●リプレイ本文
●昏き海の狩猟場
天より降り注ぐ陽の光も翳る、深い海中。水深三十メートルともなればそれも顕著となり、視界はかなり狭まっている。
薄闇に包まれる世界を、緩やかな流れに逆らって九つの巨影が海中を漂っていた。
それは巨大なエイと、巨大な鮫としか形容できない存在。だが、その大きさは自然界には決して存在しないものだ。何より、砲塔や魚雷を各種装備した海洋生物など聞いたことがない。
バグアの兵器であるヘルメットワームを、水中戦闘用として改良したマンタ・ワームとメガロ・ワームだ。
彼らの進行方向の遥か先に、数式が生まれた。〇と一の交互に並んで列を成すそれは鋼鉄の骨格を作り、装甲で覆い、武装を施されていく。
鋼の巨人――ナイトフォーゲルだ。
能力者が駆る巨人も水中戦用に施されたワームと同じように、水中戦を考慮した兵装となっている。
『全機体の戦闘準備の完了を確認した。これより、訓練を開始する』
突如投げかけられた言葉は、教官のものだった。
現実世界より放たれたその言葉が仮想世界の命を吹き込んだのか、ワームの魚眼が赤く輝いた。
海中を本物のエイや鮫のように進む、異形の魚群たち。
仮想世界の東西を分断するように屹立する岩礁を避け、合間を擦り抜けようとする一機のマンタ・ワームがある機影を捉えた。
巨大な人型のそれは岩礁と岩礁の間に見えたが、すぐに掻き消えた。
幻かと誤認しそうなほどの短い時間だったが、それは確かにKVだった。僅かであるが、重力波レーダーにも反応を示していた。
マンタは挟撃をかけるべく、半数はそのまま岩礁の間を、半数は南の岩礁から回り込んでいく。
先行して、三機のマンタが岩礁と岩礁の間を抜ける。
直後、レーダーが、何かを捉えた。水中を高速で突き進む物体。それは魚雷とミサイルだった。
包囲するように三方から推進剤を吐き出しながら迫る雷を迎撃すべく、一機のマンタが砲塔から紫電を放つ。
拡散フェザー砲の眩い紫の光が乱舞し、群がる魚群を灼いていく。だが、光を潜り抜けてきた魚雷が一機のマンタに喰らい付いた。
弾頭が装甲を抉り、搭載された爆薬が熱と衝撃を以て次々とマンタを蹂躙していく。そして一発の魚雷――DM5B3重量魚雷が盛大な爆発を起こし、機体を微塵に吹き飛ばした。鉄の破片が、水泡を名残惜しそうに手放しながら深海の闇へとゆっくりと吸い込まれていった。
味方の機体が撃沈されていくのをセンサーの端で捉えながら、二機のマンタは確認した。
自分たちの標的である、四機の巨人の姿を。
岩礁の陰に忍び、ミサイルを放ったのは隠れていたのは水陸両用KVの新鋭機ビーストソウルだ。
三機の獣たちは各々の獲物を手にしながら、頭部に設けられたメインカメラを光らせた。獲物を狩る、獣の眼光だ。
放たれた魚雷は彼らのものだけではない。後方に異なる機影が見えた。
水の世界で生きることを許された獣とは違い、本来は大空を翔るために造られた鋼鉄の翼――S−01が。
最初期に開発された旧式のKVであるが、バージョンアップ処理と搭乗者による度重なる改造によって、現行機と遜色ない性能を得るに至った名機だ。先の重量魚雷を放ったのも、彼の機体である。
突然現れた敵に、ワーム――正確には彼らを統括するAIが――は、自らが狩人たちの狩場に誘い込まれたことを悟った。
反撃に転じようと砲塔を向け、光を収束するが、砲弾となって放たれるよりも速くS−01改の銃撃が撃ち込まれる。
赤の光がまるで血の飛沫のように散り、消えていった。
S−01改が手にしているのは、水中でも扱えるように造られたスナイパーライフルだ。
