タイトル:【AS】海の巨象マスター:雨龍一

シナリオ形態: ショート
難易度: やや難
参加人数: 8 人
サポート人数: 0 人
リプレイ完成日時:
2011/11/09 22:13

●オープニング本文


「リリア・ベルナールが死んだだと? そりゃあマジネタか?」
『間違いないらしい』
 返事を聞き、ビッグフィッシュの艦橋で、男は忌々しげに床に唾を吐き捨てた。彼はバグアではあるが、ヨリシロの癖は身に染み付いているらしい。ここは大西洋の海中深く。損傷の修復を兼ねて潜む彼らにとって、話し相手は同様の艦のみだ。スクリーンの向こうに映る甲殻類じみたバグアが隠れているのは、500kmほど西の海山付近らしい。不確かな情報を寄越す事は無い、程度の事はこれまでのつきあいで判っていた。
『‥‥いよいよ、厳しくなってきたようだな』
「ああ」
『どうする。戦力は不十分だが』
 一時は大西洋を制していた無敵のバグア海中艦隊も、チューレでの戦いで(主にこのバグアの心の中での)盟友イェスペリを失い、またこの間のブライトン強襲の際に更に戦力をすり減らした。ワームだのキメラだのの製造プラントは深海に残っているが、戦闘用のビッグフィッシュを作るには時間も設備も足りない。連絡のつかない味方がまだまだ潜伏しているのも間違いないが、その全てを糾合しても往時の勢力を取り戻すのは夢だと、彼らもわかっていた。
「チッ、いい乳‥‥じゃねぇ。いい女ほど早く死にやがる。しょうがねぇ、線香上げにいくぞ」
 重ねて言うが、彼はバグアである。バグアにとっていい乳がどういう価値を持つのか不明だが、多分その辺はヨリシロの影響だろう。
『しかし、たった二隻で何が出来る』
 妙に冷静に、エビは髭をくゆらせていた。男は再び唾を吐く。艦橋の床の上を、掃除用の小型キメラがカサカサと這っていた。
「馬鹿野郎。今動かねぇで、いつまで待つんだ。俺はリリアの部下じゃねぇが、あの女には補給やらで世話になった。俺ァ1人でもいくぞ」
『誰も行かないとは言っていないだろう。落ち着け』
 エビが鋏をかちゃかちゃと慣らす。地球のエビと違うのは、それが背中から出ていることと、3本あることくらいだろうか。
『稼動しているキメラプラントが、かなり大型のキメラを作っていたはずだ。戦闘力もそこそこある。アレを使おう』
「‥‥あ?」
『囮だ。その間に我々が動けば、あのラストホープという島に届くかもしれない。ブライトン様が攻撃を仕掛ける前は隙が無かったが、今は哨戒も甘いようだからな』
 ラストホープ駐留の戦略軍は、ブライトンとの交戦で大きく数を減らしている。確かに、そう言われるとやれそうな気がしてくるから不思議だった。
「よしよし、じゃあそれで行くか。野郎ども、帆を張れ! 碇を上げろ!」
 言うまでも無いが、ビッグフィッシュに碇や帆はない。だが、艦長の趣味を知っている部下は特に突っ込みもせず、指示に従っている。
『では、後ほど』
 エビも男の物言いに突っ込みもせず、スクリーンから姿を消した。




 ぷくぷくと海から泡が立つ。
 泡がいくつも立ち、渦を巻き、いつしか広範囲に広がっていった。
 そして‥‥

 豪快な波しぶきの後、なんとも色とりどりの――
『ぱおーーーーんっ』
 象が、数頭出てきたのだ。
「な、なんだあれは?!」
「え、えっと‥‥ピンク、黄緑、橙と様々な色ではありますが‥‥」
「象、だな」
「――象、だよな」

 海から出てきた象たちは、一斉に前足で水を駆け上ると、耳を激しく動かしたのだ。
 大きな音が、遠くにいるパトロール隊の耳へも届く。
「しっかし、あの位置までどのくらいだ?」
 双眼鏡を覗きつつたずねる。
「えっと‥‥そうですね。ここからだと約10km沖合いというところでしょうか」
「ふむ‥‥」
 ばっさばっさと近づく象。しかし、この艦隊の装備で対抗できるものは無い。
「き、緊急信号を送れ!!」
「あいあいさーっ!!」

