●リプレイ本文
●月下の戦陣
地上より遠く離れた空。何時もよりも近くに存在し、真円を描く月が星の海に浮かぶ夜の世界。
それが仮想世界の虚像だとしても、視る者を魅了するに足る存在感を持っていた。
そんな夜の女王に魅せられたように、彼方より来たりしモノたちが編隊を組んで空を飛ぶ。
バグアの主力兵器とされるヘルメットワームだ。九機で構成される異形の戦闘機の後方には、淡い青の光を放つ立方体が宙を漂っている。
キューブワーム。
バグアの『妨害型兵器』であり、半径数キロメートルのレーダー類を阻害する能力を有した特殊な存在だ。
満月が特等席で見下ろす夜空の舞台に、もう一方の役者が現れる。
淡い光を放つ八つの数式が、鋼鉄に身を包む巨大な翼を創り出した。ナイトフォーゲルである。
それに乗り込むのは、彼らと戦うことができる可能な能力を得た超常のものたち。
守護者と侵略者、相容れぬものたちが一同に集い、相対する夜の戦場が形作られた。
『全機体の設定を完了した。これより、訓練を開始する』
その舞台の立役者である教官が始まりを告げると、ヘルメットワームが一斉に進攻を開始。自らの敵へと向かっていく。
同時に後方のキューブワームが揺らぎ、表面から漏れる光が明滅する。途端、KVに搭載されたレーダーがノイズに溢れ、その役割を放棄させる。
「レーダーに感あり‥‥ジャミング来ます」
自機のレーダーが使用不能となると、冬の妖精を思わせる女性、セレスタ・レネンティア(
gb1731)が言った。
三体の立方体が発する世界に満ちたノイズ。だが、既に承知していた能力者たちは事前の作戦通り、中央に集結。
それらの先頭を疾駆するのは、日本の武者が身に付けていたような、朱漆色に彩られたKV。
その名は雷電。嘗て存在した戦闘機と同じ名を持つ巨躯は、今回参加したKVの中で最も堅牢な装甲を有した機体である。
重厚な装甲と兵器で武装された翼の手綱を握るのは、機体に似せたような筋骨隆々とした日本男児だった。
彼の名は榊兵衛(
ga0388)。パイロットスーツの下に隠された肉体は異能の力が齎したものとは別物、自らの鍛錬で鍛え抜かれた戦士のものだった。
巨体に似合わない速度で先行し、ヘルメットワームに先んじて攻撃態勢に入る。
機体の下部に取り付けられたコンテナが開くと、我先にとミサイルが顔を出して空を翔る。
K−02小型ホーミングミサイル。都合五百発もの小型ミサイルが火を噴き、それに伴う吐き出す白煙が夜の空を白に埋め尽くしていく。
戦端の口火を切り、雷電の後方を飛行する鈍色の機体、左右に展開している他の機体も一斉に攻撃を仕掛ける。
巨大な朱漆色の指揮者の元で奏でられる、数多のミサイルが織り成す破壊の狂想曲。
身を以て体感させられることとなる編隊の中央を陣取る強化型ヘルメットワームが砲身を展開し、続けて二機のワームも倣うと、集う光が破壊の力を伴って乱舞する。
拡散フェザー砲の紫紺の光が自分たちに群がるミサイルに照射し、焼き払っていく。
だが、弾幕の嵐が紫の光を押し退けるように、徐々に迫っていく。そして光を潜り抜けた小型ミサイルが強化型ヘルメットワームに肉迫する。
避ける暇など無く、ミサイルが着弾。弾頭が装甲を押し潰し、内蔵された炸薬が爆裂を引き起こす。
ひとつひとつの爆発は小さなものだが、凄まじい数のミサイルが起こすそれは通常のものよりも威力は高まっていた。
更にはミサイルとは異なる物体が手負いのヘルメットワームに接触、閃光が夜を引き裂いた。
それはG放電装置とその試作型が放つ雷。英国工廠が産み出した美しい破壊者が放った、破壊の雷だ。
