠季(
ga8270)は招待状を受け取ったまま悩んでいるエレンを見つけると、そっと覗きこんだ。
「ええ、そうなんだけど‥‥」
苦笑するも、話を聞くと突然の招待で、仮装するにも衣装を用意していないというのだ。
「そうねぇ‥‥。あたしのでよければ、貸すけど?」
「あ、ほんとう? ありがとう」
仮装と言うのだ、なにも普段と違う格好をしていればいいのだろうと悠季はこっそり考えていた。自分が持ってきているのは和服。ドレスしか持ってきて無いエレンには、ちょうど良いのかもしれない。
◇
カプロイア伯爵の別荘内に有る庭の中では小さな場所でお茶会は開かれた。
ちょっと前に過ごしたドイツでの旅路。
それが原因になったことは集まった者達もわかりきっていて。
結果としては本人達に良かった事なのかもしれない。
でも、エレーナの世間体を傷つけたことはカノンにとって大きな楔となっていることも確かな事が、この企画でわかっていた。
その切っ掛けを作ったのは叢雲(
ga2494)であり、ロジー・ビィ(
ga1031)であり、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)であり‥‥あの場に居て止める事をしなかった関係者みんなであったかもしれない。
もっとも、最大の原因は成長し切れていないカノン自身であることだけは明らかではあった。
女性へのエスコートを他の女性との逃亡によって台無しにする。
傭兵達と関わる事のなかったカノンで有ればありえなかったであろう。
だが、彼は鳥籠を出ている。
そして自分の足で、歩き始めている。
後悔は、していない。
だけど‥‥。
少しだけ身につけた茶目っ気で、お茶会を開く。
きっと、大好きな人たちは手伝ってくれるだろう。
そう期待して。
エレンになんていおうか‥‥。
そんな事を考えつつ、その日を迎えようとしていた。
「ここで放り出すのは後味悪い、ですからね」
叢雲はそう呟くと、一緒に来た不知火真琴(
ga7201)の方をそっと覗き見る。
こくりと頷いてくる彼女はやはり同じ気持ちなのだろう。友人たちの後押しを仕掛けたのは、彼。それを無言で支持したのは彼女。止めなかったのは、共犯の証。
「カノンはナイトメアだよ」
空閑 ハバキ(
ga5172)は燕尾服をベースとしたフリルたっぷり、オレンジの刺繍の衣装をカノンに着せていた。少しぴっちりとした上着のボタンを留めると、頭に羊の角とミニハットを被せ、背中に悪魔の翼をつける。仕上がりに渡したステッキを持たせると、お茶会の主の完成だった。
ハバキ本人はと言うと、白いウサぐるみなのだが‥‥ちょっとドロっとした感じで頭を掻いていたりする。
出来上がりに感心しつつ、ハバキはそっとカノンの肩に手を置いた。
本来の目的を果たすために。
「ねぇ、カノン。俺は怒ってるんだよ」
それは前に逢った時のハバキからの願い。
カノンの幸せ‥‥彼の親友達の願いだから。
その願いのためならと思っていたけれども‥‥伝え聞いた話はあまりにも残酷で。カノンに対し不誠実さを感じさせるものだったから。
「君は‥‥特別な子だから」
包んでくれる胸と言葉はあまりにも温かく、それが余計ハバキの思いをカノンに伝える。
――特別なんて、ないんです‥‥。
思った言葉を飲み込んで、暖かさに暫しカノンは身を委ねていた。
小悪魔な衣装に身をつけたクラウディア・マリウス(
ga6559)は海賊姿のアンドレアスにそっと近付く。もちろん対を成すような存在の柚井 ソラ(
ga0187)は、天使であったりする。
くるりと回って感想を訊くあたり、本当の兄に訊いているようで。アンドレアスもまた、ハイハイといった様子で頭に手を置いて。
