●リプレイ本文
<Turn>
「それではこちらになります」
ポールと一緒に調査対象の会社に入ったのは三人。クアッド・封(
gc0779)、ロジー・ビィ(
ga1031)、アンドレアス・ラーセン(
ga6523)だった。普段の装いと違い、三者とも大人しめの服装に身を包んでいた。
ここはロンドンの近郊にあるS&G薬品会社である。ビルの高さは30階と、かなりの規模を持つ会社ということがわかっていた。周囲を見回すと、白い服装が眼にはいる。白衣だ。研究所がビル内にあることもあり、作業衣でうろついている者が多いようである。
ロジーは先程渡された資料に目を落とす。
それはここから電車で3時間ほど離れた地区、事件現場から得てきた物。それが、今回の調査の対象であった。
<Preliminary arrangements>
前日、黒川丈一朗(
ga0776)とシャーリィ・アッシュ(
gb1884)は英国の南西に位置するウェールズへと足を運んでいた。
事件の始まりは、この都市からもたらされた新聞記事にある。新聞だけでは中々情報が入手できないことも有り、予め警察内へと話を通してもらい、資料を見る許可を得ていた。
「久しぶりの里帰りが猟奇事件の調査とは‥‥」
硬い表情のシャーリィに苦い笑みを返しながら、黒川は気に掛かっている事へと思いを馳せる。
(「似ている‥‥」)
脳裏に浮かんだ微かな疑惑を振り払いつつ、事件の担当となった刑事へと話を聞いた。
草臥れたスーツに身を包む黒川とは対照的に、シャーリィはすっきりと清潔感の溢れる、言い換えればちょっぴりお堅いイメージを髣髴とさせるスーツ姿となっていた。
ここ、警察署での確認ポイントは4点。彼らがまだ知らない、現場の場所。掴んでいる被害者の身元と、共通点。被害者の失踪前後の行動。そして、遺留品や解剖時の所見、写真の入手である。
「それでは、今の時点でわかっていることは‥‥」
「あぁ、事件同士がリンクしたのも先日の事件が切っ掛けなんだ。それまではその地方においてのみであってココに捜査本部を設立したのも最近にしか過ぎないんだよ」
「‥‥やはり現場を改めて調べるしか」
「新たにわかるところが有るとしたなら、そこらに行ってみるのが一番だろう。しかし、既に時間が経っているからな」
「いいえ、それでもわかることは有ると思いますので」
深々と頭を下げるシャーリィにぽりぽりと頭をかきつつ、一枚のメモ紙を握らせた。
「え‥‥」
口に指をあて、声を出さないように示す。注意深く頷くと、そっとその紙へと視線を落とした。
『―――』
それは、遺体から判明した人物の名簿だった。
<Prejudice>
「‥‥ゲーム、だな」
ポールが関わってきたとされる報告書を置き、UNKNOWN(
ga4276)は呟いた。
ポールに頼んだ彼の過去の依頼たちを見るものの、上層部が事件の捜査を止めにかかっていたこともあり、証拠物を外へと持ち出すことは出来なかったのは残念であった。
悪趣味と思える事件たちを、彼はゲームと片付けたのだ。
電話へと手を伸ばす。
果たしてゲームと断言した彼は、その盤上へと上がれるのだろうか。その答えは、電話の向こうへと繋がる相手にかかっていた。
周防 誠(
ga7131)は潜入する場所を探すのに、ビルを遠くから検証していた。後で製薬会社内部へと入ったアンドレアス達から詳細が得られる。それと組み合わせての、潜入ルートと脱出ルートを調べるためである。
一方、オルランド・イブラヒム(
ga2438)が頼んだ携帯電話は、台数は用意されたものの、渡されたときには渋い顔へと変わっていた。理由は明確だった。電波が届かず、使用が出来ないからだ。
やはりバグアの妨害なのだろう。仕方ないとばかりに携帯は諦めることにしたのだった。
<Investigation>
「このダイスについてなのですが‥‥」
通された部屋に入ると、ポールは徐に事件現場で発見されたダイスが写った写真を提示した。血まみれのダイスはちょうど半透明となっており、中心に図が描かれているのが見える。
「ええ、確かに当社が作った物ですね」
総務部長を名乗った男が頷く。どうやら記念品の一部らしく、記念パーティへと出席した者に対して贈られたそうだ。
ポールと共に、同じフロアへと移動してきたアンドレアス、ロジーは護衛をクアッドに任せ社員達への聞き込みを開始した。さり気無くフロア全体に足を運び、カメラなどセキュリティの位置を確かめながら、である。
◇
ポールたちとは別口で製薬会社へとアポイントをとったUNKNOWNは早くも難題にぶつかっていた。
「申し訳ございませんが、当社は取り次ぐ事はできません」
信託融資を装い入ろうとした矢先、だ。
