●リプレイ本文
●荒野の闘争劇
アスファルトで固められた大地を、三台の大型車両が全速力で駆ける。
UPC軍の輸送車両だ。戦いを続けるために最も必要な存在と言っても過言ではない、食糧や生活物資が荷台に詰め込まれている。
基地に不足する物資を補給するために向かっていた彼ら。
固定されている筈の輸送物資が揺れ、一部が荷台にばら撒かれているが、運転を担う軍人は構わずにアクセルを踏み続ける。
彼らの顔には冷や汗が玉のように溢れ、表情も恐怖が支配していた。
後方から自分たちを殺そうと大地を揺るがし、アスファルトを破砕しながら輸送車を追い立てる存在の所為だ。
彼らの脅威となっている二体のキメラは、犀に良く似た姿をしていた。
犀の皮膚は厚く、肉食獣の爪や牙でさえ通さないとされているが、このキメラのものは更に硬質なものとなっている。
特に頭部と前両足を覆うものは、鋼色に鈍く輝く装甲となっていた。装甲には護衛部隊が発砲したと思われる銃弾の痕が見られるが、貫通した痕は見当たらず、その全てが弾き返されていた。
そして特徴的とも言える角が非常に長く、先端はより鋭角に、槍の穂先の如く研ぎ澄まされていた。
個体の優劣を定めるためにあるのが犀のものであるのに対し、キメラのそれは敵を、人類を貫き屠る為に備えられている。
現にその角は赤黒く汚れ、護衛部隊の車両のものと思われる装甲板が突き刺さっていた。
更なる血肉を求め、二頭の犀は輸送車へと走る。
後方より迫る脅威に怯えながら、軍人は空へと視線を移す。蒼穹の空には、六羽の鳥が翼を広げて優雅に舞っている。
だが、その鳥もキメラだった。
空を飛んでいるだけあって大地を走る犀よりも速く、輸送車両との距離を確実に詰めてきた。
鳥のキメラが先行して獲物を捕捉、撹乱し、動きが鈍ったところを犀が突進を仕掛けて仕留める。それが連中の戦法だった。
その戦法による被害は護衛部隊を全滅させただけでなく、輸送車両にも及んでおり、一台の輸送車が遅れ始めている。上空からの度重なる砲撃を受け、深刻なものとなっていた。
そしてその車両に止めを刺すべく、キメラは攻撃体勢に移る。
右翼に展開するキメラの群れが翼を広げて中空で制止し、長く伸びた嘴を大きく開いた。口腔の奥に光が灯り、それが徐々に大きくなっていく。
自分たちも護衛部隊の後を追うことになるのか。
無残に散っていた彼らの最期を脳裏に浮かべながら、彼らは死を覚悟した。
光が極限まで収束され、砲弾を放とうとした瞬間、キメラの頭部に黒点が生まれた。
背部から飛び出た小さな飛来物は血と脳漿を巻き込んで天へと伸びていき、それらを撒き散らしながら堕ちていった。
銃撃。それも輸送車両の前方からの遠距離狙撃だ。突然の襲撃に度肝を抜かれたのか、砲撃態勢に入っていたキメラは、その場から逃げるように離れる。
鼓膜を震わす銃声に促されるようにして輸送車の運転手が目を向けると、前方から三台の車両がブーストを用いて高速で迫ってきていた。メルス・メス社製の四輪駆動車、ジーザリオだ。
内の一台の車台には固定された狙撃銃が鎮座している。一メートルを超える、長大なライフル。銃口から立ち上る銃撃の残滓である硝煙が、風に乗って消えていった。
その銃把を握るのは、赤く光る幾何学的な文様を右手に刻む、黒髪の青年。髪と同色の切れ長の黒き瞳は、上空を翔けるキメラへと向けられている。
青年の名はカルマ・シュタット(
ga6302)。守護者の渾名を持つ男である。
