●リプレイ本文
月明かりだけが導き手だった。
男たちは無言だ。
ひたすらに足を進める。
目指すのはただ一点。
突き進むべく速度を緩めることは無かった。
「‥‥いくぞ」
杠葉 凛生(
gb6638)の言葉にムーグ・リード(
gc0402)は頷く。
鋭い視線を走らせ、木々の間に紛れ込む。
しなやかな体は大きさを忘れさせるほどの動きを見せる。
ひらりと蝶が舞い降りる。ケイ・リヒャルト(
ga0598)だ。
凛生とムーグとの対角線上に身を納めると、凛とした表情で前を見つめた。
「春夏秋冬‥‥そんな費用おちねぇぞ」
ナッシェルは侮蔑の篭った視線をジミーに送りつけた。鼻の下を伸ばしているのだ。
「え、何でですかっ」
ジミーにしがみつくように申請した道具を確かめていた春夏秋冬 立花(
gc3009)は振り返りナッシェルへと食いつく。
「‥‥いや、俺用ならまだしも、お前用になんて用意できねぇし。まじで。しかも、俺のも自分用の特注物だ。おまぇ‥‥舐めてんのか?」
へへんと自慢げに見せ付けるカメラがキラリ。そんな所でお里が知れてしまう。
「しかしですねっ!軍が依頼してきたんじゃないですか。出すのが当たり前じゃ」
純粋なのか、それでも立花は負けじと食いついた。彼の神経を刺激し、余計助長を促すとは思わないあたり、お嬢様育ちなのだろうか。
「あふぉか。確かにこれは軍の依頼だ。そして重要ミッションだ。だがな、それに使われる最低限のものは用意されたとしても、そのほとんどは軍人であり、正式に命令が下っている俺の一存だ。‥‥そもそも、俺も行くのに何でお前のものまで用意しなきゃならん。予算だって有限だ」
ナッシェルは必要な道具を詰め込みながらジミーに指示を出す。得意の口癖が連発している以上、機嫌が良いらしい。下手な刺激を与えないようジミーは指示に従う。
「むむっ、それではお話が違います!」
出して貰えた申請道具を見つつ、立花は顔を少し赤くした。瞳は凛々と輝き燃えている。
「あふぉかと。それ込みで考えろ。青二才が」
払った指は綺麗に髪に隠されている立花のデコに直撃。にやりと笑むナッシェルを恨みがましく見つつも膨らんで尖った唇が彼女の心情を物語っていた。
「くくっ。まぁまぁ、ナッシェル君も落ち着きたまえ。立花君も。で、そろそろ行くポイントを教えてほしいんだが」
眼鏡を上げつつ錦織・長郎(
ga8268)が含んだ笑みを零す。
「あ? あぁ、この写真の場所‥‥先ほどケイが聞き込みをしてくれていたがどうやらこの川沿いに昔からの建築物があるとのことだ」
ジミーがすかさず広げた地図にナッシェルは指し示す。どうやら川から程よいところに昔から宮殿があったというのだ。
「まぁ、現地人といえどそれこそ爺様が幼少時代の話だ。‥‥当てにはならん、が参考になる程度だ」
「ええ、そうね。話してくれた人も聞き伝えとかが多かったわ。それに‥‥残念ながらココ周辺に故郷をお持ちの方も少ないみたいだし」
真剣な表情で頷くケイ。説明を受けつつ、ムーグの瞳は暗い色を示す。
「‥‥だな。俺らのところにいたやつらも先々代あたりがここらの部落出身だったりした逃れ人だ。‥‥ここいらにゃ、人類自体がすでに少ない」
停戦ライン。それはなんとも皮肉なことだった。
バグアが到来した時以降、このライン付近ですでに人類の生存が分かれていたのかもしれない。いや、当初はこのラインよりもっと南側だったとも思うが――それでもやはりバグアが最初に根を生やした地域であるのは、否定することはできなかった。
「ヤツラの弱点を見出すためにも、色々持ち帰りたいね〜‥‥」
目的だけではなく‥‥と、ドクター・ウェスト(
ga0241)は零す。しかし、それが困難と言うことは始める前からわかりきっていたのだった。
◇
足跡から推測するに、人と見られるものもいくつか見られた。
