●リプレイ本文
「はぁ? 誰がですって?」
ぺたりと貼られた依頼を見て思わず声を上げた。
簡単な、捜索願だ。久々にUPC本部に来た神楽 菖蒲(
gb8448)は思わず頭を抱える。
「何をやってるんだか‥‥子供もいるっていうのに」
同じ依頼を見て風間・夕姫(
ga8525) もキョーコ・クルック(
ga4770)も深いため息をついた。
捜索対象:ノーラ・シャムシエル。この娘の行動、奇想天外である。
「それで、先輩は‥‥」
彼女の勤める事務所に行くと後輩を名乗る一人の女の子がいた。その少女によると、どうやら毛皮の特集を見ていた後の行動だ。もっているものは、いつも護身に身に着けている銃ひとつ。が、彼女はあくまでも一般人であり、向かった先はキメラが出没しているから注意せよと事務所管内の連絡に載っていたものである。
「で、あのお馬鹿が向かった先には何がいるんだ」
苛立つ様に煙草を噛みながら夕姫は促す。先ほど話の途中で顔を真っ青にした菖蒲が完全武装よろしくのフル装備で高速移動艇に向かっていった。
が、どうやらそこに向かう便は一日にそう何度も出ているものではないし、暴走する者たちを抑えるかのごとく百地・悠季(
ga8270)が移動艇申請書を握っている。逸れる事は無いだろう。情報入手が先立った。
「‥‥シャムシエル。‥‥買う、じゃないんだ‥‥」
ノーラが見ていたという雑誌を見ながらポツリとエレシア・ハートネス(
gc3040)は呟いた。
「はぁ‥‥一応あの子も主婦だからねぇ」
キョーコは思わず苦笑する。
「あいつが主婦ってガラか?」
詳細の情報を目にしながら夕姫は呟いた。
一同思わず顔を見合わせる。
――ありえない。
そんな結論に至る彼女に、アクア・J・アルビス(
gc7588) は少し興味を抱いていた。
◆
現場に着くと、だだっ広い野原の中でぽつぽつと草むらがあり、少し遠くを見ると森が広がっていた。
人里離れた寂しい場所ではあるがこれなら確かに注意報だけで被害は無いかもしれない。何しろ、何も無いのだから。
そんな中に、ポツリポツリと動くものが見られる。
報告にあったキメラの群れだろうか。赤茶や黒、黄茶などの色味の物体が飛び跳ねるようにして動いている。
「さて、お姫様はどこに‥‥」
「既に囲まれてるなんていう残念な状態じゃなきゃいいですねー」
心配げなキョーコの言葉にアクアはのほほんと返した。
長い耳も見え‥‥。
「‥‥兎?」
菖蒲の呟きに聞いてなかったのか、と横で夕姫が溜息を零した。
「え、いや、だって‥‥。そんな状況だなんて‥‥」
強化人間かと想定していた菖蒲の装備は、ガチである。たしかに、能力者でないノーラにとってキメラも強力な敵であるし、危険があるのは変わりない。が、やはりなんと言うか、想像していたものがモノだけに、肩透かしを食らった気分だった。
「‥‥あ、いた‥‥」
そんな菖蒲と夕姫のやりとりをよそに、エレシアが呟く。
すっと上げられた指の方角に、わやわやと集まる兎キメラの群れが有った。少し小ぶりなのが居ることより、どうやら見かける中でも弱いのだろう。
そして‥‥それを、狙うかのように木陰から覗っている一人の姿も見えた。
一気に周りの温度が下がるのをアクアは感じた。
そろりと振り返ると、憤怒の様子で飛び出す菖蒲と悠季、そして無言のまま覚醒している面々の姿が見える。
遅れをとっては――そう考えるも彼女たちの早さは尋常ではなかった。
視線だけで、彼女たちは全ての連携を促していた。
まっすぐに駆け抜ける悠季と菖蒲。続いて夕姫が走る。
「もう大丈夫だからね?」
