●リプレイ本文
●奪還事始
「失せ物調査か‥‥ほう、バグア注目の研究者‥‥危険性もあるということかな?」
依頼リストを確認していたザン・エフティング(
ga5141)は少し考え深げに見ている。
「‥‥これ‥‥どういう研究なんだろ」
「へぇ、探し物ねぇ。いっそ受けて直接質問なんてしてみたらいいじゃない。一緒に行ってあげるからさ」
画面を覗き込むサーシャ・ヴァレンシア(
ga6139)は、興味深そうに依頼内容を読み返していた。そんな彼女の背中を、リーゼロッテ・御剣(
ga5669)が押し、サーシャも一緒になら頑張れそう、と頷く。
「‥‥うん、受けてみる」
「ほぉ、探索ねぇ。なぁに、堂々と、刑事物みたいな事をできるかねぇ。ワクワクするじゃない」
過去の大人気刑事ドラマ『太陽に○えろ』の主題歌を口ずさみつつ、花火師ミック(
ga4551)はにやりと微笑んだ。
「連絡用に通信機が欲しいところだな‥‥どんな捜索になるかわからないし」
一方、依頼の受諾を決定したシャレム・グラン(
ga6298)は、そんなことを呟きながら以前の関係報告書を確認していた。
●博士の探し物
当日、博士の棲家の前に、傭兵達が集まる。
「もし捜索先にバグアが‥‥いや、こんな事はなるべく考えないほうがいいな‥‥」
表情を曇らせたのは、ナオ・タカナシ(
ga6440)だ。これでも、歴とした男。ただ、心配性で可愛らしい顔をしているのが玉に瑕。
「あれ‥‥キリトさんは?」
集まった面々を見回し、リーゼロッテが首を傾げた。キリト・S・アイリス(
ga4536)の姿が見えない。
「急用が入ったようで、来れなくなってしまったそうですよ」
「そう‥‥」
青山 凍綺(
ga3259)の言葉に、リーゼロッテは残念そうに口を歪めた。
本当は色々予定‥‥というか目論見があったのだ。信頼している相手とは、互いに呼び捨てで呼び合いたいな、とか、色々と。とはいっても、残念という思いはさっさと頭から振り払う。カラッとした性格が、ここぞと気分を切り替える。それに、二度と逢えなくなる訳でもない。
「おぉ、良くぞきなすった」
集まった傭兵達を見て、ミハイル氏が出迎えた。
意外にも、家の玄関を自ら開き、彼等をと迎え入れる。それだけ、データが大切という事なのだろう。
「さ、こちらだ。ついてきてくれ」
ミハイルが進んだ先は、小さな暖炉を模した出入り口だ。下へと続く階段を降りた先には、実験器具の数々が所狭しと並べられ、冒険者達を圧倒する。
「ここが、研究室‥‥」
「へえ、良い研究室じゃないか」
物静かなサーシャが、つい声を弾ませ、その言葉にミックが続く。
「さようじゃ。いつもここで数々の研究結果を導き出しちょる」
皆、感嘆の声をあげ、研究室をぐるりと見回していた。‥‥と、その中から一人、ザンが身体を乗り出す。
「とりあえずどのような状況だったか‥‥それを教えていただけますか?」
「うむ‥‥」
ミハイルは静かに頷き、事の次第を話し始めた。
ミハイル氏がそのことに気づいたのは今朝、朝一番の一仕事を終え、これから研究所に篭ろうかとした頃合だった。研究所に降りて行くと、いつもと違う場所にパソコンがあったのだ。疑問を胸に、付近に散らばるデータROMの放置場所を確かめる。
そこには変わらずROM類が散らばっており、一度は、その様子にほっと胸を撫で下ろした。
しかし、異変は他にもあったのだ。
お気に入りデータファイルの入った一枚が、どこにも見つからない。
「わしの研究データは、専用の解析コードを用いなければ読み出せないようになっとるのじゃが、そのROMに記録してあるのは、わしの生涯を掛けて完成させる予定の、大切な研究データじゃ」
元々、書類等は乱雑に積み上げられており、ROM類もその山からはみ出しているような状態だ。
一応博士は、白いラベルに一筋の銀色が入ったディスクを常用しているのだが、補完が乱雑であれば乱雑なりに、その一枚だけは赤字に青い線で差別化を図ってある。それだけ目立つ色をつけて紛失を避けてあった筈なのに‥‥どうしても、その一枚だけが見付からない。
