●リプレイ本文
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「やっぱり暑い夏はプールが一番デス」
整備部のメンテナンスを待つ間、照りつける滑走路にビニールプールを広げたラサ・ジェネシス(
gc2273)。
「KVでリレー。中は暑そうだナァ」
プールに両足を着け、左手のアイスを齧りながら右手のカろピスをゴキュゴキュと一気に飲み干し、プハァと息を吐く。
「何をしに来たんだ、お前は」
グリグリと麦藁帽子を被ったラサの頭を掴むと乱暴に振る国枝。
「持病の熱中症ガァ。目の前がぐがぐらシマァス」
「嘘を吐くな。嘘を」
訓練が終わったら返してやる。とラサのアイスとプールを没収する国枝。
「我輩のアイス〜がりがり様ガ」
訓練中は飲む暇がないだろうと水筒も没収しようとするが、それだけは死守をするラサ。
「残ったのはカろピスだけカ‥‥アイスの恨み晴らさずにおれようかー」
ガルガルと国枝に闘志を燃やすラサの頭にピコンと黒いチューリップが生える。
「そう思うなら溶ける前にサッサと訓練を終わらせろ」
今回の訓練生も個性的な奴がいるようだ。と、思わずこめかみを押さえる国枝。
一方──
「井筒・珠美(
ga0090)、本訓練に参加致しますっ」
また、来たか。と言いながら短く敬礼を返す国枝の口元が緩む。
「ご無沙汰しておりました」
珠美が訓練にやって来るのは、これで3度目である。
微笑む珠美に吉田が整備の手を止め、短く手を振る。
「ところで国枝教官。訓練中、サングラス着用の許可を願います」
戦闘機のパイロット席と異なり、KVのパイロット席に設けられているフロントモニタは外部カメラの映像を見やすいようにある程度明度や輝度を自動補正する機能がある為にファッションや目の防護目的以外でサングラスは必要としない構造である。
「お前はもう自衛官じゃないんだ。一々断らんで‥‥」
そういう国枝の眼が髪に隠れた左頬に広がる裂傷に気が付き、眉を顰める。
「こう云う次第で」
苦笑しながらサングラスを外し、髪を掻きあげる珠美。
「や‥‥カメルで大ポカしてしまいまして。メディックのお陰で命拾いしました」
嫁の貰い手は絶望的になりましたけどね。という冗談めかして言う珠美に、
そうか、と答えた国枝が不機嫌そうに珠美のチャートに視線を落す。
「カメルは激戦だったと聞いている‥‥だがカメルだけが戦場ではない。きっちり鍛えなおしてやるから覚悟しろよ」
「はっ!」
敬礼を返す珠美。
「ん? 機体を選ぶのかね?」
格納庫にずらっと並ぶ16機のKVを眺めて顎を撫でるのは、UNKNOWN(
ga4276)である。
「なんだ。LHから全部持ってきたのか?」と呆れる吉田。
「――さて、どれがいいだろう、か? よし、これにしてみるか」
その日のネクタイを選ぶかのように白鯨のようなボティペイントが施され、マントが翻る西王母をチョイスする。
「偉い派手な機体だな」
取り回しが難しい機体だが、いいのか? という吉田に、
「うむ。私はこいつだな」と銜え煙草でにっこり微笑むUNKNOWN。
「まあ、なんでもいいが‥‥火が着いていなくてもドックで銜え煙草は止めとけよ。若い奴等が睨んでいるぜ」
これをやるからよ。と飴を1つ投げて寄越す吉田。
格好が付かん。と苦笑いをするUNKNOWNだが、エアコンを切られては適わないとケースに煙草を戻して飴を口に放り込む。
「イチゴ味か。地鶏風味だったら始める前から罰ゲームになるところだな」
国枝のデモンストレーションを見た際には簡単に見えた訓練だったが、練習で救急車を持ち上げた際にフロントバンパーを壊してしまったソウマ(
gc0505)。