●参加者一覧

里見・さやか(ga0153
19歳・♀・ST
ケイ・リヒャルト(ga0598
20歳・♀・JG
砕牙 九郎(ga7366
21歳・♂・AA
フローラ・シュトリエ(gb6204
18歳・♀・PN
御鑑 藍(gc1485
20歳・♀・PN
ユメ=L=ブルックリン(gc4492
21歳・♀・GP
ユーリー・ミリオン(gc6691
14歳・♀・HA
BEATRICE(gc6758
28歳・♀・ER

●リプレイ本文

 スクランブル発生が、LH内に通達された。
 すぐさま反応した傭兵達が、自らの機体への装備手配を告げ、パイロットスーツへと身を包む。
「大西洋沖? それで、詳しい情報は」
 歩きながら、フローラ・シュトリエ(gb6204)は手続きを済ませた書類を受け取りつつ、オペレーターへと質問をする。
「はい、現在カラフルな空飛ぶ象が5た‥‥」
「象? あの象なんですか?」
 敵の正体を知らされ驚いた里見・さやか(ga0153)。
「象‥‥この地球で、一番大きい生物‥‥だっけ‥‥?」
 かくりと首を傾げたユメ=L=ブルックリン(gc4492)は、大きいな身体に似合わずに可愛らしかった。

「こんなのに艦隊潰されるわけにもいかねぇし」
 ぶつぶつと情報を読みつつ、砕牙 九郎(ga7366)はコクピットで髪をぐしゃぐしゃにかき乱す。
『それでは、先程話したように――』
 無線で里見が告げる。
『ラジャ!』『了解よ』
 言葉短かに交わされ、各々の領分を把握するべく先方を睨んだ。


「艦長! ち、近づいてきます!」
「ばっきゃろー! みりゃわかるわ!」
 双眼鏡でなくとも、既に象キメラは肉眼レベルまで迫っていた。
 大きく羽ばたくのは、翼ではなく耳。重そうな体を空に支えているのは、この脅威なる耳なのだ。
「で、でかすぎる」
 今まで身近に見てきたアフリカゾウと比較しても、優に2回り‥‥いや、3倍近くはある。しげしげと双眼鏡越しに見つめていると、きらりと、光を感じた。
「?!」
 次の瞬間、凄まじい咆哮と共に衝撃波が襲う。
 海は、大きく揺れ、そして艦隊はその揺れを直に感じることとなったのだ。
「くっ、きゅ、救助隊はまだか!」
 操舵輪を操りつつ、倒れこむわけにはいかない。
 舵輪へとしがみ付く姿で、艦長は今か今かと待っているのだった。

『艦隊、艦隊。応答願います』
 里見は無線で呼びかける。やや暫くたち、返答があった。
『要請により出動。貴艦は速やかに撤退をお願いいたします』
『感謝する』
『敵の発見、お疲れ様でした』
 ブーストにより加速された機体が艦隊の視界に捕らえられるのはそれから数分後のことだった。


 作戦は、2人一組のロッテを基本としたものだった。
 集まった8人のうち、管制に里見がつき、ユメ=L=ブルックリンとBEATRICE(gc6758)、ケイ・リヒャルト(ga0598)とフローラ・シュトリエ、砕牙 九郎と御鑑 藍(gc1485)が組む。その際にユーリー・ミリオン(gc6691)が囮となり他のキメラを牽きつける手筈だ。
『接近、目標8時の方向に発見。護衛対象を5時、または3時の方向に定め次第実行に移せ』
 前方に見える艦隊を追い越す。
 すぐさま視界の端に対象が捉えられた。1体ずつの行動は、まちまちのようである。
 先に浮上しきっていたものは、凄まじいスピードで迫っていた。
「いくよぉ!!!!!」
 時を置かずして、作戦が実行に移される。
 射程距離に入るには、あと僅かだ。
 入った瞬間を、狙う。
 コンタクトは完了。ゆっくりと息を吐く。視線はぶれない。
 心の中のカウントと、スピード、接近タイミングが重る。

