●リプレイ本文
●佐世保〜武雄
──早朝、人のまだ少ない埠頭に8人の男女が集まる。
彼等は能力者だった。
「遅いですね。噂に高い相良君の放浪癖ですかね?」
「相良は迷子になったでやがるです?」
「今日は1人じゃないはずだから‥‥多分大丈夫だ」
ウェスト研究所の国谷 真彼(
ga2331)とバーガーを食べているシーヴ・フェルセン(
ga5638)の問いに疲労困憊気味の井筒 珠美(
ga0090)が答える。
「冴木様はしっかりしてらっしゃるのですからその内おいでになりますよ〜」
レトロっぽいAラインワンピースを着たヒカル・マーブル(
ga4625)が、ぽやんと言う。
「建宮さんは、相良さんの携帯の番号を知っているんやろ?」
日本の庶民のライフを探究の為に参加するというお嬢様キャル・キャニオン(
ga4952)の大荷物を抱えたクレイフェル(
ga0435)が建宮 風音(
ga4149)を振り返る。
「あ、うん。電話した方がいいよね」
風音が携帯電話にメッセージを残している所に相良・裕子(gz0026)を引き摺った冴木 玲(gz0010)が現れた。
「ごめんなさい。遅くなって‥‥」
どうやら寝坊をした裕子を叩き起こしてきたらしい。
「ブルーファントムの冴木 玲よ。今日はよろしく」
まだぼーっとしている裕子の袖を慌てて引っ張る玲。
「‥‥‥あ‥‥‥皆、おはよう。今日はよろしくだよ」
まだ眠いのか目をしょぼしょぼしている裕子に声をかける風音。
「相良ちゃん、この間の相談の事で役に立てて何よりだよ♪」
「風音ちゃん、この前を教えてくれた温泉‥‥桜はまだ見たいだよ。折角教えてくれたのに‥‥ゴメンね」
「あんまり役に立てないかったね」
テヘッと笑う風音。
「温泉でゆっくりとして美味しいものを食べたいですね〜」
のほほんとヒカルが言う。
「私も素敵な殿方と御一緒出来て、ますます楽しみですわ」とキャルは上機嫌で言う。
シーヴがガイドブックを見て驚く。
「日本の温泉、水着じゃねぇですか。スウェーデンと違いやがるです‥‥」
「武雄は立ち寄りだけのつもりなので足湯です。服を着たまま気軽に入れますよ」
「服を着たまま足だけを洗うんですか?」
歴史文化に非常に興味を持ったミンティア・タブレット(
ga6672)は興味津々である。
「長く歩くと足が疲れたり、むくんだりするよね? だから足だけをお湯に着けて、足の疲労を取るんだよ」と風音。
「んマァ! 経済的ですこと!」
感心したようにキャルが言う。
「珠美ちゃん、爆寝‥‥‥」
座席に着くと同時に寝てしまった珠美、疲労からかぱかっと無防備に口が開いている。
じーっとそれを見つめていた裕子。
とある誘惑に駆られ、皆に配った冷凍みかんの残りを1房剥いてその口に放り込む。
もきゅ、もきゅ‥‥ごくん。
「‥‥‥」
もう一房放り込む。
もきゅ、もきゅ‥‥ごくん。
「面白いんだよ‥‥珠美ちゃん、寝ているのにみかん食べるんだね」
わいわいと話しているうちに武雄駅に到着する。
●武雄温泉
「まずは『楼門』でしょう♪」
「すっごい門やなぁ、かっちょええ」
クレイフェルが楼門に向かってシャッターを切る。
「派手でありやがるです。迷子目印にゃ丁度良いかもです」と感心したようにシーヴが言う。
「写真は単なる記録かも知れませんが、見ればその日の気持ちに帰ることができます」
近くにいた観光客に頼んで、楼門をバックに皆で揃って集合写真をパチリ。
ズボンやスカートの裾をたくしあげ、おっかなびっくり皆で足湯を堪能する。
「濡れないように気を着けないといけませんね〜」
「スカート捲り過ぎやがったです?」
ロングスカートが多い女性陣は大騒ぎである。
「この後、どうするんですか?」