地上よりも遥かに揺れる海中の視界でも、搭乗者である篠崎 公司(
ga2413)の青に染まった双眸は確かに目標を捉え、見事撃ち抜いた。
冷静な狙撃手に続くように、獣たちも銃を手にして引き金を引く。
ガウスガンの銃口から磁力によって撃ち出される銃弾が水中では存在し得ない雨の如く注がれ、マンタに銃痕を刻んでいく。
銃弾の雨に晒されて、二種類の砲塔と魚雷発射管を破壊されたマンタ。攻撃の術を失った導き出した答えは、特攻だった。
一矢報いようとクロスエリア(
gb0356)のビーストソウルを巻き添えにしようと、推進器を限界まで噴出して吶喊してくる。
対して、クロスエリアは携えていた巨大な刀を抜き放つ。刀身は淡い陽光を浴び、冷たい光を放っていた。氷雨を上段に、特攻をかけるマンタに剣士の如く構える獣。
そして、両者が交錯する。
水の抵抗を物ともせず振り抜かれた刃がワームを装甲に命中。短い命の火の花が散り、装甲諸共機体を両断する。左右に分かたれたマンタは勢いのまま更なる深みに落ちていった。
「後衛だからって甘く見ないでよね、ビーストソウルは近距離の方が強いんだから♪」
深海の闇の中で光となったマンタを得意げに語るクロスエリア。向き直る彼女の眼前に、マンタの姿が飛び込んできた。
仲間を葬った彼女をプロトン砲で滅しようと、砲口に赤の粒子を集中させていく。
刀を盾にして防ごうとするクロスエリアの瞳が、視界の両端から迫る二つの影を捉えた。
Loland=Urga(
ga4688)と、旭(
ga6764)が乗り込むビーストソウルの姿を。
蒼き獣たちはマンタを挟み込むように、光の爪を現出させて高速接近。完全に動きが同期した彼らは、爪を一斉に突き立てた。
爪は容易に水圧装甲を切り裂き、内部を破壊していく。そして充分に堪能したのか、爪を収めた獣たちがマンタから離れる。
内部機関を破壊され、行き場を失った赤き光が一際輝くと、マンタは小さな太陽となって爆散した。
尖兵を難なく屠った彼らより、南の岩礁。付近には彼らと同じように、マンタを待ち受ける四機のKVの姿があった。
「海は私達の故郷。さあ‥‥行くわよ」
誘導に成功した旨を狭いコックピットで聞いた桐生院・桜花(
gb0837)は、自らに言い聞かせるように呟いた。
彼女が搭乗する機体は、水中用キットを装備して水中行動を可能にしたバイパーだ。
翼持つ蛇が海蛇となり、海中をゆっくりと進む。そしてバイパーに搭載されているレーダーが反応、機影を捉える。挟撃を行おうと迂回した三機のマンタ・ワームだ。
装備された二つのサブアイシステムで目標の正確な位置を確認、照準を定め、操縦桿のスイッチを押す。装填されているミサイルが全弾発射された。
彼女に続いて、潜行形態となっているビーストソウルの龍探城・我斬(
ga8283)が魚雷を連続発射、間隙など与えずに雷撃を浴びせる。
ワームの熱源を捉えたミサイルは追尾し、更なる熱を以て装甲を破壊。続く魚雷が内部を駆逐し、致命傷深手を負わせる。
既に堕ちてもおかしくないほど破壊されたワームが、足掻きにも見える反撃を、魚雷を放つ。
対して我斬はガウスガンを発射、冷静な射撃は迫り来る雷を次々に撃墜していく。
更に機体を上下に振り、不規則な動きで魚雷を回避。マンタの側面に回り込んで変形し、人の姿となったビーストが右手にレーザークローを展開する。
獣の鋭い爪が振り下ろされ、瀕死のエイの命を刈り取った。最後は光となって、派手に散っていった。
「水中戦はこの変形の手間が肝かね? 間合いに入った後ならこのままで良いんだが」
手応えを確かめるように我斬は思案すると、再び戦場へと意識を戻した。