雷の触手は強化型ワームだけでは飽き足らないのか、編隊を組む他の二機にもその魔手を伸ばし、その動きを縛る。
そして雷が収まると強化型ワームから光が失われ、重力に引かれて落下していった。
仇を討とうと反撃を行おうとするワームたちの眼前を、二機のKVが空を切り裂かんばかりの高速で過ぎ去っていった。
F−201Aフェニックス。
ドローム社が産んだ次世代標準を目指した機体は、死に喘ぐ人類を蘇らせる不死鳥そのものだった。
彼らが目指すのはキューブワーム。ジャミングによってレーダーを封じられている今、彼らは目と音を塞がれているようなものだ。
夜間訓練ということで視界に制限を加えられている以上、レーダーの復活は急務といえる。
「ドラゴン1、敵ECMメーカーを潰す。ドラゴン2、ついて来い」
先頭を駆るフェニックスに乗るのは、伊藤 毅(
ga2610)。元航空自衛隊のパイロットとしての腕は確からしく、その動きに無駄はない。
「ドラゴン2、了解。‥‥さて、無線は繋がり難いっすから、好きなだけ喋れるっすね」
雑音が多分に占める声を聴き、毅の後方を護るべく駆ける同型の機体の搭乗者が。毅と同じ小隊に属する三枝 雄二(
ga9107)が乗っていた。
生来の楽天家で口が良く動く男であるが、覚醒によってその頻度は飛躍的に上昇するという。それに比例するかのように腕が立つのも事実だった。
雄二はヘルメットワームに置き土産を残して、飛び去る。
彼の機体からロビンが放ったものと同じG放電装置が宙を翔け、右翼を成す一機のヘルメットワームに命中。再び雷が闇夜を駆逐する。
二度目の雷が止み、解放されたワームたちが二機のフェニックスを追って反転しようとするが、二機の翼がそれを阻止した。
月光を浴び、兵器としては不釣合いな美麗を更に際立たせた白亜の翼。美しき破壊者――ロビン。
その機体に乗るのはうら若き乙女、ソーニャ(
gb5824)とフローラ・シュトリエ(
gb6204)の二人だ。
「後は追わせませんよ」
幼いソーニャには不相応な冷静さで呟くと、ロビンに搭載された二つの能力、マイクロブースターとアリスシステムを同時解放。
機体を走るエネルギーラインが蒼から赤へと変わり、裡に秘めた凶暴性を顕とする。
二機のロビンが赤の噴射炎を後方に残し、編隊行動を取ろうとするワームたちに急速接近、その高機動力を持って撹乱する。
その動きは、獲物を追い詰めて捕らえようとする猛禽のそれに等しいものだった。
砲口に限界まで集められた光が、ヘルメットワームのプロトン砲となってソーニャのロビンへと発射される。自分を砕かんとする赤き鉄槌を、ソーニャは機体の機首を上げて僅かに上昇し、同時にローリングを行って回避する。
まるでプロトン砲を樽に見立て、その表面を螺旋状になぞるかのような軌跡を刻むロビン。俗にバレルロールと呼ばれるマニューバだ。
イビルアイズが起動したロックオンキャンセラーによって命中率が低下させられていたにせよ、訓練が始まる前に教官たちに指導を受けていた彼女は、仮想世界の実戦とはいえ見事にやってのけた。
高速で翔けるロビンをプロトン砲では捉えられないと判断したワームは、今度は紫の光を拡散させて放とうとする。
そこに現れたのは、既に攻撃態勢に入っているもう一機のロビン。
「この放電攻撃から逃れられるかしら」
照準をつけるフローラの赤き瞳が捉えると、最後の一発となる試作型G放電装置を射出、隙だらけのヘルメットワームに命中した。
白き雷神の一撃はワームの全身を駆逐、陵辱する。凄まじい電撃によって堪らず機体が火を吹く。