「お昼迄は自由行動でいいと思うわよ」と玲。
「バスか‥‥うっかりみかんを食べてしまったけど、酔うかな?」
珠美が真剣な顔をして言う。
移動のバスは前方の席をキープだと心に誓う珠美。
「武雄の大楠は、人間の色んな意味での小ささを教えてくれる場所なんだ。結構いい感じだよ」
「私、行ってみたいですわ〜」
「途中に観光案内所があったよね?」
無料の地図を貰って、適当に分かれて武雄観光となる。
温泉の中心にお寺や窯元をぐるぐる巡る玲、珠美、風音、シーヴ、ヒカルのグループ。
異国の町並みを無表情乍ら楽しそうにキョロキョロと1人遅れるシーヴ。
「これは、なんでやがるです?」
店先に並ぶ茶色く変色した胡瓜の漬け物に興味を示すシーヴ。
「あーた、味噌漬け食べていきよんさっと?」
店のおばちゃんから試食を貰い、ポリポリ。
「漬物美味ぇです」
少し中心地から離れた観光スポットを回る裕子、クレイフェル、真彼、キャル、ミンティアのグループ。
神社の裏に聳える樹齢3000年の楠の幹が空洞化して大きなホールのようになっている。
天神が祭られた12畳程の空間に入った4人。
「きゃ〜♪ エコライフですわ〜」
アウトドアライフの妄想がキャルをうっとりして言う。
「他にも大きな楠が2本あるみたいだよ」
裕子がパンフレット確認し乍ら言う。
少し離れた別の神社ではずらりと並んだカッパを前に記念撮影。
「カッパってキメラっぽいよね?」
記念にとカッパのマスコットが着いたストラップを神社で買うミンティア。
ふと見れば、何時の間にやら裕子と国谷がいない。
焦る3人だったが、その時クレイフェルの携帯が鳴る。
「誰から?」
「国谷から。今、相良さんと一緒やって。ちゃんと時間迄に戻るから皆で他を見ときって」
──そして時間通りに『タクシー』で帰ってきた真彼と裕子。
「いよいよ、嬉野かぁ。嬉野って温泉湯豆腐が有名やねんな」
「美肌の湯‥‥楽しみですね〜」
●嬉野温泉
「おー♪ 低予算の割にはいい部屋じゃないですか」
「食事は広間だって言っていたよね」
「これが嬉野茶でやがるですか?」
机に置かれた急須を覗き込むシーヴ。
「あ、卓球台があるんだって、皆でやろうよ」
館内案内を見て盛り上がる。
「そろそろ女の子ら一緒に風呂に行かへん?」
「「「「「はぁ〜〜〜い♪」」」」」
和服の中居さんに見とれていた真彼だったが、普段依頼で会う女の子らの一味違った浴衣姿に思わずにっこり微笑む。
「びっくりしました。見違えましたよ」
「国谷さん達も素敵ですわ」
皆で浴衣に着替えてイザ温泉へ。
「キャルさん、その格好で入るつもりなの?」
「あら、似合っていないかしら?」
薔薇がプリントされたビキニを着ているキャル。
「良く似合っていますよ‥‥じゃなくって水着を着用したままの入泉は出来ないんですよ」
説明する玲の側でほわわんとヒカルが言う。
「シーヴさんがまたいませんねぇ〜。何処に行ったんでしょう?」
「いつの間にか消えやがったです」
お土産コーナーに気を取られているうちに1人になってしまったシーヴ。
キョロキョロとし乍ら『湯』のマークの暖簾を潜り、ガラリとドアを開ける。
「うわっああ!!」
「何故、野郎ばっかでやがるです?」
並んだ野郎の尻を見て首を傾げるシーヴ。
7人兄弟姉妹の真ん中故、男の尻程度では動じないのである。
だが赤毛の美少女に覗かれた方が溜まらない。
「ゴメンなさい!!」
男湯の騒動を聞き付けた玲が、シーヴの襟首を引っ付かんで女湯に逃げてゆく。
「こっちは女ばっかでやがるです?」
ぐったりとする玲を尻目にシーヴは頭の上に『?』マークを並べていた。
生活習慣の差という物は恐ろしい物であると実感する玲。
カポーーーン!
