タイトル:【BV】束の間の休日をマスター:雨龍一

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 10 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/02/25 02:09

●オープニング本文


「さて、そろそろ職場に戻らんとな‥‥。書類の山よりも、人害が出ていないことを祈るとしようか」
 上着のポケットから取り出した煙草を咥えつつ、ジョンは白衣を持って歩き出した。
 今回彼が訪れたのは人類の技術ではまだ到達出来ないものの解明に当たるためだった。
 しかし、何故に情報が遅れたのか、彼にその事実が知れ渡ったのはほんの数日前の話。
 そのため、スケジュールの調整を無理やりしてきたのだが。
「ん‥‥、なんだったかな。結構重要な事を忘れている気がするんだが」
 どうやら、そのやりくりの中で意図しない間違いがあったようなのだが、まだ思い出せていない。確か人と会う約束だった気もするのだが、彼のいつもの不透明なスケジュールを考えると、誰かがちゃんと補ってくれているであろうと結論づけてしまっていた。

「ブレスト副理事‥‥」
 助手として解析を手伝ってくれていた研究者が、熱い珈琲を片手に近付いてくる。
 彼の好きな珈琲は貴重品だ。そのため調達するのが大変困難であるのだが、そこはそこ。胃薬同様副理事の権限で掻き集めていたりする。
「あぁ、ありがとう」
 濃い目に入れた珈琲に少し口をつけると、一緒に持ってきたファイルに目を通す。
 ジョンがここで出来ることは、既に終った。後は、持ち帰ったデータを研究所で使えるものにする作業である。
「よし、帰りの用意を進めてくれ」
 ペンで素早く項目をチェックしていくと、それを渡しつつ告げる。
「それでは、部品関係はどうしましょうか」
「あぁ、それは別便だ。一緒に持って運んで、襲われちまったら仕方ないだろう」
 ヒラヒラと手を振りつつ、仮眠するといって部屋へと引き上げていく。
 研究者は僅かに一礼をすると、踵を返しつつ連絡を取っていた。


「失礼します。ブレスト副理事がお帰りになるそうです。ええ、そうです。部品については 別便でと‥‥はい。それでは至急調整をお願い致します」

 現在LHの所在は出発した当初より移動しているだろう。しかし、彼を無事送り届けるため護衛を招集する必要があった。

●参加者一覧

ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
ホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416
20歳・♂・FT
リュウセイ(ga8181
24歳・♂・PN
錦織・長郎(ga8268
35歳・♂・DF
橘川 海(gb4179
18歳・♀・HD
雪待月(gb5235
21歳・♀・EL
鷹谷 隼人(gb6184
21歳・♂・SN
アレン・クロフォード(gb6209
22歳・♂・DG
ルクサーナ・トゥファン(gc0425
15歳・♀・HG
フロスヒルデ(gc0528
18歳・♀・GP

●リプレイ本文

 穏やかな日常は、どのように訪れるのだろうか。
 ぼぉっと煙草を吹かしつつ考えていると、どうやら時間が来たようだった。
 扉をノックする音に、仕方なく返事を返す。
 カップに残っていたコーヒーを呷る様に飲み干すと、ジョン・ブレストは、数人に囲まれる様に飛行艇へと身を移した。



「ラブアンドピースッス!」
 機内へと乗り込んだ瞬間、大きな声が掛かる。巨大なリュックを背負ったルクサーナ・トゥファン(gc0425)だ。真っ直ぐと突き出した手は、ピースサインを。満面の笑みでジョンを出迎えた。
「あんた位になると、色々と俺たちが知らないことを知っているのかね?」
 アレン・クロフォード(gb6209)の挨拶代わりの質問に、ジョンはにやりと笑みを返す。
 ケイ・リヒャルト(ga0598)の案内によって席へとつくと、寛ぎを考え、少し距離を置いて護衛の他の傭兵たちが席へとついた。向いには錦織・長郎(ga8268)、今回ジョンの囮となってしばし時間稼ぎをするために仕草を覚えるためだ。そして、若い女性陣。橘川 海(gb4179)、ルクサーナ、フロスヒルデ(gc0528)が取り囲む。
 やや後方に雪待月(gb5235)とリュウセイ(ga8181)が、そしてホアキン・デ・ラ・ロサ(ga2416)とアレンが位置につきつつジョンの息抜きの場所を探すのにLHの地図を見ていた。
 ケイはそのまま機内のサービスへ、鷹谷 隼人(gb6184)は扉近くに行き、警戒へとあたる。

