●リプレイ本文
キルティングとは布と布を重ね間に綿を入れ、糸で様々な模様を描くことにより多種の物語を奏でる。
現在その技法はあまりにも数あるが、最初は極々単純だったと言われている。
しかし、決して初心者向きとは言えないかもしれない。
だけれども、初心者でも己の技量を高める過程としては良い題材ではある。
忙しい時間だけでは疲れるから、たまには語らいを。
そんな想いものせ、集まった者達は門を潜る。
それぞれが、己の過ごした一年を振り返りつつ、静かに過ごす場所として。
◇◆◇
「暖炉か‥‥初めてだけど何だか暖かくて懐かしい感じがするわね‥‥」
冴城 アスカ(
gb4188)は暖かなコートを脱ぎ、そっと火元に立つ。
傍にはいつも寄り添っているはずの神楽 菖蒲(
gb8448)が、今は少し遠くで。寂しげに視線が落とされる。同じく暖炉へと寄ってきた雪待月(
gb5235)に少し笑みを返すと、暖炉の周りにクッションを並べるノーラ・シャムシエル(gz0122)の手伝いを始めた。
「ノーラ、これここでいいかしら?」
「ん、いいと思う」
広げられる布が、色鮮やかに舞う。
綺麗な木製の箱からは、何色にもわたる刺繍糸たちで。少し弾んだ声が、楽しげに部屋内へと広がった。
「わからないことがあったら聞いてくださいね」
祝部 流転(
gb9839)は布選びへと盛り上がる女性陣へと優しく見守りつつ声をかける。
ソーニャ(
gb5824)はクッションの中へと埋まりながら暖炉の灯りを見つめていた。
暖かに揺らぐ、そして巡る火に視線は釘付けになる。
彼女には、記憶が無い。
4年以前の記憶が存在しないのだ。
揺り起こされるのは、研究施設の記憶だけ。暖かさとは無縁の、少し悲しい記憶。それでも、クリスマスプレゼントをくれる者がいた。ささやかな幸せ、それが蘇ってくる。
特別な日だって、思える日なのだと。
菖蒲は携えたラグエルを脇へと下ろしながら、アスカの後ろへと回った。
気まずいのは、少しのすれ違い。
だけど離れたくない、それだけは確かで。ゆったりと展開する時間が、距離を縮めてくれることを、少しだけ願いながら。
暖かで柔らかな色を選んだ菖蒲とは対照的にアスカが選んだのは寒色系だ。そこに描き出されるワンポイントは何なのだろうか。
ノーラへと教える百地・悠季(
ga8270)は得意とばかりに複雑な模様を入れていく。
それは彼女のパートナーのシンボルで。彼の身につける手袋にも刻み込んだのは悠季である。今度選んだのはハンカチ。いつでも身につけてほしい、そんな事も願いながら2種の模様を布に印しづけてあった。
「ノーラは何を作るでありやがるです?」
シーヴ・フェルセン(
ga5638)はそっと大きくなってきている腹部を触りつつ尋ねた。
既に7ヶ月目に入り、時折動くのがわかる。
不思議そうに見つめる柚井 ソラ(
ga0187)は、少しまだ戸惑いを感じているらしく。
出合った頃と変わってきている彼女に、安定を感じている悠季は優しい眼差しで彼女を見つめる。
「ノーラさんは、何を作られるのでしょうか‥‥?」
雪待月は布を選んでいるノーラを横から覗き込みながら聞いてくる。そんな彼女にふわりと笑みを返すと、ソラが横から声をかける。
「シャムシエルさんはベビーキルトです?」
その言葉にも、ただ笑みだけ返して。
薄らと桜色の生地を選ぶと、それにあわせて白い糸を選び取った。
「‥‥あ。そういえば、ノーラさんて呼んだ方がいいですか?」
慌てて口元を手で覆いながら、ソラが困った様に首を傾げる。
確かにノーラは結婚をして姓は変わった。だが、シャムシエル自体元々は家名ではない。探偵として、その時に使う名として選んだ名前にしか過ぎない。
「好きに呼んでかまわないよ? あたしはあたしだから」
困ってるソラの頭を撫でながら、優しく告げる。
傭兵達が、本当の名前を隠しているものが多い中で。探偵をしている彼女自身も本当の名は隠しているから。そしてこれからも‥‥。だから気にしないでいい、そう告げる。
「お茶、用意してきますね」