既に先頭不能に近いワームのその隙をソーニャは見逃さず、UK−10AAEMミサイルで追撃する。火薬が発するものとは異なる蒼の爆炎が、ワームを喰らう。
二人の連携によって一機のヘルメットワームが蒼の火球となって消滅した。
「ちっちゃい体も耐G的には有利なんだから。コマドリの戦い方、見せてあげる」
十四歳の少女が無邪気で無慈悲な笑みを浮かべると、更なる獲物を狩るべく翼に光を湛えて飛んだ。
時を同じくして、キューブワーム掃討に走る毅の機体がその内の一機を捉えた。
彼女たちの働きによってキューブワームを狙う二機のフェニックスを阻むものはおらず、二人の任務は速やかに行われていた。
「シーカーオープン‥‥ロックオン、FOX2」
ミサイル発射の符丁を友軍に知らせると、毅は操縦桿のスイッチを力強く押した。
「目標捜索装置起動、敵機捕捉。FOX2!」
雄二も同様にミサイルの照準をキューブワームに定め、彼とほぼ同時にスイッチを押し込む。
盛大に火を噴いて飛ぶ二つのミサイルは、漂う正方形の一面に深々と突き刺さる。
閃光が闇を払い、轟音と衝撃が空気を振るわせた。
二つのミサイルが起こす連鎖爆発は、キューブワームを破壊するのに充分過ぎるほどの威力だった。
文字通り木っ端微塵となったキューブワームの半透明な蒼い破片が、地上へと吸い込まれてやがて見えなくなる。
そしてレーダーに走る余りあるノイズが、僅かに揺らいだ。
残るは二機。
次の目標を焼き滅ぼすべく、不死鳥は夜を疾駆する。
●天葬
月下の戦場の中央で、二機のヘルメットワームが自らに搭載されている全てのホーミングミサイルを発射。目標は、兵衛の雷電だ。
白煙の尾を引き、夜の空を蹂躙する鉄の凶器。
群がるミサイルを舞うようにその鈍重そうな姿からは想像もつかない機動性だ。
それを為しえるのは、四連バーニアと装備された高出力ブースター、そして機体に搭載された特殊能力――超伝導アクチュエータが齎す恩恵だろう。
だが、ワームにとってミサイルは布石だった。
ミサイルを潜り抜けた先には、赤き光の奔流が待ち構えていた。
兵衛は咄嗟に操縦桿を左に切るが、避けきれずにプロトン砲が雷電の半身を灼いていく。だが、赤き光は装甲を半ばまで蒸発させるだけで終わり、無害な粒子となって消えた。
「この忠勝は、多少の被弾で撃墜されるほど柔な鍛え方はしていないのでな」
霧散していく赤の粒子を横目にしながら、自らの得物である槍の穂先のように鋭い八重歯を覗かせて兵衛は微かに笑った。
彼の嘲笑を感じ取ったか、殺意を砲身に乗せて破壊を生む光を集める。
間、影の如く雷電の後方を飛ぶ鈍色の機体が、その瞳で短距離高速型AAMの狙いを澄ましていた。電子戦装備を標準搭載したイビルアイズである。
「経験は少ないけど、訓練なんかで躓いてはいられないな」
照準をつけながら呟く少年、ジェームス・ハーグマン(
gb2077)が魔眼の所持者だ。奇しくも毅と雄二、二人と同じ小隊に属している。
ヘルメットワームが反応する前に彼は照準を合わせ、トリガーを引いていた。
搭載された推進器が火と共に白煙を吐き、四つの轍を生みながら翔け、高速で着弾すると炎と煙がヘルメットワームを飲み込んだ。
だが、漂う白煙を切り裂いてヘルメットワームが現れる。致命打にはならなかったのか、各箇所から火花を漏らしているものの、戦闘行動に問題はないように見受けられる。
お返しとばかりに再度プロトン砲を放とうとするが、射線に翼持つ武者が割り込む。ワームは構わず撃とうとするが、それよりも早く兵衛が引き金を引くほうが早かった。