肝心の会社内部へと入る手はずが整わなければそれ以上の計画を実行することもできないのだ。
電話で頼んだ紹介状も、手元には届いていない。
UNKNOWNの知人の大学教授と英国内に会社を持つ知り合いの社長に依頼をしたのだが、一方は時間切れ、一方は出すことも拒まれた。
株式情報を調査しても、この会社は不自然なことばかりなのも気にかかった。
会社内での研究が、どうやら外部に発表されていないのだ。
もちろん製品である薬品たちについては論文などが公開されてはいる。しかし、その部門に関してはどうやら外部会社への委託で賄われているのだ。つまり、会社ビル内での研究には関与していないと見られた。
<Light and darkness>
「ウロボロスや生命の木について聞き覚えないでしょうか」
ポールから離れて聞き込みを行っているロジーは、他の社員達に尋ねていた。
複数の社員から聞きだした情報を繋げていく。
一つ、生命を尊うこと。一つ、全ての物は循環すること。一つ、薬園を守ること。
この薬園の守り主は、蛇。会社のシンボルは、世界樹に巻きつく蛇。
『Garden for medicinal herbs for S』
会社の基本理念だ。
「‥‥これが、普通の会社が謳う内容でしょうか」
書きとめたノートを見つめ、軽く溜息をついたのだった。
◇
アンドレアスは聞き込みをしつつ、昨日界隈で聞きこんだ言葉を思い出していた。
『身内以外を寄せ付けない会社』
研究者の約半数は外国、イタリアから渡って来ている。事務に対しては少し緩いが、必ず研究者の親類、若しくは上層部の人間と血縁関係を持っていること。関係会社にいたっては、複数のダミー会社を経由しての繋がり。そして、清掃会社に至っても独自のルートが存在するらしく、他の会社と取引しているというところは一切なかった。
新聞記者などに聞いても、あの会社だけは調査対象外といわれる。
「調査対象外ね‥‥黒すぎだろ」
話を聞いていくと、少しだけ変わったことを教えてくれる者がいた。
『この頃、外部の研究所が次々に無くなっていってるらしい』と。
公開されている会社達は倒産も含め、近年解体された物は存在してなかった。
◇
ポールはクアッドと共に人事データを見ていた。かなり国際色豊からしく、様々な出身地になっているらしい。
「少し前なんですけど‥‥確かあるチームの人たちが研究に失敗して消えたって」
資料を出してくれている社員が、そんな言葉を漏らした。
「それは、いつ頃の?」
「えっと‥‥半年前かしら。あ、このメンバーね」
ファイルの中から該当する名簿を開く。2人は思わず眉をしかめた。
載っていた名前は、ブレコンで発見された被害者だった。
◇◆◇
ゆっくりと何かが狂っていく。
用意した手札は、間違いなかったのだろうか。捜査が進む中、潜入組みは焦り始めていた。もうすぐ決行の時刻が迫っていた。最初に考えた、UNKNOWNの手札は無駄に終った。残るは、周防・オルランドの考えた手札である。
<Sneaking in>
潜入が成功したオルランドは内心焦っていた。
会社に入ることはできた。それは、まだ人が残っていたこと、そして下のフロアが事務系のためだったとも言えるだろう。遅れて潜入してくる周防とUNKNOWNのために裏口の確認はしている。潜入自体は問題が無いだろう。
当初の予定では、研究室に入っていく人物の後を何食わぬ顔でついていき、そのまま進入するつもりだったのだが、なにしろこの階には行き交う人数が少なかった。大勢の中に紛れ込むには簡単かもしれない。しかし、少数の中に紛れ込む異物ほど、浮き出るものもない。
フォーマルとはいえ、地味を選んだ服装は残念ながらこの、研究所という特異な施設では目立つのだ。
「まだ得意なつもりだったのだが‥‥」
思わず噛締めた唇から、少しだけ鉄の味がした。
時刻は、刻々と過ぎていく。人目を避けるようにと潜んだ身を、今度は会社内で活動させる。そこに隠密潜行を用いて‥‥そう考えていた周防は、ここまで人気がなかったら実行は不可能であった。そもそも、隠密潜行を行うにしても気配が薄くなるだけであり、決して映像から逃れるなどいったことは不可能だった。人には適している、だが、相手が機械となると話は別である。
「‥‥セキュリティを甘く見ていたでしょうか」
研究室の方へ、上の階へと移動しようと思っていたのに、中々実行に移せないでいた。張り巡らされているセキュリティは、予想以上に頑丈だったのだ。人を使っての警備でない所が、予想外だったのかもしれない。管制塔の場所を掴むことが出来なかったのが、大きな原因の一つだろう。もし、事前にちゃんと確認‥‥もしくは対処法を考えていたら違ったかもしれない。しかし、既に中に入り込んでしまったからには遅かった。