「KVでの10000mリレー‥‥この訓練、内容は愉快ですが実際はかなり繊細な操縦テクニックが必要なようですね」
プログラムを修正する為に分厚い操縦マニュアルを捲るソウマ。
依頼で知り合った傭兵や文献から集めた情報を書き込んだソウマ自慢のマニュアルである。
「歩行制御モーション:GRADIUS展開、耐G補正−2、照準補正V1、H−1、地形補正高速エミュレート、(中略)プログラムリンク、メイク開始、コード:上上下下左右左右BA」
ラサもちゃっかりフェルノートIIのプログラムを修正していた。
皆、考えるところ同じである。
「センサーの感度を上げるだけでは、駄目なようですし‥‥?」
そう言いながらも整備兵に感度を上げてもらうソウマ。
マニュアルにモノを掴む際の操作方法は記載されていても実際、拳を握った場合、どれくらいの圧がかかるか等かかれていなかった。
KVは非能力者でも操縦できるモノであると聞いてはいるが、それでもAIのサポートがない状態で繊細な動きが出来る特別な処理が施されているのかと国枝が操作していたKVを操作してみたが、何処にでもありふれた未改造S−01であった。
握る動作の反応が良すぎれば、握りつぶしたり、逆に力がこもらずモノを落す。
その度に整備兵らの痛い視線がソウマに突き刺さる。
演劇部の花形部員は、そ知らぬ顔で「もう少し、感度を落としてみてください」と誤魔化してみせるが、本日自分に舞い降りたのは「強運」ではなく「凶運」だったか? と若干不安になってくる。
いやいや、今日の占いは一位であった。
己のキョウ運を信じよう。
「勝っても負けても何れにしろ僕のマニュアルに新しい1頁が加えられる、という事です」
そう静かに微笑むソウマをどん底に落としたのは、吉田の「救急車の値段は、1台2600万」というありがたいエールであった。
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グラウンドに集められた4台のKV。
「UNKNWON殿!」
「ラサ!」
やるぞ! とばかりにガッシリとUNKNOWNの西王母とラサのフェイルノートIIが腕をクロスさせポーズを決める。
暇つぶしに出てきた野次馬達がやんやの喝采を送るのを見て、
「こっちも対抗して何かしますか?」とソウマが珠美に尋ねる。
「‥‥私は、ああいう派手なのは苦手だな」
それよりは、勝って野次馬をあっと言わせる方が性に合っている。と苦笑する。
「華麗なる勝利ですか、悪くないですね」
それぞれ走行する距離は半分づつ、第一走者はソウマとラサ。第二走者は珠美とUNKNOWNとなった。
「よーい、スタート」
吉田の振る旗を合図に救急車を抱えたディアブロ改とフェルノートIIが走り出す。
フェルノートとディアブロの間にあっという間に距離の差が出来始める。
その上、ディアブロの動きが突然ギクシャクし始めた。
プログラムを変更したのが凶運に働いたのか? と焦るソウマに対して、
「AIオートモードで楽してズルして無敵モードカシラ」と余裕のラサである。
が、そこはソウマ。キョウ運を味方につける男である。
「ちょっと暑いカモ?」
ラサがエアコンの設定温度を下げた途端、「バチン!」大きな音がした。
「エアコンが効かない!」
外気が逆流してくるのか、熱風がコクピットを満たし、サウナと化す。
汗をダラダラと掻くラサの操縦桿を握る手がツルツルと滑る。
気をちょっとでも抜けば救急車を落しそうである。
全神経を手の動きに集中するラサ。
「く‥‥マダだ、マダ終わらんヨ」
一方のソウマもまた苦戦していた。
システム機動状態ではあるが、プログラムの書き換えにチャレンジする。
「これでどうです!!」
再起動ボタンを押すと先程までのばらついたエンジン音と異なり、安定したエンジン音が響く。