 機体はあらかじめ、ジョンへと専用に宛がわれたものであった。しかし、何が有るかはわからない。護衛にあたり、事前にチェックを怠ってはならぬと各部位について徹底的にチェックが行われていた。飛び立つ場所は2月の時点で冬。寒さが一番際立つ季節でも有り、これから向うLHの気温は何やら夏日のようで気温差が激しい。
 その点も含め、安全面には注意したいところだった。

 口元に指を寄せ、シグナルを出すジョンに気付いた鷹谷はそっと前方へと誘導していった。
「秘密ですよ? 換気はお願いしてありますが‥‥苦手な方も同乗してるので」
 鷹谷は渋々といった感じでジョンの姿を隠すようにたった。
「ん‥‥。専用機なのに、不便なものだな」
 丁度吸気口の真下で身を隠しながら吸いつつ、ジョンは溜息をつく。
 機内は快適だった。ケイの行き届いたサービスはまるでキャビンアテンダントのようであり、海の入手してきたコーヒーは中々の味わいであった。しばし長郎の観察する目が鋭く気にかかったものの、久々の息子と同世代の若者の話は仕事を忘れるには最適であった。お茶のお供にとルクサーナが出してきたのは、何やら容器に入ったものであった。
 蓋を開けると、甘い匂いがしてくる。
「バクラヴァっていうんですッス!」
 悪気の無い笑みで突き出される、それは地獄への近道。甘さだけで意識が吹っ飛ばされる代物であった。
 何という善意。善意だが、悪意にも似たものを感じざるを得ない。
 ジョンは「あ、後でいただこう」と返答した後、ここは寝たふりが一番と決め込んで重い瞼を閉じたのだった。
 なお、この差し入れを口にしたものは、どうやら誰もいなかったようである。

 ◆

 飛行機は、緩やかに航行を続け安全な旅路を進んでいく。
 ゆっくりと螺旋を描き、降り立ったのは目的地であるLH内の軍事基地であった。
 当初の予定通り、機内でジョンに扮した長郎が鷹谷と共に先に降り立つ。その後にケイとアレンが続き、また後に他の者達は降り立っていた。長郎たちの後を追ったケイは、周囲に警戒をしつつ、目の前の人物が、本当に博士だったらと思っていたりもしていた。
 なるべく本人と思えるようにと機内でじっくり仕草を観察していた長郎は、何食わぬ顔で護衛されていくのだった。


 後に降り立ったホアキンたちはショッピングモールを目指していた。ピクニックの準備の買出しが目的である。この度、いかに休暇を取ってもらうかを考えた末、公園へのピクニックが短時間の息抜きにいいだろうという結論に至ったのだ。
 入ると、ふと溜息を吐いた。
「先日は、色々あったな‥‥」
 実は、数日前も彼はココを訪れていた。それはとある人物が巻き込まれた珍道中である。その騒動の原因の一つが、現在護衛対象となっているジョンなのだが‥‥恐らく彼は知らないであろう事を考えると、少しだけ空を見上げた。
 一緒に買出しに出たのはリュウセイと雪待月である。ジョンに変装した長郎たちと、休息の時間を作るための時間稼ぎを終えたのちに合流する計画になっている。何しろ材料だけで10人前以上になるのだ、人手が必要だった。
 ホアキンたちは、メモを片手に、先程よぎった思い出を振り切りつつ、手分けして食材・材料の調達に取り掛かったのだった。


