タイトル:【銀狼】風の届け人マスター:雨龍一

シナリオ形態: ショート
難易度: 普通
参加人数: 7 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2010/10/03 23:02

●オープニング本文


「はうっ! 書類だし忘れてた!?」
 プライベートが一段落し始めたノーラ・シャムシエルは、ラストホープの事務所へと移した書類を整理していた。

 昨年結婚をしたのを機に、今まで住んでいた英国・ロンドンの『ナットー探偵事務所』より、ラストホープの出張所へと彼女は勤務先を移したのだ。
 この出張所にいるのは支部長と称するおじいちゃん、ボルトと、お手伝いに走り回る女の子が一人。
 どうやら、ここのように各地に支部がたくさんあるらしい。
 まぁ、ノーラが気にしていないのはいつものことだったりする。


「あちゃぁ‥‥。これだけはまずそう、非常にまずそうよ」
 苦渋に満ちた顔で、一つの封書を見つめる。
 そのあて先は『オレアルティア・グレイ』、彼女へだった。


「えっと。一先ず中身の確認‥‥」
 以前傭兵たちに依頼をして調査した病院の資料。そして、彼女の夫のカルテだった。
 伝え辛くて忘れていたというよりも、裏付けが取りきれてなくてと言った方が良いのだろうか。
 報告書としては未完成のままだった。
「そうね‥‥。このままじゃ、まだ渡せない‥‥」
 書類にかかわっていた役員、そして隠されている病院自体の謎。
 何故彼女の夫・ウィリアムは死亡とされたのか。
 そして、彼女の夫の遺体はどこへ消えたのか。
 それを判明させない限り、完成したとはいえないのだ。


「そうね‥‥。これがここでの最初の依頼になるのかしら」
 窓から見えるのは、聳え立つ傭兵たちが出入りするオペレーションセンター。
 いままた、彼らの助けを必要とするなど、子育てに奔走していた数日前からは考えられなかったことだった。

●参加者一覧

ベル(ga0924
18歳・♂・JG
UNKNOWN(ga4276
35歳・♂・ER
ユーリ・クルック(gb0255
22歳・♂・SN
依神 隼瀬(gb2747
20歳・♀・HG
ヤナギ・エリューナク(gb5107
24歳・♂・PN
今給黎 伽織(gb5215
32歳・♂・JG
ジャック・ジェリア(gc0672
25歳・♂・GD

●リプレイ本文

 辿られる過去、歩む現在、繋がる未来。
 不確かな物たちは、知らずに一本の糸で出来ている。
 それが、本人達にとって知らずに起きたことであっても、過去と未来が結ばれて、現在歩いている糸の上。

          *+*+*+*+*+*

 『ノーラの不始末により』そんな不確かな説明をされたのは既に忘れたころであった。
 覚えてはいる。しかしそれも既に人が覚えている時間の中では、過去となる。
「出し忘れ‥‥って、まあ確かに半端な仕上がりだったではあったけどね」
 依神 隼瀬(gb2747)は以前の報告を思い出し、思わず苦笑いをしてしまった。
 調査報告、しかし、全てが明確ではなかった。その中身は、確かに依頼人に対して報告し辛い物であったというのは認めざるを得ない。そして、なかったことにも出来ない事実。
「ええ、だから改めてお願いするわ」
 既に落ち着きを取り戻したノーラ・シャムシエルは真剣な眼差しで集まってくれた者たちを見た。
 そして、念を押す。
「お願いね。あくまでも外部調査なのだから‥‥」
 既に傭兵達は知っている。この依頼が誰の手によるものなのか。
 それを持ってしてノーラは告げた。そのことが、最大の鍵だったからだった。

           ――――――――――

 英国は、まだ暑い季節が続いていた。
 日陰で涼む鳥達も、この季節だと少し乾いているように見える。
「またアタマ使わしてくれンじゃねーの」
 何時もであれば真っ赤なシンボルのような髪をヤナギ・エリューナク(gb5107)は茶色に染め替えていた。
 目立つピアスも今は姿を見せていない。
 どうやら前回訪れた病院へと足を向けている様だ。手にはコーヒーとマシュマロが入った紙袋をぶら下げている。
 以前よりも一歩前進を、それを狙っての行動と見えた。