ふと真顔になったと思ったら、突然悪戯の様に瞳を輝かせた。
「お兄ちゃん、トリック・オア・トリート! です」
突きつけられた指に少したじろくものの、にやりと返された笑み。
唇に甘い感触が降りてくる。
「これでどうだ? 悪戯はくらわねーぜ」
甘いのは、チョコレートの感触。
防がれた悪戯に、クラウはぷっくりと頬を膨らませていた。
エレンに着せたのは、赤地に白の牡丹が刺繍された晴れ着だった。
金色の髪に合わせながら、帯と装飾品を選んでいく。
「まぁ、足りない部分は借りてきたから」
そう言って悠季はエレンを飾り立てていく。
長い髪をそっと結い上げ。髪留めに赤い櫛を挿す。
「わぁ‥‥。綺麗ねぇ」
そっと袖を広げ、鏡に映る自分の姿を見るエレン。
その表情は、なにやら嬉しそうで、だけどそれだけではない‥‥どこか遠くを見つめる瞳。最後の仕上げとばかりに、エレンの唇に紅を引いて。
悠季は満足そうに見つめていた。
ロジーはハバキによってクルクルと髪を弄られていた。
長く輝く銀色は、次々に縦巻きに変化させられていく。
ほっそりとした身体を締め付ける黒のゴシックドレスはエレガントさの中に、幽遠さも匂わせて。
そっと耳元で囁くハバキの言葉にロジーは困った様に見つめ返す。
優しく微笑む彼に、少しだけきつく抱きつくとそっと離されて。
押し返されると同時に翻された身体は、後押しも加えられ。
目の前に居る人物へと、押し出された。
「カノン‥‥」
「ロジーさん、来てくれてありがとうございます」
綺麗ですね、髪に少し触れるように手を伸ばしながら、彼は微笑む。
いつからだろうか、この手に触れられるようになったのは。
人の視線に気付くと、途端に止まる距離感が辛い。
「――貴女のおかげで、僕は‥‥」
カノンの声が、ドキリと胸に響いた。
この距離が縮まる事があるのだろうか。
願わないと誓った想いが再び込み上げる。銀色の髪は一房手に取ると、怪しく光る赤い瞳に身を竦められ。アンドレアスが奏でる音楽が、耳をすり抜けていた。
◇
「本当‥‥アスらしいや」
微笑んでくるハバキにアンドレアスは気まずそうに頭を掻く。
――馬鹿だと、思うか?
そんな言葉に返って来たのは親友のいつもの態度。
もう、気付いてるんだろ?
言外に伝わる思いのかけら達。
かっこ悪くていい、自由に自分らしく。
そっと突き出した拳に拳を合わせる。
瞳の奥に写っているのは、信頼と信用の輝き。そして‥‥見守られている安心感だった。
「お前がきてくれて、俺は安心したぜ」
ランタンを作るロジーの後ろで、アンドレアスは音響チェックをしながら呟く。
瞬いた瞳、きょとりとした顔に暫し苦笑をし。頭に手を置きながら瞳を合わせた。
「‥‥お前が来るのを、あの時俺は待っていた」
――俺が出来ない事を、お前ならしてくれるだろうと思ってな。
どこまでも相棒な存在のロジーに対して、そして彼女が抱える思いに対して。アンドレアスは苦しいぐらい理解しているから。
その言葉にロジーは苦笑しながら、
「私も、後悔はしてないです‥‥」
ぽつりと応える。
「だったら何故‥‥」
暗い顔をしているんだ? そう聞き返そうとして、彼女の視線の先を見て気付く。
あの時、彼女の行動を決定付けたのは‥‥。
彼女の手を取ったカノンだ。
視線の先に居るのも、カノンで。
――あぁ、どうして俺達こんなに気が合っちまうんだろうな。
想いの先まで合わなくてもいいのに、そんな事を思ってしまう。
彼女の顔を晴らすのは、あいつ以外出来ないだろう。
だけど、もし晴らすことが出来たなら‥‥。
――その時、俺はどうなるんだろうな‥‥。