引き金にかかる彼の指がもう一度絞られると、狙撃銃が重い銃声と共に銃弾を吐き出し、一羽の空飛ぶキメラが落とされた。
能力者たちの登場は、狩る側と狩られる側が逆転した瞬間でもあった。
突如、輸送車両内部に音が響く。それは輸送車に備え付けられていた無線機に、通信が入ったことを知らせる音だ。
助手席に座る軍人が無線機を手に取り、耳を傾けると、少年の声が届けられた。
「援護に参りました、ご安心ください」
声の主は、先ほど銃撃を行ったカルマを乗せたジーザリオの運転を務めているドッグ・ラブラード(
gb2486)だ。
彼の言葉を聞いて、漸く救援が来たことを知った補給部隊の皆は希望を見出した。
それを察したのかドッグは一瞬だけ微笑むと、気と表情を引き締め、運転に集中する。
車台に乗るカルマは三度、引き金を絞った。
弾丸はキメラの腹部を穿ったが、最期の抵抗か、キメラは地上に落ちていきながらも嘴を開いて光弾を放つ。その輝きは、キメラに残された最後の生命の光にも見えた。
迫る光弾にドッグは咄嗟にハンドルを切り、紙一重でそれを回避する。車の主であるドッグの機転により難を逃れた車両は、再び大地を駆けていった。
左翼の鳥たちも輸送車を破壊すべく、砲弾を放とうとしていた。
そして限界近くまで長い嘴が開かれ、凝縮した光を目標めがけて吐き出す。放たれる三つの光弾は輝く粒子の轍を刻みながら、輸送車へと向かっていく。
砲弾の射線に割り込んだのは、一台のジーザリオ。銀髪の青年、サルファ(
ga9419)が運転を務めるものだ。
そのジーザリオの後部座席の扉が勢い良く開かれ、白衣の男が何かを持ちながら身を投げ出す。
男の名はドクター・ウェスト(
ga0241)。持つのは半透明の盾だった。彼が掲げる盾に三つの光が着弾。余りある衝撃はドクターだけでなく車両にも及んだが、なんとか倒れることはなく、すぐに体勢を立て直して走り出す。
砲弾を受けた盾からは、光の粒子が獲物を仕留められなかったことを残念そうに漂い、消えていった。
その盾を構える男の眼鏡の内側にある瞳が輝き、独特の笑い声を伴って誇らしげに語る。
「けひゃひゃひゃ、我輩の力は知識だけではない〜!」
彼の言動に怒りを覚えたのかは定かではないが、キメラは能力者を標的として捉えたのか、ジーザリオを追って飛翔する。
自らを追跡してくるキメラを横目にして、サルファはしてやったりと笑みを零す。
「よし、いいぞ。こっちに来い!」
キメラの目標を、補給部隊から自分たちに移す。そうすることによって結果的に彼らを救うことになる。
繰り出してくる砲弾を巧みな運転捌きで回避し続ける。鈍重そうに見える車体が、華麗な舞踏を踊っているようだ。
揺れる車内でドクターがある一つの物体を掴むと、再び体を乗り出してその物体をキメラへと向ける。
それは鳥篭。白鴉の名を持つその籠の蓋が、ドクターの意思に従って開かれる。
「創られた生命よ〜! 籠の中に返る時が来た〜!」
皮肉交じりの言葉は、殺意ある電磁波となって放たれた。
目に見えない攻撃を避けられる筈もなく、電磁の嵐に曝され、その身を灼かれるキメラ。何とか飛行を続けるものの、電磁波が止んだ頃には闊達だった動きが幾分鈍くなっていた。
その様を見た少女、リュス・リクス・リニク(
ga6209)が立ち上がる。
リュスの風に靡く赤みを帯びた茶色の髪が、穢れなき白へと変化。碧眼の瞳孔も猫の目の如く狭まる。
「そろそろ休憩することをお勧めしますよ。永遠に、ですが」