 前回ヤナギの他にも病院へと潜入したものがいた。しかし、それぞれ立場は違う。
 ベル(ga0924)も潜入した一人ではあったものの、今回は遠慮した人員である。
 ヤナギのように研修生としての立場、ベルのように入院患者の立場。複雑にも置かれた立場によって潜入というものは引き続き出来るか、それとも不可能であるかが試される場合が多い。
 その点で言って、ベルの判断は正しかった。
 彼が着眼したのは、以前の経緯で知った2人の『S&J社』元役員。
 どうやらULTを通じて過去にあった依頼の報告書を遡った所名前が判明していた。
 2人の名前は『チャールズ・マクレーガー』、『リチャード・トムソン』。補足するようにユーリ・クルック(gb0255)からの情報で二人が既婚者であったことも判明している。
「‥‥辞めた後の就職先、気になりますね‥‥」
「そしたら僕は、夫人たちのほうを攻めてみようかな」
 今給黎 伽織(gb5215)が微笑む。
「まぁ、俺は出来るところからやっていくかな?」
 ジャック・ジェリア(gc0672)は経緯をみつつ、考えていた。
 何故、今までの証拠ではいけないのだろうか。それとも‥‥。
 もしかしたらと思いつつも、目的がわからない今、判断することはしないのが賢明と感じたようである。

 一人、ふらりと消えたものがいた。UNKNOWN(ga4276)だ。彼は何を調査する気なのだろうか、他の者とは違うことだけが明確だった。

●病院

 ヤナギが訪れたのは、丁度昼下がりの頃。朝の検診を終え、慌しさは薄くなった頃合だった。この時間帯、一時的でも親しくなったものに見せる顔は通常よりも油断をする。それが、今回の狙い目であった。
 ここで入手できたことは、おそらく進展へと繋がる鍵になったかどうか。
 ユーリの手配により入手した病院内の地図は、以前のものよりも詳しいものだった。どういった経緯で入手してくるのか、やはり探偵事務所は侮れない。調べようと思った箇所は、駐車場。
「搬送先を辿るには搬送元から調べねェとな」
 確かにである。
 看護婦以外にも、ヤナギは病院内で聞き込みを欠かさなかった。
 調べたのは掃除業者。それも以前の潜入時に知り合った者たちに世間話がてらに近づいて、持参した珈琲と煙草をこっそりと忍ばせたりした結果だ。
 得られた情報はあった。
 それは、4年以上勤務した人物が、一人だけ残っているという事実だった。


●元役員の職場

 訪れた時、愕然とした。
 そう、そこは既に廃屋だったからだ。それは、以前の調査でわかっていることだったのに取りこぼししていたのだろうか。
「前回よりも情報が増えてるから何か見つかると思ったのですが‥‥」
 誰もいない廃屋で、何を見つけるというのだろうか。
 他の社員もいないまま、再び探すのは依然探した記録だけだった。


●旧役員の部屋

 ノーラに頼んで調べてもらった役員の夫人宅は、意外にも近くにあった。
「これか‥‥」
 辿る筆跡は、複数に舞い散るものの、流石に契約書等の書類には本人が書き示したと見られるものが多数存在していた。
「主人についてだなんて‥‥ここ最近多いですのねぇ」
 お茶を出してくれたトムソン夫人は人のよさそうな笑みを見せて話す。
 既に別居して数年、彼女は先日彼が死体で発見されるまで居場所を知らなかったという。生前どのような人物だったのか、それを尋ねたところ「主人は謎の多い人でしたよ」としか返答がなかった。どうやら、私生活には仕事の話を持ち込まなかったらしい。
 わかることといえば、会社を辞めた後のことなのであるが‥‥。
「ええ、あの人は毎日忙しくしていましたよ。仕事なんかしてないのにねぇ。よく人と会っていたみたいですけど、私には関係なんてわかりませんわ」
 良くも悪くも、互いを尊重していたらしい夫婦であることしかわからなかった。

 警察に言われ引き取った荷物の中には、死亡直前までに住んでいた所の荷物が、そっくりそのまま箱に入って放置されていた。
 その中にあった日記には、一つのことが書かれていた。
 それは以前にも見つけた日記。
 4年前の、5月2日。丁度、オレアルティアの夫、ウィリアムが死亡したと確認された日である。
 『サンプル<願い>を回収・配達』
 それ以外の記載は、残念ながら見つからなかった。
「まぁ‥‥筆跡が、これで照らし合わせれますか」
 今給黎は以前病院で入手したカルテの写真を取り出す。判明したのは、その筆跡が一致したことだけ。新たな手がかりはそこだけだった。