布を選び終え、刺繍を始めようとした様子に、ソラは台所へと場所を移動した。
人数をしっかり覚え、どの紅茶を用意しようかと考えながら、廊下を歩いていく。
「妊娠中はあまり紅茶良くないんですよね‥‥」
他から聞いた話を思い出す。知り合ってから、彼女が良く飲んでいるのは紅茶だから。何を代りに出そうか、ノンカフェインの物がいいかと思考を巡らせていく。
少し離れた台所にはヒューイ・焔(
ga8434)が重い荷物を抱えてついたところだった。
「寒い時にゃ、やっぱ鍋っしょ鍋」
ヒューイは勝手知ったると言った感じで台所へと入っていった。
何をするんだろうとソラが覗くも、スーパーの袋一杯に入った材料をテーブルの上へと広げていた。
厚めの生地にはデフォルメされた犬のぬいぐるみが描いてあり、ゆったりとスカートの裾を広げ座るノーラの上に膝掛けをかけながらキョーコ・クルック(
ga4770)はその生地で彼女の手の大きさを測り取る。
「身体を少しでも冷やさないようにね〜」
そっと握り取ると、自分の手とは違い荒れていない、細い指。そしてその指に煌めく銀の指輪にほくりと微笑む。
「ん、ありがとうね〜」
そっと戻すと、測り取ったサイズより一回り大きめに切り出し。
針を取ると、自分の指先を見つめる。
先程の彼女とは違い、荒れて、少しゴツゴツとしてしまった自分の指を。
この手を見ると、今までの経験が思い出される。苦労した時もあった、そして今‥‥傭兵としての歴史もが、この手に刻まれている。
少しだけ目を瞑る、祈りを捧げるように。再び開いた時には、視界の片隅に移った暖炉の暖かさで心が解れていくのを感じていた。
「‥‥」
「‥‥」
背中合わせの二人は、ゆっくり流れる時間の中で何かを感じていた。
合わさる背中、伝わる温もり。ゆったりとした、優しい時間。
解れていくのは、何なのだろうか。わだかまりか、それとも意固地になった心なのか。
「菖蒲」
アスカが、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「ん」
視線を布と針から離すことなく菖蒲は感情をこめずに返事を返す。
「クリスマスは‥‥ゴメンね」
「‥‥ん」
出た言葉は、謝罪。受け取ったのは、嬉しさを隠す平然とした返事で。だけれども、少しだけ重くなった背中が、二人の間に出来た壁が崩れたことを示していて。
縫っていた手を少しだけ休め、後ろを見つめる。
「菖蒲」
「ん」
彼女は変わらない。相変わらず視線も、動く手も休めない。
「大好き‥‥」
そっと絡ませたのは、自分の身体だった。
腕を回して、抱き寄せた彼女の身体。少しだけ、少しだけ力を入れて。
「‥‥ん」
表情が、ようやっと緩む。それが余計嬉しくて、愛しくて余計力が込めらる。
暖炉が作り出す温もりが、部屋全体を優しく彩って。
ちょっぴりきまずい雰囲気だった菖蒲とアスカにも、交わす視線が生まれていた。
「シーヴ、ここはね‥‥」
悠季は針の進めを教えながら手元が危なそうなノーラとシーヴを見ていた。
お互いに新しい時間を進みだした者同志、そして‥‥裁縫が得意ではないもの同志である。何がいいだろう、そう相談してきめた結果作ることに決めたコースター。
入れる模様は雪の結晶。ちょっと複雑で、でも心を込めて。
最初に入れる模様たちの線を布に描き出し、願いを詰め込み。
静かに世界を清めるようにと、降る雪を思い浮かべながら一緒に使う相手を脳裏に浮かばせ、微笑む。波乱万丈の末、乗り越えてきたものが今、指に光る輪に込められていて。思わず幸せが零れ出る表情に、つられてノーラたちも笑みが浮かぶ。
ノーラが用意したのは、シンプルな模様。
端に描き出される、鳥の羽。
桜色に白い糸で、ふわりと浮かんだ羽根はこの先に待っている、春を先取るようで。
ステッチに戸惑いつつも、悠季が時折教える言葉を聞き、針を進める。
その横で雪待月もまた同じように針を走らせている。
彼女が選んだのは‥‥オーソドックスなクロスステッチのキルティング。染めによっていく段階にも分かれた糸を用い、縫い進めるごとに様々な色が浮かび上がってくる。それが模様となりて、不思議な持ち味を出していた。