口調も柔らかなものとなったが、痩身の彼女から放たれる威圧感は全く正反対のものだった。
徐に自らの得物――ガトリングシールドを取り出す。名のとおり、盾が取り付けられたガトリング砲だ。
小型化、軽量化に成功したガトリング砲ではあるが、それでも彼女には過ぎた代物に見えた。
だが、リュスはその細腕で軽々と鉄の塊を持ち上げて、銃口を天を翔けるキメラに向けた。
そして、引き金を絞る。主人の命を受け、盾を背負った鋼鉄の獣が鳴動を始めた。
連結された多数の銃口が高速で回転。やや遅れて、銃弾が吐き出される。回転と発砲による凄まじい振動がリュスを襲うが、全く意に介さずに引き金を絞り続ける。
暇を与えずに放たれる鈍色の牙が、重力に逆らって天へと昇っていく。
電磁の余波を受けても尚、二体のキメラはなんとか回避に成功したが、直接電磁波に撃たれた一体が逃げ遅れた。
幾多の鉛弾はキメラの肉体を次々と穿ち、貪り、蹂躙していく。肉食獣が獲物に挙っていく様のようにも見えた。
翼による浮力を失い、キメラは重力の手に掴まれる。血の尾を引きながら落下し、自らの体で荒涼の大地に赤き花を咲かせることとなった。
弾幕を抜けた一体のキメラが一気に降下、ジーザリオの運転席の真横に接近。両足に備わった磨かれた刃の如き鉤爪をサルファに突き立てようと肉薄する。
鉤爪が車窓を破ろうとしたとき、逆に内側から窓が破られる。
飛び出してきたのは一丁の拳銃。銃把を握るのは、運転を務めているサルファだ。
拳銃の短い銃身がサルファのエミタに呼応して淡い青の光を放ち、それは銃口へと収束していく。
「コイツをプレゼントだ、受け取りな」
伝わるかどうかはともかく、サルファが手向けの言葉と共に光の銃弾を贈与した。
至近距離から頭部に喰らい付いた光の牙は脳髄まで灼き、キメラは力を失って大地を転がり、小さくなってやがて見えなくなっていった。
能力者たちの力を目の当たりにし、最後の一羽となった鳥のキメラは不利を悟ったのか、転進して逃走を図る。
だが、彼方へと飛び去ろうとするキメラを補足している者がいた。
それは白銀の髪の傭兵、烏莉(
ga3160)だった。
ヒューイ・焔(
ga8434)が運転を務めるジーザリオの車窓から半身を乗り出して、カルマが所持するライフルと同型のものを以て照準を合わせる。
だが、烏莉が構える狙撃銃の改造の度合いはカルマのそれを遥かに超え、彼のよりも高い威力と命中精度を得るに至っていた。
「久しぶりの本業だな‥‥」
実戦から離れていた自身に言い聞かせるように呟く。それでも普段は鉄面皮である彼の口の端には、僅かに微笑が表れていた。
銃声が轟き、同時に放たれた銃弾は烏莉の意思を乗せて空を翔ける。言葉とは裏腹に彼の銃撃は正確で、造作もなくキメラを撃ち落とした。
全ての鳥類型キメラを葬ると、ヒューイは大地を駆ける巨体へと進路を向けた。
「でかいな‥‥」
装甲を纏った犀を間近に目にした天(
ga9852)は率直な感想を漏らす。
相棒に運転を任せている彼はジーザリオのボンネットの上に座して、小銃を手にして銃撃を始める。
だが、銃弾はキメラではなく、その前方を虚しく通り過ぎていくだけに終わった。
それでも、彼の目的は達していた。
キメラは補給部隊ではなく、銃撃を行った天、ひいては彼が乗り込んでいるジーザリオへと敵意を向けてきた。
車両の速度を調整し、ヒューイが犀の真横に車両を寄せる。すると、ハンドルをボンネットから伸ばした天の足で固定し、ヒューイ自身は己の得物である、番天印と銘打たれた銃を手にした。