●スケジュールの管理

 ジャックは集まった情報を取りまとめていた。
 それは今回だけではない。以前扱った資料についても丁寧に取り調べている。
 特に注意したのは役員達の当時のスケジュールだ。
 調べてみると、オレアルティアの当時の状況がなんとなく輪郭を現すことがわかる。
 彼らのスケジュールを管理していたのは、既に死亡が確認されていた人物。しかも役員の一人であった。
 回収された日記帳、そして手紙。そして遺留品として出てきた手帳。
 オレアルティアのスケジュールについては特に入念だったらしく、手帳ですら記号で書き記されていた。
 残念ながら、誰かの記憶を辿るという調査では出来なかった。
 しかし、当時の記憶を持つオレアルティアにはこの手帳の記号ももしかしたら理解できるかもしれない。


●近所の住人

 4年間、同じ場所に住み続けると何かとわかるはず。
 そうターゲットを絞り込んだベルは、ふらふらと町を歩く。
 死亡した役員の最終住所近辺。そこに住んでいる人たちには、どう映っていたのだろうか。人物像から少しは新たな事実が判断できるかもしれないと踏んだのだ。
「‥‥深追いだけは、気をつけないと‥‥」
 前の依頼では、同じく情報を探っていた敵側と一戦交えた経験もある。だからこそ慎重に。まだ拾え切れていない情報が眠っているかもしれないから、僅かな望みで聞き込みを行なっていた。


●報道

 ゴシップとは、英国では特に好かれているものの一つである。
 確かに、会社の社長の旦那の死亡事件、そう考えてみたら記載されているだろうと踏める部分ではあった。しかし。
「んー、ないなぁ」
 今給黎は地元図書館の4年前の問題の日付を漁り続ける。しかし、一向にオレアルティアの関連、『S&J社』の話題は載っていないのだ。
「見当違い‥‥?」
 役員大量解雇についても、旦那の死亡に関しても。ビジネス誌にすら載っていない。それもそのはず、『S&J社』自体は中小企業であり、まして旦那については職業軍人。そして‥‥大量解雇自体についても、報道されるほど注目企業でなかったのは事実だった。

●献金リスト

 流石にこの情報を入手するには、難しかったようだ。
 病院との裏の繋がりを意味する献金。公で出ている部分など、企業だけで個人的なものは出すわけもなく。個人レベルで調べるのは無理に等しかった。
「行き詰まりましたかね‥‥」
 ユーリの手は止まる。
 ここからは辿り着けないと。方法を違えていたら、わかったかも知れない事項もあったのかもしれない。


●葬儀社

「なんかさ、もうちょっと具体的な内容じゃないと信憑性ないのよ」
 雑誌記者へと扮した依神は問題の葬儀社へと出向いていた。他にももう一軒、別の葬儀社にも聞き込みを入れたのはカモフラージュである。
 前回に引き続き、ではあるものの、より深い所を探ろうとしているのだ。
「で、でも‥‥」
 受付の女性は戸惑いつつチラチラと奥を伺う。
「今度駄目だしされたら、半年くらい採用が遠のくんですよ〜」
 にっこり微笑んで、有無を言わせないダメ押し。後には髪を赤く戻したヤナギがカメラをぶら下げて前回より力が入っていることをアピールしている。
「〜〜。‥‥所長が留守の間にもう一度お願いします‥‥」
「ありがとう、では!」
 戸惑いつつ了承を得たことよりさらに笑顔が光る。

 数時間後、二人は再び葬儀社にいた。
 受付嬢からの情報流出によって判明したのは、空出棺の依頼は遺族が絡んでいないケースが多く、支払いが会社経由だった、ということだった。数件聞いた中に滑り込ませていたウィリアムについても同じであり。その依頼主の書類までは見せてもらうことが出来た。
「これ以上は私は知りません‥‥」
 所長自身に聞くと、以前と同じ扱いになるのでと。やんわりとした注意。
 これ以上踏み込むと、危険ですよ。それに気付けたのか否や。
 彼らが得ようとしたのは、その範囲では留まらなかった。