   弾幕が、始まった。

 やや上方から始まった里見の襲撃の後、それが合図となり九郎達が続く。
 順序良く、そしてタイミングをずらしてのミサイル発射が弾幕となりキメラたちの行く手を阻む。
 紫煙が轟音と共に付近へと蔓延る。
 遅れて発射されるケイの小型ホーミングはその合間を縫うように紫煙の中へと吸い込まれ轟音を撒き散らした。
 里見の誘導により、やや沖側に撤退を始める艦隊。
 それを確かめつつ、ユーリーが今までの進路と反対側を位置取る様に着水を試みる。
 上がってくる象キメラ。そして、煙にも負けずに突き進む象キメラ。また、押されつつも反撃の鼻を振るう象キメラ。
 海域上空は、もはや戦場と化していた
 艦隊側も、様子を捕らえようとするも、紫煙により視界が利かない。
『目標、散開。各自ロッテへと移行』
 ミサイルにも限りがある。
 一箇所ではなく、スクランブル状に飛来する各機の位置を読み取りつつ、里見は判断を下した。
 予定数より、数回多かっただろうか。それでも、まだキメラは一体も倒れてはいない。
 だが、一番多く被弾したキメラはもうすぐだろう。


 九郎と藍は橙の象と対峙していた。
 距離をとりつつも放たれるミサイル。威力は小さくとも、数が当たればと言うやつだ。
 鼻を伸ばすも、その範囲にいない彼らには当たらず、象の苛立ちは高ぶるばかりだ。
「――少し、艦隊の下がりが遅いようですね」
 藍はリロードしながら距離を測る。
 里見の知らせにより撤退中の艦隊は戦域の外へは到達している。
 しかし、思ったより接近していたキメラと艦隊の位置関係により、襲撃避難を考えたブースト加速が撤退の距離を保つ時間稼ぎの邪魔をしてしまったようだった。

「火のないところに煙は立たない‥‥と言いますし‥‥」
 BEATRICEがソナーブイを投下した。
『どうしたの?』
 目の前にいるピンクの象へと攻撃しながらユメが不思議に思う。
「いえ‥‥ただ、増援や支援攻撃するようなのが居るとやっかいですからね‥‥」
 念には念をと。
 BEATRICEは主に耳に狙いをつけミサイル攻撃を再び開始した。
『海中に他にもバグアが居るのかもしれない‥‥ですね』
 距離を保ちつつ体勢を変えていた藍が応える。
 海へと沈んでいったソナーブイが反応することがあるのか。
 海から現れた象。
 油断は出来ないのは事実である。
 それにしても、対峙するキメラがファンシーすぎると思うBEATRICEだった。

 ケイがドゥオーモを放った。
 一人ミサイルパーティ。そういっても過言ではない風景。
「一気に畳み掛けるわよ」
 フローラはライフルでの攻撃を絶やさない。
 紫煙の中に吸い込まれる弾。見えないながらも、相手の足を食い止める。
 援護射撃だ。
 追撃の形の中、ケイはブーストをかけた。
 紫煙の中へと、自ら機体を突っ込む。

「チェックメイトよ。象さん?」
 目の前にいる青い象に向かい、ケイは微笑んだ。
 煙の中で変形した姿は、素早く太刀を振るい離れる。
 綺麗に入った一撃は、既に大量に被弾していた象の息の根を止めるには十分で。
 目が大きく開かれた。唸りの雄叫びをあげつつ、大きく振るわれた鼻。
 そして――
 緩やかに見えた羽ばたきが止むと同時に、吸い込まれるように下降していったのだ。


「あ゛?! や、やばい!」
 九郎が後押しへと追加の一撃を入れたときだった。
 目の前で橙の象も力を失いつつ重力に逆らえなく下降を早めていた。
 ケイとフローラが対応していた象が1体海へと吸い込まれた。
――予想をしていない出来事が起きた。
 大きな体が、水の中へと吸い込まれていくかと思ったのだが、その瞬間。
 轟く様な音が響き渡り、巨大な水柱が立ったのだ。
 一点へと吸い込まれるのではなく、飛び散る飛沫。衝撃によって走る、波。
 そしてもう一体。重なる衝撃。肥大する波。
 そう、津波だ。
 派生した波が、大きな壁を作り戦艦へと差し迫る。
「艦長! 非難してください!」
 里見は無線で呼びかけを強くする。
 撤退中の艦隊は戦線よりは離れてはいる、が。
「う、嘘だろ‥‥」
 まだ波の到達範囲内だった。
 ブースト加速により始まった戦線、十分に撤退しきれていない艦隊。
 波の壁は非情にも戦艦へと。
 一瞬、波の上へと持ち上げられた戦艦は高々と日差しを浴び‥‥そして、次の瞬間、海へと叩き付けられた。