「よし、いけるっ!」
出力レバーを少しだけ開けたはずが、予想に反してスピードが上がるディアブロ改。
フェルノートIIとの距離を一気に縮めていく。
──が、グラウンドの微妙な凹みに足を取られて転倒する。
(「うわぁあああっ!」)
そのまま転倒すると思いきや、ディアブロ改はグルンと救急車を抱きかかえたまま一回転をして、スタっと着地をする。
野次馬達から拍手が起こる。
「ふ‥‥僕にとって、運は立派な実力なんですよ」
不適な微笑を浮かべて見せたが、心臓がバクバクである。
「次は私の番、だな」
西王母の無骨な巨体が優しくフェルノートIIから静かに救急車を受け取る。
キュラキュラとキャタピラが音を立てて回転する。
「‥‥少し揺れているかな?」
母親が優しく赤子を抱くように救急車の位置を直すUNKNOWN。
そして珠美もまたソウマから慎重に救急車を受け取る。
UNKNOWNとの距離は僅かである。
「届かない距離じゃない。焦るな。そう‥‥そうっとだ。無理だと思ったら一度、地面に置くんだ」
心構えは、銃の引き金を引く時の様に「夜闇に霜が降りるが如く」である。
安定した操縦で静かに後部から西王母に迫るロングボウII。
西王母も後部モニタと屋外マイクが拾う野次馬達の声でその距離を測る。
「確実に運ぶ事。それが大事。簡単な事も真剣に、だね」
焦る事無く確実に運ぶ事に集中する西王母。
コクピットの様子をモニタリングしていた国枝が、見た目よりマジメな男だ。と苦笑する。
それ故ちょっとしたイタズラ心が国枝に起こる。
「井筒、聞こえるか?」
『ハイ!』
「教官命令だ。西王母の足止めしろ」
『し、しかし‥』
「やれやれ、国枝教官も簡単に言う」
足払いでもくれば踏みつけてやろうか? と思っていたUNKNOWNであったが、国枝が指名したのはロングボウIIに装備されているファランクス・アテナイである。
確かに両手が塞がった状況でも攻撃が出来るが、自動照準武器で西王母本体に弾を当てないように威嚇射撃をしろというのは神業を求めるのとそう変わりない。
「くっ‥‥これも教官命令です」
当たったら勘弁してください。という珠美。
傭兵になった今でも根っからの自衛官である。
教官(上官)命令には逆らい難い。
「手を抜いては双方の為にならんし、これはこれで機体安定運用の練習にもなるだろう?」
珠美に照準をつけさせないよう操縦するUNKNOWN。
──結果。
取り返したビニールプールとアイスで涼を楽しむラサに対して
35度の炎天下、黙々と滑走路を走る珠美。
「‥‥くっ、屈辱です」
息を切らして走るソウマは、周回遅れである。
そして攻撃を命令した国枝が連隊責任と走り──何故か、UNKNOWNも一緒である。
「休んでいて良いんだぞ?」
「身体を動かすのも嫌いではないし、鍛えておいて損はないからね」と何処か楽しげである。
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「し、死ぬ‥‥」
何とか完走したソウマがヨロヨロと風呂に向かう。
「我輩は空気が読める子だからお風呂で水着は邪道なのであル」
でも混浴なのかナァ。と言うラサに珠美が答える。
「WAC風呂‥‥と、ここは空自施設だからWAF用のお風呂があるから安心だ」
WACというのは陸軍の女性隊員を指し、WAFというのは空軍の女性隊員を示す。
基地の浴場ならば広々としているからゆっくり手足が伸ばせるだろう。と言う珠美。
女湯の暖簾をくぐるラサと珠美。
「不心得者がいたら我輩が退治するから安心するのダ」
ナイスバディのお姉さん(ラサ基準)の貞操は任せろ。と得意気に言うラサ。
「流石に今はそう言う不心得者はいないと思う」と苦笑する珠美。