研究室は無理かもしれない、そう発想を切り替えた周防は身を隠していた休憩室から、何気ない顔で移動を始めた。もうすぐ、退社の時刻になるはずなのを見計らってである。
闇に身を潜めるのであれば、オルランドもUNKNOWNもある程度は可能であろう。まぁ、若干服が目立つだろうという者もいるが、この際は無視したとしてもだ。
ただ、あまりにも上に行くほど人が少なかったこと。そして服装に対しての配慮がかけていたこともまた、今回の敗因だったのかもしれない。
<Discrepancy>
英国へと移動中の高速移動艇の中で、UNKNOWNが言っていた言葉を黒川は思い出していた。
『2つのダイスを振るゲームだ。サイコロの合計が7になることを賭けるんだ。それが『クラップス』だ』
しかし、何故彼がそんな話をしだしたのかはわからなかった。まして、額に書かれている数字など現場に来て初めてわかったものだ。
「どうなってるんだ」
地図に発見現場を書き込んでいく。そして手がかりとなるだろう残されたものを。
遺体の額へと書かれていた数字は2つ。
1つ目の現場には右肩から肘にかけての部位が欠けているもの。それが3体。この額にはそれぞれ『1,3』『2,2』『3,1』
2つ目は左肘から下が欠けているもの。それが4体。『1,4』『4,1』『3,2』『2,3』
3つ目は左膝から下が欠けているもの。それが3体。『4,6』『6,4』『5,5』
4つ目は右膝から下が欠けているもの。それが2体。『5,6』『6,5』
遺体の欠損部分にダイスが埋められているとあったが、全ての遺体ではなく、その現場の一つの遺体だけに埋め込まれている形となっていた。
全ての現場では、円が描かれていた。その円は10個連なる様に描かれており、まるでセフィロトの木を思い出させるものであった。違う場所はその中の一つに、ウロボロス――尾を食らう蛇が描かれていること。その描かれている場所が異なっているのだ。
しかし、それが何を示すのかはイマイチわからなかった。なにしろ発見現場は全て、このブレコンへと集中していたのだ。それが意味することは何か、シャーリィは少しだけ考え込む。
「‥‥とりあえず、腹が減っては戦は出来ませんね」
時刻は既に昼を過ぎていた。
荷物の中から紙袋を取り出すと、そこから紙ナプキンへと包まれたパイが出てきた。
「どうぞ。手早く食べられて腹持ちがいいですからね。あ、このサイズはウェールズだけですよ?」
渡されたのはウェルッシュ・オギー、ミートパイであるが、大きさがなんと500g以上とあって普通の物(大体は250g)の倍も有るのだ。それを平然とした顔で食らいつくシャーリィを見つつ、黒川は苦い笑みを零した。彼女の細い身体に吸い込まれていくこの肉塊は確かに腹を満足、いや、それ以上に満たしてくれると確信しつつ、何処に入っていくのだろうかと疑わずにはいられなかったのだから。
<And Then >
様々な手段で集められた情報は、結果として得るものには足りなかった‥‥そのような結果となっていた。会社内部で得られたものはまだしも、現場での情報は上々、しかし‥‥潜入で得られたものは、ほぼ皆無に等しかったのだ。結局、研究室方面への侵入を諦めた結果、事務の方でも得られた情報は関連会社のデータしか手元には持ってこられなかったのだ。
護衛として内部に入ったロジー達であるが、ポールの傍を常時ついて回ったクアッドは充分な警戒を周囲へともたらし、安全面を優先していた。そのおかげで手が空いたのか、アンドレアスとロジーは、かなり自由な角度で社員達と接触を果たし、疑問点を消化していっていた。
ダイスに写されていた模様は、この会社のもので間違いなかったこと。そしてそのダイスが渡された人間は、創立記念パーティへの出席者のみであること。きっと、黒川達が持ち帰ってきた遺体の身元と照合したら、一致するであろう。
潜入班の方は、ギリギリだったとしか言いようがない。唯一持ち出せた手がかりは、公開されていない研究所の所在地だけだった。
情報が集まる中、何故だろうか、何処かのボタンがかけ違っているような気がしてならない気分にポールはかられていた。先入観が働きすぎている、そう思えてならないのだ。
「ポール‥‥。あの事件はまだ終ってなかったと言う事でしょうか」
表情を曇らせたロジーは、手の中にある捜査手帳を握り締めながら呟いた。
得た情報を整理していく。カードは揃い始めた。
掌の上で転がるダイスが、かちりとぶつかり合い、零れ落ちる。
尾を食らう蛇はいったい何を狙っているのだろうか。
まだ続いていきそうな事件に作為的なものを感じながらも、手出しが出来ない焦燥感に駆られていくのだった。