音合わせにはじいた弦が、甲高く鳴いた。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
終夜・無月(
ga3084)の好意により橘川 海(
gb4179)は料理を一緒に手伝う事となった。
終夜自身は昨日の結婚式時に自慢の料理を遠慮した事もあり、本日振舞う準備をすることが大変楽しみであった。そこへ手伝いに名乗りを上げてくれた海が居る。
終夜自体はカフェレストランを営んでいる事もあり、料理の腕に関してはプロである。一方手伝う海は、まだまだかじり始め。今までも色んな人に料理を手伝いながら教わってはいたものの、ついつい進むのはつまみ食い。だが、今回は今までとは違う。海は、高鳴る胸の鼓動を抑えつつ、これから教わる手順を、味を、しっかり覚えようと決意していた。
終夜が用意したのはランタン作製によってくり抜かれたかぼちゃたちを使った料理の数々であった。
蒸したかぼちゃを潰した後に小麦粉を混ぜ、砂糖・バターを加えて生地を作る。海は簡単な手順ですからと、混ぜるところを手伝っていた。
その横で、今度はクリームチーズ・砂糖などを練り混ぜたかぼちゃが用意され。少し固めの生地を牛乳を加えることで引き伸ばし、それを型へと流していく。
海が練りこんだ生地を棒状に丸め、適度なサイズにカットすると、先程流した型と一緒にオーブンへと入れる。
続いて取り出したのは小ぶりの可愛いかぼちゃだった。
ランタン作業と同じく、こちらは中身をくり抜き顔を彫っていく。そこに中へと詰めるために用意した豚のひき肉・玉葱・マッシュルームなどに下味をつけて混ぜ込んだ物を詰めいれ、上にストレージチーズを乗せる。また中身を変えて、今度は予め作っておいたクリームソースのグラタンを流しいれ、同じくストレージチーズを乗せオーブンに入れた。
所々でポイントを海に教えながら、目と身体、舌で料理は覚えるんですよと微笑を欠かさない。
隣ではリン=アスターナ(
ga4615)が南瓜のポタージュを作っている。そして終夜とはまた違った形のグラタンもだ。そして続いて作っているのは、手軽に楽しめるカナッペやチーズの盛り合わせ、いわゆるパーティ料理に欠かせないものであった。
終夜は1次発酵まで進んだパン生地に、砂糖を練り暖める事によって作られた南瓜餡を中に詰め、南瓜を象って整形をする。その形で2次発酵を進ませている間に、サラダも作ってしまう。野菜のカットを海に任せ、細かい味付けとオーブン管理を終夜が担当。そろそろお茶会が始まるかなと言う頃には、すっかりと出来上がった料理たちが、お皿の上に綺麗に飾り付けられていた。
◇
会場は大小様々のかぼちゃのランタンによって飾りつけられていた。
あちこちに浮かぶ風船に、キュートな顔と、シリアスなオバケたちがこちらを見ている。
目を配らせると、足元や、ちょっとした場所にもモニュメントが配置され、どこか不思議な場所へと誘われたようだった。
「本日はハロウィンにちなみまして南瓜のフルコースとなっています」
始まりと同時に料理の説明が始まった。
ミイラ男に扮した大泰司 慈海(
ga0173)は終夜にマイクを渡すと、同時に配られていく料理たちを見て舌鼓を打つ。
運んできたのは天使と子悪魔なコンビ。
ふわふわポテポテとみなの前に料理を運び出す。
最初はスープから。
「本日は南瓜のポタージュスープです。伴うのはロースト南瓜のサラダ。プラムソースでお召し上がり下さい」
続いて出てきたカボチャ型のパンは吸血鬼なレールズ(
ga5293)の手で席ごとに籠を置かれていく。