自分でも周囲を探してみたが、どうしても見付からない。
となれば、誰かが持って行ってしまった可能性もあるし、それこそ、研究データがバグアに漏れてしまっては事だ。と、そうした理由から、今回、彼等傭兵が呼ばれたのだ。
「なるほどな。事の次第はだいたい解った」
ザンが腕を組みながら、再びぐるりと研究室を見回す。
「だけど、この散らかりようはちょっと‥‥」
彼の言葉を代弁するように、凍綺が苦笑した。
「氏の片付けはいつもながら凄まじい物を感じます」
皆の背後から、野太い男の声がした。
驚いて振り返ると、そこには黒い服に身を包んだ大柄な男が立っている。警備担当者だ。二人でローテーションを組んで警備に当っているのだが、彼等は朝食の準備から、衣類の洗濯までこなしている。実質的には、警備員兼お手伝いさんと同じだ。
男は、まず皆を驚かせた非礼を詫び、当時の状況を掻い摘んで説明し始めた‥‥。
●きこりの青年
「問題は‥‥無さそうですね」
家の周囲を見回して、ナオが頷く。ところが、声を掛けられたサーシャは心なしか不機嫌に見えた。
「リーゼ‥‥まさかね‥‥」
どうかしたのですか、と問うナオの言葉に、別になんでも無い、と応じる。
とにかく、きこりの青年に会う前に、軽く周囲は調べておいた。別段の問題も無く、怪しい点も無い。
「すいませーん」
木製のドアを軽くノックして、ナオが呼びかける。
暫くの間を置いて顔を出したのは、無精ひげを生やした青年だった。
「何か用ですか?」
「‥‥昨晩の事‥‥詳しく聞かせて?」
「へ?」
クールで単刀直入な問いかけに、きょとんとする青年。
「あ、いえ! 実はですね‥‥」
間に入ったナオが取り成し、ミハイル氏のROMが紛失した事を告げる。事情聴取が始まった。
●村長
「おや、私に嫌疑がですか?」
きょとんとして、村長は首を傾げた。
「えぇ、全員で三人の方に嫌疑が掛かっております」
真正直に告げて、シャレム・グラン(
ga6298)はにこりとした。
それでも、村長の変化にはじっくりと注目し、動揺の様子等を推し量っている。
「それは、博士が怪しいと言ったんですか?」
「いや、そういう訳じゃありません。ただ、我々が調査を請け負っている訳ですから、一通りお話を伺おうかと」
指を組んで、ザンが応じる。
それを聞いた村長の表情が、明るくなった。
「それは良かった。友人に疑われたのかと思いましたよ」
苦笑いを見せて肩を竦める村長。彼は、ティーポットから紅茶を注いで二人の前へさし出して、質問に応じ、知っている限りの事を話し始めた。
●食料配達員
「え? 博士が紛失物、ですか?」
困ったような表情を見せた、新人の食料配達員。
「ま、まさか、僕、疑われてるんですか?」
「アリバイが無いのなら、そういう事に‥‥」
「と、とんでもありません、ただ、少しでも手掛かりをご存じないかと思いまして」
マフラーの隙間から、鋭い視線を投げかけるミックを抑え、凍綺が口を挟む。にこにこと柔らかい表情で応じる凍綺を見て、配達員は少しホッとしたようだった。
「うーん、肉屋さんが試供品の薬をいただいたら、たちまち髪の毛が抜けたって話もあるんですよ。何か触ったりなんてとんでもないです。僕、まだ髪の毛も惜しいですからね」
正直関わりたくない、といった表情で、配達員は首を振る。
だが、ミックはここで引き下がらない。刑事に大切な事は粘り強さと聞いた事がある。ドラマで。
「へえ、って事は、髪の毛が保証されれば、触ったりするって事か?」
「そんなぁ! 刑事さん、違いますよ、本当ですって!」
半泣きになった配達員が解放されたのは、もう暫く先の事になった。
何時の間にか刑事さん扱いだが、それはさて置き――。
●再び博士の探し物
皆が聞き込み、調査に回っている間、リーゼロッテは一人、ミハイルの護衛に残っていた。
もしもの場合に備えて肩からサブマシンガンを吊り下げ、ぼんやりとしている。護衛しやすいように、と、一応、博士には眼の届く範囲に居てもらっている。といっても、突然バグアが襲ってくるような様子も無く、皆と無線で連絡を取りつつ、調査を待つしかなかった。