彼の視界に広がる暗い世界で、二機のマンタが放つ死せる光が獣を灼き殺そうと輝く。
光の先に居る、他とは異なるカラーリングを施されたビーストソウル。それに乗るのは、レミィ・バートン(
gb2575)という少女。
白と赤と青、俗にトリコロールと呼ばれる色調で染められた海の獣だ。
『南海の人魚』の異名は伊達ではなく、彼女が駆るビーストソウルは鈍重そうな外見とは裏腹に、その動きは非常に軽快だった。
拡散フェザー砲の光の乱舞を、正に舞うようにして巧みに回避していく。避けきれないものは円形の盾で防ぎ、ガウスガンで応戦。無駄のない、的確な動きだ。
放たれた銃弾は装甲を破り、一時的にマンタの動きを封じた。そこに、クロスエリアと同じ刀を手にした天原大地(
gb5927)のビーストソウルが肉迫する。
近づけまいと、再びフェザー砲を放つマンタ。同時に大地は吼えると同時にビーストソウルに秘められた特殊能力、サーベイジを起動。
獣の全身をエネルギーが駆け巡り、攻撃能力と防御能力を上昇させる。
紫の奔流と蒼き獣が激突。紫電が耐圧装甲に灼かれながらも、獣の剣士は前進する。
そして獣は光から抜け出て、刃を横薙ぎに振り抜く。刀身はマンタごと、躊躇、停滞、慈悲など無用なものも同時に斬って捨てた。
最後となったマンタが攻撃の間隙にいる大地に砲撃を放とうとしたが、機体を揺るがす衝撃がそれを不可能とする。
一方に気を取られていたマンタが、レミィの接近を許していたのだ。そして、彼女が操る獣が携える得物が深々と突き立てられていた。
それはドリル。元々陸上でのKV戦闘用に造られた、ツイストドリルだ。
水中であるにも関わらず、強化されたドリルの回転は凄まじく、勢いのままにマンタの胴体を力ずくで引き裂き、大穴を開けた。マンタが爆発したのは、その五秒後のことだった。
●海の獣たちの戦い
海の尖兵を、難なく屠った能力者たち。
彼らの機体に搭載されているレーダーが、急速に接近する物体を捉えた。
「サメが突っ込んでくるよ!」
肉眼でも瞬時に察知したクロスエリアの警告が耳朶を打ち、男たちが構える。
彼女の言葉通り、メガロ・ワームがフォースフィールドを肉眼で確認できるほどに展開し、水の抵抗を無力化しながら速度を上げて迫ってきた。
クロスエリアはガウスガンの持てる弾丸全てを連射し、旭とUrga、篠崎が残っている全ての魚雷とミサイルを発射、鮫を葬ろうと海中を疾駆する。
数多の雷撃と銃撃がメガロ・ワームに来襲、爆光が闇の世界を照らし出す。
光が収まり、水中に漂う白煙。それを突き破って、メガロ・ワームは侵攻を続けた。攻勢に転化されたフォースフィールドが盾となって、直撃を免れたのだ。
だが、速度の減殺には成功し、生体装甲に幾つもの穴が開けられている。
突撃を諦めたメガロ・ワームは、巨大な牙が規則正しく生え揃う口腔を開く。奥から覗いたのは、赤き破壊の光。
プロトン砲の赤光を咄嗟に反応し、射線上から逃れる三機のビーストソウルは装甲の一部を融解される程度の被害で留まった。
だが、ぎりぎり射程距離に入っていた篠崎のS−01改の右腕を赤の奔流が飲み込み、スナイパーライフルと共に蒸発させた。
砲塔を収めたメガロ・ワームは、損傷した篠崎の機体を捉えて接近する。
篠崎は残った左腕でガトリング砲を構え、引き金を絞る。連結された銃口から絶え間なく銃弾が撃ち込まれ、役目を終えた薬莢がゆっくりと深海に落ちていく。弾倉はすぐに空となり、咆哮が止む。
だが、幾多の銃弾はフォースフィールドに阻まれ、思った以上の損害を与えることはできなかった。
