●リプレイ本文
●図書館にて、井筒 珠美(
ga0090)
珠美が図書館に来ると中は混んでいた。
閲覧室を見回すと、本が山と積まれた一角がある。
中心にいる裕子に声をかける珠美。
「‥‥もう、そんな時間?」
「待ち合わせの場所を図書館にしていてよかったよ」と苦笑する珠美。
相良の前には、旅行代理店から貰って来た九州旅行のパンフレットが置かれていた。
「別府に湯布院、それに指宿‥‥」
「相良のお母さんが、九州なら外せないって言うんだよ。指宿は鹿谷から近いみたいだからいいんだよ。でも別府や湯布院は、築城からそんなに遠く無いみたいだけど‥‥」
なんでこんなに一杯、温泉があるんだろう。と眉間に皺を寄せる裕子。
どうやらUPCの基地を基準にして、交通費を浮かせたい様子である。
「それって、不味く無いか?」
職権乱用では無いだろうか? と珠美が心配する。
「相良、中学生だからお金ないんだよ」
UPCから貰う金は全て親に預け、必要な分だけその度に貰うのだと言う。
「それに一応、お仕事が終わった後に休暇を取って行けば、怒られない。と、相良は思うよ?」
いつもと変わらずマイペースな裕子である。
「ところで珠美ちゃんは、何処を教えてくれるのかな?」
「ああ、別府を紹介しようと思ってね。『山は富士、海は瀬戸内、湯は別府』とまで謳われる日本有数の温泉保養地だからね」
それに宇佐からの高速道路を使えば、そんなに遠くは無いさ。と苦笑する珠美。
「鶴見岳と、この伽藍岳。二つの火山の東側に多数の泉質や雰囲気を異にした温泉が湧き出ており、この内代表的な8箇所を総称して別府八湯と呼ぶ。源泉数、湧出量共に日本一を誇るんだよ」
地図を指差し乍ら場所を教える珠美。
「昔は湯布院と塚原も含んで別府十湯と呼ばれていたが、合併等により大正の頃から8つになったんだ」
*別府八湯:別府温泉、観海寺温泉、明礬温泉、鉄輪温泉、浜脇温泉、掘田温泉、柴石温泉、亀川温泉
泉質:単純温泉、二酸化炭素泉、炭酸水素塩泉、塩化物泉、硫酸塩泉、含鉄泉、含アルミニウム泉、
含銅一鉄泉、硫黄泉、酸性泉。
放射線系の湯以外は全ての温質が揃う。
効能:神経痛、リュウマチ、皮膚病、筋肉痛、関節痛、腰痛、外傷、健康増進 等
「1日の湧出量約13万tって本に書いてあったけど、日本一とは相良は知らなかったよ」
感心したように言う裕子。
また、温泉を回る別府地獄巡りでも有名だと説明する珠美。
地獄巡りの見所としては様々な物があるんだよ。と電子端末を操作して、映像を裕子に見せる珠美。
「‥‥一杯あるんだね」
「なにしろ万葉集と豊後国風土記に『血の池地獄』について記述があり、当時から温泉がある事は広く知られていたんだ」
湯治場として、別府温泉と柴石温泉、鉄輪温泉、浜脇温泉が古い歴史を持つと言う。
「庶民に一般的になったのは、江戸時代に街道や船便が整備されてからなんだ。普通の温泉の他に砂湯や泥湯が楽しめる。まあ、地元はこっちじゃないから私もそんな詳しい訳じゃないけどね」
肩を竦めてみせる珠美。
「珠美ちゃん、充分詳しいよ。温泉協会の人みたいだよ」
実は、自衛隊病院が別府にあるのだと言う。
「そこは、リハビリ療法等に温泉療法を取入れているんだよ。湯布院駐屯地の浴場は温泉を使っていたりする」
状況終了後の温泉は格別でね。多分UPCに吸収されても施設は変わらないんじゃ無いかな? と珠美が笑う。
「‥‥大分陸軍駐屯地巡り。いいかもしれないね」
限り無く本気の様子を見せる裕子に苦笑する珠美であった。
●兵舎の食堂にて、煉条トヲイ(
ga0236)&智久 百合歌(
ga4980)
「とりあえずラーメン、大盛りで」
裕子が来ていないと知るとトヲイは窓口でラーメンを注文する。
まだ、お昼前である。
「朝ご飯を食べて来なかったの?」
「食べて来たけど、景気付けにいいかな? ってね。俺は東北出身だから九州の事は詳しく無いからな」