 今給黎はひっそりと葬儀社を訪れいてた。
 それは、一つの噂を聞いてと話しかける。
「患者の横流しをしているって聞いたんだが‥‥」
 固まるのは受付嬢。先程の雑誌記者たちを思い浮かべる。
「悪い話ではない。内臓を売って欲しいんだ‥‥もちろんこの件は黙っている」
 ちらりと後の所長室を見、ごくりと喉を鳴らす。
「‥‥ご用件が、いまいちわかりませんが」
 引きつった笑顔を見、今給黎はもう一押しをした。
「今は手持ちがないが‥‥前金も出せる」
 懐から出したのは、それ相応に分厚い封筒。
 受付嬢は決断した。
「少々お待ちください‥‥」
 それは所長の元へ。しかし、それが受付嬢の渡した書類についても所長に知られることになるとは、彼らにはわからないことだった。



●パブ

「それで、どうかね?」
 UNKNOWNはいつもの黒尽くめの格好で町の片隅にあるパブを訪れていた。
 それは、今までの結果ウィリアムが度々訪れていたとわかっていた場所であったり、旧役員達が訪れていた場所だったり。
 既に4年が経過している。そして、そこでは数多くの事項が掘り出されているのだが。
「どうかね、といわれてもなぁ」
 マスターはグラスを磨きながらのんきにパイプを咥えていた。
 しかし、瞳の奥だけが色づいている。
 この数ヶ月、何故そこまで過去を聞いてくるものが現れるのだろう。
 しかも、この人物に至っては堅気ではないのが一目瞭然だ。
 物静かにナッツを片手で摘む。
 数件先の店でも、彼は目撃されていた。花屋でも、だ。そして、質問内容もまた然り。
 町は狭い。
 そして、人々自体も独自のルートで繋がっている。
 気付かれないはずはない、いくら使い分けても内容は4年前の話が繰り返されるだけでは。



 沈黙は崩壊させられた。

 そして行き着くのが
          拡散。



●調査後

 他の調査からわかった事を纏めてみる。
 病院、薬品会社、葬儀社。繋がったのは、役員の二人。それは書類のサイン、日記の筆跡で確認が取れた。
 ヤナギ・依神たちが調べた葬儀社では、4年前のような空の葬儀は今は執り行っていないこと。しかし、別のルートで今も薬品会社が病院から搬送しているかもしれないことがわかった。
 4年前に使われたルートは現在利用していないのである。
 廃屋になった薬品会社。しかし、あの病院が繋がる闇の部分はより深く。
 わかった部分は多くある。しかし、肝心要の部分が、今回はまた真相を闇に生かす事態となったことを彼らは最後まで気付けなかった。



◆結末

「‥‥どうやら大事になりそうね」
 英国にある事務所から連絡を受け、ノーラは深く息を吐いた。
 捜索が現会社役員の耳に入ったらしい。そして、旧役員の家族の下にも。
 どこが捜索しているかは判明していないらしいが、推測は簡単だろう。
 彼らを疑う理由は、社長、オレアルティアにしかない。
 傭兵達より集まった報告書は、前回と違った充実を見せていた。
 だが。
「立つ鳥、あとを濁さず‥‥日本の諺だったかしら」
 目の前には完成した報告書。
 これと、前に見つけた証拠品を渡せば終わるはずだった。
 言葉通りには運ばない現実。
「‥‥ごめん、ティア姉さま」
 鍵は揃った。だが、その前に抉じ開けられた鍵穴が、無残にも落ちていたのだった。



「ティア姉さま‥‥」
 お忍びで訪れてきたオレアルティアに、今までのまとめを記載した報告書をノーラは差し出した。それは今回だけではなく、前回までに集められて物を含む。
「姉さま、申し訳ございません」
 深々と下がる頭に、オレアルティアはそっと手を差し伸べる。
「どうしたの?」
 微笑が、少し悲しい。
 彼女には知られてしまっている。当然。
「‥‥報告書、です。でも‥‥」
「‥‥あなたは気にしないで。こうなったことも結末の一つなのですもの」
 知られてしまった。探っていることを。
 オレアルティアの会社で動き出す、幾つ目かの歯車。
 起動する音が、どこか遠くから聞こえた気がした。