それよりも多いのは、やはり獣を模したものである。
散らばりつつも、ある一定の方向を示唆しており、それを確認すると長郎はナッシェルへと目配せをする。幾分置かずして返ってきたのは肯定の頷き。
近づいてきていた。それは同時に警告の合図でもあった。
緊張が走る中、凛生は静かに前へと歩み出る。
ムーグはそれを視界の片隅に捉えると男たちに向け、いったん停止の手を向けてから足早に進み出た。
ケイは辺りを見回し、手ごろな木を確認すると幹を触れて確かめる。
――いける。
判断するや否や、足を駆け上りつめると、ふと身体を木々の中へと隠した。
見つめるは先ほどの足跡の主であろう、数人の体が見え隠れしている。
そっとルナを構えると視界の片隅にいる凛生とムーグの出方を見る。
どうやら彼らも発見したらしい。
凛生が鋭い光を放つ。直後に鈍い呻きが聞こえてきた。
聴覚で確認しつつ、ケイもまた対象に向けて放った。
ムーグは対象が無言で後退するのを確認しつつ、その先に視線を向ける。
すると、予想通り。
異変を嗅ぎつけたのか数匹が群れでやってくるのを確認した。木々に隠れ、身体を低く位置づけながら近づく。
馬鹿正直に駆けつけてくるキメラたちを見ながら、ふと口元に笑みが浮かんだ。
そう、バグア側はまだ侮っている。ココに、敵が来ると見通してはいないのだ。
それが命運を分けているのを知ってかしらずか、ムーグは喉を掻っ切る。
双眼鏡から眼を外した長郎は張り詰めていた息をそっと吐き出した。
視線だけ投げかけてくるナッシェルに不気味な笑みを返す。
ジミーと立花は再び駆け出し始めた。
◇
――あったわ。
そこには目的となる建物が見えた。
すでに体にはあちこち傷ができている。しかし、今それを治す時ではない。
「けっひゃっひゃっ、あそこが目的地かねぇ」
ずり落ちそうになった眼鏡を元の位置に直しながらドクターは笑む。
錦織は今まで進んできた道をそっと見返した。
ぬかるんだ道、川の近くで湿気は強く赤道よりもやや南にある場所だ。体が汗ばみ、疲労感がより募る。
そのためだろうか、自分たちの足取りも思うよりは速度を上げない。
――いや、それだけではない。
所々で気になったのは、自分たちとは異なる足跡。
やけに重量感があるものが通ったのか、それは大きなくぼみを地面へと残していた。
そして何よりも気になるのは。
「これは‥‥」
角ばった形状、またはつるりとした痕跡。
警告が胸中に流れる。今までとは、違う何かが――ここにいると。
ムーグは目を細めた。
視線の先にある建物――宮殿は古くこの地方を支配した部族の形式だ。しかし、違和感が拭えないでいた。
「‥‥ココ、ヘン‥‥デス」
ぼそりと呟いた言葉に春夏秋冬も唇を固く結びながら頷く。
土壁でできているはずの宮殿がこの時代まで残り続けるのもおかしければ、時折太陽の光を浴びて反射する光の角度が、不可思議なのだ。
おそらくは、何かしらの構造上の変異もあるに違いない。
ナッシェルとジミーにそっと待つように促すと、。凛生とケイ供にムーグの後へと続いた。
先行だ。
すばやく周辺に警戒を配らせると、案の定、そこには複数の見張りが立っている。
建物の構造も、何もわかるところは無い。ココは、実践のみで潜入しなければならない。静かに息を吐くと同時に、緊張を走らせる。
合図があった。進みだす後方隊。
「くっ!」
ちょこまかと動き回るジミーの後について立花も足を進める。能力的に、そういう意味では立花のほうが優れているのだろう。ただ、探索の経験だろうか。ジミーのすばしっこさには中々追いつけない。いや、たどる足元が違うのか。
「おやおや、ココで根を上げないでくださいよ?」
射抜く瞳で見るのは長郎だった。
もとより過去の経験を生かす男だ。昔取った杵柄なのか、ナッシェルたちと引けをとらぬ動きを見せる。そこを秘かにドクターが関心を示し観察対象としているのだが、本人は気づいているのかいないのか。飄々としている。