冴木美雲(
gb5758)が選んだのは枕サイズの布にアップリケをしていく。デフォルメの美雲が犬のキグルミを被っているバージョンである。水色の生地に白と茶の生地を合わせ、可愛く仕上げていく。
「やっぱり、犬‥‥だよね‥‥?」
贈り主をそっと思い浮かべながら。
この枕のサイズは、クリスマスの日に訪れた美雲の想い人の部屋にあったものより一回り大きい。うろ覚え気味だから、後で調整できるようにと考えてだ。
「いっそ、ダブルサイズの枕用のを作って、枕も一緒にプレゼントしちゃおうかな‥‥」
ちょっぴり危険な考えを口走りつつ、予め用意しておいた布を広げながら取り掛かるようすに、いつでもアドバイスできるようにと菖蒲は見守っていた。他に気にかかる子も居るけれども、それは悠季に任せておけば大丈夫だろうと。
美雲は一人暮らししている事もあり、他の心配要因よりは手元がスムーズに進んでいる。しかし、彼女の心配どころは別にある。
何よりも天然なのだ。天然ドジッコ娘なのだ。
何をしでかすかなど予想できるものではない。
菖蒲は自分の手元に集中しつつも、美雲の様子を逃さぬように緊張を保っていた。それが伝わったのだろうか、背中合わせのアスカも時折確認する用に周りを見渡す。
ソーニャが大きめの生地にゆったりと生命の木をイメージして刺繍している。横では祝部が優しい視線で見守っている。生命の木は、ゆっくりと枝葉を広げ、その枝には青い鳥たちが止まり‥‥。
――コレは、ボクが覚醒した時の瞳のように。
ソーニャは思い出す。
誰かが言ってくれた、その言葉を。
『君の瞳が、覚醒した時の瞳がとても綺麗だ。それは、まるで幸運の青い小鳥の青と生命の緑だ』と。
クリスマスの象徴に祈りを捧げながら、そっと縫い合わせていく。
暖炉の片隅で、ひっそりと。
祝部はそれを見守りつつ、自分の手を進めながら微笑を浮かべていた。
「休憩、いかがですか?」
人数分のカップとソーサーを持って現れたソラは、静まり返りつつも暖かな雰囲気に包まれた部屋に入ってそっと言葉を発した。
そこは、なんだか踏み入れないような気もしつつ、でも、なんだか懐かしい空気で。
ゆったりと手招きをするノーラの方へと微笑を返すと、一緒に持ってきた手作りのクッキーを恥ずかしそうに差し出した。
ここに入るときに差し入れといって渡たされたシーヴのマドレーヌもある。
「そうね、少し休憩しましょう?」
アスカは率先して手を休め、ソラの手伝いをはじめる。
キョーコも、布たちが汚れないようにと場所を避難させながら輪の中心に皿を置く。
「あ、手伝いますっ」
ひょこひょことソラが入れた紅茶やココア、ルイボスティーなどを運ぼうと立ち上がった美雲はまだよけきれてなかった布へと引っかかった。
「はうあっ!?」
足がちょうど、布の上で滑る形となり、後ろへと倒れる。
「くっ! この子ったら」
伸びた手は、済んでのところで美雲を受け止め、地面へつくよりも前に豊かな感触の腕の中へと引き込まれていた。
「あ、ありがとうございます」
「もう‥‥。女の子なんだから注意しなきゃ」
上を見上げると、常に気を張っていた菖蒲の顔が間近に見え。恥ずかしさでそっと顔が赤くなった。
ノーラがのほほんと暖炉の火を見つめている様子にキョーコはそっと溜息を吐く。
彼女は、ギリギリになるまで仕事を続けるためにこちらから離れないといった。しかし、流石に一人では駄目といわれたためか、今は事務所の先輩の家へと移っている。
「‥‥たまには周りも頼らないと、ね?」
「‥‥ん」
頼るのはちょっとだけとばかりに、膨れた頬を手でそっと包む。
安定しているようで、安定してない。そんなノーラを見てシーヴは自分と重ねてみていた。
『待つ』立場はシーヴの彼とノーラ、同じなのだと。愛しているからこそ‥‥大切だからこそ、踏み込めない距離があるのかもしれない。
それでも、彼女なりに互いを支え、そして互いにやるべきことに向ってきた。
でも、それだけでは埋まらない何かがあって。そのためすれ違いも多く経験してきていた。信じていたのは、お互いの心。心だけは、いつまでも一緒に居られるという願い。