まあ、それでも『これ!』っていう良い温泉は、知っているんだけどね。と笑う。
昔は結構あちこち行ったけど、温泉って随分行ってない気がするわ。と百合歌が懐かしそうに言う。
「私は好きな佐賀県の温泉を紹介するつもりだけど、煉条さんは何処を紹介するの?」
「俺は指宿温泉だな。世界的にも珍しい、名物の『砂湯』もある」
そんな話を楽しそうにしている二人の所に裕子がやって来る。
「よしよし、今日は迷わなかったんだな」
ぽむぽむと裕子の頭を叩くトヲイ。
*指宿温泉:摺ヶ浜温泉、弥次ヶ湯温泉、二月田温泉
泉質:ナトリウム塩化物泉
効能:神経痛、リューマチ、痔症、冷え性、肩コリ、婦人病等
「砂湯‥‥さっきも砂湯の話が出たよ。砂湯ってなにかな?」
「砂湯は、温泉の涌き出すところに穴を掘り、その穴に横たわって上から砂を掛けてもらうだけ。そのまま10〜20分程度寝ているだけで、温泉の有効成分を十分に含んだ砂は、肌に密着し、発汗作用を促して新陳代謝を活発にしてくれる。また肌呼吸によって有効成分が肌から吸収されるのも特徴だ。これが砂湯といわれる‥って、他にも砂湯があるのか?」
別府にもあると教えてもらったと言う裕子。
「こっちが元祖だ。元祖」
「温泉に元祖があるとは知らなかったよ」と感心する裕子。
「はぁ〜‥‥何か異様に疲れたぞ」
ぐったりするトヲイ。
「まぁ、もし行くんだったら、土産の一つでも買って来てくれ」
「次は私ね。宜しくね、相良さん」
にっこりと笑う百合歌。
「こちらこそ、よろしくだよ」
トヲイが地図を広げたのに対し、百合歌はパソコンで調べた資料を広げる。
「こういったものの方が、ガイド本とは違った視点のものもあると思うの」
2つの温泉の間はバス30分でいける距離なので、日帰りもハシゴ出来るのがウリよ♪
*嬉野温泉
泉質:弱アルカリナトリウム重曹泉
効能:リウマチ、神経痛、皮膚病、婦人病、貧血症、呼吸疾患 等
*武雄温泉
泉質:弱アルカリナトリウム単純泉
効能:疲労回復、神経痛、筋肉痛、関節痛、打撲、捻挫 等
「武雄温泉の泉質は、嬉野とほぼ同じ。温度は嬉野が80度に対して50度強とちょっと温めよ」
温泉入り口に建てられている朱塗りの天平式楼門は、釘を1本も使っていない工法で建てられた国指定重要文化財で、シーボルトを始めとした過去の偉人の逸話が沢山ある温泉なのだという。
「一番お薦めなのは、嬉野に1泊‥‥日本三大美肌の湯の1つなのよ。無色透明でめらかなお湯が古い角質を滑らかにしお肌ツルツル♪」
源泉温度が高温である為に地中の各種成分が溶込んでるのだという百合歌。
「美肌以外の効能は、これ」
そういって資料をめくる百合歌。
「嬉野は、茶所でも有名で茶湯もお勧めなの」
捲られたページには、杏色の綺麗なお湯が写っている。
「それ以外にもオススメはあるの。美味しいものも多いのよ。温泉でとろけた湯豆腐は『イチオシ』。他にも珍しい国産紅茶、薄塩味抹茶皮の塩味饅頭も美味ですよ」
「湯豆腐とお茶は、聞いた事あるよ。でも相良、紅茶は知らなかったよ」
そう言ってメモする裕子。
「嬉野も武雄も1300年前の神功皇后縁の温泉。兵士の疲れがとれるのを見て『あな、嬉しいのう』と言った皇后様のように、相良さん達がゆっくり楽しめたら嬉しいわね」
これ、嬉野温泉の名前の由来ね。と百合歌は笑った。
●格納庫にて、大賀 龍一(
ga3786)
暗い格納庫の中、龍一は頭の中でシュミレートをする。
ミッションが始まってから入念に捜索をし、得た情報を元にあらゆる事を想定して組み立て、何度も練り直したプランである。ソラで言える程、繰り返したはずである。
だが、それをもう一度、龍一は繰り返す。
今回の敵の噂は、色々耳にする。
だが接近遭遇するのは、今回初めての行為である。
上手くソツなくこなせるだろうか?