時折視界に入るキメラ。気づかれないように、押さえながら急いで。まだこれから、であるのだから。
◇
「これは‥‥」
対象となる建物が視界に入ったとき、思わず言葉が零れた。
写真と形は似ていた。そう、形だけは。
器は違わずとも形成する物質が異なる。そういえばいいのだろうか。
壁はこの土地の部族が創作したとは思えない光沢感があり、そしてその付近に立って警護しているであろう者たちは――片腕、もしくは片足が機械へと変形した者たちであった。
一目に異形、である。
まだ、窓という概念が無かった土地であるはずが、ココでは光取りの部分へと埋め込まれている。
写真との違いに驚きを隠せないながらも、足を慎重に運ぶ。
しかし、これだけ形状が異なれば、きっと電子機器類も存在しているはず‥‥そう考えた凛生は動力源が無いのかこの土地の形状を思い出しながら足を進める。
インカムを利用しようとしたムーグを、ケイはとめた。
「‥‥ここでは、危険よ」
それは電波があるかどうかだけではなく、ジャミング・盗聴の可能性を考えた上である。その言葉に、ムーグはこくりと頷くと後で合図を送ると言い残していった。
先行したのは敵に見つからずに目的を達成するためと、一緒にき、このミッションの要となる彼らがどのような人物であるかがわからなかったからだった。
鋭い洞察、そして任せているようで指示を微かに出している行動はやはり手馴れたものを感じる。が、戦闘になると、途端に物陰で潜む気配を感じていた。
――非能力者か。
ドクターが最初から彼らの盾になる動きを見せていなければ、早々に失敗した可能性はある。
そんなことを考えつつ、内部への道を探っていた。
動力源は、予想通りの場所にあった。立地条件からいって、川の近郊であることを考えると、水力を使ってと予測できた。案の定、見つけた建物は川を隣接しており、その横に建物の形状とは文化が異なる建築物が付属していることを確認。またその周辺では警戒が薄いのか、見張りと見られる者たちもいなかったのが幸いだった。
建物への入り口は常に開放されており――扉すらなく――中へと進むと水車と思わしきものがある。そこから建物内部への道もあり、続く間には管制室と見られるものがあった。
建物自体の要の場所だ。
さすがに管制室と見られる場所には何者かの気配が伺えたが、素早く潜り込み1・2発。音もなく撃ち込みケイが沈めていた。微かに上げた笑みを見て、リキは喉で笑った。
後は‥‥ここからどれだけ制御できるか。ムーグは機械たちに視線を走らせていた。
◇
「な、何やつじゃっ」
広い一角に入ると、わたわたと亀がこちらを見ていた。
ずり落ちためがねを必死にヒレで押し上げるも、ふるふる震えていて定まらない。
素早く部屋を見回すが、特に危険そうなものも無く、ムーグに合図をすると凛生は素早く近寄る。
「ふぉっ?!」
ひっくり返った声が響く。
瞬時にかけた足払いが、亀のバランスを崩した。
「はわわわわっ、な、なにをぉ?!」
甲羅の重さが仇となり、亀は手足を上にもがく。が、助けるわけも無く。凛生は預かっていたロープで縛り上げた。
後から追いついた立花は転がった甲羅を押さえ込むように特性の自前ワイヤーで巻きつけた。
「ほほぉ‥‥意外とやるじゃねぇか」
口笛が鳴る。キット睨み返すと、にやりとナッシェルが笑った。どうやら、このふざけた隊長はからかうことがお好きらしい。ターゲットにされた人物はお気の毒だったが。
ワイヤーを巻きつけたものの、大きさ・強さといい並大抵の亀ではない。暴れまわるうちに最初にかけたロープが引き千切れていた。
◇