「メインは南瓜のキッシュと南瓜のグラタン。デザートにも南瓜のチーズケーキと南瓜のスティックをご用意させていただきました」
にっこりと微笑みながら、それではどうぞお楽しみくださいとマイクを慈海へと戻した。
「それじゃぁ、ハッピー☆ハロウィン♪ たのしんじゃおー」
ノンアルコールなこの席で、料理のお供は紅茶を用意。
終夜が淹れる紅茶と共に、暫しお腹を満たす時間が始まったのだった。
アンドレアスのギターが、BGMとなり奏でられる。
曲調は少し軽いボサノバ。
クラーク・エアハルト(
ga4961)はその音ににっこりと微笑むと、仕込んでいた犬歯が見え隠れしていた。
その犬歯を見つめるヨグ=ニグラス(
gb1949)に気付くと、赤のカラーコンタクトを入れた目が妖しく光る。
「わわっ、赤いのですっ」
驚くヨグに、嬉しそう笑いかけた。
「お久しぶりですね? 元気ですか?」
たまにはお家に遊びに来てくださいねと話しかけ、プリンを模した衣装に、彼らしさを感じていた。
暫しお腹が満たされた後、佐伽羅 黎紀(
ga8601)は談笑を楽しみながらと用意しておいたお菓子を気軽に食べられる用に中央のテーブルに並べた。
その種類は意外と豊富で。一口大に作られた心遣いが嬉しい。
パンプキンケーキにアップルパイ、フルーツケーキ、シューロール、バターのショートブレッド、スイートポテト。カチョカヴァロピッツァも並んでいた。そして、端に何やら置かれている物が少々気になってアンドレアスは覗き込むと、記憶から消そうかと頭を振るった。
いつだっただろうか。
まだ、記憶に残っているのが辛い物だ。
「はわ、誰が作ったんですか?」
不思議そうに並べられた物を見つめるクラウに、佐伽羅は私ですわと笑顔で答える。
「そう、誰かに食べてもらうために‥‥」
その一言で、アンドレアスは思わずギターを落としそうになった。
恐々と振り返ると、視線が絡み合う。
ハハハと、カラ笑いをすると、にっこりと上品に微笑まれ。
思わず背筋が凍りそうになってしまった。
「さて、お茶でも如何ですかね?」
目の前に現れた叢雲は高く掲げたポットからカップを離して紅茶を注ぐ。
零れそうで零れない、その絶妙なタイミングで、わっと歓声が上がる。
「それではごゆっくりとお楽しみ下さい」
黒猫の執事は礼をすると、後は小悪魔と天使のコンビに任せたといった様子で颯爽と去る。
お茶菓子を持ってきた天使と小悪魔は、任せてといった様子でエレンの席についていた。
タキシードに身を包んだレールズはそっとリンの腰に手を伸ばす。
ヴァンパイアマントが手を隠しているものの、リンはその行為にそっと微笑を返した。
「はは、こういうのも結構雰囲気が出てよいですね?」
リンの服装は吸血鬼。レールズも同じ吸血鬼をモチーフにしていて。
吸血鬼カップルへと仮装をした二人の姿に、嬉しそうに微笑んでエレンに挨拶をしていた。
◇
一緒に行く約束は、確かにしなかった。それでも、来てくれるような気がしていたのは何故なのだろうか。彼の性格を考えると、ありえないのに。
昨日の、あの顔が脳裏を掠める。
掴みたかった袖、見たかった微笑。
でも‥‥自分が出来たのは彼の背中を見ての決意だけ。
――いつの日か‥‥
その思いだけが、頭の中をぐるぐると回っていく。
「あら、どうかしたの?」
エレンがソラの様子が変なことに気付き、覗き込んできた。
「え? なんでもないですよ?」
その声に我に返り、ソラは笑顔を浮かべて応える。
様子を見ていたクラウは、ソラの態度に不安が募る。
昨日、自分がいない間に何があったのだろうかと。
席に戻ってきたときには、二人の空気は何かが変わっていて。
空元気なソラの表情が、とても気になった。
