●リプレイ本文
──眼下に広がる真っ黒な大地にぽつりぽつりと灯が見える。
下で待っているアジド・アヌバ(gz0030)やS・シャルベーシャ(gz0003)、シンが降下予定地の印として点灯させたものである。
ロードマスターの指示で、ジャンプシート脇の後部胴体後方ドア開く。
高速艇の貨物室にどぅっと冷たい風が入り、熱を奪って行く。
「2度目のゴビ砂漠アルね。今度はもっと暖かいところを希望したいアル」
烈 火龍(
ga0390)は、今回メンバーで唯一のゴビ砂漠経験者だ。
「だが、日々精進、是もまた修行アル」
お先アル。といって火龍が、機外に飛び出して行く。
奉丈・遮那(
ga0352)はその風貌に反し、運動不足を気にして野球チームに属しているアクティブな部分を持つ。ロードマスターの指示に従い、機外へと飛び出す。
次々と飛び出して行く仲間を尻目に腰が引けているのは、ヴァイオン(
ga4174)であった。
「パ、パラシュート降下は、やはり‥‥‥」
只でさえパラシュート降下が苦手なヴァイオンだが、夜間降下は真っ黒な穴に飛び込むように感じる。
「はよ、飛べや?」
「もう一回だけ点検を‥」
「わいが、点検したんや。ちゃんと高度計が反応してお前が気を失っていてもパラシュートは開くで」
「鼠に猫、仲良く喧嘩してくれたほうがありがたかったけどなっ‥‥うわぁあああ‥‥‥!」
ドカっとロードマスターに背中を蹴り押されるヴァイオンが絶叫を残し機外へと消える。
続けてヴァイオンの荷物も機外に放り出すロードマスター。
声が小さくなり、ぽつんとパラシュートが開き、遅れて小さいパラシュートが開くのが見える。
「他の兄さんらは、自分で飛べるやろ?」
どうやら躊躇している時間はないようだ──。
***
サルヴァとシンが運転するジープにピックアップされた傭兵達が、基地建設予定地に案内される。
「ようこそ、ゴビへ。責任者のアジド・アヌバです」
アジドが一同をにっこりと出迎える。
あいさつもそこそこに誰ともなくナイフプチャットとサンダーマウスについての情報を確認始める。
「砂漠に猫と鼠のキメラ‥‥。バグアなりのギャグのなのかなぁ?」
ジョーク好きの新条 拓那(
ga1294)としては、気になる所である。
「可愛げのかけらも無い牙猫と電気鼠‥‥昆虫相手ならもうちょっとどうにかできるんだけどなー?」
サルヴァとは昆虫仲間である須佐 武流(
ga1461)が苦笑する。
「敵は、2匹だけと聞いているが‥‥とはいえ、それらは単に『はぐれたもの』なのか、それともここをを襲う為に『斥候』としてきたものか分からない部分がある」
そうブランドン・ホースト(
ga0465)が、まず口を開く。
「そうですね‥‥元々この辺は、かなりの数のキメラが確認されていますので、その辺はなんとも」
「斥候ではなくても、キメラの数はかなり多い?」
「ええ、皆さんが来る前にここにいる彼等と半径5km圏を調査した所、死体を含めたキメラ十数体を確認しています」
「なるほど‥‥気をつけながら拠点周辺を巡回したり設置予定の罠を確認したり等をして警戒にあたるか」
遭遇したら確実に逃さず、その場で退治する必要がある、か。とブランドンが溜息を吐く。
「ところで再確認なんだけど、今回の俺達の仕事はシェルターが入る大穴を守る事でいいんだよな?」
「まあ、5分の1はそうですね」
「残りは?」
「キメラを誘き出し、退治する事ですね。ここも2日目の夜中に一度引き払いますので‥‥基地の最寄り迄道路が出来たところで深夜、廃棄予定のミサイル類を運搬し、翌未明迄に大穴を開けます」
「明日の夜にならないと廃棄用の爆弾は届かないのですか?」
これではワナ用にアテにしていた爆弾が入手出来ないと焦る拓那。
「この現場に爆薬が(簡易ケースにはいっている)露出した形で存在するのは、およそ12時間だけです」
2日の夕方までに下穴に導火線の配線を終え、夜ミサイル類を搬入するのだという。