何しろ敵は、あの「相良」なのだ。
大きく深呼吸をする龍一。
「お兄さんが、相良に連絡をくれた大賀さんかな?」
小柄な中学生が龍一に声を掛けた。
見るからに中学生である敵は、高額の宿代や湯料を支払う能力はかなり低い。
有名温泉街は不適格だ。
また、島原は先日の戦闘を鑑み危険であると判断した事は、間違い無い。
「俺が推薦するは、天ヶ瀬温泉だ」
「天ヶ瀬温泉?」
どうやら敵は知らないらしい。
ここで、龍一は勝ちを確信する。
*天ヶ瀬温泉
泉質:硫黄泉
効能:皮膚病、リウマチ、糖尿病 他
「別府・湯布院と並ぶ豊後三大温泉の一つだが、料金も良心的で、旧海上自衛隊の団体利用の実績のある上に、近場の学生が多数利用している場所になる」
学生が利用すると聞いて、敵は安心したようだ。
「料金はピンキリで、普通の温泉旅館は置いといて、タダ風呂がいくつか存在する。これを目当てにやってくる学生が多いってね。ただ、女性陣にはキビシイかな」
「キビシイ?」
「川原なんだよ。脱衣所ナシ、混浴。道路から丸見え。とある高専の学生が騒ぎまくった挙句、一時期使用不能になったって噂もある」
龍一の話を聞いて悩む様子を見せる敵。
「相良は余り気にしない方だけど‥‥他の人は気にするかもだね」
「勿論、フツーの温泉宿もある」
「あ、そうなんだ。それは安心だね」
敵は聞いた事を忘れないようにメモを取っている。
「鯛尾金山や耶馬溪と、観光地としても十分で、北に築城基地、東に湯布院駐屯地、南に久留米駐屯地、西は‥‥‥‥何処だっけ? まぁ兎に角、安全だ」
「大賀さん、ありがとう。とっても参考になったよ」
嬉しそうに手を振って格納庫を後にする敵を確認し、龍一のミッションは終了した。
●喫茶店にて、建宮 風音(
ga4149)
「相良ちゃん、こっちこっち!」
窓際に座っていた風音が、手を振る。
「相良、遅くなっちゃったね」
「大丈夫だよ。ここ、ケーキが美味しいし、ウェイターがイケメンだから♪」とウィンクする。
相良が紅茶とケーキをオーダーし、ウェイトレスが席を離れると同時に風音が、ぐぐっと体を低くテーブルに寄せ、裕子に「こいこい」と手招きする。
「‥‥早速だけど。これは相良ちゃんだから教える。ボクのお気に入りからね、内緒だよ」
コクコクと頷く裕子。
「ボクのとっておきは、『嬉野温泉』だよ」
「‥‥‥嬉野」
「え?! もう誰か、紹介した?」
びっくりする風音。
「百合歌さんが相良に教えてくれたよ」
「うーん、さすが西の別府って言われるだけあるね。あそこは本当に良いお湯なんだよ〜。美肌の湯とも言って、すっごーく肌にいいの」
そっかぁ‥‥うーん? と暫く考えた風音。
「んじゃあ、ここからがとっておきの味噌の味噌!」
びしっ! 人さし指を立てる風音。
「温泉地でも街から離れてて山と山の間に流れる川沿いに造られた所なんだけど、看板がなかったら誰も気付かれない秘湯になってたかも‥‥そんな静かな所に温泉があるの」
声を潜める風音。
「木作りの風呂と岩の露天風呂。露店風呂のすぐ傍に椎葉川っていう川が流れてて、川のせせらぎを聞きながら入るのが、もう一興なの!!」
どん! とテーブルが揺れる。