何が大丈夫なのかわからないノーラは、ぽかんと口を開けていた。
突然の友人たちの姿に呆けているノーラを取り囲むキョーコとエレシア。
「はじめましてー、アクアです。よろしくですー」
ぺこりと頭を下げるアクアにようやく我に返ったノーラは、
「あ、どもども。ノーラです。一応探偵事務所に居ます」
おっとりと挨拶をしだすアクアに、思わずおっとりと挨拶を返していた。
戦況は、迅速に処理されていく。
菖蒲と夕姫が代わる代わる前方へと進み出る。そこを悠季がすかさず止めを刺していくのだ。
打ち抜かれるキメラ。バランスを崩したところに空かさず入る爪が裂いていく。
最初の一群れだけではなかった。
後から駆けつけてきた別群れは赤い目を光らせて突撃してくる。
飛び跳ねたところを空気が刃になって切り裂く。
個体自体はそこそこであり、そんなに強さは無い。
数、だけが増えていく。ただ、ここに集いし彼女たちの強さは強靭で――毛に埋もれるのと、救いにきた者への脅威が消えるのにさほど時間を必要とはしなかった。
◆
「くぉぉぉらっ! のぉぉぉらぁぁ!」
敵を一網打尽にすると菖蒲はずかずかとノーラのそばに近づく。
恐怖のためか、小さな悲鳴を上げてそばにいるエレシアの細腕にしがみ付いていると、そっと前へと押し出された。
「‥‥へ?」
ちらりと視線を合わせる。表情は変わらない。菖蒲だけではない、いつに無く短くなるまで咥えたタバコを放さない夕姫も一緒だ。
助けを求めるようにちらりと周りを見る。
無駄だった。
助けに来た者たちに取り囲まれ、ノーラは縮こまり‥‥。
「‥‥どぉもぉ〜」
乾いた笑いとともに手を上げてみる。
次の瞬間。
「こぉんのぉ、どあほぉがぁぁぁぁ!!!」
夕姫のコメカミぐりぐりの刑が発生。つづいて菖蒲のがしっと頭鷲掴みの刑。
「あなた、旦那も子供もいるんでしょう?」
ガシガシといわせながら、いい含めるように視線を無理やり合わせる。
「あなたに何かあったら子供どうするの?」
目が、笑っていない。ガチだ、ガチ切れだ。フルフルと強張るノーラの顔ににやりと返しつつ、菖蒲はなおも言い聞かせることをやめない。
「そもそもあなたじゃFFも抜けないでしょうが」
何を考えているのかこの娘はっ! と、更なる小言が続く中、夕姫が菖蒲の肩をトンと叩いた。まだ説教が物足りないのか、憤然とした様子のまま振り返ると、同じく目が据わったままの夕姫が口角だけを上げ、自分を親指で指す。
その仕草に菖蒲は納得しながら、掴んでいたノーラの頭を離した。が、ほっとする間もなく夕姫に首根っこを掴まれる。
まるで扱いが猫だ。
「にゃ、にゃー!?」
はうはうとばかりに空を掻くが、がっしりと掴んだ夕姫が許すわけもなく‥‥。
「ノォ〜ラァ〜‥‥」
声をかけると、きゅうと縮こまった。
「お前なぁ‥‥事務所の人や私たちにどれだけ心配かけたかわかってるのか!」
「ふ、ふみまへん‥‥」
キメラよりも、彼女達の方が怖い――そんなことを思いつつも、反省の言葉を口に出す。
「それに、お前に何かあったら子供はどうするんだ‥‥」
――あの人たちなら、うまくやりそうです。など、言ったらどうなるだろうとか脳裏に浮かんだものの、ぶるぶると震えて喉の奥に仕舞った。
「ったく、ほら‥‥帰るぞ、旦那と子供が心配してるだろうしな」
力を緩め、ちょっとだけ抱きしめて頭をなでる。
が、
「あ、お前当分ケーキ禁止と事務所の人に言ってあるからな」
「ぎゃーーーーーっ!!!!!!!!」
先程までの震えとは違う、もっと危機に瀕した悲鳴だった。
半泣き所ではない、大泣きだった。
「‥‥まぁ、当然よねぇ」