必ず脳天を打ち砕くとされる武器の名を、高い命中率に肖って名づけられたヒューイの相棒が火を噴く。
銃弾はキメラの脚部、分厚い堅牢な装甲と装甲の継ぎ目に寸分の狂いもなく撃ち込まれる。
咆哮が響き、鉛と装甲がぶつかって甲高い悲鳴を上げる。
自らの練力を以て発動した能力を込めて放たれた一撃だが、キメラの装甲に僅かな弾痕を作るだけに終わった。烏莉も立て続けに銃撃を行うが、結果は同じだ。
ヒューイは舌打ちすると、ブレーキペダルを思い切り強く踏みつけて速度を落とす。急激な制止を命じられたタイヤは大地を削りながらにして漸く止まった。
同時に、犀の鋼鉄の巨体が車両の前方を横切った。
一撃で粉砕する犀の体当たりを咄嗟に避けたヒューイは密かに胸中で安堵すると、ブレーキペダルからアクセルへとに足を移し、犀へと追いつこうとする。
その間、ヒューイは嵌めていた指輪を外し、携帯していた腕輪を身に付ける。
更に一発の銃弾を込め、撃鉄を起こす。そして再び犀の横手にジーザリオを付けると、今一度引き金を引いた。
二度目の銃声と二度目の悲鳴。だが、真に悲鳴を発したのは犀のほうだった。弾丸は装甲すら貫き、内にある肉と骨を砕いたのである。
ヒューイが先ほど込めた弾丸は、特殊強化された貫通弾。文字通り、フォース・フィールドの貫通を目的に開発された特殊な弾丸だ。
更には、両断剣と流し斬りで威力と命中率を増加させた一撃である。それは確かに装甲を撃ち貫くことに成功した。
前足の一つを穿たれた鉄の塊ともいえる巨体が倒れ、大地を揺るがす。
ヒューイは小さくガッツポーズを取ると、相棒に視線を向ける。それに気がついてか、天はボンネットを蹴って跳躍、黒髪の剣士がキメラの背中に着地した。
キメラの背中に飛び乗った天は、愛刀である淡い朱色に染まる日本刀の切っ先を、渾身の力を込めてキメラの首筋へと突き刺した。
異物が侵入した激痛にキメラが耳を劈く悲鳴を上げながら身を捩って暴れるが、天は刀の柄をしっかりと握り、放さない。
暴れるキメラの後方に二人の狙撃手――カルマと烏莉を乗せた車両が回り込み、同時に銃弾を放つ。二発の銃弾は装甲が施されていない後ろの両足を撃ち抜いた。
度重なる激痛がキメラの全身を走り、暴走する巨躯を強制的に停止させる。
天が動きが止まった隙を突き、柄を握る手首を回転させる。抉るようにして刃は更に深く捩じ込まれ、一際高い苦鳴を上げるキメラ。それが断末魔となり、巨体の動きは漸く完全に停止した。
一息吐く天に、同胞を殺された怒りに駆られたもう一体の犀が、自らの角で屠ろうと迫る。
その進路をを阻んだのは、サルファのジーザリオだった。
ドクターが再び鳥篭を掲げると、彼の狂気を表したような荒れ狂う電磁波がキメラを襲う。
堅牢な装甲も電磁波までは防ぐことは出来ず、全身を駆け巡る。
獲物を葬ろうという殺意に反して、キメラの体は動かない。そこに、少女による死の一撃が加えられようとしていた。
リュスはガトリングシールドを置き、自身と同程度の長さを持つ洋弓を手にして弦を引く。それも軽々と。
強化改造された弓矢は陽光を浴びて、銀色に輝く。
そしてリュスが現在扱える特殊能力を全て番えた矢に込めて、弦を引き絞る指を離した。
高速で走る矢は犀の装甲すら易々と食い破り、鏃は脳すら貫いた。
生命活動を終えた最後のキメラが地面に横たわり、同時に地響きが鳴る。
その音は、補給部隊の逃走と能力者たちの闘争の終結を意味していた。