「まあ最小限はあるがな。砂漠は乾燥している分、静電気が発生しやすくなっている。長期且つ大量の保管は専用のケースが必要なんだ」
「手持ちの火薬で地雷のようなものは作れますか?」
拓那がサルヴァに訪ねる。
「目くらまし程度ならな」
俺達は戦争屋で技術者ではないのでな。SNS搭載武器は作れんのだ。とサルヴァが苦笑する。
「3日目の朝、ミサイルで穴を開け、そこに基地を作ると‥‥しかし、使い道の無い爆薬で穴をあけて、処分ついでにとは随分と豪勢なことで」
呆れたように武流がいう。
「俺は無用の長物の有効利用は嫌いでないな。一石二鳥の基地設置計画、成功するかは俺達にも掛かっている、か‥‥」
祈宮 戒(
ga4010)は、今はまだ絵空事でしかない基地に思いを馳せる。
「気を着けないと3日目未明の爆発でキメラが逃げてしまうか‥‥まあ、役立たずとは言わせんよう働くさ」
苦笑し乍ら戒が言う。
「4日目になるとシェルター等の建設資材や基地を守る為の武器類、技術者や高射隊が輸送機でやって来る事になります」
時間が経過する程、警備する対象が増えて行くという事である。
「敵は時間か‥‥やっぱり罠かが必要ですね。生肉とか頼んでおいた物は用意出来ていますか?」
拓那は今回の依頼を受けた際、罠の一部材料として生肉1kgと輸血パックを希望していた。
「必要な血液量が判らなかったのと、人間の血液である必要を余り感じなかったので、近くの遊牧民の方から羊を1頭買い取っています」
シンに連れられ、丸まるとした雄羊が1匹やって来る。
「この寒さで生肉は、屋外に置くと自然に冷凍になります。ですので他は冷凍肉か乾燥肉等で代用を御願いしたと思います。どうしても人間の血が必要であれば、医療班が到着しますのでその再申請して下さい」
「この辺のキメラにとって羊だろと人間だろうとは襲いやすい餌にすぎんがな。羊は生きたセンサーだ。上手く利用すればいい。猫と鼠に食われなかったら、俺達で食っても良いしな」
あっけらかんと言うサルヴァ。
とりあえず昼夜で警戒に当たるメンバーを2班に大きくわける事から始まった。
「キメラ目撃は夜、ベース動物も夜行性という事から、夜の巡回警護を重視した方が良いだろうな」
強風で大地を抉られているゴビ砂漠では視野を妨げる遮蔽物は殆ど存在しない為、昼間の監視は殆ど望遠鏡で足りるのだ。
「俺達傭兵が7人。アジド少尉は勘定に入れずにシャルベーシャとシン、どちらか交代で手伝いに入ってもらって2人で1人分、8人計算だな」
「私は周辺警護でも歩哨でもどちらでもいいアルよ」と火龍が言う。
「俺はどうするかな‥集団戦は苦手なんだよ。食われたくないからな」
武流の戦闘スタイルは打撃系である。
「‥‥それは、目立てないってことでか?」
「それもあるけどさ‥罠を作るのを手伝うかなぁ? 何もしないと落ち着かないってのもあるが‥‥狩り出しの連中や周辺警護の連中の手伝いとか‥‥結局、臨機応変に援護をするかなぁ」
アバウトな奴だな。きちんと決めておかんと狩りは成功しないぞ。とサルヴァが笑う。
「お前や火龍、拓那であれば経験から言って、行き当たりばったりでもかなり良い線を行くだろう。だが、受け身のスタンスで行くと戦局に良い影響を与えないぞ。どんなに強くなっても戦いの駆け引きが上手くなければ勝てんもんだ」
そんなサルヴァの隣で拓那は、激しく音が鳴るセンサーを作っていた。
目の前には武流と世間話をし乍らサルヴァの作った小型爆弾が1つ置かれていた。
そして今、出来上がったばかりの2つ目の爆弾を拓那に手渡されている。
(「自らを戦争屋という男にとって、この程度は日常なのだろうか?」)
戒はちらりとサルヴァを見る。前髪に隠れた額の右側にキメラに抉られた傷痕がある。
恋人を失い、キメラに着けられた印──。
目の前にいるサルヴァは額の左側に大きな傷があり、結婚指輪をはめている。
胸元に下げた指輪を探る戒。
この男にも自分のように失ったものはあるのだろうか?