「火照った身体は自然の風と岩で冷やす‥‥なんといっても四季を感じて自然に囲まれてるって言うのが一番の醍醐味なのよ。春は桜吹雪、夏は夜空、秋はすすきと鈴虫、冬は雪景色がサイコーかも!」
キャー! と訪れた感動を思い出して、身悶えする風音。
「バリ凄かけん、一回でいいけん、行ってみんね!」
がっしりと両手で裕子の手を掴み、興奮の為鼻息の洗い風音。
「‥‥‥‥‥‥風音ちゃん、熱いね。佐賀県の人?」
●ジャズBARにて、UNKNOWN(
ga4276)
「ふっ‥‥日本の、九州の温泉かね? 聞きたい事は」
カウンターに座るUNKNOWNに頷く裕子。
「色々ある‥‥有名な所はあるが‥‥古き良き日本を感じたいなら、ここだ」
南阿蘇にある地獄温泉を指差すUNKNOWN。
「相良、知っているよ。ここ、細川藩の人しか入れなかった温泉だよ」
温泉に入る時も帯刀しなきゃいけなかったんだよね? と裕子。
「うむ‥‥今の時期はきっと雪化粧が見れると思うぞ」
*地獄温泉
泉質:単純硫黄温泉硫化水素
効能:神経痛、筋肉痛、関節痛、腰痛、打撲、捻挫、疲労回復 他
「電車も風情があるが、車を薦める‥‥阿蘇山も見ていけばいい。標高は750mにあり、温泉療法にもいい。昔ながらの湯治場の面影があり、周囲の景色は自然に溢れ山に平野を望める」
煙草に火を付け、ふぅ──とゆっくりと紫煙をゆっくり吐き出す。
「内湯は男女別の大浴場や家族風呂もある。露天風呂は混浴だ。男女別もあるが、女湯から男湯を覗ける」
「相良、男湯を覗いても楽しく無いよ?」
「まぁ‥昔ほどではないが、今でも秘湯と言えよう‥‥周囲は自然と山ばかりだのんびり湯に入り、身体の垢を落としていくといい。生き返れるぞ」
時間があれば、垂玉温泉にも入るといい。と言うUNKNOWN。
バーテンがUNKNOWNにリクエストが入ったと声をかける。
「私が教えれるのはここまでだ。楽しんできたまえ‥‥」
サックスを持ち、ゆっくりとステージに向かうUNKNOWN。
「何か飲みますか?」
「相良はオレンジジュースが飲みたいかな?」
バーテンの問いに答える相良。
目の前に置かれたジュースを飲み乍ら、初めて聞くジャズの音。
──だが。
「警察だ。全員動くな!」
突然乗り込んで来た警官に店内がどよめく。
「誰か、通報したみたいだね。相良、中学生だから。捕まるとお店が営業停止だよ」
けろっという裕子。
「何?!」
裕子曰く、未成年が風俗店(ライブハウスやバー、映画館も広い意味で風俗店である)に夜間いれば、未成年は補導である。だが未成年者の内でも『小・中学生』がいたとなれば店にも管理責任が生じ、下手をすれば営業停止処分を食らう事もあるのだという。
「おい、保護者はどうした?」
「ラスト・ホープの兵舎には、相良1人で住んでいるんだよ」
裏口から摘み出される裕子。
***
「ふぅ‥‥‥今日、相良は酷い目にあったよ」
湯舟に浮かんだ黄色いアヒルを足の指で弄び乍ら、手帳を見る裕子。
「でも、収穫が一杯あったよ。相良は、お友達を誘って全部回ってみようかな?」
風音と百合歌が教えてくれた嬉野温泉は、一番最初に行ってみようと決めた裕子だった。