尋ねても答えは、大丈夫ですよ。その一言だけ。
そっと見守るしかない、胸に掲げた星をクラウはそっと握り締めた。
佐伽羅はカノンにゆっくり話し出す。
あの時舞台から降りなかったら‥‥貴方は自我の確立は無かったと。
今前を向いて進み始めている彼に対し、選択は間違いではなかったと告げたかったから。
「敷かれたレールは楽です。ですがそれは何が有っても他人に責を押し付ける生き方に近い‥‥。私は、貴方にそんな大人になって欲しくないと思っています」
だから‥‥。
佐伽羅は微笑みながらカノンに告げる。
気に病む必要は無いんですよ、と。
その言葉に、カノンはすっと肩の荷が一つ、下りたような気がした。
「ところでカノン兄様。またミカンとかスカーフ、くれたりしないんですっ?」
ヨグの言葉に、カノンは真っ赤になってしまう。以前ロジーの兵舎へとお邪魔しようとした際に、いつも持って行った手土産を彼は覚えていたのだ。同じラストホープに居るというのに‥‥誰のところにも立ち寄っていない。それは、自分の足で歩くと決めたことに対しての決意も有ったのではあるが‥‥。
「貰った時のロジー姉様、本当に嬉しそうでしたよっ」
プリンを嬉しそうに口に頬張りつつ話すヨグの言葉に、ドキリと胸が高鳴る。
誰と告げてない贈り物、それを嬉しそうに‥‥。
そっとカノンの口元に笑みが浮かんだのを、ヨグは見逃さなかった。
ギターを弾いているアンドレアスに、慈海はそっと近付く。
アンドレアスの視線は、ロジーとカノンを捉えていた。
切ない顔を隠しながら、切ない音を奏でる姿に、慈海はそっと微笑む。
彼の視線に気付いたのか、ふと見上げた顔と交差する。
ただ黙って‥‥慈海は持って来た空のグラスに、酒を注ぎ入れた。
◇
「絣さんっ、ごめんねっ、おまたせっ」
小走りで寄って来たのはラウンドナイツの正装に光加減によっては鉄に見えるサッシュを身につけた海だった。
【OR】キングフロッグセットに身を包んだ澄野・絣(
gb3855)は、海の様子を見てにっこりと微笑む。
白の長襦袢と雪の結晶をイメージした刺繍で彩られた帯を締めた悠季は、そんな二人に囲まれお互いの衣装について語る。
折角のハロウィンだ。仮装しないでどうするのっ! そんな勢いの海に巻き込まれる形ではじめたものの、絣が一番気合が入っていたりする。
「あたしの役はね、王様の帰りを待つ、忠実な部下だよっ。主人が蛙の姿に変えられたとき、悲しみに負けないように胸に三本の鉄を巻くの」
海は語る。
この仮装は、決して遊びだけじゃないと。
これから戦いに向う自分達‥‥笑ってはいるけど、いつ何があるかわからない。
「‥‥だから、その思いを込めてっ!」
私はこの役をあえて選んだんだと、そう告げる。この、胸に巻いた三本の鉄のように、いやそれよりも‥‥強い絆が自分達には有るんだと言うように。
「無事で帰って、また遊びにいくよ。約束だからねっ?」
その言葉に、三人は手を突き出す。
見つめ合う目は、堅い決心に彩られ。
口には微笑みを。そして‥‥胸には、友人との絆を確かめ。
「ささ、プリンでもお食べになってくださいなっ」
ヨグ特製のプリンが、一人ずつに配られる。
大好きなプリンだから、誰よりも美味しく作りたい。彼のこだわりの一品だ。
大人の事情はわからないけれども。
今宵は子供が楽しむ時間。
大人が子供に戻ってもいいじゃない、そんな気持ちが彼の創作意欲をかきたてていたりもする。その結果、様々な種類のプリンが登場していた。オーソドックスにカスタードプリン、チョコプリン、パンプキンプリンを始めとして、抹茶にゴマ‥‥プリンタワーまで登場している。
プリンタワーとはいかなるものか?