メガロ・ワームが牙を向く。その背後に、得物を輝かせる三機のビーストソウルの姿があった。
旭とUrgaのレーザークローが装甲を無理矢理に剥ぎ、更に破る。そしてクロスエリアの切っ先が鮫の胴体を貫き、抉り、反対側から顔を出す。
それは肉食獣の捕食行為にも見える光景だった。
自らに群がる獣たちを振り払おうと身悶えるメガロ・ワーム。その大きな隙を、智慧に長けた篠崎は見逃さなかった。
牙を失ったガトリング砲に新たな弾倉を叩き込み、再び銃撃を銜える。休むことなく撃ち出される銃弾にその身を撃ち砕かれ、全身を蜂の巣にされて機能を停止した。
同様に、練力の殆どを使い果たした彼らの機体も、海の流れに身を任せることとなった。
一機失い、残り二機となったメガロ・ワーム。そのうちの一機が我斬に狙いを定めた。
徐々に速度を上げて迫り来る鮫に、バイパーが雷撃、ビーストソウルが銃撃を与える。
だが、四機の集中砲火で漸く止まったメガロ・ワームの突進を、二機の攻撃では止められる筈がなかった。
しかし、その攻撃がメガロ・ワームの機動を制限するのには充分だった。
脳裏に描いたとおりに迫るメガロ・ワーム。フィールドに接触する瞬間、我斬は推進器を急速噴射、機体を瞬時に下降させて体当たりを寸前で避ける。
「ぶち抜いてみせるさ。サーベイジ機動‥‥いっけぇぇぇ!」
能力を使用して攻撃力を一時的に強化し、無防備な腹部にドリルを打ち込む。先鋭化された回転する鉄の塊は装甲を紙の如く貫き、向こう側が見えるほどの穴を開けた。
だが、それでもこの巨躯を斃すのには足りない。我斬が更なる一撃を加えようとしたそのとき、獣の姿を捉えた。
刀を携えた、レミィのビーストソウルを。彼女の機体が持つ刀は、蛍が放つ淡い光、陽光を浴びて輝く儚い雪の光を放っていた。
「練氣集中! この一太刀でッ!」
彼女の気迫と共に、膨大な練力を注がれた刃が一閃。メガロ・ワームの巨躯を容易に斬り裂き、二枚に下ろした。
最後となったメガロ・ワームは、大地のビーストソウルを砕こうと猛然と向かっていく。
大地の戦法は、奇しくも我斬と同じだった。敵を寸前まで引き付け、回避に転ずる。
だが、攻勢に転化されたフォースフィールドが氷雨の刀身と接触、刀は主の手から離れ、冷たい闇へと落ちていった。
刀を失ったが、まだ戦う術は残されている。大地は過ぎ去ろうとする巨大な鮫めがけて、アンカーテイルを発射。装甲に楔を打ち込み、繋がれた強靭な鎖を巻き上げ、メガロ・ワームに張り付いた。
必死にしがみ付くビーストソウルは生体装甲をレーザークローで抉じ開け、左手に備えたミサイル発射管――対潜ミサイルR3−Oの砲口を押し込む。
「喰らいやがれぇっ!」
大地が裂帛の叫びを上げ、操縦桿のスイッチを押す。
装填された四つ全てのミサイルが発射、零距離での射撃を受けたメガロ・ワームの体が水脹れのように膨れ上がると、閃光となった。
閃光と共に生じた凄まじい爆発が収まり、生体部品で赤く染まった海が本来の蒼さを取り戻したとき、傷ついた獣の姿が現れる。
メガロ・ワームは藻屑となったが、爆発の余波を間近で受けたビーストソウルもただでは済まなかった。
ミサイルを手にしていた左腕と抉じ開けていた右腕は半ばで朽ち果て、全身の装甲が吹き飛んでいた。推進器は何とか生きているのか、頼りなく火を噴いて更なる闇に落ちないように逆らっている。
その時だ。
『全目標の撃破を確認。シミュレーションを終了します』
訓練状況をモニタリングしていた女性仕官が告げる。
『皆、見事な腕前だった、感服したよ。上がってくれ』
教官の賛辞を受けた能力者たちは確かな手応えと課題を残して、訓練を終えた。