●リプレイ本文
●傭兵の到着
低空を、二機のヘリコプターが飛んでいた。
余計な接敵を避ける為、アルヴァイム(
ga5051)の提案どおり、ヘリは稜線に沿って低空を飛び、鉱山町へと辿り着いた。
ローターを停止させ、風圧のおさまったヘリに向って‥‥いや、傭兵達に向って、ポニーが駆け出す。拙く、わあわあと泣き声交じりに懇願するポニーに、傭兵達は優しかった。
「大丈夫です。お父さんはきっと帰ってきます。ポニーさんはお迎えの準備をよろしくお願いしますね」
ナオ・タカナシ(
ga6440)がポニーの頭を撫でて微笑む。
「‥‥僕達が‥‥絶対君のパパを、助けてあげる‥‥」
「そうだよ、俺達が救い出してみせる」
サーシャ・ヴァレンシア(
ga6139)や棗・健太郎(
ga1086)が続けて声を掛け、励ました。しゃくりあげながら小さく頷くポニー。こんな小さな子供の願いとはいえ――或いは、こんな小さな子供の願いだからこそ、必ずや助け出さなくてはならない、と、傭兵達は思いを新たにした。
鉱山へと至る道を、計8名の傭兵が歩く。
坑道の外にいる鳥型キメラは四体というが、目立つのがその4体だけだったと考えれば、他のキメラが居る可能性も、十分に考える。瓜生 巴(
ga5119)は言葉にこそしなかったが、そう考えてか、厳重に周囲を警戒している。
アルヴァイムにしても、皆の警戒していない方角――つまり死角へ意識を集中して山を登っていた。
ふと、蒼羅 玲(
ga1092)が口にする
「健太郎君は、ああ言うタイプが好みなんですか?」
「えっ!?」
童顔を、悪戯に微笑ませ、蒼羅が茶化す。
「な、皆の笑顔が見たいだけだよ!」
顔を赤くして、棗が答えた。
「それに――」
「しっ」
瓜生が己の口に指をあて、その言葉に、しんと、辺りが静まり返った。
続いてアルヴァイムが、ぴくりと眉を動かし、瓜生と同じ方角へ意識を集中する。ばさり、と聞こえたのは、羽ばたく音。
キメラが来る。
そう感じて刀を握る棗を、瓜生がすっと制した。
「ここは私達が。行って下さい」
その言葉に、MIDOH(
ga0151)がこくりと頷く。
頷くや否や、彼女達坑道班は突然山道を駆け登り始めた。物音に気付き、キメラが激しくはばたく。
が――
その腹に、ずぶりと、矢が突き刺さった。
「キメラを確認、狙撃開始します」
未だ慣れぬ、戦い。それでもナオは、いざ一度覚醒すれば、抑揚の無い沈んだ声を発して、狙撃眼を併用した矢を放つ。
対するキメラにしても、1本や2本の矢で仕留められるようなものではない。
まるで怒りを露にでもするかのような勢いで、冒険者に襲い掛かる。
しかし、瓜生を先頭にして彼等は走り、閉所へと逃げ込む。自然と、キメラは自由な飛行を制限され、動きを鈍らせた。
「集中砲火で潰します!」
叫んだのはアルヴァイムだ。
集中砲火と聞いた蒼羅は、彼が言い切るよりも早く、ショットガンを掲げた。派手な音が弾けて、キメラのどてっ腹を引き裂く。キメラが鳴き声をあげるが、それもさせぬかのように、首へと食い込む、瓜生の放った矢。
強弾撃やレイ・バックルの重なった矢は、重い一撃となって、キメラを沈黙させる。
その連携に、残るキメラが怯んだ。
●坑道内
薄っすらと、奥へ向うに従って暗くなる坑道。
最低限歩くに困らない電灯が、天井に瞬いている。かといってそれだけでは心もとなく、坑道内へ向った四人は皆、ヘッドライトを被って前進していた。