それは、シャンパンタワーに見立て、グラスをタワー状にしたところにプリンが入っているという‥‥。仕上げは天辺からかけるキャラメルソース。まぁ、熱いうちに流さないと固まるためマネは大変危険です。
◇
ロジーは自分の作ったかぼちゃのランタンを見つめていた。
――不思議‥‥。まるで私みたいですわ‥‥。
揺らめく炎を見つめながら、自分の心と重ねていた。
風に吹かれつつ、じっと同じ場所で燃え続ける。
それが、結局はどんな風になっても、とどまり続けていく思いのようで。
この芯が無くならない限り、心の炎を消えないのかもしれない。
周りの風に負けず、ずっと貫き通すのかもしれない。
では、周りの壁は? 何を示しているのだろう‥‥。
自分を包んでくれている友人たちなのかもしれないし、それとも‥‥自分自身なのかもしれないと。
そっとずらすと、愛しいカノンが見える。
黒髪の青年は、面影を刻々と変えて魅せる。
不安定だった面影は、いつしか捉えて放さないものとなり、自分の心に染み付いていた。
――何故あの時あたしの手を取ってくださったのでしょう‥‥。
今も、あの手の感触が蘇る。
決して、逃げるためだけだったとは思いたくない。だけど、答えは‥‥。
悪魔の花嫁を模した衣装は、まるで悪魔の様に自分の心を捕らえた彼との関係を示しているようで。
いつまでも、いつまでも‥‥逃げられない事を物語っているようであった。
◇
リンはそっとレールズの腕を掴み、席を離れようと促した。
向ったのは、池のほとりで。
「綺麗‥‥」
リンの言葉に、レールズは頷く。
既に陽は落ち、月明かりに照らされて水面が煌めいていた。
「‥‥瀋陽は中国反撃の要。それにすぐ上が生まれ故郷でしてね‥‥。俺には是が非でも 負けられない戦いですよ」
貴女は、知っていてくださると思っていますけど。
レールズは真剣な眼差しを水面へと落としていた。
その表情に、リンはそっと腕を絡ませる。
「貴方の故郷‥‥なら、必ず取り返さないとね」
呟くように応えて、瞳を伏せた。
暫しの沈黙、緊張の中の優しい時間が過ぎていく。
「――けれど、気負いすぎちゃ駄目よ? 肩の力を抜いて、いつものように飄々としてればいいの」
リンの言葉に、ハッとレールズは見つめた。
伏せられていたはずの瞳は、しっかりとレールズの瞳を捕らえている。
「だって、貴方はラッキーボーイ、でしょう?」
絡めた腕をそっと放し、力強く両肩へと置く。
同じ位置の、リンの顔は微笑んでいて。
思わずレールズの表情も緩んだ。
「そうですね。気負いすぎたら勝てる戦いも勝てないですね‥‥ってラッキーボウイはまだ継続中でしたっけ」
浮かぶ苦笑に、リンは笑顔で頷いて。
いつまでも、ラッキーボーイでいてねと囁いた。
◇
「よく頑張ったな」
そっと隅で一息ついていた所に髪をそっと撫で上げられて。思わずくすぐったさに笑みを零した。
向かい合う様にアンドレアスもゴツゴツしたかぼちゃに座る。
大きすぎて、流石の大作家様もお手上げだった代物は、こうやって椅子の代わりとなっていた。
視線が合わさると、きょとんとしつつ、再びカノンから笑みが零れる。
その笑顔に、アンドレアスの胸が高鳴る。
――抱きしめたい。
衝動に駆られそうになり、照れ隠しのように頭の上で手を組んだ。
それでも青い瞳は、笑っては居ない。
何かを抑える、その瞳の色に気付いて不思議そうに見つめるカノンに、アンドレアスはそっと息を吐いて足の上で祈りの形を刻んだ。
「俺は、お前が思ってるような人間じゃない」
その言葉を不思議そうに聞きつつ、カノンはそっと微笑む。
「僕も、貴方が思ってくれてるような人間ではありません」
だから、気負わなくても構いませんと。
アンドレアスは違うんだと、頭を振るもののカノンはそっと手を重ねて呟く。