「くっ‥‥まさか‥‥」
 護衛対象陥落の衝撃は少ないわけではなかった。まだ3体。
 そして今、BEATRICEとユメがピンクの象を撃墜した。
 残り、2体。
 それでもなお突き進むキメラ。いや、それは、彼らが飛びたった場所への軌跡。
「LHを目指しているのでしょうか」
 ポツリと呟いた言葉に、ピクリと反応する。
 ありえる。艦隊が落ちたことにより、キメラ達が目指す方向は、より明白になったともいえる。
「――させない!」
 ユーリーの操縦桿を握る手が汗ばむ。
 続け様に飛来するミサイルを、鼻で受け流す様に応じるキメラ。
 衝撃は少なからずダメージへと換算されているものの、手ごわい。
 目の前にする赤い象は最初のミサイルパーティ時には後方にいた存在だった。
 つまり、他よりも元気が溢れている。
 削る側も、先程から咆哮により発せられる衝撃波で削られていた。
 そこへ他の象を倒したケイとフローラが次のターゲットとばかりに後方から攻撃を開始した。
 そのタイミングでユーリーは離脱を計る。態勢の立て直しだ。

 里見が追っていた黄緑の象も再び追撃を開始した藍のおかげで程なくして倒れる。
 気付いたとき、ほとんどのミサイルたちの弾倉が空となっていた。
 5体の象キメラ。
 被弾しつつも、通ったダメージは意外にも小さく。
 さすが象と言わしめんものであった。


 最後のキメラが、海へと沈んだ。
 沈んだ場所から起きる、激しい海からの反発。
 何故なのだろうか。
 勝ったはずなのに、気持ちは沈んだまま。


「ちくしょぉ‥‥」
 九郎の拳が、コクピットを打った。
「‥‥守れなかったなんて――」
 LHへのキメラの襲撃は守れたが、それを知らせてきた艦隊は既に海の中。
 戦いには勝ったが、人は――。


「あ、君たちかな? 先程の戦いに出ていたのは」
 LHへと戻ってきた彼らを待ち受けていたのは、一人の男だった。服装からして軍に所属しているようである。
「あ、はい‥‥」
 軽く敬礼をすると、構わないと手を挙げた。
「先程、海からの緊急信号を受けてね。救い出した人たちが居たんだけど――」
「ほ、本当ですか?! どこら辺で!」
 食いつく姿に、軽く笑みを零す。
「落ち着いて。彼らは今、救護室にいる。君たちに、会いたいっていってね」
――無事を知らせたいと。
「い、いきます! 全員ですか?!」
「そこまではわからない。それは、君たちが行って確かめるべきことだ」
 それでは伝えたよ、と。
 ゴクリと、顔を見合わせる。
 向かったのは救護室。そこに待ち受けているのは、会いたかった顔。救いたかった、顔。
 全ては救えなかった、だが。
 ここに残った、一握りの命に――感謝をせずにはいられなかった。



 BEATRICEによって沈められたソナーブイだったが、戦闘後、反応がないことによりソナー範囲内に潜むものがいないと判断された。
 現れたキメラは、何処から来たのだろうか。
 海から来た――この証言により、バグアのキメラ基地が海にもあると見られるが、それは戦闘現場ではなかったとだけ言えた。
 一気に5体現れたことにより、バグア側のキメラ勢力を全部投げてきたのでは?! と見えるが、実際の程はわからない。
 しかし、数刻ではあるかもしれないが大西洋沖は静かになるだろう。
 今回のことにより、軍は偵察船単体での行動を禁止にした。

――あの艦隊だけが、独自でフラフラしていたのは言うまでもないだろうが。