列からはぐれぬよう、腰にはロープを繋ぎ、時折、坑道内の地図を確認しつつ工夫達の捜索にあたっている。
先頭を歩くのは棗。以降、水嶋 恵(
ga6820)、サーシャ、MIDOHと続く。
地図には、村で収集した情報がしっかりと書き込まれている。
落盤の危険がある区域や非難経路、当時の採掘場所等だ。情報収集の際には、ナオも、ポニーに父親の居そうな場所に心当りが無いか聞いていたのだが、これは残念な事に、さっぱり要領をえなかった。
ポニー自身は幾つか思いつくようだったのだが、少女の拙い説明では不正確に過ぎ、理解した風を装って安心させるのが精一杯だった。
「鳥型キメラの調査‥‥あまり時間、無かった‥‥」
ボソリと呟く、サーシャ。
今回の依頼に当り、彼女は必要以上に調査、調査と強調していた。調査なのだから、仕方が無く来たのだ、と言わんばかりに。
「大事な人を失う辛さを無理に知る必要はないですよ」
それを聞いて、水嶋が応じる。彼は、今回が、傭兵として始めての任務だ。自然、身が引き締まる思いだ。それに、両親を、肉親を失うという事の辛さも、彼は知っているから。だから、心なしか、語尾が強かった。
「まぁまぁ」
鷹揚に構えて、MIDOHが笑う。
そんなつもりじゃない、とでも言いたそうなサーシャの表情から、やたら調査と言う心の機敏が読み取れたからだ。この辺りの微かな心情というのは、男性には、ちょっと解らない。
「おーい、あったよー!」
先頭を歩く棗が手を振る。
その手に握られているのは受話器だった。坑道内に張り巡らされた有線連絡機で、坑道内の主要箇所に設置されている。
連絡は――とれなかった。
連絡先へ順番に連絡を入れてみるも、応答は無し。となれば、消去法で探すのがベターだ。先の危険箇所に、工夫達が足を踏み入れるとは考えにくい。その上で、そうした連絡先に居ないとなれば、ルートや空間は限られて来る。
「どこだと思いますか?」
皆で地図を囲む中、水嶋が呟いた。
「ここじゃ‥‥ないかな‥‥?」
サーシャが、地図の一点をすっと指し示した。
●再び、坑道外
キメラが、空高く飛び上がる。
相手からの集中攻撃を加えられると言うのであれば、距離を取れば良い。そう判断しての事だろう。ナオが弓を引くが、ナオの狙撃弾が辛うじて届くかという距離では、攻撃を集中させる事も難しい。
「無理か‥‥」
彼の童顔から発せられる抑揚の無い声は、ともすれば、酷く凄惨にも思えた。
しかし、膠着状態と思われたその流れの中、突然、蒼羅は届きもしないショットガンが空へ向って放ち始めた。
当てずっぽうに連射された弾が虚しく空を切り、やがて弾が尽きる。
その瞬間を、キメラは見逃さなかった。残るキメラが一斉に急降下し、蒼羅に襲い掛かる。
だが、蒼羅の眼の前に掲げられたのはポリカーボネートだ。勢い良く降下したキメラは、しかし、その半透明の盾に、くちばしをはじかれた。後続のキメラとてそうだ。急に止まれるものではない。
囮。
あるいはキメラは、罠だと気付いたのかもしれない。だが、もう遅かった。
蒼羅の掲げる盾に無意味な攻撃を仕掛けた直後、瓜生のリセルに射られる。無論、彼等の中にはこの機会を逃すような間抜けは一人としていない。
ナオのクロネリアがキメラを射たかと思えば、アルヴァイムの掲げた小銃スコーピオンがキメラの頭を吹き飛ばす。自動で弾丸が装填されるスコーピオンは、次々とキメラに痛打を叩き込んだ。
「トドメを頼みます!」
転がり込むように山の斜面へ背を付けるアルヴァイム。