二人の容赦ない説教攻撃を見ていた悠季は肩をすくめる。
やや遅れて傍にきたキョーコとアクアも苦笑交じりで見ていた。
「‥‥シャムシエル、反省」
ぼそりと告げられる追い討ちの言葉にノーラはガクッと肩を落としていた。
「それでは、毛皮を欲しかっただけなのですか?」
散々たるお仕置きの後、LHと戻る道の中でアクアは問う。
こくりと頷くノーラの頬には、腫れを冷やすための氷袋が覆っていた。
「ん‥‥ちゃんと連絡してくれないと困るよね‥‥いつものこんな感じなの‥‥?」
ゆっくりと抱きしめてくるエレシアの言葉にぶんぶんと頭を振り否定をする。
「‥‥だって、現物調達したら材料費かからないし‥‥」
別にお金が無いわけでもない。貧乏だったことも無い。だが‥‥。
「――子供の分じゃないし」
自分が着飾るという面では、少しだけ罪悪感があったのだ。
「とりあえず、欲しいモノが危険地帯にある時は守ってくれる人を付けるですー。じゃないと危ないですー」
こくりと頷きながら、自分が弟を連れて行ってることを思い浮かべるアクア。
確かに、護衛を予め居たならば違うであろう。ここまで、誰も心配はしやしない。
「ノーラ‥‥」
キョーコは優しく頭を撫でてくる。
そして、
「‥‥これだけあれば、足りるよね? 子供の分も」
そっと差し出された袋に入っていたのは、先ほど戦ったウサギキメラの毛皮だった。どうせ作るのは彼女の旦那だ。これだけあれば十分だろう。
遅れたのは、どうやら彼女のために剥いできてくれたからだった。
「キョ、キョーコさぁぁぁぁん!!! 愛してるっ!!!」
ノーラは腫れぼったい瞳を尚赤くさせ、キョーコへとしがみ付いた。
「こっちが研究用でー、こっちが毛皮用ですー」
大量の中、これだけあれば十分ですよねぇと余った分を抱きしめるアクア。
そっと抱きとめてあげるとこっそり耳元で囁く。
「ほら、後で美味しいもの上げるからね」
先ほど、他の面々には没収といわれていたのに。
キョーコはこっそりと隠し持っていたお菓子を見せる。
途端にきらきらと輝く瞳。やはり現金な子である。
「‥‥キョーコ、当分は禁止よ」
ぼそりと呟く夕姫。手には先ほどまで使用していた武器。どうやら手入れをしていたらしい。
「‥‥シャムシエル、帰ったら、ね?」
きゅっと巨万な胸を押し付け、こっそりとエレシアは囁いた。
「折角当事者同士になれたのに、これじゃあ先輩として敬う訳にはいかないわよね」
にこりと、しかし確かに黒い微笑を悠季はノーラに向けていた。
思わず後ずさる。
「あはは‥‥お子さん、元気?」
目が泳いでる所を見ると、どうやら矛先をそらしたいのだろう。肩を一瞬すくめつつも、そんな様子に思わず笑顔で返した。
「おかげさまで。それより今度、貴女の方に会いたいわ」
「えへへ‥‥あの子達、いい子だから」
瞬間的にデレル。が、
「‥‥ちょっとまて。今、達って言ったか、達って」
火を点けずに咥えていた煙草を落としながら、夕姫が聞く。
「え? いったけど?」
きょとんと首を傾げるノーラに唖然とした表情で菖蒲が肩をつかんだ。
「そ、そんな大事なこと‥‥で、いつ、いつなのよ!」
腹部を確かめたり、肩をたたいたり、戸惑いと不安の表情で見つめてくる友人たちにノーラは次第と状況を理解した。
「ほえ? ‥‥あぁ、うちの子って双子でね?」
それからの帰り道、きゃっきゃと近況を報告するノーラの発言に唖然とするも、次第に微笑ましくなっていく。
『一大事には至らなかったものの、そんな先輩を持って私は大変です』
そんな報告書が本社に届けられたのを知ったのは、ノーラに反省文提出命令が下されてから数日後の事である。