●リプレイ本文
店内は照明が程好く落とされていた。
橙色の裸電球がゆるめにステージを照らし出す。
客席に置かれたのは、ランプを象った洒落たスタンドだ。
ドラムビートがゆるくかかる中、真新しい建物の匂いに混じった酒と煙草の匂いが、何故か心地よかった。
プレオープンといっても、一応は営業である。
招待制のミニライブと取ってもいいだろうか、既に店内には人が集まっていた。
ステージの真ん中へ鎮座しているのは漆黒のグランドピアノ。音合わせだろうか、高めのキーを叩けば、それに合わせて他の楽器も音が奏でられる。
始まるよりも早い時間に現れたノーラには、百地・悠季(
ga8270)が付き添っている。
シフォンブラウスにタイトスカートと、少しフェミニンな姿だ。一方ノーラはというと黒いワンピース型のゆったりとしたミニドレスを着用している。
いつものことといえば、いつものことなのだが‥‥百地はちらりと空調が直接当たらなく冷えない場所を選びテーブルに着かせたノーラへと視線を向ける。年は彼女の方が上だ。だが、何故か役割はその逆で。
担当者とはいえ臨月に近い彼女を見るとついつい世話を焼いてしまう、いやそれでなくてもなのだが。保護者と化しているこの頃に、笑みを溢してしまった。
「当然アルコール厳禁は解ってるわよね」
にっこり微笑む彼女の顔に、ぶんぶんと頷く姿はなんとも引きつって真剣である。
――まぁ、折角だから本場のフィッシュ&チップスでも楽しもうかしら。
メニューを見ながら、注文を考えるのだった。
エレナ・クルック(
ga4247)は普段よりも少し大人びた格好で扉を潜った。
周りを見回し、自分が浮いていないか、ちょっぴり不安になる。
初めてつけた香水も、今更ながら似合わないんじゃなかろうかと手で擦ってみたりしていた。
「ぅ〜 こういう所に入るの、緊張するです〜」
潜る前も、ずいぶん入り口で時間を費やした。カツンと響く踵が高い靴。薄らとでは有るが施した化粧。緊張のあまり、カウンターへとたどり着いたときには既に喉がカラカラに乾いていた。
所々に壁が鏡状になっており、薄明かりの中ぼんやりと反射される。足元にはフットライトが照らされ、視界の邪魔にならない程度、進行の補助へとなっていた。フロアは広く、意外にも全体的に明るい場所であることに驚く。
「うわ〜、思ってたよりもきれいなお店ですね〜♪」
暗がりの中、酷く怖い雰囲気だと思っていたらしい。
カウンター席の端の方で見知った男がいることを確認すると、思わず笑みが零れた。
UNKNOWN(
ga4276)だ。
流石にいつものコートやマフラーなどは脱いではいるもののロイヤルブラックのウェストコート姿は間違いないだろう。
「やぁ、エレナ」
すぐに気付いたUNKNOWNは飲んでいたグラスを軽く上げると視線を隣の椅子へと移したのだった。
始めに演奏をおこなったのは、この店のオーナーがこれから贔屓にするであろう地元の若手バンドだった。奏でられる音楽は、ジャズでは定番のナンバーたち。
ベース音が響き渡り、心地よいリズムを送り出していく。
音響を心配していたが、旨く生音が広がる調節になっており、悪くはなさそうだ。
2曲かなでると、今度はスタンドマイクの前に女性が現れた。
ソフィリア・エクセル(
gb4220)だ。
先に演奏された曲と、店の雰囲気で少々びくついているが、どうやら必死に自分の中で(「ライブハウスですし、チャリティですし」)と言い聞かせているようである。
CD音源でも構わないと持ち込んだものの、折角のライブハウスだからとバンドマン達が動き出す。しかし、彼らは譜面を見て少しだけ驚いた顔を示した。
しかし、すぐさま目配せをすると、明るく小気味よいサウンドにサックスが入り、少しずつメロディーラインが変わっていく。パートを変え、雰囲気をあわせてきたのだ。
主音であるリズムが変わらないことに少し安堵して、ソフィリアは歌いだした。
曲は彼女のアイドル時代の歌。【Sweet Heart】。
原曲はそのまま明るいジャパンアニメーション的なPOPサウンドだ。しかも和楽器で奏でているもので、違和感たっぷりの代物である。
しかし、今夜は少しだけ雰囲気が違う。アレンジが入ったからだ。
歌詞は変わらないものの、後ろで広がる音によって変わっていく世界に、ソフィリアはいつもより大人びた気分を味わっていた。
歌い終わり深々と礼をすると、何故か取り出される『改良版ぎりっ義理チョコ』。
さすが危険物作成者として指名手配を受けただけある。この度はどんなものかと説明をすると、チョコ香料を使った粒入り羊羹を星型やハート型にくり抜き、見た目と香りだけチョコっぽくした別物体であり、味も似せてあるが粒々感がとっても珍妙な逸品。(カカオ不使用)改良版といえども、普通のチョコにはなりえないようだ。すかさず配り始める彼女を止めるものは、誰もいなかった。
ジェーン・ドゥ(
gb8754)は目的の人物を見つけたとばかりに、カウンター席へと近付いた。
「お酒、ご一緒してもよろしい? もちろん、貴方がよろしければ、ですけれど」
彼女の目的はUNKNOWNだ。その言葉に、ロックグラスを傾けて挨拶とする。
隣でジュースを飲んでいたエレナは、ぷくっと頬を膨らませるが、慌てたようにつんとすました。
そんな彼女に気付いてか気付かずか、ジェーンは反対側の空いているスツールへと腰掛けると、身体にフィットしたブランド物のスーツから覗かせた足を組み上げる。
すっと手を上げマスターへと注文したのは、まだまだ始めのモスコミュール。
シェイカーの音が、演奏されている音楽に溶け込んでいく。
流れてきたのはピアノ曲だ。女性の声も聞こえる。
どうやら有志で来た者の出番だったらしい。
響き渡るピアノの澄んだ音。
聞こえるのは、甘い歌声。クラリッサ・メディスン(
ga0853)だった。
ライトに照らされ、白いドレスの姿が浮かび上がる。顔は照らし出されず、なお増す存在感。
曲は『my dear‥‥』。
紡がれる言葉が、静かに胸へと。
気付かないふりをしていただけなの?