ナッシェルは部屋を見渡すと一箇所を見据え、動きが止まる。ジミーはその動きを見取ると鞄から細長いものを取り出した。顎で促す合図。ぐへへと気味の悪い声を出しつつジミーはナッシェルが見ていたであろう一箇所へと細い棒を突きたてた。
「ほほぉ」
動きを見ていた長郎は感嘆の声を上げる。
その突きたてた棒を梃子の原理でひっくり返すと、電子回路が捲りあがった床の下から出てきた。
数箇所伺いつつ、ハードとなる部分を見出すとそこのボードを引き剥がした。――管制室ですでに元となる電源は落としている、大丈夫だと踏んで。
「おっと、これは重要だな」
うへへと声を漏らしながらジミーは一角にあった書類を見つけ出した。
バグアが書類を読むのだろうか――そんな疑問を感じつつも、先ほどの亀を考えると、中にはそういうものもいるかもしれない。
ふと目を細めると手を小さく挙げる。ドクターは訝しげに覗き込んだ。
一筋の、赤い線が走っていた。喉が鳴る。そこを避けるように、丁寧に作業を始める長郎。軽く口笛を吹きつつ、へへいとばかりに横から目的を搾取していくジミーだった。
「‥‥」
凛生は無言で銃口をこめかみに押し付けた。
ぶるりと震え上がるも、雁字搦めに捕らえられた亀は抵抗の手段を持っていない。
立花の縄が亀の甲羅だけでなく、手足をも出せなくしていたのだ。
「何かあるか‥‥」
低くドスの聞いた声は異種族ながらも凄みを与えるものだ。手には先程まで亀がかけていた眼鏡が握られていた。
小刻みに揺れる髭、しかし口を割ることはなさそうで。
「――ほほぉ、忠誠心はいっぱし並にあるのか」
「‥‥ふんっ」
丸い眼球からは零れ落ちる雫。本人は泣いていないつもりなのだろうが、精神的に堪えているのはとって見えた。
「よし、そろそろ引き上げだ――」
ナッシェルが呟く。その言葉に、それぞれが視線を交わした。凛生は銃口を降ろすと軽く舌打ちをする。視線を外に投げた。階下に居たムーグは無言でゆったりと腕を前に差し出し、上へ上げた。
こくりと頷くケイ。長郎は黙って口角を上げる。警戒するようにナッシェルの守りに入るドクター。
ひひひと笑うジミーを立花はむつりと見ていた。
◇
「こっちよ!」
川まで行くとケイは脇へと反れる。
ナッシェルは訝しげに感じながらもそれに付き従った。後ろは背し止めるようにドクターが守っている。
道を逸れた位置から暫し走ると、ケイは草むらの中から一艘の船を取り出した。
川へと押しながら他の者たちが乗り込む。
ムーグは先ほどまで担ぎ上げていた亀を船へと転がすとドクターの補助へと回り、彼を先に船へと乗せようとした。
追撃の手は、止まない。
船の準備はできた。ケイが不安気に見やる。
援護射撃も止まらない。
ドクターの右腕に鋭利な刃物が切り込む。
「ぐっ」
鈍った動きにさらに畳み掛けるように攻撃を仕掛けてくる強化人間に対し、ドクターの横を弾が走った。
凛生だ。
衝撃で後ろへと下がったところへムーグの鋭い一線が突き刺さる。
立花はジミーを助けながらキメラたちに止めを刺す。
長い髪が、所々短く縮れてしまっていた。
遠くを見つめるムーグに力は低く声をかける。
一時を置き横に首を振ると、緊張を解かないまま船へと乗った。
ナッシェルは捕獲のロープを握り締めたままケイへと視線を投げる。
船は進みだした。
「‥‥ふ、なんとか無事だったか」
見つめる先には、雁字搦めされに転がる甲羅がある。驚きで引っ込んだ時に、頭の出る穴までもが塞がれたらしい。警戒を外さない凛生とケイ。
そんな中、長郎は向いに座り尋ねる。収穫は期待通りか、と。
「まぁな‥‥ここからは、俺達だけの仕事だ」
にやりと返し、肩を叩いた。――お前らも、大概ふざけた仲間だぜ。そう言葉を残しながら。
後日、軍はこの老いぼれバグアから有益な情報を得たこととなった。死して老いても、なのか。それとも――しかし、それがどんな情報だったのかは‥‥次の大きな作戦がかかるまで不明である。