 ジョンを疲れさせる。それが海の考えた作戦だった。
 最後に降り立ったのはジョンを含め4人。サングラスをかけ、少しばかり変装をしたジョンを護衛するのは海とルクサーナ、フロスヒルデである。
 何故か今、ジョンの腕にはフロスヒルデがぶら下がっており、「おじさまっ!」と呼ばれていたりする。傍から見ると女の子に囲まれている、怪しい中年‥‥大変痛々しい限りである。
 まぁ、めったに無い経験だから楽しんで(?)もらうことにしよう。
 海が話しかけるのは、主にジョンの息子・ジェームスについてだ。
「私、大尉の仔犬の里親依頼に行ってきたんですよっ?」
「博士はペット、飼ってたりしましたかっ?」
 などと、質問攻めだ。時折奥さんのことについても尋ねられたが、そこら辺を語らないのはいつものことだったりする。一体、いつになったらその秘密が明かされるのだろうか、それはきっとまた別の話でであろう。
 クルクル変わる彼女達の表情に、振り回されつつも、そんなに悪い気がしない中年のおじさんであった。

「つきましたっ」
 ホアキンが選んでいた公園へと先に到着したジョン達は、海とルクサーナが広げたビニールシートの上へと座っていた。
 たくさんの緑と、柔らかな風が彼らを優しく撫で上げる。
 流石に暑くなってきて脱いだ上着も、彼女達の手によってきちんと畳まれ、横へと避けられていた。皆が来るには、まだ時間がある。いまごろ、買出し班に囮班が合流してこちらへと向っているところだろう。優しい風の影響か、それとも海達の作戦が成功したためなのだろうか、ジョンが睡魔に襲われているのを察知すると、寝てもいいですよ、と声が掛かった。
 そっと隠すように立てられたのは、機内にリュウセイが持ち込んでいたメトロニウム傘。辺りからの視線を遮って、心地よい日陰を作ってくれたのだった。
「本当に、お疲れだったんですね」
 それは、目を閉じただけだったジョンが、微かな寝息を立てているのを確認した言葉だった。


「発泡酒にワイン、日本酒もあるぜ。ツマミはサラミと板チョコだ」
 公園に着くや否や、リュウセイが袋から取り出したのは、様々な飲み物とツマミだった。それを、雪待月の前にどどーんと並べる。「海はノンアルコールな!」といって、ラムネを渡すことも忘れてはいない。
 どうやら20歳を越えた雪待月と酒を飲み交わそうと用意したものらしく、その勢いに、雪待月はくすりと微笑んだ。
 買ってきた食材をケイと鷹谷が丁寧に調理していく。後ろでわたわたと駆け巡るルクサーナはぶきっちょさもあり、そんなに役に立っていないのが残念であった。
 彼らが食材の準備をしている中、ホアキンと海は火を熾す準備をしていた。組み上げられた石は、この公園の備え付けのもの。そこに買ってきた鉄板を置き、下に新聞紙で点火をした。鉄板の端で焼かれ始める焼きそばの匂いに釣られ起きたジョンは、暫しの間寝ていた自分に驚愕をする。
「あっ! おはようございますっ」
 その声で、皆もジョンが起きた事に気付く。すでに食べるだけとなった状態で起きた事に気まずさを感じつつ、「今日くらい‥‥ごゆるりと‥‥お楽しみくださいませ」の鷹谷の言葉に甘えさせてもらうことを決意した。
 戻ったら仕事が残ってるからと、流石に酒を口にしなかったものの、ビニールシートの上では宴会状態。話も弾むものである。
 先程用意された食材を丁寧に焼いていたホアキンが、出来上がったものから順次食べれるぞと声をかける。
 紙製の使い捨ての皿に取り分け、シートへと運んでいくと肉は、見る見る間に無くなっていった。
「おいおい、ちゃんと野菜も食えよ」
 そういいつつ、ジョンの手も肉に延びているのはお約束だろう。
「あ! 豚肉はイラないっす!」
 ルクサーナが串からきれいに豚肉を避けると、それを海の皿へと移していく。
「え!? わたしが食べるの?」
「はいっ」
「お〜い〜し〜い〜よ〜」
 その二人のやり取りに、フロスヒルデはにこりとしながら皿の上のお肉を食べていた。
「デスクワークが出来る奴は素直に尊敬するよ」
 串に刺した肉を頬張りながらアレンはジョンに話しかけた。
「そうか? 俺の場合は始末書の山だったりするが」
 それも他の奴の書いた物のチェックが主だ、と。ぼやくジョンにヤハリといった視線が投げかけられる。そんな、いつも見られないジョンとの食事は、大変楽しいものになっていた。暖かいこの光景を、一体いつ経験しただろうなと振り返りつつ、ジョンは彼らに感謝をしていたのだった。