広い風呂場に桶の音が響く。
「ふぅ〜‥‥いい湯ですね〜☆」
うっとりと溜息を吐くヒカル。
「あらあら‥‥本当にお肌がすべすべになりますのね〜」
始めモジモジと恥ずかしそうにしていたキャルも今では、湯舟にゆったり身を任せている。
シーヴは裕子と一緒に全種の制覇に勤しんでいた。
「委員長、背中流してあげるね♪」
「え? いいわよ?」
(「委員長?」)
一瞬目を丸くした玲だったが、ニコニコと笑う風音に吊られくすりと笑う。
確かにこの雑多な感じは、修学旅行に似ているかも知れない。
元自衛隊員の珠美を除けば女性全員は玲と歳が近い。
少し歳の離れた男性二人と珠美を引率の先生に例えるならば、確かに自分は学級委員長だろう。
「遠慮しないでいいよ。ボクと違って持ってるモノが凄いんだから、大事にしないとね〜」
「‥‥ありがとう」
背中を流してもらっている玲の隣にミンティアが座る。
じーっと玲の体を見ていたミンティアが思い切って言う。
「触っていいですか?」
「え?」
ミンティアの言葉にたじろぐ玲。
「冴木さんは、いい体をしていますね」
小柄で細身のミンティアにとって理想の人物は、男女問わず美しい筋肉の持ち主である。
ペタペタと玲の腕を触るミンティア。
「普段何をして鍛えているんですか?」
「食事はやっぱりプロテインとか取っているんですか?」
容赦なく太股を触る。
それにはいつも冷静な玲も流石に焦る。
「ちょ、ちょっと!」
つるりとプラスチック椅子からずり落ち、ステンと転ぶ。
「いつも広場で見ていました(筋肉を)」
ミンティアが転けた玲に抱き着く。
「(腹筋を触らせて下さい)御願いします!」
「わーい、ボクも参加♪ くすぐっちゃえ♪」
「やめっ‥‥あはははははっ!!!」
コチョコチョと風音にくすぐられ、ゲラゲラと大笑いをする玲。
「こんなに(腹筋)ピクピクして‥‥凄いです。参加して良かったです!」
感涙するミンティア。
「極楽極楽‥‥浸かっとるだけで癒されるわ」
鼻歌まじりで湯舟に手足を伸ばすクレイフェル。
「なんだか女湯は盛り上がっていますねぇ‥‥」
玲の笑い声が男湯迄響いて来る。
「疲れた‥‥」
ぐったりと言う玲。
「‥‥でも楽しいよね?」
相良が玲を見上げる。
「二人ともお早く、皆待っていますよ」
売店の前で白牛乳を片手にヒカルが声をかける。
「そうそう、風呂上がりはやっぱ牛乳でしょ!」
コーヒー牛乳片手にクレイフェルが手招きをしている。
「たまに羽目を外すのは大事だよ」
「‥‥そうね。折角の温泉なんだから」
フルーツ牛乳を2本買って裕子に1本を手渡す玲。
「待ってましたわ! 国民的湯浴みの儀式」
「鼻から吹いても知らないわよ」
「大丈夫でやがるです」
コーヒー牛乳を手に持つシーヴ。
「では皆さん、御一緒に」
腰に手を当てて牛乳を一気に飲み干す。
「ぷはあ! この為に生きとるっちゅーても過言やないな」
「この素晴らしい儀式に参加出来て、私、感動ですわ!」
感無量のキャル。
●いざ、湯豆腐
「綺麗ですね」
食事が進むように出された食前酒(未成年者は炭酸割り)に桜の花が浮いている。
クレイフェルが食前酒を見て困惑する。
「俺、ちまっとでも飲んだら朝迄寝てしまう」
この後、卓球もやりたいし、もう一度風呂にも入りたい。
「僕が飲みましょうか?」
クレイフェルからグラスを受け取ると水でも飲むかのようにグラスを開ける真彼。
「まあ‥‥国谷さんは素敵なだけではなく、お酒も強いんですね」
キャルが羨望の目で真彼を見る。
「12年物ですけどお飲みになりますわよね?」
キャルが風呂場に持ち込んで玲に怒られた酒である。