班分けは、昼を担当する火龍、武流。夜を担当する遮那、拓那、戒、ブランドン、ヴァイオン。そしてMSIのメンバーである。
罠は翌朝仕掛ける事になり、今夜から夜警開始である。
「まあ、夜は3人ずつ、1時間交代のつもりでいないと凍えるだろう」
「照明弾を持って来たんですが‥‥どうしましょうか? これ」
連絡や戦闘時に使用すれば敵を拠点に呼び込んでしまうのではないかと心配するヴァイオン。
「使用は問題ないですね。確かにリスクはありますが、照明弾の灯と基地建設の関連性にバグアが気がつく前に基地は出来る‥いえ、出来上がってもらわなければいけませんから」とにっこりと笑うアジド。
先発隊は遮那、拓那、戒の3名である。
もこもこと防寒着を着込み弓を抱える遮那を見て目を丸くするヴァイオン。
「いやぁ‥‥これだけ着てれば寒さは大丈夫かなと‥‥多すぎですか?」
「僕は寒いところは苦手ではないですけど、ゴビ砂漠の寒さはまた別物ですよねえ‥‥‥」
ふと見れば筒に入った矢毎に小さな袋が1個つづ付いている。
「これですか? マタタビです」
矢についたマタタビの袋を見せる遮那。
「効果が出るのかどうか分かりませんが、やってみて何か起きればいいなと」
二人のやり取りを聞いていたアジドが、ぽつりと言う。
「マタタビは猫科が好む匂いですからね。良い匂いがする餌が来たと襲われないようにしてくださいね」
──数時間後、小さく羊が鳴いた。
「お客さんが来たようだ‥‥」
休憩の為にテントに戻って来ていたサルヴァが楽しそうに言う。
一方、ナイフプチャットと遭遇した3名は大変であった。
マタタビの匂いに惹かれて忍び寄って来たナイフプチャットに後ろから遮那が、襲われたのだった。
慌てて遮那が固定していた紐を外す。
唸り声を上げて矢筒にむしゃぶりつくナイフプチャット。
これでは遮那は攻撃が出来ない。
戒の髪が風を受けたように舞う。
「俺の前に現れて二度と生きて帰れると思うな‥‥もう昔の俺じゃない」
紅く浮き上がった額の傷に触れる戒。
「キメラを相手にすんのは久しぶりだな。全力でいくよっ!」
拓那が疾風脚を発動し、一気にツーハンドソードを振り下ろす。
「‥‥永遠の闇に沈め」
ナイフプチャットの咆哮が、響いた──。
***
「何か、残念だなぁ‥‥寝ている間に猫がやられたら電気鼠しかいないじゃん」
穴で配線をしているサルヴァにぼやく武流。
「それを言ったら俺もだな」
暇つぶしに来ていたブランドンが同意する。
ブランドンらが駆け付けた時、戦いは大方カタが付いていた。
「サボらず仕事をしろ、仕事を」
苦笑するサルヴァ。
シンと火龍は拓那に付き添って罠を仕掛けている姿のが、この場から小さく見える。
「羊はもったいないよなぁ‥余った分でジンギスカンにしたい」
「アジドとシンは今日はカレーを作るつもりらしいが、まあ、余ったらラムチョップを作ってやる」
羊の解体は、朝アジドとシンが行っていた。
アジドは、テントでナンの材料を楽しそうに捏ねている最中である。
「しかし、いいのか? 指揮官がアレで」