「そうか。それは残念ダナ。スピエガンドの力を不心得者へ知らしめるいいチャンスだったのダガ」
そう言いながらスパっと潔くワンピースを脱ぎ捨てるラサ。
ガラリと浴室のドアを開けて、歓声を上げる。
「おおっ、広イ♪ 水泳が出来そうダ」
「のぼせないように気をつけてな」
「了解ダ」
チャポン──
「あー‥‥しかし今日は死ぬかと思ったナァ‥‥ハァ」
生き返る。と頭に手拭を乗せ湯を楽しむラサ。
「ここで寝ると死んでしまウ」
はふ。と溜息を吐く。
一方の男湯。
「慣れない操作で磨り減った神経が、‥‥癒されます」
まったりとお湯に浸かるソウマ。
「これからは、KVを使った依頼を積極的に引き受けてみようかな」
大規模作戦も白兵戦闘はなくはないんが、KV戦は全体を通して多い。
今までは生身依頼ばかりであったが、今日の訓練で少し自信がついたソウマ。
先に上がったUNKNOWNといえば、何処からか持ち込んだ冷えたビールで喉を美味そうに潤していた。
「いいねえ‥‥」
どうやらこの為に炎天下を走ったようである。
汗を流した後のビールは最高だ。と言うUNKNOWNに「見つかるなよ」と国枝。
「いける口だろう?」
苦笑いをしながら国枝がビールを受け取る。
美味そうに喉を動かす国枝に「こういうのも、いいだろう」とUNKNOWNが笑った。
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「遅いぞ、お前ら」
皆を待っていた吉田がトングでバーベキューの網を叩きながら文句を言う。
「鍋じゃないんですか?」と珠美が言う。
国枝の打ち上げは夏だろうと鍋が出てくるのが常である。
「今日は流石に暑いからな」
特別に冷汁だ。と言う。
「冷汁?」
「宮崎の郷土料理だよ」
丼に冷汁と白飯が盛られ、焼きあがった具材が更に配られる。
「最初は取ってやるが、2回目からはお前ら好きなものを自分で取れよ」
未成年者にはジュースが配られ、成人には酒が配られる。
乾杯の声に紙コップが上げられる。
「美味い♪」
「にーく、にーく♪」
「あ、こら! 肉ばっかり食わんで、ちゃんと野菜も食わんかい」
「ウンウン、健康の為デスネ。わかりまス」
「誤魔化すんじゃない」
野菜をひ孫のような年齢の2人に割り振る吉田。
その様子を楽しげに見つめながらUNKNOWNは、国枝と共に珠美の酌を受けている。
モグモグと肉を頬張りながら「何か珍しい戦闘話がないか?」と国枝に尋ねるソウマ。
何か言いたげに口を開こうとうする珠美を制して、国枝が答える。
「俺が前線に出ていた頃は、エミタもKVもなかった頃だからな。面白くないぞ」
ベテラン教官である国枝が前線に立っていたのは10年以上も前である。
撃っても撃ってもFFに阻まれ届かぬミサイル。
己の無力さを感じながらも、
それでも国民を守る盾であるという自衛官のプライドが、
国を、家族を、大事なものを守る為、
死んでいった友を思い、
死の恐怖を無理やり押さえ込み出撃する。
「あの頃は、誰もがロッカーに遺書を入れているのが普通だったな」
弾の尽きた機体を犬死覚悟でHWに体当たりをしていく仲間。
逃げ場を失い、家族の名を叫びながら堕ちる仲間の姿が国枝の眼に焼きついていた。
自慢のポーカーフェイスが崩れているソウマの頭をぐしゃぐしゃと撫でながら笑う国枝。
「今の俺は人を戦場に送り込む仕事をしているが、少しでも生き延びる為の技術を教えているつもりだ」
「いい歳をした若造が、しんみりしているんじゃない」
しっかりしろ。と70代の吉田が言う。
「確かに吉田さんの言うとおりだな」
己を可能性を信じて進め。
そうすれば先が見えてくる。
そう国枝は言って訓練はお開きになった──。