調査を待つリーゼロッテは、ちらと自分の足をみた。まだ少し、じんじんと痛む。
元々はキリトと共にミハイルの護衛にあたり、サーシャの自立心を高める為にも、と考えて、彼女と同じ班に入らなかった。それで、サーシャに足を踏まれた。やはりまだ早かったかな――等と考えてるうちに、一組、また一組と皆が戻ってくる。
「どうだったの?」
問い掛けるリーゼロッテの言葉に、芳しい返事は返って来ない。
統合すれば、こうだ。というより、統合するまでも無く、全員、シロ。多少証言に食い違いもあるが、クロであると断ずる理由は、ついぞ発見されなかったのである。
「えっと、まず、きこりの方ですが‥‥」
ナオが立ち上がる。
彼によれば、ミハイルの家には、家具移動の手伝いに呼ばれたと言う。これについては、ミハイルも肯定した。といっても、資料を勝手に移動されるのが気に食わず、ミハイルが事前に移動させてから机を移動させたと主張。この主張に対しても、ミハイルは頷いた。事情聴取中には、サーシャがトイレを装って家の中に足を踏み入れている。木屑の良い香りがしたが、それだけで、問題は何も無かった。
「‥‥机が散らかってるとは言ってたけど‥‥それ以外は‥‥特に、気がつかなかったらしい‥‥」
次に、村長の証言だ。
村長の証言は、途中から、もっぱら紅茶のウンチクに終始した。
ただ、それでも幾つかハッキリした点がある。普段は育毛剤等を譲り受けており、そして、紛失当日のお茶会は、茶菓子を入手した事から緊急であったという。シャレムの差し出した高級煙草を嬉しそうに受け取り、村長はシャレムとザンを見送ってくれた。のっそり顔を出した博士は、黄ばみ気味な汚い白衣で出てきて、普段通りであったという。
「まあ、村長さんが盗んだとは考えずらいんだよなー」
「今回ので、よりハッキリしたしね」
ザンとシャレムは、2人揃って顔を見合わせる。
「食料配達員もです。不審点はありません」
凍綺が腕組みをして唸った。
「あーあ、アリバイ崩しとかしたかったのによ、あれじゃ、崩すどころか、最初から砂山だな」
つまらなさそうに、ミックがうそぶく。
配達員は、正直に言って、怪しげな研究にビビッていた。
食料を置いたら、もう用は終わりとばかりに部屋を逃げ出している。研究資料や設備に近づいた事すら無いと言い、確かにそうだったな、と、ミハイルが補足する。
「となると、ROMはどこへ‥‥」
凍綺が部屋を見回し、最後に、ミハイルを見た。
ミハイル博士も思い出せないものかと記憶を手繰っている様子だが、何も思い出せないのか、唸るばかりだ。
「私も道で財布なくして大慌てとかありますから気持ちはわかります♪ ‥‥でもそういう時って意外に近くにあったりするんですよね〜?」
宥めるように、リーゼロッテが苦笑いしてみせた。
「‥‥ん?」
ふと、ザンが声を上げ、ちょい、と裾を引かれ、シャレムが振り向く。
「なぁ、村長が確か‥‥」
「‥‥あら。そういえば、ねえ」
「なんじゃ?」
口元を持ち上げ、老人は眼を細める。
「博士、白衣はいつ着替えたんですか?」
「これか? そうじゃな、確か、村長が来た時に、茶を飲むには汚いと‥‥」
嫌な予感がした。
部屋に居た全員が頬をひくつかせ、ミハイルを睨む。
「な、何じゃ。どうしたんじゃ。見付かったのか!?」
肝心な時に天才的頭脳は発揮されないで、一人きょろきょろと辺りを見回し、そして――
「博士ー、洗濯物はこれで全部ですかぁ? もう洗濯機回しますよー?」
「ちょっ、駄目ー!」
「待てえぇぇっ!」
「ストップストップ!」
「たんまー!」
「洗濯しちゃいけませーん!」
――夕方。
人の影は、もう大分長くなっていて。
「お疲れさまでした。またご一緒したいですね」
肩を並べて歩き、ナオが微笑む。
「‥‥何のデータが入ってるのか‥‥すごく興味があったのに‥‥」
サーシャが、心なしかふくれていて、リーゼロッテがよしよしと頭を撫でる。
博士は駄目だ、駄目だの一点張りで応じてくれていない。
「時期的に、研究内容は惚れ薬入りチョコかしらね‥‥?」
普段と変わらぬ笑顔で、シャレムが一人、ニコリと笑った。
(代筆 : 御神楽)