「あいつは一度大学卒業後就職をしていたんだが、急に戦略がやりたくってUPCの士官学校に入り直した変わり種だからな。あまり自分が士官だと思っていないみたいだし、実戦経験もない。親兄弟とは全然違うな」
「ぎゃあぁぁーーーっ!」
アジドの金切り声がキャンプに響く。
大きなボールを抱えて、テントから飛び出して来たアジドに纏わり付いている巨大な黄色い鼠。
「ほら、鼠のお出ましだ。行け、お前ら」
「昨日の猫より全然大きいじゃないか?」
ナイフプチャットは体長20cm程度。
それに対してサンダーマウスの体長2m近くある。
「シャルは、行かないのか?」
「俺は見物させてもらう。寝ている連中や火龍も駆け付けるだろうしな」
このメンバーなら大人数は必要無い。というサルヴァ。
「ホラ、もたもたしてると昼飯と士官が食われるぞ」
「全く、人使いが荒い親父だな」
サンダーマウスをアジドから引き離す為にブランドンがハンドガンを放つ。
その隙に疾風脚で一気に間を詰め、サンダーマウスの腹にケリを食らわせる武流。
ゴロゴロと転がり、アジドからサンダーマウスが離れる。
怒って奇声をあげるサンダーマウス。
「昼には終わるか──砂の着いた肉を洗って焼いて出したら、あいつら怒るか?」
呑気に言うサルヴァ。
実際、昼飯前の戦いは多勢に無勢。あっさりとカタが付いてしまった。
***
道路の機材と関係者はリスクを考え、夕方作業員と共に包頭に返してある。
いるのは猫と鼠退治に関わったメンバーだけである。
サルヴァとシンが最後の仕上げをし、ビーコンを仕掛け、照明弾を打ち上げる。
後は、後ろも見ずに全速力で危険域から離脱である。
塹壕に待機するのはアジドと傭兵達である。
『‥‥ピッ‥‥ザーっ‥‥トーマス1よりGDAB‥‥目標確認‥‥これから作戦に移る』
手元の無線機に味方機の連絡が入る。
「GDAB(ゴビ砂漠航空基地)か‥いよいよだね」
「しっ!」
「GDABよりトーマス1、了解。作戦成功を祈る」
見上げれば星に混ざり、暗い夜空に編隊を組んだ友軍機のエンジンが赤く光る。
発射されたミサイルが一直線に昨日迄のキャンプ地に吸い込まれて行く。
友軍機が反転し離脱する。
──一瞬の静寂の後、大地を揺るがす振動と轟音、火柱、大量の土砂が天高く撒き上がる。
火力を考え、充分に安全な距離と思える距離を置いたにも関わらず塹壕を越えて石が飛んで来る。
「‥‥確かにこれならキメラも逃げるだろうし、上(成層圏)のバグアも気が着くだろうな」
「ええ‥‥」
アジドは砂漠に燃え上がる炎を見つめていった。
明るくなるのを待ち、爆発箇所をみれば立派な大穴があいている。
「‥‥きっちり地盤が崩れないようにとかの計算はしてあるようでお見事‥‥ってところか?」
感心したように武流が言う。
「この基地が完成すれば、再びこのエリアは激しい戦闘エリアになるでしょう」
──冷たい風が乳白色の大地を伝う。
包頭からのトラック隊が傭兵達に守られてやって来るのが見える。
ゴビ砂漠、これからが正念場である──。
尚、消費した照明弾に関しては、同数がUPCから配給となった。