「ふふ、じゃあ少しだけ」
にっこり笑ってグラスを差し出す真彼。
先付けが春を目、吸物が春の匂いで楽しませる。
お造りは玄界灘で取れた刺身が並び、焼き物には牛ヒレが並ぶ。
「佐賀牛でしょうか?」
牛のビーストマンであるヒカルが、じーっとヒレを見つめる。
皆の視線もヒカルに集まる。
「‥‥美味しいお肉は食べて感謝しないと駄目でしょうね」
皆の視線に気が着き苦笑するヒカル。
出される食材は、一足早くもう春一色である。
煮物の後に皆のお待ちかねのトローリととろける湯豆腐である。
「あ‥‥口の中で溶けました‥‥」
「うむ。とろり滑らか美味ぇでやがるです」
「もう我慢出来ない‥‥料理人さん、ゴメンなさい。私はご飯魔人になります」
ビリビリとお土産コーナーで買ってきた辛子明太子を開けるミンティア。
「ご飯が進む〜!!」
バクバクと白飯をかっ込むミンティア。
締めは温泉プリンであった。
●ザ・温泉卓球
すでにマッサージチェアの主化している珠美と胸元が心配なヒカル、実況をする風音と得点係をするミンティアを除いて6人で卓球をする事になる。
「やっぱ、そうするとダブルスやろか?」
「そうですね。寝る前に一風呂って考えると3チームで総当たり戦といきますか?」
「チームはジャンケンにする?」
そしてチームは、こうなった。
玲・キャル
真彼・クレイフェル
シーヴ・裕子
「僕は前衛タイプなので、後衛任せました」
「うっしゃあ、任せとき!」
「玉を拾って拾って、拾いまくるでやがるです」
「相良、邪魔せず後ろだよ」
「卓球は初体験ですわ。でもテニスなら経験がありますわよ!」
「お手柔らかに宜しく」
<第1戦>
「くらえ! 稲妻スマッ‥‥あっ!」
無情にもクレイフェル、必殺のスマッシュがネットなりゲームセット。
○玲・キャルvs真彼・クレイフェル●
<第2戦>
「隙ありであります!!」
ファイター同士の目まぐるしい猛攻を制したのは、シーヴのスマッシュあった。
●玲・キャルvsシーヴ・裕子○
<第3戦>
10代に連敗したら「歳」と言われかねない20代男コンビ。
恥も外聞もなく真面目に取り組み勝利をもぎ取った。
○真彼・クレイフェルvsシーヴ・裕子●
「どうする? もう一巡する?」
結局23時迄続いたこの戦いは、決着が着かずに終わった。
──だが、タフな18歳以下達。ミンティア、シーヴ、キャル、裕子の4人は1時過ぎ迄枕投げを繰り広げ、玲から説教を食らい、30分の廊下で正座の刑を食らったのであった。
●嬉野温泉〜大村〜佐世保
──そして翌朝。
ある者は鳥のさえずりを聞き乍ら傭兵の染み付いた習慣で体を動かす。
ある者は戦地で戦う友を思い、眠れぬ夜を過ごして眠い目を擦る。
ある者は朝食を選び、生を謳歌する。
そしてバスを待つ時間を利用して土産物購入を兼ね町を散策する。
嬉野からバスで大村に向かう。
楽しい時間はもう少しでお終いである。
大村からフェリーで佐世保に向かう。
僅かな間を惜しむように乗り換え駅やターミナルで買い物や食事を楽しんでいく。
そんな中、玲と裕子に風音が声をかけた。
「桜陶祭?」
「そう、興味があるなら調べてみるといいよ」
「ありがとう、風音ちゃん」
裕子が学生手帳にメモをする。
LHへ戻る高速艇の中、参加者達に玲らから嬉野の紅茶とお菓子が手渡された。
遊びの時間はお終いである。
明日から再び戦地へ赴く者もいるだろう。
互いにエールを交し、各々の宿舎へと戻って行く。
傭兵達を待つ過酷な戦地を思い、つい言葉が出る。
「また皆で温泉行けたら楽しいんだよ」
「そうね‥‥」
静かにLHの夜は更けて行った──。