だから、だからこそ夏に得たプロポーズ。この冬の挙式が生まれた。
「そーんな顔ばっかりしてるんじゃないわよ」
いつものがまた始ったとばかりに悠季は肩をすくめて、ノーラの手の上から頬を包む。
いつも見てきた、彼女の行動を。だからこそ、年齢関係なく親しく、親身になってこられたのだと思う。
「でノーラ、体調や今の心境はどんな感じ?」
思ったより先を進んでいく彼女に少しだけ意地悪げに尋ねる。
途端に赤く染まる頬は変わりなく、変わりないことに安心しつつも苦笑が零れた。
「あ、た、体調は‥‥い、良いと思う‥‥」
視線を躍らせつつ、照れながら。それでも紡がれる言葉は、その場にいた者達には微笑ましく。先程まで傍に居てくれないもんといった形で拗ねていたのとは違った感じである。
ぽつりぽつりとつられるように話す言葉を、温かなお茶と少し歪ではあるが一生懸命作られた手作りクッキーを口にしながら。優しい視線に守られ、ゆっくりと時間が過ぎていく。そっと席を外したソラは、再び台所へと向う。
◇◆
「さて、腕を披露しますっか」
ニコニコとした笑みで、ヒューイの手元には包丁が握られた。
場面は、さぁ料理番組よろしくな様子。ソラはドキドキしながらそんなヒューイの行動を、傍にあった椅子を引き寄せ見守る。
どこからか音楽が流れてきそうなひと時。それはヒューイの口からなのかもしれない。
「まず用意するのは‥‥」
取り出された食材たちは綺麗に並べられ、使いやすい用に分量もわけられていた。
材料は以下の通りだ。
<ヒューイ特性豆乳鍋(6人分)>
・人参 2本 ・大根 1/2本 ・春菊 1/2束 ・豆腐 2丁 ・しめじ 1〜2パック
・豆乳(成分無調整) 1L ・水 2カップ ・固形ブイヨン 4コ ・しょうゆ 大さじ2杯
・豚肉もも(赤身・薄切り) 400g ・万能葱 適量 ・七味唐辛子 適量
・中華麺orご飯 お好み
まずまな板の上に置かれたのは人参と大根だ。綺麗にピーラーを用いて皮を剥いていく。そのままピーラーで薄く一定の厚さで切っていった。春菊をざっと一洗いし、ざくっと3つくらいに切り分け、取り出した豆腐を2丁6つ切りにする。さっと洗ったシメジを小房ごとに分ければ、野菜類の材料の下準備は完了だった。
続いて取り出したのは、大きな鍋2つ。大体1つ6人分くらいの大きさだろうか。
その中に豆乳、水、固形ブイヨン、醤油を入れ煮たて、先程の野菜たちを投入していった。傍で見ていたソラも、いつの間にか一緒に手伝いを始める。もう一つの鍋は、ヒューイの行動を見まねたソラが作っていく。
続いて薄切りにした豚肉と、先程の春菊を入れ、丁寧に灰汁取りしながら煮ていく。
少し蓋を閉じ、全体に火が通ったのを確認したら、半ば完成。火を止め、後は食べる時間を見計らうばかりだった。
後は盛り付け時の準備とばかりに万能葱を取り出し、小口切りにして別の器に入れておいた。
「おっと、後は任せてもいいか?」
壁に掛けてある時計を見ながらヒューイはソラへ声をかけた。
「あ、はい。皆さんにお出しすればいいんですよね?」
どきっとしながらも、きちんと受け答えをする。満足気に頷きつつ、ヒューイはつけていたエプロンを外しながらソラの頭に手を乗せた。
「俺さ、これから仕事だから。一緒に食えないけど‥‥よろしくなっ」
そういうと持ってきた荷物を担ぎ上げ、ヒューイは屋敷を後にした。
ソラはいそいそとワゴンの上に作り上げた鍋と取り分ける器を人数分乗せると、カタカタと零れないように気をつけて皆のいる部屋へと運んでいった。
◇◆◇
「んーっと」
休憩を挟んだ後、着々と進む作業。既に終っているものもおり、いったんアイロンを掛け、綺麗に伸ばしてから最終の加工へと進んでいた。
仕上げとばかりに思考を使っている想い人の姿へと飛ばしていた美雲は、ニヤニヤと妄想が激しいのが顔に出る。時折赤くなったり、そのままニヘラとしたりとなにやら百面相よろしくとなっているのだ。