「博士‥‥少しばかりは休息になったかしら?」
 少しだけ大人びた表情で見上げてくるケイに、ジョンは笑みを返した。
 ここ数日、閉ざされた空間の中での緻密な作業。それが、彼らのおかげで久しぶりの太陽の下で過ごせたのだ。普段の勤務時でも、太陽の下に出ることなどめったに無いことを考えると、一体いつ振りなのだろうかと思ってしまう。
 目の前では、元気一杯の海とルクサーナが先程まで皆で食べていたバーベキューの片づけを行っている。
「火、要ります?」
 そっと隣に来たホアキンが、煙草を咥えつつライターをチラつかせる。先程、「あたしの地元のトルコから持ってきた名物、水煙草ッスよ!」と、ルクサーナに渡された物があったが、流石に手を着ける気にはなれず、笑顔で受け取るだけ受け取ってはいた。出来るなら、普通の煙草で寛ぎたかったのだ。軽く手を上げると、すかさず長郎が好みの一本を差し出した。
「良く見てたな」
「不躾ですまなかったが、把握できることは把握したかったんでね」
 長郎もジョンと同じ銘柄を咥えつつ、ホアキンに火をつけてもらう。
 既に陽は落ちかかっており、見える景色は夕焼け色へと染められてきていた。すっと吐くと、心地よい風が疲れを拭ってくれる感覚に襲われた。
 ジョンにとって本日が、大変有意義な休日になったのは、言うまでもないことであった。




 ケイの用意していた車で、最終的な目的地、未来科学研究所へと向っていた。
 アレンのカメラに残った、今日の記念。きっと素敵な写真が出来上がっているだろう、そう思いつつ写したカメラを胸に抱く。
 もうすぐ、お別れだ。暫しの時間であったが、普段は見られない顔、過ごせない一時を共にしたことは、双方にとってきっといい思い出となったであろう。

「博士っ!」
 別れ際に海が真剣な表情で声をかけてきた。
 振り向くと、複雑な、だけど何かを飲み込んだ後に少しだけ気まずそうに話し出した。
「ええと、ティランさんに会ってあげてくださいねっ‥‥」
 ティラン。ティラン・フリーデン。
 食事中に、ホアキンから言われた言葉を思い出す。
――ああ、彼が俺の忘れ物か。
 大事なことを忘れていると思っていたが、それがティランだったのだと、彼の中で今結びついたのだ。約束していたのは、そう‥‥。出発した次の日。
 待たせてしまったティランの事を考えつつ、ありがとうと、苦笑しつつジョンは後ろ手で挨拶をしながら建物の中へと入っていったのだった。
 ジョンのポケットには、そっと偲ばされたコーヒー豆が入っていた。入れたのは‥‥どうやら鷹谷のようであった。


 皆と別れた帰路の途中。フロスヒルデは胸に抱きしめたなっちゃんと話していた。
『あんたって、年上が好みだったの?』
 暫し考えると、ふるふると首を振る。
「うーん。何て言うのかな‥‥お父さんって感じがしたの」
『そう‥‥いい経験が出来たわね』
 フロスヒルデに記憶は無い。しかし‥‥、奥底に沈んでしまった記憶が、ジョンと彼女の父を重ねて見せてくれたのかもしれない、そんな一日だった。