「気付いていたんです。でも、逃げていただけでした‥‥」
赤い瞳が煌めく。見つめられると、思わず力が抜けてしまう。
――罪深いのは、僕なんですよ‥‥。
そっと耳元に落とされた言葉に、とっさに反応が出来ず。
かけられた呪縛が取れたのは、彼が去った後だった。
◇
「‥‥真琴さん?」
人を避け姿を消す真琴を見て、叢雲は視線で追う。
どうやら消えたのは、テラスの方で。叢雲は手に持っていた茶器をクラークへと渡すと、後は頼みましたといって真琴の後を追った。
真琴はテラスへと手をかけ、遠くに灯る明かりを見つめていた。
思い出されるのは、カノンを連れ去ったロジーの姿。
――奪い去ってしまってでも‥‥。
それほどまでの気持ちが、自分にはわからなかった。去年の夏から1年が過ぎても理解できない。
大事な人は、居ないとはいわない。
だけどそれは恋愛とは違うと思っている。
胸が苦しくなる。
――甘いだけでは終わらないものが、あるから‥‥。
真琴は思う。
愛とか恋とか、甘いだけではない感情。その正体がわかればと。
でも、自分が思う愛や恋もどうやらあるように見える。
ぐるぐると渦巻く中に留まっている自分が、嫌だった。
「‥‥真琴さん」
叢雲だ。その声に安心感を覚えつつ、肩が強張った。
――今だけは、見つけて欲しく無かった。
その願いは裏切られ、すぐ傍に来ている事を感じる。
「なぁに?」
泣きたい気分とは裏腹に、見せたくない泣き顔。作るのはいつもと同じ、笑顔。
――お願い、気付かないで。
心が訴える。
気付かないでと。
――無理、してますね。
長い付き合いだ、彼女の事はよくわかっていた。
見せるのは、いつもと同じ『何も無いと嘘をつく笑顔』。
「どうかしましたか?」
あぁ、きっと返って来る言葉はわかってる。
「なんでもない」
――ほら‥‥。やはり貴女はそういうんですね。
わかっているから、気付かない振りをする。
悩んでいることも、わかってしまうから。
――私には何か言える資格ないですから‥‥。
それでも彼女の事を放ってはおけずにそっと羽織っていたコートを脱いだ。
「‥‥風邪、引きますよ」
肩にかけ、そのままそっと引き寄せて。
寄り添うように、遠くに灯る明かりを見つめた。
◇
みんなの言葉が、カノンの中に浸透していった。
それぞれが優しさに包まれて‥‥そして彼の成長を願って。
本能に従えと、彼は言う。レールに乗るなと、彼女は教える。
思いのままで、彼女は願う。必要なんだと、彼は訴える。
大事にしてと、彼は思う。
エレンがそっと微笑む。
彼女にはわかっていた。
あの時踏み出さなかったらの結果も、それが齎した目の前の青年の変化・成長も。
――大丈夫、間違っていない。
その言葉が生み出す自信、彼が持っていなかった言葉。
切っ掛けは募る想いに反した自分。そして‥‥。
「ありがとう。素敵なお茶会を‥‥」
そして、貴方の成長が見れて‥‥良かった。
伏せる瞳が映しているのは、誰の姿なのだろうか。
ソラは、エレンの綺麗な横顔をそっと見つめていた。
◇◆◇
「さて、食べてくれますわね?」
目の前に差し出されたニシンの身入りチョコをアンドレアスは冷や汗と共に見つめていた。
――なんでコレを作ったんだっ!
思わず叫び飛ばしくなるも、目の前に立っている佐伽羅が怖い。
どうやらヨグも一緒に食べさせられるらしく、同じくフルフルと佐伽羅を見つめていた。
「‥‥完食、お願いしますね?」
「「‥‥はい」です‥‥」
ヨグは、視線で一緒に食べてくれそうな海とクラークを見たものの、2人とも素知らぬ顔で去っていった。
どうやら、アンドレアスとヨグ、二人で片付けなければいけないようであった。
その後、二人がどうなったのだろうか‥‥それは、後日皆の手元に配られた、クラークが撮ったお茶会の写真に収められている。