既にアスカと彼女達の娘用にと菖蒲の柄が入った枕カバーとコースターを作り終えた菖蒲は美雲の百面相をどうしたものかと見守っていた。想像がどこかに飛ぶたびに、作っている枕カバーを抱きしめ、手の動きが止まるのだ。
「よしっ、ミトンと膝掛け完成っと♪」
喜びの声を上げたキョーコは出来上がった膝掛けを広げ見る。
デフォルメされた動物達があちこちに描かれた生地は、なんとも可愛らしい。ちらりとノーラへと視線を移すと、まだ何やら真剣な表情で布たちと格闘を続けている。
「‥‥気に入ってもらえると嬉しいけど」
送り先は只今奮闘している彼女へで。きっとこれから料理の機会が増えるだろうと思い作ったミトンと、身体を気遣っての膝掛けをそっと袋につめラッピングを施す。
「‥‥ノーラ、そこ間違えてる」
悠季の声が飛ぶたび半泣きの表情になり、悔しそうにまた戻ってやり直しているのだ。
シーヴもその様子に真剣さを増していく。針を進めつつ、想いを浮かべるのは一緒に使う彼の姿で。
「っ!」
そうしていると本日何度目かの指先と針とのご対面となった。
気付いたキョーコはそっとシーヴの指先に治療を施していく。
「女の子はお肌に傷をつけないように気をつけないとだめだよ〜? ‥‥まぁ、男は舐めておけば治る」
笑顔で言うその言葉に、つられて笑みが零れ出る。
ソーニャも完成したらしく、腕一杯に広げようとした。
少しばかり布の方が長く延び切らない様子に、どうぞとアスカが広げるのを手伝う。
少しばかり驚いたものの、ありがとうと告げ、開いた布には大きな生命の木。
たくさんの青い鳥が到来している姿が浮かび上がった。
「‥‥寒い夜も、暖かく過ごせるように‥‥」
呟く言葉は、身寄りの無くなった子供達への言葉だった。
そうねと、小さく呟き返し。一緒に丁寧に畳んでいく。
雪待月も数点の小さな小物を作り終えると、最後に残ったノーラの様子を見守る。
既に作り終えていた悠季はこんなものよとばかりに、『車輪』や『鳥』などの複雑な刺繍を施したハンカチを丁寧にアイロン掛け、畳み、袋へと入れていた。
「むむ‥‥」
周りが終わっていく様子に焦りを感じつつ、ノーラは頑張って針を進める。
もう少しで終る、だけれどもまだちょっと。
シーヴも完成した様子でアイロンを掛け終わったコースターを用意されていた袋につめた。祝部も数点、彼女自身の屋敷で使うように仕上げている。
アスカはちょっと大きめのクッションとコースターを袋につめ終わると、きっと送り先であろう菖蒲の方をそっと見、笑みをこぼした。
「‥‥‥‥できたっ!」
広げられた桃色の布、そして描かれた羽がその生地にまっていた。
ノーラが作ったのは一枚ではなく、数枚に及ぶタペストリーたち。
羽根たちだけではなく、それぞれに何やら他の模様も施されている。
「へへ‥‥、お付き合いありがとうなのですよ」
完成と同時に出た笑みは、嬉しさであふれていて。
出来上がった様子を確認したソラは、先程ヒューイと作り終えた鍋を卓上のコンロで再び暖めなおし、別に用意したテーブルの上へとセッティングを終えていた。
「みなさん、お腹すきませんか?」
労いを込めた食事へと席を勧めたのだった。
「うん。思ったよりいいできだ♪ 家に飾っておこう」
ノーラを待っている間に、キョーコは皆の布の切れ端でタペストリーを完成させていた。パッチワークで作られたそれは、色とりどりで。配色センスが中々の出来映えとなっていた。
◇◆◇
「お客さん、いい知らせかい?」
バーの片隅で自分宛の手紙を広げていたUNKNOWN(
ga4276)にマスターは声をかけた。
どうやらグラス片手に笑みを浮かべていたらしい。
「あぁ、そうかもな‥‥」
いつもよりも優しげに微笑んだ口元は、そんな言葉を溢し、すぐにグラスでふさがれた。マスターは白い布で磨いていたグラスにそっと息を吹きかけると、そんな客の様子に満足気に磨きに力が入る。
手元に広げていた手紙は、綺麗に折り畳んだシンプルな白で。
紙にびっちりとではなく、数行に書き記された内容に贈り主の性質が伺える。
グラスを置くと、手元に握るは2つの胡桃で。小気味よく転がしては、揺れるグラスの中身を見つめていた。