無くしかけて、気付くなんて、馬鹿なわたし。
そんな気持ちで贈った今年のヴァレンタイン。
もうこんな気持ちじゃ親友で居られないから‥‥
内容はバレンタイを巡っての友人から恋人へと移り変わる男女の物語。
段々と絡みつく、そんな甘さを秘めながら、彼女の歌声は降り注ぐ。
ジェーンは目を細めると、曲の終わりと同時にUNKNOWNへとグラスを爪弾きながら囁いた。
「貴方から、ドライ ジン:20ml、チェリーブランデー:20ml、ドライ ベルモット:20mlの、カクテルをいただけない?」
その言葉に静かに笑みを返すと、UNKNOWNはカウンターテーブルに手を突いて乗り越えた。
マスターへは手で静止し、数本のボトルへと手を伸ばした。
リズミカルにジンやリキュールを次々にミキシンググラスへと移しいれる姿にボーっとした視線を投げるエレナ。その視線に口元だけの笑みを返す。
カクテルグラスへとそっとあけ、備え付けにレッドチェリーを添える。
差し出されたカクテルに、ジェーンは口をつけた。
「!」
見開かれた瞳に、グラスに添えたはずのチェリーをつまみUNKNOWNは彼女の唇に押し当てた。
「闇より、花の方が華やかでいいだろう?」
UNKNOWNいわくカクテルの名前は『ローズ』。先に出された『キス・イン・ザ・ダーク』は受け取らずに暗に返された意味。
気障ったらしい台詞も、ここでは場違いではなく感じる。その言葉に、頬が朱に染まる。そんなジェーンの様子を知ってか知らずか、続いてシェイカーからグラスにあけたのは 黄色のカクテル。オレンジベースにパイナップル、レモンジュースを混ぜたノンアルコールである。
「可愛いお客さんに」
エレナの前に差し出し、嬉しそうに見上げる彼女の頭をそっとなでる。どうやらバレンタインのチョコのお礼らしい。
ステージでの演奏はまだまだ続く。
「最近のショウビズ界を賑わせている(自称)あやこ。LHでの公演を終えてたった今、到着しました〜」
藤田あやこ(
ga0204)だった。何やら別の地域で女優活動をしているらしく、深々とお辞儀をするとピアノへとついた。
弾き始めた曲はジャズナンバー。定番の曲たちだった。同時に歌声が聞こえる。弾き語りだ。
ノーラと一緒にサンドウィッチを食べていた百地はアンケート用紙に記入をしていく。
今彼女らにはソフィリアも同席していた。三人揃ってノンアルコールドリンクを飲みながら口の方は滑らかである。
知り合いたちや、他のバンドの曲を聴きながら話すのは多方面に飛んで。
こんな時間もいいわよねと思いつつ、ちゃんとプレオープンの目的を汲んで忘れないところに、ノーラは感謝の目を向けた。
短めに編集された曲たちは、メドレーとなって繰り広げられた。
「依頼で素敵なショウが出来るなんて嬉しいわ」
あやこはそんな感想を呟き、笑顔でフィニッシュ。
続いて照らし出されたのはサックス。UNKNOWNだ。
「あんのんおにいさまかっこいいです‥‥」
エレナはステージ前の席へと移動していた。見つめる瞳は熱く、潤んでいる。
流れ出した音は、深みのある音色だった。ジェーンはその音を聞き、思わず気持ちがゆすぶられる感覚に襲われる。何故だろうか、隠されているような、そんな押し沈めた悲しみが伝わってきたのだ。
聞いたことのない、オリジナルナンバーは‥‥他にいた客達をも涙を誘っているらしい。熱く、しかし激しさを押し隠した音色が止むと、今度は椅子に立てかけてあったバイオリンへと手を伸ばした。数回の音合わせの後、奏でられたのはスローテンポなリズム。
そして、流れる様に他の音たちも加わり、本日最後のナンバーへと移っていったのだった。
アンケートを集めながら、最後の曲に合わせラストオーだが取られ始めた。
チャリティー基金もそれなりに集まり、ちらりと見えた店に対しての意見も上々である。
「とっても良かったです〜♪」
うっとりと夢見心地な様子で呟くエレナ。
そんな彼女の様子を見つつ、傍によってきたジェーンにUNKNOWNは招かれるように耳を傍に寄せる。
「――――早すぎるっていいません?」
耳にしたのは、強いお酒の名前。
返って来たのは、優しい笑みだけだ。その様子にジェーンも『また』とだけ声をかけコートを持って外へと足を進めた。
夜風が身に染みる。
ステージの終わり、そして‥‥。
アルコールも入っていないのにほろ酔い加減のエレナは、何も知らずに広い背中の上で夢を見ている。