傷つきながらも離脱しようとするキメラ。その背後に、矢とショットガンの雨が降り注いだ。
●薄暗い所
先頭を行く棗の右目が、激しく燃え盛る。
真赤に染まった目は、冷静に、静かに、辺りを見回した。
時折、水溜りに水の滴る音が響く以外、音の無い空間。その空間に時折響く、人を呼ぶ声。ポニーの父をはじめ、4人はまだ見付からない。先ほどから、棗は狭所へ足を踏み入れる際には、自身を一時的な覚醒状態に置いている。突然の出来事に対応する為だが、今のところ、特別の問題は発生していない。
「こちらにも見当たりませんね」
ファングを土壁に付きたて、水嶋は辺りを見回した。
「アルフォンソさーん!」
再び、口に手を当てる。
しんしんと音が響き渡り、やがて途絶えた。
(駄目だ、ここには居ないのかな‥‥)
仕方が無い――そう思い、背を向ける。
――おぉ‥‥ぃ‥‥。
はたと、足を止める。今聞こえた声が、再び聞こえる。さっきよりも大きく、はっきりと。
「居た! 居ました、こっちです!」
今度は、皆が村人の声を聞いた。
ぱっと顔を輝かせる傭兵達。もちろん、サーシャだってそうだ。ただ、それは一瞬で、ちょっとした隙に、また何時もの冷静な表情が帰ってきていたのだが。
工夫達が座りこんでいたのは、主要な坑道から奥まった、明かりもないような場所だった。
とっさに逃げ込んだ彼等としては、バグアへの恐怖から、どうしても、自分達が知る枝道へ隠れ潜むしかなかったのだ。
「助かった‥‥!」
座り込んでいた男が、片手で肩を抑えている。その肩、タオルに染み出している血が生々しく、見ている者にも痛みを感じさせる。
「‥‥ボクがついてる限り‥‥絶対生きて連れて帰る‥‥だから頑張って‥‥」
片膝をつき、サーシャが手を差し出す。
超機械が無いので、救急セットを引っ張り出しての治療だ。手際よく、肩の怪我に応急措置を施し、清潔な包帯でガーゼをあてがう。
MIDOHの差し出したアルコール類で身体を温めた後、傭兵達の肩を借りて、彼等は歩き出した。
ピー――‥‥
そんな彼等を出迎える。呼笛の音。
坑道外のキメラは、全て始末された事を知らせる呼笛の甲高く、長い音。その意味するところを傭兵達が、彼等に知らせた。その音は、工夫達にとっては、まるで福音にも等しい程に‥‥
●ポニーちゃんの願い
村中央の広場、ヘリコプターのパイロットたちがエンジンを始動させ、ローターがゆっくりと回り始めている。
「少しはお役に立てたのでしょうか‥‥」
「何を言うんだ。あんた等のおかげさ」
ナオの言葉に、工夫が応じる。くすくすと、それでいて朗らかに笑うMIDOHに肩を支えられたまま、工夫がナオの背を叩く。といっても、彼自身はヘリで病院へ向わねばならない。背の高いアルヴァイムが手伝い、彼をヘリの中へと寝かせる。
「ミッションコンプリート!」
「失敗なんていう事は、少なくともありませんよ」
棗と瓜生がそれぞれに応じて、言う。
「パパ! パパ!」
彼等と共に現れた父親。傭兵達と共に戻ってきた父を見つけ、ポニーはたっと駆け寄った。
どんと抱き付いたポニーの小さな身体を、父親はひょいと持ち上げ、胸に抱きしめた。
「ポニーちゃん、今度遊びに来てもいいかな?」
「うん!」
微笑む水嶋の顔に、ポニーが大きく頷いた。
明日をも知れぬ傭兵稼業で、再び訪れる事が出来るのかは解らない。ただそれでも、彼等は、父を失って悲しむ少女を見ずに済んだ。それだけで十分だった。
(代筆 : 御神楽)