ミサイルコンテナの横に備えられたスラスターライフルの砲身が闇夜で輝き、咆哮が轟く。
次々に撃ち出される鉛の牙は脆くなった装甲を喰らって蜂の巣にしていく。
一度の銃撃で三十発のもの銃弾を受けたヘルメットワームは、その身を跡形もなく撃ち砕かれて機能を停止、堕ちていった。
レーダーを縛るノイズが更にクリアになったのは、丁度そのときだった。
為す術もなく二機目も落とされ、最後の一機となったキューブワームを守護しようと左翼の編隊が向かおうとするが、長い銃身と巨大な砲身を備えた機体と、冬の妖精の機体がそれを阻む。
先を駆るのは、最新の技術によって改造を施されたS−01H。その搭乗者である新居・やすかず(
ga1891)の力量もあって最新鋭機とも張れる能力を得ている。
彼の後方の上空に、寒冷地に於いてその効果を発揮する迷彩を施されたシュテルンが見守るように飛行していた。
カナダの陸軍出身であるセレスタの愛機だ。彼女の紫紺の瞳は、常に新居の機体を捉えている。
S−01Hが携えるスナイパーライフルが吼えた。雷を纏う高速の銃弾は、回避行動を取る強化型ワームの装甲を僅かに抉る。
新居の攻撃の間隙を縫って接近してこようとするワームだが、セレスタがバルカン砲で牽制してそれを阻む。即座に対応する彼女は、戦上手と呼ばれる腕は伊達ではなかった。
膠着状態が長く続くが、虚空に響く爆音が雌伏の時の終わりを告げる。
新居のS−01Hとセレスタのシュテルンの光学センサーが、前方に上る白煙と破砕されたキューブワームの破片を捉えた。
全てのキューブワームが落とされたことによってKVのレーダーが復活。それは形勢が逆転したことを意味するものだった。
ジャミングが消え、数のアドバンテージも失った仮想バグア軍から既に勝機は逸していた。
「敵ECMメーカーを全て撃墜、友軍機の支援に入る」
通信障害も完全に解消され、通信機から聴こえる毅の明瞭な声が、ジャミングの駆逐を確かなものとする。
それを知って先に行動を起こしたのは、ジェームスだった。
「各機、これより敵機にジャミングを仕掛けます。同時に敵情報を送信、活用してください」
少年の言葉と同時に、内蔵されたイビルアイズの特殊装置を起動させた。
心臓の鼓動によって血液を循環させるように、機体が淡い光を放ち始める。それは対バグアロックオンキャンセラー。
重力波に乱れを生じさせることによって、重力波を感知して敵を探るバグア機の命中率を低下させる機能。
ジャミングが消え、逆に敵へジャミングを与えている今。今まで守勢だった二機の戦法を攻勢へと変えた。
迫り来るS−01Hとシュテルンに放たれるミサイルを、あるものは避け、あるものはガトリング砲で迎撃する。それらを潜り抜けると、セレスタが先に仕掛けた。
「セレスタ、FOX2‥‥!」
冬の妖精が駆るシュテルンがAAMを発射、ミサイルは確実にヘルメットワームを捉え、爆炎が機体を引き千切る。
そして止めに新居のS−01Hの狙撃がワームに黒点を刻み、完全に破壊した。
ジャミングが解かれた今、戦場は能力者たちの一方的な殲滅戦となった。
チベットやインドで伝わる天葬の如く、猛禽のそれとなったKVが異形の戦闘機を思うさまに駆逐していく。
鋼鉄の翼からミサイルが飛び、銃弾が翔け、光が乱舞する。それを甘んじて受けるワーム。
そして最後の一機が二機の不死鳥によって葬られると、虚像の夜空に静寂が訪れた。
『全目標の撃破を確認。ご苦労、訓練終了だ』
女性教官の労いの言葉が戦士たちに送られ、訓練は終了を迎える。
能力者たちは仮想世界から帰還すると、成功を現実のものとした喜びを讃え合った。